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第二話一章 明確におかしなもの

第一章

                 明確におかしなもの


 二学期が始まって、既に今日で二週間。残暑の和らぎが、朝晩はそれとなく感じられるここ最近。ついこの前まで、寝る時には扇風機をエンドレスで首振り運動させていたっていうのに、いつの間にか、タイマーを二時間にセットしている自分がいる。あと一週間もすれば、扇風機をかけて寝ることがなくなり、さらに三日も経てば、扇風機はお役御免となるはずだ。普通なら押入れにしまう所だけど、ウチの押入れはそれほど広くない。おそらく、部屋の隅で埃をかぶって次の夏を迎えるんだろう。そして冬には、ストーブが同じような役目の始まりと終わりをしていくんだろうけど・・・さすがにそうなると少し狭いかな?・・・ま、それは冬場になってから悩もう。そう決めた俺は、

「ウィーッス・・・」

 まったく覇気のない挨拶と共に、見慣れた教室の中へと足を踏み入れた。普段なら、何人かの返答があるんだけど、その日返ってきたのは返事じゃなく、

「もう知らない!」

 とかいう馬鹿でかい声だった。そして同時に、

『ガラッ!』

 後ろの扉を勢いよく開けて、誰かが走り去っていった。その後を、

「好、ちょっと待って!」

 と叫びながら、またもや誰かが走っていった。急展開ながらここまで確認出来た俺。どうやら今日は、いつもより視野が広いみたいだね。さて・・・

「詳しく説明してもらえる、平牧?」

 俺は、二人の人間が走り去った扉を呆然と見つめている平牧に、そう声をかけた。

「え?・・・あ、ふ、藤越君!いつからいたんですか?」

「もう知らない、からかな?でさ、血相変えて飛び出していった二人は、誰なわけ?」

 俺はかばんを置きながら、平牧にそう尋ねた。

「・・・ま、後から出て行ったのが一義だったことを考えると、最初のは・・・」

「・・・はい、好です・・・」

 やっぱりね・・・好とは、時代好(ときしろこのみ)という女子のこと。弓道部所属で、一義の彼女だ。その仲睦まじさは、守と有地の双子ばり。俺達の前じゃ所構わずいちゃつきまくっている、一義の最愛の女子。普段からフリフリした服を着ているのが特徴的。

「喧嘩でもしていたわけ?」

「そう・・・みたいです・・・」

 平牧は俯きながら、今にも消え入りそうな声でそう言った。あの二人が喧嘩ね・・・

「授業が始まる前に、二人が戻ってくる可能性は低いわね。」

 後ろの席で数学の教科書を広げていた東山が、少しだけ俺を見てからそう言った。ま、気まずいだろうからね、何かと。

 にしても、何だってあの二人が喧嘩を?二人が喧嘩する理由なんて、普段の二人を知っているだけに、全く分からない。ただ、あの一瞬の状況から察するに、一義の何らかの行為が、時代の逆鱗に触れたと考えるのが妥当だろうね。あの温厚な時代を、あんだけ逆上させることだ。一義のやらかした失態は、かなりのことに違いない。

「それより、捜しに行かなくていいの?」

 歩が不安そうに智に尋ねた。

「なーに、その内戻ってくるよ。」

「戻ってこなかったら?」

 智の楽観的な答えに、近松は反論に近い質問をした。

「・・・その時考えよう・・・今は、二人を信じて待ってようぜ。」

 そう言うと、智は一時間目の準備をし始めた。


「おっはよーう!・・・ってあれ?一義と好は?」

 朝のHR。元気いっぱいの豊綱先生が教室に来て、開口一番、二人の所在を聞いてきた。少し答え辛そうな雰囲気が流れる中で、

「お二人がどこにいらっしゃるのか、私達は存じ上げません。」

 はっきりそう言ったのは鳳凰だ。

「そう・・・それじゃ、後で電話でもしてみるか・・・」

 豊綱先生はそう言ってなにやらメモを取ると、出席簿を教卓の上に置いて、俺達を笑顔で見渡した後こう言った。

「さて、授業を始める前に・・・一つだけ、みんなに聞いてもいいかしら?」

「なに?」

 俺が思わず、そう聞き返すと、先生は俺を少し見てからこう言った。

「何か隠してない?」

 ・・・さっきまでの笑顔はどこへやら・・・俺を見ている先生の顔は、今にも回転蹴りを繰り出しそうな顔だ。

「あなた達と出会って、もう半年近く経つのよ?それだけの時間じゃ、一義と好のことを隠さなきゃいけないほど、私を信用できないかしら?」

 ・・・どうやら、先生に下手なごまかしは無意味らしい。そう悟り、なおかつ、先生の気迫にすっかり負けている俺は・・・

「二人とも、喧嘩して教室出たっきり、戻ってこない。」

 と、あっさり現状を告白した。

「喧嘩?あの二人が?」

 先生は、心底信じられないという表情で俺達を見渡す。まぁ、俺達としても信じられないわけだけどね、正直な話。

「喧嘩したって・・・原因は?」

「それが、よく分からないんです・・・」

 消え入りそうな声で、平牧はそう言った。

「分からない?どういうこと?」

「それが・・・」

 平牧は一呼吸置き、喧嘩をしている時の二人のことを語り始めた。

「私が教室に来て少ししてから、朱崎君がやって来ました。確か、本村君も一緒だったと思います。」

「朝練終わりだったからな。」

 智の補足を確認し、平牧は言葉を続ける。

「それから少し後、好も教室に来たんですが・・・明らかに不機嫌そうでした・・・」

 不機嫌な時代か・・・まったく想像がつかない。

「そして朱崎君に近づいて、いきなり彼にビンタを・・・」

「あの好が?」

 思わず先生が声を上ずらせた。無理もない。怒りに満ちた表情で一義を殴る時代・・・まったく想像できない。

「朱崎君は、訳が分からず呆然としていました。いえ、彼だけじゃなく、その場にいた人全員、なにが起こったのか分からない状況で・・・」

 分かっていた奴がいた方が驚きだ。誰も予想しないだろうし、そんな展開。

「その後も、好がずっと怒り続けている状態でした。それで最後には、もう知らないって叫び、そのまま教室を出て行きました・・・朱崎君も後を追ってそのまま・・・」

「・・・そう・・・」

 先生は話を聞いて、思いっきり表情が沈んでいた。そしてしばらく黙っていた後、絞り出すようにこう言った。

「少しの間・・・そっとしておいた方が、いいわね・・・」

 そう言った時の先生の表情は、悲しい笑顔で満ちていた。


 結局、昼休みになっても二人は戻ってこなかった。いや、もう今日は戻ってくる気がないんだろう。少なくとも時代に関しては、だけど。歩の話だと、既に時代の自転車はないらしい。となると、少なくとも時代は、一義と同棲している家に帰ったことになる。まぁ、仮にそうだとすれば、一義もそれを追ったと見るのが普通かな?

「・・・ダメだ・・・僕の霊力探知範囲を超えちゃっているみたいだ。元々あの二人は、霊力値も高くないしね・・・」

 そう言って、精神を集中させていた伊吹は首を振った。一方で、

「・・・見つけました。」

 そう言ったのは次山だ。探知魔法をとやらを使って、一義と時代の位置を探っていた。俺達は次山の近くに集まる。

「一義君は・・・どうやら家にいるようですね・・・」

「好ちゃんは?」

 次山に不安そうに聞いたのは、時代と同じ弓道部の高田天海(たかだあずみ)だ。天然な奴で、派手な髪留めと派手な髪の色が特徴。入沢や義政と同じ霊力を使うタイプの奴だけど、ちょっと変わった使い方をするらしい。見たことないからよく分かんないけど・・・ともあれ、高田は時代の一番の親友だ。高田が必死になるのも無理はない。

「時代さんは・・・あれ?・・・」

 次山の表情は、ドンドン困ったものになっていった。どうかした?

「それが・・・時代さんの位置が掴めないんです・・・そんな、どうして?」

 聞きたいのはこっちだよ。

「伊吹の能力と一緒で、探知範囲を超えた所にいるんじゃないのか?」

 そう言ったのは恭一だ。

「あら、あんたにしては珍しく鋭いじゃない。」

「珍しくは余計だ。」

 こんな状況でも夫婦漫才が出来る二人・・・のんきと言うかマイペースと言うか・・・

「いえ、それはありえません。この探知魔法は、契約を交わした相手であれば、例え地球の裏側でも場所は特定できます。」

「じゃあ、なんで分からんのよ?」

 義政がもっともな疑問を口にする。

「確かに、言っていることが違うんじゃない?」

「だから、僕にもよく分からないんです・・・なんで、時代さんの位置が分からないのか・・・」

 次山の表情は、ドンドン困惑に満ちていく。それと一緒に、俺達の表情もなんだか沈む。そんな暗い雰囲気が立ち込める教室に、

「弥生っち、いる~?」

 そんな明るい、あっけらかんとした声が響いた。俺達は、いっせいに声のした方を見る。そして、名前を呼ばれた東山は、

「中田さん?」

 相手の名前を呼んだ。そして、教室の入り口からこっちを見ているその人物に近づいていく。

「お取り込み中だった?」

「いえ、特に・・・それで何か御用ですか?」

「あ、そうそう。例のプロジェクトの話なんだけど・・・」

 二人の間で、なにやら小声で内密な会議が行われている。

「あんたはいいの?」

 俺はもう一人の放送部員、錦飛鳥(にしきあすか)にそう言った。物腰の低い、鳳凰や有地みたいな女子で、家はレストランを経営しているとのこと。錦もけっこう、スイーツ系を得意としている。銃剣道という、これまたマニアックな武術の使い手だ。

「えぇ。私は、今回のプロジェクトの最終段階から参加ですので。」

 少し長めの前髪から澄んだ瞳を覗かせ、俺を横目にそう言う錦。

「東山は、初期から参加?」

「その通りです。弥生さんは、将来の部長候補とまで言われていますから。」

 東山が部長ね・・・一気に規則が厳しくなりそうだ。

「あの人は?」

「あの方は、現部長の中田雅(なかたみやび)さんです。我が高一の情報通ですわ。」

 情報通ね。俺は、錦がそう修飾した中田さんを見た。

 なにやら資料片手に東山と打ち合わせをしている中田さんは、身長が百七十ほどある。高校生にしては、けっこう色気のある方だと思う。それを強調しているのが胸だ・・・真っ先に胸に目が行ってしまうのは、きっと親父からの遺伝とアメリカ生活のせいだ・・・ともかく、高校生としては大きい方だろう。後ろ手に括られた髪は、少し派手に染めている。おでこが広いせいか、知的な印象も受ける・・・俺だけ?

「というわけだから、こっちは弥生っちに任せるよ。」

「分かりました。」

 東山は、中田さんから資料とUSBメモリーを受け取ると、自分の机の所へと戻って行った。

「それにしても・・・E組は噂通り、仲良しこよしだね~。」

 中田さんは俺達を見渡すと、なんとも楽しそうな笑顔でそう言った。

「噂通り?」

 はてさて、どんな噂が立っているんだろうね。

「ま、現実味のない噂が多いんだけどね。後は、色恋沙汰関係かな。」

 う~ん・・・なんだろ・・・どっちのもそれなりに気になるジャンルなんだけど。

「最近の情報としては・・・」

 中田さんはブツブツと言いながら、キティの描かれた手帳をパラパラと捲りだした。けっこう使い込んでいるのか、少しボロボロだ。

「昨日の日曜日、伊吹涼が下着店にいたっていう情報があるんだけど・・・」

「わーわーわーわーわーわーわーわーわーわーわーわーわーわー!」

 伊吹がなにやら叫びだした・・・逆に分かるって、それ。

「・・・なんだってんなとこにいたんよ?」

 義政が、少し苦笑しながらそう言った。

「・・・お姉ちゃんの買い物に付き合わされただけ・・・下着は、男が喜ぶ物をつけなきゃってね・・・何も僕を連れて行かなくたって・・・」

 伊吹は相当ブルーな様子だ。今にも、教室の隅で膝を抱えかねない。

「なんかその手帳、知りたいようで知りたくない情報に溢れているような気が急にしてきた。」

「ま、こんなのは日常茶飯事って感じかな?君についても色々あるよ、藤越君?」

 そう言って、中田さんは楽し気に手帳の表紙を俺に向けてくる。

「聞きたくないっす。」

「そう?あんまり来ることもないし、裏を取れるだけ取りたいんだけど・・・ま、いっか。七割方は、さすがにデマっぽいしね。」

「三割は、現実味があるんですか?」

 歩の瞳が心なしか輝いている。こういうの好きだからね、歩は。

「ま、私の中ではね。ちょくちょく新聞に載せるから、バッチリ見てちょ。」

 そう言って、パタンと手帳を閉じた中田さん。踵を返し、教室を出ようとした瞬間だった。

「あ、そうだ。もう二つだけ、せめて聞かしてくんない?」

 そう言って、首を限界近くまで回してこっちを向いた。

「あと二つもっすか?」

「不機嫌な顔しないでよ、藤越君。んで・・・一つ目は、今朝得た超最新情報。テニス部朱崎一義と、弓道部時代好の破局。」

 ・・・あ~・・・返答に困る質問っすね・・・

「ということは、事実なわけ?」

 俺達の沈黙を肯定と受け取ったのか、中田さんが一歩前に出てくる。

「お二人が喧嘩したことは事実ですけど、破局ではないと思いますわ、中田部長。」

 錦がいつもの笑顔でそう言った。ま、そうであってほしいね。

「なるほどね・・・喧嘩に関しては事実、と・・・いや~、朱崎君は一年でもトップレベルのプレイボーイだからね。色々、女性関係は噂が絶えなくってさ~・・・」

「あの一義が?」

「同学年や先輩はもちろんのこと、他校の生徒に教職員まで幅は広くてさ・・・誰が本命かはっきりしない分、こっちとしても噂の収集に精一杯だったな~。」

 一義がね・・・以前、智の性格をあーだこーだ言っていたけど、自分もじゃんと、今度会ったら言ってやろう。

「ま、八割近くはデマだと思うっすよ?」

「こっちも同意見。さて、それじゃもう一つの噂・・・これが真実なら、けっこうでかい話なんだけどさ・・・」

 でかい話?

「ウチの学校でOLの死体が見つかった事件、あったでしょ?あの犯人、突き止めたのはみんなだって話があるんだけど・・・」

 瞬間、クラスの空気が一気に張り詰めた。忘れもしない、川西さんの事件だ。緑山と伊吹を中心に、クラス一丸となって捜査に乗り出し、あの光崎と対峙することになった、あの事件。平牧の抱える秘密が、マジででかいもんなんだってことを、俺自身がはっきり認識した事件でもあった。結局、光崎は国外へ逃亡したとの見方が強く、捜査本部は奴を国際指名手配。でも、事件から四ヶ月以上経った今、その事件自体は風化しつつある。義政の姉である蛍さんも、今はその事件の捜査を離れ、別件の担当になっているらしい。

「どこから、そんな話になったんですか?」

 口を開いたのは緑山だ。中田さんをまっすぐに見据えて聞く。

「そこに関しては曖昧でさ・・・ま、どうせデマだと思うけどね。いくらこのクラスが超人揃いだからって、あの難解事件の犯人を突き止めることなんて出来ないと思うし。さて・・・お邪魔したね、みんな。また、いいネタ見つけたら裏取りに来るから、よっろしく~。」

 中田さんはそう言ってウィンクすると、教室を出ようとした。それを、

「部長。」

 錦が呼び止めた。

「ん?」

「一義さん達のことは、御内密に願います。何分、デリケートな問題ですし、クラスのことでもあるので。」

「大丈夫。スクープは好きだけど、モラルを守るのがモットーだから。んじゃね!」

 中田さんは大きく手を振り、教室を後にした。少しの沈黙の後、

「・・・驚いたな。」

 そう言ったのは智だ。

「確かに、驚きだね。」

「いったい、どこからそんな話が?」

 杉山も、驚愕の表情を浮かべている。

「ま、人の噂も七十五日。俺達が黙っている限り、当面は大丈夫だと思うけど?」

「火のない所に煙は立たねーぞ。」

 そう言って、日高は俺を睨んでくる。

「不安煽るね、日高。ま、噂ばら撒いた張本人探しは、時代を見つけてからでも、遅くはないんじゃない?」

「そうだよ!まずは好ちゃんを捜さなきゃ!」

 高田の必死さが増している。ホント、友達想いだよね。

「とは言ってもさ・・・真の探知魔法で見つかんねー時代さんを、どうやって見つけるんだ?」

 杉山が、怪訝そうな顔でそう言った。確かに、その疑問は至極当然だ。

「だいたい、次山?」

「はい?」

「なんで、時代の位置が分かんないのさ?」

「分かりませんよ・・・僕にだって・・・分かりませんよ・・・」

 次山は、シュンと俯いてしまった。このまま下手に攻めると、繊細な次山は泣き出しかねないね。

「ま、原因がどうあれ、それで分からない以上仕方がない。放課後、手分けして捜そう。」

 その智の提案に、異を唱える奴は誰もいなかった。


 そして、放課後がやって来た。これほど、放課後を待ち望んだのも久しぶりだ。

「そう・・・好を捜しに・・・」

 俺達から話を聞いた先生は、そう呟いて、

「健闘を祈るわ。」

 笑顔で俺達を送り出した。

「そんじゃ、とにかく手分けして捜そう。二人一組ぐらいが妥当・・・だな。」

 という智の提案で、二人一組、正門裏門から四方六方八方に散らばる俺達。普段なら、俺は伊吹と捜しに出る所なんだけど、

「委員会が終わってからでいいかな?」

 という事情により、伊吹は別行動を取っている。伊吹は美化委員で、これは各クラス一人しか割り当てられない通年委員。伊吹は一年美化委員長だから、委員会を休むわけにもいかない。というわけで、俺は高田と捜すことになった。

「さて、どっから捜そっか?」

 弓道部部室から出てきた高田が、俺に問いかけてきた。ま、みんなこれと言って当てもなく捜しているわけだし・・・

「ところで、なんで部室に寄ったわけ?」

「え?レストシート、書いていたんだけど?」

「レストシート?なにそれ?」

「ウチの部特有の、出欠表みたいなやつかな。欠席する時は、そこにクラスと名前と理由を書くの。四代くらい前の部長が考えたって、私は先輩から聞いたんだけど。とりま、好ちゃんは病欠にしておいて、私は、そのお見舞いってことで。」

「おや、高田君じゃないか。」

 俺達の会話に、一人の人間が加わってきた。中田さんと同じく、背の高い女性。ショートカットにジーンズの似合う、少し中性的な感じの女性だ。

「高田の知り合い?」

「うん、部長の重村さん。こんにちは、重村さん!」

「あぁ、こんにちは。相変わらず、高田君は元気がいい。」

 そう言って、重村という女子は笑った。なるほど・・・確かによく見れば、後ろに弓道の道具一式を背負っている。

「こちらの少年は?」

 重村さんは、俺を見ながらそう言った。

「同じクラスの、藤越君です。」

「ども・・・」

「そうか。初めまして。二年の重村弓枝(しげむらゆみえ)だ。」

 軽く自己紹介した後、重村さんは左手を差し出してきた。俺はそれを軽く握り返した後、こう言った。

「なんで、俺が左利きだって知ってるんすか?」

 重村さんは左手を離すと、その笑顔のまま答えた。

「中田から、色々と聞いていてる。彼女とは、小学校からの知り合いでね。知の探求が趣味の私にとって、彼女のもたらす情報は中々に有意義なんだ。その過程で、君の事を少し聞いているだけさ。」

 中田さん、いつ調べたんだろ・・・クラブの時かな?

「それで高田君?今日は不参加なのかい?」

「あ、はい。あと、好ちゃんも・・・理由は、レストシートに書いてありますので。」

「そうか、心得た。では、また明日。」

「はい、お先に失礼します。」

 高田は重村さんに礼をした後、自転車置き場の方へ走っていった。俺も続いたけど、振り返って一瞬だけ見えた重村さんの口は、『頑張って』と、動いたように見えた。


「そんじゃ、とりあえず好ちゃんの家の方に行こう?」

 自転車に乗り、高田がそう言ってきた。俺は特に反対する理由もないから、適当に頷いた。

「そんじゃ、私についてきて。」

 高田が、勢いよく自転車を発進させる。俺も後に続いた。

 自転車を走らせること数分。俺と高田の前には、三階建てのアパートが建っていた。白塗りの外壁が、雨雪に長年さらされていたせいで少し灰色がかっている。

「ここが、時代の家?」

「そ。好ちゃんと朱崎君の家。」

 へぇ、二人が住んでいるのってここなんだ。でも・・・

「いると思う?」

「現場百辺だよ。さ、行こう!」

 高田は勢いよく階段を駆けていった。多分・・・現場百辺はここで使う言葉じゃない。俺は後に続きながら、そんなツッコミを心で呟いた。

 二人の部屋は、二階の一番右端にある部屋だ。高田は特にためらわず、呼び鈴を押した。

『・・・・・・・・』

 特に反応がない。

「留守なんじゃない?」

 俺は正直な感想を告げた。すると高田は、

「でも、昼間は朱崎君がいたんだよね?」

 と反論してきた。

「あぁ、次山が見つけた時ね。でも、あれから三時間は経っている。きっと一義も、時代を捜しに出ているはずだ。」

「う~ん・・・それもそっか・・・でもさ、これで鍵が開いていたりしたら、なんだかサスペンスドラマって感じじゃない?」

 そう言って、高田はドアノブに手をかけて力を入れた。すると意外なことに、

『ガチャッ』

 扉は音を立てて開いた。一瞬、俺と高田は言葉を発さず、開いた扉を見ていた。でもすぐに、

「一義。」

 俺を先頭に、部屋の中へと足を踏み入れた。

 一義は、部屋の真ん中に立っていた。日の光が差し込み、やや逆光になっているせいか、その表情は窺い知れない。でもその右手には・・・太陽にキラリと光る包丁が握られていた。

「一義!」

 自分でも少し驚くくらいの声で叫んだ俺は、一義めがけて走り出した。その俺の横を、

『シュッ』

 何かがすごい速さで通り過ぎ、

「ぐぁ・・・」

 一義を気絶させていた。

「高田・・・いったい、何を?」

 俺は、後ろで目つきを鋭くしていた高田に、無意識の内にそう尋ねていた。

「そっか・・・藤越君は見たことなかったっけ・・・」

 そう言うと、高田は一義の部屋に上がり、一義の横に立っている男の傍で、俺の方へ振り返った。そしていつもの笑顔で、こう言った。

「これが私の力、霊の擬人化だよ。」

「霊の擬人化?それって、あの川西さんの事件の時、義政や緑山がやっていたようなやつ?」

「あぁ、あれとはちょっと違うんだ。」

「違う?どういう風に?」

 俺の質問に、高田は的確な言葉でも探したのか、数秒間を置いてから答え始めた。

「安奈ちゃん達が使っていた能力は、人間霊に肉体を形成する器を与え、擬似的に蘇らせる。でも、あの能力は人間霊に限定された力。私が使う能力はその逆で、動物霊を一時的に人間霊に変化させて、さらにそれを具現化させる。安奈ちゃん達の能力と違って、動物霊にしか使えない。しかも、制限時間もかなり少ないんだ。ちなみに、この人はニホンオオカミの霊を擬人化させた者。動物霊は、人間霊と違って、それほど霊力が高くないから、私の力はそれほど負担にならないんだ。」

 高田がそう言うと、横に立っていた奴が軽くお辞儀した。俺もつられて頭を下げる。それにしても・・・

「なんだか、色々とややこしい能力だね?」

「いや~、褒めないでよ~、照れちゃうな~・・・」

 誰も褒めてないって。

「ま、とにかくそういうわけだから。ありがとね、リュウ。」

「気にするな。じゃな。」

 リュウと呼ばれたその男は、その言葉だけを残して姿を消した。

「さて、これからどうする?」

「とりあえず、詳しい話を聞かないとね・・・好ちゃんはいないみたいだし・・・」

 高田は、部屋を見渡しながらそう言った。確かに、俺達以外の気配はない。じゃ、俺は次山に連絡でもするか。その方が、色々と手っ取り早そうだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・うう・・・ぅう・・・・・・・・・ん?・・・・・」

「お、目ぇ覚ましたぞ。」

 義政の声に、誰もが一義の方を向いた。

「・・・・・・・・ここは?」

「私の家ですわ。」

 そう、ここは鳳凰の家だ。あの後、次山に連絡した俺は、テレパシーを使って晴一を呼び、バイクで一義をここまで運んでもらい、残りのみんなには、鳳凰の家に集まるように呼びかけておいた。そして、今ようやく、一義が目を覚ましたわけだ。

「・・・・どうして僕・・・こんな所に・・・」

 一義は、大きいシングルベッドの上から、見慣れない豪華絢爛な部屋を見渡してそう言った。

「そういえば僕・・・誰かに殴られて・・・痛っ・・・」

 一義は脇腹を押さえ、苦しそうにうずくまった。

「あ、ご、ごめん朱崎君。つい本気で・・・多分・・・」

「え?・・・僕を殴ったのって、高田さんなの?・・・」

 一義は、心底信じられないという表情を浮かべた。高田は、苦笑交じりに否定した。

「私が、直接やったわけじゃないけど・・・リュウ、力強くやりすぎたんじゃない?」

 虚空へ問いかけた高田に、

「全力で止めろと言ったのは、あんただぜ?」

 リュウは突然姿を現し、高田に反論した。

「この人は・・・?」

「あぁ、ニホンオオカミのリュウ。私の友達、って感じかな?ほらリュウ、ちゃんと謝って。」

「なんでだよ?」

 リュウは反論し、そのまま消えた。

「久しぶりだったな、リュウを見たのは。」

 晴一は、高田の後ろからそんな感じで話しかけた。

「久しぶりって、晴一は知り合いだったんだ?

「俺と高田は、小学校からのご近所さんでな。リュウとも付き合いは長い。」

 そうなんだ。

「んなことよりも一義!何だって自殺なんかやろうとした!?」

 ここまで我慢していたものを全て吐き出すかのように、智は一義に詰め寄った。一義も、智の剣幕に少し表情を強張らせた。

「智、落ち着きなって。」

 秋山が智の肩に手をやる。智は、少しの間一義の胸倉を掴んでいたけど・・・

「・・・時代は、どこへ行ったんだ?」

 その質問と同時に、手を離した。一義は、少しの間智を見た後、

「僕が聞きたいよ・・・」

 そう、吐き捨てるように呟いた。その目は、悔しいような歯がゆいような、それとも自責の念に苛まれているのか・・・いずれにせよ、いつもの穏やかな一義の瞳じゃなかった。

「お、遅くなりました・・・はぁ、はぁ・・・」

 息を切らして入ってきたのは平牧だ。これで、後ここにいないのは次山だけだ。

「あら、やっとご到着?」

 東山が、息を切らしている平牧を見ながらそう言った。

「珍しいね、あんたが集合に遅れるなんて。どこまで行っていたわけ?」

「町外れまで行っていたら・・・道に迷ってしまいまして・・・」

 またか・・・この方向音痴だけは、そうそう治るもんじゃなさそうだ。

「って、誰かと一緒に捜しに行ったんじゃなかったの?」

「光と捜しに行ったんですが・・・途中ではぐれてしまって・・・光は?」

「ウチならここやで。けっこう電話してんで、陽ちゃん?」

「ごめん・・・電池、切れちゃって・・・」

 平牧は汗を拭いながら、部屋の中へと入ってきた。

「それで、好ちゃんは見つかったん?」

 高村の問いに、平牧は力なく首を振って答えた。ここまで成果ゼロとは・・・

「あれ?そういえば、次山君は?」

 平牧は、ただ一人来ていない次山を捜して部屋を見渡す。

「あいつは家だよ。なんでも、探知魔法で時代が見つからなかった理由を調べるらしい。そこから、時代を捜すヒントが逆に見つかるかも知れないって。」

「そうですか・・・」

 平牧はそう言うと・・・一瞬だけ不安そうな表情をした。いや、いつもそんな表情をしていると言えばそうなんだけど・・・いつもの不安とは、ちょっと違う不安だった。どんな不安かまでは分からない。でも、なんだかいつもと違う気がした。

「遅くなりました!」

 次山が、勢いよく部屋に入ってきた。瞬間、平牧がかなり驚いたように見えた。ホント・・・今日の平牧は少し様子がおかしい。後で聞いてみたりしようかな。

「次山。原因は分かったのか?」

 恭一の問いに、

「はい。」

 次山は力強く答えた。

「どんな原因だったの?」

「どうやら時代さんは、心を閉ざしてしまっているようです。」

「心を閉ざしている?それと魔法が、いったいどうやって繋がるわけ?」

「これを見てください。」

 そう言って次山が取り出したのは、やけにぶ厚い古びた本だ。表紙には、見たこともないような文字が並んでいる。

「それ何?」

「これは、僕が学んだ魔法が載っている魔法書です。」

「おいおい、持ち出していいんか?貴重なもんだろ?」

 珍しく、義政がなにやら心配している。

「時代さんの安否には、代えられませんよ。それで、この本のこのページが、僕が使った探知魔法に関するページなんですが・・・」

 そう言って、次山が本を開く。表紙と同じ、象形文字とも現代文字とも区別しにくい、なんとも不思議な文字列の集合体があった。

「次山、これ何語?」

「古代のギリシャ語です。魔術の発祥は、紀元前のギリシャですから。これは、その頃から残っている、世界最古の魔法書です。」

 世界最古の魔法書、ね・・・なんか、ロープレ後半で出てくるレアアイテムみたいなステータスだ。

「そんなものを持っているのって、地味にすごいんじゃない?」

「真の実家は、日本魔法協会の会長だかんな。実際、魔法協会内じゃ、真の一家の名前を知らん奴はおらんらしい。」

「なるほど。それで、その魔法書にはなんて書いてあったわけ?」

「え~っと・・・探知魔法、それ即ち、相手の心の波動を感じることである。」

「心の波動?」

 なんか、またもイマイチピンと来ない単語が出てきた。

「心の波動は、分かりやすく言えばオーラです。お姉ちゃんも、以前そう言っていましたし・・・」

 お姉ちゃん?

「次山、姉ちゃんがいるの?」

「はい。今は、イタリアでデザインの勉強中です。そのお姉ちゃんの話では、心の波動には、色があるそうです。」

「色?」

 歩が、魔術書を見ていた視線を次山に向けながら聞いた。

「はい。なんでも、その人の無意識世界の色だとか。僕には、まだ分かりませんけど・・・話が逸れましたね。この心の波動は、いくつかの状況下において、無意識の内に弱まったり消えたりするそうです。その状況の一つに・・・『他の者を信じられぬ時、心の波動、開放されず』とあります。今回の事例を見る限りでは、これが原因なのではないかと・・・」

「他人を信じられない・・・時代が、人間不信に陥っているってこと?」

「僕は、そう見ています。」

 俺の言葉に、次山はコクッと頷く。そして、視線を一義に向けた。

「おそらく、喧嘩の原因もそこにあるのではないかと。」

「一義のことを、時代が信じられなくなったってことか・・・なにやらかしたんだよ?一義。」

 智の、呆れ返った口調の問いに、

「分からない・・・」

 一義は、力なく首を振って答えた。どうやら、本気で原因が分からないらしい。

「こういう場合、過去に遡ってみるのが定石じゃない?」

 そう提案してきたのは東山だ。

「好の様子からして、昨日辺りの朱崎君の行動に、何かしらの問題があるんじゃないかしら?」

「昨日の僕に?・・・」

 一義は少し考えた後、昨日の行動を順に説明し始めた。

「昨日は・・・いつものように好と朝食をとった後、先に好が出かけたんだ。確か、高田さんと遊びに行くって。」

 一義がそう言うと、みんなの視線が少し高田に向く。高田はそれを察してか、その時のことを話し出した。

「確かに、私は好ちゃんと約束してたよ。午前十時半、駅前で待ち合わせって。好ちゃんは、ほぼ時間通りに来たと思う。お昼頃までお買い物して、飛鳥ちゃんのお店でランチしたんだ。」

「錦の店で?」

「はい、確かにお二人でいらっしゃいましたわ。ランチタイムが始まってすぐでしたから、十二時半頃だと思いますけど・・・」

 なるほど。

「その間、一義はどこでなにしていたわけ?」

「僕も、少ししてから出かけたよ。智と約束があってね。」

 そう言って、一義は少し智を見る。

「智との約束って?」

「スポーツショップへ、新しいラケットとかを見にね。」

「だったら俺達も誘ってくれよ。」

 杉山が不満を漏らす。

「確かに、テニス関連なら、俺達にも声くらいかけてほしかったかも。」

「みんなにも声かけたよ。でも、伊吹君と佐藤君は用事があるって。それに、藤越君と杉山君には、繋がらなかったけど?」

 あれ、電池でも切れていたのかな?

「それで、智と別れた後は?」

「智と別れたのは、お昼の二時過ぎ。僕はその後、町をブラブラしていたよ。好から、その日は帰りが遅くなるって聞いていたからね。」

「帰りが遅くなる?高田、そんなに時代を連れ回す予定でもあったの?」

「そんなことないよ。私は、好ちゃんと夕方頃に別れたよ。その後のことは、知らないな~。」

 夕方に別れた・・・か。

「一義。時代は昨日、何時ごろ家に帰ってきた?」

「好が帰ってきたのは・・・夜の九時ごろだったかな?僕が帰ってから、三十分ほど後だった。食事は外で済ませたって言って、お風呂入ってすぐ寝ちゃったんだ。僕は、てっきり疲れているんだって思ったんだけど・・・」

「どうやら、その時にはご機嫌斜めだったみたいね。」

 東山の言葉に、一義は軽く頷いた。

「高田、時代と別れた正確な時間、思い出せる?」

「え~っと・・・多分・・・夕方の五時ごろだったかな?・・・」

「夕方五時・・・時代が帰ってきたのは、夜の九時・・・この空白の四時間の間に、時代は一義の何かを見た。それが、今朝の喧嘩に繋がったと見るべきだね。」

「好の空白の四時間も問題だけど、昼の二時から夜の八時半まで、およそ六時間半、朱崎君はどこで何をしていたのかしら?」

 東山の問いに、一義は言葉を続けた。

「七時ごろまでは、町を一人でブラブラしていたよ。それから、家の近くのスーパーで買い物。その後、好が家に戻るまでは、ずっと家にいたけど。」

「じゃあ、その日は飯を一人で?」

「うん、家で一人、テレビを見ながらね。好が帰ってきたのは、僕が食後の片づけをしている時だったよ。」

「となると・・・時代が一義を外で見かけるのは、八時半までの三時間半か・・・」

 守はそう言うと、部屋にあった椅子に腰掛けて何やら考え始めた。三時間半の間に、時代は何を見たんだろう?

「なぁ、一義。ホンマに一人やったん?」

 そう言ったのは国風だ。心なしか、いつもより目が据わっている。

「途中で、昔の友達とかには会ったけど・・・でも、例えそれを好が見ていたとしても、全員、好も知っている人だから。」

「時代も?」

「うん・・・だから、それは特に関係ないと・・・思う・・・」

 一義の視線は、ゆっくりと上を向いていた。その先には・・・

「・・・・・」

 一義をジト目で睨む、明らかに怒っている東山の姿があった。

「あの、東山?」

「なに?」

 声をかけたら、その目のまま返答された。うわっ、めっちゃ怒ってる。

「何をそんなに怒ってんのさ?」

「分からないかしら?まったく・・・」

 東山は、一回大きくため息をつくと、再び一義の方を向いた。

「念のために確認するけど、朱崎君?」

「は、はい?・・・」

「その昔の友達に、女性はいたのかしら?」

「い、いたけど・・・」

 一義が怯えながらそう言うと、

「はぁ~~~~~・・・」

 東山は、またも盛大なため息をついて頭を抱えた。

「あん?それがどうかしたのか?」(晴一)

「別に普通だろ。ましてや、一義ならな。」(守)

「そうそう。女友達の一人や二人、一義ならいて当然だって。」(杉山)

「僕も、そう思いますけど?」

 最後に同意したのは真だったけど、

「まったく・・・あんた達は・・・」

 それが東山に油を注ぎ、

「そこの四人、ちょっと座り。」

 なぜか国風に火を点けた。

「なんでだ」

「いいからとっとと座らんかい!」

 晴一の反論は、国風の叫びにかき消された。そして四人は、素直にその場に正座した。

「一義やから普通やて?・・・一義やから問題なんとちゃうんかい?」

「か、一義君だから、ですか?・・・」

 次山は完全に怯えきっている。

「せや。一義は中学時代からモテとった。それは事実や。ほんで、その競争を勝ち抜いたんが好や。ほな、その勝因はなんや?」

「勝因だ?」

 晴一は、それがどうしたというように国風を睨む。一方で、次山は真面目に悩んでいた。杉山も、目を閉じて何やら考え込んでいる。守は、半ばどうでもいい感じ。

「なにか・・・特別な贈り物でもしたんでしょうか?」

「ドアホ。んなもんでどうこうなるかい。」

「んじゃ、手紙とかか?なんか、一義ならそういうのに弱そうだし。な、一義?」

「それが、その・・・好に告白された時は、直接だったから・・・」

 少し照れくさそうに答える一義。手紙でも贈り物でもないとすると・・・あれ?俺も少しよく分かんなくなってきた。

「・・・本気で分からんようやな・・・ったく、ちょいと考えたら分かることやないかい。」

「だからなんなんだ?」

「・・・愛だって言うんだろ?」

 晴一の業を煮やした問いに、守は静かにそう答えた。

「愛?」

「そうだよ。時代が、他の誰よりも一義を愛していた。それが勝因だって言いたいんだろ?」

「なんや、分かっとったんかいな?」

「お前の考えくらい、すぐ分かるって。だけど、それとこれと、いったい何の関係があるんだ?」

 それを聞いた瞬間、

「有地君。あなた、それを本気で言っているわけ?」

 東山の視線がさらに冷めた。もう少し冷めたら、誰かを殺しちゃうんじゃない?あいつ。

「ま、いいわ。教えてあげるから、黙って聞きなさいよ?」

 黙っての時、東山の目力は少し強くなった。それも、一義に向けて。

「・・・好は、あなたを独占した気でいたのよ、きっと・・・」

 東山の解説は、そんな切り口で始まった。

「憧れの存在であった朱崎君を、自分の恋人に出来た。それは、彼女にとって何事にも代えがたい幸福。その源が何か分かる?」

 東山の問いに、一義は俯いた。分からないというサインと判断した東山は、答えを言った。

「あなたが、自分を誰よりも愛してくれているという、自信よ。」

「もちろんだよ。僕は、好を誰よりも愛している。」

「でしょうね・・・その愛情は、あなたが浮気をしないという確信と信頼にもなるわ。だけど、それはあなた達の愛情だけじゃない。周りにいたのが私達だったから。」

「俺達だったから?」

「そうよ。好はおそらく、朱崎君がこのクラスの誰とも浮気しないと思っていた。それが、彼女により大きな安心を与えていた。」

 なるほど。確かに、このクラスの雰囲気なら、時代がそう思ってもおかしくない。

「でも、それが彼女の視野を狭めていた。クラスの誰とも浮気をしないという安心感が、朱崎君の浮気相手はこのクラスにしかいないという、無意識の条件付けになった。つまり、中学時代、朱崎君を奪い合った女子生徒を、忘れさせる形となった。となれば・・・後は想像が付く?」

「時代は、そう思い込んでいた。その矢先に、一義が昔の女友達と町で会っている所を見た。一義にとっても、時代にとってもそれは偶然。だけど・・・時代はそれを浮気現場に直面したと思い、ショックを受けた。絶大な安心感に潜んでいた、忘れ去られた影の部分。それは、時代の一義に対する愛情が揺らいだ瞬間だった。てな感じ?」

「ご明察よ、藤越君。ま、多少の誇張と強引性はあるにせよ、要はそういうことよ。好は、その昔の女に嫉妬したってこと。」

「そ、そうだったんだ・・・」

 一義は、東山の名推理にひどくショックを受けていた。ま、原因が分かって何よりだね。

「じゃあ、原因も分かったことだし、国風?

「なんや?」

「その四人の正座、解放してあげたら?」

「・・・・しゃーないな。」

 国風のその言葉と同時に、四人は正座を解いて立ち上がった。

「さて、これからどうするべきだと思う、東山?」

「好を捜して、朱崎君が直接謝るしかないわね。好も、頭が冷めれば、許してくれると思うわ。まさか、本当に浮気だったわけじゃないだろうし。」

 だろうね。まさか、一義が浮気するとも思えないし。仮にしたところで、一義なら変に言い訳することもないだろう。

「じゃ、これからもうひとっ走り、時代を捜しに行く?」

「で、でも・・・」

「どうかした、平牧?」

 俺が肩を回すと、平牧は怪訝そうな表情を浮かべて異を唱えた。

「今日はもう遅いから・・・明日にした方がいいと思って・・・さすがに好も、明日、学校には来るでしょうから・・・」

「あぁ、それもそっか。んじゃ、続きは明日にしよっか。一義、ケガは大丈夫?」

「なんとかね。家には帰れそうだよ。」

「時代が、もう家に帰っていることも考えられる。そん時は、しっかり謝れよ、一義?」

「分かっているよ、智。僕に原因がある以上、筋を通さないとね。」

 その一義の苦笑を最後に、俺達は鳳凰の家を後にした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」

 なんか忘れているような気がして、俺は自転車を停めた。でも・・・携帯も財布もある。

「・・・・気のせいか・・・」

 俺は家を目指して、再び自転車をこぎ始めた。


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