表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一撃必殺 -Critical Hit !!-  作者: ジャン太
第一章:ギルド設立編
2/10

プロローグ 1

 拙い表現、くどい言い回し、無意味に長ったらしい文章ですが、お付き合い頂けると嬉しいです。

※この物語はデスゲームではありません。

※この物語は、主人公がプレイヤー達と交流し、関係し合い、VRゲームを楽しむだけの物語です。

 冊子と表現するよりは、もはや辞書辞典と表現するのが相応しいマニュアルブックを一通り読み終えて顔を上げる。軽い目の疲れに眉間を軽く揉み解すと、緩やかな心地の良い一陣の風が吹き、伸ばし過ぎた前髪が僅かに靡いた。


 風に煽られてマニュアルの頁が僅かに捲れるのを視界に納めると、良く出来ているものだと何度目かわからない関心を抱かされた。少々気恥ずかしいので友人連中には言った事は無いが、このプライベートルームは結構なお気に入りだったりする。


 およそ十メートル四方のライトブルーのクリアパネルの床に、同色かつ半透明で統一した家具の数々。

壁と天井は排除し、四方を見渡せば彼方まで続く蒼穹と雲海。クリアパネル越しに見下ろせば、雲と雲の僅かな隙間から遥か下方に海が覗き見える。

 見上げた空には太陽が存在せず、だというのに暖かさを錯覚させる自然過ぎる光源はそのままな辺りが、この場所が仮想空間である事を強く再認識させる。初期設定を軽く弄っただけのカスタマイズだが、個人的にはこの如何にもなヴァーチャル空間っぽさが良い。


 設定を手伝わせた友人曰く殺風景で安っぽいとのことだが、本格的なカスタマイズには時間も技術も先立つもの(つまり金)も何もかもが足りていない自分にはこれ以上のものは望めないし、そもそもこれはこれで満足しているのだ。


 家庭用VRサーバーに割り当てられた個人用のプライベートルーム。それがこの空間の正体だ。どこまでも続くかのように見える澄んだ蒼い空は、緩やかに移動し形を変える雲の海は、物理法則を無視して中空に浮かぶクリアパネルの床も、配置された家具も、時折靡く心地良い風さえも、五感を完璧に備えた現在自分と"繋がっている"この肉体ですら、全てが情報で構成された紛い物なのだ。


 今自分が動かしているこの肉体は仮想空間に造られた疑似的な肉体。正式名称は覚えていないが、アバターと言えば大抵の人間に通用するだろう。


 それはともかく、ここはプライベートルームなのだ。言ってみれば、この十メートル四方の狭いような広いような微妙な空間は、自分の秘密基地のようなものだと言っても良い。秘密基地と言う単語に心惹かれない男児は居ない。

 秘密基地と例えたのは自分が成人を控えた二十歳直前の男子大学生だからなのだが、性別に関係なく自分だけの部屋というものに心惹かれない日本人は居ない筈。

 その上好き勝手に改造できて、子供の小遣い程度の課金をすれば家財だって自由自在。模様替えも容易。パスを送れば友人だって招待できるし、テレビだって見れる。ネットもできるし、外部機器にゲーム機等を繋いでいればこの空間内でゲームもできたりする。

 宿題やレポートの整理をしても良いし、電子書籍を読んで寛ぐのも、電子ペットと戯れるのも自由だ。

 趣味に費やすのも素晴らしい。つい最近料金制で料理教室が開始されたらしく、性別年齢問わず大人気なのだとか。


 自分も僅か数十分前まではレポートの作成に勤しんでいた。

 心落ち着くこの空間で、空に浮かぶ部屋という幻想的な空間を堪能しながら、四苦八苦して一先ずの形を整え終わり一息入れようとした瞬間に。


 ―――ソイツが現れた。


「あ、読み終わった?」


 控えめな声と口調のソイツは、自分の友人である。

 連絡もよこさずにズカズカと人の部屋に転がり込んだソイツは、数時間毎に補充される貴重な食料である林檎(無料)を断りもなくパクつきながら、だらしなくソファに寝転がっていた。

 プライベートルームの一角。マニュアルを閉じてテーブルに置き、テーブルを挟んで対面のソファに何時の間にか姿勢を正して座り直した友人に向き直る。


「一緒にやろうよ」

「いきなり何を言い出すんだ、お前は?」


 我が物顔でふてぶてしく人のプライベートルームのソファ(お気に入り)に腰を埋める十年来の浅い付き合いの友人は、唐突に切り出しやがった。

 以前に許可を出したとは言え、何の連絡もなしに勝手に入室した挙句、いきなり読めと言って辞書ほどの厚みがあるゲームマニュアルを投げ寄こし、さらには知ったものとばかりに冷蔵庫から林檎を取り出し八分割にしてパクついていたと思ったら、今度はコレである。

 遠慮がちな声量と控え目な外見と口調とは裏腹に、コイツの態度はあまりにも図々しい。

 十年来の付き合いとは言ったが、こいつは断じて幼馴染ではない。幼馴染と言う概念に幻想を抱いている訳ではないが、それを抜きにしてもコイツは違う。断じて違う。ただの友人だ。気心はそれなりに知れた仲であるが、友人である。


「疎い君でも気付くでしょ? ソレのことだよ」


 友人がテーブルの上に無造作に投げ出したマニュアルを指差す。辞典程の厚みのある黒いシンプルなデザインのマニュアルの表紙には、これまたシンプルかつ簡素な書式で『DARK SIDE ONLINE』の文字が記されていた。


「『DARK SIDE ONLINE』を?」

「そ。一緒にやろうよ」


 控え目にニコニコと笑うソイツの意図が漸く理解できた。目の前の友人は、つい数年前から爆発的な人気と各界の支持者を獲得して普及したVRMMOに区分されるこのゲームに、自分を誘っているらしい。

 VRゲームの情報に、というよりも昨今のゲーム業界に大して詳しくない俺でも小耳に挟んだ事のあるゲームタイトルだ。

 先日β版のテストを終え、近日正式サービスを開始するらしい『DARK SIDE ONLINE』だが、その評判は頗る良い。

 なんというか、気持ち悪いくらいに評判が良かったのは記憶している。

 このゲームを国家や各国の技術者が本格的に支援開発している辺り、何かしらの陰謀や思惑でもあるのではないかと勘繰ってしまったぐらいだ。


 それはともかく。


「なんで俺が?」

「君、VRゲーム遊んだことないでしょ」

「……なんで知ってるんだ」

「アクセス権限はそうそう他人と共用するものじゃないよ。勉強になったね」


 僅かに離れた位置にある作業用のデスクに視線を向けた友人は、微かにニヤリと笑った。――こんなヤツにプライベートルームの設定を手伝わせるんじゃなかった。

 今更ながら、遅過ぎる後悔が押し寄せる。

 思わず渋い顔をしてしまった自分を、友人は追撃した。


「VR世代の生まれとしては時代遅れも良いところだよ。ある意味社会不適合者だね、君」

「余計なお世話だ。第一、ゲームは得意じゃない」

「それはよく知ってる。それを踏まえて、一緒に遊ぼうって誘ってるんだ」


 社会不適合者は言い過ぎだろう、と言いかけたところで押し黙る。納得は出来ないししたくもないが、つい先日家庭用VR機器の普及率がとうとう90%越えを記録したと、ニュースで報じられていたのを思い出した。

 こんな時代に生まれて、VRゲームに触れた事のない自分は確かに社会不適合者なのかもしれない。仕方ないだろう、自分はどちらかと言えばアナログ派なんだ。

 テーブル上のマニュアルに目を向ければ、やはり凶器になりそうな分厚さで鎮座していた。


「尚更やらない」

「マニュアルはあまり関係ないよ。携帯だって似たようなものでしょ? なんだかんだ読まなくても使い方は解るし覚えられるし」

「…そういうものか?」

「そういうものだよ」

「しかし、なぁ…」


 興味が有るか無いかで言えば、有る。しかし苦手意識とは早々に消える物ではない。VR技術は最新鋭技術の結晶だし、その技術は日進月歩で発展し続けている。

 だからこそ、自分の様な時代遅れのアナログ男が触れるには少々ハードルが高い。高過ぎる。

 ゲームに偏見が有る訳ではないのだ。今の時代の日本では、乳幼児を除いた生涯で唯の一度もゲームに触れた事のない人間を見つけるのは非常に難しい。

 自分だって据え置き機の有名ゲームタイトルなら幾つかプレイした事がある。目の前のコイツとだって、一緒に遊んだことがある。

 それでも、苦手なものは苦手なのでだ。


「仕方ないね、じゃぁ切り札を使わせてもらう」

「…なんだよ?」


 煮え切らない自分の態度に業を煮やしたのか、図々しい態度とは裏腹の控え目な姿勢から一転。

 キッと視線に力を込めた友人は、気心を知れているが故の的確な急所を抉ってきやがった。


「ドラゴンと闘えるよ」

「で、俺は何をすればいいんだ?」


 ドラゴンと闘えるだと!?

 それをさっさと言え友人! ドラゴンと闘えるのならしょうもない苦手意識など容易く粉砕してくれよう。なんだなんだ、アナログ派とか苦手意識とか、女々しくて仕方ないな!

 ドラゴンと闘い、勝利する。それは数多くの男たちの憧れではないか!

 ドラゴンと闘えて、そして『DARK SIDE ONLINE』は(ダーク)ファンタジーRPGに分類される。それはつまり、数多くの空想上の魔物魔獣魔人魔神とも闘える可能性があるという事じゃないか。

 尚更やる気が出てきた、これはもはや情熱とも言って良い。


 昂る自分とは反対に、不思議な事に友人の表情は酷く冷めていた。

 はて、何故だろう?


「なんだ? 誘ったのはお前だろうが」

「君らしいと言えば君らしいんだけどね、ほとほと呆れたというか何というか…まぁ、君がやる気になってくれたのなら話が早いね。っと、そろそろかな?」


 なんだ? と問いただそうした瞬間にルームに響く着信音。目の前にメッセージウィンドウが表示される。

『××様からお届け物です』

 送り主は目の前の友人。yesアイコンに触れて承認し、目の前のテーブル上に如何にもな形状のプレゼントボックスが現れる。

 友人に視線を送れば、ふふんと鼻を鳴らして自信気な表情を作る。


「君の為に買ってあげたんだ。安くなかったんだから感謝して欲しいよ」

「タイミングが良過ぎないか」

「それは偶然だよ。で、感謝の言葉は?」

「いや…感謝は兎も角として、どういうつもりだ」


 プレゼントボックスを開き、ソフトケースを取り出す。パッケージには『DARK SIDE ONLINE』の文字、裏面には『世界を運営しよう』の短くシンプルなキャッチコピー。端には小さな文字で決して安くない本体価格。しかしマニュアルの分厚さからも理解できる精巧なシステムや細部の造り込みに、スクリーンショットの美麗過ぎてもはや現実風景となんら遜色ないグラフィック、そして数多くのユーザーサービスからしてみれば、安くない筈の五桁の数字が信じられないほどにお得に映る。

 ……本当に何か裏があるんじゃなかろうか。

 無駄だろうと思いつつも、伸ばした前髪越しに友人を半目で睨んでやった。


「ふふん、友人と一緒にゲームで遊びたいってだけだよ。ただそれだけ、裏は無いよ」

「…そういう事にしてやろう。金は?」

「君が『DARK SIDE ONLINE』を心の底から楽しめたと思ったのなら、その時にでも返してくれればそれでいい」


 パチリと片目を閉じニヤリと口角を釣り上げる友人だが、自分と同じくパッとしないと言われる容姿の割に、ウィンクだけはムカつくくらいに上手かった。

 浅い付き合いなのでコイツの経済状況は知らないが、自分と友人自身の分も合わせれば結構な出費の筈。

 少々居たたまれないが、好意を無碍にする訳にもいかない。

 ――本音は自分の財布の事情だったりするのだが。


「悪いな」

「構わないよ」


 結局友人の意図は上手くはぐらかされてしまった気がするが、まぁ良いだろう。

 そんなことよりも、だ。


「で、俺は何をすればいいんだ」

「インストールの終了まで三十分くらいかかるからね、メイキングだけやっとこうか」


 ディスクケースを開くと、システムウィンドウが表示される。小難しい単語がやたらと目立つ文章だが、要はPCにディスクを挿入しろとのこと。

 じゃぁ早速と自分が立ち上がる前に、友人がケースごと掻っ攫って行った。呆然とする自分を余所に、友人はスタスタと足早に半透明のデスクに向かい、そしてやはり半透明のチェアにどかりと腰掛けた。待て、そこは自分の席だろうが。

 ――今更か。そうかそうか。

 頭を振って立ち上がり、腰掛けた友人の隣に並ぶ。中空に浮かぶデスクトップウィンドウを見れば、手早い事に既にインストール中だった。


 それにしても、メイキングか。


「MMOには明るくないんだが、正式サービスは開始してないのに可能なのか?」

「メイキングソフトは別にあるんだよ。このメーカーはユーザーの気持ちを大変解ってる」

「というと?」

「インストール中の何とも言えない気分を紛らわせる」

「そういうものか?」

「そういうものだよ」


等と話している内にメイキングソフトが起動した。




 サーバーに接続中......接続完了。


『DARK SIDE ONLINE』へようこそ!


 ゲームデータがありません、新規データを作成します。


 新規データを作成中.........作成完了。


 アバターを設定します。


 アバターネームを入力してください。




 機械的な合成音声が流れ、同時にシステムメッセージも表示される。


「音声アシストって女性の声が多いんだよね。他のゲームも似たような感じだよ」

「知らん」


 アバターネーム、つまりはゲーム中のプレイヤーの名前か。特に拘りは無いので、実名を片仮名表記で入力する。

 …重複無し。なんだ、そんなに人気の無い名前だったのか? DQNネームやキラキラネームと呼ばれている奇抜過ぎる命名センスには及ばず、いまいちパッとしない名前である自覚はあるが、自分だって日本人として普通過ぎる自分の名前には愛着がある。少々複雑な気分だ。


「ねぇ、本当にそれで良いの?」

「…これで良い」


 友人が何か言いたげな視線を向けてくるが、無視だ。

 さて、ネームを決定してからが本格的なメイキングとなる。

 種族は人間。数多くの種族項目が見えたが、とりあえず人間でやらせてもらおう。

 種族の決定と同時にウィンドウに簡素な服を着た自分の姿が表示される。この簡素な服は、確か『冒険者服』だったか。

 防具を装備していない状態でアバターが纏う下着の様なものだ。下着と言っても肌着ではないし、下着そのものでもない。あくまで、下着の様なものだ。

 一応『DARK SIDE ONLINE』は対象年齢十歳以上と判定されている。


 肌着の露出を許してしまえば、言わずとも解るだろう。


 地味な服だが、ゲームを進める事で変更できるらしい。だが、今はどうでもいい。

 特に拘りは無いので、メイキングは『DooR(ドア)』の設定更新時に記録したデータをそのまま利用することにする。面倒だし、素人がつついても碌な事にならない。


「やっぱり弄らないんだね、安心した」

「どういう意味だ」

「さぁ? 当ててみなよ」


 無意味に思わせぶりなウザい友人を無視し、画面に視線を戻す。ちなみに『DooR』とはVR用の端末の名称だ。製造元は『S-Dreem社』で、この企業は『DARK SIDE ONLINE』の開発にも一枚噛んでいるらしい。豆知識だが、新世界への扉となることを願って『DooR』と命名されたんだとか。

 ――形状は武骨なフルフェイスヘルメットだがな。


 次の項目は、キャラクターの『ルーツ』の選択。


「このルーツというのが良く解らんのだが?」

「生まれや出生みたいな認識で良いよ。例えば、下級貴族は初期装備の一部がランダムで上質になる、みたいな感じにね。ルーツによって初期ステータスが違うけど、プレイスタイル次第でどうにでもなるしね。ちなみに、種族によって選べるルーツも異なるよ」

「へぇ」

「君にお勧めなのは下級貴族かな。そこそこの質の装備と開始所持金もそれなりに貰えるよ」


 友人がカーソルを合わせた下級貴族のステータスをさっと見るが、確かに平均的にステータスが高い。

項目一番上の平民が平均的なステータスだと紹介されていたが、つまり下級貴族は平民の上位互換と言う認識で良いのだろうか? ステータスは優秀、装備もそこそこ、所持金多め。これはメリットが多過ぎるのではないだろうか?

 と思ったらデメリットも当然あった。『税金』のノルマが高く、加えて『悪行値』の上昇率も高めだ。


『DARK SIDE ONLINE』のキャッチコピーに『世界を運営しよう』というものがある。

 それはプレイヤーは正しく異世界の住人となり、そして世界を開拓していくことになる――とのこと。

 製作者側の思惑なのだろうが、このゲームコンセプトはRPGというゲームジャンルを正しくその意味の通りにした。

 異世界の住人になるのだから、税金は払わなければならない。悪い事をしたら、罰されなければならない。

 この『税金』と『悪行値』は現実で当たり前の常識を、仮想空間で実現するためのシステムの一部らしい。

 詳しい事はまだわからないが、MMOゲームにおいて発生する問題点は数十年前から変わらず、そして改善しようとする度、複雑なシステムを構築する度にシステムの抜け道と新たな問題点が浮上するのが実情なのだそうだ。つまり解決していないらしい。…友人に読まされたゲーム誌の情報なのだが。


 ともかく悪行値は良く解らないが、税金のノルマが高いのは困る。自分は初心者なのだ。

システム的に面倒なのは、ちょっと…。

 うんうんと唸っていたら、控えめにニヤニヤとした友人と目があった。


「いいね、君らしくないけどマニュアルはきちんと覚えてるんだ。関心関心」

「わざとか?」

「うん」


 …この野郎。 怒りをグッと堪え、メイキングに集中する。二度とコイツの意見は聞かない。

 ルーツを『流れの傭兵団』に決定する。生産系スキルの適性が下がるが、戦闘スキルの適性が高いルーツだ。ステータスも肉弾戦に向いているらしい。

 しかし傭兵団だと開始所持金と装備の質は低めか。…仕方ないか。

 次いで、職業の選択。この場合の職業とは、現実世界でも通じる意味での職業である。ステータスにはそれほど影響を与えない要素だが、初期装備は職業によって決まるらしいので慎重に選ばねばならない。 が、自分はマニュアルを読んでいた時点で『剣士』に目を付けていた。齧った程度だが剣道を習っていた身としては、ここは剣士にならざるを得ないだろう。


 ちなみに各職業にもそれぞれ設定されたなにかしらのノルマがあり、定期的に職業専用クエストを受注しなければ職業ランクが下がるらしい。


 カーソルを剣士に合わせて決定しようとした時に、友人のやっぱりと言う声が聞こえたが気にしない。さぁ決定しようとyesボタンをクリックしようとしたところで―――予想外の事態に仰天した。

 思わず身を乗り出し、ディスプレイを凝視する。剣士にカーソルを合わせた事で、ウィンドウに表示される自分の簡易アバターが剣士の装備を纏った――纏った、のだが。

 表示されるステータスの端から端まで確認し、装備一覧も確認したが結果は変わらなかった。

 一先ず剣士で決定し、複数ある装備セットの項目を一つずつ流し見るも、それでも事態は好転しなかった。ガクリと項垂れ、cancelボタンで職業選択画面まで戻る。今度は友人が何事っと騒いでいるが構うものか。

 各職業の初期ステータスを流し見て、剣士に最も近いステータスとスキルを持つ職業を発見し―――決定する。――正直自分的にはかなり不満なのだが。


「ねぇ」

「……なんだよ」

「急にどうしたの? 君なら剣士を選ぶと思ったんだけど…」

「予想外の事態だ」

「は?」


 本当に予想外の事態だった。まさかこんなことがあって良い筈がない!

 剣士の職業は確かに魅力的だった。傭兵団をルーツにするため装備の質は低めだったが、それでも魅力的な内容だった。

 だからこそ残念でならない。友人も自分の醜態に只事ではないと思ったらしく、心配そうな視線を感じる。…こんな奴の心配なんてどうでもいいことだが。

 しかし、しかしそれにしても!

 何故…何故だ!?


「なんで、剣士が盾を持っているんだ!?」

「…………え?」


 装備セットの選択項目というものがある。

 剣士の標準セットなら軽装の鎧に剣と盾。大剣士セットなら鎧をそのままに長剣と小さめの盾。双剣士セットなら小振りの剣を二本と盾、鎧は同じ。


 つまり細かな初期装備を決定し、プレイ開始時の育成の方向性を決定する為の項目なのだが。

 信じられない事に、どの装備セットにも大なり小なりの盾が付属していたのだ。

 …なんてことだ。


「…信じられない。剣士が盾を持っているなんて」

「いや、それは偏見だよ。有名ゲームシリーズの主人公は大体剣と盾を持ってるよ?」

「…初期ステータスとかスキルは盗賊が近かったから、もうコレでいい」


 幸いな事に盗賊の初期装備に『盗賊の剣士』セットなるものがあった。防具は暗色系のコートがメインで、鎧は装備していないが腰には剣を携えている。

 何より、盾を持っていない。

 剣士と比べて防御力が心許ないが、その分素早さに利がある。

 それにしても盗賊か。言葉の響きだと良いイメージは浮かばないが、下級騎士で悲惨だった納税も悪行値も、盗賊は標準値を逸脱していない。

 義賊とかの類だろうか? それとも国家に容認された盗賊とか?

 歴史に詳しくない自分には判断しかねる。国家に容認されている海賊の話なら似たようなものを聞いたことがある。数十年前の名作週刊連載漫画で得た知識だが…。


 次の項目は『心得』の選択画面。スキルの成長率や、習得するアーツの種類、武器の習熟度に影響する重要な要素だ。

 普通のRPGゲームでいうところの職業、クラス、ジョブがこれに値する。

 今度こそ迷わずに『剣士の心得』を選択し、次のスキル選択画面で『孤高』セットを選択。

 自由枠のスロットには、パッと目についたスキルを選択する。


 標準以外の装備とスキルを選択したため開始所持金にペナルティが発生したが、難しいことは考えない方針で行こう。

 アイテムセットはいい加減面倒になったので適当に決定し終了。

 この時点では所持金が僅かばかり残っていたのだが、半ばやけくそ気味に購入したナイフホルダーと投剣セットによってとうとう所持金が底をついた。

 ゲーム開始時点で所持金ゼロというのは不味い状況なのかもしれないが、比較的充実した装備で挑めるこのゲームの場合、デスペナルティを無視して多少の無茶をしても損失が出ないという点では良いことなのかもしれない。

 あとはステータスポイントを割り振れば完成だ。自分的には剣士のつもりなのだが、職業は盗賊なのだし、勝手なイメージで敏捷に全て振る。


「ん、こんなものか?」

「…随分思い切ったね」

「盗賊だからな。気持ちは剣士なんだが…」

「あ、装備のカラーリング変更できるよ」

「このままで良い」

「いや、それは流石に」


 友人が僅かに言い淀んだが、その気持ちも十分に理解できる。ウィンドウに映る自分の姿を一通り眺め、その上で浮かぶ言葉は一つしかない。目立たない暗色系のコートと被ったフード。焦げ茶色のマフラーを首に巻き、腰には剣をぶら下げている。


「不審者だな」

「不審者だよ、どう見ても…」


 友人の言葉に肯き、改めて完成した簡易アバターを一通り眺め見る。

 純日本人の黒い髪に黒い瞳。顔の上半分を覆い隠すまでに伸びた前髪。髪の毛の隙間から覗く"悪い"目付き。平均よりもそれなりに高い身長。

 そして暗色系のフード付きコートに、左腰から吊るした無難な鞘に納まった剣、装備の上から腰に巻かれたナイフホルダー。


「コレ、着て見る?」

「可能なのか? いや、それ以前に着なきゃだめか?」

「一回自分で着てみるといいよ、とんでもないから」


 友人がデスクに埋め込まれたキーボードパネルを僅かに操作すると、自分のアバターに変化が訪れた。

 これは何とも言えんな、具体的には「待って」――なんだ?

 友人は喉を軽く拳で叩き、声の調子を確かめている。本当に何なんだ?


「どうした?」

「ん。それでは、行きます」


 友人が立ち上がり、姿勢を正した。理想的な直立の姿勢から友人はすぅ、と息を吸い込み、そして早口に捲し立てた。


「まずアニメや漫画の背景にひっそりと登場するような特徴の無い大学生くらいの青年を思い浮かべて下さい。黒い髪に黒い瞳の純日本人です。パッとしない青年ですよ? 絵の下手な人でも十秒も掛らずに描き上げられそうなくらいに面白味の無い平凡な容姿が望ましいです。そうですね、表情は口をへの字に結んだムッツリ顔で良いでしょう。次に、思い浮かべた青年の目付きを想像力の働く限界まで"悪く"してください。ポイントは"悪い"目付きです。"鋭い"ではありません←ここ重要です! 殺気とか殺人光線が出そうな類の目付きではありません、単純にえげつなく悪い目付きです。次です。出来あがった目付きの悪い青年の前髪を鼻頭の辺りまでザンバラに伸ばして下さい。顔の上三分の二が隠れるくらいに鬱陶しい前髪です。最後に青年をそこそこな長身にして猫背にしてください。そこそこですよ? 極端に大柄ではありませんので注意してください。これでモデルは完成です。目付きの異様に悪い前髪お化けが出来あがりましたね。さて、こんどは彼の服装です。出来あがった男性に暗色系のコートを着せて下さい。鉛色を基調としたグレーの地味な色のコートです。フードは被せてあげて下さい。ちゃんと着せましたか? 格好良いと思って前面をだらしなく肌蹴させていませんか? そういうのは必要ないので、きちんとボタンを留めてあげてください。首にマフラーを巻きます。焦げ茶色のマフラーです。巻き方はあまり拘った巻き方である必要はありません。緩く適当に巻き付けてください。コートと同色かそれよりも若干濃いめのグローブを嵌めさせ、頑丈そうなブーツを履かせましょう。ここまでくればもう一息です、頑張ってください。コートの上から腰に幅広のベルトを二本巻き付けましょう。ついでに無難な形状の鞘に納まった剣をベルトに吊るしてやって下さい。剣を吊るした反対側の腰にはポーチを吊るしてくださいね。


はい、出来上がりです。


フードを被った地味なコートのムッツリ顔の凶悪な目付きの凶器(剣)を持った前髪お化けの完成です!

そんな男が目の前に居るのですが、どうしたら良いでしょうか?」

「俺は逃げるな」

「……誰だってそうだよ。で、それが今の君の姿」


 失礼なことを説明口調で淡々と捲し立てた友人に若干の殺意が湧くが、丁度いいところに剣もある事だし――まてまて、二十歳前の若い身空で犯罪者になる事はない。冷静になるのだ。


「そんなにヤバいか?」

「ヤバいね」

「そんなにか?」

「うん」

「…そうか」

「鏡出すよ」

「おう」


 友人がキーを叩き、数瞬後に近場に姿見が出現した。

 そして鏡面に映る自分の姿を捕え―――友人の意見が嘘偽りなく正しい事を理解した。理解してしまった。

 現代日本にいたら、いや現代日本でなくともお近づきになりたくない類の人種だった。

 ――そうか、これが俺か。

 危険人物と化してしまった自分の格好に軽く絶句し―――少しだけ見方を変える事にした。

 目付きと人相は悪い。しかしこれはある種の迫力の様なものだと解釈できないだろうか? 威圧感として捕えれば、なかなかのものだと思う。

 服装、地味。いいや、盗賊の様な後ろめたい職業なのだ。地味で十分、豪華で派手な服装は寧ろ盗賊として失格だろう。

 そう考えてみれば、良い線いってるんじゃなかろうか? 現代人としてはアウトだが、この恰好で出歩くのはファンタジーの世界なのだし。


「そうだ物は考えようだ。これは寧ろ盗賊っぽくて良いんじゃないか?」

「…無法者には違いないね」

「心は剣士だが、しかし盗賊の格好として見れば――アリじゃないか!」

「…ソウダネー、盗賊トイウヨリハ"追剥"ダケドネー」

「追剥か、それもいいな!」


 なんだ悪くないじゃないか。むしろ剣士や戦士のように英雄的な空気感がなくて、地味で泥臭い、いかにもダークファンタジーっぽい恰好じゃないか。

 形から入るタイプの人種である自分には、これはむしろ大当たりじゃないか!

 これはいかん、『DARK SIDE ONLINE』の正式サービス開始が待ち遠しくて仕方なくなってきた。インストールは―――しまった、サービスはまだ開始していない。インストールが終了しても意味がないじゃないか!

 そうだ、チュートリアル! チュートリアルならば…!


「可能か!」

「無理」

「なんだとぅッ!?」

「君の家のサーバースペックじゃ無理かな。おとなしく待ってなよ、じゃぁ疲れたから帰るね」


 なんだか今日は疲れた、等とほざきやがる友人は一瞬後には姿を消していた。あの野郎、散々人を炊き付けて置きながら帰宅しやがった!

 信じられん奴だ。追うか? いや、アイツのプライベートルームのパスを自分は持っていない―――畜生。


 数分が経ち、ようやく気分が落ち着いた。

 キーパネルを操作してアバターの接続を解除する。コートが消えさり、プライベートルーム用の服に戻った。

 ディスプレイを見やれば、アバターメイキングの最終確認画面だった。

 最後にもう一度ステータスを確認し、yesで決定。友人もそうだったが、自分も疲れた気がする。

 設定が保存され、メイキングソフトも自動終了した。タイミング良くインストールも終わった。

 そそくさと口頭入力で『DooR』の電源を切ろうとした瞬間に、小気味良いシステム音が響いてシステムウィンドウが開いた。


 どうやら新規称号を入手したらしい。

 『孤高の盗賊剣士』

  詳細:剣士セットと孤高セットを選んだ貴方に贈る称号。

 『恥ずかしがり屋さん』

  詳細:顔の半分以上を隠した貴方に贈る称号。

 『暗殺者の卵』

  詳細:特殊な職業の素質がある貴方に贈る称号。


 ―――誰が恥ずかしがり屋だ。Yesアイコン連打でウィンドウを閉じる。

 再度設定が保存され、程なくして小気味良いシステム音が響いた。




 アバター設定の全工程の終了を確認しました。


 アカウントを作成中……作成完了、IDを登録しました。 


 サービス開始まであと三日です、お疲れ様でした!




『DARK SIDE ONLINE』関連の全アプリケーションが終了し、再度口頭でコマンドを入力。

 カウントダウンが開始され、アバターに唐突な浮遊感が発生する。五感が徐々に喪失していき、そして戻っていく。現実の自分は、数秒後に目覚めるのだろう。

 VRゲームの経験がない自分が、とうとうVRゲームデヴューすることになってしまった。落ち着いた今となっては少々の不安が湧き上がるが――――まぁ、いいか。


「寝よ」


 その言葉が響く前に、世界は消失した。




 仮想空間ではない現実日本の何処かで、二十歳目前の青年が床に就いた。

 これは『DARK SIDE ONLINE』の正式サービス開始三日前の出来事である。

 こんな部屋に住んでみたいものです。軍事目的とかなんかじゃなくて、こんな小さな夢をかなえてくれる場所としてVR技術が完成することを願っております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ