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第二話二章 秘密

第二章

                 秘密


「ごめんね、送ってもらっちゃって。」

「気にしないでよ。」

 そう言って、輝美は私に笑顔を向けた。一人で、姫の家から帰ろうとしていた矢先、

『好も心配だけど、あんたを守るのも役目だし。』

 と言って、輝美が送ってくれている。他愛のない話をしながら、そこの角を右に曲がれば私の家という所まで来ていた。私がそう告げると、

「あ、そこなんだ。んじゃ、この道でお別れにしよっか。」

 そう言って、輝美は自転車を左に向けた。

「ありがとう、また明日ね。」

「うん、バイバーイ!」

 輝美は元気な声を残し、自転車で夜道を颯爽と駆けていった。私は、輝美が次の角を曲がって見えなくなるまで見送った後、ゆっくりと、自分の家に向かって歩き出した。

 私の家は、何の変哲もない一軒家。両親に妹の盛夏の四人暮らし。私は、いつものように庭先に自転車を停めると、鍵を開けて家に入った。

「ただいま・・・」

「あ、お帰りお姉ちゃん。」

 お風呂上がりなのだろう、バスタオル一枚の盛夏が出迎えてくれた。

「盛夏、早く服を着ちゃいなさい。風邪引くわよ?」

「だって暑いんだもーん。いいじゃん別に、男がいるわけでもなし。」

 そういう問題じゃないと思うけど・・・どうして盛夏は、私と違ってオープンな性格に育ったのかしら?

「ご飯は?もう作ったの?」

「もうそろそろ出来ると思うけど?」

 そんな会話をしながら、私と盛夏はリビングに入っていった。そこには、

「あ、お帰り。」

 エプロン姿で台所に立つ、好の姿があった。バッグ一つで家を飛び出した好は、なぜか私の家に転がり込んできた。父と母がいれば、さすがに私も了承しなかった。

 でも、こんな時に限って都合よく、両親は旅行中。しかも、今朝発ったばかりのフランス旅行。商店街でそんな物を当ててこないで、母さん・・・

 とにかく、そんなわけで、好は私の家にいる。まぁ、事情が事情だから仕方ないんだけど。

「ご飯もうすぐ出来るから、座って待ってて。」

 そう言って、実に手際よく準備をする好。食器の位置を教えたのは盛夏?

「うん、まぁ一通りね。」

 紙パックの牛乳を飲み込んだ盛夏は、髪を拭きながら自分の部屋へと戻っていった。

「・・・好、ごめんね。夕食の準備なんかさせちゃって。」

「気にしないで。お世話になっている身だもの。これくらい、むしろやらせてよ。」

 そう言った好の表情は、いつもと変わらない笑顔。ホント、今朝の喧嘩からは想像もつかない。

 十分後、食卓には夕食が並んでいた。しばらく、無言の食卓が続く。料理は美味しいけど、なんだか味気ない。耐えかねて言葉を発したのは、私だった。

「ねぇ、好。みんな心配していたわよ。」

 そう、みんな必死になって捜していた。

「悪いとは思うけど・・・」

 食事の手を止め、好は俯いた。

「朱崎君も反省していたわ。弥生にたっぷり絞られて。」

「弥生に?」

 好は、意外そうな表情で私を見た。確かに、今思えば少し不思議。どうして弥生が、あそこまで怒る必要があったのか・・・でも、弥生は全てにおいて真面目そうだし・・・今回も、女として真面目に怒っていたのかしら?

「ともあれ、朱崎君は反省しているわ。明日は学校に行って、許してあげたら?」

「・・・そういうわけにもいかないわ・・・」

 好は、表情を険しくして首を振った。どうして?

「今はまだ・・・自分の中で整理がつかないの・・・だから・・・」

 そう・・・そう言われると、他人の私が無理強いすることは出来ない。好が許すかどうかが重要である以上、その決定権は好にしかない。

「それより、みんなは知っているのかしら?私がここにいるって。」

「それに関しては、今の所は大丈夫。次山君の魔法でも、あなたの位置は分かっていないわ。なんでも、あなたが心を閉ざしてしまっているから、あなたの波動が分からないんですって。」

「心を?好さんが?」

 話に入ってこなかった盛夏が、食事を終えると同時に参加してきた。

「らしいわ。」

「そうなんだ・・・私が心を・・・そんなつもりはないんだけど。」

 そう言って、好は少し苦笑した。

「でも、好さんが落ち着いてきたら、居場所が分かっちゃうってこと?」

 盛夏に聞かれ、私は少し答えに詰まった。そう言われれば確かにそう・・・いずれ、好の心が落ち着けば、次山君に探知されてしまう。でも、その時はもう解決の時。好が朱崎君を愛しすぎるあまりに起こった、今回の喧嘩。朱崎君が誠意を持って謝れば、きっと好も許してくれる。そうすれば、またあの仲のいい二人に戻れる。きっと、一週間もかからないわね。だから・・・

「その時には、きっと全てが解決するわ。ね、好?」

「うん・・・そうだと思う。」

 そう言って、好は笑顔を向けてくれた・・・もうばれちゃうかしら、明日には。


「ごめんね、陽。先にお風呂頂いちゃって。」

 そう言って、私の予備のパジャマを着た好が部屋に入ってきた。

「ううん、気にしないで。先に宿題を済ませておきたかったから。」

 その宿題も、あと少しで終わる所まで来ていた。私は、やる事をやってからでないと、落ち着いてお風呂に入ることが出来ない。お風呂は一日の総仕上げ。宿題とかを終わらせて、ゆったり入って、最後は寝るだけ。それが私のライフリズム。記憶を失う前からそうだったんだと思う。このリズムが、とても心地よかった。体が覚えていたのね、きっと。

「お姉ちゃん、布団持って来たよ~?」

 大きな布団を抱え、盛夏は私を呼んだ。

「ありがとう。さて、それじゃ私はお風呂に入ってくるから。盛夏、戸締りをよろしくね。ガスは私が確認するから。」

「了解。」

 盛夏は布団を部屋に置き、トタトタと階段を下りていった。

「好、眠かったら先に寝てて。布団は、私のベッドの横に適当に。」

「うん、ありがとう。でも、多分起きているわ。本棚のマンガ、読んじゃっていいかしら?」

「どうぞ、ご自由に。」

 私はそう言って、着替えを持って風呂場へと向かった。そして着替えようとした時、

「うん?」

 好の下着が目に入った。無造作に脱ぎ捨てられたその下着は、フリルの付いた可愛らしい物。

「朱崎君の前でも、こんな感じなのかしら?・・・」

 ・・・なぜか・・・考えると無性に恥ずかしかった。そして、好の方がワンサイズ大きいことに、少なからずショックを受けた・・・

『ザッバーン!』

「・・・っあぁ~~~~・・・きもちいい~~・・・」

 湯船に浸かった私は、無意識の内にそう言っていた。それほど広くない浴室に、私の声は大きく響いた。

「それにしても・・・いつもより音が大きかったかしら?・・・」

 私がそう言うのと、無意識の内に脇腹を触ったのはほぼ同時だった。う~ん・・・やっぱり、少しだけ太った・・・かな・・・成長が止まって、食べた分だけ脂肪になる、とか・・・

「・・・・・・・・・・」

 気になって仕方がない私は、お風呂から上がると、一目散に体重計に乗った。

「・・・・・・」

 一粒だけ、涙が出た・・・


「あ、戻ってきた。」

 私のベッドに腰掛けて、マンガを読んでいた好が、笑顔で私を出迎えてくれた。

「・・・?どうかしたの、陽?」

「え?」

「なんか、元気ないよ?」

 そんなことないと作り笑いをしてみたけれど・・・

「はぁ~~・・・」

 二秒後にはついため息が出てしまう。

「もう・・・ため息ついといて、なにがなんでもないよ?いったい、どうしたの?」

「・・・実は・・・ちょっと太っちゃった・・・」

「????????」

 私の答えに、好は思いっきり首を傾げた。

「太った?・・・陽が?」

「そうよ。他に誰がいるの?」

 それもそっかと好は言い、ゆっくりとベッドから腰を上げた。そして、私の方へと近づいてきて、

『モニュ』

「ちょちょちょちょ!」

 真正面から胸を、って・・・

「なにするの!?」

「いや、太ったって言うからさ。てっきり、胸でも大きくなったのかなって。」

「なんでそうなるのよ~!?」

 私は好の手を振り解き、精一杯睨んだ。

「あはは、ゴメンゴメン。」

 好は笑って謝った後、

「でも、陽ってけっこう大きいのね。私より大きいんじゃない?」

 とか言った。どうやら、まったく反省はしていないみたい。

「好の方が大きいでしょ?脱衣場にあったあなたのブラ、私より明らかにサイズが大きかったわよ?」

「え、そう?」

「そうよ、まったく・・・さ、もう寝ましょ?」

「うん。」

 好は明るい返事をし、布団の中に潜り込んだ。私は小さな豆球だけを残し、部屋の明かりを消した。

「あ、陽は点けるんだ。」

「好は点けないの?なんだか不安じゃない?」

「う~ん・・・どっちでもいいかな。じゃ、おやすみ。」

「えぇ、おやすみなさい。」

 この会話の後、しばらく二人とも無言だった。私の目覚まし時計の秒針以外、音を刻む物はない。静かな、いつもの夜。でも・・・なんだかその日は寝つきが悪かった。私は、ベッドの上で何度も体勢を変えた。そして思わず、

「ねぇ、好。」

 好に話しかけていた。好はもう寝たかと思っていたけど、

「なに?」

 返答があった。

「明日、本当に学校には行かないのね?」

「うん・・・」

「そう・・・」

 さっきまであんなに明るかった。朱崎君との喧嘩なんて、まるでなかったかのように。次山君は、好が心を閉ざしていると言っていた。でも、とてもそんな風には見えない。いつもの、いつもの明るい好だった。

「ごめんね、陽・・・少しの間でいいの。私は、時間がほしいの。」

「分かっているわ。両親が帰ってくるまでなら、私も盛夏も、好の事をなんとか匿ってみる。」

「ありがとう・・・でもね、陽。」

「なに?」

 私が好の方を向くと、好もこっちを向いた。微妙に不安そうな表情。

「なんだか陽の隠し事って、すぐに藤越君にばれそう。」

「ちょ、ちょっと。なんで彼限定なの?」

「なんでって・・・藤越君が恋愛以外には敏感だから。」

 そう言って、好はクスクスと笑う。

「恋愛以外?恋愛には鈍感なの?」

「だって彼、陽の好きって感情にまるで気が付いていないもの。」

「好き?・・・誰が誰を?」

「陽が彼のこと。好きなんでしょ?」

「な、な、な、な、な、な、な、な・・・・・どこからそんな話になるのよ!?」

 口調とは裏腹に、私は思わず顔を半分ほど布団に隠す。

「え?違うの?」

「・・・・・・・・・・・」

 いざ違うかと聞かれれば・・・彼のことを嫌いじゃないから違うとも言い切れない。でも、それと好きとは違う感情だよね、きっと・・・

「・・・ま、恋愛感情を差し引いても、藤越君はそういうことにはよく気が付くと思うの。今までの彼の行動を考えると、尚更ね。」

「・・・うん、分かった。」

 確かに彼は、私のこととなるとすぐに見抜いてしまいそう。でも、だからって変に意識したら逆効果。いつも通りの私でいれば、きっと大丈夫なはず。

「それじゃ、おやすみ。」

「うん、おやすみなさい・・・」

 その挨拶を最後に、私と好は背中を向けて眠りについた。


 翌朝。私が起きると、既に好の姿はなかった。パジャマも畳んである。大方、もう台所にいるんだろう。早起きだなぁ、好は。

「あ、おはよう。」

「おはよう。」

「おはよう。」

 私がリビングに入ると、好と盛夏が揃って台所に立っていた。随分と仲がいいのね。

「好さんの料理の技を盗もうと思って。」

 そう言う盛夏の表情は、確かに真剣そのものだった。

「でも、盗んでどうするの?」

「決まっているじゃない、陽。好きな人に・・・でしょ?」

「えぇっ!?盛夏、そんな人、いるの?だったらなんで教えてくれなかったの?」

「いや、いないわよ!つーか、いても教えないわよ!」

 盛夏は、顔を真っ赤にしながら私に怒る。あぁ、これはいるわね。

「だいたい、好さんもなに言い出すんですか!?」

「アハハ、ゴメンゴメン。さて・・・陽、出来上がった物から並べていって。」

「分かったわ。」

 好が作った料理は、既に皿に盛られている。私はそれを、昨日と同じように並べた。そして朝食を終えた私達は、学校へ行く準備を始める。今日は日直だから、少し早めに行かないと。

「じゃあ、好。後のこと、お願いしちゃっていい?」

「任せて。洗濯掃除買い物、ぜ~んぶやっておくから。晩御飯も期待して。」

「ありがと。それじゃ、また後で。行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

 好に見送られ、私と盛夏は家を出た。私は自転車に乗り、学校を目指す。朝練に行くにはもう遅いけど、普通に学校に行くにはまだ早い、そんな中途半端な時間帯。学校の生徒に会うことはほとんどない。今日もそう思っていたけど、途中の交差点で見慣れた顔を見つけた。

「あ、刹那。おはよう。」

「あ、陽ちゃん・・・おはよう・・・」

 ちょっとか細い、でも明るい笑顔で挨拶してくれる、クラスメイトであり、同じイラスト部の京波刹那(きょうなみせつな)。セミロングの黒髪の映える、大人しくて優しい子。

 でも彼女は、『草』の流派の忍者。力こそまだ見たことがないけれど、争い好まない性格の刹那が、忍者とはいえ戦うとは思えない。同じイラスト部で、色鉛筆を使った絵が得意。とても優しいタッチで描かれるその絵は、暖かく、とても癒される。私は、彼女と共に学校を目指した。

 十分後、学校に到着した私達は、職員室へと向かった。今日は日直だから、豊綱先生から、日誌を受け取らないといけない。

「失礼します。あの、豊綱先生は?」

「あ、陽~、それに刹那も。」

 私達に気づいた先生は、いつものように元気に、自分の席から手を振っている。私と刹那は、小走りで近づいた。

「おはようございます、先生。」

「おはようございます・・・」

「おはよ。陽は、日直日誌よね。はい、よろしく。」

 私は、先生から差し出された日誌を受け取った。薄い青のファイルに、明朝体で『日直日誌』と書いてある。書いたのは真由美。真由美は書道六段らしく、字はとっても綺麗。

「それで、刹那は?」

「あ、私は・・・陽ちゃんに付いて来ただけで・・・」

「あらあら、仲良しね。ところで、好は見つかった?」

 さっきまでの明るい表情を一瞬曇らせ、先生は尋ねてきた。先に口を開いたのは刹那だった。

「いえ、見つかりませんでした・・・私は昨日、姫ちゃんと一緒に駅前を・・・でも、どこにもいませんでした・・・」

「そう・・・陽は?」

「私は昨日、光と一緒に隣町まで。でも・・・いませんでした・・・」

 あくまで残念そうに、ウソの報告をする私。少しだけ罪悪感・・・

「そう・・・今日のHRで、色々と対策を考えるつもりしているの。二人も少し考えておいて、いい方法。」

「はい。」

「分かりました・・・」

 私達は、その会話を最後に職員室を後にした。そして教室に入り、鞄を置いた直後だった。

「うぃーっす。」

 眠そうな挨拶が聞こえてきた。

「あ、森君。」

 そこにいたのは、今日のもう一人の日直、森正志(もりまさし)君だった。サッカー部所属の、彼も忍者。流派は『拳』。忍者の中では特に歴史の古い一族だって、直江が言っていたけど・・・

「あ、正志君・・・」

「お、刹那に平牧。二人だけか?」

「う、うん・・・」

「そっか・・・」

 森君はそんな会話を交わし、自分の席に腰を下ろした途端に眠ってしまった。彼は普段、遅刻ギリギリが常。こんな日直の日は、たいてい眠いのかしら?でも、サッカー部にだって朝練はあるはずだから、むしろ慣れているはず・・・でもないわね。森君、日直以外の日は授業中によく寝ているもの。どっちにしろ、眠いんだわ。

 それにしても・・・刹那は森君が入ってきてから、妙に落ち着かない。聞いたら、森君を好きらしいんだけど・・・まるで、本村君を前にした蘭花みたいに落ち着かない。寝ているんだし、そんなに緊張しなくてもいいのに。

 その後も、続々とやってくるクラスのみんな。でも、やっぱりどことなく元気がない。普段はうるさいくらい元気な一葉や真由美も、やっぱり元気がない。特に落ち込み方がひどいのは、同じ弓道部の天海や、心配性な蘭花あたり。そして、もうそろそろ予鈴という時に、

「おはよう・・・」

 伊吹君を先頭に、テニス部の男の子達が入ってくる。伊吹君の笑顔は、無理している感じが溢れている。佐藤君は、いつも以上にムスッとした顔をしている。杉山君も、いつもより元気がない。本村君の笑顔は、いつもと変わらないように見える。朱崎君は・・・やっぱり、少し気まずそう。そして、教室に好がいないか確認するように見渡し、いないと分かると・・・

「・・・・・・」

 無言で席に着いた。そんな彼を見ていると、好の居場所を教えたくなってしまう。好がいなくて、誰よりも寂しくて心配しているのは、間違いなく彼。でも、その原因の一端を私が作ってしまっている。それは、彼にとってとてもひどい裏切り。でも、好との約束である以上、教えられない・・・ごめんなさい、朱崎君。

「おっす・・・」

「あ、おはようございます・・・」

 藤越君が、私の斜め前の席に腰を下ろす。

「今日は、朝練に参加したんですね?」

「ま、部長が熱心でね。ありがたいことに、朝練が、自由参加から強制参加になっただけ。真面目すぎて困っちゃうよ、まったく・・・紀藤の奴・・・」

 ありがたいとか言いながら、藤越君はムスッとした表情のまま。紀藤君は、私も知っている、B組の紀藤修一郎(きとうしゅういちろう)君。私や藤越君と同じ、学級委員でもある。四角いフレームの眼鏡をかけた、真面目でまっすぐな人。確か、男子テニス部は三年生が引退した後、二年生が誰もいないから、紀藤君が部長になったとか。それにしても・・・

「本村君が、部長じゃないんですね?」

 私としては、少し意外。もっとも、紀藤君が不適格だというわけじゃないけど。

「ま、そう思って当然だろうね。実際、智か紀藤かで、先輩も悩んじゃってさ。そんで、いっそのこと試合で勝負つけようって話になって。紀藤が智に勝ったから、紀藤が部長。でも、智は副部長を辞退。」

「辞退?どうしてですか?」

「智自身、思う所があったんじゃない?それで、副部長は別の奴になったってわけ。」

「そうなんですか・・・それにしても、本村君でも、負けることがあるんですね?」

「おいおい、俺は常勝の強さなんて持ってないぜ。」

 いつの間にか傍にいた本村君が、そう言って苦笑した。

「紀藤はマジで上手いからな。あの試合ばかりは本気だったんだけど・・・俺もまだまだってことだ。それに、俺は人を引っ張る柄じゃない。だから、副部長も辞退したのさ。」

 本村君はそう言って笑った。でも、そんなことはないと思う。本村君には、リーダーとしての力があると思う。少なくとも、私よりはずっと・・・私なんて、頼りないし優柔不断だし・・・威厳もないって言われるし・・・もっとも、どれもこれも藤越君に言われたんだけど。本人は良かれと思って言っているのか、それとも単にからかっているだけなのか・・・まぁ、いつもいたずら小僧みたいに笑うんだけど・・・

 それにしても、好は私が彼を好きだって言ったけど・・・そうなのかな?確かに、彼を嫌いだと思ったことはない。でも、それが全て好意に繋がるとも・・・思えないんだけど・・・これに関しては、私一人じゃ答えが出そうにない。誰かに相談する方がいい。でも・・・するとすれば誰に?藤越君に聞くのは・・・それはさすがに・・・刹那は、自分の恋で精一杯だし、光だってそう。そうなると、身近な人間では姫あたりかな?姫は大人だし、きっとしっかりとした意見を言ってくれるはず。後で、相談してみよう。


 やがて一時間目。火曜日の一時間目は、全学年全クラスがHR。ウチのクラスの議題は、もちろん好のこと。我が家で匿っているんだけど・・・それを言い出せる状況でもないし、他ならぬ好からの頼み。今はまだ、打ち明けるわけにいかない。

「さて・・・まずは何から始めよっか?・・・」

 教室の前で、藤越君はみんなにそう問いかけた。議事の進行は、私達学級委員の務め。基本的に、藤越君が主体で進み、私はあくまで書記。彼、黒板に文字を書くのが苦手だから。

「とりあえず、集まっている情報を整理した方がいいだろう。」

 提案してきたのは有地君。論理的な思考が得意な彼は、まさにクラスのブレーン。もっとも、洞察力という点では、ウチのクラスは学年内でも郡を抜いている。

「んじゃ、まずは捜索範囲でもおさらいしとこうか。平牧、メモよろしく。」

「あ、はい。」

 私はチョークを手に取り、みんなに背を向ける。順次、みんなから聞こえる捜索範囲。ペアごとに場所を書き込んで・・・

「俺と杉山は、川辺を中心に捜した。」

 という、佐藤君からの報告で、全ての範囲が出揃った。書き出した範囲を、先生が持ってきてくれた地図と照合。その結果・・・

「ほぼ市内全域、捜索したことになるな。」

 と有地君。確かに、ほぼ市内全域を捜索したことになる。私の家の近くは、歩と胡桃が調べている。

「こりゃ、もうこの町にいないと考えた方が自然だな。」

 そう言ったのは、剣道部の七条治(しちじょうおさむ)君。いつものように、ぼさぼさの頭を掻き、眠そうな目をこすりながら。傍からは、とても剣の達人には見えない。

「なぁ、あいつの実家に帰ったんじゃねーのか?」

 正倉君は、そう言ってみんなを見渡す。でも、

「それはなかった・・・」

 そう言って、天海が首を振った。

「高田、時代の家に行ったわけ?」

「うん、姫ちゃん家からの通り道だったから。でも・・・いないって。住み込みのお手伝いさんが言っていたから、間違いないよ。」

 でしょうね・・・好は私の家にいるんだもの・・・でも、

「それだと、好がいなくなったってことがバレない?お家の方に。」

「あぁ、それは大丈夫。そのお手伝いさんは、私もよく知っている人でさ。好ちゃんが、親に内緒で同棲するのを手助けしてくれた人なんだ。だからきっと大丈夫。」

「でしたら、それに関しては安心ですわ。」

 そう言って、姫が笑顔を見せる。

「でも、そうなると・・・好の居場所の見当がつかないわ。天海、他に行きそうな場所、知らない?」(弥生)

「う~ん、それがなんとも・・・相変わらず、携帯は繋がらないまんまだし・・・」

「僕の探知魔法でも、依然、時代さんの行方はつかめません。」

 そう言って、天海だけでなく、次山君も頭を抱える。心を閉ざしている限り、好の波動は次山君に伝わらない。昨晩の好を見る限りでは、もう気づかれてもおかしくないのに。

「一義。時代は、財布を持って家を出ているのか?」(有地君)

「うん・・・財布と着替え、それから弓の道具・・・ぐらいかな?」

 弓の道具・・・あぁ、あのひと際大きな荷物かしら?

「どれくらい持って行ったか、分かるか?」

「さすがにそこまでは・・・」

「となると、金の尽きるタイミングも分からない・・・が、いずれ底は尽くだろう。その内、必ず預金を引き出す。ま、おそらくはATMだろうが。お前と時代は、口座を共有していたりするのか?」

「いや、そもそも僕らは、口座を持っていないんだ。」

 朱崎君の答えに、有地君は目を丸くした。

「両親からの仕送りとかあるじゃろ?」(正倉君)

「それは、妹が持ってきてくれるんだ。というより、僕がそうしてくれって頼んだんだけど。好も似たような感じ。持ってくる人は、例の住み込みのお手伝いさん。お手伝いさんと同じく、妹も協力者でさ。」

「やっぱり、身内に内通者がいると、やりやすいのか?」(杉山君)

「そういう言い方はしたくないけど・・・でも、妹が上手くごまかしてくれるから、どうにか親にバレずにすんでいる・・・それだけは事実だよ。」

 そう言った朱崎君の笑顔は、妹さんへの全幅の信頼を表すかのように、安堵感に溢れていた。

「ご自慢の妹談義は後日にしてちょうだい。今は、この町にいなさそうな好を、どうやって見つけるかが先決よ。」

 違う方向へ向かいかけた流れを止めるため、弥生の口調は厳しかった。ホントに真面目ね、弥生は。

「この町にいないとなると・・・遠方の親戚を頼ったのかな?」

 歩が、そう言いながら視線を外に向ける。

「遠方か・・・好ちゃんのおじいちゃんは、静岡に住んでいるらしいけど・・・あと、いとこが時々、名古屋から遊びに来るんだって。」

「天海、さすがにそこまでは行かないんじゃない?」

「そうかな~・・・でも、だったら好ちゃんはどこにいるの?」

 天海のその言葉を最後に、私達は押し黙ってしまった。さすがに誰も、私の家にいるとは知らないから、私が黙っている限り、居場所が分かることはない。

 でも・・・・・・・・・・・少しだけ感じてしまう、罪悪感・・・悲しそうな、辛そうな朱崎君・・・心配で心配で、仕方のない様子の天海・・・二人を見ていると、どうしようもなく申し訳ない。

「ねぇ・・・好は身内じゃなくて、先輩の家とかにいるんじゃない?」

 静かな教室内、そう言って沈黙を破ったのは直江だった。

「先輩の家?」

「うん。」

「そう思う根拠は?」

 ずっと黙っていた先生が、興味深そうに前のめりになった。

「この町全体を、私達は捜した。でも、好はいなかった。だったら、誰かの家に匿われているのは明白。」

「それで?」

「でも、静岡や名古屋なんて、いくら朱崎君と喧嘩したからって、そんな遠くまで行かないと思うの。となると、先輩とか友達の家とか、そういう所にいるんじゃないかって思って。」

 直江って・・・けっこう勘がいいのね・・・でも、少し考えれば誰にでも分かること。私の家にいるということさえ明るみにならなければ、それでいい。

「なるほど、確かにその可能性はあるわね。」

 弥生は、顎に手を当てて納得し、こう続けた。

「そう考えると、誰の家の可能性が高いかしら?」

「一番高いのは、やっぱり重村部長かな・・・」

 弥生の問いに答えたのは、天海だった。

「重村部長って?」

「弓道部の部長。」

 私の問いに答えたのは、横にいた藤越君だった。

「あれ?なんで藤越君が知っているんですか?」

「昨日、たまたま知り合いになった。なんでも、放送部の中田さんの友達らしくてさ。ま、変わった人って印象が強いかな。とにかく、いるかどうかは、重村さんに聞けば分かるんじゃない?」

「じゃあ、その役は私が引き受けるよ。直江ちゃんの考えなら、可能性が高いのは部長の家。でも、部長が素直に話してくれるとは、思えないけどね・・・」

 そう言って、天海は苦笑する。 

「どうして?」

「部長、中々の曲者でさ。言ってることがホントかウソなのか・・・私じゃ分かんない時もあってさ。できれば、それを見抜ける人が一緒だと嬉しいんだけど。」

 真偽を見抜ける眼力を持つ人・・・その条件に見合う人物は、このクラスならたくさんいそうだけど・・・でも、みんなの視線は自然と・・・

「?」

 有地君に集まっていた。

「ご指名よ、守。」

 豊綱先生が、ダメを押すかのようにそう言うと、

「はぁ~・・・」

 彼は諦めたようにため息をついた。こうして、重村さんへの調査、及びその結果報告は二人により行われることになった。二人がどういった結果を出すのか・・・正直、不安・・・


「まったく、好はどこをほっつき歩いているんだか。」

 昼休み。私達E組の女子は、なんとなく屋上に集まって、全員で食事を共にしていた。いつもは学食の瑠璃も、今日は購買でパンを買ってここにいる。小野君と一緒にいることが多い安奈、本村君の傍を離れない歩・光・蘭花なんかも、今日はそこを離れていた。そして全員が揃った所で、瑠璃がさっきの言葉を発した。睨むように、青空を見上げながら。

「携帯はずっと切ったまんまみたいだし・・・心配だなぁ・・・」

 天海は、今日何度目かも分からないため息をついて、箸を止めた。いつもは食欲の塊みたいに食べるのに・・・それだけ、好のことが心配なのね。

「でも、直江ちゃんの推理のおかげで、なんとかなりそうだね。」

「そんな、推理だなんて・・・ただの思いつき。」

 歩の褒め言葉に、直江は照れながら首を振った。

「例え思いつきでも、何の手がかりもないよりマシだと思うわ。」

 そう言ったのは、直江と同じ演劇部の福知山空(ふくちやまそら)・・・有地君や秋山君と同じく、優れた洞察力と観察力を買われて配属されたらしい。秋山君とは、幼馴染でもあるみたいだけど・・・普段は何かと喧嘩したり、かと思えばすごく仲良しだったり。安定期という言葉は、その二人に一番当てはまらない言葉だと思う。

「およ、今日は何の集まりだい?」

 私達の所へ声をかけてきたのは、放送部の中田さんだった。右手には、購買で買ったパンが入った袋。

「こんにちは。」

「こんちゃ。今日は女性人だけで井戸端会議?」

「会議ではありません。ただ駄弁っているだけですわ、部長。」

 飛鳥が丁寧な話し方で対応する。そのポーカーフェイスは、姫に勝る部分さえある。

「んじゃ、私も寄せてもらっちゃおうかな?」

「あ、どうぞどうぞ。」

 歩が手招きをし、どっかりと腰を下ろす中田さん。アンパンと焼きソバパンが見える。どちらも、購買では五本の指に入る人気メニュー。両方ゲットするなんて・・・

「すごいですね・・・」

 私は、無意識の内にそう言った。

「すごい?なにが?・・・胸?」

「違います!」

 思わず否定してしまった。まぁ確かに、バストもすごいんだけど・・・

「アハハ、冗談だって!このパンのことでしょ?」

 私が頷くと、中田さんはアンパンの袋を破りながら言った。

「今日は運が良くてさ。いやー、大漁大漁。」

「でも、ホントにすごい。私は完全に負け戦よ。あ~あ、慣れないことはするもんじゃないわ。」

 そう言ってため息をつく瑠璃。瑠璃の戦果は、タマゴサンドに牛乳。

「それで大丈夫?」

「全然足りない・・・誰が恵んで~。」

「おにぎりやったらあげんで。」

 そう言って、真由美がおにぎりを差し出す。瑠璃は目を輝かせ、そのおにぎりを食べていた。

「真由美は、自分でご飯作っているの?」

「せや。こう見えて、料理はけっこうすんねんで。せやけど、陽かて自作やろ?そのお弁当。」

 真由美は、私のお弁当箱を見ながらそう言った。

「今日のは、私じゃなくて、この・・・」

 好が作った・・・危うくそう言いそうになって、一瞬止まる。

「どないしたん?」

「あ、ううん。この玉子焼きは、盛夏が作ったの。あの子、最近料理が好きで・・・」

 慌てて辻褄を合わせた私。幸い、誰も不審には思わない。

「ところでさ、ちょいとみんなの意見を聞きたいんだけど。」

「意見、ですか?」

 中田さんの左隣に座っていた光が、その言葉に首を傾げる。

「そ。実は今度、放送部の方である企画をすることになってさ。題して・・・」

「一年生イケメングランプリ。」

 たっぷり溜めた中田さんをよそに、弥生がいつもの口調でそう言った。

「こらー!弥生ッち!そこは私が言うことでしょうが!」

「誰が言っても変わりませんよ、内容は。」

 あくまでクールな弥生。ただ、そのクールさとはあまりに裏腹な、なんとも可愛らしいお弁当箱が左手にあるんだけど・・・

「それよりも、なんなん、それ?」

「その名の通り、一年生男子の中で、最も素敵な男性を選ぶという企画ですわ。」

 首を傾げている一葉に、飛鳥が笑顔を崩さずそう答える。

「つまり、ミスコンの男性版?」

「そうですわ。中田部長は企画当初から、優勝者は必ずE組から出ると仰っていまして。」

「このクラスから?」

 瑠璃が素っ頓狂な声を上げる。

「いや~、まぁ、報道記者の勘、とでも言っておこうかな。実際、E組がダントツにレベル高いと思うよ。誰が優勝しても、おかしくないね。」

 レベルが・・・確かに、一女性として見た時、ウチのクラスにはイケメンが多いとは思う。

「んで、彼らを最も近くから見ているみんなに、ぜひぜひ、優勝予想をしてほしいわけ。企画自体は了承貰っているし、後は盛り上げる記事を書くだけなんだ。」

「そのための参考意見、というわけですか?」

「ピンポーン!」

 蘭花の問いに、中田さんは満面の笑みで答えた。そして、意見交換はすぐ始まった。

「順当に考えて、トップ争いは智と一義の一騎打ちとちゃうか?」

 真っ先に口を開いたのは真由美だった。本村君と朱崎君・・・確かにあの二人なら、話題性もあるし、人気も高い。

「でも、同じテニス部の藤越君や伊吹君だって、全然可能性あるわよ?あの二人なら、上級生の票も集まりやすいだろうし。」

 冷静に分析する空。

「投票は、全女子生徒が対象なんですか?」

「もちだよ。」

「となると、上級生票は確かに鍵ね。となると、やっぱり可愛い系の男子が有利か・・・」

 輝美はそう言って、顎に手を当てて考え込みだした。

「可愛い系なら、日高君や有地君も入ってくるんじゃない?」

 直江の意見に、誰しもがポンと手を叩いた。

「それなら、小野君だって入るんじゃない?」

 歩が首を傾げる。確かに、小野君も人気が高そう。

「刹那お気に入りの森かて、けっこう人気なんと違う?」

「え?え?・・・あえ?・・・」

 いきなり一葉に肘で突っつかれ、しどろもどろになる刹那。森君も、どちらかと言えば可愛い系ではあるし・・・

「フムフム・・・ここまでの議論を聞く限り、やっぱり可愛い系の男子が有利だね・・・となると、本命は彼かな?」

 中田さんは、何やらニヤニヤしながらそう言った。

「彼って、誰ですか?」

「もちろん、真君だよ。」

 私の質問に、中田さんは胸を張って自慢気に答えた。

「真って・・・次山君?どうして彼が?」

「卓球部期待のホープであり、成績優秀、一年きってのジェントルマン。彼自身は晩熟だけど、年上の母性本能をくすぐるには充分すぎる魅力。まぁ、他の可愛い系も人気だけどね。でも、真君が頭一つ抜けている。これだけは確実だよ。」

「なるほど・・・言われれば、そうなのかも。でも、それは中田さん個人の観点では?」

「いや、私の周りの女子に聞く限り、かなり確かなデータだよ。彼を本命においた場合、対抗は伊吹君と小野君あたりかな。とりま、真君ファンはかなり多いよ。彼なら、一年の票も獲得できるだろうし。」

「そうなんですか?」

 次山君が、一年の間でも人気なの?まぁ、ないこともないだろうけど・・・

「確認してないからなんとも言えないけど・・・」

 そう前置きして、中田さんは再び手帳を捲る。

「こっちにも数件、真君を狙っている女子の情報があるし。一年だけで、えっとひのふの・・・十件以上だね。」

「そんなにあるん?」

 一葉が思わず声を上げた。私としても驚きだけど。意外とモテルんだ、次山君。

「確かに、二、三年の票数なら、ほとんど互角に近い。でも、一年は少し彼に偏りがち。もしかしたら、朱崎君や本村君より多いかも。」

「お兄ちゃんより?」

「ま、彼の人気ならありえない話じゃないしね。さて、そろそろ私はお暇するよ。委員会の時間だからね。そんじゃ!」

 中田さんは、そう言って立ち上がり、少し早足で屋上から姿を消した。残った私達は、少しの間、誰も言葉を発さなかった。それを破ったのは、直江だった。

「意外と人気あるんだ、真君・・・」

 その口調はさっきまでと違い、少し、ショックを受けたような感じだった。そして、そんな感じなのはもう一人。

「だね。さっすが中田さんは、物知りだな~。」

 女子バスケ部の、杉内薫(すぎうちかおる)。棒術の達人。普段はかなり明るくて、輝美と共にクラスのムードメーカーを成している。だけど今の笑顔は、少しだけ無理をしているように見えた。少しだけ響く、二人の妙な空笑い。それに対し、弥生が鋭いツッコミを入れた。

「あなた達も好きなんでしょ?彼のこと。」

 途端、二人の笑い声が止まった。そして、重苦しい雰囲気が漂う。

「やっぱり、直江も好きだったんだ・・・」

「そういう薫もね・・・」

 牽制とも、宣戦布告とも取れる、二人のやり取りとその眼差し。少しの沈黙の後、

「いつから好きだったわけ?」

 薫が先に口を開いた。

「高校に入って、少ししてからかな・・・ちょっと、演劇のことで悩みがあって、落ち込んでたの。その時、彼が何かと励ましてくれて。薫は?」

「私は中学の時。直江と一緒で、クラブのことでちょっと悩んじゃってさ。クラスが同じで、委員会も一緒だった真君が、誰よりも親身になって相談に乗ってくれてさ。それからずっと・・・かな?」

「なるほどな・・・お二人さんが、真を好きなんがよー分かったわ。」

 何やら真由美が感動して、ウンウンと頷いている。

「でも、さっきの中田さんの言葉を聞く限り、ライバルは多そうね。」

 安奈が食後のお茶を片手に、二人を交互に見てそう言った。

「この一年だけで十人単位でしょ?先輩合わせたら、真ファンが相当な数になるわよ。」

 牛乳を飲み干した瑠璃が、そう指摘する。確かにそうかも。そうなると、やっぱり優勝は彼のものかしら・・・そんな、取り留めのない話が続いたお昼休み。それが終わって午後の授業。そしてHRと、いつものように時間は流れていった。

 HRが終わって放課後。いつものように、クラブの時間がやってきた。私の他、姫・光・刹那の三人と共に、美術室を目指していた。校舎一階の端にある、少し大きな部屋。ここが美術室。私達、イラスト部の拠点。ここで日々、絵に対する技術の習得、あるいは向上に励んでいる。少しマイナーなクラブだけど、部員は二十人ほど。うち半分は、私達一年生。

 他の部員や先輩に挨拶をしつつ、私達は適当に席を決めて座る。部活の始まりは、いつもミーティングから。その司会はいつも、

「やっほー!全員揃っているかな~!?」

 この言葉と共に入ってくる。夏のマンガフェスタが終わり、三年生が受験に向けて動き始めた中、こうして今でも、私達イラスト部のトップに君臨する絶対的存在。それこそ、我らがイラスト部名誉部長、那須野(なすの)さん。夏のマンガフェスタにおいて、我がイラスト部は初めて、個人・団体ダブル入賞を果たした。その原動力となったのが、那須野さんだった。那須野さんのすごい所は、絵を描き上げるまでのスピードにある。

『絵は、考えて描くものじゃないわ。』

 というのが口癖で、それを実証するかのごとく、スピード、集中力共に常人を越えた物を持っている人。この人を中心に、クラブはいつも明るい雰囲気で満ちている。

「よし、今日も全員いるね。そんじゃ、ミーティングを始めるよ。」

 那須野さんは私達を見渡すと、不敵に浮かべていた笑みを、いつもの明るい笑顔に戻した。

「まず、これからの方針を説明するわ。夏のフェスタが終わって、それ以降は半ば自主練に近い状態だったわ。でも、いつまでもそれいいわけじゃない。いよいよ、でかいイベントが迫ってきたわ。それは、文化祭よ。」

「文化祭?」

 刹那が小さく聞き返す。そういえば、もうそんな時期なのかも。

「二年は知っていると思うけど、我がイラスト部は毎年、文化祭で展覧会を行っているわ。それと、巨大なオブジェもね。この担当なんだけど、例年通り、展覧会を一年、オブジェを二年が担当してほしいの。」

『はい!』

 元気よく返事をする先輩達に対し、

「て、展覧会!?」

「どうしよ~?」

 私達一年生は動揺しまくり。私としてもビックリで、思わず姫の方に視線を向けた。姫は私の視線に気づくと、ゆっくりと微笑を返してくれた。なんで・・・姫はこう落ち着いていられるのかしら?

「はいはい、落ち着きな。」

 少し大きい声を出し、手をパンパンと叩く那須野さん。その音に、私達は少し静になる。

「ま、動揺するとは思っていたけどね。一年にとっては、実質、これが初めての大きな発表会だものね。緊張や不安は分かるわ。でも、今回の展覧会は、ただの展覧会じゃないわ。」

 那須野さんはそう言うと、一呼吸置くように、眼鏡の位置を正した。

「実は、私達の先輩に、最近独立されたイラストレーターさんがいてね。その人が、今度個展を開くらしいの。それで、近所に住んでいる私に、『後輩達の絵を飾りたい』っていう話を持ってきてね。んで、今年の一年は生きがいいのが多いから、今回の展覧会は、その選考も兼ねるってわけ。」

『えええ~~~!!?』

 私達の間に、衝撃が走った。無理もない。いきなり個展へ出品だなんて、寝耳に水もいいところ。これにはさすがの姫も、少しだけ表情が険しくなった。そして姫はその表情のまま、那須野さんにこう質問した。

「その方のお名前は?」

「名前?多分みんな知っていると思うけど・・・」

 那須野さんはしっかり間を空けた後、不敵な笑みでこう言った。

草薙百合華(くさかゆりか)。」

『草薙百合華~~!?』

 またも衝撃が走った。その衝撃は、一年だけでなく、先輩達も一緒だった。無理もない。草薙百合華といえば、雑誌で特集が組まれるほどのカリスマ。斬新な視点から描かれるイラストは、もはやアートの域だとも言われる、イラスト界の新女王。

「文化祭当日、草薙さんも展覧会を見に来られるわ。あの人の心を動かせた人だけが、個展に絵を出品できる。メインは一年だけど、二年のみんなも、参加したければしていいわ。ただし、オブジェを完成させてから参加すること。分かった?」

『はい!』

 気合のこもった返事を返す先輩達。

「一年も、気合入れなさいよ。」

『は、はい!』

 それに対し、緊張満載の私達。あの草薙百合華が、私達の絵を見に来る。それだけでもすごいことなのに、万が一選ばれれば、個展に絵を出品できる。私達の間に、一気に緊張が走った。


 その日の帰り。私は姫と一緒だった。刹那と光は、先に帰ったみたい。

「姫は、どんな絵を描くの?」

 夕暮れの坂道で、私はそう聞いてみた。姫はまっすぐ先を見ながら、

「太陽を、描こうかと。」

 そう言った。

「太陽?」

「はい。美しく荘厳、人々を照らし導く太陽。ですが、このような夕暮れ時は、時として悲しく見えることもあります。実に、意欲をそそる物だと思いませんか?」

「へぇ~・・・」

 なんだか、感心したようなよく分からないような、そんな声が出てしまう。やっぱり、姫は私達と何か違う。私は、太陽をそんな風に感じ取ることがなかった。

「陽さんは、何を描かれるのですか?」

「わ、私?そうね~・・・」

 言われてみれば、なにも考えていないような・・・

「まだ、これといった具体案はないようですね?」

 微笑みながらそう言った姫。私は、ただ苦笑いをするしかなかった。

「陽さん、人物を描かれてみてはいかがでしょう?」

「人物?」

 姫の提案の意図が分からず、私は首を傾げた。

「図書室からのプリントに描かれていた陽さんのイラスト、特に人物は、私達の中でも有数の腕前。その気がおありなら、本式の絵でも、素晴らしい物ができると思います。」

「そう・・・かな~・・・」

 あんまりピンと来ないんだけど・・・まぁ、人を描くのは好きなんだけど。

「でも、本格的に描こうと思ったら、やっぱりモデルが必要じゃない?」

「それはそうかも知れません。ですが、陽さんの頼みとあれば、みなさん、快く引き受けてくださると思いますわ。特に、藤越さんなどは。」

「そ、そこでなんで彼の名前が出てくるのよ!?」

 ビックリして、思わず立ち止まってしまった私。

「な、なんで私が彼をモデルにするのよ?」

「お似合いかと思いまして。」

「お似合いって、私と彼が?どこがどうお似合いなのか、詳しく知りたいわ。」

 まったく、好といい姫といい・・・

「藤越さんは、基本的にマイペースな方です。それに、自分が素直になるのもお嫌いな方とお見受けいたします。」

 マイペースで素直じゃない。確かにそうなのよね・・・だから放っておけないというか、ついつい意見しちゃうとかになるのよね。

「ですがその一方、お友達想いな方ですし、責任感もお強いですわ。」

 まぁ、なんだかんだでクラスのみんなと仲いいしね。でも、

「責任感が強い?どこをどう見て?」

「こと、陽さんを守るということに関してですわ。キャンプファイヤーの事件では、陽さんを守るべく、先頭に立って戦われました。」

「・・・・・・・・・・・・・」

 言われてみれば、確かにそうかも。あの時、私はまだ現実を知らなかった。ただ突然に、敵が襲ってきて。あの時、敵を撃退したのは佐藤君と瑠璃。でも、真っ先に私を庇ってくれたのは、確かに彼だった。

『大丈夫、なんとかなるって。』

 私を庇いながら、彼はいつもの笑顔で、あの時そう言った。その後、彼が話してくれた秘密。そして、彼の謝罪。もっとも、怒っているわけじゃなかったから、すぐに許せたけど。そして、その後の彼の言葉。

『俺は、あんたが断っても守るよ。』

 それは『世界を救うため』であり、『私に対する償い』でもあると、彼は言った。自分が原因だから、『世界を救う』『私を守る』という行為を、責任を持ってやり遂げようとする。よく考えれば、それが今の藤越君。

「あのようなこと、責任感のお強い方でなければ、言えるものではありません。」

「・・・そうね・・・」

 クラスのみんなのこと、特に藤越君に関しては、伊吹君や本村君の次くらい私もよく知っているつもりだったのに。なんにも知らなかったんだな、私。

「ねぇ、姫。」

 私は、姫を呼んだ。

「はい?」

「私・・・今、どんな顔してる?」

 そう言って姫の方を向いた。姫は、少し私の顔を見た後、ニッコリと笑って言った。

「とても、素敵な笑顔ですわ。まるで、恋をしているかのように。」

 恋をしている、か・・・

「うん、きっとそう・・・」

 私、恋しちゃったみたいね・・・生意気でマイペースで素直じゃなくて、友達想いで責任感の強い、藤越君に!


「ただいま~!」

 なんだか、妙にご機嫌で帰宅の挨拶をする私。恋してるって自覚があると、けっこう清々しいのね。

「あ、お姉ちゃん!」

「ただいま、盛夏。」

「なにのんびりしてるの!早くこっち!」

 盛夏は有無を言わさず、私の腕を掴んでリビングへ・・・ってちょっとお!

「そんなに慌てないで。どうしたのよ?」

「これよ!」

 そう言って盛夏が突き出したのは、大学ノートを破り取ったような紙。何か書いてある・・・

「これって・・・・」

 言葉を失うしかなかった。思わず、紙を持つ手が震えた。

「お姉ちゃん、どうしよう?」

「・・・・・・・・・・・・」

 困り顔で、私に助けを求める盛夏。私は逡巡した後、

「もしもし、次山君ですか?」

 みんなに、打ち明ける決意を固めた。


『陽、盛夏ちゃん。泊めてくれてありがとう。私、やっぱり行くね。これは私だけの問題だし、これ以上ここにいたら、きっと、二人に迷惑かけると思うから。洗濯とかやっといたし、夕ご飯も作ってあるから。二人には、本当に感謝している。本当にありがとう。さよなら。

P・S カズクンに伝えてくれる?ごめんなさい、私のことは忘れてって。

                              好』

 静かな部屋の中で、瑠璃が朗々と、好の置き手紙を読み上げた。ここは姫の部屋。手紙を見た私は、次山君に連絡を入れ、みんなに姫の家に集まってもらうよう呼びかけてもらった。連絡はテレパシーで行き渡り、全員がここに集合するまで、三十分とかからなかった。

「・・・好は、平牧さんの家にいたんだね。」

 静寂の中、朱崎君が呟くようにそう言った。直後に私は、

「ごめんなさい!」

 朱崎君に頭を下げていた。

「一義さん、悪いのはお姉ちゃんじゃないんです!よく事情も知らない私が、勝手に決めちゃったことで・・・」

 盛夏が、私を庇うように朱崎君に弁明する。

「でも、黙っていたのは私です!朱崎君や天海、みんなが心配しているの分かっていたのに、私は・・・また、みんなを騙していて・・・」

 泉ちゃんの時と、夏のドッキリに加えて、これでみんなを騙すのは三度目。でも、今回は自分でも分かる、性質が悪すぎることくらい。

「頭を上げてよ、平牧さん。僕は、別に怒っているわけじゃないんだから。」

 とは言われても、中々頭を上げる勇気がない。顔を上げた時、無理して笑っている朱崎君の顔を見たくなくて。

「一義もこう言っている。とりあえず頭を上げてくれ、平牧さん。このままじゃ、話し合いが進まない。盛夏ちゃんも。」

 本村君にポンと肩を叩かれ、私と盛夏はようやく顔を上げた。朱崎君は笑っていた。いつもと変わらない笑顔で、私達に微笑んでくれていた。

「ほらほら、ボーっと突っ立てないで。二人とも座った座った。」

 薫に手を引っ張られ、私達二人は、輪の中に座らされた。私は横をチラッと見た。

「・・・ホント、あんたらしいよね。」

 藤越君はこちらを見ることなく、いつもと同じ無表情でそう言った。

「怒ってますよね・・・」

 今は、あなたに怒られることが、なによりも怖い。その睨むようなつり目を、今はまっすぐ見ることができない。

 そしてなにより、あなたの横にいると、胸のドキドキが止まらない。あなたに聞こえているんじゃないかと思うくらい、胸がトクトクと速くなっている。少し前まで、自分の気持ちを自覚して清々しかったのに、今じゃもう押し潰されそう・・・

「別に、もう慣れた。言ったでしょ?あんたらしいって。」

 口調も顔も無表情のまま。怒りを通り越して、呆れられちゃったのかしら。

「好ったら、いったい何がしたいのかしら?」

 弥生は、好の置き手紙を持ったまま、顎に手を当てて考え込んでいた。

「いずれにせよ、この手紙ではっきりしたわね。好が一義とケンカした原因は、少なくとも浮気じゃないって。それどころか、ケンカ自体がフェイクの可能性があるわ。」

「フェイク?どういうこと、瑠璃?」

 瑠璃の言葉に得心がいかないのか、薫が横から話に加わってくる。

「手紙の追伸よ。一義宛に、謝罪と別れの言葉。今回のケンカの原因が一義にあるのなら、好が謝ることはなにもないはずよ。あぁ見えて好は頑固だから、そう折れることもないだろうし。」

 へぇ~、好って頑固なんだ。ちょっと意外・・・

「だが、ケンカがフェイクだとしたら、なんだって時代はそんなことを?」

 佐藤君が、弥生の後ろから手紙を覗いてそう尋ねる。

「考えられる原因は、好が一義の近くにいると、何かしらの危険が迫るから。」

「危険?どういうこと?」

 天海が思わず立ち上がる。

「どういうこともなにも、私のただの推測よ。でも、仮にそうだとした場合、陽関係である可能性が高いわね。」

 瑠璃はそう言うと、私をチラッと見た。私に関係すること・・・不意に、私は胸に下げたお守りを握った。ここにある物は偽物。でも、誰しもが狙う偽物・・・

「だったら、なんだって時代は家出したあと、平牧の家に行ったわけ?」

 瑠璃に疑問を投げかけたのは、藤越君だった。

「仮に、近松の推測通りだったとしたら、時代が平牧の家に寄るのは危険すぎない?時代が、すでに敵と接触していた場合、時代に監視が付いているとも限らない。一義の身を案じたんなら、平牧の身も案じて当然だと思う。」

「すでに、時代が相手の手の内だとすれば?」

 そう言ったのは、今まで沈黙を続けていた七条君。手の内って・・・

「七条君は、好がもう、敵側に回ったって言うの?」

 天海が、少し声を震わせながら聞き返した。

「近松の推測が当たっていた場合、その可能性もあるってだけだ。敵のスパイとして平牧の家に潜入し、必要な情報が手に入れば、後はいかにもそれっぽい手紙を書いて姿を消す。もちろん、時代が進んでそれを引き受けるとは思えない。何らかの圧力や、ともすれば精神制御の類も考えられる・・・」

「精神制御って・・・まさか、いくらなんでもそんなこと・・・」

「ありえないわけじゃないわ。それだけ、あなたが抱える秘密は大きく、敵にとって価値のある物なの。」

 安奈が、横目で私を見ながらそう言った。今の私には、その言葉は痛いほど胸に刺さった。

「私・・・どうしたら・・・」

「・・・あんたは、どうしようもないんじゃない?」

 私の呟きに、藤越君はそう言った。

「そ、そんな・・・今回の事件は、私に責任があります!私が・・・私が好をちゃんと説得できていれば!」

「落ち着け、平牧。」

 私の肩を制したのは、佐藤君だった。

「瑠璃や七条の言った話は、あくまで最悪の事態を想定した場合だ。そうじゃない可能性だって、十二分にありえるはずだ。」

 それは、そうかも知れませんけど・・・

「ねぇ、平牧さん。」

 不意に、朱崎君が私を呼んだ。

「なんですか?・・・」

 私は、おずおずと聞き返した。

「好は、どんな様子だった?」

「・・・好は、いつもの好に見えました。いつものように、笑顔でした・・・だから、きっとすぐに、次山君に居場所を知られてしまうんだろうなって、思っていたんですけど・・・」

「・・・そう・・・良かった。好が、笑顔で・・・」

 そう言った朱崎君の笑顔は、ホントに嬉しそうだった。

「が、だとすれば妙だな。平牧の言うように、時代がいつもと変わらないんだったら、なんで真の探知魔法にひっかからないんだ?」

 部屋の隅で、ずっと考え込んでいた有地君が、私を見ながらそう問いかける。

「・・・それなんですが、さっきの七条君の仮説から、一つの可能性が出てきたんです。」

「可能性?」

 聞き返した本村君だけでなく、全員の視線が次山君に注がれる。次山君は一呼吸置いてから、その仮説を話し始めた。

「僕の仮説を説明する前に、忍者の方に聞きたいことがあります。忍術で、精神制御は可能ですか?」

「・・・できるよ。」

 次山君の問いに答えたのは、蘭花だった。

「いわゆる、幻術の類になるんだけどね。私が聞いた話では、戦国時代に、瞳の魔と書いて、瞳魔(どうま)一族と呼ばれる一族がいたらしいの。特殊な眼力によって、相手を瞬時に幻術にかけ、情報を引き出す。つまり、スパイや拷問を主とする一族。戦国時代、列強の武将がこぞって戦略に利用したって、お父さんから聞いたことがある。」

「その話なら、私も聞いたことがあるよ。でも、今もその一族が残っているかどうかは、定かじゃないんだって。」

 蘭花の説明に、輝美が補足を加える。

「なるほど・・・」

 二人の話を聞いて、次山君はまた少し考え始める。その時、彼に質問したのは、森君だった。

「魔法じゃ、無理なのか?」

「いえ、できます。かなり高度な魔法ですが。しかし、仮に時代さんが精神制御下にあるとしても、魔法によるものではないと思います。」

「どうして、そう言い切れるん?」

 自信満々に言い切った次山君に、光が次山君を見ながら聞き返した。

「魔法によるものであれば、心の波動とは別に、魔力の流れを感じるはずですから。それを感じない点から見て、時代さんが精神制御下にある場合、その忍術の類が一番怪しいんです。」

「なるほど・・・で、そこから導き出される仮説ってなに?」

 弥生の鋭い視線を受け、次山君はメガネをクイッと直してから、話を続けた。

「一般的に、魔法による精神制御は、暗示によって相手をコントロールすることです。ですが、竜堂さん達の話を聞いた限り、幻術は、どうやら特殊な忍術のようですね。特殊な眼力と言うからには、おそらく、その一族の眼に特殊な力があるのでしょう。その眼を見た相手は、瞬時に精神制御をかけられる。どちらかと言えば、催眠と呼ぶ方が相応しいかも知れません。」

「催眠か・・・続けてくれ。」

 本村君に先を促され、次山君は話を続けた。

「もし仮に、時代さんがその幻術によって催眠状態にあるのだとすれば、本来の時代さんの意識は、そこにありません。催眠をかけられ、いわゆる、操り人形のような状態です。そこに、時代さん本人の意識はなく、幻術をかけた主の意のままに行動させられている。つまり、時代さんの意識は介入できておらず、封じ込められている状態です。夏休みのことを思い出してください。僕が佐藤君にかけた魔法により、佐藤君の霊波は感じられなくなりました。あれと同じことが、時代さんの中に起こっているんです。」

「ちょー待って。つまりどういうことなん?」

 長い説明に頭が混乱してきたのか、一葉が次山君の話を遮る。

「つまり、時代が幻術をかけられていた場合、それによって、時代の心の波動とやらが乱れているか、あるいは極端に弱くなっている。そのため、真の探知魔法に引っかかってこないってことだ。そういうことだろ?」

 有地君の説明に、次山君はしっかり頷いた。そして、補足を始めた。

「無論、これはあくまで仮説です。そうでない可能性も、十二分にありえます。いかんせん、僕の探知魔法がその幻術によって遮られるのかどうか、確認したことはありませんから。」

「んじゃ、忍者の誰かが幻術を誰かにかけて、実験してみればいいんじゃないの?」

 藤越君のその提案に、忍者の誰もが怪訝な表情をした。

「あいにく、それは出来ないんじゃよ。」

 正倉君が、真っ先にそう言った。

「どうしてですか?」

「幻術って、その瞳魔一族しか使えないの。私達は、もっぱら攻撃部隊だから。」

 そう言って、直江はただ苦笑した。

「俺の父ちゃんも、瞳魔の眼力以外に幻術をかける方法がないか、いろいろ調べとった。じゃが、どうやら俺らには無理らしい。」

 そう言って、正倉君も首を振る。

「ところで、その仮説が本当だったとしたら、僕らはどうやって時代さんを見つけるの?」

 伊吹君の素朴な疑問に、また、誰もが押し黙ってしまった。確かに、次山君の仮説が当たっていた場合、実質、私達には好を捜す術がないことになってしまう。

「別に、捜す必要もないだろ。」

 そんな中で、妙に重たく響いたその言葉。その主は、日高君だった。

「時代が敵側に捕まっているんなら、敵はまた、時代を使っていろいろとやらかし始める。こっちが捜すまでもなく、向こうからお出ましってわけだ。無論、俺達の敵としてな。」

 日高君は、あえて敵というフレーズを強調した。好はすでに敵だ、そう認識しろと言わんばかりに、日高君の視線は鋭い。

「ずい分とドライなんだね、庄ちゃん。」

 日高君を庄ちゃんと呼んだのは、彼の幼馴染の佐藤幸美(さとうゆきみ)。ソフトボール部に所属している、大きなお団子が特徴の、気の強い子。日高君や入沢君とかと同じ、霊能力者らしい。

「庄ちゃんは、好が敵として私達の前に現れた時、攻撃できるって言うの?」

「こちらからは仕掛けん。だが、次会う時は、その状況の可能性が高いということだ。向こうがやるって言うんなら、やるしかないだろ・・・」

 日高君の目は、いつもより不機嫌に見えた。きっと彼も、本心ではそんなことをしたくないんだと思う。でも、敵であるならば仕方がないと、自分に言い聞かせている。日高君なら、それで戦えるんだろう・・・

 でも、誰もが彼みたいに、簡単には割り切れないわけで・・・

「・・・私は嫌。」

 そう呟いたのは、天海だった。

「たとえ、次山君の仮説が当たっていたとしても、日高君の言うような状況になったとしても、好ちゃんを攻撃なんて出来ない!そんなの絶対嫌!」

「そんなの俺だって同じだ!」

 天海が出した声より、さらにひと際大きな声を日高君が出した。

「口じゃこう言ってはいるが、いざその場面に出くわしたら・・・俺だって攻撃を躊躇う。それに、仮に次山の仮説が当たっていた場合、時代を攻撃しても何の意味もないだろう。」

「どうして?」

 藤越君が、日高君をまっすぐに見ながら質問する。

「時代が操り人形となっている今、解放するには糸を切るしかない。つまり、術者を攻撃して、催眠だかマインドコントロールだかを解く。それ以外に方法はない。」

「ま、相手だってそれくらいは分かってるだろうし、言うほど簡単じゃねーだろうけどな。」

 そう言って、有地君は苦笑した。そして、その根拠を説明し始めた。

「術の有効範囲がどの程度か知らねーけど、平牧の話を聞く限り、かなりの範囲に違いない。つまり、今度時代が現れた時、近くに術者がいる可能性は限りなく低い。その幻術とやらでコントロールができるなら、時代のありとあらゆる知覚情報は、ダイレクトに術者に伝わっているはずだ。なら、自分は安全な所で時代を操っていればいい。わざわざ、俺達の前に姿を見せる必要もないだろう。そういう術ってのは、使っている時のリスクが多きいはずだ。」

「リスク?」

 藤越君が聞き返す。

「俺の勘と想像だが、そういう術って、使っている間は術者が無防備になる可能性が高い。コントロールしている相手に集中していなきゃならないからな。そこらへん、なんか知らないか、等?」

「いや、俺はよく知らん。京波とかはどうじゃ?」

「私もあまり・・・父に聞けば、分かるかも知れないけれど。」

「なら、家に帰ったら聞いといてくれないか?真の仮説を鵜呑みにするわけじゃないが、可能性がある限り、調べておいた方がいいだろう。」

 本村君の提案に、小さく頷いた刹那達。確かに、今までの話は、次山君の立てた仮説を軸に進んでいた。それ以外の可能性も、きっとあるはず・・・好が、本当に朱崎君とケンカして、一回思い止まって私の家に来て、でもやっぱり出て行った、ということかも知れない。

「さて、それじゃ今後のことについて決めておこう。まず、次山は引き続き、探知魔法で時代の捜索をしてくれ。」

「分かりました。」

 グッと眼に力を込める次山君。

「等達は、瞳魔一族について調べてきてくれ。」

「おうよ!」

 森君が元気よく拳を握った。

「後のみんなは、引き続き足で時代を捜し出す。それと杉山。」

「ん?」

「念のため、平牧さんに護衛を付けたい。誰か一人、呼んでくれないか?」

「りょーかい。」

 そう言うと、杉山君は両手を絨毯にあてがい、

「召喚!隠密の冬菜!」

 そう叫んだ。やがて、彼の周りに煙が立ち込める。でも、姫の部屋に設置されているスプリンクラーは作動しなかった。

「お呼びでございますか、太助様?」

 煙が消えた後そう言ったのは、杉山君の前にかしこまる、全身を黒い装束で覆った女性。黒装束のせいか、白い肌と澄んだ瞳、そして淡い色の髪が際立って見える、綺麗な女性だった。

「あそこにいる、平牧さん姉妹の護衛を頼みたいんだ。あまり、騒ぎになるようなことを避けてほしい。」

「承知いたしました。」

 冬菜さんはそう言うと立ち上がり、私と盛夏に歩み寄った。そして、三歩ほど手前で立ち止まると、杉山君の時と同じ姿勢でかしこまった。

「お初にお目にかかります。我が名は隠密の冬菜。太助様の命を受け、これより、お二人の護衛に就かせていただきます。お二人の命は、この冬菜が命に代えましてもお守りいたす所存にございます。」

「あ、ひ、平牧陽です。こっちは、妹の盛夏です。こちらこそ、よろしくお願いいたします。」

「よろしくお願いします・・・」

 私と盛夏は、思わず口を揃えて頭を下げた。なるべく、彼女のことは、両親に気づかれないようにしないと・・・隠密って言うくらいだから、大丈夫・・・かな?

「さて、俺からは以上だが、なんか他に、時代を捜す案があるって奴はいないか?」

「あるわよ。」

 そう言ったのは、安奈だった。全員の視線が、安奈に集まる。

「安奈、あれをやるのか?」

「えぇ。あれなら、好の微弱な霊波でも感じ取れるし、探索範囲も広いしね。」

 どうやら小野君には、安奈がすることが分かっているみたい。でも、私達にはちんぷんかんぷん・・・

「緑山、どういう方法なんだ?」

 本村君のその問いかけに、安奈は伊吹君を見ながら言った。

「言ってしまえば、伊吹のやっていた霊力探知の本式って所ね。」

 霊力探知って・・・

「昨日のお昼休み、伊吹君が好の位置を探るのに使っていた?」

「そう、それよ。私がやろうとしているのも、括ってしまえば同じもの。ただ、生まれ持った才覚のみでそれをやっていた彼に比べれば、範囲と精度は桁違いの自負はあるわ。」

 安奈は、自信満々にそう言ってのけた。そして、さらに説明を続ける。

「伊吹のやった霊力探知でも、少なくとも関東全体は探れたでしょうね。もっとも、好の霊力はそんなに高くないから、他の強い霊力に隠れた可能性もある。無論、探知範囲が足りない可能性もね。でも、私が本式の霊力探知を行えば、日本全土にその範囲は広がるわ。」

 に、日本全土?急にスケールが大きくなった・・・

「そいつは頼もしいな。緑山が本式を知っているのは、やっぱり巫女だからか?」

 本村君のその言葉に、安奈は少し視線を緩めて答えた。

「どうもみんな、私を巫女だと勘違いしているみたいだけど・・・私は、巫女じゃなくてイタコよ。本式も、祖母から教わっただけ。実際にやったことはないわ。」

「でも、安奈は頭で理解さえしていれば、確実にやってのける。おいらが保証する。」

 小野君は、そう言っていつもの気の抜けた笑い声を発した。

「義政の保証なら、安心だな。緑山、その本式はどれくらいで結果が出るんだ?」

「そうね・・・一日、時間をもらえれば何とかなるわ。というわけで、私と義政は学校を休むから、うまいこと言っといてね、陽?」

「え?う、うん・・・」

 と、私は頷いたものの、なんで私なんだろうという疑問に、首を傾げるしかなかった。

「よし、それじゃ二人にはそれを任せるぜ。結果が分かり次第、俺にメールしてくれ。」

「おう。」

 義政君の笑顔を最後に、その日の緊急会議は終了となった。

 姫の家からの帰り道。私と盛夏は、藤越君と一緒だった。姫の家を出る際、姫から彼にこんな声がかかったからだ。

『藤越さん。陽さんと盛夏さんを、ご自宅までお願いいたします。冬菜さんには、先にお二人のご自宅付近の安全を確認していただいた方が、よろしいかと思いますので。』

 姫の提案に、冬菜さんの主である杉山君も同意し、冬菜さんは一足先に、私達の家に向かった。そして、姫に言われたとおり、藤越君は私と盛夏を送ってくれている。もっとも、ゆっくり夜道を歩く私達に合わせて、付いてきてくれているだけ・・・姫の家を出て数分。私達三人の間に、会話はまったくない。秋の夜空の下、虫の音と、自転車のタイヤが空回りする音だけが響く。

 どうして、彼は私に、一言も声をかけてくれないのか・・・その問いには、すぐに答えの想像がついた。姫の家ではああ言っていたけど、やっぱり彼は、怒っているんだ。横目で窺ってみた彼の表情は、いつもと同じ鋭い目線で、時折、細い夜道に視線が行く。きっと、私達の身を案じてくれてのことだと思う。

 でも、決して彼は、私の方を見ようとしない。それに、声をかけようともしない。まるで、私達のことを空気のようにしか感じていないかのように・・・

 でも、それは私も同じ。私も、彼に声をかけようとしない。原因は、不安・・・ホントに、色々な不安がありすぎて、彼に声をかけることが出来ない。もちろん、大好きな彼とは、色んな話をしたい。今は、そんなのん気なことを言っている場合じゃないけど・・・でも、彼とはたくさん話をして、もっと私のことを知ってほしいし、彼のことを知りたい!

 ・・・でも、とてもそんなことが許される状況じゃない。それくらいの罪を、私は犯した。今私が、彼に何か話しかけたとしても、きっとすぐ、闇夜に溶けて消えてしまう。

 そして、次の角を曲がれば、もう私の家がすぐそこという所まで来た。その時、彼が不意に言葉を発した。

「・・・結局、ここまで一言も話さなかったじゃん。」

「え?」

 私は思わず立ち止まり、彼の方を見た。彼も歩みを止めると、私達の方を振り返る。

「あんたがなんか話しかけてくるだろうと思って、あえて何も言わなかったんだけど・・・もしかして、俺が怒ってるとか思って、何も話さなかった?」

 私は、彼のまっすぐな視線に吸い込まれそうになるのを避けるかのように、少し目を逸らしながら頷いた。すると彼は、軽くため息をついた後、こう言った。

「言ったじゃん。別に怒ってないって・・・」

 彼の口調は、怒っているというよりも、少しすねたような口調だった。

「あんたの性格考えたら、不思議でもなんでもない。さっきも言ったじゃん、あんたらしいってさ。一義や他のみんなも、許してくれたし・・・それに、多分誰だって、平牧とおんなじ行動すると思うよ。」

「藤越君でも、ですか?」

「もち。俺よりも、姉ちゃんの方が放っとかないだろうね。とにかく、誰も二人のことを怒ってないから、安心すれば?」

 彼はそこまで言うと、一呼吸間を置いて、こう続けた。

「俺としては、むしろ平牧の行動を嬉しいって思うし・・・」

 そう言われた時、私はハッとして顔を上げた。月夜に照らし出された彼の表情には、口元を緩めた、笑顔が浮かんでいた。

「あの、嬉しいって、いったい?・・・」

「別に・・・あんたが、時代を庇っていたことがさ、俺としては嬉しいだけ。さっきも言ったけど、仮に時代が俺の家に来たって、俺は平牧とおんなじことをしたと思う。でも、俺なら絶対に聞くと思うんだよね・・・二人がケンカした理由。」

「二人がケンカした、理由・・・?」

「そ。時代が一義の何に怒ったのか・・・やっぱ気になるじゃん。」

 それは、確かにそうだけど・・・

「まさか、藤越君は、私ならその理由を聞くことはないだろうって、そう言いたいんですか?」

「そういうこと。ま、時代の性格なら、平牧に自分から相談しそうだけど。」

 そう言って、彼はまた軽く笑った。

「確かに、姉さんは自分から聞かなかったね、ケンカの理由。」

 ずっと黙って話を聞いていた盛夏が、思い出したかのようにそう言った。私は、好と過ごした一晩のことを思い出してみる・・・聞かなかった、かな?・・・

「ま、次に時代が俺達の前に現れた時、ある程度のことははっきりするだろうから・・・それまで、平牧と盛夏ちゃんは任せるよ、冬菜さん?」

「承知しております。」

「うわ!?」

 いつの間にやら、藤越君の後ろには冬菜さんの姿。黒装束で闇に紛れて、まったく気づかなかった。

「い、いつからいたんですか?」

「つい先刻より。陽様と盛夏様のご自宅、安全確保できております。」

「あんたがいないのに?」

「ご安心を。強力な結界を張ってございます。」

 きょ、強力な結界?

「その結界の強度は?」

「戦艦大和の砲撃にも耐えうるものでございます。」

 せ、戦艦大和?・・・なんだか、途端にスケールが大きくなったような・・・

「強度、抜群だね。じゃ、後は任せるよ、冬菜さん?」

「承知でございます。」

「じゃね、平牧に盛夏ちゃん。」

 彼はそう言って私達に背を向けると、自転車で颯爽と闇を駆けて行ってしまった。


 家に帰り、布団にもぐりこんだ私。が、今後のことが気になりすぎて、よく眠れることのないまま、翌朝を迎えた。


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