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一撃必殺 -Critical Hit !!-  作者: ジャン太
第一章:ギルド設立編
7/10

瀑布の都市アラ・ラカン 1

 なにやらお気に入り登録して下さった方がいるみたいです。

 ありがとうございます!

 こんな駄文で恐縮ですが、今後もよろしくお願いします!!

 満腹度というステータスがある。その値が減少すると、減少値に比例して時間毎のスタミナやマジックポイントの回復量が減少するというものだ。

 満腹度を解消する為に料理や食糧の概念が存在し、手間を掛けることなく満腹度を回復させる為の手段として、各タウンには数多くの食堂が設置されている。


 『DARK SIDE ONLINE』に限らず、VRゲームのNPC経営の食堂施設の評判はあまりよろしくない。それにはVR条例によって厳しく取り締まられた止むを得ない事情があるのだが、その話は一先ず置いておこう。

 『瀑布の都市』の一角。東門へと続く大通りの片隅に、NPCの経営する食堂があった。食堂の看板にはシンプルに『食堂』とだけ書かれており、その店内は満席ならば30人は受け入れられそうな程に広かったが、少し所ではない数の空席が目立ち、閑散としていた。

 そして店内は薄暗く、大食漢でも食欲が失せそうなジメジメとした雰囲気が漂っていたのがなによりのマイナスだろう。


 一方その食堂の屋外に設置された幾つものテーブルは、一つを除いて全てプレイヤーの姿で埋まっており、各所で情報交換やパーティ勧誘、作戦会議などが行われていた。味には期待してていないのか、テーブルに配膳された料理の姿は少なく、多くのプレイヤーはドリンク片手に歓談を交えている。


 しかし奇妙な事に、一番端のテーブル腰掛けるプレイヤーの数は二人だけだった。

 一人は腰に剣を携え、フードを深く被った地味な色のコート姿の男性。フードから覗く前髪は長く、顔の上半分を覆い隠していた。前髪の隙間から微かに覗く目付きは異様に悪く、長身も相まって危険な雰囲気を漂わせている。――盗賊だ。


 もう一人は迫力ある鋼色の重厚な輝きを放つ全身鎧に身を包み、質素な長剣を背負った剣士だ。身長は盗賊の青年よりも低く、鎧の雰囲気に圧倒されて分かりにくいが、身体つきは男性にしては随分と華奢だ。それはそうだろう。何しろこの金属物体の中身、鎧を纏っているのは女性なのだ。


 異なる理由で視線を集めるその二人は、密かに周囲の視線を集めていることなど気にも留めず、パクパクもぐもぐと不味い料理を口に運んでいた。

 『DARK SIDE ONLINE』正式サービス開始二日目。現実世界では日曜日である。




 周囲のプレイヤーから視線を集めている気がするが、その理由の大半はリンゴの装備が原因だろう。サービス開始二日目で"こんな装備"を所持しているプレイヤーなんてそうは居ない。拠点にしている寂れた宿屋から食堂に来るまでの道中も、随分と注目されていた気がする。

 注文してから食べられるまでの時間が短いというだけが取り柄の、それ以外の評価は何とも言えないパスタらしき麺料理をフォークで適量絡めとり、思い切って口にする。もぐもぐと咀嚼し、そこそこな歯ごたえと素晴らしい喉越しを楽しんだ。


「不味い。歯ごたえと喉越しが良い分余計に腹が立つ不味さだ」

『仕方ないよ。NPCの料理が美味しかったら『料理』スキルの意義が無くなっちゃうからね』


 そう言ってリンゴは、自身の注文したサンドウィッチに齧り付いた。先日と同様、一々兜のバイザーを口元が露出するだけ上げて齧り付き、そして再びバイザーを下す。こいつは食事中その繰り返しだった。何度も兜を脱げと言ってみたものの、この際だし、とか良く分からない理由でそれを拒否する。

 人見知りとか恥ずかしがり屋とか、この友人にそんな設定はない。でなければ、これだけ視線を集めておいて平気な筈がない。

 どうせ趣味とか拘りとか、その程度の理由だろう。


『でも本当に良かったの?』

「何が?」

『巨鎧猪を倒したのは君なんだから、素材だって君が優先して使うべきなのに』 


 普段の図々しさを潜ませて、リンゴは自分の装備した巨鎧猪製の装備を眺めながら言った。

 この図々しい友人にしては珍しく、昨日ログアウト間際に鎧の製造をアキに仲介させて職人に依頼し、今日俺達より早くログインしたアキから完成した装備を受け取ってから、ずっとこの遠慮がちな態度だ。


 たしかに巨鎧猪を討伐したのは俺だ。リンゴと今はここには居ないもう一人は俺が巨鎧猪に倒されると思っていた訳だし、戦闘に参加した訳でもない。

 何にもしていないのに恩恵に与れるのは、いくらリンゴの神経が図太いからと言っても若干の後ろめたさを覚えるものだったらしい。

 しかし、その鎧は既に造ってしまった訳だし、なによりそれは女性用だ。男の俺が装備できる訳がない。

 ――まったく、しょうがないな。素直に受け取れば良いだけのことを。


「例えばの話をしてやろう。盗賊に毛皮や金属製の防具を纏ったイメージはあるか?」

『いいや、それはイメージ的には山賊とか蛮族の類だと思うよ』

「だろうな。つまりはそういうことだ。盗賊のイメージに合わないから俺には必要ないし、その鎧皮装備は『軽業師』スキルを阻害しかねない」


 盗賊の初期スキルである『軽業師』は、プレイヤーに軽快な動きを可能にするらしい。

 今はまだ身体が軽くなる程度の効果しかないが、やがてアクロバット的なアクションが出来るようになるかもしれない。

 ただし重量級の武器や金属製の防具を装備した場合、その『軽業師』の効果は大きく減退する。

 身軽さを活かす盗賊の剣士(オレ)よりも、剣士のなかでも一撃の威力に全てを掛ける大剣士(リンゴ)の装備として使用した方が、理に適っているというものだ。


「それはお前の物だ。とっとと納得して、適当に感謝しやがれ」

『なぁんだ、君もそれなりに考えてのことだったんだね。そういうことなら、有り難く使わせてもらうとするよ』


 これでリンゴは納得したらしい。兜の隙間から聞こえたのは、いつもの控え目な声量ながらも図々しい態度の、くぐもった声だった。

 初日にリンゴが装備していた粗鉄性の装備は一新され、現在は細部に猪毛で装飾された鈍い鋼色の全身鎧を纏っていた。巨鎧猪のドロップ素材をふんだんに使用して拵えられたその鎧一式は、アイテム名称『巨鎧猪の鎧(軽)シリーズ』というものだ。分類上はフルプレートメイルでありがらも、全身鎧の重厚なイメージを吹払うその細身なフォルムは、全体的に鋭い印象を与える。

 肩や腰回りを猪毛の装飾で飾り立て、その姿は歴戦の雄とは言い過ぎなのかもしれないが、猛者の貫録を放っていた。

 ――ただし背負われた長剣が初期装備のクレイモアであることが、なんとも残念である。

 

『それはそうと、先日の逆境ボーナスでスキルとかステータスとか結構強化されたんじゃないの?』

「おう。新項目が多すぎてよく分からなかったから、アキも交えて話をしよう。意見が聞きたい」


 お互いに料理を食べ終えたタイミングで、都合良く待ち望んでいた人物が現れた。

 やたらと大き過ぎる道具鞄を背負った、品の良い顔立ちの茶髪の少年。NPCと見間違えるような平凡な格好をしたその人物は、職業商人のアキだ。

 巨鎧猪を隅々まで解体した結果、『解体』スキルのペナルティとして体力――つまりヒットポイントとスタミナを大きく減少させてしまったアキは、『瀑布の都市』中層の商業区から、今俺達の居る上層の食堂までの長距離を走って来たらしく疲労し、現実と同様にスタミナが回復するまで肩で息を切らしていた。


「すみません、遅れましたっ!」

『構わないよ。売れ行きはどんな感じ?』

「凄い勢いでしたよ。ウハウハでしたね、というかウホウホでした!」


 俺とリンゴと同じテーブルに座り、アキは利益の話になった途端に急激に元気になった。

 示し合わせた時間に3人でログインし、結局アキも拠点とすることになった寂れた宿屋で分かれてから、こいつは昨日入手した各素材を売り歩いていたらしい。

 ウホウホという表現はイマイチわからないが、様子から察するに大儲けだったのだろう。

 機嫌の良いアキは、どんな素材が幾らで売れただとか他の商人から一目置かれただとか、矢継ぎ早に自慢してくる。

 余程機嫌が良いのか、合流してからは昨日は散々と吐きまくった毒を一切吐かない。


「巨鎧猪の素材なんてとんでもない値段が付きましたよ。品質の低いものしか売りに出してないのに、4桁代の値段でも余裕で売れましたし!」

『それは凄いね。いま所持金どんな感じ?』

「取り敢えず六桁だと言っておきましょう。あ、コチラがお二人の取り分です。僕に感謝して有り難く懐に納めるといいですよ」


 アキがメニューを開き操作すると、暫くしてドサドサと音を発てて麻袋の様な物体をテーブルに載せた。この麻袋はゲーム内で金銭の取引を行う場合に使用される『契約の麻袋』と呼ばれるものだ。これはアイテムなどではなく、システム上表示される特殊なオブジェクトらしい。

 『契約の麻袋』を用いた取引は、指定した相手以外が麻袋を入手すると、もれなく犯罪者となるシステムらしい。

 まずリンゴが自身の前に出された麻袋に触れると、俺には見えないが、システムウィンドウが発生する。

 そしてリンゴは兜越しで表情はわからないが、一瞬だけ息をのんだ。


『――――――えっ?』

「どうだ。金欠は脱却出来そうか?」

『え、あ、うん。暫くは遊んで暮らせそう、ゲームだけに?』


 言外にどれくらいの額だったかと聞いたが、反応はぎこちなく容量を得ない。

 小首(金属製のごつい兜を被った)を傾げ、リンゴが上手いのか上手くないのか判断に困る冗談を言い放った。

 なんだその面白くもない冗談は。昨日は金が無いと散々喚いていたくせに、一体どうしたと言うのか。

 やたら周囲を気にしながら、リンゴがそそくさと麻袋を回収した。

 落ち着きの無くなった様子のリンゴを視界に納めながら、目の前に置かれた麻袋に触れる。

 システムウィンドウが開き―――――ん?


『吃驚した。すごい額だね、こんな序盤でこのクラスの大金を手に入れるなんて』

「僕達もある意味逆境を乗り越えましたね! 非常識な人ですが、良い駒を手に入れることが出来ましたっ!!」


 はしゃぐ二人を余所に、俺の感情は冷え切っていく。この野郎、またやりやがった。

 視界に表示されたシステムウィンドウの数字は見間違いではなく、その値は変化していない。

 常時された数字は―――二桁だった。


「待てコラ」

『あれ、どうかしたの?』

「どうかしましたか?」


 俺の方を向いた二人の表情は正反対。不思議そうなリンゴと、わざとらしくニヤニヤしたアキ。

 アキの方を向いて、全力で睨みつける。殺気とか殺人光線とかが出そうな勢いで。


「…言わなきゃ分からないか?」

「ええ、全然」


 白々しく肩を竦めるアキだが、短い付き合いながらもリンゴは事情を察したらしく、小さな声でまたやったのかと呟いたのが聞こえた。

 そうだ。コイツはまたしてもやりやがった。

 十四歳の中学生にこの手を使用するのは大人げないが、仕方ない、最終手段だ。


「『アーツ』の試し斬り」

「すみません、コチラになります。だから剣から手を離してくださいっ!」


 立ち上がって剣の柄を握ってみせれば、この腹黒商人はあっさりと屈した。初期装備に加えて紙装甲の商人相手なら、『剣装備』スキルと剣の武器熟練度もかなり上昇しているので、火力に乏しく耐久度の消耗したロングソードの一撃でも確実に仕留められることだろう。

 残像が見えそうな速度で頭を下げたアキを小突いて催促し、再度取り出された麻袋に触れれば、そこには五桁の数字が。

 リンゴに確認すれば、どうやら同額であるらしい。最初から出せよ面倒くさい。


「なんでこんな人のギルドに入ったんだろう…。野蛮です、乱暴です」

『今のはアキくんが悪いよ』

「それで、頼んでた物は? ……今度は妙な小芝居はするなよ?」


 NPCの店員にアキがドリンクを注文し、薄暗い店内へと向かっていくその背を眺めながら、漸く本題に入る。

 商業区に素材を売り捌きに行くと言ったアキには、巨鎧猪の素材の所有権を全て譲ることを条件に、追加で武器を見繕いに行ってもらった。巨鎧猪との戦闘で消耗したロングソードの代わりとなるる武器を。

 商人の『鑑定』スキルがどれ程のものかは分からないが、能力だけは優秀なこの少年が欠陥品を持ってくることは無いだろう。


「えぇ、見つかりました。初日から無茶したプレイヤーは僕達以外にも結構居たみたいですね。値は張りましたが、なんとか入手出来ましたよ」


 大変でしたがと呟いたアキが『魔法の道具鞄』に手を突っ込んでゴソゴソと弄り、ズルズルとソレを取り出した。

 テーブルの上に置かれたその剣は、粗末だがしっかりとした造りの鞘に納められていた。

 全体的に腰に差したロングソードよりも大振りで、リンゴの背負う長剣よりは短い。 


「名称はバスタードソード。粗鉄性ですが、注文された通りの強度と重量は満たしている筈です」


 人差し指を立てて胸を張るアキはほどほどに無視し、テーブルのバスタードソードを手に取った。ズシリとした鋼鉄の重量が腕に負荷を掛けるが、その重量はなんとも頼もしい。この剣ならば巨鎧猪のような大型魔獣でも打ち倒せる―――いや、使い方次第だろう。剣が優秀でも、使い手が(なまくら)では意味が無い。

 『看破』スキルを使用する。

 ウィンドウに表示されたバスタードソードの品質は普通だが、重量を示す数字は赤字で表示されていた。本来の規格よりも重いということだ。

 項目を切り替えて要求ステータスを調べ、全ての項目を見終えてウィンドウを閉じる。最後に目に映ったバスタードソードの武器カテゴリーは、


「片手半剣だな」

「はい。手数では剣に劣り、威力は長剣に及ばない。中途半端な武器と巷で有名な片手半剣ですね!」

「……そうなのか?」

『悪く言えばその通りだけど、良く言えば大器晩成型さ。……多分ね』


 個人的には気に入ったバスタードソードだが、アキの言葉が正しいなら酷評されているらしい。

 リンゴに確認をしても聞こえの良い言葉で返されたが、概ね同意見であるらしい。

 それよりもアキの言葉に気になる単語があった。


「無茶したプレイヤーってのは?」

「その剣の製作者です。徹底した武器職人スタイルの方で、すでに掲示板でも良質の武器を造るって話題になってますよ」


 そりゃ凄いな。昨日今日でもう噂になるってことは、この剣の製造者は本当に腕の良い職人なんだろう。

 武器ステータスに記された製造者名は"オサフネ"。長船と言えば、浅い知識しかないが備前の刀工の流派名だったか?

 刀鍛冶としてやっていきますと言わんばかりのネーミングだ。

 その職人プレイヤーに興味が沸くが、しかし疑問がある。


「そんな奴が造った武器をよく手に入れられたな」

「レアアイテムって便利なんですよ。そして時に情報の価値はレアアイテムを凌駕します!」

「…何をした?」

「今頃『不帰の大森林』には死体の山が築かれていることでしょうね……」


 ニヤリと笑い、不穏な単語を悟った顔で言い放つ腹黒少年に呆れ果てるが、今の言葉で粗方を察することが出来た。

 レアアイテム――つまりドロップ素材の賄賂か? いやトレードの線も捨てがたい。

 情報というのは…ああ、そう言うことか。『不帰の大森林』で死体の山。コイツ巨鎧猪の俺のやった撃破方法を教えたのか。

 しかしだな、あれは奇跡が連鎖して運と偶然のコンボにより結果的に倒せただけであって、同じ方法で倒せるとは限らないし、スキルや条件が揃ってなければ大博打でしかないんだが。

 

『良かったの?』

「良いんじゃないか。隠すつもりはないし、素材が出回ればいずれ何かの形でばれるだろう」

『……君が良いなら構わないんだけどね。……でも、気を付けなよ』


 リンゴの言いたいことはわかる。まだマニュアルを読んだ程度しか理解していないが『Another World』、つまり『DARK SIDE ONLINE』で名前が売れる危険性の事を指しているのだろう。今はまだ噂は聞かないが、いずれ出現するであろう彼ら(・・)にとって、このゲームのシステムは都合が良過ぎるのだから。彼らの事を否定するつもりは無いが、狙われる身となってはたまったものじゃない。


「それで、どうですか? 鍛冶師曰く造りが荒いとのことで、要求ステータスが上昇しているらしいのですが…」

「いいや、問題ない。こういう時の為に、ステータスポイントは振らずに残しておいたからな」


 話しを切り替えて、メニューを開く。ステータス項目を開けば、巨鎧猪を倒してレベルアップした分のステータスポイントが丸々残っていた。

 敏捷にポイントの半分と、筋力と技術に残りを平等に振って決定。このステータスならバスタードソードを十分に扱える事だろう。


『じゃ、メンバーが揃ったことだし、さっきの話の続きをしようか』

「なんの話です?」

「巨鎧猪倒して色々とレベルアップしたんだが、ちょっと意見を聞きたい」

「あぁ、なるほど」


 合点がいったと肯くアキは、僅かに思考する仕草を見せる。これは今日知ったことなのだが、アキはβ版時代は剣士の職業だったらしい。

 となれば、経験者としての的確なアドバイスを期待できることだろう。

 ――悪巫山戯さえしなければ。


「まず武器熟練度はどうなってます? かなり上昇してるんじゃないですか?」

「おう。剣の熟練度が18、ついでに格闘が蹴り限定で4だな」

『…それは凄いね。私の長剣熟練度が3だから、合計で20近く上昇してるんじゃないかな』


 リンゴの言うとおり、確かに合計二十近く上昇している。改めて逆境ボーナスの凄まじさを再認識した。


「それだけ熟練度があるなら『アーツ』も充実してるんじゃないですか?」

「あぁ、取り敢えず『ダッシュスタブ』を登録した」


 武器熟練度。要するも何も、つまり武器の習熟度のことだ。このゲームにおける武器の熟練度は、主に武器攻撃力や『アーツ』の習得に関わる重要なステータスとなっている。

 熟練度は武器のカテゴリーごとに存在し、その気になれば全武器の熟練度を極めることが可能だ。

 ――ただし、通常の速度で成長するのは三つまでだ。

 三種類の武器――例えば剣と槍と弓の武器を習熟させているプレイヤーが居たとしよう。ここまでなら問題は無いのだが、彼が四種類目の武器として斧を習熟させたとすると事態が変化する。

 四種類以上の武器を習熟させるとペナルティが発生し、全武器の成長速度が途端に遅くなるのだ。

 ペナルティを解除するには、上の例の場合どれか一つの武器熟練度をリセットすればいい。そうして習熟中の武器を三種類に納める事で、ペナルティは解除される。ただし一度でも習熟した武器熟練度をリセットすると、再度の習熟行った場合、必要な経験値が大幅に跳ね上がるので注意しなければならない。

 当然、習得した『アーツ』も全てリセットされる。

 一度捨てたものは容易には戻らない。現実の厳しさを、開発スタッフは表現したかったらしい。


 『ダッシュスタブ』の単語を聞いて、アキがあからさまに眉を顰めた。 


「『なんちゃって居合』ですか。微妙ですね」

「おい、なんだそりゃ?」


 へんてこな単語を呟いたアキに向かって思わず身を乗り出した。『なんちゃって居合』だと?

 『ダッシュスタブ』は前方へのステップ中に剣攻撃を行う事で発動する特殊攻撃――『アーツ』だ。

 斬りと突きの2パターンが存在し、斬りモーションだと小威力。突きモーションだと中威力の補整が発生する。剣の武器習熟度のみならず敏捷値も少なからず威力に作用し、盗賊とは相性の良いアーツだと思うんだが、それがどうして『なんちゃって居合』なんて呼ばれているのか?


 その疑問に最初に口を開いたのはリンゴだった。


『聞いたことがあるね。『ダッシュスタブ』は鞘に納めることが可能かつ、片手で扱える剣であることを条件にして、斬りモーションに限り納刀状態からの発動が可能になるんだって』

「ですが、その場合片手で発動することになるので威力は低くなります。そもそもアーツ事態の威力も微妙ですしね。発動モーションだけが一部プレイヤーにウケているだけの残念アーツの筆頭です」


 なるほど理解した。軽くイメージしてみたが、確かに居合に見えなくもない。ゲームや漫画のキャラクターを見て育った現代人が想像する、典型的な居合像そのものだ。 


「それで『なんちゃって居合』か。しかし居合を随分と勘違いしてるんじゃないか?」


 どうも現代には居合を勘違いしている人間が多い気がしてならない。俺も居合道には大して詳しくないので、偉そうなことは言えないのだが。

 しかし剣道を修める関係で剣術には精通しているリンゴがうんうんと肯いているのが救いか。


 だが俺は知っている。以前にリンゴが『旧世代名作ゲーム発掘キャンペーン』で購入した悪魔狩人が主人公の第三作目。リンゴは紅いコートの大剣使いの主人公よりも、青いコートで居合を使用する主人公の兄の方を気に入っていたのだ。

 お前も同じ穴の狢だ。


『居合はロマンだからね、仕方ないよ』

「β版時代から居合スキルの存在は噂になってましたよ。でもその真実は――言わなくても分かりますよね」


 つまり発見されていない、と。


「『DARK SIDE ONLINE』に居合スキルが実装されているのかは不明ですが、β版時代から少なくないプレイヤーがその存在を探し求めているんですよ」


 話を戻して『ダッシュスタブ』ことだが、個人的には気に入ってるんだけどな。


「突きと斬りの両方を使えるから便利だと思うんだが…」

「欠陥はありません。ですがシステム的な欠点が多いだけです。ヤスヒロさんも使ってみれば嫌でも理解できます」


 納得できない俺の表情を見て、溜め息をついたアキが実感の籠った声色で言う。

 もしかしたらコイツも居合スキルを求めて『なんちゃって居合』を繰り出していたプレイヤーの一人なのかもしれない。


「他はどうです?」

「後は『スパイクスタブ』、『サークルカット』、『リベンジエッジ』、『トライラッシュ』ってところだな」

『充実してて羨ましいよ。私なんて『バスター』一つしか無いのに』

「序盤だからそんなものじゃないのか?」

『……はぁ、妬ましいなぁ。私も巨鎧猪と闘おうかな――いやでも』


 目先の欲に駆られたリンゴが安易な発想を抱きかけている。巨鎧猪だけは止めなさい。多分死ぬから。

 恨めしげな視線を兜越しに感じていると、なにやら焦った風のアキがテーブルから身を乗り出さんばかりに迫ってきた。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「ん?」

『どしたの?』

「あの、ヤスヒロさん? 『ソニック』は?」

「斬撃飛ばすアーツだろ?」


 冗談ではなく本心から焦った口調のアキの言う『ソニック』というのは、剣習熟度5で習得できるアーツのことだ。試した事は無いんだが、詳細を読むに漫画の主人公みたいなイメージで斬撃を飛ばすアーツなのだろう。

 特定の構えを予備動作として必要とするが、近距離から中距離までカバーできる多分優秀なアーツだ。

 アーツの詳細はきちんと読んだから、間違いない筈だ。

 しかし俺の答えは、アキが聞きたかったものとは違うらしい。


「いえ、知ってるとかじゃなくて。『ソニック』はどうしたんですか? 習熟度的に、登録できる筈なのですが」


 あぁ、そういうことか。アキは俺が羅列したアーツの中に『ソニック』が無いことに焦っていたのか。

 なんで焦るのかは分からないが、登録するも何も、俺の場合は前提が異なる。


「なんか良く解らんから、捨てた」

「捨てたぁッ!?」

「消去したとも言う」


 そう、きれいさっぱりと削除した。アーツの詳細欄を読んだときには、既に『ソニック』の削除は決定事項だった。

 『ソニック』を捨てたと言ったら、アキの大人ぶった仮面が完全に剥がれてしまった訳だが、はて、一体どうしたと言うのか。愕然とした表情をしたアキが問い詰めてくる。


「なんでッ!? 『ソニック』は剣士の必須アーツですよっ! 『ソニック』の存在が剣士系と戦士系を明確に分かつと言っても過言ではないのに、登録してないのならともかく、よりによって捨てたっ!!」


 信じられない何言ってんのこの人、みたいな目付きで俺を見てくる錯乱状態のアキとは別に、リンゴは冷静に聞いてきた。


『理由は?』

「斬撃が飛ぶとか、なんか気持ち悪い」

「貴方の思考回路の方が気持ち悪いですよッ!! なんですかその意味のわからない理由はッ!?」


 人に向かって気持ち悪いとか言うな。傷つくだろうがっ!

 それはともかく、考えても見てほしい。自分の手の届かない距離にあるものを攻撃できるんだぞ? 自分の中にあるエネルギー的な何かを放出して。

 いや空間を超越した斬撃とかかもしれないが、それにしたってどの様な技術を用いればそんなことが可能になると言うのか?

 自分には理解できない力を振うのは、なんか気持ち悪いじゃないか。


「『インパルス』はッ!?」

「同じ理由で消した」

「『インパクト』はッッ!?」

「同じく消去した」

「馬鹿ぁあああああああああああああッッ!!」

『落ち着きなよ、彼はこういう男なんだ』

「落ち着いてられるかッ! 前衛の必須スキルが全滅じゃないですか!! こんなんでどうやって闘うっていうんですかッ!!」


 『インパルス』も『インパクト』もアーツ習得欄で見たからしっかりと覚えている。どちらも衝撃波を発生させる範囲攻撃アーツだった筈だ。

 これも『ソニック』と同じ理由で消滅させた。衝撃波を発生させるとか、ちょっと理解できない。

 それはそうと、アキにはいい加減落ち着いて欲しいものだ。さっきから周りのプレイヤーから無意味に注目されている。VR空間は公共の場として指定されているし、それはゲームであっても同じこと。

 どんどんヒートアップしていくアキだが、これだけは言わせてほしい。


「今よりも弱い状態で巨鎧猪は狩れたぞ?」

「あんな奇跡が何度も続いてたまるかぁッ!!」


 御尤もで。茶髪を振り乱して暴れるアキだったが、暫く経って一息ついた。

 ―――目は死んだ魚のように濁っていたが。


「……もういいです。盗賊系列の敏捷値の高いスタイルには不向きですが、それならば『溜攻撃』主体の育成を考えましょう」

「『溜攻撃』も捨てた」

「――――――ッ!?」


 いかん、とうとうアキが完全にフリーズした。顎が外れんばかりに開ききっている。

 今のアキならリンゴの好物である林檎を丸のみ出来るんじゃないだろうか?

 『溜攻撃』というのは、読んで字の如く『溜攻撃』だ。武器を振りかぶった状態で一定時間待機していると、視界にリングゲージが現れる。リングゲージのメーターが一回転するごとに溜攻撃のレベルが一段階上昇し、最大で三段階まで溜めることが可能だ。溜め時間中は無防備になるがその威力は凄まじく、戦士系や剣士系のステータスに向いている攻撃だろう。

 ちなみに三段階以上まで溜めることも可能だが、それ以上は専用のスキルが必要になってくる。


『ここまで来れば予想が付くけど、その心は?』

「チャージ中に表示されるリングゲージが邪魔だった」

『そんなことだろうと思った。それくらい我慢しなよ』


 どうしても邪魔だったんだ。というか凄くウザったい。

 視界に触れる事の出来ない幻影が現れたような嫌悪感を感じたのだが、その事をリンゴに伝えると、意外な事に同意してくれた。

 画面越しに見るのではなく、直接触れて五感で感じる事の出来るVRゲームだからこそ、稀にそういう感覚を抱くプレイヤーも少なからず存在するらしい。

 お、漸くアキが再起動した。


「馬鹿過ぎる…」

「いいじゃないか、好きなように楽しむのがVRゲームの醍醐味(だいごみ)だろ?」

「今の貴方は大ゴミ(ダイゴミ)です。付き合ってられません、短い付き合いでしたがお世話になりました」


 そう言ってアキは『魔法の道具鞄』を抱えて立ち上がり、俺達に背を向けた。

 ふむ、愛想尽かされたか。とぼとぼと歩き去る背中に一言掛けてやろう。


「おう、じゃあな」

「だから淡白過ぎますよッ!! 良いです分かりました、こうなったら地獄までお付き合いしましょう。徹底的にお二人をプロデュースさせて頂きますッ!!」

『……私も?』

「当然ですっ!! 僕の利益の為に馬車馬の如く働かせるので覚悟してくださいッ!!」


 あっさり反転して凄い勢いで戻ってきた。アキはドカリと乱暴に座り、ドリンクを一息に煽る。

 良い飲みっぷりだ。

 自棄酒ってあんな感じなんだろうな。未成年だから飲酒の経験は無いのだが。

 そう言えばこの二人に意見を聞くと言っておきながら、結局メインとなるステータスは自分一人で決定していた。

 ―――ま、いいか。






 『DARK SIDE ONLINE』のβ版は王都と呼ばれる都市と、その周辺エリアのレベル及び登場モンスターを調整して行われたらしい。そして王都は正式サービス開始後のスタート地点には設定されておらず、β版プレイヤーの土地勘は全く当てにならない。

 公式の掲示板やプレイヤー間の交流によって、徐々にではあるが『Another World』は開拓されつつある。俺に同じく初日に大型魔獣を撃破したプレイヤーも、数名ながら存在しているらしい。

 とは言っても、まだサービス開始二日目だ。広大過ぎるエリアや、果ての知れないマップが完全に暴かれるその日はまだまだ先だろう。


 俺とリンゴ、そしてアキが拠点とするこの都市の正式名称は『瀑布の都市アラ・ラカン』

 『アラ・ラカン』という、いかにも異世界チックな響きの名称には胸躍るものがあるが、それは俺の個人的主観なのでどうでも良い。

 『アラ・ラカン』に限らず、ゲームスタート地点となる都市は、基本的な構造は同じらしい。

 数多くのプレイヤーが存在する『居住区』、工房などの施設が存在する『商業区』、運営の窓口が存在しイベントの開催される『中央区』、そしていまだ用途の判明しない『下層』の四層が、大まかな都市の構造である。


 都市と呼ばれるタウンエリアはとにかく広い。『DARK SIDE ONLINE』が最大数百万、数千万というふざけた人数に対応可能な巨大サーバーを使用しているというのもあるが、それにしたってこのグラフィックの細部に至る拘り様には感動させられるものがある。


 アラ・ラカンが『瀑布の都市』と呼ばれるのは、都市そのものが天然の巨大ダムを中心にして建造されたデザインをしている事に由来する。

 ダムを外側から囲むように『居住区』が存在し、ダムの中腹には『商業区』、ダム中央には巨大な円柱の状の人工島が建造され、人工島最上部に『中央区』が設けられており、人工島の周りにへばり付くように『下層』が存在する。

 ダムの東と西側には上層の居住区から商業区を経て中央区まで続く大階段、中央区人工島の中心には展望塔。北からは大運河が流れ込み、瀑布の都市を象徴する滝幅実に8000メートルの大瀑布が轟音を響かせている。上層にはダムを一望できる公園が複数設けられており、多くのプレイヤーから絶賛される絶景ポイントとなっていた。


「……スゲェな」

『うん、綺麗だね。どれだけのスタッフを動員すればこんなグラフィックが出来るんだろう』

「お二人とも置いていきますよー」


 上層の居住区から中層まで大階段を降りて移動してきたが、飛沫が反射して煌びやかに輝く大瀑布は幻想的であり、時間帯によっては虹が掛っていることもある。

 大階段には景観を楽しむために立ち止まるプレイヤーも多い。スクリーンショットを撮っているプレイヤーも居たことだし、近い将来都市間のルートが開通したら、各都市の有名スポットを巡るツアーとかが企画されたりするんだろうか?

 アキは淡々としていたが、俺とリンゴは美麗な景観に終始圧倒されていた。


 大階段を下りて中層の商業区に辿りつくまでにニ十分。上層の居住区からの高低差は目算で500メートル程もあり、逆にダムの底まではそれ以上に距離がありそうだ。現在は下層へのルートは閉鎖されており、ダムの底へ向かう事は出来ない。

 もしかしたら下層の先にはダンジョンがあるのかもしれない。そうでなくとも、滝の裏にダンジョンの入り口があるのは王道だろう。

 期待に胸が膨らむが、あれこれ考えている内に目的の場所に辿りついた。

 それは石造りの大きな建物で、開け放たれた窓からは熱気が漏れ出している。


「ここが?」

「はい。貴方のバスタードを製造した鍛冶師、オサフネさんの所属する工房です」


 工房。ここは個人所有ではなく、数十人のプレイヤーが共同で運営管理している工房だった。入口には剣を象った看板が掲げられており、ここが主に剣武器を製造する職人が集まっている事を示している。耳を澄まなくとも、工房内部から鉄を叩く甲高い音が響いてくる。


『それにしても職業鍛冶師、名前が長船(オサフネ)。そこにヤスヒロが加わると奇妙な化学反応が起こりそうな気がするんだけど、私の気のせいかな?』

「いいえ、僕も嫌な予感がします」


 コソコソ会話している二人を伴い、正面口から内部に入る。

 工房の中は熱気で溢れかえり、種族性別年齢問わず何十人ものプレイヤーが区切られたスペース毎に鍛冶に励んでいた。鉄を叩く音が方々から聞こえてくる。

 工房の壁の端にはプレイヤーが製造した大小形状も様々な剣が立て掛けられている。しかし『看破』のスキルに引っ掛かる程の上品質の物は見当たらない。

 その中でも波を打った刀身の大剣――フランベルジュや、分厚い刀身のグレートソード、日本刀の様な反りのある片刃剣は最悪だった。

 プレイヤーのレベル不相応に難易度の高い武器を無理に製造したためか、武器の耐久度や切れ味が青表示――つまり正規品よりも大きく減少している。


 随分規模の大きな工房だ。低レベルプレイヤー向けの工房故に製造できる武器には限度があるが、武器造りの基礎は大抵ここで覚えられるらしい。

 基礎を覚えたその後は自分で技術を磨き、それぞれの特色や好みに合わせて個性を出していく。

 生産職とはそういうものなんだとか。

 数十人、工房の同時使用限界人数ギリギリのプレイヤーがひしめく中から情報を頼りに目当ての人物を探し出し、入口から最も遠い位置のスペースにその人物を発見した。

 クリムゾンレッドの長髪。頭に手拭を巻いた後ろ姿を確認し、アキを振り向けば首肯を返される。あの人物で間違いないらしい。


『あ、長剣。見てても良いかな?』

「解説は僕がします。『鑑定』スキルの本領発揮ですよッ!」

「じゃ、別行動な」


 リンゴが手近の職人が製作している長剣に興味を惹かれたらしい。もしかしたら購入するのかもしれない。巨鎧猪製の鎧を纏うのなら初期装備の長剣では格好がつかないし、丁度良い機会だろう。『看破』スキルよりも、アイテムを見極めるという点においては凌駕する『鑑定』スキル持ちのアキが一緒なら、粗製品を掴まされることも無い。

 了承して二手に分かれ、俺の方は件の職人のもとへ向かう。

 その人物は黙々と焼けた鉄に鎚を打ち込み、エフェクトであるとはいえ汗を拭う事も放棄して一心に剣を鍛え続けていた。

 着物の様な作業着――このゲームの生産職の初期装備を纏い、深紅の長髪を手拭で雑に纏め、鋭い目付きで鎚を振っている彼女は、日本人女性にしては随分と長身だった。作業着から覗く四肢は細いが健康的で、いわゆるモデル体型というヤツだろう。


 彼女は――剣職人のオサフネは、視界の端に現れた異物()に向かって顔を上げた。


「客か? すまんが今手が離せん」

「いや構わない。片手間に聞いてくればそれで良い」

「そうか―――いや待て、その片手半剣は…?」

「ああ、アンタの作だ」


 後腰に差した片手半剣、バスタードソードに気付いた彼女は鎚を振りかぶる手を止めて、向き直る。

 睨む訳でもなく鋭い視線だった。俺の目付きは"悪い"と表現されるが、目の前の女性の目付きは鋭いと表現するにふさわしい。

 ジロジロと無遠慮に爪先から頭頂部までをを観察してきた女性は何度か肯き、口元だけでニッと笑った。 


「――なるほど。貴様が巨獣殺し(ジャイアントキラー)か」

「…待て。その恥ずかしい称号はなんだ」

「貴様の事だよ、一撃必殺(クリティカルヒット)のギルドマスター殿?」


 クックッとニヒルに喉を鳴らす女鍛冶師。

 目の前の鍛冶師とアキは知り合いなのだから、ギルド名を知っているのは納得できる。だが問題なのは、この女がサラッと口にした小っ恥ずかしい称号らしきものだ。

 巨獣殺し(ジャイアントキラー)

 まさか二つ名かと思ったが、いやいや俺の知名度なんて微塵個(ミジンコ)以下だ、あり得ない。

 この女が勝手に名付けた? ――多分違うだろう、こういう事をするタイプでは無い…と思う。

 ならアキか? アイツならやりかねない。後で少年を締め上げると決意したら、目の前の鍛冶師によって自分の推理が間違いだった事を思い知らされた。


「プレイヤーズサイトのスクリーンショットの項目」

「は?」

「見てみろ。面白いぞ」


 面白い、とはなんだろうか。さっさと見てみろと催促する女鍛冶師に従い、システムメニューからプレイヤーズサイトにアクセスする。

 シンプルな『DARK SIDE ONLINE』のロゴが表示され、言われたとおりにスクリーンショットのページを開く。

 あの分厚いマニュアルにも挿入してあった美麗なグラフィックがアルバムの様に表示されているが、これが如何したのかと鍛冶師に問おうとする前に、一覧の端にNewの小文字を見つけた。何故だか嫌な予感がしてその項目タイトルを見れば、巨鎧猪ジャイアントアーマードボアの文字が。


 …まさか。


 ページを開き、そこに映っていたのは巨鎧猪の全貌をローアングルから写した迫力あるスクリーンショットと、もう一つ。俺にはそのもう一つの方が問題だった。

 メインの画像に添えるようにして表示されている画像に映っていたのは、地味な配色のフードを深く被った男性。前髪が長く、そこから除く目付きは――悪い。

 画像は男性が剣を突き刺す格好を正面から捉えたモノであり、顔はフードの影となって見辛く、口元は凶悪な弧を描く。

 なんだか見覚えのある顔だな――――っていうか、


「俺じゃねぇかッ!?」

「そうだ、貴様だな。なかなか貫録があって男前じゃないか?」


 何時取られたっ? 画像の背景は『不帰の大森林』のものだ。当然、身に覚えは無い。

 画像脇には個人情報を侵害しない程度に公開された俺のキャラクタープロフィールが添えられており、所属ギルドの欄には一撃必殺(クリティカルヒット)の文字。ご丁寧にルビまで振ってある。


「……何時の間に?」

「マニュアルに載っていただろう。大型魔獣を最初に撃破したプレイヤーは公式サイトに画像とプロフィールが公開される、と」


 スクリーンショットの公開日時は昨日だった。顔を抑えて、思わず天を仰いだ。今日ログインしてからウンザリするほど感じたプレイヤーの視線の理由をようやく理解した。

 大半のプレイヤーは巨鎧猪装備を纏ったリンゴに注目していたが、時折俺の方こそを注視していたプレイヤーも少なからず存在していた。

 ―――アレは本当に俺を見ていたのか。


「大型魔獣撃破者には称号が進呈される。それが――」

巨獣殺し(ジャイアントキラー)か?」


 僅かに肯いて鍛冶師が肯定した。サイトを閉じ、メニューを称号の項目に変える。そして取得称号一覧の一番下には、Newの小文字が点滅する巨獣殺し(ジャイアントキラー)の称号があった。

 そしてそれとは別にもう一つの新規獲得称号が。


 『巨獣殺し(ジャイアントキラー)

  詳細:大型魔獣を撃破した貴方に贈る称号。

 『身の程知らず』

  詳細:無謀と勇気を履き違えた貴方に贈る称号。


 百歩譲って『巨獣殺し』は納得しよう。だが『身の程知らず』とはなんだっ!?

 ――いや、否定できない自分が悔しいが。

 だが『恥ずかしがり屋さん』に加えて『身の程知らず』と来たか。『DARK SIDE ONLINE』のスタッフは俺に喧嘩を売っているのか? 


「…まあ良いか。職業盗賊のヤスヒロだ。何時の間にか知られていたが一撃必殺(クリティカルヒット)のギルドマスターをやってる。あと盗賊だが心は剣士だ」

「これはご丁寧に。職業鍛冶師のオサフネ、剣を主に鍛えている」

「だろうな。名前からして剣工、刀工以外のプレイスタイルを想像できん」

「そのつもりだからな。さて、」


 オサフネはそこで話を区切り、表情を鋭くした。視線は鋭さを増し、射殺さんばかりの眼光で睨みつけられる。


「それで、何の用だ」

「…作業は良いのか?」

「着様への興味が勝った――が、くだらない用件なら許さん。……その前に、その剣はどうだ?」


 片手半剣に目をやり、オサフネが真剣な表情で聞いてくる。もとから隙の無い表情の女だったが、いまのオサフネは虚言許すまじの空気を纏っている。

 この世界はどう足掻いてもゲームでしかないのだが、彼女も彼女なりに、真剣に鍛冶師としてこの世界に生きているのだろう。

 ならば、俺も真剣に応えなければなるまい。


「悪くない。ロングソードと比べれば天と地ほどの差がある」

「初期装備なんぞと比較するな。…それで?」

「性能的には申し分ないんだが、欲を言えばもう少し刀身に長さが欲しい」


 この片手半剣(バスタードソード)の全長は120㎝程で、刀身は凡そ90㎝。これ以上の長さにすれば振り回し辛くなるだろう。

 しかし、それは現実世界での話だ。情報が世界を構成し、パラメーターによって運動能力や技能が左右するこの仮想空間ならば、現実世界の法則に縛られる事は無い。とある理由から刀剣に触れる機会が多かった俺は、常々思っていたのだ。自分のデザインしたカッコいい剣を自由に振り回してみたいと!

 いいや、これは男の子なら理解できる願望だろう。


「そう…か。で、用件は?」

「早速だがコイツの強化を頼みたい。素材はそちら持ちだが、金なら十分にある。可能な限りとことんやって欲しい」


 生産職のプレイヤーが工房を使用する利点。それは低品質品の素材ならば無料かつ無限に利用できるというものだ。

 低品質素材故に粗悪品しか生産できない上に、素材の種類も少なく、出来あがるアイテムも高が知れている。しかし序盤のプレイヤーにはこのシステムは有り難い。

 時間は掛かるが、ノーリスクでスキルを鍛えられるのだ。リターンは有って無いようなものだが、同じく序盤の戦闘職プレイヤーにも手頃で入手できる価格の装備は重宝される。


 ただし無料なのはアイテムを生産する場合にのみに限定され、アイテムの強化に工房の素材を使用する場合、しっかりと材料費を取られるのだ。

 武器の強化は今後に備えて戦力の強化を計ったが故の選択だが、強化と聞いてオサフネは表情を歪ませた。眉間に皺を寄せ、吐き出された言葉は、拒絶。


「つまらん」


 忌々しいと表情で語るオサフネに、一言で切り捨てられた。


「…どういう意味だ?」

「工房にあるのは粗末な鉄鉱石のみだ。個人的に良質鋼も所有しているが、それでも高が知れている。ここにある鉱石程度では発生する『特殊効果』も大したことがないだろう。強化するだけ無駄だ」


 話は終わりだと続けて、オサフネは再び鎚を取った。興味は失せたと言わんばかりに背を向け、その背中はとっとと消えろと言っている。

 確かに低品質素材を用いても大した『特殊効果』は望めないだろう。効果に斑のある生態素材と異なり、安定した効果を発揮する金属素材だが、無料提供されるような低品質素材では効果も薄い。そんなことは知っているし、オサフネも金の無駄だと言っているが―――俺がやりたいのはそういう事じゃない。


「勘違いするな」

「…何だと?」


 怪訝そうにオサフネが振り返り、胡散臭そうな視線が向けられる。向けられた鋭い視線に一瞬だけ屈しそうになるが、ここで折れては駄目だ。

 だから俺は、胸を張って宣言する。


「俺が望んでいるのは『性質付加』じゃない。『性能強化』をとことんやって欲しい」

「っ――着様正気か!? 『スロット消失』のデメリットを知らんのかッ!?」


 武器や防具の強化には二種類の方法が存在する。

 一つは『性質付加』。素材に設定された特殊効果を装備に付加させるというものだ。例を上げるなら、筋力値上昇5%といった具合にステータスを割合で変化せるものや、装備に状態異常耐性や属性を付属させるといったものがある。

 当然ながら無限に付加させることは出来ず、装備ごとに設定された『特殊効果スロット』の数だけ可能となる。

 ゲームスタート時の粗悪な装備でも最低三つのスロットが存在し、β版からの検証によれば、レアリティの高さに比例してスロット数が増加するらしい。

 もう一つの方は『性能強化』。装備に設定されたパラメーターを直接上昇させるというものだ。

 剣ならば『重量』、『耐久』、『切味』、『重心』の四つが強化可能である。

 しかし装備の強化は必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。

 その最もたる例として『スロット消失』と言うものがある。何度か『性能強化』を行うと、武器の『特殊効果スロット』が消失してしまうのだ。

 これはβ版時代に明らかになったことであり、そして正式サービスを開始してからも変わらない。もしかしたら何か意味があるのではと一部プレイヤーは睨んでいるが、現時点で検証報告は行われていない。


 故にオサフネは声を荒げたのだろう。自分の製造した武器を、みすみす劣化させたくないのだ。


「正直難しい事は良く分からん。だが『特殊効果スロット』の重要性は十分に理解している」

「ならば、何故だ? 『性能強化』の効果なんぞ微々たるものだろう、それこそやるだけ無駄じゃないのか?」


 『性能強化』によって増加する装備のステータスは微々たるもの。具体的には、100の耐久度が101~102程度に上昇する程度。さらに回数を重ねるごとに上昇値は減少する。だというのに貴重なスロットが消失する危険性があるという。

 そこまで聞けば、確かにデメリットが大きいと思う。だがしかし、俺には俺の考えがあるのだ。リンゴやアキには呆れられるだろうが、俺にはとっては重要な理由が。


「俺は難しい事を考えずに、楽しくゲームをやりたい」

「――は?」

「巨鎧猪の戦闘で痛感したんだが、高レベルのモンスター相手では武器の消耗が激し過ぎる」


 巨鎧猪戦後に亡骸から引き抜かれた(引き抜いてもらった)ロングソードのステータスを確認したのだが、耐久値は限界ギリギリで、切れ味は完全に失われていた。

 ロングソードが粗鉄性かつ初期装備だったというのが理由かもしれないが、たった一戦でこれほどまでの武器の消耗には、流石に危機感を抱かされた。


「着様の弁は矛盾している。その為の『特殊効果スロット』ではないのか?」

「そうだな。しかし極端に高性能な装備は存在しない」


 かつてVRゲームの武器に攻撃力が設定されていた時代の都市伝説。VRゲームの黒歴史。リンゴから雑談がてらに聞いた程度の話を思い出す。VRゲームの問題点を世に知らしめた、とあるプレイヤーの滑稽な英雄譚。―――いや、この話は本当にどうでもいい。


 オサフネの言い分は正しい。『特殊効果スロット』を活用すれば武器の消耗を抑えることが出来るのかもしれない。しかし、武器の性能を上回る強敵と戦闘した場合はどうだろうか? 『税金』だとか『悪行値』だとか『急所』だとか、ゲームとしては無意味に現実的な要素を取り込んだ『DARK SIDE ONLINE』だ。


 その開発スタッフなら、平気な顔してえげつないトラップを仕掛けてきそうな――予感がする。


「今現在のプレイヤーのステータスでは『特殊効果』の恩恵も大したことがない」

「っ!?」

「ならいっそのこと小難しい『スロット』を捨てて、『性能強化』とやらをやった方が良いんじゃないかって、思ったんだが。駄目だろうか?」


 VRゲームを含めて、ゲームは嗜む程度でしかない俺の浅い考えだが、一応筋は通っているんじゃないだろうか? 反応の薄いオサフネにちょっと自信を失い掛けるのだが、当の人物は腕を組んで暫く考えたの後、口を開いた。


「一つ聞きたい。お前の連れはこの事を?」

「知らん。どうせ止められる」


 特にアキが。どうせ効率とか定石がとか言って喧しく騒ぎ出すことだろう。

 更にオサフネが黙り込み、一分、二分と時間が過ぎ、三分を回ったところで、突然くつくつと静かに笑いだした。

 工房中から響く鉄を叩く音と比較するまでもなく小さな音だったが、不思議とよく聞こえた。

 ―――で、強化してくれるのか? してくれないのか? どっちだ?


「いいだろう、剣を寄こせ」

「ん?」

「強化してやる。とことん『性能強化』をしてやろうじゃないか」


 若干ハラハラして答えを待っていたら、以外にもあっさりと引き受けてくれた。

 半ば断られるんじゃないかと思っていたんだが、何故?

 職人気質だと思われる彼女が、みすみす自分の作品を劣化させるとは思えないのだが。

 

「急だな。本当に構わないのか?」

「ああ、いい加減ウンザリしていたんだ。やれ強力な武器を造れだの、やれ効果スロットを増加しろだのと、面倒でしかたがない」


 それは彼女に剣の制作を依頼したプレイヤーの言葉だろう。無遠慮な風に聞こえるが、それは彼女の印象であって、別に彼らは悪い訳じゃない。

 強力な武器を求めるのはRPGプレイヤーならば当然のことだし、武器生産職のプレイヤーは強力な武器を造るために居る。生産色のプレイヤーの好みや趣味の要素を除けば、なんら間違ったことではない。


 今回の場合も、プレイヤーの要求がオサフネの望むところではなかったというだけのこと。


「武器の優劣を決めるのは頑強で強靭で鋭利、それだけで十分だ。よし、玉鋼を使ってやる。数の少ない貴重な素材だが、惜しくはないかな」

「良いのか?」

「あぁ、気にするな。それに面白い試みだ。効率を度外視した拘りを貫くプレイスタイル――ワタシは嫌いじゃないぞ」


 ふっと笑った彼女の表情は、先ほどまでの攻撃的な笑顔とは異なり、女性的で柔らかかった。

 しかも序盤ではかなり貴重な素材である玉鋼まで使用して強化してくれるとのことだ。

 様々なプレイヤーが居て、その数だけプレイスタイルが存在する。彼女がどんな理由でこの『DARK SIDE ONLINE』をプレイしているのかは分からない。

 けれども俺の言葉の何かが彼女の琴線に触れたらしく、どういう訳なのか酷く気に入られたらしい。


 鞘ごと片手半剣を預けると、彼女は頭に巻いた手拭をきつく締め直す。

 そしてオサフネは自身の道具鞄の中から、数個の金属の塊を取り出した。『看破』のスキルが反応し、それが中々の品質の素材――玉鋼であることに気付いた。おそらくキャラクターメイキング時に所持金を払って購入したものだろう。

 

「貴重なのだろうに」

「たしかに貴重だな。プレイヤーが精製したという報告は未だない。これは今現在のワタシの全財産と言っても良い。――だが、ワタシは着様が気に入ったのだ」


 さらに鞄から金属塊を取り出し、作業台に並べていく。玉鋼程ではないが、それらの品質も低くない。

 これで全部だと言った彼女に『契約の麻袋』を用いて全財産を預ける。流石に表示額に驚いたのか、一瞬だけ目を見開き、オサフネが全財産かと聞いてきた。

 迷わず即答すると、彼女は静かに笑いだした。笑い声が納まった後、オサフネは一つだけ忠告する。


「結果が思わしくなくても文句は言うなよ? 可能な限り強化を行うが、恐らく『スロット』は全て消失することになる」

「おう。存分にやってくれ」

「任された!」


 短い遣り取りしかしていないが、その一言で彼女が最高の仕事をしてくれると確信した。

 ならば邪魔をする訳にもいかないだろう。強化の方針と要望を手短に伝え、工房の出口に向かう。

 今から出来あがるのが楽しみで仕方がなかった。





 工房前でリンゴとアキと合流したが、リンゴの背負う長剣は依然として初期装備の長剣(クレイモア)のままだった。


「結局買わなかったのか?」

『うん、修理してもらっただけ。正直、どれもこれも五十歩百歩だったからね』

「仕方ありませんよ。それなりの品質の武器は大抵予約済みですしね。それに昨日から色々ありましたけど、まだサービス開始二日目なんですから」


 巨鎧猪と闘って勝利し、三人でギルドを結成して、リンゴの防具を新調し、居住区から商業区まで降りてきた。

 あまり何もしていないようで、しかし随分と濃い体験した気がするが、アキの言った通りまだまだサービス開始二日目だった。多くのプレイヤーが探り探りの状態で、高望みをするのは酷というものだろう。

 商業区の工房エリアを歩きながら、そんな事を考えているとリンゴが訊ねてくる。


『そういう君こそ、剣はどうしたの?』

「オサフネに預けてきた。細部の改良も頼んでゲーム内時間で1日待て、とのことだ」

「どんな改良を依頼したんです? 普通ならそんなに時間は掛らない筈ですが…」

「気にするな」

「はい―――――いやいや待って下さい! このパターンは不味いですっ! 本当に何を頼んだんですかっ!?」


 軽く舌打ち。上手く誤魔化せると思ったんだがな。

 リンゴの方は察しているのか近寄って並び立ち、小声で聞いてきた。


『それで、お金幾ら使ったの?』

「全財産」

『…やっぱりね。嫌な予感が正解だったって確信したよ』


 何をしたかは聞かないよ、怖いから。と言ったリンゴの声を最後に、暫く沈黙する。

 前を歩くアキはキョロキョロと工房を、正確には工房の入口に掲げられた看板を見ているようだった。職業商人であるが故、早々に工房の位置関係を暗記しようとしているのだろう。

 商魂逞しいことで。

 リンゴの方はわからない。コイツとは十年来の付き合いだが、所詮は浅い付き合いでしかなく、何もかもを雰囲気で察せる筈が無い。

 三人の会話が途切れ、しかし居心地が悪い静寂という訳ではなく、上層の居住区への大階段が目に映るその時まで終始無言だった。


 大階段のある広場。居住区から中央区への中継ポイントとなるその広場は各所にプレイヤー、NPC問わず数多くの露店がひしめいており大変活気がある。

 広場の隅には、居住区と比べると割高ながらもNPC経営のものでは若干マシな料理を出す食堂がある。看板には『大衆食堂"マイナスイオン"』。

 今後の活動方針を話し合う為に食堂の入口を潜ろうとしたその時、どこかからくぐもった野太い溜め息が聞こえてきた。


『………………はぁ』


 重々しく(二重の意味で)、何故かくぐもって聴こえる溜息だった。


「…リンゴか?」

『失礼だね、私じゃないよ。どう考えても男の人の声だった』

「嫌ですね、こんな不景気な溜め息は。こっちの運気まで持って行かれそうです」


 俺達三人が目的も忘れて立ち止まってしまうくらいに哀愁を誘う、切ない溜め息だった。

 思わず心配してしまうような深い深い溜め息だったが、一体発生元は誰だ?

 ここ二日で聞きなれたくぐもった声は、リンゴのようにフルフェイスの兜の内部で反響したものだろう。


『………………はぁぁ』


 再度重低音の溜め息が聞こえ、その声の主を発見した。

 それは巨大な騎士だった。―――多分、騎士だった。

 二メートル超の巨体は筋骨隆々として逞しく、纏う全身鎧は体躯に合わせて重厚かつ堅牢。頭に被った兜は樽型で、グレートヘルムと呼ばれるものだろう。

 リンゴの全身鎧は軽量のものだが、彼の人物のそれは超重量級。普通のプレイヤーならば歩くこともままならない筈だ。

 両腕に嵌めたガントレットも巨体に合わせて巨大で、太く逞しい両腕は丸太のようだ。大きな掌は人外の握力を想像させ、そしてスイカをも握り潰せることだろう。

 

 そんな人物が広場の隅に背を預け、大き過ぎる巨体を情けなく丸めて膝を抱えていた。覇王の如き凄まじすぎる外見の威圧感は雲散霧消し、そこにあったのは草臥れた騎士の様なナニか。

 それから何度も何度も溜め息を吐き、渋い重低音の声も不景気な雰囲気のせいで、それが鼓膜を震わせる度に鬱陶しくて仕方がなくなる。

 …………よし。


「俺は何も見なかった事にする、行くぞ」

『同じく』

「待ってください。僕も行きます」


 全力で見なかった事にした。厄介事の匂いもするし、全身装甲の巨大な生物は巨鎧猪だけで十分だ。

 しかし無常かな。スルーを決め込んで店内に逃げようとした俺達の姿を、騎士の様なナニかに捉えられてしまった。

 背を向けた俺達の背後から、溜め息からも想像がついた通りの重低音のくぐもった声が聞こえ、よせばいいの三人とも振り向いてしまった。


『すみませんが、少し話を聞いて頂けませんか?』


 『DARK SIDE ONLINE』正式サービス開始二日目。

 一撃必殺(クリティカルヒット)の受難は、ここから始まったのだ。

 月牙○衝とか魔○剣とかってカッコいいですよね。

 でもヤスヒロには絶対に使わせてやりません。

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