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一撃必殺 -Critical Hit !!-  作者: ジャン太
第一章:ギルド設立編
4/10

プロローグ 3

 巨大な生物とはただそれだけで脅威である。そんなことは子供でも知っていることだろう。


 牛を拳で殴り殺せと言われて、はたしてそれを成し遂げられる人類が居るのだろうか?


 象を剣で斬り殺せと言われて、はたしてそれは実現可能なことなのであろうか?


 不可能ではないだろう。凄まじく条件が限定されるうえに、とても難しいというだけで。

 人間が巨大な生物と闘い打倒するというのは、それだけ困難なことだと認識してくれればそれでいい。


 ヤスヒロが――俺が直面し乗り越えようとているのは、そういうことなのだ。


 『DARK SIDE ONLINE』にはエリアボスの概念が存在しない。ダンジョンの最下層や、大型イベントには登場するが、基本的にボスと呼ばれる存在はいない。

 しかし『不帰の大森林』に限らず初心者向け低レベルプレイヤー向けのエリアにも、大型魔獣と呼ばれている巨大モンスターは多数存在している。

 明らかに登場する時期を間違えているとしか言いようのないせっかちな高レベルモンスターだが、それは『DARK SIDE ONLINE』スタッフの開発方針である。

 曰く、高レベルモンスターに理不尽に圧殺されるのもVRゲームの醍醐味の一つであるらしい。

 本音は強大なモンスターに粉砕されるプレイヤーを肴にゲラゲラと笑いたいだけの様な気もするのだが、それは俺の考え過ぎだろうか。


 巨木の影に身を潜めて、覗きこむようにそっとソレの様子を窺った。

 ソレはとても巨大な猪だった。

 フォルムこそ先程まで狩っていたファングボアと大差ないが、その前身は鋼鉄の鎧に覆われており、身体を揺するとギチギチと耳障りな音を発てる。

 そしてなによりも、その身体の大きさが違った。

 5メートル近い体長。発達した二本の牙は金属的な輝きを放ち、人の胴体よりも太く、先端は目が覚めるように鋭い。

 その巨躯を裏切らない体重はもはや㎏ではなくtで表示するのが妥当だろう。猪が歩みを進める度に鈍重な音を響かせる。

 巨鎧猪(ジャイアントアーマードボア)

 『看破』のスキルを用いて表示されたモンスターの名前はそのまま過ぎてつまらなかったが、脅威だけはその雄々しい姿を遠目に捉えた瞬間から、全身で実感ししていた。

 レベル差は26。

 俺が4で、巨鎧猪が30だ。

 

 ………。


 勝てそうにない。

 むしろ勝ててたまるか。


「しかし大見得切った手前、怖くて闘えませんでしたじゃ格好がつかないしな」


 誰に聞かせるでもなく呟いたが、良い案が浮かぶ訳でもない。

 ……どうしよう、切実に。


 マニュアルをもっとじっくり読んでおけばよかった。もしかしたら高レベル差を覆す起死回生の必殺技的なモノが載っていたのかもしれない。…そんな都合の良い技なんてあるわけがないか。

 

 取り敢えず、巨鎧猪との闘いをイメージしてみよう。


 剣での戦闘はどうだろうか? 

 まず剣で斬りかかってみる。剣は硬質な鎧に弾かれて、俺は踏みつぶされた。次。


 斬って駄目なら剣で突いてみる。上に同じ。次。


 そう言えば『格闘』スキルを持っていた。

 手は剣で塞がっているので蹴ってみる。あの怪物がその程度でどうにかなるとは思えない。次。


 職業盗賊の初期スキルに投擲というものがあった。

 ナイフを投げてみる。ナイフが弾かれる。巨鎧猪に気付かれる。踏み潰される。次。


 『アーツ』ならどうだ?

 特定の予備動作から発動する、いわゆる必殺技的な攻撃ならばダメージを与えられるのでは?

 ……基礎ステータスが違い過ぎる。いくらダメージに補整のかかる『アーツ』と言えども三十近いレベル差を覆す威力は出せそうにない。

 というか現時点で覚えている『アーツ』はゲームスタート時から初期習得していた低レベルのものしかない。


「ダメだ、全然勝てる気がしねぇ」


 まったく勝てるイメージが浮かばない。というか、果たして例えレベルを上げても勝てるような存在なのだろうか、あの巨鎧猪は。

 まだゲーム開始から数時間も経っていない俺が言うのもなんだが、アレは個人で勝てるような類のモンスターでは絶対にない。

 イベントやクエスト等で大勢のプレイヤーで攻略する類の、むしろゲーム序盤で登場してはいけない類のモンスターだろう。


 ……逆転の発想をしよう。どう足掻いても勝てそうにないのなら、隠れてコソコソする意味なんて無い。

 どうせ戦うのだから、単純に男らしく正面から挑めばいい。

 潔く突っ込んで玉砕するのも一向。この世界はゲームなのだ、敗北も楽しめばいい。


 メニューを開き装備を確認する。武器はロングソードで防具は盗賊セット。アクセサリーは無し。オプションでナイフホルダーを装備している。

 初期装備故に防御力は紙同然、攻撃力も頼りない。…つい先程までの俺はよくこんな状態でドラゴンに挑もう等と思ったものだ。

 無謀を通り越して馬鹿じゃないか。今の状態も大して変わらないんだがな!


「…あ」


 ステータスウィンドウに気を取られていたら、何時の間にか移動した巨鎧猪が獰猛な瞳に俺の姿を捕えられていた。

 というか、目が合った。


「っい!?」


 咄嗟の判断で緊急回避用のアクション『ステップ』を発動し、右に"跳ぶ"。

 一瞬前まで俺が立っていた空間を巨鎧猪が粉砕したのを、ゴロゴロと不格好に転がりながら視界に納めた。

 ポイントを敏捷値に大きく振ったステータスと『俊敏』スキルの恩恵により、通常よりも速度と移動距離を伸ばした『ステップ』だったが、加減を間違えて盛大に転倒してしまった。


 すぐさま立ち上がってロングソードを抜刀する。転がる際に軽くない衝撃を感じたが、しかし痛みは感じない事に違和感を覚えた。

 これはVR空間だからこその現象である。現実ではこうはいかないだろう。

 急いで巨鎧猪から距離を取り、その間合いを二十メートルまで空けて、乱れた息を整える。


「っ!……迂闊だったッ!」


 己を叱咤し、鈍間な脳細胞を総動員して思考する。

 かろうじて『ステップ』の判断が間にあったが、後一瞬でも判断が遅れていたら場合、豪快に巻き散らかされていたのは哀れな巨木の破片ではなく、俺の肉片だったかもしれない。……十歳以上が対象のゲームにそんな描写があってたまるか。精々吹っ飛ばされて数秒間の空中遊泳を楽しむ程度だろう。

 ……どちらにしろ死ぬには違いないが。


「鈍間《のろま》そうな見た目を見事に裏切りやがって、早過ぎるんだよ!」


 ロングソードを正眼に構えて、巨木にぶつかった反動かブルブルと頭を振う巨鎧猪を睨みつける。

 獲物を潰し損ねたのが気に入らないのか、鎧に覆われていない唯一の部位である瞳に、獰猛な攻撃色が灯った。

 気のせいか巨鎧猪の瞳が深紅に発光している気がする――いや、本当に発光していた。

 ゲームとしての演出なのだろうが、たったそれだけで威圧感が随分上がった気がする。

 

 巨鎧猪が再び俺を捉え、前足を数度力強く踏み締める。大き過ぎる口から荒い息が漏れ、汚らしく涎を巻き散らかす。

 その次の瞬間には、巨鎧猪は突進を開始していた。

 その疾走は素早く、二十メートルの距離を一息で詰める。

 巨鎧猪の強顔が迫り、重厚な金属装甲と激突する寸前のタイミングを見計らって再び『ステップ』を発動する。

 経験不足故にまたもや加減を間違えたが、大きく斜め前に踏み込み、完璧な姿勢とは言い難いが、踏み込みの勢いと速度を合わせた渾身のロングソードの一撃を巨鎧猪に叩きつけることに成功した!


 しかし剣先は巨鎧猪の装甲を切り裂くこと敵わず、弾き返された。

 加減を間違えた『ステップ』と剣を弾かれた反動で吹き飛ばされ、またもや不格好に転がる。

 圧倒的なレベル差は、覆せない。

 立ち上がって『看破』を使用するが、巨鎧猪の体力ゲージはコンマ一ミリも減っていない。

 というか、全く効いていなかった。


「……やはり、無理があったか」


 高レベル差の敵を斬りつけたからか、視界に幾つものシステムウィンドウが表れた。

 一瞬だけ視界に入った文字は『剣装備』のスキルがレベルアップしたというものだったが、興味がないのでyesアイコンを連打して即座に消滅させる。

 これは確か逆境ボーナスとかいうシステムだ。

 プレイヤーよりも高いレベルのモンスターと戦闘した場合、レベル差が開いている分だけ経験値や武器熟練度に補整が入るというものだ。

 高レベルモンスターと戦闘すれば通常よりも多めに経験値が入るというのはRPGなら良く聞く話だが、しかしこの逆境ボーナスには条件がある。

 先ず第一に、逆境ボーナスによってレベルアップしたステータスは、逆境ボーナスを発生させたモンスターを撃破せずに他のエリアに移動すると消失してしまう。

 第二に、逆境ボーナスを発生したモンスターを自分の手で撃破しなければボーナスは獲得できず、他のプレイヤーに撃破された場合は上に同じく消失する。

 当然ながら死亡した場合もボーナスは獲得できない。デスペナルティも通常通りに発生する。

 開発スタッフ曰く、逆境は乗り越えてこそ価値がある、と言うことらしい。

 俺と巨鎧猪との26レベル差は随分なスキル経験値を稼げた様だが、コレを完全に自分のものにするには巨鎧猪を撃破する必要があるのだ。


 巨鎧猪は疾走の勢いをドリフトで殺しつつ、再度開いた数十メートルの間合い越しに俺を正面に捉える。

 ぶっちゃけた話、俺は巨鎧猪を倒す必要は無いのだが、それでは格好が付かない。

 普段の俺を知っているリンゴに格好をつける意味はないのだが、腹黒商人のアキに不様を笑われるのは我慢ならない。

 なにより、俺はいずれドラゴンを倒すのだ。こんなでかいだけの猪如き敗北する様ではドラゴンなんてとても手が届かない。

 リンゴは俺に経験を積ませるつもりでコイツの存在を教えてくれたのだろうし、俺が勝てるなんて微塵も思っていないのだろう。

 ……なんか癪だ。


 決めた。巨鎧猪(コイツ)は俺が倒す。

 そしてあの二人に、どんなもんだと自慢してやろう。

 

「……とは思ってみたが、どうするか」


 巨鎧猪の体力をちまちまと削りきる自信はない。だからと言って一気に倒し切る大技も持っていない。

 この身は盗賊だ。魔法なんて使える筈もないし、覚えてすらいない。

 本来盗賊に適した戦闘スタイルは、敵を撹乱しての陽動だ。もしくは奇襲からの致命攻撃――――っ!


 おぼろげな記憶を掘り返し、盗賊の初期スキルである『致命』の詳細を思い出す。


『致命』

 詳細:武器の急所攻撃力を上昇させるスキルです。また、致死の一撃の判定を補整します。


 致死の一撃。

 致死の、一撃っ!!

 

 それはモンスターやアバターに設定された急所を攻撃した場合、厳しい判定によって稀に発生する超過ダメージの攻撃だったはず!

 マニュアルを読んだ程度の頼りない知識だが、今俺にとって重要なのは超過ダメージという単語だ。

 『致命』スキルはセットしている。

 巨鎧猪の様な大型魔獣に分類されるモンスターに急所が設定されているのかは不明だが、もし巨鎧猪に急所が存在するのならば、唯一鎧に覆われていない"あそこ"以外に考えられない。


 もしかすれば、イケるかもしれない!!


 問題なのは"あそこ"に攻撃が届くのかと言うことだが、いや問題ないだろう。

 敏捷値によって効果を上昇させる『軽業師』スキルはセットしている。『軽業師』は金属製の防具によって効果を阻害されると詳細に記されていたが、俺が装備しているのは地味なコートとマフラー。グローブもブーツも革製だ。


「なんだ、意外とやれそうじゃないか」


 重要なのはタイミング。あとは度胸で補完する!

 柄を掴む両手に力が入り、ギリギリと軋みを上げる。

 位置取りも都合良く、俺の数メートル後ろには巨木がある。あとは巨鎧猪を上手く誘導するだけで良い。


 思考の終了と同時に巨鎧猪が突進を開始した。鈍重な音を響かせて、凄まじい勢いで数十メートルの距離が縮まっていく。

 その距離が五メートルに差し掛かろうとした瞬間に、三度目の『ステップ』を発動。今回も加減を失敗して『ステップ』後に転倒したが、巨鎧猪との正面衝突は余裕を持って避けられ、巨鎧猪は俺の背後にあった巨木に轟音を立てて衝突。巨木が砕け散り、木片を飛沫の如く撒き散らされる。

 突進は、止まった。


 受け身の姿勢から無理矢理立ち上がり、巨鎧猪に疾走。

 衝撃を振り払うかのように頭を振う巨鎧猪の、まさにその頭部に向かって跳躍する!

 『軽業師』によって跳躍距離が補整され、高さにして四メートルを飛びあがり、空中でロングソードを突きの姿勢に構えて、無防備なソコ(・・)に狙いを定める。

 鎧に覆われていない唯一の部位、巨鎧猪の眼球に向かって、切っ先を向ける。


「っくたばれえええええええええええッッ!!」


 極限状況下に気分が高揚し、声が枯れんばかりに咆哮。

 巨鎧猪の瞳が己に突き進む切っ先を認識し、しかし時は既に遅く、鋼鉄の刺突は速度と重さを伴って眼球に深々と突き立てられた!

 破壊力は巨鎧猪の突進と比べれば天と地ほどの差があるが、眼球を刺し貫かれて無事な生物は存在しないように巨鎧猪もその例に漏れず、ロングソードの切っ先は角膜を突き破って尚も直進する。

 装甲に覆われていない無防備な眼球は急所で間違いなかったらしく、突きたてられた鋼鉄の剣はやがて脳にまで至り、巨鎧猪は激痛にもがき無秩序に暴れて俺を振り落とし、一瞬の痙攣を起こしてから断末魔を上げることもなく、静かに地に伏した。


 四メートルの高さから勢い良く振り落とされ、砂埃と木端を体中に纏いながら、ズンと鈍い音を発てて息絶える巨鎧猪を視界に納め、


「うぇッ」


 咽た。吐き気ではなく、限界以上に発揮した集中力の反動である。

 

「―――殺った」


 一息ついて、ほぼ視界を埋め尽くす大量のシステムウィンドウをyesアイコンを連打して片っ端から消していく。

 『剣装備』スキルを中心とした戦闘用のスキルが集中的にレベルアップしている。それ以外のスキルも僅かながらも上昇しているようだ。

 ――レベルも上昇していた。

 巨鎧猪撃破前がレベル4で、今現在はレベル15になっている。

 経験値が入ったという事は、本当に巨鎧猪を撃破したということだろう。


 ……実感が沸かない。

 ジャイアントキリングは浪漫だが、出来ればもっと格好良く倒したかった。



……


………


 もぐもぐと咀嚼し、焼いた猪の肉(ファングボア、どこの部位かは知らない)を飲み込む。ただ焼いただけの肉なので味はイマイチだが、屋外の、それも夜の森で食べるだけで随分と美味く感じるのは俺の味覚や感覚が幼いからなのだろうか。

 俺は二十歳間近でおでんに辛しを付けて食べられないし、寿司もワサビは抜いて貰っている。苦手な物は苦手なのだ。

 それはそれとして。


「楽しいもんだな」

『ゲームに誘った身としては、君が楽しんでくれて何よりだよ』


 簡易調理セットを用いて熾した焚き火を囲んで、俺とリンゴは巨鎧猪をせっせと忙しなく解体しているアキを眺めながら猪肉をパクついていた。

 焼いた肉を食べるごとにステータスに設定された満腹度が回復していき、アバターの活力が回復していくのを実感する。

 『料理』スキルを用いない調理故に味が粗末で、作業として食べる分以上に口に運ぶ自信はない。

 確かゲーム内で食糧を食べ過ぎると、バッドステータス『肥満体』を発症するんだったか。……どんな症状なのか想像しなくても理解できるな。

 アキが獣避けのアイテムとして設置した掌ほどの結晶体の御蔭で、周囲にモンスターの気配は一切ない。……いや、俺には分からないのだが『索敵』スキルを持つリンゴが何も言わないのだから、周囲にモンスターは居ないのだろうと判断しただけだ。


 それにしてもリンゴのヤツ、フルフェイスの兜のバイザーを口元が露出する程度に開き、そこから肉に齧り付いている。

 上品に啄ばむように食べているが、恰好が恰好だけに不審者だ。今この瞬間だけなら、俺よりもリンゴの方が不審人物だろう。


「…外さないのか?」

「気にしなくていいよ」


 何か拘りでもあるのだろうか。随分久しぶりに聞いた気のするリンゴの控え目な肉声に、コイツも結構な変人だと思った。


 その後解体作業も一段落し、表情に若干の疲労を浮かべたアキが焚き火のそばに座った。

 アキの背後には、巨大な牙を根元から切断されて装甲を完全に剥がされた巨鎧猪の頭部が存在感を放っていえる。

 頭部以外の部位はすでに魔法の道具鞄の中に収納されてしまった。

 暫くぼうっとしていたアキだったが、ふいに俺の方を向き、半目で迫力無く睨んできた。


「馬鹿じゃないですか?」

「いや褒めろよ。むしろ称えろよ」

「馬鹿過ぎて信じられませんよ。凄いことになってますよ? 『解体』スキルのレベルが鰻登りで気持ち悪いです」


 巨鎧猪を延々と解体していたアキは、『解体』スキルのレベルがゲーム開始数時間では考えられない程に上昇してしまったらしい。

 『看破』を使用してアキのHPを確認してみたが、その値は宿屋前で出会った当初より随分低くなっていた。

 これが上位スキルのペナルティというヤツなのだろう。

 素材を大量に入手できる代償として、HPが致命的なレベルで減少する。

 アキの様に戦闘を度外視したプレイスタイルでなければ、到底セットしようとは思わないスキルだろう。

 しかし馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。


『改めて認識したよ、君は本当に馬鹿だって』

「何処が」

『全部だよ。改めて言うけど、まさか本当に討伐しちゃったなんて…』


 猪肉を食べ終わり、再びバイザーを下したリンゴがアキに便乗しやがった。

 だから馬鹿とはなんだ。ソレを言うなら俺が討伐した巨鎧猪を見せた時のお前ら二人の表情の方がよっぽどな馬鹿面だったんだが。


 アキの背後の、ロングソードが眼球に突き刺さったままの巨鎧猪を見る。

 俺が倒した証拠としてロングソードを突き立ててそのままにして置いたが、気が付いたら抜けなくなっていた。

 …どうしよう。内心で何度目か分からない溜め息を吐くが、表情には出さない。


「殺れたんだから仕方ないだろう。説明はした筈だが?」

「貴方頭沸いてるんじゃないですか? 確かにステータス的には不可能ではありませんよ。不可能じゃないだけで、実現可能かどうかは全くの別問題です」


 口が悪いのは変わらずだが、随分とヤサグレた口調でアキが言う。


「まず奇跡的な回避からして理解不能です。巨鎧猪の突進は驚異的な追尾性があるんですよ? それを三回も避けるなんて…」

「一度目は偶然だったし、残り二回は多分ギリギリだったぞ?」

「何千人のβ版プレイヤーがアレの餌食になったと思ってるんですか…」


 がっくりと肩を落とすアキだったが、そんなことは俺は知らん。

 あの時はかなり紙一重だった気がするし、多分ステータスとスキルに救われたんだろう。

 あれが偶然だとしたら、一生分の奇跡を使い潰してしまったのではなかろうか。

 巨鎧猪の突進を思い出すと、肌と言う肌がゾワリと総毛立った。もう一度同じ事をやれと言われても死んでもやらない。


『それに、巨鎧猪の眼球を突き刺したのも信じ難いね。跳び上がって空中で突き立てたんでしょ? そんな真似は普通は無理』

「俺は習ってないから感覚が解らんが"突き"と同じ感覚だと思う。竹刀程度の長さの得物ならお前にも出来ると思うが?」


 剣道を齧った程度とはいえ、数年間も竹刀を振っていれば、ある程度剣状の武器なら操れる。

 身体をどう動かせば剣の切っ先がどう動くのか、ということを漠然と理解さえしていれば、それくらいは誰でも出来るだろう。

 因みに、剣道は小中学生では突きの技を習わない。突きの技を習うのは高校生からである。

 中学生で剣道を止めた俺と違い、高校進学後も剣道を続けていたリンゴなら、条件が整えば同じことが可能だと思うのだが。


『あ、それなら出来そうかな。じゃ、今度私も――いや、無理かもしれない。『軽業師』持ってないよ…武器も長剣だし』

「でも条件さえ整えばイケそうだろ?」

『うん、言われてみれば』

「……リンゴさんがヤスヒロさんと友達な理由が分かりました。お二人とも非常識ですよっ!! 真面目にレベル上げしてるプレイヤーに謝ってくださいっ!!」


 そんな理不尽な。


「本来なら逆境ボーナスなんて開発スタッフの嫌がらせ以外のなんでもないんですよ。逆境ボーナスを完全に獲得できたプレイヤーなんて、β版プレイヤーでも一握りくらいです」


 でも一握りということは、少なからず実現できたプレイヤーが居ると言うことだろう。

 俺だけがどうのこうの言われるのは納得できない。

 等と思っていると、アキはおもむろに腕を組み、眉間に皺を寄せながら話しだした。


「確かに理に適った方法ではありますけどね。掲示板で挙がった幾つかの例も、"クリティカルヒット"で高レベルモンスターを撃破したというものでしたし」

「クリティカルヒット?」

『急所攻撃からの一撃死の俗語だよ。判定がシビアで条件も限定されるし、なにより狙って出せるものじゃない。攻撃が急所に命中しても確定して発生するわけでもない。…で、君は狙ったの?』

「…いや、偶然」

『だろうね。どうせ気分が高揚して思い付いただけの非実用的な奇策なんでしょ?』


 全くその通りで。確かにあの時、ちょっとだけ「俺がやらねば誰がやる!」みたいな恥ずかしい英雄的な思考に陥るシステム外バッドステータス『中二病』を発症していた気がする。今思い返すと随分恥ずかしいこと叫んでいた。くたばれ、とか。

 ――しかし、クリティカルヒットか。RPGでは良く聞く単語だが、改めて聞いてみると……なんか気に入った。 


「その響き、良いな」

『…うん?』

「……今度は何ですか?」


 一撃死を誘発する必殺攻撃。素晴らしいな!

 巨鎧猪戦は偶然発生しただけだったが、それを狙って出せるようになれば、格好良いんじゃないか!

 そうと決まればステ振りも真剣に考え直さなければならない。今後のプレイスタイルは決定したとして、他に出来ることはないだろうか?

 武器も変更する必要がある。剣よりも一回り大きくて、それでいて片手で扱えるもの――ふむ、何かあっただろうか?

 そうだ! MMO-RPGならこれも欠かせない。パッと思い浮かんだ言葉を組み合わせれば、個人的にはこれ以上にない素敵な名前の出来あがりだ。

 取り敢えず、目の前の二人を巻き込もう。

 リンゴとアキに視線を送り、俺がこれからするのは―――勧誘だ。


「なぁ、ギルド造らないか」


 困惑する二人に、端的に告げた。

 長年の友人はそれだけで理解してくれたし、たった数時間前に出会ったばかりのアキも、俺の言葉を理解してくれたらしい。

 リンゴは事情が事情だが、果たして肯いてくれるだろうか。アキに関しては商人だし、一ギルドに所属することを良しとしてくれるだろうか?

 時に小憎たらしい二人だが、どうやら俺はこの二人をえらく気に入ってるようだ。


『えっと、この三人で? 随分急だね、私は構わないけど』

「ふぅ……もう貴方達が何を言っても驚きませんよ。それで、その心は?」

「良いギルド名を思いついた! だから、一緒にギルドやろう」


 我ながらとんでもない理由だ。アキに関しては何言ってんのコイツみたいな目付きで睨んできている。一方リンゴは少しばかり考える仕草をしていたが、やがて口を開いた。


『良いよ、一緒にやろう。こんな事になるんじゃないかって覚悟してたし』

「他の知り合いのことは良いのか?」

『皆納得してるし、私は私で楽しむことにするよ』


 何時ものように知った風な口調だったが、コイツがギルドに入ってくれるのなら心強い。図々しいし、時たま致命的な失態をわざと(・・・)やらかすリンゴだが、ゲームのセンスは俺なんかよりもよっぽど頼りになる。


 リンゴの事情だが、コイツには俺の他にも『DARK SIDE ONLINE』を始めた知人が居る。

 むしろリンゴ的には、その知人達こそが本命であり、俺はそのオマケ程度でしかなかったのだろう。

 しかしリンゴの知人達はゲーム開始地点――というか、チュートリアル後にランダムに選ばれる開始都市が全員バラバラになってしまったらしい。

 合流すればいいのかと言えばそうではなく、各都市間の地図や位置関係は公表されていないし、運営の方針として今後も公開する予定はないらしい。

 プレイヤーが、自分達で開拓していかなければならないのだ。

 リンゴと知人達もこういった事態が発生するのは納得済みらしい。

 俺とリンゴが合流できたのは偶然だが、ある意味奇跡だったのだ。

 

 アキの方はどうだろうか。強制するつもりはないが、コイツのプレイスタイルは面白過ぎる。定期的に毒を吐くのが腹立たしいが、それも個性だ。


「僕は商人なので、一組織に所属するのはちょっと…」

「おう。じゃ、またな」

「淡白過ぎますよっ!! 少しは引きとめて下さいっ!」

「引き止めても無駄なんだろ?」

「…それは、まあ」

「じゃ、またな」

「だから淡白過ぎますよっ!? わかりました入りますっ!! 本当はちょっと嬉しかったんですっ!!」


 アキが自棄になって叫んだ。素直じゃない奴め、男のツンデレなんて気持ち悪いだけだというのに。

 よしよし、これで二名確保だ。俺も含めれば三人か。

 少ないと言えば少ないが、別に巨大ギルドが造りたい訳ではないし、こんなものだろう。


『それで、どうせ君に事だから何をするかは決めてないんでしょ?』

「おう」

『仕方ないね、その辺りは追々決めていこっか』


 そう言ってリンゴが立ち上がり、長剣を背負い直した。巨木の隙間から覗ける空は、何時の間にか白み始めて、夜明けの気配を漂わせていた。

 ゲーム内時間は現実のそれよりも早く設定されており、現実での一時間はゲーム内での四時間に相当する。

 つまり『DARK SIDE ONLINE』では、六時間で一日の計算となる。

 何時の間にか随分と時間が経ってしまったらしい。リンゴに続いてアキも立ち上がり、大き過ぎる鞄を背負い直していた。

 タウンに戻るつもりらしい。じゃ、俺も―――待て待て。忘れるところだったが、巨鎧猪に突き刺さったままのロングソードはどうしよう。

 ――考えるまでもない、無理やり引き抜く!


 早速巨鎧猪の眼窩から飛び出したロングソードの柄を握り、渾身の力で引き抜こうとするが、一向に抜ける気配がない。

 どこまで刺さってるんだっ?

 いやそもそも、どうして抜けないんだ!?

 ぐりぐりと動かせば、少しづつ抜けてきた。そんなことをしてたら、何時の間にかリンゴが隣に並び立っていた。

 一端柄から手を離してリンゴに向き直れば、すぐそばにアキも居る。……手伝ってくれよ。

 スルーして引き抜き作業に戻ろうとしたが、リンゴの声に柄に伸ばしかけた手を止める。


『取り敢えず、君が考えたギルド名ってなんなの?』

「自信満々な様子でしたから、それはもう素晴らしいものなんでしょうね―――期待してませんが」


 そうだった。まだコイツ等には教えていなかった。

 ―――そうかそうか、そんなに知りたいか!

 では度肝を抜かせてやろう。傾聴するがいい!


「俺達のギルドの名前は――」


 両手でロングソードの柄を握り、巨鎧猪の頭部に足を掛ける。ロングソードが僅かに抜けて、鈍く輝く刀身を覗かせた。

 ニヤリと口角が吊り上がり、そして全身で勢いを付けて、剣を引き抜くと同時に宣言する!


一撃必殺(クリティカルヒット)だっ!!」


 ―――が、剣は抜けることはなかった。勢いを付け過ぎて両手から柄がすっぽ抜け、仮想空間にて完璧に再現された慣性の法則に従い、俺は盛大にすっ転んだ。

 沈黙。その場に、俺にとって地獄の様な沈黙が訪れた。

 生温かい二つの視線が容赦なく突き刺さり、心が痛かった。


「……一撃必殺(クリティカルヒット)だ」


 悔し紛れの呟きは意外にも良く響き、そして森の奥へと虚しく消えた。

 その数分後、ロングソードはリンゴが筋力補整で引き抜いてくれた。




 とあるやんちゃな少年が、こんなことを思った。

 勇者や英雄と同じように『ドラゴン』を倒してみたいと。


 とある引っ込み思案少女が、こんなことを思った。

 可憐なヒロインのように『変身』してみたいと。


 とある落ち着いた少年が、こんなことを思った。

 漫画の主人公のように『空』を飛び回ってみたいと。


 とある冷めた少年が、こんなことを思った。

 自分だけのカッコいい『ロボット』を操縦してみたいと。


 とある我が儘な少女が、こんなことを思った。

 魔法少女のように『魔法』を使ってみたいと。


 とある聡明な少年が、こんなことを思った。

 神様のように自分の思い描いた『世界』を造ってみたいと。



 VR技術が浸透し、生活の一部として受け入れられた時代。

 それはゲームと言う概念がかつて疎まれ、あるいは偏見の目で見られ、時には侮蔑すらされた時代があったことを、VR世代と呼ばれる子供たちが信じられないと驚愕する、そんな時代だった。


 二十年前に『六人の凡才』が確立させたVR技術は爆発的な勢いで普及し、その勢いは未だに衰えず発展し続けている。

 その軌跡や開発記録をそれらしい専門用語で飾り立てて綴る書籍は数多く存在し、概ねの内容は異口同音に揃えられていながらも、しかしその根本的な発端の記述に関しては、数多くの著者が推論を並べ立てて適当に書き殴っているのが現状である。

 何時の間にか登場し、あっという間にメディアの関心を一手に惹き付け、数多くの企業から支援を受けて加速度的に普及していったVR技術は、いまや専門の技術校が国家支援で設立されるにあたり、その関心度が今しばらく衰えないことを日本に限らず世界中の誰もが確信している。


 そんなVR技術の発端とはなんだったのだろうか。


 現在では当たり前のように軍事利用され、医療分野でも活躍するVR技術であるが、その技術を完成させたのは各国研究機関の秀才たちではなく、数世紀にに一人と称される天才でもなかった。


 それを成し遂げたのは、かつて少年少女だった六人の凡才達だった。



 とあるやんちゃな少年が、こんなことを思った。

 勇者や英雄と同じように『ドラゴン』を倒してみたいと。

 しかし少年は現実にはドラゴンが存在せず、そして現実には勇者や英雄なんていないことを知った。


 とある引っ込み思案な少女が、こんなことを思った。

 変身ヒロインのように『変身』してみたいと。

 けれども少女は年月が経つ内に、自分は変身ヒロインになれないことに気付いていった。


 とある落ち着いた少年が、こんなことを思った。

 漫画の主人公のように『空』を飛び回ってみたいと。

 空を飛べないのならばと少年は飛行士を目指そうとして、それでは自分の力で飛べていないと考えた。


 とある冷めた少年が、こんなことを思った。

 自分だけのカッコいい『ロボット』を操縦してみたいと。

 ロボットゲームで遊んでいた彼は、自分が操縦しているのはロボットではなく、ロボットに乗った操縦者であると考えた。


 とある我が儘な少女が、こんなことを思った。

 魔法少女のように『魔法』を使ってみたいと。

 魔法が使えないのならばと、彼女は何度も何度も恰好を真似てみたが、決して満足することは出来なかった。


 とある聡明な少年が、こんなことを思った。

 神様のように自分の思い描いた『世界』を造ってみたいと。

 しかし少年は神ではなかった。様々な方法を試して世界を表現してみたが、自分が納得する世界を表現できなかった。


 ならばと、子供たちは考えた。



 VR技術が別段珍しくもなくなり、VR機器の過程普及率が90%を上回った二十一世紀最後の年。

 売れ行きの思わしくなかった初期型VR機器『Linker(リンカー)』から改良が進むこと十数年。ダウンサイジングと低コスト化に成功し、家庭用VR機器普及率に多大な貢献をした第五世代型VR機器『DooR(ドア)』が『S-Dreem社』より発売されたのが四年前。

 最新型第六世代VR機器の発表が噂される昨今のVR業界を最も賑わすのは、VRMMOである。


 VR技術の発端。

 それは案外、かつての少年少女たちが抱いた純粋な憧れや願いだったのかもしれない。




 でもそれはそれとして、これ以上現実世界の話をするのは無粋だろう。そんなことは、かつての少年少女たちの望むところではないのだから。

 この物語は今や珍しくもなくなったVRMMO-RPG『DARK SIDE ONLINE』にて繰り広げられる、少数精鋭とは名ばかりの貧乏ギルド一撃必殺(クリティカルヒット)の冒険記録なのである。

 ようやくプロローグが終わりました。

 我ながら貧弱な語彙に力不足を痛感します。

 こんな作者ですが、よろしければ付き合ってやって下さい。

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