第二話プロローグ
プロローグ
夏休みが終わった。だけど、九月は残暑が恒例となり、真夏となんら変わらない陽射しが残っている。せめて朝晩だけでも、秋の訪れを感じさせる心地いい風が吹いてくれればいいのに、そんな物がまったく気配を感じさせないもんだから、仕方なく下敷きで代用させている。
蒸し暑い体育館での始業式が終わり、現在教室にて先生を待っている一年E組。幸いな事に、夏休みの宿題は一週間の追い上げでどうにか形になった。英語の課題が二時間で済むと知っていたら、夏休み初日に済ませていたんだけど、存在すら忘れていたせいで三日前での完成になった。自由研究や図画工作といった子供っぽい課題もなく、延々とシャーペンをカリカリ動かして机に向かって済ませた味気もない宿題が、カバンのウェイトの半分を占めている。残り半分はラケットと昼食一式。これから先、放課後のクラブは残暑と化した秋空の下。この九月中、竜堂は何回倒れるんだろうねと懸念した俺は、なんとなく竜堂に視線を向けた。
白いワンピースという清楚この上ない服装をしている竜堂は、国風となにやら談笑中だ。聞いた話によると、国風と竜堂は従姉妹同士で、春先から近くのアパートで二人暮らしをしているらしい。元々は竜堂が一人暮らしをする予定だったらしいけど、あのなにかと頼りない竜堂のボディーガードを、近所に住んでいた国風が買って出たのがそもそもの発端らしい。プロ野球も終盤。国風一押しの阪神タイガースは今年もクライマックスシリーズに残りそうな勢いらしく、かの有名な死のロードも勝ち越しで乗り切った今年の勢いに、国風は否応なしに日本一の期待を寄せているとか。竜堂の性格からして、そんな国風に昼夜問わずつき合わされていることだろうね。日本シリーズは十月ぐらいだから、あと一ヶ月は辛抱だろうけど。
それにしても、竜堂に目を向けるとどうしてもあのことを思い出す。春の遠足、キャンプファイヤー告白騒動とでも題そうかな。突如として始まった、智を巡る三つ巴の争奪戦。竜堂と、高村と、歩による三つ巴・・・やっぱり、歩がいるのはなんとなくおかしい。歩と智は兄妹であって、本来ならば男女としての恋愛感情は・・・まぁ、あってもいいけど口に出しちゃいけないというか・・・それを考えると、実質、高村と竜堂の一騎打ちの様相を呈してくる。んで、その高村はといえば、青いスカートに半袖のシャツというシンプルこの上ない出で立ちで佇んでいる。いつもの話し相手である犬飼が熟睡中だからか、特に誰と話すでもなく黒板を見ている。
「・・・」
かと思えば、時々横目で智を見る。当の智は歩と話し込んでいる。そんな歩を見てなのか、はたまた恋する智に見惚れたのか、視線を戻すと軽く肩が上下した。ため息でもついたんだろう。恋する女性の気持ちっていうのは、女性でもなきゃ恋もしていない俺にはまったく分からない。だから、高村のため息の理由もよく分からない。というか、口では説明しにくい。頭ではなんとなく分かってはいるけど、口に出して説明しようとするとやりにくい。そんな感覚に近い。
「悩み事ですか?」
後ろから声がした。振り向くと、心配そうな顔をしている次山がいた。真後ろの席で、俺の表情なんか見えない筈なのに。
「別に。ちょっと、考えごと。」
悩み事と考えごとは、似ているようでけっこう違う。
「そうですか。でも、珍しいですね。藤越君が真剣に考え込むなんて。」
「なにそれ?俺、考えごとをするのがそんなに似合わないキャラ?そんな位置なの?」
「いえ、そういうわけでなくて・・・なんというか、藤越君は考えるのもメンドクサイっていう雰囲気があるように思えたので。」
「・・・俺だって、物思いにふける時ぐらいあるさ。」
「哀愁漂う藤越君なんて、あんまり想像つきませんよ。」
・・・だろうね。自分で言ってなんだけど、俺も想像つかない。
「それにしても、藤越君と会うのはお盆休み以来ですね。お姉さん、お元気ですか?」
「いつも通り。そっちは?まぁ、星奈ちゃんなら問題ないか・・・」
「はい。いつも通り、元気が有り余っています。」
「甘いあんたのことだから、夏休みの宿題でも手伝わされたんじゃない?」
「それは大丈夫です。ちゃんと、星奈に全てやらせましたから。そっちこそ、お姉さんにやってもらったりしたんじゃ?」
それが出来れば苦労しないよ・・・
「姉ちゃん、そういうところは本気で厳しいから。手伝ってなんて頼もうものなら、どんな代償を要求されるやら。」
「なるほど。やっぱりそうですか。」
『ガラッ』
次山がそう言うと同時に、教室の扉が開いて豊綱先生が入ってくる。白いスカートに赤いシャツと、年末の大型歌番組双方の司会を務められる格好だ。もっとも、最近は日本シリーズの方が視聴率いいらしいけど。
「それじゃ早速、宿題を出してもらおうかしら。」
「はーい!」
甲高い声がした。歩の声だ。
「やらせたね。智に宿題。」
俺がそう言うと、
「え~?本当?歩。」
先生がすぐさま歩に問い詰める。
「そ、そんなことないよ。いいかげんなこと言わないでよ、衆君。」
「根拠はあるよ。歩が元気に宿題を提出する時は、たいてい智にやらせたか、智がやったやつを丸写ししたか・・・あ、双子だから数式が似ているっていう釈明は成り立たないよ。なんせ、智は数学が苦手だし。」
「それと英語もね。」
先生が言ってクスクスと笑う。
「だから、数学と英語に関してはその逆が成り立つっていうわけ。もっとも、生真面目な智は答えなんか見ていないだろうけど。」
「あら、どうして?」
「智は歩からの助言を聞いて、それでも分からなかったら白紙の筈。だけど、歩は普段ならできている問題でさえ、智のを丸写しにするから正解も間違いも同じ。ま、詳しく点検すれば分かるんじゃない?」
「ガキの頃から二人を間近で見てきた衆の言葉だ。間違いじゃないだろうぜ。」
守が追い討ちをかける。
「ひどいよ~、有地君まで。」
「お前が迂闊すぎるんだよ。にしても・・・やっぱり覚えていたか、衆。」
「当然。小学校六年間、夏と冬に毎回見せられていたからね。」
意識して覚えていなくたって、勝手に記憶が反応するんじゃない?
「歩。冬休みは、ちゃんと自分でやってきてね。」
「は~い・・・」
とりあえず、今回だけはお咎めなしみたいだ。
「・・・」
歩が冷たい視線で睨んできたけど・・・俺、間違ってないよね?