ペット可物件
気が向いたら、気ままに書きます。
どれくらいお話が増えていくのか自分でも楽しみです。
僕には、小さい頃からの夢があった。
なにせ、生まれ育ったのが都心の狭いマンションの8階だったから、当然かもしれないが、ペットというものをまともに飼ってみたことがなかった。
まぁ、飼った、と言えるのは、小学校の時、デパートで親にねだって買ってもらった、1週間くらいで死んだクワガタくらいか。そんなものだ。
だから、大学を出て、社会人になったら、その時こそ何でも好きな生き物を飼える環境に住みたいと思って頑張ってきた。できるだけ大きい部屋を借りるためにはお金もいるだろうと、親のすねを存分に齧って、薬学部の大学院にも入り博士まで出た。
無事就職し、製薬会社の創薬研究開発のチームに配属され、27歳の誕生日の今日、僕の手には初めてのボーナスが握られている。
『ペットと暮らす家さがし』なんて本を買ってみたりしたけど、実際にペットを飼ったことがない僕には、なかなか実感がわかないものだ。ネットで条件を検索して、というのもイメージが掴みにくくてダメだった。そこで、この週末を使って不動産屋めぐりをしてみることにした。
あまり有名すぎるとこは、仲介料が高い気がするし、個人の所は、付き合いが面倒そうな予感がする。そう考えるとどこに相談したらいいか、さっぱり分からなくなってきたので、僕は会社から一番近くの不動産屋に入った。個人経営ではないとは思うが、聞いたことはない名前の所だ。
「いらっしゃいませ」
自動ドアを抜けるとすぐ、初老の女性が声をかけてくれる。
僕は、店内を軽く見渡した。奥のデスクで、PCを操作してる若い男性が一人。
電話の応対に追われる中年女性が一人。棚にはファイルがいくつもあって、ここなら候補の一つくらいは見つかりそうだと、安堵してイスに腰かけた。
「何かお探しの物件がおありでしょうか?」
「ええ。今住んでいるマンションが手狭なので」
初老の女性は、軽く頷いて微笑み、そして、
「では、わたくし加藤が担当させていただてよろしいでしょうか?」
と、名刺を机の上に差し出した。
「ハイ。……ええと」
「賃貸の方ですか?それとも?」
「ああ、と。多分、賃貸で」
僕は、多分、頓珍漢な返事をしてしまったのだろう。加藤さんは、
「なにか、こだわりの条件などはございますか?」
と、察してくれた。
「あ、はい。どうしてもペットを飼いたいんです」
「今は、ペットブームですからねぇ。小型犬ですか?」
犬か。懐いてくるペットは可愛いだろうな。
「……猫、ですと、小型犬が飼えるお部屋よりも難しくなりますが?」
猫。寝ている猫の幸せそうな顔は僕のPCにいつも保存してある。
「………………あの?」
「ハ、ハイ!」
どうやら、妄想の世界に入りかけた僕に加藤さんは痺れを切らしたようだ。
「飼いたいペットの種類はお決まりではないので?」
「あー、そうですね。犬もいいし、猫も……。いや、うさぎ?
鳥とか魚とか爬虫類系は、大家さんに確認は要りますか?」
「爬虫類は……、どうでしょうねぇ?」
加藤さんは眉間に少ししわを寄せて考え込み、あ!、と呟いた。
「佐原さん、こないだの8丁目の一軒家はまだ公開してないわよね?」
コーヒーカップを持ったPCの前の男性が振り向いて答える。一軒家?
「あ、まだですね。送りますか?」
「ええ」
「あの、でも、一戸建てって。お高いんじゃないですか?」
「中古物件ですよ。あ、築浅ですしリフォームもしてあるし……」
「いえ、まとまったお金はちょっと……」
少しずつ貯めたとはいっても、いろんな付き合いもある。持ち合わせはやっとこさの三桁だ。
「あ、いえいえ。賃貸でもいいし、購入していただいてもいいんです」
「はぁ……。月額は?」
FAXで送られてきた資料を僕の前に広げて、加藤さんは電卓をたたき始めた。
「賃貸でしたら、月6万5千円。土地ごと買うんだったら……、
そうね。1千万でいいんじゃないかしら?月5万位からかなぁ?」
「はぁ!?」
さすがに戸建てで1千万とは聞いたことがない。いわく付きなのだろうか。
「月、5万で支払いをして……、えー、頭金とか……?」
「20万以上ならいくらでもいいと思いますよ」
僕は、混乱していた。家とはこんなものなのか?
例えば5万ずつ払っていってボーナス払いもあっても、15年で家が買える?
「静かなところですし、買ってしまえば、どんなペットだって飼えますよ?」
悪魔の囁きが聞こえた気がした。
それから僕は、すぐに、その「一軒家」を内見させてもらい、その足で仮契約書に判を押して帰ってきた。
郊外と言えば聞こえがいい、緑の丘の上の一軒家は、来週、僕が引っ越すのを待っていてくれるだろう。
まず、手始めに、何を飼おうか。
その夜は、ワニに追いかけられる夢を見た。