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一撃必殺 -Critical Hit !!-  作者: ジャン太
第一章:ギルド設立編
3/10

プロローグ 2

「どうか…どうかお願いしますっ!!」


 晴天。青い空には雲一つなく、俺と友人の前で五体投地を披露する少年の声は周囲のプレイヤーの視線を集め、正直なとろ迷惑だった。


《DARK SIDE ONLINE》はダークファンタジーである。しかし対象年齢は十歳以上と低めであり、VR法によって規制されたバイオレンスな表現は勿論のこと、極端なグロテスク描写は抑えられている。

 このゲームがダークファンタジーと区分されているのは世界観設定的なものが原因であり、基本的な空気感は他のファンタジーRPGと大差ないと言って良いだろう。


 それはそれとして、《DARK SIDE ONLINE》正式サービス開始初日。やはりというかなんというか、ログイン直後は凄まじい混在状態だった。

 チュートリアルを終えてログインした俺はそんな混雑状態の中で奇跡的に友人と合流し、ゲーム開始地点の一つである『瀑布の都市』を二人でぶらぶらと散策していた。

 散策しながら友人とスキルやステータスの情報交換をして、一先ずの拠点となる宿を決定する。

 選んだのはタウンエリアの外れにある寂れた安宿だったのだが、《DARK SIDE ONLINE》のシステム的に宿屋はそれほど重要ではないとのことなので、NPCの宿屋の主人の不景気そうな顔に若干引きつつも二人分の安い部屋を確保。その途中で実は二人揃って開始所持金が0に等しいという事実が判明し、危機感を憶えて今後の方針を真剣に話し合ったりしていたのだが、宿の外に出た瞬間にとんでもないものを目にした。

 少年が土下座していた。――俺と友人に向かって。


「なんだコレ?」

『なんだろうね、コレ?』


 隣に並び立つ友人に判断を仰いでみたが、どうやら友人も戸惑っているらしい。

 くぐもってはいるが聞き馴染んだ口調と声にチラりと隣に視線をやれば、鈍い鉄色の輝きが目に入った。

 地味な暗色系のコートを着込み、不審者よろしくフードを深く被り込んだTHE・盗賊な俺の隣に並ぶ友人の姿を一言で例えるなら、俺の格好程ではないにしろ十分に不審人物だった。

 冒険者服の上から装着した軽装の金属鎧は粗鉄の鈍い輝きを放ち、背負った長剣は皮のベルトで固定されているものの鋼鉄の冷たい威圧感を放っている。

 先程まではバックラーの様な小盾を装備していたのだが、それは無理を言って外させた。

 なにより目を惹くのは頭部を完全に覆い隠す兜だ。バイザーは下ろされ、友人の顔を完全に隠している。

 話は逸れるが、友人の装備の中でこの兜だけなぜか上質の輝きを放っている…気がする。粗鉄性は変わらないのだろうが、何故か引っかかるのだ。盗賊の専用スキルに『看破』というものがあるが、もしかしたらその恩恵なのかもしれない。

 そう言えば俺のアバターのメイキング中に友人が言っていたではないか。とあるルーツを選択すると初期装備の一部が上質なモノに変化し、その代わりに低レベル状態ではかなり厳しい税金に悩まされることになるとか。

 …下級貴族か。

 装備の構成には覚えがあるので、おそらくルーツ下級貴族の職業剣士。初期装備は大剣士セットだろう。

 つまりこう言うことだろうか?

 コイツは初期ステータスの旨味に乗せられて下級貴族を選択したものの、後になって税率の高さに後悔した。システムの都合上、一度完成させたアバターの変更は出来ないらしい。でもコイツは自分だけがこんな思いをするのは悔しいから、そうだ俺を巻きこんでしまえ。あわよくば俺のルーツを下級貴族にした上でとでも考えたんじゃないだろうか?

 …後で問い質してみよう。


 ―――それはともかく。

 視線を前に戻して、改めてソレを見た。困惑する俺と友人が視線を向ける先には、額が地面に付かんばかりに深々と頭を下げた理想的な土下座を披露する少年が変わらずに存在していた。


「どうかご一緒させてくれませんかっ!?」


 土下座の姿勢からガバリと顔を上げた少年の表情には、少し所ではない切羽詰まった必死さが滲んでいた。

 短く整えた茶髪に少年の域を出ない幼い顔立ちで、身長は高くない。武器を装備していない少年はふとすればNPCに見間違えても可笑しくは無い平凡な格好をしていたが、肩から下げた大き過ぎる道具鞄が彼をプレイヤーであることを証明している。

 あと声が一々でかくて鬱陶しい。せめてボリュームを下げろ。


「…いろいろと聞きたい事はあるが、理由は?」

「お願いしますっ! 商人故に戦闘には参加できませんがサポートには自身があります!!」

「理由言えつってんだろ」

『落ち着きなよ…。それで、ご一緒させて欲しいってどういう意味なのかな?』

「どうかこの通りっ! メイキングで所持金の大半を使い切ってしまってピンチなんです!!」

『…』

「落ち着け、そして剣を抜くな。こんなヤツの為にPKペナルティを受けるのも馬鹿馬鹿しい」


 抜刀しそうになった俺を友人が咎め、長剣を抜き放とうとした友人を俺が抑える。なにやら他人事とは思えない事情を聞いたような気もするが、とにかくこの状況はよろしくない。周囲にはちらほらとプレイヤーの姿が見えるし、事情はともかくとして少年を土下座させているのだ。

 ――最悪運営に通報されるかもしれない。

 

 その後も暫く土下座を止めなかった少年を四苦八苦しながらもなんとか引っぱり立たせ、ついさっき借りた宿屋の一室に連れていった。

 少年も流石にに落ち着いたらしく、薄暗く狭い部屋の中に三人でテーブルを囲み、先程の土下座の理由を話しだした。


「先程は突然すみません…、僕はアキと言います。十四歳です」

「年齢はどうでもいい。それで、どうしてあんな真似をした?」

「それは、ですね…」


 申し訳なさそうに詫びる少年――アキは先程の奇行を感じさせない程に礼儀正かった。そんな彼の事情は要約するとこういうものだ。

 彼のアバターだが、種族は人間でルーツは商人、職業も同じく商人。マニュアルによれば、ステータス的にはあまり戦闘向きではない。

 VRMMOにそこそこ馴染みのあった彼は、他のゲームではソロの戦闘職を専門にプレイしていたらしく、《DARK SIDE ONLINE》では趣向を変えて生産や商売を中心にプレイしようと思ったらしい。

 所持金を商人専用の特殊装備である魔法の道具鞄に全て注ぎ、結果無一文になってしまったらしい。…似たような話に心当たりがあるな。

《DARK SIDE ONLINE》における商人の初期装備に武器は無い。アキは徹底したソロ専門だったから知り合いも居ない。

 アイテムこそ豊富に持ち合わせているが、それだけでは先は見えている。

 色々と思考を巡らせた彼は、そうだ寄生させてもらおう! …と思ったらしい。


「…寄生?」

『MMOゲームの俗語さ。他人のお零れを貰うとするプレイヤーのことって認識で問題ないよ』

「お願いしますっ 暫くの間でいいですから、雑用だってなんだってしますからっ!!」


 そう言ってアキはテーブルにヘッドバットを叩きこむ勢いで頭を下げた。

 友人は無感情にアキを見つめている。といっても兜のせいで表情はまったく解らないのだが、おそらく傍観に徹するつもりだろう。

 俺は寄生云々はともかくとして、個人的に幾つか聞きたい事がある。


「他にもプレイヤーは大勢いるのに、どうして俺達なんだ?」

「あー、それはほら、あれですよ! お二人とも外見が凄く怪しいじゃないですか。柄の悪い地味な盗賊と悪趣味な兜の剣士なんてそうそういませんよ」


 礼儀正しい敬った口調の癖に随分な言い草だな。俺が怪しくて地味な盗賊だと?

 よせよせ、照れるじゃないか。盗賊冥利に尽きるとはこのことか……心は剣士だけどな!


「そんな怪しいお二人を少々スト―キングさせて貰った訳なんですけど、外見の割に聞こえてくる会話はボケボケした感じで、多分悪い人達ではないんだろうなーって思いまして! あとそういう人達なら取り入り易そうだなと」

「意外と黒い理由だな」

「恐れ入ります。あと恥ずかしながら僕ちょっと人見知りなので、そんなに大勢の人達相手に声は掛けられそうにないです」


 そうか人見知りか、なら仕方ないな。俺は人見知りではないからその気持ちは残念ながら理解できない。しかし俺は友達付き合いが苦手で小学中学高校と、そこそこ仲の良かった友達とは進学と同時に疎遠となり、今でも付き合いがあるのは辛うじて友人とも言える連中が数名程度しかいない。加えて、交際経験もない。女性経験? そんなものある訳がないっ!!

 ――畜生。


『一つ良いかな。ソロプレイに慣れてるのなら、自分で戦うって選択肢はなかったのかな?』


 少々落ち込んでいたら、今度は友人からアキに問いかけた。それは俺も不思議に思っていた事だ。商人がいくら戦闘向きでないステータスとは言え、それはあくまで初期ステータスの話。ある程度経験値を積めば決して戦えなくなない筈なのだが、先程のアキの説明からすると、そもそも戦う事は選択肢にすら無いと言わんばかりの様子だった。

 友人の疑問ももっともだが、対するアキはしごく不思議そうな顔だった。


「何言ってるんですか」


 両手を肩の高さにまで上げやれやれと呆れた風に首を振るアキ。やめろ、その仕草はすごく腹が立つ。

 友人も表情は解らないが、かなりイラついているように思える。

 こちらの心情を知ってか知らずか、アキはドヤ顔で言ってのけた。


「商人が戦える筈がないでしょう?」


 それは決してゲームシステム的な意味で言ったのではないのだろう。

 きっと《DARK SIDE ONLINE》をプレイするアキにとって、商人とは正しく商人なのだろう。戦場で剣を振る戦士ではなく、魔法を唱える魔法使いでもない。

 アイテムを売買し、利益を得る。武器を持たず、経済という概念で戦うのが商人だ。

 このアキという少年は、徹底した商人プレイをするつもりなのだろうか? 馬鹿馬鹿しい、非効率にも程がある。

 だがしかし。

 

「面白いな」

「いえいえ、それほどでも!」


 いいじゃないか商人プレイ。ロールプレイングというのはこうでなければいけない。確かに、《DARK SIDE ONLINE》のプレイヤーには戦闘をしなければならないという義務はない。ゲームパッケージにも載っていた一文、名前の無い異世界『Another World』の住人の一人になるとはこういうことなのだろう。

 いやいや本当に面白い。


「なぁ」

『…いいんじゃない。君の判断に従うよ』


 若干呆れた風な口調の友人だが、俺の判断に従うというのならありがたい。そんなもの、答えなんて決まっているだろう!

 

「いいだろう、暫く寄生する事を許す!」

「ありがとうございますっ! 絶対役にたちますから、損はさせませんよっ!!」

『いやいや寄生を許すって言い方は……もういいや、勝手にするといいよ』

「それじゃ、改めましてアキと申します。商人(あきんど)のアキです、よろしくお願いしますねっ! …で、お二人のお名前を教えて貰っても良いですか?」


 喜色一面といったアキの表情だが、細々とチョロイなんて単語が口から漏れたあたり、コイツも相当な人物だろう。腹黒商人というやつか、悪くない。それにしても商人だからアキね、いやいやそういう名前の付け方も嫌いじゃない。期待させてくれるじゃないか、初見は鬱陶しいだけのクソガキだったが、なんだか面白くなりそうじゃないか。

 さて、改めて名乗られたんだ、こっちも名乗ってやろうじゃないか。


「俺はヤスヒロ、今年で二十歳だ。職業盗賊で剣士をやってる。ドラゴンと闘って勝利するのが当面の目標だ」

「ヤスヒロさんですね、ハハッ! なんだかパッとしませんねぇ、顔は怖いのに。ちょっと残念です」

「……PKペナルティなんて怖くねぇ」

「すみません、調子に乗りました」


 剣の柄に手を掛けた途端、急におとなしくなりやがった。本当に調子の良い奴だ。いいじゃないか、純日本人の名前だ。俺は誇りにこそ思ってないが十分気に入ってるんだ。

 柄から手を離し、それを確認したアキの瞳が友人の方へ向いた。


「それで、お姉さんのお名前は?」


 ガントレットを嵌めた腕を組み、部屋に入ってから変わらない姿勢で佇んでいた友人は、少々面倒くさそうに重々しく口を開いた。


『…リンゴ。ヤスヒロと同じく今年で二十歳、職業は剣士』

「へぇ、リンゴさんですね! 素敵な名前じゃないですかっ!!」

「…俺の時と偉く態度が違うな」

「女性には紳士的に。常識ですよ? 例え悪趣味な仮面を被った不審人物であっても!!」

「やっぱりお前は大概な奴だ。安心した」


 何が女性には紳士的だ。罵詈雑言とまでは言わないが、こちらがちょっと気を許したら散々な事を言い捲りやがって。

 憎たらしい事にこのアキという少年、地味な服装に特徴らしい特徴のない風貌だが、顔立ちは随分と品が良い。

 普通に微笑んでいれば人畜無害なのだろうが、その内心は絶対に真黒だ。いや、腹黒な商人をロールプレイしているだけかもしれないが。


『……悪趣味』


 いかん、リンゴが落ち込んでしまった。しかし悪趣味と言われても仕方のない装備であることはアキに同意せざるを得ない。

 もしリンゴの装備が全身を覆うタイプの鎧、あるいはフルプレートメイルならば良かったのかもしれない。

 しかし現在のリンゴの装備は肘までのガントレットに、膝までの足甲、胸部を守るブレストプレート。それらは全て粗鉄性で輝きは鈍い。

 唯一上質そうな頭部のフルフェイスヘルムだが、他の装備の品質が低いだけ、頭だけ品質が良いのは何とも言えないチグハグな違和感を発生させている。

 古典的な強盗を思い浮かべてみてほしい。目と鼻と口の部分だけ穴が開いた覆面を被ったアレだ。アレを私服や学生服と一緒に着こなせる人間はそうはいない。大体の場合、確実に不審者へと変貌する。そうでなくても、奇妙な雰囲気が生まれることだろう。

 つまり、いまのリンゴがその状態だ。


 それから暫く俯いてブツブツと呟いていたリンゴだが、突如立ち上がり宣言した。


『早急に装備を整える必要が出来たね』

「お似合ですよ―――っくく」

『……PKペナルティなんて怖くない』

「あ、すみません」


 ジャキリと長剣を上段に構えるリンゴの表情は窺えなかったが、わりかし本気だった様な気がするのは俺の気のせいではないだろう。

 アキも今回ばかりは本気でヤバいと感じたらしく、謝罪する姿勢には切実さがあり、確かな誠意があった。



……


………


『瀑布の都市』の東門から出た先に『不帰の大森林』というエリアがある。ダークファンタジーな世界観に似合わない穏やかな森林だが、出現するモンスターは森のイメージを裏切らない動物、昆虫、植物が主である。

 鳥の囀りが響き渡り、木の葉の触れ合う音色は壮大な木々達の大合唱にも思える。強く逞しく育った木々が立ち並ぶのは、ここが仮想空間であることが信じられないくらいに美しく、そして幻想的だった。普通に、森だった。


 ただし、生態系を無視した全長50mはあるだろう逞しい木々が生い茂り、馬鹿みたいに巨大な鳥のギャアッという鳴き声と、その鳥に捕まった大猪(餌)のブモオッ!?という若干洒落に為らない断末魔の悲鳴が聞こえてくる魔境であるということを除けば――森である。

 遠くからガルルルルだのキシャアアアだとか、さまざまな鳴き声が聞こえてくるが、ここは森である。

 そんな森の巨大な木々の隙間にできた大きな広場の中央に、ヤスヒロ達は居た。

 黙々と作業を繰り返すアキを挟むようにしてヤスヒロとリンゴが陣取り、周囲を警戒している。


「商人の専用スキルに『解体』というものがありまして、魔獣――つまりモンスターの死体からアイテムを精製する事が出来るんですよ」

「精製するという表現に違和感を憶えたんだが、つまりどういうことだ?」

「それはですね、職業狩人の専用スキルに『剥ぎ取り』というものがありますよね。それはスキルの性質こそ似ていますが『解体』と比べれば効果に大きな違いがあります。『剥ぎ取り』は文字通り死体からアイテムを直接入手できますが、手間が掛らない分、入手できるアイテムは少なめです」


 腹黒商人のアキが猪の様なモンスターを専用の道具で『解体』するのを横目で見ながら、ヤスヒロはアキの講釈に耳を傾ける。作業の手付きは不慣れで危なっかしく在るものの、回数をこなす度に手早く、そして正確になっていく。そんなアキの周りには解体され尽くし、もはや残骸となりはてた塊が幾つも転がっていた。

 

「そして『解体』ですが、こちらは今やっているように死体を文字通り解体します。スキルのレベルにもよりますが、手間と時間が掛る分だけ入手できるアイテムは『剥ぎ取り』よりも多いですね。因みに『剥ぎ取り』は小型から中型まで。『解体』はほぼ全カテゴリーのモンスターからアイテムを入手できます」

「だとすると、『剥ぎ取り』の存在意義が無くなるんじゃないか?」


 アキの説明に気になった点を指摘してみれば、良い質問ですと言わんばかりに知ったかぶったドヤ顔で語り出す。


「『解体』に限らず効果の高いスキルにはデメリットがあります。『解体』の場合、スキルのレベルアップの度に最大体力値が減少していきます。それと、解体作業中は周囲の肉食系魔獣を誘き寄せてしまいます」

「今みたいに、か!?」


 正面から飛びかかってきた狼のようなモンスター"ヴォルフ"を両手で構えた剣で斬り払う。袈裟に振り下ろしたロングソードの切っ先は飛びかかってきたヴォルフの脇腹を捕えて逃さず、一刀のもとに斬り伏せる―――ことは無かった。

 ロングソードの一撃はヴォルフを両断こそしなかったものの、致命傷には至らなかったらしく、鈍い音を発ててヴォルフを叩き落とすに留まった。

 叩き落とされた瀕死のヴォルフが起き上がるよりも早く、倒れ伏した身体に剣先を突きいれる。

 ズブリという肉を貫く感触とともに、今度こそヴォルフの生命を刈り取った―――体力ゲージが尽きただけである。

 リンゴの方を見やれば、長剣の重い一撃を持って的確にヴォルフを屠ったのが目に映った。向こうは問題無いらしい。


「解り易いものと言えば『怪力』の上位スキルである『強力』ですね。『怪力』にデメリットはありませんが『強力』はレベルアップ毎に魔法系統のステータスにペナルティが発生します」


 『索敵』のスキルを持ったリンゴが何も言わないので、暫くの襲撃は無いだろう。

 ロングソードに付着した血を払おうとして、それが無意味な行為である事に気が付いた。エフェクトとして攻撃命中時に血飛沫は出るが、このゲームに血糊という概念は無い。事実剣には血の色は見受けられなかった。

 武器の耐久度はしかっりと減少するので気をつけなければならないが。


「悪いな、面倒な作業を押し付けて」

「このゲームのテーマの一つですよ。明確な役割分担です。プレイヤーは大抵のことが出来ますが、なんだって出来る訳じゃない」

「じゃ、引き続き頼む」

「任されました」

『こっちも頼むよ』」


 新たなヴォルフの亡骸をアキに近い位置まで運び、労わりの声を掛けてやったのだが、返って来たのは小生意気な反応だった。

 別に可愛気を期待している訳じゃないが、もうちょっとなんとかならんのだろうか。

 気が付けばリンゴの方も寄ってきた。その手には二体のヴォルフ……これは負けてられんな。


「戦闘には飽きたので、暫くは徹底的に商人生活を楽しむ事にします―――それに皆さんを盾にして戦いを見守るのも悪くないですし!」

「おい、本音が漏れてるぞ」

「え、なんのことです?」

『二人とも巫山戯ないで。次、来るよ』


 とうとうアキが本性を隠さなくなってきやがった。…ま、いいか。

 それはそうとして、敵襲だ。


「数は?」

『猪2、狼が3』

「分担」

『早い者勝ちで!』


 短い掛け合いの後、すぐさまリンゴが跳び出した。次の瞬間には唐竹に振り下ろしたリンゴの長剣が、鈍い音を発てて猪のようなモンスター"ファングブル"を打ち据えた。しかしファングブルの闘志は未だ消えておらず、倒し切れていなかった。

 リンゴなら問題ないだろう。アイツはは既に猪を何体か撃破している。

 俺も倒したけどな―――1体だけ。

 悔しくなんかない、役割分担だ。それにヴォルフの撃破数は俺の方が圧倒的に多い。俺の職業は盗賊なだけあって俊敏値…というか身体の軽さに補整が掛っている。そしてリンゴは剣士。攻撃力こそ高いものの、鎧を装備している為に機動力が制限されている。故に動きの素早いヴォルフは俺が倒し、鈍重だがタフなファングブルはリンゴが倒すという分担が、自然に出来あがっていた。

 芸も無く飛びかかってきたヴォルフを串刺し、放り捨てる。

 

 今ので『剣装備』のスキルレベルが上昇したらしい。視界に現れた鬱陶しいシステムウィンドウをyesアイコンを叩いて消滅させる。

 ウィンドウの消滅と同時に、横から飛びかかるヴォルフを斬り伏せる。今度は一撃で息の根を止められたようだ。

 と思ったら、システムウィンドウに気を取られている間にリンゴが残りのモンスターを倒してしまっていた。

 ……やっぱり悔しい。


「お二人ともお上手ですね、スポーツでもされてるんですか?」

「…剣道をな。俺は齧った程度だが、リンゴはガッツリ修めてる」


 俺は小学生から中学生の終わりまでで、クラブや部活動の延長程度。リンゴは俺と似たような時期に初めて、今尚道場に通っている。

 リンゴは普通に有段者だ。俺も一応有段者だが、初段である。

 俺の話に興味を持ったのか、しかしアキは少々見当違いな解釈をしたらしい。


「へぇ、もしかして幼馴染ってやつですか? 異性の幼馴染なんて羨ましいですね――あ、レア素材」

『違う。十年来の付き合いの浅い友人――ソレあとで頂戴』

「なんのことです?」


 解体作業中にレア素材を見付けたらしいアキだが、いい加減バレバレなのに誤魔化す心算らしい。いや、もしかしたらコイツなりのコミュニケーションだったりするのか?

 それはそうとリンゴも訂正した通り、俺とリンゴは付き合いの浅い友人である。十年来の付き合い故に気心は知れているが、別にお互いの家に遊びに行ったりするような仲ではない。その程度の付き合いもなかった顔見知りの友人。正に、浅い付き合いの友人である。


「具合はどうだ」

「イイ感じですね、優秀なコマのいる商人は気楽でいいです――うそ、ユニークそざ……なんでもないです」

「…討ち漏らすぞ」

「仲良く平等に分配しましょうねっ! チームワークは大事ですよッ! エイエイ、オーー!!」


 流石にデスペナルティは避けたいらしい。一人だけ良い思いなんてさせてやるものか―――待てよ、コイツのことだ。もう既にチョロまかしている可能性も大いに存在するではないか!

 よっこいしょの掛け声で大き過ぎな道具鞄――アキが開始所持金すべて注ぎ込んだ『魔法の道具鞄』に解体し終わった素材を詰め込む姿を視界に納める。

 話によればあの『魔法の道具鞄』、ゲーム開始時に入手可能な道具鞄の中で最大の格納容量を誇るらしい。道具鞄という装備は特殊装備に分類される。通常、アイテムは筋力値のステータスが許す限り持ち歩けるが、道具鞄の場合は筋力値を気にせずにアイテムを持ち運べるものらしい。

 そう考えれば、チームプレイが実現する限り、アキの選択は凄まじく効果的だ。


 そして近隣のモンスターは刈り尽くしたのではないかという頃、アキが休憩する俺とリンゴに小瓶を渡してきた。


「どぞどぞ、低品質ですがポーションです」

「へぇ、悪いな」


 なんだよ、口は悪いし下らない悪巫山戯をするくせに殊勝なことも出来るじゃないか。

 小瓶はの中身はポーションだった。手の上で転がし『看破』スキルを発動させると、その品質は確かに悪かった。

 年下の心遣いを無碍にするほど大人げなくないつもりなので、蓋をあけて一気に飲み干す。

 ――――――――ッ!?


「マズぅッ!! なんだこりゃ!?」

「すみません、ゲーム開始時点のアイテムなのでそんなものしかないんです―――ヤスヒロさんのは特別に最低品質ですが」


 そうか、ゲーム開始時のアイテムならそんなのものだろうな―――なんて言うと思ったか馬鹿がっ!

 ぼそりと最後に呟いた一文はきちんと聞こえるんだよっ!!

 一発ぶん殴ってやろうと立ち上がった時に、隣に座ってポーションを口に含んだリンゴが声を上げた。


『あれ、美味しいんだけど?』

「リンゴさんのは現時点での最高品質ですからねっ!」

「…なあ、この扱いの差は何なんだ?」

「男の子は紳士であるべきです」

「紳士はお前みたいに腹黒くねぇよ」

「いえいえ。紳士は暴力は好みませんが、言葉の暴力は大好物なんですよ?」


 知ったことか。というか、殴る気力が失せてしまった。例え一発殴ったところでコイツは決して改めないだろうし。

 当のアキは道具鞄の中身を確認していた。俺やリンゴには見えないが、鞄内部に格納されているアイテムの一覧をウィンドウ表示で流し見ているんだろう。

 一通り一覧を確認し終わったアキはパンパンと膝を叩いて立ち上がった。


「これだけあれば十分ですね、というか思った以上に大量です。お二人の御蔭ですね」

『そんなことはないよ、みんな頑張ったからね。アキくんだって解体は大変だったでしょ?』

「じゃあ僕の御蔭ですねっ!」

『……わたしは君を心の底から好きになれそうにないよ』


 大丈夫だリンゴ。俺もコイツを好きになれそうにない。

 どうしてコイツは一々人を腹立たせるんだろうか。まさかそんなスキルでもセットしているのか?

 そんな訳ないか。

 コイツ等の事は放っておいてだ。俺も確かに資金集めは重要だと思うし、リンゴの素材集だとかを手伝うつもりで森エリアにまで来た訳だが、何かが足りない気がする。心の底から望んでいた何かを、その場の勢いや空気で鎮火させてしまったようなモヤモヤした感覚だ。

 ……あ。

 そうだ、俺は何のためにVRゲームデビューをしたんだったか。

 腕を組んで悩み、ハッとして顔を上げると、アキとリンゴが此方を見ていた。


『どうかしたのヤスヒロ?』

「どうしましたヤスヒロさん、ただでさえ地味なのにこのままだと景色と同化しちゃいますよ?」


 アキ、お前は殴る。いやいや、そうじゃなくて!


「ドラゴンは?」


 そう、ドラゴンだ。俺はドラゴンと闘う為にVRMMOに手を出したんじゃないか!

 馬鹿みたいなノリとテンションに流されてうっかり忘れていたが、俺はドラゴンと闘いたかったのだ!

 心の中で鎮火していた感情が、再び熱を持った。ゲーム内時間が進んだため、木々の間から覗く空は赤みを帯び、森を吹き抜ける風も徐々に熱を失ってきたが、反して俺の中の熱は急上昇中だ。


「…………え?」

『あ、そういうこと』


 アキが口をだらしなく空けたマヌケ面を晒し、リンゴが合点が言ったとばかりにポンと手を打った――ガントレットを嵌めていたので正確にはガシャンという耳障りな音だったが。

 それはともかく。


「なあ、ドラゴンは?」


 アキとリンゴに今までの緩い空気を捨てて真剣に訪ねた。じっと二人の顔を見て言ったのだが、一人はマヌケ面、もう一人は無機質な兜でイマイチ緩んだ空気が抜けきらない。しかし俺だけはどこまでも真剣である。

 

「…あの、この人は何を言ってるんですか?」

『気にしないでいいよ。宿屋の自己紹介の時に言ってたでしょ、ドラゴンと闘いたいって』

「ドラゴンと闘いたいんじゃないッ! ドラゴンと闘って勝ちたいんだっ!!」


 吼えた。魂の限りに!

 しかし俺の情熱は二人には伝わらなかったらしい。二人から白けた目線を向けられ、その視線には呆れの色が見える。

 何故だ!? どうして俺の想いは伝わらないんだッ!?


「そっか、残念な人だったんですね」

『普段はこんなんじゃないんだよ。もっと落ち着いてるし、もう少し理性的だよ』

「…本当ですか?」

『…多分』


 失礼な奴らだ。今の俺が理性的でないだと? 俺は十分に正気だし、冷静だ。そしてドラゴンと闘いたいんだ!

 何も問題は無いぞ。むっと眉をしかめるが、もともとしかめっ面のムッツリ顔なので大した変化は無い。そもそも前髪で隠れてるし。


「で、ドラゴンはッ!?」

『ここが何処か言ってみなよ』

「森」

『森にドラゴンが居ると思う?』

「クソ、なんてことだッ!!」


 そうだった! ドラゴンはイメージ的に山奥とか火山とか峡谷とか廃墟同然の古城にいるものだと相場は決まっているじゃないか!

 ココは何処だ? 森だよ!

 木々はあり得ないくらいに太く逞しく巨大に成長しているが、どう足掻いても森だ。

 ドラゴン的な生物が生息している気がしない。ということはドラゴンと、闘えない? いやいやそんな馬鹿なことが…。


「それにレベル的にも勝てないと思いますよ。幾つですか?」

「4、だが」

『そんなレベルで勝てるとでも思ってるの? ドラゴンという生物は古今東西ファンタジーに引っ張り凧の超有名クリーチャーだよ。神話から絵本まで、雑魚敵からラスボスまで万能にこなせるファンタジー界の重鎮であるドラゴンに? 4レベルで? 君、今の姿自覚してるの?』


 そう、だった。

 ドラゴンとは強い生き物の象徴だ。強靭な肉体に剣も魔法も通さない強固な鱗、鋭く伸びた爪は重騎士の鎧すら切り裂き、長く伸びた尾を薙ぎ払えば巨木を薙ぎ倒す。巨大な翼の羽ばたきは家々を吹き飛ばし、凶悪な顎は象すらも噛み殺す。何より、ドラゴンのブレスを受ければ神話の神々だって一溜まりもないだろう。

 ドラゴンとはそんな存在なのだ。

 幻想の頂点、ファンタジーに君臨する王者。それがドラゴン。

 地味な色のグローブを嵌めた両手を眺める。薄汚れたグローブを嵌めたただの人間の手だ。強大なドラゴンに挑むには余りにも貧弱。

 着ている物は暗色系の地味なコート。何の効果も無いただの布装備、首に巻いたマフラーも同様。

 ならばその中身は、俺はいったい何だ?

 キャラメイキングをしたあの日、鏡に映った自分を思い出す。そう、そこに映ったのは、


「…盗賊です。地味で柄の悪い薄汚い盗賊です」

『恥ずかしくないの? そんな装備でドラゴンに挑むなんて』

「…凄く、恥ずかしいです」


 あぁ、なんてことだ。鞘に納まった剣は勇者の聖剣などではなく、ただの鉄剣。

 精霊や神の祝福が施された鎧なんて持ってないし、纏っているのは地味なコートでしかない。

 その中身はパッとしない容姿の職業盗賊。主人公的定期(15歳~18歳)から外れたパッとしない男。勇者などでは断じてない。

 体中から力が抜け、ガクリと膝をついた。

 もう駄目だ、竜殺しを成し遂げた世界中の英雄に申し訳がない。


「二十歳直前の男の人が叱られる姿って哀愁を誘いますね」

「…ごめんなさい」

「え? あ、いえ、そんな風に落ち込まれましても困るんですが…」


 アキ、俺は君を見誤っていた。こんな屑みたいな俺を心配してくれるなんて。

 いかん、申し訳なさと自責の念で力が湧かない。何にもやる気が起きない。このまま貝になってしまいたい。

 そんな時だった。呆れたような、疲れたような。

 何時ものように控え目で大人しい口調の癖に、どこまでも図々しい態度で、リンゴがそっと一言呟いた。

 

『ドラゴンは居ないけど、大型魔獣ならいるみたいだね』

「……なんだと?」


 リンゴの声に何処かへ旅立とうとしていた精神が引っぱり戻される。今リンゴは何と言った?

 大型魔獣?

 確かにそう聞こえた。聞き間違いではない!

 バッとリンゴに向き直ると、そこにはヤレヤレ仕方ないと雰囲気で語る10年来の友人の姿があった!

 その隣に居るアキは、リンゴの言葉が信じられないといった表情だ。目をかっと見開き、リンゴを異物を見るかのように凝視している。


「え、あの、リンゴさん? 正気、ですか?」

『このままだとヤスヒロが可哀想だしね。それにドラゴンと闘えるって言って、無理矢理このゲームに誘ったのは私だから』

「…いや、どんな誘い方ですか」

『散々嫌がってたけど、一瞬で釣れたよ』

「そんな馬鹿な…」


 しょうもない遣り取りが鼓膜を叩くが、そんなことよりも、俺はリンゴに問わねばならないことがある。

 コイツがこんなタイミングで宛てのない事を言う筈がない。恐らく、既に索敵で捕えているのだろう。

 その大型魔獣という奴を!!

 ならば、俺が問うのはこれしかない。


「…方角は」

『あっち』


 リンゴが指さしたのは丁度タウンとは真反対の方角だった。巨木の根によって視界は遮られているが、その先にはきっと件の魔獣が居るに違いない。

 クックッの喉が鳴る。剣を抜き放ち、今日1日でそれなりに手に馴染んだ相棒を見やる。

 聖剣のような神聖な華々しさは無く、魔剣の様な狂気的な禍々しさもないが、例え情報で構成された紛い物であったとしても、この手に感じる鋼の重量感はなによりも頼もしい。


「ドラゴンじゃないのは残念だが、仕方ない、今回は我慢してやろう」

『アイテム預かっとこうか?』

「愚問だ、気遣い無用!」

「えぇ!? もったいないですよ、それなら僕が貰いますッ!!」


 アキが何やら騒いでいるが、無視してリンゴの指差した方向へ走り出す。

 疾走を緩めずに、リンゴに大声で俺なりの感謝を伝えよう。


「じゃ、ちょっと大型魔獣狩ってくる!」


… 


……


………


 そして残されたのは、突然の展開についていけないという様子のアキと、ヤスヒロの行動には慣れたものだと落ち着いた姿勢を崩さない10年来の友人であるリンゴ。ポカンとした表情のアキは、ただ一つだけリンゴに問うた。


「何なんですか、あの人」

『さぁ、ただの馬鹿なんじゃないかな?』


 二人の呟きは、闇夜の気配を漂わせ始めた空に溶けて消えた。

 戦わないなぁ(汗

 速く戦わせたいんですけど、なかなか上手くいきませんね。

 友人は女の子でした。

 容姿の表現や口調に気を付けて、なんとか直接的な描写を先延ばして来ましたがバレバレでしたよね、正直。

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