表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

第二話三章 新たなる敵

第三章

                 新たなる敵


 朝七時半。今日も、テニス部の朝練が始まった。俺達を前にメニューを説明しているのは、部長の紀藤だ。四角いフレームが特徴的なメガネを光らせ、俺達に淡々と内容を説明する。

「んじゃ、今日の朝練は以上のシフトでよろしく。」

 紀藤のその言葉を皮切りに、俺達はそれぞれの練習場所に散って行った。俺の最初のメニューは、コート内でのラリー。相手は一義。智と伊吹と恭一はランニング組へ、杉山は筋トレ組へと向かった。竜堂は、水を汲みに給水場へ向かった。

「よろしく、藤越君。」

 一義は俺にボールを手渡しながら、少し疲れたような笑顔でそう言った。

「ちゃんと寝てる?」

「いや・・・少し寝不足かな・・・」

 そう言って、一義は疲れた笑みを浮かべる。大方、時代のことが気になって眠れないんだろう。昨日のこともあるし・・・家帰って、速攻で寝た俺って、あんまり時代を心配してない?

 そんなことを考えながら、俺は一義とのラリーを始めたんだけど・・・いつもと球の質が違うことを、俺は直感的に感じ取った。一義の表情も、動きも、インパクト音もいつもと変わらないのに・・・俺のラケットにインパクトした時の感触が、なんだかいつもと違うように感じた。


「みんな、お疲れ様。お茶入ってるよ。」

 朝練終わり。竜堂のそんな声が、部室となっているプレハブ小屋の前で聞こえる。竜堂は笑顔で、色とりどりのコップを渡していく。基本的に、誰のがどれというわけでもないけど、なんとなくそれぞれに気に入った色があり、それを使いたくなる。俺なんかはその傾向が強い方で、毎回赤色のコップで茶を飲んでいる。そんな、朝練終わりの緩い空気が流れる中で、

「あ・・・」

 俺は、自転車で登校してきた平牧の姿を眼にした。プレハブ小屋は駐輪場に隣接しているから、練習終わりは登校してくる生徒が多く目に入る。その中で、俺と視線の高さが大差ない平牧を見つけ、俺は何の気なしに声をかけた。

「おはよ。」

「あ、おはようございます。」

 いつもの笑顔だけど・・・

「寝不足?」

 俺にも一発で分かるくらいの、はっきりとしたクマが見て取れた。

「えぇ、まぁ・・・」

 平牧はそう言うと、小さくあくびをした。

「あんたも、一義と一緒ってわけ?」

「え?」

 平牧は軽く驚くと、一義に視線を移した。そして、その笑顔を見てこう言った。

「無理も、ありませんよ・・・好のことで誰より心労が絶えないのは、きっと朱崎君でしょうから・・・」

 まぁ、それはそうだろうけど・・・

「でも、それはあんただってそうでしょ?」

「当然です。事を大きくしてしまったのは、他ならぬ私なんですから。」

 平牧にしては珍しく、力強くそう言った。ま、なんとなく予想はしていたけど・・・

「ところで、冬菜さんは?あんたの護衛で、どっかそこらの物陰にでもいるの?」

「えぇ、おそらく・・・」

 そう言って、平牧はアハハっと困ったように笑う。

「でも、あんたの護衛なら俺達がいるんだし、盛夏ちゃんに付いてもらった方が良くない?」

「それも、さすがは隠密というか・・・いわゆる、分身で解決しちゃったんです。」

 そう言うと、平牧は苦笑を浮かべた。分身ね・・・ま、いまさらその程度のことで驚くこともなかった。俺もだいぶ順応してきたね。正直、昨日の真の仮説を聞いている時は、やっぱり夢かなと思ってしまったんだけど・・・人間、一晩あれば変われるもんだ。

「ところで、朝練の最中だったんじゃ?」

「あぁ、それはもう終わり。今はマッタリお茶の時間。」

「マッタリしすぎじゃない?」

 いつの間にやってきたのか、歩が横から顔をのぞかせる。

「朝練のないソフト部は、今頃登校ってわけ?」

「でも、起きるのはお兄ちゃんと一緒だもん。お弁当も作ってあげなきゃいけないから、いろいろ大変なんだよ?」

 そう言って、歩は頬を膨らませながら胸を張るという、ちょっと器用なことをやってくれる。

「智が、家事を手伝ったりとかはしないの?」

「お兄ちゃんはぜーんぜん。五弓ちゃんの方がお手伝いしてくれるよ。」

 あぁ、五弓ちゃんはそういうの好きそうだね。そういえば、最近五弓ちゃんに会ってないな。

「五弓ちゃん、元気?」

「うん。相変わらず、泉ちゃんとよく遊んでる。」

 あぁ、恭一の・・・夏休み以来、仲良くなったんだっけ、確か。前に、恭一から聞いた。

「でも、学区違うんじゃない?」

「泉ちゃんが自転車で来るの。あの子、すっごく元気だから。」

 まぁ、泉ちゃんが常ハイテンションなのは知ってるけど・・・

「お、本村。昨日も泉が世話になったみたいで、すまんな。」

 トイレから戻ってきたのか、恭一が話に加わってきた。

「昨日も遊びに?」

「らしい。ホント、五弓ちゃんには感謝してるぜ。」

「いえいえ、どういたしまして。」

「おーい、佐藤に藤越。そろそろ締めるぞ。」

 予鈴が鳴り響いている中、紀藤が俺達を呼んだ。

「んじゃ、また教室で。」

「はい。」

「じゃーね!」

 歩と平牧を見送って、俺と恭一は紀藤の締めの輪に入っていった。


 教室に戻ると、ほとんどの奴がそこにいた。いないのは緑山に義政、そして時代だ。そう、いないのはたった三人。なのに、教室内は静かだった。まるで、誰もいなくなった夕方の教室のように、静まり返っていた。常にハイテンションの国風や犬飼、近松までもが、今日はつまらなそうな顔で携帯をいじっている。さっきまで笑顔だった歩も、今じゃ静かだ。

 やがて本鈴が鳴り、豊綱先生が教室に入ってくる。

「みんな、おっはよう!」

 空元気が丸見えの笑顔に、無理して出した感満載の大きな挨拶。そんな姿を見れば、みんな逆に俯いてしまうもので・・・

「えーっと・・・義政と安奈がいないのは、好関係って見ていいの?」

「はい。」

 言葉少なに、でも力強く、鳳凰がそう言った。その返答を聞いて、豊綱先生は微笑んだ。

「そう。じゃあ、伊野川先生以外には、病欠って伝えてね。」

 それだけ言うと、豊綱先生は出席簿を置いた。

「その義政と安奈がしてくれていること、どれくらいで結果がでるの?」

「本人達は、一日って言ってた。結果が出次第、俺に報告来るよ。」

 智がそう言うと、結果が出たらすぐ伝えるようにと、豊綱先生は念を押した。また、そのことは伊野川先生にも伝えておくと言って、豊綱先生は教室を出た。さて、一時間目は数学か・・・

 今日は誰も寝ないだろうけど、どのみち、授業の内容は耳に入ることはないだろうなと、俺は教科書を広げながら、そう感じた。


 そんなこんなで昼休み。この日は、誰も教室から出ようとしなかった。普段は購買の七条や、食堂の近松とかも残っている。

「お兄ちゃん、まだ連絡ない?」

 歩が、かなり不安そうに聞いた。

「ま、一日かかるって言っていたしな・・・早くても、放課後くらいなんだろうぜ。」

「しっかし、落ち着かんな~・・・授業の内容、さっぱり頭に入らへんわ。」

 国風がシュウマイを突っつきながら、そう言った。

「国風はいつでも入ってないんじゃない?よく寝てるし。」

「・・・言うてくれるやないの、衆。そう言うアンタかて、ろくすっぽ聞いてへんのちゃう?」

「当ったり前。聞いてるわけないじゃん。」

「開き直るなよ。」

 智が呆れたようにそう言った時、智の携帯がバイブした。途端、誰もが押し黙る。智が携帯を開き、耳に当てた。どうやら電話らしい。

「俺だ・・・あぁ、了解・・・」

 智が携帯を机に置くと、

『聞こえっか?』

 電話口から、義政の声が聞こえてきた。

「で、報告ってのは?本式とやらは、丸一日掛かるんじゃなかったか?」

『あぁ、でも、ぶっ続けでやったら、安奈の方が参っちまう。で、午前と午後に分けたんだ。午前は、日本全体から時代の霊気を探った。』

「で、結果は?」

 智の問いに、義政は少し笑ってから答えた。

『時代は、この町から出ちゃいねーってことが分かった。』

「え!?ちょ、義政。それマジ?」

『あぁ。時代の霊気を、安奈は確かにこの町から感じ取った。今、まさにこの時も、時代はこの町のどこかにいる。』

「この町のどこ!?」

『それはこれから絞り込むわ。』

 高田が携帯に向かって叫ぶと、声が義政から緑山に変わった。

『好の霊気がこの町にあるって分かったから、次はそこに集中するわ。そうすれば、もっと具体的に絞り込めると思う。』

「だが、時代がこの町にいるなら、何で伊吹の霊力探知には引っかからなかったんだ?」

 守の疑問に、緑山は少し間をおいてから答えた。

『実は、好の霊気を見つけた時、ちょっと半信半疑だったのよ。波長パターンから、好だって確信したんだけど・・・もしかしたら、昨日次山が言っていたように、好は精神制御を施されているかも知れないわね。』

「瞳魔一族のことですか?」

『そ。』

 次山の問いに、緑山は短く答えた。そして、こう続けた。

『人間は、指紋やDNAがそれぞれ違うように、霊気も人それぞれ違っているわ。私や伊吹は、その違いを感じ取れるから、霊力探知が出来る。でも、伊吹のはあくまで才覚のみ。理論が伴っていないのよ。理論が伴わないと、対象と似たような霊気を誤探知してしまったり、対象より大きな霊気によって隠されてしまったりするわけ。好の霊気は、何らかの原因で乱れていたわ。それが原因で、伊吹じゃ感知できなかったのね。もっとも、その乱れの原因が、例の一族の仕業かどうかは、私にも分からない。次山と一緒で、精神制御とかで霊気が乱れるかなんて、試したことないから。』

「だが、時代が普通の状態じゃないことは、確かだってのか?」

『その通りよ、智。とりあえず、もう少し休憩したら、また本式を始めるわ。放課後、また連絡するから、大人しく待ってなさいよ、天海?』

「う、うん・・・」

 緑山に釘を刺された高田は、少し不満そうな、そして不安そうな声で頷いた。

『じゃ、また放課後に。』

 緑山はそう言って、電話を切った。しばらくの間、誰も何も言わなかった。なんとも言えない沈黙が流れている中で、言葉を発したのは守だった。

「そういや、その瞳魔一族のこと、なんか新しく分かったのか?」

「あ、うん・・・」

 守の問いに、竜堂が反射的に答えた。

「昨日、家に帰ってから文献とか読んでみて、詳しいことが分かったの。瞳魔一族は、最初、戦国時代に石田三成が、敵の情報を探る役目を任せていた足軽の一派に過ぎなかった。それに、どうやらこの能力は、突然変異みたいな形で出来たみたい。」

「じゃあ、瞳魔一族が出来たのは、偶然だってのか?」

 竜堂が頷くと、守はなにやら考え込み始めた。

「瞳魔一族は、どうやって自分達の戦力を増強したんだ?」

 守の問いに、今度は正倉が答え始める。

「ま、瞳魔はいわゆるスパイ部隊じゃ。石田が攻めたい領地に忍び込んで、陣の弱点を突き止める。後は、石田がそこを本隊で攻めればいい。その図式の過程で、瞳魔の男が上手いことやりおっただけらしい。父ちゃんが言ってた。」

「ずい分プレイボーイな集団だね、瞳魔ってのは。」

「だな。当然、相手がスパイだなんて女達は気づかねぇ。じゃが、その子どもには確実に瞳魔の血が流れとる。それが覚醒すれば・・・」

「戦力としては充分。戦乱の世は再び混乱する。」

 日高の言葉に、正倉は正解と言って話を続ける。

「元々は、石田の専売特許じゃったはずじゃのに、気づけば色んな武将が同じことをやっとった。豊臣も明智も、もち、徳川も。」

「で、最終的には徳川が残った。」

 恭一の一言に、正倉は軽く頷いた。そしてこう続けた。

「が、徳川は瞳魔を手元に置きたがった。じゃから、かの石田との関ヶ原の合戦でも、瞳魔は誰も殺されずじゃ。徳川の側近はもちろん、御三家も揃って瞳魔の諜報活動があって安泰。かの、徳川政府のできあがりってわけじゃ。」

「なるほど、あの戦乱の世の裏で、一番動き回った集団ってわけだ、瞳魔一族は。でも、なんだって今の存在が定かじゃないわけ?」

 俺の質問に、押川が答え始めた。

「第二次世界大戦の影響だよ。あの時、大半の忍者一族は衰退していたからね。私達なんかは、運良く生き延びた方だよ。瞳魔の足取りも、それ以降から一切不明のまま。」

 なるほど。まぁ、当時じゃそれも仕方ないのかも知れない。

「逆に、生き延びていれば、今回の件に関わった可能性はゼロじゃないと?」

「そうなるね。」

「・・・足利とかはどうだ?今までの話以外に、何か瞳魔についてわかったことは?」

 俺と押川のやり取りを聞いていた守の問いに、足利は首を振った。

「私の家は、もう忍術自体は衰退してるの。私は、たまたま生まれ持った力が強いだけで・・・術自体は、去年死んだお祖父ちゃんに教わっていたけど。」

「じゃあ『水』の足利は、輝美ちゃんが誰かに継承しないと、そこで終わっちゃうの?・・・」

 京波の不安そうな声に、足利は軽く頷いた。

「京並の方は?瞳魔のこと、なんか分かった?」

「私の所は、文献は父の書斎にあって、勝手に読んじゃいけないから・・・それに、父に瞳魔の話をしたら・・・『奴らははるか過去に滅んだ一族。今回の件に、瞳魔は関係ない』って、言い切られちゃって・・・」

「ハハ、おっちゃんらしいな。俺んとこも、あんまし資料が残ってなくてよ。田舎の本家に連絡とって、なんか情報あったら連絡あっから、もう少し待ってくれ。」

「なるほど。つまり、今の瞳魔のことに関しては、まったく分からないってわけだ。」

「あ、確かに。」

 俺の言葉に、歩がハッとして顔を上げる。どうやら、今気づいたらしい。

「でも、今回のことが仮に瞳魔の仕業だったとして、瞳魔はいつ、時代さんに接触したんだろ?」

 福知山の質問に、再び全員が押し黙る。確かに、時代に精神制御を瞳魔一族がかけたのだとすれば、いったいいつ、それをしたのか。

「それはやっぱり、天海との約束が終わった後じゃない?」

 近松が、さも当然そうにそう言った。

「天海ってさ、確か日曜日の夕方まで、好と一緒にいたのよね?」

「うん、そうだよ。確か・・・五時だったと思うんだけど・・・」

「で、一義の家に帰ってきたのが九時ごろ。」

「そう・・・だね・・・」

「その空白は、だいたい四時間ほど。その間の、好のアリバイを証明する人間はいない。瞳魔が好にしかけるんだとすれば、その時間帯ってこと。」

 近松は、そう言って不思議そうな顔をした。まるで、気づいていなかったのとでも言いたげな顔だ。

「でも、仮にそうだったとして、目的は?やっぱり、データの入ったマイクロチップ?」

 福知山のさらなる疑問に、なんとなく全員の視線が平牧に集まった。平牧は俺達をあたふたと見渡し、困った目で最後に俺を見てきた。

「とりあえず、中身を確認してみる?」

 俺がそう言うと、平牧は慌ててお守りを取り出した。でも、その中からデータを取り出そうとしない。

「どうしたの?」

 歩が平牧の顔をのぞきこむと、平牧は東山を見ながらこう言った。

「あのデータ・・・弥生に渡したままじゃ?」

 平牧のその一言に、誰しもが東山を見る。すると東山は、

「あら、言ってなかったかしら?」

 と、平然と言ってのけた。

「なんだって、東山があのチップを?」

「ワクチンを作るためよ。」

「ワクチン?」

 智が聞き返す。東山は、自分の机に腰掛けて、説明を始めた。

「陽が持っていたチップは、いわゆるコンピュータウィルス。インストールすると、自動的にパソコンのデータをふっ飛ばすように作られていたわ。効果自体は一回こっきりの物だけど、破壊力は抜群。しかも、ネット上で話題になっている、そんじょそこらのウィルスとは、プログラムの基礎が異なっていた。そのせいで、ちょっと解析にてこずったわ・・・」

「過去形ってことは、解析は終了したんだな?」

 守がそう言うと、東山は、

「当然。」

 と、不敵な笑みを浮かべながら短く言った。

「そのワクチンを入れたソフトを投入してみると、陽のパソコンは復活したわ。しかも、ウィルスの特性まで解明してくれた。」

「ウィルスの特性?」

 今に始まったことじゃないけど、東山といい守といい、どうも勿体ぶった言い方をする。

「さっき、私は、ウィルスがデータをふっ飛ばしたって言ったわよね?」

「うん、そう言うとった。」

 高村が肯定すると、東山は自嘲気味な笑みを浮かべて、こう続けた。

「それが、大きな計算違いだったのよ。そのウィルス、データをふっ飛ばすんじゃなくて、取り込んでいたのよ。」

「取り込んでいた?さっきの表現とどう違うわけ?」

「ふっ飛ばすってことは、破壊するってこと。こうなると、ウィルスを取り除いたとしても、修繕は不可能。ところが、今回のウィルスは、ワクチンを投入すればデータが復活した。気になって調べなおしてみれば・・・どうだったと思う?」

「分かるかよ、そんなもん。」

「もったいつけないで教えてよ~。」

 晴一は頭をゴリゴリかき、歩は東山を揺らしながら急かした。

「そのウィルスは、データを破壊するのではなく、ウィルスの中にデータを丸ごと取り込んでいたのよ。つまり、データは破壊されたわけじゃなかったってこと。だから、今回はデータをまるっと救出できた。おそらく、そのウィルスはデータを破壊したように見せかけて取り込み、そのまま開発者の所に回線を通じてデータを送るように出来ていたのね。でも、有線形式にしたのが失敗。陽のデータは、外部に一切漏れてないから、安心しなさい。」

「うん・・・ありがとう、弥生。」

 平牧は笑顔だ。が、俺は正直わけが分かっていない。

「つまり、どういうこと?」

「つまり、平牧のことは、少なくともそのプログラムを仕掛けた奴には漏れてないってことだ。」

 守はそう言うと、こう続けた。

「となると、時代が平牧の家を後にしたのも説明がつくな。敵の狙いはおそらくデータ。が、平牧の手元にそれがないと分かり、時代ごと手を引いたってとこだろ。おまけに、そのデータがそっちにあるっていうのは、どうやら当人しか知らないみたいだからな。」

「えぇ。念のため、あまり言わないようにしていたの。でも、智には報告ぐらいって思っていたんだけど・・・忘れていたみたいね。」

「今度からは、気をつけてくれよ。」

 智の苦笑に、東山は微笑みで返した。

「とりあえず、これまでに得た情報、豊綱先生に報告しといた方がいいな。」

「それなら、俺が行くよ。」

「私も。」

 智の提案に名乗りを上げたのは、守と有地の双子だった。

「すぐ戻る。」

「それでは。」

 有地が守に寄り添うように教室を出て行くと、

「最近仲いいね、あの二人。」

 押川がそんなことを言った。

「あいつらの仲良しぶりは、今に始まったことじゃないんじゃない?」

「確かに、前から仲良かったけど、最近は特にだよ。あれ?私の思い過ごしかな?」

「いや、そうでもないと思う。」

 押川の意見を肯定したのは、有地と同じソフト部の佐藤だった。

「なんか心当たりでも?」

「クラブの休憩時間に、よく胡桃と話すんだけど、最近は有地君関連の話題が多いのよ。一学期までは、そうでもなかったんだけどね。」

「一学期までは?夏休みから増えだしたってわけ?」

「うん。確か・・・みんなで姫の別荘に行ってからくらい・・・かな?」

「逆に、守の方はそうでもないがな。」

 そう言ったのは、守と同じバスケ部の徳蔵来人(とくぐらくるひと)だ。身長は入沢をも超える巨漢で、その割には動きが素早い。塩桐生バスケ部の秘密兵器、とまで称されているらしい。

「あまり、あいつは家のことを話したがらないからな。何か事情があるんだと思って、あまり深くは聞かないようにしている。」

「ま、守は恭一と違って、あんまりシスコンな感じはないしね。」

「聞き捨てならんな。」

 恭一の反論は聞き流すとして・・・

「今の二人の話を聞く限り、有地のブラコン具合が上がった感じ?」

「・・・ううん。多分、そんな簡単な話じゃない。」

 なにやら真剣な口調でそう言ったのは、歩だった。あまり、この表情の時の歩はロクなこと言わないんだけど、とりあえず聞いておこう。

「じゃあ、歩はなんだって言うわけ?」

「きっと、胡桃ちゃんは守君を好きになったんだよ。」

 歩がそう言った瞬間、クラスの空気は固まった。

「あれ?なんか私、変なこと言った?」

「多分な。」

 恭一は短くそう言うと、軽くため息をついた。

「歩さん。歩さんがそう思われる理由、宜しければ、お聞かせくださいませんか?」

 鳳凰に笑顔で促され、歩は理由を話し始めた。

「私も、胡桃ちゃんとはよく話すんだけど、最近、守君の話が多いなって思ってたんだ。それともう一つ、変わったところがあったんだ。」

「もう一つ?」

「胡桃ちゃんの表情。守君の話をしている時の胡桃ちゃんの顔が、姫ちゃんの別荘に行った前と後で、違っていたの。」

 自信満々に言い切る歩。目はいたってマジだ。

「そうなの、佐藤?」

「ううん・・・それは分からなかった。一葉は?」

「ウチも。歩には、なんでそれが分かったん?」

 国風の問いに、歩はまたも自信あり気な表情で答えた。

「双子のお兄ちゃんに恋をした・・・同じ境遇の私だから、多分、気づけたんだと思う。」

「なんともまぁ、曖昧な理由だね。歩らしいけど。」

 自信にあふれていた割には、なんとも曖昧な答えに、俺はそう言って苦笑するしかなかった。

「でも、仮にそうだとして、有地君はそれに気づくかしら?」

 東山の問いに、国風が呆れたように答えた。

「そら無理やろ。あいつも言わな分からん男やで、なにかと。」

「そう?あんだけ洞察力のある守なら、気づきそうなもんじゃない?」

「洞察力と恋愛って、けっこう相反するんだよ。周りのことがよく気づく人に限って、恋愛ごとだけは疎かったりするし。」

 そう言って、押川は軽くため息をつく。

「まるで経験者みたいな口ぶりだね、押川。そんな男に、他に心当たりが?」

「え!?いや、そういうわけじゃ・・・」

 珍しく、押川が口ごもった。こりゃ、そう思われてる男子は、けっこういると見て間違いなさそうだ。

「戻ったぜ。」

「豊綱先生、それに伊野川先生にもご報告しておきましたわ。」

「サンキュ、お二人さん。さて、それじゃ次の報告が来るまで、ノンビリ待つとしますか。」

 そう言うと、智は携帯を閉じて、机に突っ伏した。それを見て、あぁ次は英語だっけと、俺はなんとなく現実に引き戻されたように、そんな風に感じた。


 五時間目、六時間目、HRと過ぎたけど、義政達からの報告はない。俺達はHR後、そのままそれぞれのクラブへと向かった。

「んじゃ、携帯任せるぜ、竜堂。」

「うん、智君。」

 練習中は、さすがに携帯をいじくるわけにいかない。智は練習の間、携帯番を竜堂に任せたみたいだ。時代がいないことは、俺達テニス部としても承知の上。他のメンバーも、一義に気をつかってか、あまりその話題に触れようとしない。もっとも、一義の前ではだ。

「藤越。今日、時代さんは結局、学校に来ているのか?」

 ランニングの最中、紀藤が俺の横に並んでそう聞いてきた。

「あまり、俺達が口を出すべきことじゃないかも知れないけど・・・でも、放っておけない。」

「部長として?」

「同じクラブの仲間として、友達としてだ。」

 熱いね、紀藤。ま、それでこそ俺達の部長ってもんだけど。

「時代は来てない。足取りさえ掴めない状況でね・・・ま、時間の問題だろうけど。」

「そうか・・・捜さなくていいのか?」

「そりゃ、そうしたいのは山々だけどね。実際、一昨日はそうさせてもらったし。でも、それが一義にとっていいことかどうか・・・」

「なるほどな・・・」

 紀藤はそう言うと、何か考え込むような目をしながら、黙々とペースを上げていった。

 それからしばらく後。一通りのメニューが終わり、紀藤が毎日考えてくる、日替わりメニューの時間になった。

「さて、恒例の日替わりメニュー発表の時間だが、その前に聞いてもらいたいことがある。」

 紀藤は俺達を前にして、そんな前置きをした。なんか、重大発表でもあるんだろうか?

「実は昨日、クラブ終わりに校長先生から呼び出されてな。ちょいと話をした。」

「呼び出された?なんかしでかしたのか?」

 怪訝な表情で紀藤を見たのは、副部長の杏高登(あんずたかと)だった。智が副部長に推薦した奴で、俺も小学生の頃から知っている。

「マジかよ~。勘弁してくれよ、紀藤~。」

 そう言いつつも楽しそうなのは、古本善一(ふるもとぜんいち)だ。紀藤と同じくメガネが特徴。こっちは縁なしだけど。男子テニス部一、ノリが軽い。

「安心しろ。そんなんじゃない。そして、ふざけられる話でもない。」

 そう言った途端、紀藤の目は一気に真剣になった。俺達の間にも、ピリッとした空気が伝わる。

「三週間後に迫った文化祭。その二日目、午後一時より、俺達の試合が始まる。」

「試合?文化祭の最中に?」

「あぁ、いわゆる親善試合だ。対戦相手は、隣町の松栄(しょうえい)高校だ。」

「松栄だと!?県内五本の指に入る強豪じゃねーか!?」

 学校名を聞いて、途端に慌てだす恭一。

「そんなに強いの?」

「ま、有名ではあるな。が、安心しろ佐藤。その五本の指には、俺達も入っているはずだ。」

 慌てる恭一に、紀藤は自信あり気にそう言った。

「俺達って、そんなに強いの?」

「周りから聞く限り、そうっぽいぜ。」

 智が、俺の耳元でそう言った。どんな噂が立ってんだろ、俺達。

「ま、親善試合とはいえ、今の体制になってからは初めての大きな試合だ。ルールは簡単。ダブルス二つに、シングルス三つの団体戦。それぞれの試合は、六ゲーム先取のワンセットマッチ。三勝すれば勝ちだが、親善試合のため、最後のシングルスまでやるそうだ。」

 なるほど。シンプルだね。

「三勝すれば勝ちとはいえ、俺達のホーム、しかも文化祭の恒例企画だ。俺は部長として、あくまで五戦全勝を目指すべきだと思う。」

「当然だ。やるからには、全力で相手を潰しにいく。」

 部内一の筋肉バカ、滝上護良(たきがみもりよし)が腕に力を込める。にしても、

「なんだって、そんな強豪を対戦相手に指名したわけ?」

「いや、こっちが指名したわけじゃない。」

 え?でも、普通は・・・

「こっちが申し込まなきゃ、そんな日に試合になることなんて・・・」

 伊吹の疑問に、紀藤は軽く間を置いてから答えた。

「・・・向こうから、わざわざその日時を指定してきたらしい。理由は分からないが。」

「ううん・・・おおよその見当は付くよ・・・」

 理由が分からない。そう言ってため息をついた紀藤を見ながら、竜堂はそう言った。

「聞かせてもらおうじゃん、その心当たり。」

「多分、私と智君が原因だと思う・・・」

「え?俺と竜堂?」

 智は急に指名されて、目を丸くした。もっとも、

「どういうこと?」

 智だけじゃなく、俺達も、竜堂の言葉に目を丸くしていた。

「実は、松栄の男テニの部長さんは、私が中学の時の先輩なの。正田さんって言って、その頃からやたら私に絡んでくる人だった・・・正田さんが中学を卒業してからも、なにかと・・・」

 なるほど。卒業してからもとは、けっこうウザったい奴だね。

「でも、なんでそこに智が絡んでくるんだ?智は面識あるのか?」

 杉山の問いに、智は首を振って答えた。

「智になくても、向こうにはあるってこと?」

「うん・・・申し込んできたのが昨日だってことを考えると・・・おそらく一昨日、好ちゃんを捜しているとこを、見られたんだと思う。」

「あれ?智は杉内と、竜堂は押川と捜しに行かなかったっけ?」

「途中、ちょっとだけ一緒になってな。そういや、あれは松栄への近道らへん、だったか?」

 なるほど。杉内か押川あたりが、道にでも迷ったかな?それはともかく・・・

「まさかその正田って人、それで智と竜堂が付き合ってるって勘違いでもしたわけ?その腹いせに、俺達に試合を?」

「あの人なら、やりかねないって思って・・・」

「ずい分、はた迷惑な奴だね。そんなのに付き合わされる他の部員の気持ち、おそらく無視だろうし。」

「ウチの部長とはえらい違いだな。」

 俺の言葉に賛同して、杉山は苦笑した。

「ま、竜堂の話は可能性の一つに過ぎない。相手がどういう理由で俺達を名指ししたにせよ、俺達は相手を全力で倒すだけだ。それだけは絶対に忘れんなよ!」

『おう!』

 紀藤の一喝に、俺達の図太い声が響く。

「で、だ。その試合に当たって、俺からいくつか提案がある。」

「提案?」

 杏が怪訝な表情をする。

「俺一人の独断で申し訳ないんだが、シングルスワンを智で固定したい。」

「な!?」

 紀藤の提案に、俺達は誰しもが顔を見合わせた。智も目を見開き、紀藤をジッと見ている。

「そしてダブルスワンを、藤越と伊吹のペアで固定したい。」

「ダブルスワンを?」

「僕達に?」

 伊吹は不安そうに、紀藤に聞き返した。まぁ、俺としても意外なんだけど。

「残りのメンバーに関しては、今週の土日で決めることにする。選考方法はおって連絡するとして・・・これからは、打倒松栄に向けた集中メニューを組んでいきたい。その記念すべき門出を担うのは・・・足腰強化のための、校外マラソンだ!」

 一瞬、誰も紀藤のテンションに追いつけず、その場は静寂に包まれた。しばらくしてから反応したのは、杏だった。

「足腰鍛えるためなら、体育館二階のトレーニングルームとかでもよくないか?それをわざわざ外でってことは・・・」

 杏はそこまで言うと、ゆっくりと一義の方を見た。自然と、俺達の視線も一義に集中する。

「え?・・・なに?・・・」

 おそらく時代のことでも考えていたんだろう、一義が俺達の視線に気づくまで少し間があった。でも、気づくと途端にあたふたしだした。

「そうだ。ついでに、時代さんも捜す。」

「き、紀藤君?」

 一義は、紀藤の提案に目を見開いて驚いた。

「ま、最初はお前と時代さんの問題だから、あえて何もしないでおこうかと思ったが・・・やっぱり、友達としては見過ごせない。」

「それでこそ、紀藤だな。」

 滝上がウンウンと頷いている。ま、さっきのランニングの時から、なんとなく予感はしていたけど。

「でも、手がかりはほとんど何も・・・それに、どんな危険なことが待っているか・・・」

「危険は重々承知しているし、手がかりだってゼロじゃない。そうだろ、竜堂さん?」

 紀藤がそう言うと、竜堂は少し俯いた。その様子を見て、智が聞いた。

「まさか、義政達から連絡が?」

「う、うん・・・智君達、練習中だったから、私が聞いたの。それを、紀藤君が聞いていたみたいで・・・」

「盗み聞きとは感心しないね。」

 俺がそう言うと、紀藤は苦笑した。ま、気持ちは分かるけど。

「それで、義政はなんて?」

「う、うん・・・好ちゃん、この町の南西にいるみたいなの・・・」

「南西?どっから見て?」

「駅から見て、って言ってたよ・・・」

「駅から見て南西ってことは・・・どこ?」

 頭の中で地図を思い浮かべてみるけど、すぐには出てこない。

「確か・・・工場とか多い方じゃないかな?」

 伊吹の方が一足早く、情報を口にする。

「工場?一学期に、泉ちゃん達が一騒動起こしてくれた、あのあたり?」

「うん、そうだよ。」

「あのあたりは、この町じゃ治安の悪い方だな。時代さん、なんだってそんな所に?」

 首を傾げる杏をよそに、俺達E組だけは顔を見合わせてなんとなく理解していた。あそこらにある工場や倉庫は、全部が全部稼動しているわけじゃない。中には、何年も前から空いている倉庫もある。おそらく、敵はその内のどれかを根城にしている。そこに、時代もいる。

「とにかく、ある程度の居場所ははっきりしているし、杏の言ったとおり、女性が一人で彷徨うには危険な場所だ。朱崎。お前は最愛の彼女を、そんな所に一人でいさせるつもりか?」

 紀藤の問いに、一義は拳を硬く握って、一言一言搾り出すようにこう言った。

「助けに・・・行きたい・・・好と、また話をしたい・・・」

「・・・それでこそ、一義だ。」

 智がそう言って、一義の肩にポンと手を置く。そして、

「んじゃ、町の南西部目指して校外マラソン!集合は午後五時!時代さんを見つけたら、真っ先に朱崎に報告しろ!以上、スタート!」

 主目的が時代の捜索である、校外マラソンが始まった。


『E組の皆さん、聞こえますか?』

 時代の捜索を始めてから数分後。いつもの次山のテレパシーが聞こえてきた。

『先ほど、竜堂さんから報告が入りました。緑山さんと小野君が、時代さんの位置をほぼ特定。時代さんは、町の南西部、工場地帯にいる可能性が高いそうです。すでに、藤越君達と共に男子テニス部の皆さんが先行してくれています。』

『え、男テニ全員で?』

 歩の驚いた声が聞こえた。

『ま、ウチの部長が仲間思いなもんでね。』

『紀藤さんらしいですわね。』

 そう言って、鳳凰がクスクスと笑う。

『あれ?鳳凰は紀藤を知っているわけ?』

『えぇ、中学の頃から。それよりも、位置の特定が出来ている以上、我々も出た方がよろしいでしょう。直ちに、そちらへ合流します。』

『おそらく、文科系クラブの合流は早いでしょうね。私ら運動部組も、なるべく急ぐわ。』

 近松の言うとおり、文科系の方が早いだろう。でも、人数的にも戦力的にも遜色はないはず。

『で、そこへ俺達が向かうのはいいとして、どうやって時代を見つければいいんだ?』

『あいにく、こっちも正確な位置までは掴めてないの。そこから、好の強い反応を感じただけ。後は、人海戦術で捜索するしかないわ。』

 守の問いに対して緑山が出した答えは、あまりにも抽象的だった。

『見つけたらどうする?』

『好を助ける!』

 晴一の疑問に、突然一義が声を荒げた。

『どうやら、決意は固まったみたいだね?』

『あぁ・・・紀藤君達も協力してくれているんだ・・・絶対に助け出さなきゃ!』

『うし、いつもの一義に戻ったな。』

 智のその声は、どことなく嬉しそうだった。

『とりあえず、智達は他のテニス部を頼むわよ。敵が瞳魔一族であろうとなかろうと、私達以外が危険に巻き込まれることは、避けないといけないんだから。』

『あぁ、言われるまでもない。』

 智のその言葉を最後に、いったんテレパシーは途切れた。それとほぼ同時に、俺達男子テニス部は、時代がいるであろう工場地帯に到着した。

「さて、どうやって捜したものか・・・」

 町の入り口とも言える大きな橋を渡りきった所で、紀藤はそう言って悩み始めた。

「にしても、小野と緑山はどうやってここを探し当てたんだ?」

 杏が怪訝な面持ちで、町を見渡しながらそう言った。

「蛍さんだよ。」

 恭一が、なにやら明後日の方向の人物の名前を出した。

「義政の姉ちゃんの蛍さんが、県警で刑事やってんのは知ってるだろ?蛍さんが県警の交通課に頼んで、このあたりを少し重点的にパトロールしてくれて、時代らしき人物を見たってわけさ。」

「なら、そのまま警察が保護すりゃいいじゃねーか。」

 古本のツッコミに、一瞬ビクッとする恭一。そこにフォローを入れたのは、杉山だった。

「んなことしたら、警察から時代の親御さんに連絡が行くだろ?そうすっと、時代と一義の同棲もばれちまう。二人を仲直りさせることが目的なのに、親が出てきたらややこしいだろ?」

「あぁ、なるほどな。」

 杉山の説明に、古本は大きく頷いて納得した。

「ナイスフォロー、杉山。」

「なーに。予め、打ち合わせ済みだよ。」

 そう言って、杉山は少しドヤ顔を見せる。

「時代がこのあたりで見かけられたことを、なんで義政が知っているのか。誰かが不思議に思って当然だ。その答えを提示するのは、恭一の役目。俺は、その恭一の答えに誰かが反論、あるいは疑問を提示した時、フォローすんのが役目ってわけ。」

 なるほど、さっきのフォローも、予想の範囲内ってわけだ。

「にしても、そんな打ち合わせ、いつしたわけ?」

「そこらへんは、ちょいちょいっとな。だてにこの半年、恭一とダブルスやっちゃいないぜ?」

 なるほどね。意外と頭が回るんだね、杉山って。ま、それはいいとして・・・

「こっからは、何人かに分かれて捜した方がいいんじゃない?」

 ここ一帯の広さは、あの泉ちゃん事件のおかげで分かっている。固まって行動するよりは、いくつかに分かれた方が効率がいい。

「そうだな。んじゃ~・・・クラスで分けるか。AとBとCはこの道を左だ。DとEとFはまっすぐ頼む。GHIJは右を頼む。その先で道が分かれているようなら、また別れてくれ。五時になったら、ここに集合だ。んじゃ、よろしく!」

 こうして、時代捜しが始まった。


「おーい、時代さーん!」

「時代ー、どこだー?」

 紀藤に言われたとおり、橋からまっすぐ伸びる道を中心に捜索を始めた俺達。途中の十字路でD組の奴とF組の奴と三方に別れ、今はE組の俺達一塊で行動している。

「ったく、どこに行きやがった?」

 恭一が額の汗を拭うと、周りを見渡しながらそう呟いた。

「まぁ、町の南西側と言っても広いからね。ひょっとしたら、他のみんなが捜している場所の方が近いかも。」

 伊吹も肩で息をしながら、そんな言葉を口にする。

「・・・まったく、やる前からそんな弱気でどうするのよ?」

 俺達の前の方から声がした。そこにいたのは、自転車に跨る東山と錦だった。

「二人だけ?」

「無論、皆様も一緒ですわ。あなた方と同じく、方々に散って捜索しているだけです。」

 なるほどね。それにしても、立った二人の援軍のはずなのに、なぜか心強さを感じるね。

「とりあえず、現状はこんな感じ。緑山が範囲を絞ってくれたとはいえ、この辺りはご覧のとおり、広くてさ。俺達男テニだけじゃ、もうお手上げって感じ。」

「だから、こうして急いできたんじゃない。そもそも、テニス部の方が助っ人みたいなもんなんだから。」

 東山の言葉に、俺は肩で息をしながら苦笑を浮かべるしかなかった。

「それじゃ、私達は向こう側へ行ってみるから。」

「好さんをお見かけしたら、すぐに連絡いたしますわ。」

 そう言い残して、二人は行ってしまった。とりあえず、E組も少しずつ、合流し始めているみたいだね。

「うし、何とか紀藤達より先に見つけ出そう。あいつらが見つけたら見つけたで、面倒なことになりそうだしな。」

 そう言って、智はまた走り出した。俺達も後に続き、必死に時代の名前を呼び続けた。途中で会った紀藤や次山達と情報交換をしながら、必死で時代の姿を捜した。

 だけど・・・紀藤が決めたタイムリミットである夕方五時までに、時代を見つけることはできなかった。俺達E組と男子テニス部は、町の入り口である橋に集合した。

「すまん、朱崎。力に、なれなくて・・・」

 誰の表情にも、悔しさと疲労の色が見える。その中で、紀藤はガックリと頭を下げて一義に謝罪した。

「そんな、謝らないでよ、紀藤君。みんなも、顔を上げて。僕達が捜していたことは、きっと好にも伝わったはずだよ。それで見つからなかったんだから、しょうがないさ。」

 一義は精一杯の笑顔を作って、紀藤達にそう声をかけた。にしても、マジに時代はどこへ行ったんだか・・・と、俺がなんとなく橋の反対側を見た時だった。

「時代・・・?」

 俺が小さく呟いたその言葉に、周りの誰もが反応した。俺達がいた橋の反対側から、時代がゆっくりと歩いてくる。その姿は、紛れもなく時代だった。

 でも、誰も時代に近付こうとはしなかった。なぜなら、時代が俺達を見ているその目は、いつもと違う、どこか正気を失ったような目をしていて、しっかりと弓を携えていたからだ。

「おい・・・時代さん、いつもと雰囲気違くないか?」

「一義。とりあえず、一発謝っとけ。」

 そう言いつつも、ゆっくりと後ずさる紀藤と古本。いや、その二人だけじゃなく、俺達全員、時代のただならない雰囲気に、少し腰が引けていた。その中で、一歩前に出たのは高田だった。

「好ちゃん、ずっと捜してたんだよ?今までどこに?」

「・・・・・・」

 高田の問いかけに対し、時代は無言で足を止めた。そして一呼吸置いてから、

『キリリリ・・・』

 携えていた弓矢を、何も言わずにこちらに向けた。

「ちょ、ちょっと好ちゃん!?」

「悪いんだけど、用があるのはあんたじゃないんだよ。」

 慌てだした高田の声をさえぎるように、時代の方から声がした。ツンツン頭に細長の目、背丈は一義ほどのその声の主は、時代の後ろからゆっくりと姿を現し、俺達にこう言った。

「初めまして、愚かで忌々しいE組の皆さん。俺の名前は紅月(こうげつ)。瞳魔一族の若頭さ。」

「瞳魔一族の、若頭・・・紅月・・・?」

 時代の後ろから姿を見せた男は、少し充血した目を細めて、俺達を嘲笑うかのように自己紹介した。

「あらあら、これは意外な展開ね。まさか、術者本人が姿を現してくれるなんて。」

 東山が、やや面食らったようにそう言った。

「俺としても、あんたらの前に姿を出すつもりはなかったんだけどさ~・・・待てども待てども来ないもんだから、仕方なくこっちから出向いてきたってわけ。その方が、手っ取り早く用件も済むんでね。」

「その用件っていうのは、平牧が持っているデータのこと?」

「正解。」

 紅月はそう言うと、時代の肩に手を置いて話を続けた。

「こいつ使って、その女の家の中をしらみつぶしに探したんだけど、見つからなくてよ。まさか、そっちの金髪が持っていたとは思わなかったぜ。」

「お生憎様、だったわね。悪いけど、あんたみたいな奴にあれを渡す気は、これっぽっちもないから。」

「ま、普通に言って聞くようだったら、こっちも苦労しないんでね。でも、これならどうだ?」

 紅月がそう言って肩から手を離すと、時代は弓の構えを解き、そのまま、持っていた弓矢の先端を自分の喉にかざした。

「好!?」

 一義がさらに一歩前へ出ようとした時、

「動くな!」

 紅月はそう叫んだ。動きを止めた一義は、いつもは決して見せない怒りと憎しみのこもった目で、紅月を睨んだ。

「人質、かいな・・・やることが男らしゅうないんとちゃうか!?」

 一義の代わりに食ってかかったのは、ユニフォーム姿のままの国風だった。

「体裁気にして、世界が狙えるかよ。とにかく、こいつを死なせたくないんならさっさと例のブツを・・・ん?」

 紅月は途中で言葉を止めて、俺達の方をジッと見始めた。いや、正確には・・・一義の方を見ているみたいだ。

「なぁ、そこのあんた・・・ひょっとして、朱崎一義か?」

「あぁ、そうだ。」

「そうか、あんたが。こいつの携帯見た時、やったらあんたと撮った写真があったからよ。」

 まぁ、あって当然だろうね。

「そうかそうか・・・アンタがこいつの彼氏か。」

「だったらなんだって言うんだ!?」

 声を荒げた一義に対して、紅月はほくそえみながらこう言った。

「もうちょっと、前へ出ろよ。ちょいと気が変わったぜ。」

 一義は険しい表情のまま、一歩、また一歩と二人に近付く。俺達はどうしていいか分からず、ただ事の成り行きを見るしかなかった。

「おっと、そこで止まりな。」

 一義と紅月との距離は、僅か五メートルほどになっていた。ここからは、一義の後頭部しか見えないけど、一義が険しい表情なのは容易に想像できた。そして一瞬の沈黙の後、

『キリリリ・・・』

 時代は再び弓を構え、その方向はまっすぐに一義に伸びていた。

『!』

 俺達の間に、声にならない緊張が走る。

「どうよ?恋人に弓を向けられる気分は。」

「・・・・」

 一義は何も答えない。紅月は再び喋り始めた。

「俺達瞳魔の幻術ってのは、いくつか種類があってな。この女は今、自分の力じゃ自分をどうすることもできない。俺の意のままって奴だ。が、記憶だけはバッチリ鮮明に残るんだな、これが。」

 体はいうことを聞かないのに、記憶だけはハッキリね。意外とえげつない。

「今から十秒やる。死ぬ前に、彼女に愛の言葉の一つもかけてやりな。ただし、そこから一歩も動くなよ。」

「なるほど。十秒後には、僕は好に撃たれて死ぬってわけか・・・」

「そーゆーこと。んじゃ、今から十秒な。」

「お、おい一義!お前、本気で時代に撃たれるつもりか!?」

 覚悟を決めたような感じだった一義に、智は大声で叫んだ。

「そのつもりだけど?」

 こっちを振り返った一義は、いつもの笑顔でそう言った。

「こいつにあのデータを悪用されるより、僕一人の命で穏便に済むのなら、好も納得してくれるよ。」

「バカ!好ちゃんが、後でどれだけ悲しむと思ってるの!?」

 高田も、一義に食ってかかった。でも一義は、

「大丈夫だよ、好なら。」

 そう言って、時代の方に向き直った。

「んじゃ、カウントダウン開始な。」

 紅月はそう言うと、嘲笑を浮かべながらカウントダウンしていく。一義の表情は見えないけど、声はハッキリと聞こえてきた。

「好、最期まで迷惑かけてゴメンね。僕という肉体は滅ぶかも知れないけど、魂はいつでも君の傍にいる・・・つもりでいる。もしいなかったら、義政にでも頼んでみて。すぐ、天国から飛んでくるよ。これだけは忘れないで。僕は・・・君が大好きだよ・・・」

「ゼロ!はい、おしまい!さぁ、彼女に撃たれて死にな!」

「好ちゃ~ん!やめて~!」

 高田の叫びと、

「やっちまえ!」

 紅月の命令はほぼ同時だった・・・んだけど・・・

「あれ?・・・」

 時代が構えている弓は、なぜか一義に向かって射られることはなかった。辺りが、困惑と緊張で静まり返る中、慌てだしたのは紅月だった。

「おい、どうした!?さっさと撃てよ!」

 時代に向かって、とにかく撃てと吠えまくる紅月。でも、時代は微動だにしない。それどころか時代は、

「ねぇ、見て。好ちゃん、泣いてる・・・」

 歩が言ったとおり、時代の目からは大粒の涙があふれ出し、夕日に照らされていた。

「まさか、時代が意識を取り戻した?」

「それはないと思う・・・だって、瞳魔の眼力から自力では逃れられないって、文献に・・・」

 困惑している竜堂。いや、その場にいた誰もが、事態を把握しきれていないのか動けない。

「おい!?撃てっつってんだろ、女!」

 紅月だけが、あいも変わらず叫んでいる。

「よく分かんないけど、今ってチャンス?」

「確かに、チャンスよね・・・」

 俺の独り言が聞こえたのか、足利がそう言って川の方を見た。なによそ見してんのって、俺がつっこもうとした時だった。

「一義!好をストリングでがっちり掴まえときなさい!」

 足利が突然、大声でそう叫んだ。一義が慌てて、前に俺に見せてくれた糸で時代を自分の方に引き寄せたと同時に、

「水忍法!龍水双撃!」

 橋の左右から、まるで龍のような水の塊が、紅月めがけて突っ込んでいった。

『ドゴーン!ズザザァァァァァァァ・・・』

 激しい地鳴りと水しぶきで、まるで津波のような衝撃が体を襲う。大量の水しぶきの狭間から、小さな虹が見えた。

「やったかな?」

 足利はそう言って、水しぶきの先を見ている。その間に、一義と時代は俺達の方に戻ってきていた。

「好ちゃん!?」

 高田が駆け寄る。が、時代は高田の呼びかけに反応しない。

「好、気を失っているみたいなんだ。今は、そっとしといてあげてよ。」

「そのためには、あいつをどうにかしないとな。」

 そう言って、晴一は拳をポキポキ鳴らし始めた。水しぶきが収まった向こう側には、やったらと目つきの鋭い紅月が立って・・・いなかった。そこには、紅月ではない別の誰かが立っていて、紅月はその後ろで座り込んでいた。

「龍水双撃・・・久々に見たわね。威力も中々・・・その若さにしては、大したものだわ。」

 そこにいたのは、やたらと高圧的で厚化粧の女だった。

「あんたも、瞳魔の人間?」

「いかにも。私は桜花(おうか)。瞳魔四賢人の一人。」

 桜花と名乗った女は、少し見下すように俺達を見渡す。にしても、瞳魔四賢人?四天王みたいなもの?だとすれば、かなりの幹部クラスが出てきたね。

「紅月。」

「は、はい?」

 上司の登場に驚いたのか、はたまた足利の術を辛うじて避けたのか、尻もちをついていた紅月を、桜花がキッと睨み付ける。

「私が命じたのは、奴らの戦力調査だったはずよ?事を構えて、ましてや顔見世をしろとは言ってないわよ?」

「も、申し訳ありません、桜花様。し、しかし・・・」

「言い訳は本部で聞きます。この場はひとまず退くわ。」

 桜花は紅月から視線を外すと、俺達に向き直ってこう言った。

「あなた達とは、いずれゆっくり話をしましょ?」

 それだけ言うと、二人の周りから大量の煙が発生し、一気に橋全体を覆ってしまった。

「こいつは、煙玉?」

 森の声が近くでした。でも、姿が見えない。その時、強烈な風が吹きつけ、煙を払ってくれた。俺は反射的に、押川の方を向いた。押川は俺と目が合うと、軽く頷いた。ま、さすがは忍者ってところだろうか。

「さて、これからどうする?智。」

「・・・とりあえず、説明しとく必要があんだろ?時代に異常がないか、見てもらう必要もあるしな。」

 智は諦めたようにそう言うと、紀藤達に駆け寄った。さて、こっからがまた大変だね。


「さて、どっから説明したもんかな・・・」

 ここは鳳凰の部屋。あいも変わらず豪華絢爛な部屋に、俺達E組と、男子テニス部が全員集合していた。さすがに少し狭く感じるけど、普段は鳳凰が一人で使っているんだと考えると、こんなに広い意味はあるんだろうかと思ってしまう。

 で、この場にいないのは、気を失っている時代と手当てに当たっている京波だ。で、この豪華絢爛な部屋の内装に一切目を奪われることなく、まっすぐに俺達を見ている紀藤達に向かって、智がさっきの言葉を呟いて頭を掻いていた。

「どっからって、最初から最後まで、全部説明してほしいんだが?」

 そう言ったのは紀藤だ。古本や滝上なんかも、首を縦に振っている。まぁ、そう思うのも無理はないだろう。ただの人捜しのはずが、いきなりトンデモな事態に急展開したからね。俺だって、何も知らない向こう側の立場だったら、そう聞くだろう。

「最初からってのは、この事件の最初からってことか?」

 恭一の問いに、紀藤は軽く首を振ってからこう言った。

「もちろん、それも知りたい。が、時代さんがいないんじゃ、全部は分からないだろ?まずは、足利さんのあの力だ。あれは、超能力か何かなのか?」

 紀藤の疑問は、まず足利に向かった。まぁ、目に見えて一番異様な光景だったことは間違いない。俺もこの目で見るのが初めてだっただけに、その威力の大きさには少し腰が引けた。

「だとよ。足利、説明頼む。」

 智に促され、足利が一歩前に出る。

「まずは、みんなを巻き込んでしまったこと、謝らせてほしいの。好を捜すのだって、本当なら私達だけでしなくちゃいけなかったのに・・・」

「いや、それはいい。俺達がやるって言いだしたことだからな。それより、足利さんのあの超能力だ。」

「それもそうね・・・」

 足利は一瞬の間を置いてから、話を始めた。

「私のあの力は、超能力とはちょっと違うの。言うなれば、忍術って言う方が正しいかな?」

「忍術?」

 紀藤が目を丸くする。いや、紀藤だけじゃなく、男テニ全員がお互いの顔を見合わせ困惑している。

「私の遠いご先祖は、戦国時代から、この忍術を使っていたの。水の足利一族って言われていたらしくて、今じゃ使えるのは私だけ。術は、おじいちゃんから教えてもらったわ。」

「忍術が使えるってことは、足利さんは忍者ってことでいいのかな?」

 紀藤の問いに、足利は首を縦に振った。

「忍者は、足利だけなのか?」

 滝上の問いに、足利は少しこっちを見ながら答えた。

「他にもいるわ。刹那に直江に蘭花、等や正志なんかも忍者。」

「りゅ、竜堂さんも忍者?」

 今度は杏が前に出た。まぁ、男テニにとっては一番身近な存在だ。そりゃ驚きもするだろう。その証拠に、紀藤達の視線は一気に竜堂に向いた。竜堂は少し俯きながら、一言、

「ごめんなさい、黙ってて・・・」

 と謝った。

「いや、謝ることじゃないよ、竜堂さん・・・それより、忍者がその六人だけだとするなら、智や一義はどういった存在なんだ?いやそもそも、なんでそんな特殊な力を持った人間が一つの学校、しかも同じクラスに集まったんだ?智達の目的は、いったいなんなんだ?」

「おいおい、そんな焦るなって。ちゃんと答えっから、落ち着け。」

 智はそう言うと、どれから話したもんかと腕を組んだ。

「てっとり早く、私達の目的を教えた方がいいんじゃない?その方が、正義感の強い紀藤だって、色々聞きやすくなると思うし。」

 東山の提案に、智は微笑を浮かべながら答えた。

「んじゃ、俺達の目的を簡潔に教えよう。俺達E組の目的、それは世界を救うことだ。」

 智の言いきったという表情に対し、紀藤達はあっけに取られたように誰も言葉を発しようとしない。まぁ、当然だろうけど。

「・・・世界だと?」

 ようやく言葉を発したのは、滝上だった。

「あぁ、世界だ。」

 それから智は、なぜ自分達がそういうことを始めたのか、俺が平牧にデータを渡してから今日までのことを、時々俺達の補足を入れながら、紀藤達に懇々と話していった。その説明は、実に一時間近くに及んだ。

「・・・とまぁそんなわけで、俺達は世界の危機を防ごうと、色々やっているわけさ。」

 智は全てを打ち明けると、さぁ質問ドンと来いって感じで紀藤達を見た。

「その話、信用してもいいんだな?」

 が、紀藤は質問をすることもなく、それだけ言って俺達を見た。

「紀藤君。これだけ盛大な嘘がつける人に見えるの、お兄ちゃんが?」

 歩が、少しだけ頬を膨らませながらそう言うと、紀藤は少し笑ってからこう言った。

「それもそうだな。智はでかいことは口にする奴でも、嘘を並べ立てるような奴じゃない。部長としてそれは分かっているつもりだし、何より友達として、智のことは信頼している・・・分かった、話を全面的に信じ、俺達も今後は協力させてもらう。」

「きょ、協力?」

 紀藤の提案に、今度は俺達が慌てた。

「協力って、どの程度?」

 緑山の問いに、紀藤は軽く天を仰いでから答えた。

「ま、世界を相手にする最強軍団に俺達ができることって言ったら・・・これ以上、俺達みたいな人間に情報が漏れないようにすること、ぐらいかな?」

「・・・え?」

 紀藤の答えに、俺は少し拍子抜けした。

「協力って、そういうこと?」

「あぁ。俺達みたいな何の力も持たない人間が前線に出たって、役に立たないだろ?だったら、秘密を共有して、みんながこれまで通り活動できるよう、俺達が周りの目を引いとくってこと。だから智、俺達の世界、みんなに預けるぜ。」

 紀藤はそう言うと、スッと右手を差し出してきた。智は少し紀藤の顔を見てから、しっかりと右手を握り返してこう言った。

「守ってみせる。そして、ありがとう。」

 俺達の間にも、男テニの奴らの間にも、自然と笑みがこぼれた。


 さて、こっちは大方解決したけど、問題は時代だ。かれこれ姫の家に来てから二時間。辺りはすっかり暗くなり、さすがに空腹感もハンパじゃない。そこで俺達は、姫の家で夕食にありついていた。紀藤達も一緒だ。

 でも、その雰囲気はあまり明るいとはいえなかった。当面の情報漏洩の危機は回避できたとはいえ、今回のそもそもの発端である時代の話を聞かないことには、全て丸く収まったとはとても言えない。そんなわけで、微妙に空気は重苦しい。その重苦しさを物語るように、二つの空席に置かれた白い皿。一つは、今も眠っている時代の分。もう一つは、紀藤達への説明が終わるなり時代の所へすっ飛んで行った一義の分だ。それまで時代の手当てに当たっていた京波は、交代という形で戻ってきた。京波の話では、

「時代さんの容態は落ち着いている。眠っているのは、術の副作用のような物だと思う。」

 とのことだった。

「術の副作用ってことは、瞳魔の眼力によるマインドコントロールが原因の、精神的疲労の蓄積とか?」

「それはあると思う。特に、好ちゃんは術の後半、完全に意識を取り戻しながらも体が言うことを聞かない状態だったから、そのストレスは計り知れない。それから解放されたら、気が抜けすぎちゃって気絶するのも仕方ないよ。」

 俺の独り言に、竜堂がご丁寧にも解説してくれた。

「にしても、なんだって紅月は、そんなことをしたんだろ?」

「大方、時代や俺達にでかいショックを与えるためだろうぜ。あの時の奴の目は、明らかに遊んでいたからな。」

 守が肉を頬張りながらそう言った。

「じゃあ、紅月は遊びが過ぎたんだね。」

「遊びが?」

「歩も見たろ?時代が泣いてるの。変に遊ぶから、時代が紅月の術に対抗できる隙ができたってことでしょ?現に、時代は一義を撃てなかったわけだし。」

 ま、自業自得って奴でしょ。俺がそう自己完結し、水を一口口にした時だった。

「それが、私には引っかかるな~・・・」

 横で、竜堂が眉をしかめながらそう言った。

「引っかかるって、なにが?」

「好ちゃんが、瞳魔の力に対抗できたこと。確かに、相手が好ちゃんの意識を取り戻させたことが原因だとは思うけど・・・でも、それだけじゃ対抗するなんてできない。意識が戻っているとは言っても、体のコントロールは向こうに奪われたまま。あの状態から体のコントロールを自力で取り戻すなんて、忍者同士であったとしてもできないよ。」

「忍者同士でも?じゃあ、なんだって時代はそれができたわけ?」

「・・・分からない・・・」

 その手の専門家だからこそだろう。そう言った竜堂の顔は、今までにないくらい困惑に満ちていた。

「もしかしたら好、ただ単に弓の名手ってだけじゃないのかもね。」

 真剣そうにそう言ったのは、チキンライスをお代わりしていた近松だった。

「時代には、まだ何か隠された秘密があるってのか?」

 恭一が横で、怪訝そうな表情をして聞き返した。まぁ、俺達の素性が素性だし、あっても不思議はない。

「でも、だとすればどういう能力になるわけ?」

 対面から、押川が質問を飛ばしてきた。

「対忍術無効化能力、とでも呼べばいいのかな?・・・」

 京波が、不安そうにこっちを見ながらそう言った。

「忍術無効化なら、そもそも瞳魔の眼力に支配されることさえないんじゃない?」

「あ、そうか・・・でも、だとすれば?・・・」

 そう、そこが問題だ。俺は、京波のネーミングを却下こそしたものの、かといって他にいい名称があるわけでもないし。でも、ここで次のネーミングを考えないのはまずいかも・・・と、俺がシャンデリアで埋め尽くされた天井を仰いだ時だった。

「その答え、好自身に聞いてみるのは、どうかな?」

 そんな声と共に、扉が開いた。そこには、

「お待たせ。」

 いつも通りの笑顔の一義と、

「みんな・・・ごめんね・・・」

 今にも泣きそうな、時代がいた。一瞬、誰もが二人から視線を逸らせずにいた。僅かな沈黙の空気が、俺達の間に少しだけ流れた。その中を、正確には俺の横を、誰かが勢いよく駆けて行くのを感じた。俺の視界に入った後ろ姿は、見慣れたロングブラウンに特徴的なリボンスタイル。そう、高田だった。

「好ちゃん!」

 高田は、時代に思いっきり抱きついた。高田は女子の中でも背が高く、時代とは一回りほどの差がある。だから普通、高田が時代に抱きつくと俺達に時代は見えない。でも、時々時代が見え隠れする。なぜなら、

「わわ!?ちょっと天海!?」

 高田が嬉しさのあまり、時代を持ち上げてクルクルと回っているからだ。回されている本人は目を丸くしているけど、

「好ちゃ~ん!」

 テンションの上がりすぎている高田は止まる気配がなく、横にいる一義も微笑んでいるばかりで止めようとしない。さらに、ようやく高田による人間メリーゴーランドが終わったかと思うと、

「まだまだ行くで~!」

 という国風の号令のもと、今度は時代が何度も宙を舞った。いわゆる、胴上げって奴だ。

「あわわ。ちょ、ちょっと一葉~!?」

 時代を胴上げしているのは、国風に高田、さらには犬飼や足利、近松など女子が中心だ。ウチのクラスの女子はけっこう力があって、時代が舞う高さもけっこうなものになるわけで。俺の二人分ぐらいかな?

「おーい、そこらへんにしとけよー。」

 智の合図で、ようやく胴上げは収まった。地上に舞い戻った時代は、少しよろめきながら一義にもたれかかる。一義は時代の腰に手を回し、優しく支えた。

「さて、まずは何か食うか?二人とも、腹減ってるだろ?」

 恭一の提案に、時代は軽く首を振ってからこう言った。

「その前に、みんなに話しておきたいの、今回のこと。みんなには、すっごく迷惑かけちゃったし、それに・・・男テニのみんなも、巻き込んじゃったしね。」

 時代がそう言うと、一義は笑顔で頷き、腰に回していた手を離した。時代は深呼吸を一度してから、俺達をまっすぐに見据えて話を始めた。


「じゃね、天海。また明日、学校で。」

「うん!バイバ~イ、好ちゃん!」

 夕方五時。買い物を終えた私と天海は、その会話を最後に駅で別れた。一週間後の、一義君の誕生日。付き合い始めてから初めて迎える誕生日だったから、少し気合を入れてプレゼントをしようと思い、天海にアドバイスを貰いながら、何回も迷った末に決めたプレゼント。

「喜んでくれるかな~・・・」

 一義君がこのプレゼントを見た時、どんな顔をするのかと、私はあれこれ考えながら家路を急いでいた。そして、商店街から一本わき道に入ってすぐだった。

「!・・・」

 私は、殺気のようなものを感じ、足を止めた。ハンターが獲物の動きをジッと観察しているような、何とも言えない重たい感じ。一人になった瞬間に感じたということは、このタイミングを待っていたということ。それまで私も天海も、尾行にまったく気づかなかった。これほどの殺気を持ちながら、私達にまったく尾行を気づかせなかった・・・

「私達、いつからストーキングされていたのかしら?」

 どこで見ているとも知れない人物に問いかけてみると、返答は私の背後から返ってきた。

「あんたが買い物をしているあたりから、ずーっと見てたぜ?」

 私は声のした方を向いた。そこにいたのは、私達とそう歳も違わないように見える、一人の男。背丈は一義君より少し上。少し細身の体に、鋭い目。

「名前と所属、教えてもらっていいかしら?」

「俺の名は紅月。ドウマ一族の若頭だ。」

「ドウマ一族?」

 聞かない名前ね・・・でも、私達に敵対しうる組織の中で、一族と名が付くのは忍者の類が濃厚ね。となると・・・前に蘭花が警戒していた、編成に組み込まれなかった忍者一族かしら?

「わざわざ尾行したってことは、目的は例のデータかしら?」

「他に何があるよ?時代好。」

 やっぱりね。こうなったら、何とかこの場は逃げ延びて、急いで情報を持ち帰らないと。手元に武器もないし、生き延びることが先決。

「あれ?まさか、俺から逃げられると思ってる?」

「えぇ、そのつもりだけど?」

 私がそう言うと、紅月は軽くほくそえんだ。ずい分と余裕ね。そんなに自信があるの?なんにせよ、逃げ出すなら今しか・・・え?

「ど、どうして?・・・」

 足が動かない。それどころか、腕も、顔も、視線さえも動かせない。まるで金縛りにでもあったように、身動きができなくなった。

「何をしたの?」

 私は、精一杯強がりながら聞いた。すると、紅月はゆっくりと私に近付きながら話し始めた。

「言ったろ?俺はドウマ一族だってな。ドウマってのは、瞳の魔って書いてそう読む。つまり、この目一つあれば、どうとでもなる。相手と目が合えば、いつでも手の内ってわけさ。」

 なるほどね。私はいつの間にか、こいつの術中に・・・これは相当厄介ね。

「さて・・・こうしていい駒も手に入ったことだし、何もかも頂いちまうとしまいますか。」

 紅月がそう言ったのが聞こえたかと思うと、私の意識は暗転した。


 次に意識を取り戻した時には、私は一義君に向かって弓を構えていた。紅月の声が聞こえてくる。私に・・・一義君を撃たせようとしている!?私は抵抗しようと、全身に力を込めた。でも、体はまったく微動だにしようとしない。その時、一義君の声が聞こえてきた。

「好、最期まで迷惑かけてゴメンね。僕という肉体は滅ぶかも知れないけど、魂はいつでも君の傍にいる・・・」

 紅月に与えられた十秒で、私にメッセージを残し始める一義君。このままじゃ私、本当に一義君を撃っちゃう!そう分かっていても、体は私に何の反応も示さない。

 そんなの嫌・・・一義君を私が撃つなんて、絶対に嫌!お願いだから言うことを聞いてよ、私!みんなもそこで見てないで、早く助けてよ!このままじゃ私・・・私・・・大好きな一義君を、自分で殺しちゃう!お願い、止めてー!

「やっちまえ!」

 紅月の声が響いたその時、私は不思議なものを感じた。私の周りが、ドンドン暖かくなっていくような、不思議な感覚。それは、私の胸の辺りからこみ上げてきているようで・・・そして、まったく感覚のなかった手足に、少しずつ温度が広がってきた。さっきよりも鮮明に聞こえる、紅月のわめき声。そして何よりも強く感じたのは、自分が上に引っ張られているような、力強い感覚。それが極限に達した時、私は再び意識を失った。


「・・・で、気が付けばベッドの上。すぐ傍に、一義君がいたってわけ。」

 時代は、まるで子どもの頃の思い出でも語るように、終始笑顔で話を締めた。でも、内容は当事者側の告白。やっぱり、生々しさが俺達とは違う。

「じゃあ、私も見られてたってこと?」

 高田が、丸い目をさらに丸くしながらそう言った。

「まぁ、時代の話を聞く限りじゃ、そうだろうね。」

「そして、それはお前らだけじゃない。俺達だって、知らず知らずに情報収集された可能性もある。紅月の目的は、俺達の戦力調査だったようだからな。」

 日高がそう言うと、誰もが俯いて押し黙ってしまう。もし仮に、日高の言ったことが現実だとしたら、今日俺達が紅月を撃退したことは無意味だった可能性もある。まぁ、撃退しなければ、ここに時代はいなかったわけだけど。

「・・・それにしても、好が紅月の術を破った時の感覚・・・気になるわね。」

 奥の方で一人座っていた東山が、そう言ってゆっくりと立ち上がった。

「気になるって?」

「蘭花や刹那の話を聞く限り、瞳魔の幻術の拘束力はかなりのもの。忍者同士でさえ解くことのできないはずの術を、好は破った。これを、単なる相手の実力不足で片付けたくなくてね。」

「片付けたくなくっても、それが現実じゃない?実際、時代は術を破っているわけだし。」

 俺がそう言うと、東山は納得できないという目を向けてきた。まぁ、理系タイプの人間にはありがちな性だね。原因と結果がしっかり結びついていないと、完全に納得しようとしない。

「そのことなんだけど、一つ、思い当たる節があるの。」

 そう言ったのは、これまた奥の方にいた緑山だった。

「あんたがそう言うってことは、霊的なこと?」

「えぇ。好の言っていた、胸が暖かくなるっていうのと、上に引っ張られる感覚・・・もしかすると、魂の共振現象かも知れないわ。」

「魂の共振現象?」

 聞き返した歩だけじゃなく、俺達全員が緑山を見た。緑山は俺達の所に歩み寄りながら、淡々と説明を始めた。

「魂の共振現象は、私達霊能者の間では割と有名な話。簡単に言うと、それぞれの人間の魂がお互いに共振し、周囲に何らかの影響を及ぼすの。有名なのはポルターガイスト。あれ、半分くらいは魂の共振なのよ。」

「なるほど。んで、どういう時にそれは起こるわけ?」

「発生要因は様々あるけど・・・今回の場合は、ほぼ好が原因よ。」

「好ちゃんが?」

 高田が聞き返すと、緑山はコクッと頷いた。

「好が、一義を撃ちたくないと願う強い気持ち。その根底にある感情は何か・・・それは愛情。」

 愛情ね・・・真っすぐ口に出すのはこっ恥ずかしい単語だけど、それを言い出せる雰囲気でもないから、黙って続きを聞いた。

「魂っていうのは、いわば感情の塊。愛情も憎悪も悲しみも喜びも、全ての感情が集約して魂を作る。言ってしまえば、魂っていうのは、感情を混ぜ合わせて作ったスープのようなもの。でも、具材や調味料の配合が違えば、当然味に差が出てくる。魂だってそれは同じ。人はそれを個性と呼ぶわ。」

 なんだか抽象的な話になってきたね・・・難解な詩を聞いてる気分だ。

「つまり、時代の魂は愛情の配分が大きいってわけ?」

「えぇ。そして、それは一義も同じこと。お互いを思う気持ちは強く、それは互いの魂さえも呼び合う。つまり、二人の愛が紅月の術の隙を打ち破ったってこと。」

 緑山はそこまで言って、あくまで仮説だけどと付け加えて席に座る。俺達は少しだけ呆然としながら、誰も声を発しなかった。

 ただ、俺は呆然というより、少し意外だった。まさか緑山から、愛の力でどうだこうだなんて仮説、出てくるとは思わなかった。まぁ、緑山と義政は一義達に引けをとらない熱愛カップルだ。愛情っていうことに関して人一倍思う所があるんだろうけど、それにしても意外というか、柄じゃないというか・・・

「愛情か・・・真偽は別として、私達なら不可能じゃないかもね、一義君?」

「そうだね。」

 当の二人はそれでもいいらしい。まぁ、お互いが無事だったら問題ないんだろうけどね、きっと。

「ねぇ、安奈。」

 緑山を呼んだのは東山だ。

「なに?」

「あなたのその仮説が正しいとすれば、お互いが同じ感情を抱いていれば、その共振現象は誰にでも起こり得るの?」

 東山の問いに、緑山は少しだけ考えてから答えた。

「・・・誰にでもという問いに関しては、ノーと答えるわ。やっぱり、それなりの霊感が必要になってくるわね。」

「じゃあ、朱崎君と好は霊力が高いのかしら?伊吹君が霊力で二人を捜した時、二人の霊力はそんなに高くないって、彼は言っていたと思うんだけど?」

 東山はそう言って、伊吹の方を見た。伊吹はその視線に、一瞬肩を震わせた。何を緊張してるんだか・・・でも、伊吹がそんなことを言っていたのを、俺もなんとなく覚えている。

「確かに二人の霊感はそんなに高くない。でも、共振に必要なのは霊感だけじゃない。お互いを結び付ける共通の感情。おそらく二人は、霊感じゃなく感情で共振を引き起こした稀なタイプ。」

「感情で?」

「そ。人の想いというのは、それほど力強く、計り知れないもの。一義と好の愛情は、何よりも深く、固く、そして熱い。感情が引き金となるタイプはホントにごく一部だけど、あの二人なら考えられなくはない。もっとも、二人を結んでいたのが愛情という感情だったことも、大きな要因でしょうけど。」

「どういうこと?」

 首を傾げた歩を少し見てから、緑山は話を続けた。

「愛情っていうのは、正と負でいえば正の感情。たとえお互いを結ぶ力が強くても、根底が負の感情だと意味がない。負による結びつきでは、共振は起こらない。」

「負の感情って、憎しみとか恨みとかそんな感じ?」

 杉内の言葉に、緑山はコクッと頷く。

「負から正が生み出されることはない。でも、行き過ぎた正は負となり、強固な正の絆を壊す諸刃の剣となる。正を保つことは、壊すよりもはるかに難しい。負を壊すことは、正を生み出すよりも難しい・・・だから、負による感情では共振は起こらない。例え、どれほど霊感が高い二人でもね。」

「なるほど。つまり、魂の共振現象ってのはめったに起こらない。その代わり、起こった時の効力はお墨付き?」

「そういうこと。ま、いくら瞳魔一族でも、こればっかりは想像が付かないでしょうね。」

 そう言って緑山は、ざまぁみろと言わんばかりに不敵に笑った。


 次の日。今日も今日とて、男テニの朝練が始まった。今日も一義とのラリーからだ。

「よろしく、藤越君。」

「よろしく・・・」

 昨日、目の下にクマを作っていた顔はどこへやら。今日はすっかり血色のいい顔になっている。そして打球も・・・

「くっ!・・・」

 すっかり鋭さも重さも戻っていた。完全に吹っ切れたのか、フットワークも軽い。まさに絶好調だ。

 朝練が終わり、いつものように部室前で休息を取っていた俺達の所に、昨日と同じく平牧がやって来た。

「おはようございます。」

「あ、平牧さん。おはよう。」

 笑顔で挨拶を返す一義。そんな一義を見て、平牧も少し安心したような表情を見せる。

「あの、好は?」

「先に教室に戻っているんじゃないかな?もし教室にいたら、すぐに行くって伝えておいてくれない?」

「あ、はい。それじゃ、お先に。」

 平牧はそう言うと、足早に教室へと向かった。

「よし、俺達も終わりにしよう。E組、先教室行っとけ。」

 紀藤の声が聞こえてきた。俺がそっちの方を向くと、紀藤や杏が、コート整備用のトンボを持っているのが見えた。

「今日は俺達がやっておく。その代わり、夕方は頼むぜ。」

「紀藤君・・・ありがとう!」

 一義は勢いよく頭を下げると、大急ぎで部室に入っていった。俺達も口々に礼を言って部室に入り、着替えも早々に教室へと向かった。


 俺達が教室に入ると、そこにはいつものように、時代が座っていた。いくら術から開放されたとはいえ、昨日の今日。俺は正直、時代が学校に来るか半信半疑だった。でも、時代はそこにいた。

「あ、一義君。それにみんなも。」

 時代は俺達を見つけると、そう言って笑顔を見せてくれた。ずっとくっ付いていたであろう高田は、一義の姿を確認したのか時代から離れる。そして時代は、ゆっくりと一義に近付いた。

「一時間ぶりの再会だね、一義君。」

「うん・・・この一時間は、昨日君を捜していたのと同じくらい、長く感じたよ・・・会いたかった・・・」

「私も・・・」

 二人はその会話を最後に、見つめ合ったまま動かなかった。俺達はその横をサッと通り、自分の席に向かった。

「良かったですね、藤越君・・・」

「・・・そっくり返すよ、平牧。」

 実の所、本当はそうだねって言いたかった。でも、平牧の目に涙がたまっていたのを見たら、そうは言えなかった。やっぱり、平牧は平牧なりに責任を感じていたんだろう。こうして今、一義と時代が元の形に戻ったことを、誰よりも喜んでいるのは平牧に違いない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ