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一撃必殺 -Critical Hit !!-  作者: ジャン太
第一章:ギルド設立編
8/10

瀑布の都市アラ・ラカン 2

 お気に入り登録して下さった皆さん、感謝です!

 『DARK SIDE ONLINE』の舞台である『Another World』では科学技術はあまり発展していない。

 科学に変わって発展しているのは『結晶学』という技術である。

 『結晶』と呼ばれるクリスタルを特殊な技術で加工し、生活や文化に応用するのが『結晶学』というものである。とはいえ、そもそも『結晶』という存在は高価であり、一般庶民ではとても入手できないものだ。

 『結晶』の流通ルートは一部の商人が独占し、その精製方法は公開されていないのが現状なのだとか。


 と言っても、それはゲームの世界観設定の話だが。


 証明を灯すのは電力ではなく『動力結晶』のエネルギーであり、今俺達『一撃必殺』のメンバー三人とオマケ(不本意ながら)一人が滞在している食堂の店内は、動力結晶によって灯された証明によって明るく過ごし易い。店内の薄暗かった居住区の食堂とは大違いである。

 

 ゲーム内の施設にもランクと言うものがある。例えば宿屋の話をしよう。ランクとして最底辺の宿屋と、最高ランクの宿屋では、『疲労値』の回復速度が断然違う。疲労値とは疲労そのものであり、疲労が溜まり過ぎると行動に制限が発生する。スタミナ残量に関わらず走れなくなったり、最悪一定時間行動不能となる。

 疲労値の回復は宿屋、あるいは野外寝具でしか行えず、かといって休憩すれば回復する訳でもない。宿屋の自室に滞在している間、あるいは寝具を使用している間だけ、疲労値は徐々に回復していくのだ。


 そして食堂のランクとは即ち料理の味だ。といっても、何度も食べに来たいと思えるほど上等な味では無い。

 精々、ああこんなものかと思える程度である。


 なので、特に満腹度が減少している訳でもない俺達は、NPCにドリンクだけ注文してテーブルの一つを占領していた。

 この食堂の店内は居住区の食堂と同程度の広さだが、しかしテーブルは全てプレイヤーの姿で埋まっており、とても賑やかである。

 しかし、またもや注目されている気がするのは気のせいではないだろう。

 まずはリンゴだ。リンゴの装備する巨鎧猪の鎧は、この食堂内のどのプレイヤーよりも目立っている。それは単純に現時点で最高ランクの装備を纏っているからであり、店内に入ってからプレイヤーの視線の半分はリンゴが独占し、どのテーブルでも口々に、あの装備はなんだとか、あのプレイヤーは何者だとか囁き合っている。

 直接声を掛けて来ないのは、各プレイヤー達が牽制し合っている為だろう。


 そしてもう半分の視線を集めるのは、巨大な鉄の塊。二メートル超の大柄な骨格は人類種のソレでは無く、しかし体格の比は人間そのもの。

 種族獣人。

 魔法や知力等の精神系のステータスが低く、その代わりに肉体的なステータスの高い種族だ。体格からして獅子族だろうか? しかし獅子族だとしても、それだけではこの大柄過ぎる巨体の説明がつかない。もとから高身長だとか? そんな馬鹿な。


 ―――あぁ、そういうことか。


 アバターのメイキング時、肉体の比率を操作する項目があった。現代のVR技術の限界故に極端な変更は出来ないが、体格の比をそのままに巨大化させることならば可能な筈だ。肉体を巨大化させる場合、筋力や耐久力が上昇し、敏捷や技術力が低下する。


 目の前の大男。獣人の戦士をルーツとする職業戦士のラインハルトと名乗ったプレイヤーは、完全な物理特化型。いわゆる脳筋というヤツだった。


「…なんでこんなの拾っちゃったんです? こんなに大きいのキチンと世話出来るんですか?」

『静かに。中年はナイーブなんだ、そっとしておいてあげて』


 アキとリンゴが散々な評価を下す大男、36歳サラリーマンのラインハルトと何故かテーブルを囲んでいる俺達だが、一撃必殺のメンバーは自己紹介はしていない。彼のキャラクターネームを知っているのは四人で食堂に入店後、彼が勝手に空席に座り、こちらの面々がイヤイヤながらも全員同じテーブルに座ったのを皮切りに、ラインハルト氏が聞いても居ないのに自分から語り出しただけのことだ。


「それで話とは?」

『…はい。実は装備を失ってしまいまして』

「いや待て、その前に全身鎧は間に合ってる。せめて兜を外せ」


 全身鎧はリンゴで間に合っている。そんな要素はこれ以上要らないし、気心の知れるリンゴならばともかく、初対面の相手と兜装着のまま卓を囲むのはどう考えても無礼だろう。特にこの大男は、話を聞いて下さいと俺達に頼んでいるのだから。

 しかし、この本来ならば下手に出なければならない筈の大男の答えは、拒否だった。


『出来ません』

「あぁッ?」


 思わず柄の悪い声が出てしまった。

 店先で出会ってから後ずっと、延々と鬱陶しく纏っていた陰気なオーラを一瞬で吹払い、無駄に凛々しく重低音ボイスを響かせての拒否。

 リンゴとアキの二人も騎士の豹変には驚いだようだ。胡散臭そうだった表情を一変させて騎士を凝視している。

 凛々しく覇気を纏った騎士は、続けて口を開く。


『自分は騎士です。素顔を晒すことは出来ません、外すのならば其方の鎧の方が』

『え、私が?』

『なんとっ!? 女性でしたか、そうです貴女です。ささ、どうぞどうぞ』

「いい加減にしろオッサン。アンタ、話聞いてもらってる立場で我が儘言うんじゃない。兜を、今すぐ、外せ」

『出来ません、断固、拒否します』


 ――――へぇ?

 別に困惑するリンゴに助け船を出した訳じゃないし、そこまで兜を外したくないのならそれでも構わない。

 しかし。ごつい腕のガントレットをバッテン印に交差し、無意味にグレートヘルムを被った頭をブンブンと横に振る中年の姿は、なんか腹が立つ。

 これは絶対に、話を聞いてほしい人間の取る態度とは思えない。

 メニューを開いて装備画面へ。

 巨鎧猪との戦闘で切味が死んだロングソードを装備し、出現させ、即座に抜刀する。

 周囲のプレイヤーが何事かと困惑しているが、知ったことではない。

 立ち上がり、騎士の喉元に切っ先を吐き付ける。剣を突き付けられた巨躯の騎士が硬直し、周囲の喧騒も止まり、やがて静寂が訪れる。


「もう一度言う。外せ」

『っ!? 拒否します。自分は、騎士なのですっ!』


 何故騎士の単語が出てくるのかは不明だが、そこまで意思が固いのか。なら俺の個人的な感情で外させるのは悪い気がする。そうなると剣を突き付ける理由が無くなってしまうが、剣を納める前に、この食堂の店内を支配する緊張した空気をどうしにかしなければならない。張り詰めた空気の中、視界で幾人かのプレイヤーが動き出そうと―――する前に。

 その空気をブチ壊してくれたのは、頼りになる仲間の二人だった。


「PKするならギルドを解散してからでお願いします。巻き添えは御免です」

『…止めようとはしないんだね。でも確かにPKは不味いよ』

「―――いや、別にPKするつもりなんてなかったんだが」

『君の意思は関係ないよ。喧しくは言わないけど、あろうことか君はタウン内で抜刀したんだ。この行動は浅はかだったね』

「分かっている。……すまなかった」


 ロングソードを鞘に納め、テーブルに立てかける。店内の張りつめた空気が霧消し、暫くして再び喧騒で溢れかえる。 ……あからさまに俺達を警戒してはいるが。

 我ながら流石に大人げなかったか。

 しかし、剣を突き付けていた時に動いた幾人かのプレイヤーだが、一体どういう意図(・・)があったのか。善良なプレイヤーなら仲裁だろう。しかし、そうでなかったのなら?


 あの場の悪は確実に俺だろう。『DARK SIDE ONLINE』というゲームの性質上(・・・)、仮に俺がPKを行った場合、他のプレイヤーには物凄く都合の良い事態が発生する。今回はそうはならなかったし、俺だってそのつもりがなかったから彼等の徒労なのだが、はてさて。


 それはともかく、居心地が悪くなってしまった。いや、もともと居心地は悪かったな。

 ラインハルトの方も緊張が解け、ふざけた姿勢こそ改めたものの、その兜を取る気配はない。

 じゃ、仕方ない。何時もの手段でいくか。


「とにかく、兜を取る気は無いんだな?」

『はい。コレを外してしまうと、自分の中の大切な何かが無くなってしまう気がします』

「じゃ、さいなら」

『失礼しました』

「お疲れでーすっ!」

『すみませんッ! 我が儘言いませんから待って下さいっ!! 御二方も席を立たないでッ!! 兜外します、外しますからっ!!』


 俺はさっと立ち上がり背を向け、リンゴは立ち上がり一礼してから背を向け、アキは早々と立ち上がり背を向けると、ラインハルトは巨躯を可能な限り縮こまらせて、テーブルに頭を下げた。その下げ方は堂に入っており、丸めた背中からは濃い哀愁が漂っている。

 頭を下げ慣れてるのだろうか?

 店を出ようとするリンゴとアキと顔を見合わせ、三人で同時に溜め息を吐いた。いや、アキだけは盛大な舌打ちだった。


 再び四人テーブルを囲む。ラインハルトは兜を外し、獅子面を曝け出した。

 逆立った鬣は硬質で雄々しく、剥き出しの牙は鋭利で、しかし眉はへの字に歪んでおり、瞳に力はなく、表情は情けない。

 正直、台無しだった。顔面の情けなさのせいで二メートル超の身長が一回りも二回りも小さく見えるくらい、残念だった。

 様子を窺っていた周囲のプレイヤーも巨躯の大男の素顔に興味津々だったが、ラインハルトが兜を取った瞬間に好奇心に輝かせていた顔を複雑そうなものへと変え、盛大に引き攣らせていた。

 そんな中でアキが、大切な何かが終わってしまいましたねと呟いていたのが聴こえた。


 やがて情けない獅子面の騎士――ラインハルトはポツリポツリと話し出した。

 背を丸めて俯く彼に、先ほどまでの覇気はどこにも見当たらない。

 曰く、『不帰の大森林』に挑んだ折、武器を失くしてしまったらしい。


「何故『不帰の大森林』に?」

「自分は騎士なのですが……いえ、獣人の初期職業に騎士は存在しないのですが、心は騎士なのです! 騎士、なのです…」

「そんなことは知らん。続き」

「…自分はランスが欲しかったのです」


 ランス、馬上槍か。ゲームや漫画では突撃槍などと表現され、使用するキャラクターは地に足を付けて闘っているが、本来の用途は馬上槍の名が示す通り、馬上で用いる長大な槍のことだ。…いや、断言できる程知識は無いのだけど。

 それはともかく、何故ランスが欲しくて『不帰の大森林』へと向かったのだろうか? 資金稼ぎか? 素材を稼ぐならば鉱山なのだろうが。


「鎧に所持金の大半を費やしてしまった為、ランスを購入することができませんでした。そんな時に噂を聞きまして」

「噂だと?」

「はい。ところで御三方、巨鎧猪をご存知ですか?」


 巨鎧猪? いやいや、オッサン。よりにも寄って俺達三人に向かって巨鎧猪を知っているのかと聞いてくるなんて。

 ――微妙な気分になってしまうじゃないか。俺以外の一撃必殺のメンバーも同様らしい。複雑そうな表情と雰囲気だ。


「…凄く存じているが、なあ?」

『うん。大変存じているんだけど、ねぇ?』

「ええ。物凄く存じています、不本意ながら」

「は? いえ、それならば話が早い。かの大型魔獣の牙は大樹を粉砕し、有象無象を貫き屠る強靭なものなのだとか。ともすれば、自分は強力な武器の素材になると思ったのです。牙と言う素材の形状故、確実にランスにも加工できるでしょう」


 うん。確かに凄まじい威力だった。だって高さ数十メートル、太さは直径4~5メートルはある巨木が粉砕され圧し折られる瞬間を間近で見ていたからな、俺は。改めて考えると良く生きてたな、本当に。

 そろそろ話が見えてきた。巨鎧猪、装備紛失。まだピースは足りないが、大まかな経緯は読みとれた。


「低レベルで大型魔獣に挑むのは無謀、それに巨鎧猪はβ版時代でも撃破報告の無かったモンスターです。当然、自分も当面は挑むつもりはありませんでした。……ところが、掲示板にてランスの情報収集を行っていた折に、その一文を発見したのです。サービス開始初日に巨鎧猪に挑み、そして撃破したプレイヤーが存在するらしい、と」


 掲示板ね。購入するゲームの情報はしっかりと調べるリンゴや、効率や定石を重んじるらしいアキならばともかく、俺には余り縁がないものだ。

 興味はあるのだが、どうにも苦手意識がある。

 それはそれとして、開始初日に巨鎧猪に挑んで撃破したプレイヤーね。……なんだか物凄く身に覚えがあるな。


「……へぇ」

『……それは、凄いですね?』

「その方は凄まじいプレイヤースキルの持ち主かとんでもない馬鹿のどちらかですね。僕は断然後者だと思います」


 二人とも誰のことか見当がついたらしい。そうだろうな、だって凄く近くにいるものな。

 お前ら二人だって討伐された巨鎧猪の亡骸とかバッチリ確認したものな。あとアキ、お前は後で殴る。

 俺達の様子に気づかないラインハルトは話を続ける。


「半信半疑でしたが、プレイヤーズサイトには撃破したプレイヤーの情報が公開されてました。そのプレイヤーは凶悪な顔面の剣士で、近いうちに戦闘シーンの公開が予定されているそうです」

『へぇ、凶悪な顔面の剣士ですか』

「ほほう、凶悪な顔面の剣士ときましたか」

「はい、凶悪な顔面の剣士です。…何故か盗賊装備でしたが」


 心当たりというか、バッチリその人物のことを知っている二人が、俺の方を見ながら意味深な声色で言う。

 酷い言われようだ。凶悪な顔面の剣士だって? キャラクターとしては面白いのだろうが、自分のことなので笑えない。

 それよりも、戦闘シーンの公開? 冗談じゃない。

 情けなく何度もすっ転んで、運と偶然と奇跡で勝ち取ったような勝利を晒されたくはないっ!


「それならば自分にも撃破可能なのではないかと思いまして、更に幸運な事に、商業区にてとある噂を耳にしました」


 ここに来て漸く噂の話になった。一体どんな噂だというのか?

 まさか、巨鎧猪のお手軽な撃破方法の噂だとでもいうのだろうか? ……そんなものある筈ないというのに。

 自分の意見に苦笑したが、ラインハルトの口にした噂は、ある意味予想外の物。

 そして一撃必殺にも少々どころか多大に関係のあるものだった。


「曰く、『不帰の大森林』にて巨鎧猪が討伐された。その方法は急所攻撃からの一撃死で、眼球を貫いて脳を破壊することで確実となる。巨鎧猪の素材が一部で取引されているのがその証拠だ、と」


 何故だろう、これもどこかで聞いた事のある倒し方だ。いいや、どう考えても俺が倒した方法じゃねぇかっ!

 …………脳裏で数刻前のアキの言葉が再生される。


 "レアアイテムって便利なんですよ。そして時に情報の価値はレアアイテムを凌駕します!"

 "今頃『不帰の大森林』には死体の山が築かれていることでしょうね……"


 ――おいおい、なんてことだっ!

 さっとアキの方を見やれば、当の人物は知らん顔で口笛を吹いていた。

 別に俺は情報を隠匿したい訳じゃないから構わないが、何やら被害者まで出始めていそうな雰囲気だ。

 コレ、もしかしたらヤバいことになるんじゃないか?

 俺だけならば一向に構わんのだが、しかし二人を―――――面の皮の厚いアキはどうでも良いとして、無関係のリンゴを巻き込むのは忍びない。


「あの、どうかされましたか? 自分、何か可笑しなこと?」

『あぁ、気にしないで下さい。こちらの話ですから』

「はあ、そういうことなら。とにかく、自分は善は急げと早速『不帰の大森林』に向かいました。幸運な事に巨鎧猪は容易に発見できたのです」


 そこでラインハルトは一端話を区切り、表情に暗雲を纏わせる。

 なるほど、これが武器を失った話に繋がる訳か。

 重々しく口を開いたラインハルトの言葉は、俺の予想通りだった。


「発見できたのですが、自分と同じく噂を聞き付けたプレイヤー達だったのでしょう。巨鎧猪を数十人規模で囲んでいたプレイヤー達でしたが、あるいは牙の一薙ぎで、あるいは巨躯に押し潰され、あるいは疾走に轢き殺され。その数を徐々に減らしていき、とうとう参戦した自分も例外なく吹き飛ばされてしまいました」


 巨鎧猪の疾走は避けきれず、数十トンはある体重から繰り出される一撃に掠り、あるいは一撃死判定のある踏みつけでプレイヤーは数を減らし。

 なんとか巨木にぶつからせて怯んだ巨鎧猪だったが、『軽業師』と敏捷値の補整のないステップでは急所に届かず、反撃で死亡。

 矢では脳まで攻撃が届かず、魔法は頑強な装甲を貫くこともなく。


 ……数十人規模で挑んで勝てなかったのか。彼等のレベルは知らないが、倒せると確信して挑んだのだろう。あるいは、大博打だろうか。

 ラインハルトの表情が更に暗くなり、プレイヤー達の結末を語った。


「全滅です。自分が最後まで残っていたので間違いありません」


 巨鎧猪、凄まじいな。それは蹂躙だったのだろう。狩るつもりで挑んだが、逆に狩られてしまったということか。

 圧倒的なまでの殺戮者。それこそが本来の巨鎧猪を含む大型魔獣の在り方であり、正しい姿だ。

 初日に大型魔獣を撃破したプレイヤーは俺を含んで数名存在するらしいが、それはきっと奇跡の大安売りで手にした偶然の勝利でしかないのだろう。パッと思いついた作戦がたまたま成功し、逆境を乗り越えたつもりでいたのだが、アレは勝利ではなかった。

 あの時の俺は、勝利の感動を得られなかったのを憶えている。


「巨鎧猪に吹き飛ばされた折に、初期装備の(スピア)を取り落としてしまいました」

「それで消失(ロスト)したという訳ですか。でも落とした程度で装備中アイテムは消失しない筈ですよ?」

「………巨鎧猪に踏み潰されまして」


 少しばかり物思いに耽っていると、ラインハルトが―――槍? を取り出してテーブルに置く。

 穂先は砕けて拉げ、木製の柄は砕き潰されて木片と化していた。

 『看破』スキルを使用すれば、それはもはや武器として成り立っておらず、アイテムのカテゴリーはガラクタと表記されている。


「これが、その槍になります」

『うわぁ、これは酷いね。ここまで酷いと修復出来ないんじゃないかな?』

「…確認した。耐久値はマイナスの値、全パラメータが赤表示。修復不可能だそうだ」

「確認するまでもありませんよ。ガラクタですよガラクタ」


 ガラクタ。

 それは使用用途の無くなったアイテムが分類されるアイテムカテゴリーである。

 何の役にも立たず、ただ所持重量を圧迫するだけの邪魔なアイテム。もしかしたら何かしらの用途があるのかもしれないが、大半のプレイヤーは投げて捨てることだろう。俺だって捨てる。

 話し終えたラインハルトは、への字に歪んだ情けない眉をそのままに、意を決して頭を下げた。


「恥は承知。暫く、今日一日でも構いませんのでッ! どうか、どうか寄生させていただけませんかっ!!」


 なんか、デジャヴュだ。

 本当に既知感のある光景だった。決死の表情で頭を下げる獅子面の大男を前に、俺と同じようなことを思った人物が居た。

 鋼色の全身鎧に身を包んだ十年来の友人、リンゴだった。

 リンゴはしみじみとした口調で言う。


『なんだかつい最近似たような話を聞いた気がするね。具体的には昨日』

「あぁ、多分気のせいじゃない、俺も聞いた。具体的には昨日」


 場所は寂れた宿屋。頭を下げていたのは少年だったが、理由も状況も、何もかもが似通っている。

 そしてその少年――アキはというと、ゴミ虫を見るような情け容赦皆無の絶対零度の視線を、頭を深々と下げた三十代男性に向けていた。

 心なしか楽しそうに見えるのは、気のせいだといいなぁ。


「嫌です。お断りします」

「そこを何とかっ! 盾にでも壁にでもタンクにでも使って下さって構いませんからッ!!」

「だから嫌だと言いました。良い大人がなんです、寄生? フザケルのも大概にして下さい。寄生したいのなら誠意を見せなさい、誠意を」


 こいつ、自分の事を完全に棚に上げてやがる。

 つい昨日お前も似たような台詞を吐いていただろうが、忘れたとは言わせない。

 ……良く考えれば、確かにアキは戦闘にこそ参加しなかったが、こいつのもたらした結果は凄まじい。

 巨鎧猪を『解体』したのが一番の働きだが、確かに俺とリンゴの二人ではあの巨大な亡骸を持て余したことだろう。

 そもそも、アキと行動を共にしなければ巨鎧猪と闘う事も無かったのかもしれない。

 あれ、こいつ寄生じゃなかったんじゃね? むしろ凄く貢献してくれているのではないだろうか。


「誠意、とは?」


 ガシャガシャと鎧の音を発て、ラインハルトが頭を上げた。

 この大男には悪いが、出来ればその頭は下げたままで頼む。情けない顔面が真剣な場の空気を崩壊させかねん。

 さて、それはともかく。アキにとっての誠意とはなんだろう?

 金か?


「従属してください」

「調子に乗るなクソガキ」

「あいたッ!? 何するんですかっ! 自分から弱みを見せる人間はこれ以上に無い捨て駒に出来るというのにっ!!」


 なんて嫌な中学生なんだっ! 従属に捨て駒っ!?

 こいつは本当に14歳なんだろうか。腹黒過ぎて思わずぶん殴ってしまった。

 商人プレイを続けるつもりなら、確かに自由に動かせる駒―――仲間は必要だろうが、二十近く年上の大人を奴隷扱いしようとする神経のイカレ具合に戦慄を隠せない。


 腹黒い少年の将来を心配していると、リンゴが視線を向けて来た。

 兜越しのくぐもった声に籠った感情は同情、そして憐憫。、


『どうする、寄生させたげる? これ以上三十代男性の情けない姿は見るに堪えないんだけど』

「そう、だな…ふむ」

「奴隷にしましょうよ。僕奴隷が欲しいです」

『いい加減私も本気で怒るよ?』

「あ、あの、謝りますんで、反省しますので? そのぅ、長剣の柄から? 手を、離して、欲しいなぁ? なんて」


 アキはリンゴに相手させといて、だ。目の前の男性は、どうしようか。

 寄生させること事態は別に構わないのだ。ちょっと鬱陶しい面があるが、俺だって鬼じゃない。

 ギルドに加えてみるか? いや確かに『看破』スキルで流し見た彼のステータスは魅力的だった。

 筋力の要求値が高い全身鎧の中でも、とびきりの重量がありそうな鎧を装備している為、ステータスの中で筋力値はズバ抜けて高い。

 ヒットポイントは少なくないレベル差のある俺よりも高く、本人も自覚があるようにタンクとしても役に立ちそうだ。

 だが、それだけでは弱い。高望みしている訳じゃないが、何かあと一つないだろうか。

 ―――そう言えば、この男。どうして兜を外したくないと言っていた?


「…この通り、です」


 頭を下げ続けるラインハルトの声は、低く渋い声が台無しになるほど、情けない。

 ―――――――――良し決めた。

 その前に。リンゴにこってりと絞られ、不貞腐れ気味のアキに声を掛ける。


「アキ」

「はいはい、なんです? やっぱり奴隷ですか? たまになら使わせてあげても良いですよ!」

「牙は残してあるか?」

「は?……えぇ、ばっちり。あの素材ならどうみても牙がメインですし、最後に解体(バラ)したので品質も良好です。売る筈がないですよっ! ――それで、牙がどうかされましたか?」


 そうか、良かった。

 アレが有るのと無いのとでは、今後のモチベーションに大きく関わってくる。

 席から立ち上がり、システムメニューからギルドのメニューを開く。ギルドマスターの権限を使用し、その素材にカーソルを当てた。

 選んだその素材は、その所持と管理こそをアキが行っているが、同時にそれはギルドの所有物となっている。

 暴君じみた行動だが、ここははギルドマスターの特権を使用するとしよう。

 

 yesアイコンを叩くと、アキの視界にシステムウィンドウが表示される。メニュー含む全てのウィンドウ画面は他人には見えず、プレイヤー自身にしか見ることは出来ない。ただし、狩人の専用スキルである『伝達』スキルを用いればこの限りではないが。

 ウィンドウに表示された内容を理解したアキの表情が茫然としたものに変わり、その表情を確認した俺は、手の甲でテーブルを軽くノックする。

 ノック音に何事かとラインハルトが怪訝な表情をしたが、それ以上に動揺しているのは人物が居る。

 ―――アキだ。


「…え?」

「わからないか? なら口で言うぞ――出せ」

「え、いやでも、奴隷は?」

「片方で構わん」


 アキの言葉を無視し、再度テーブルをノックする。

 漸く観念したのか、アキは大き過ぎる『魔法の道具鞄』をやけくそ気味に漁り出した。

 すまんな、俺は奴隷が欲しいんじゃない。お前やリンゴと同じく、最高に面白くて、最高にイカしているプレイヤーが欲しいんだ。


「あの、彼等は一体なんの話をされてるのですか?」

『あぁ、そういうことね。ふふ、吃驚しますよ』


 何が何だか分からないという表情のラインハルトが目に映るが、きっとこの直後には、もっと面白い表情をすることだろう。

 やがて目当ての物を探し当て、少々躊躇いながらも、アキがソレ(・・)を取り出した。

 その瞬間に、先ほどから俺達に注目していたプレイヤーの空気が凍り、他のプレイヤーの異常にに気付いたプレイヤーも、その視線を追って驚愕の表情を浮かべる。間もなく店内の視線はただ一点に呑み収束した。


 アキによってテーブルに置かれたそれは、二メートル程もある白銀の円錐だった。

 否、それは巨大な牙である。

 かつて大型魔獣の武器として大樹を粉砕し、しかし偶然にも剣士の機転によって打ち倒された巨大な猪の亡骸から、とある商人が丁寧に丹念に切り落としたモノ。


 ラインハルトは、それに見覚えがあった。心の底から欲し、しかし夢届かず、それによって一度命を断たれた。


 巨鎧猪の巨大な牙、その片方。


「っ!? ――――――あの、コレ、は?」

「…巨鎧猪の白銀牙、僕の持つ素材の中で最高品質の素材です。……はぁ、馬鹿げてる」

「そうではありませんッ!」


 声を荒げるラインハルトに店内の硬直が溶ける。とあるプレイヤーがアレは何だと叫んだ。とあるプレイヤーがまさかと呟いて柄の悪い盗賊に目を向けた。とあるプレイヤーは長剣を背負う剣士の鎧から彼等の正体を察した。


「これは、まさかッ!? いや、でも、何故君が……………ッ!?」


 ラインハルトがアキを食い入るように見つめ、その次にリンゴ、そして―――俺を見た。

 フードを深く被り直して顔に影を造り、口角を釣り上げる。

 ラインハルトの目がみるみる見開かれ、口はパクパクと開閉を繰り返して落ち着きがない。

 ――さて、勧誘をしようか。


「いいぞ、寄生させてやろう。だが騎士ラインハルト、アンタに選択肢をくれてやる」


 再度、テーブルをノックする。

 ラインハルトが俺を凝視し、店内のプレイヤーもまた、一挙一動を逃さないと凝視する。

 提示する選択肢は、二つ。


「寄生か、従属か」


 もう一度テーブルをノックする。あれ、なんか楽しい。多分今の俺は、最高の悪人顔をしているんじゃないだろうか。

 心は剣士でも、職業は盗賊。悪人と呼ばれるのは寧ろ望むところ。


「従属って言っても、つまりはウチのギルドに参入しろってことだ。アンタがソロ専門なら無理は言わん……が、悪い話ではないと思うが?」

「っ!?」


 ニヤリと見せつけるように笑ってやれば、目に見えてラインハルトが狼狽する。

 映画やアニメで悪人が勿体付けるのを眺める度、そんなことをして何になるのかと思っていたが、その立場になって初めて分かった。


 むっちゃ楽しい。ゾクゾクする!


「凄いですね、本物の悪党に見えます。僕の外道っぷりが可愛く見えますね」

『アキくん、君という奴は―――まぁ確かに、ヤスヒロも凄く楽しそうに見えるね』


 はい。凄く楽しいです。

 それはそうとして、ラインハルトだ。大男は何度も何度も表情筋を動かして獅子の厳つい顔面で百面相し、やがて口を開いた。

 その表情は、やはり情けない。


「……あの、騎士ラインハルトと言うのは?」

「アンタは騎士なんだろう? 違うのか」

「い、いえ。そう言う事では」


 分かっている。何故騎士と呼んだのか、と言う事だろう。このタイミングでこれを聞いてくるという事は、俺の予想は間違いではなかったということか。いよいよを持って思考回路が悪人染みて来た。アキに影響されたのだろうか?

 ラインハルトの疑問への答えはシンプル――彼を騎士と呼んだのは、ただ気分だ。

 でも、コレを正直に口にすると折角引き締まった空気が台無しになるので、それとなく誤魔化す。


「騎士なら、何時までもそんな格好している訳にはいかんだろう。騎士ってのは、重厚堅牢頑丈鉄壁な鎧を纏っているものだ。武器は大槍、盾は大き過ぎるヤツで丁度良い」

『またそんな偏見を…』

「黙ってろ。つまり何が言いたいのかと言うとだ、今のアンタは全然騎士じゃない」


 ガツンと頭部を特大の鈍器で殴られたかのように、ラインハルトは衝撃を受けた。

 彼にとって重要なのは騎士というワード。それはロールプレイか、現実の彼のアイデンティティに関わるものなのかは分からない。

 しかし、彼が騎士に掛ける情熱は相当なものであり、そして本物だ。

 現実世界の地位や名誉に縛られた騎士では無く、英雄譚の主人公のような騎士こそが、彼にとっての騎士なのではないだろうか?


「無力な民の盾となる者。最高にカッコいい騎士ってのはそういう奴なんじゃないか?」

「…っ! あぁ、その通りだとも!! 私も、否っ 自分が目指すのもそんな偉大な騎士だ、それこそが騎士なのだっ!!」


 情けなかった獅子面に覇気の焔が灯った。誇りを叫ぶ今の彼は、獅子そのものだ。――表情は情けないが。

 この獅子面の大男は、やっぱり面白い人物だったらしい。

 情けない表情を精一杯雄々しく引き締めて、咆哮した。


「君達のギルドに、自分を加えてはくれないかっ! 盾になろう、捨て駒にもなろう、使い捨ててくれても構わない。自分は、本物の騎士になりたいっ!!」


 やっぱり、最高に面白い馬鹿だった。こんなこと普通は恥ずかしくて言えない。

 糞真面目な表情で言い切った彼は、自分が店内から激しく注目されている事に気付くと、途端にもとの情けない上場に逆戻りした。

 だがその心は、想いは伝わった。

 さて、俺以外のメンバーの受けはどんなものだろうか。


「だとよ?」

『まったく君は。それにしても、随分濃い人だったんだねぇ……うん、良いんじゃないかな? 私はタンクには向いてないし、こんな大きな人が壁になってくれるなら凄く頼もしいよ』

「奴隷で無くなったのは残念ですが、自ら捨て駒宣言するのは気に入りました。はい、僕も構いませんよっ!」

「んじゃ、そういうことだ」


 メンバーからの了解は得た。あとはギルドマスターの仕事だろう。

 直立したままのラインハルトのもとへ歩き、右腕を差し出す。

 近くで見る程、その巨躯には圧倒されるものがある。一応180に届きそうな身長を持つ俺が、子供が大人を見上げるような姿勢でラインハルトを見上げているのだ。表情は情けないが、その威圧感は本物で、重厚な鎧は逞しさに拍車をかけている。


「騎士ラインハルト、ギルド『一撃必殺』(クリティカルヒット)にようこそ。歓迎しよう、盛大にな!」


 やがてラインハルトはぎこちなく差し出された手を握り返した。騎士の手は余りにも巨大で、強靭で、そして頼もしかった。

 ギルドメニューから勧誘メッセージを送信する。当然、相手はラインハルト。後は、彼が了承するのみだ。


「じゃ、一緒に遊ぼうぜ、騎士(・・)殿」






 商業区の一角に存在する工房。その看板には鎧を模したレリーフが掘られており、そこが鎧の製造を専門とする職人たちが集まっていることを示していた。ラインハルトをギルドメンバーに引き入れ、異様に注目されて居心地の悪かった食堂から早々に立ち去り、何でか知らんが急用が出来たと言ったリンゴと別れたその足で、一撃必殺の男性メンバーは鎧鍛冶の工房へと足を運んだ。


 工房内部は剣職人の工房と大差なく、限られたスペース毎にプレイヤーが作業を行っているのも同様だ。

 壁の端にはプレイヤーの製造した鎧甲冑が立ち並び、それぞれが鋼色の輝きを放っている。

 しかし、やはり品質はそれほど良くはないのだろう。『看破』スキルに反応するような鎧は見当たらない。

 鋼鉄の輝きはくすみ、金属質の鏡面を曇らせるている。その中でも全身鎧は目に見えて顕著であり、スキルを用いずとも装甲は歪に曲がってみすぼらしく、素人目に見ても全体のバランスが悪い。

 するとその全身鎧を製造したプレイヤーだろうか、一人の鍛冶師がその鎧に近寄り、各部関節を確認するように動かす。

 その度にギチギチと生理的嫌悪を催す聞き心地の悪い音が工房内に響き、他のプレイヤーの眉間に深い皺を造る。


 ラインハルトの全身鎧も含めて、それが現在流通する金属鎧の限界である。

 部分鎧よりも目に見えて素材を消費する金属鎧は、当然ながら組み上げる部品の数も多く、故に作成難易度は極めて高い。

 サービス開始二日目では、普通はこんなものだろう。


 しかし工房の端、そこに並ぶ鎧だけは例外だった。


「そういうことですので、お願いしますね」

「待て待て待て、今度は何を持って来やがったっ!?」

「いえ、このデカブツの鎧を造って欲しいんです」

「………あのデッカイ人の?」

「はいっ! 余裕ですよね」


 アキに先導されて連れて来られた先、その工房の一角に座していた職人は突然の来訪者に茫然とし、その中に見知った少年の姿を発見して詰め寄った。彼の名はガイ。職業鍛冶師で、主に鎧を専門としている職人だ。先日、巨鎧猪の素材を用いたリンゴの鎧の製造依頼を受けたのは、彼である。

 人の良い顔立ちの青年で、メイキングには頓着していないのか、髪も瞳も純日本人風な黒色である。


『宜しいのですか? いえ、有り難くはあるのですが』

「お前が言ったんだろう、騎士になりたいと。槍は白銀牙で良いとしても、先ずは鎧を新調しなければな。騎士になるのならば、その程度の鎧で満足してもらっちゃ困る」

『は? はぁ…』


 兜を被り直し、グレートヘルムの内部から重低音の声を響かせるラインハルトだが、言葉には覇気が乗らない。

 納得できない、というよりはいまいち納得していない風なラインハルトを余所に、鎧職人と交渉を終えたアキから声が掛る。


「造ってくれるそうですよっ!」

「それは助かる、無理言ってすまんな」

「え? あぁ、アンタがギルマスか。ってことは、『巨獣殺し』ジャイアントスレイヤーでもある訳だ」


 こんなところでも『巨獣殺し』か。恥ずかしい響きだが、その称号は嫌いじゃない。だが、俺がその称号を名乗るには些か早過ぎる。

 アレは俺が勝ちとった称号では無い。俺がその称号を自ら名乗るには、真正面から堂々と、奇跡や偶然に頼らない自分自身の実力で大型魔獣を撃破しなければならない。でなければ、自分が許せない。


「いやいや、助かってるのはお互い様だ。アンタが無茶してくれた御陰で、俺の『鎧鍛冶』スキルもスゲェ鍛えられた訳だし」


 巨鎧猪の素材は、彼のスキルに大幅な成長をもたらしたらしい。彼の『鎧鍛冶』のスキルはアラ・ラカンの鎧職人の中では他のプレイヤーと大きく差をつけて最も高いものとなったらしい。『看破』をさり気なく使用すれば、なるほど確かに成長を窺える。

 彼の使用するスペースに立ち並ぶ鎧装備は、低品質の金属素材を使用していながらも『看破』が反応するほどにはレベルが高い。

 ガイと他のプレイヤーとステータス比べてみたが、そのレベルは他の職人が一ケタの数字であるのに対して、彼のレベルは既に二ケタを大きく超えていた。

 見慣れないスキル(・・・・・・・・)も幾つか習得しているようだし、ギブアンドテイクが成立しているのなら、これ以上この話を拡大する必要もないか。


 ガイは俺の隣に立つラインハルトを視界に納め、その全身像を瞳に写し込む。


「ふんふん。んで、このデッカイ人の鎧造れば良いんだな。オーダーは? フルプレートメイルで良いのか?」

『あぁ、はい。自分はそれで構いません』

「情けない事にこのデカブツは無一文なので、今回は立て替えて上げましょう。土下座」

『……あの、土下座はちょっと』


 アキ、お前いい加減にしろ。一撃必殺においてラインハルトはぺーぺーの新入りだが、我がギルドは結成してからまだ一日も経っていないのだ。

 ギルドマスターである俺以外は皆平等に決まっているだろう。

 ―――別に踏ん反り返りたい訳じゃないから、俺含めて皆平等で良いかもしれない。

 しかし『DARK SIDE ONLINE』のギルドのシステム上、ギルドマスターとなるプレイヤーの権限はメンバーのそれよりも多彩で、強制的な効果もある。もしかしたら開発スタッフは、上司の言う事は絶対だというメッセージをこのシステムに込めたのかもしれない。


 一個人が暴君として君臨できるこのシステム故、β版のギルドの幾つかは内部抗争で崩壊したらしい。

 スタッフがあからさまに内部分裂を狙っているとしか思えないのは、決して俺の気のせいでは無いと思う。 


 それはそうとして、フルプレートメイル? アキはただのフルプレートメイルを注文したのか?

 ……まったく、短い付き合いとはいえ、アキにはそろそろ俺の心算を察せる様になって欲しいものだ。

 思わずため息が零れてしまった。


「お前たちは何を言ってるんだ?」

「あん? …なんだ全身鎧じゃないのか、小僧は全身鎧だって言ってたんだが」

『…団長殿。自分は騎士です故、装備を頂ける以上は文句は言いませんが、出来れば全身鎧が…』


 怪訝な表情のガイと、少なからず不服の声色のラインハルトが声を上げる。

 俺の意図は二人には届かなかったらしい。どうやら二人は、俺が全身鎧以外の鎧を受注しようとしていると思っている。


「騎士ラインハルトには立派な騎士(タンク)になって貰うつもりだ。装備も当然全身鎧――フルプレートメイル以外は考えていない」

「―――また、碌でもない事考えてませんか?」


 アキが半目で睨んで来る。コイツのこの視線にも慣れてきたが、一先ずは無視する。

 先ず怪訝な表情のガイに向かって一言。


「職人!」

「…いや、ガイと呼んでくれ。鎧鍛冶のガイだ。で、俺は一体何造りゃいいんだ?」

「オーダーは重厚かつ堅牢で頑丈、そして鉄壁な鎧だ」

「…………えぁ? いや、何言ってんのアンタ?」


 聞き間違いかという表情で口を半開きにするガイだが、そんな訳は無いだろう。聞き間違いではないし、俺は本気だ。

 食堂でラインハルトは騎士になりたいと言った。そして騎士とは、重厚で、堅牢で、頑丈で、鉄壁な鎧を纏っているものだと俺は思っている。武器は巨大なランス。盾は身体を覆い隠す程に馬鹿でかい。

 ラインハルトには、そんな騎士になってほしい。そんな騎士で在ってほしい。


「動き易さなんて考えなくていい、材料費の事も心配ない。バランスも、汎用性も、余計な事は一切考えるな。重くて硬い。それだけを突き詰めた鎧を、騎士ラインハルトに造ってやって欲しい」

「―――おい、お前んとこの大将は何を言ってるんだ?」

「聞かないでください、僕はもう考える事を放棄しました」


 頭を押さえるアキを視界の端に納め、そしてガイは腕を組んで考え出した。

 表情は硬く、そして真剣そのものだ。俺自身無茶苦茶な事を言っているのは理解している。

 MMOゲームに極端に高い性能を持つ装備は存在しない。しかし、ラインハルトは騎士なのだ。騎士を目指す大馬鹿野郎なのだ。

 ラインハルトの様な巨躯の騎士がただの鎧装備でいることなど、俺は許せない。


「……いや、無理だ。色々考えてみたが、現状のスキルじゃ全身鎧以上の鎧なんて造れねぇよ。言いたかねぇが、無理だ」


 やがて静かに答えを出したガイだったが、それは否定だった。

 続けてガイは理由を語り出す。全身鎧はβ版時代から最高の物理防御力を誇る鎧で、そのカテゴリーを上回る鎧の存在は発見されていないらしい。

 無力感を演出(・・)した表情のガイの言葉は、真実なのだろう。


 そこまで言われてしまえば仕方ない。

 俺は未成年だが、一人の成人式を控える二十歳前の男として、大人しく引き下がるとしよう。

 ガイやアキには迷惑をかけてしまった。俺の我が儘に突き合わせたラインハルトには申し訳が立たない。


 ―――――なんて言う訳がないだろうがっ!!

 この鎧鍛冶は白を切る心算らしいが、そうはいかない。俺は心は剣士だが、職業は盗賊なのだ。

 後ろめたい事をするのに躊躇いなんてない。

 『看破』スキルを発動し、ガイのステータスを表示する。スキル一覧を確認して、それ(・・)を読み上げる。


重鎧(へヴィメイル)

「っ! テメェ、どこでそれをっ!?」

「もしかして言い触らされたら―――困るのか?」


 重鎧(へヴィメイル)。その単語を告げた瞬間に、神妙に力不足を痛感していますと言った表情のガイが、目に見えてうろたえ始めた。

 ガイの表情は愕然一色であり、その顔を見て確信した。彼は、明らかに何かを隠している。

 そして俺達相手には隠し通すつもりだったようだが、時既に遅し。

 俺としては精々そのスキルはなんなのかと言うニュアンスだったのだが、ガイはそうは取らなかったらしい。

 狼狽したガイの様子に口元が吊り上がり、嫌な表情をしているであろう俺の様子に、今度はしまったと焦りを浮かべた。


重鎧(へヴィメイル)? 商人殿、御存知ですか?』

「……いえ、初めて聞いた単語です。β版でも聞いた事がありません」

「それで、答えは」

「っ! そうかよ、アンタは盗賊だったなっ! クッソ、面倒くせぇことになりやがったッ!!」


 人の良い表情を浮かべていたガイの目付きが鋭くなり、語気を荒げる。怒りを全身で表すガイに向かって、もう一度だけ訊ねる。


「可能か?」

「…あぁ、可能だよ。重鎧ならアンタの要望全部満たしてるだろうぜ、クソッ! オレの職人計画が台無しじゃねぇか……っ!!」


 職人計画? 面白そうな単語が聞こえたが、重要なのは俺の要望を満たす鎧を製造するスキルをこの男は持ち合わせているらしい。

 ガイは内心の憤怒を隠そうともせず、それは時間を重ねるごとに荒々しくなっていく。

 ガリガリと黒髪を掻きむしり、憎悪とまではいかずとも、敵意の籠った表情で俺を睨みつけて来た。


「いいぜ、造ってやろうじゃねぇかッ! だが、タダじゃ造ってやらねぇ。オレの重鎧第一作目を特別にお前達の為に打ってやるんだ、しょうもない素材なんかじゃ絶対に御免だね」

「当たり前だ。騎士の鎧を、その辺の粗末な鉄屑で造られたガラクタで賄われても困る」

「――言いやがったな、コノ野郎」


 語気は荒く、口調は攻撃的。正体面の印象から随分人柄が変わったガイであるが、その荒い佇まいには違和感がなく、むしろ似合っている。

 こっちが素なのだろうか。どうでも良い事を考えていると、少しだけ冷静になったガイが口を開く。


「オレの納得する素材を持ってきな。重鎧の材料は金属限定だから鉱山にでも行って来い。だがオレは行かない。重鎧造るなら準備として道具を新調しなきゃならねぇからな」

「いいだろう、精々頑張れ」

「……今日一日で職業盗賊が嫌いになったよ」

「そうか、俺は?」

「大っ嫌いだよッ!!」


 即答だった。ガイの中に溜まりに溜まった鬱憤の全てがその一言に籠っていた。

 そりゃ嫌いにもなるだろうな。俺だって自分の弱みを握る奴は好きになれそうにない。

 彼の中に最悪な盗賊の印象を刻みこんでしまった訳だが、他の盗賊プレイヤーには申し訳ない事をしたと思っている。

 願わくば、ガイのもとにやってきた盗賊プレイヤーが俺のせいで彼に冷遇されない事を祈ろう。


「オーダーを受けたからには最高の装備を造ってやる。お前等こそ、精々オレのスキル強化に役立つ素材採ってきやがれ。小僧ッ!」

「えっ! はい、なんです?」

「『幸運』スキルはッ!」

「無いですッ!」

「だろうな、期待してねぇよ。デカブツッ!」

『はいっ!』

「『怪力』スキルはッ!」

『セットしています。セットしているでありますっ!』

「『強力』スキルはッ!!」

『セットしておりますっ!!』

「よし、装備条件は揃ってるのか。これで装備できませんでしたじゃ、ぶん殴ってやったのに」


 怒号の様な声量でガイに呼ばれたアキとラインハルトの二人が思わず直立の姿勢をとる。

 真正面から睨まれたアキの表情は強張り、ラインハルトは不動の姿勢を装うとしていながらもガタガタと震え、微妙に腰が引けていた。

 巨躯の大男の屁っ放り腰はシュールで仕方ないが、しかしその気持ちもわかる。

 今のガイにはそれだけの迫力がある。


 話をそこで切り、ガイはブツブツと独り言を呟く。材料とか素材がとかいう単語が聞こえてくる。

 そういうことなので、直立の姿勢から微動だにしていなかった身長差のある二人の方を向く。


「そう言う事だ、鉱山行くぞ」

「………………わかりました。じゃ、準備は任せて下さいね」

『凄まじい剣幕でしたね、慄きました。ところで、自分は事態を飲み込めていないのですが?』

「先ずは『採掘』スキル持ちを確保しなければなりませんね。さて、どうします?」

『あの、状況の説明を……』


 鉱山。まだ向かった事はないが、金属素材を入手するならばそこ以外には考えられない。

 だが当然、なんのリスクもなく素材を入手できる訳ではない。モンスターだって出現するし、俺達以外のプレイヤーも居ると思われる。

 加えて『一撃必殺』に『採掘』スキルを持っているプレイヤーはいない。採掘用の道具だって揃えなければならないし、それはアキがどうにかするにしても、スキルばかりはどうしようもない。


 何処かにいないだろうか。俺達と顔見知りで『採掘』スキルを持ち、そして鉱山まで同行してくれるようなプレイヤーは。

 冷静に考えなくても、そんな都合の良いプレイヤーが居る筈はない。


 そんな時、メッセージ着信音が響いた。システムメニューからメッセージボックスを開けば、そこには新着メールがあり、送信者の欄にははリンゴの文字。タイトルはなし。

 内容を確認すれば――――思わず笑いが零れた。

 鎧鍛冶の工房へと向かう直前、急に別行動を願ったリンゴはとあるプレイヤーのもとへ赴いたらしい。

 なんでもかんでも知った風な行動に釈然としないものがあるが、俺達が鎧製造の話をしている最中、あの友人は既に行動を起こしていた。

 メッセージはシンプルな一文。


 "『採掘』スキル持ちは確保した"


「喜べ、『採掘』スキル持ちは確保済みだ」

「え?」

『あの、だから自分を置いていかないでくださいっ!』

「お前達、今日の午後は?」

「――はい、問題ありませんが」

『…自分も、構いませんが。いや、ですから説明をっ!!』

「リンゴがオサフネと話を付けたらしい。集合は東門前広場に午後一時、昼食は早めに済ませろ」


 二人の午後の予定を確かめtれば、問題はないらしい。

 システムメニューに表示された外部時計は午前十一時を回っていた。そろそろ昼食時である。

 次回から冒険パートです。

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