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第四話三章 準備

第三章

                 準備


「それじゃ、今日はお休みなさい。」

 私達を部屋まで案内してくれたクラインさんは、笑顔でそう告げると部屋を後にした。部屋は、いかにも仮眠室といった感じの部屋で、コンクリ打ちの壁には窓一つなく、部屋の隅に二段ベッドが二つあるだけ。私と一緒の部屋になったのは、絵里に瑠璃、そして、

「ごめんな、こんな部屋しか用意できなくてさ。」

 宣鈴深さん。男子はともかくということで、女子の部屋には一人ずつ、アゲロスのメンバーが入ることになった。

「別に、気にすることないわよ。無理言ったのはこっちなんだし。」

 部屋を見渡しながら、瑠璃が鈴深さんにお礼を言う。

「ここ、普段は皆さんが使っている部屋なんですか?」

「あぁ、まーな。それより、そんな堅苦しい話し方しなくていいよ。自分のことも、普通に鈴深って呼び捨てにしてくれ。」

 そう言って、鈴深さんは無邪気な笑顔を見せる。

「んじゃさ~、鈴深。呼び捨てついでに聞きたいことがあるんだけど?」

 そう言って、顔をズイッと前に出したのは絵里。相変わらず、距離の詰め方が速い。

「いいぞ。なんだ?」

「なんで鈴深は、この組織に参加したわけ?なんの事情も知らない人が見れば、どこにでもいる十代の少女の鈴深がさ?」

「・・・・・・・・」

 絵里の直球過ぎる質問に、笑顔のまま固まる鈴深さん。

「ちょ、ちょっと絵里!?」

「ったく、あんたってば・・・」

 固まった空気にアタフタする私と、ヤレヤレと頭を抱える瑠璃。もう~、どうして絵里ってば、いつもこうストレートなの~?

「・・・ハハハ、最初の質問がそれか・・・まぁ、別にいいけどさ。隠してたって、いずれ分かっちゃうことだし。」

 鈴深さんはそう言うと、右側のベッドの下段に腰掛け、話を始めた。

「十年前、自分たち家族は生まれ育った台湾を離れて、中国へ移住した。理由は、父さんの仕事の関係。父さんは学者で、中国の大学で海洋研究プロジェクトの責任者になったんだ。父さんは、イルカの言語について研究しててさ。最終目標は、人間とイルカの会話さ。」

「に、人間とイルカの会話!?」

 さらっと飛び出した壮大な研究テーマに、瑠璃が目を丸くする。

「それって、イルカが人間の言葉を理解する力があるってことですか?」

「というより、人間の言葉をイルカの言葉に、イルカの言葉を人間の言葉に置き換える方法の確立、って感じ。」

「なるなる。それは、ずい分夢のある話だね~。んで、それと今がどうつながるわけ?」

 絵里の言葉に、ちょっと明るくなった空気がまた霞む。確かに、ここまでの話を聞いた限りだと、今と昔が全くつながる要素がない。

「・・・四年前だった。助手のロウジーと二人で、父さんはいつもみたいにイルカの調査に向かった。ただ、帰って来てからの様子が、二人ともなんか変だった。」

「変って、どういう感じだったんですか?」

「よそよそしいっていうか、落ち着かないっていうか・・・まぁ、最初は調査がうまくいかなかったんだろうな、ぐらいにしか思ってなかった。」

「実際は、そうじゃなかったのね?」

 瑠璃の言葉に、鈴深さんは力なくコクッと頷いた。

「・・・それからすぐだったよ、奴らが来たのは。」

「奴ら?」

「・・・陳ファミリーさ。」

「!」

 陳ファミリー。その言葉を聞くなり、絵里の目が変わった。

「知っているの、絵里?」

「うん。」

 鋭い視線のまま、絵里は私の質問に短く答える。そして、すぐに鈴深さんに視線を戻し、次の質問をぶつけた。

「陳ファミリーっていえば、中国三大マフィアの一角だね。なんだってまた、んなとこに目ぇ付けられたの?」

「それも分かんないんだ・・・ただ、いきなり陳ファミリーの奴らが、自分に父さん、それにロウジーを捕まえて・・・」

「・・・それで、お父さんとロウジーさんはどうなったの?」

 少し、聞いていいか迷うかのように目を泳がせながら、瑠璃が尋ねる。その質問に、眉をピクッと動かした鈴深さん。少しの沈黙の後、さっきまで浮かべていた微かな笑みさえ全て消し、言葉を踏みしめるように答えた。

「・・・ロウジーは、目の前で殺された・・・父さんは、分かんない・・・」

 それだけ言うと、鈴深さんは唇をキュッと噛みしめ、顔を俯かせた。

「なるほど。つまり鈴深は、敵討ちのために、アゲロスに入ったんだ?」

 絵里の言葉に、鈴深さんはコクッと力なく頷いてからこう答えた。

「根っこはそうだ・・・でも、アゲロスについていこうって思ったのは、それだけじゃない。」

「え?それって、入隊動機は別にあるってことですか?」

「あぁ・・・」

 鈴深さんはそう言うと、憂いを含んだ表情で天井を見上げて、昔話を始めた。

「あれは三年前だった・・・」


「鈴深、次の仕事だ・・・」

「・・・あぁ・・・」

 薄暗い部屋の中に、力のこもらない自分の声と、男の声が聞こえる。顔もよく見えないけど、見えなくたって差し支えはない。現に、いつも自分に仕事を持ってくる連絡役なのに、名前さえ覚えていない。声で本人と分かればいい。

「ターゲットの資料だ。また目を通しておけ。」

「あぁ・・・」

 私の前を男が通り、机の上に黒いファイルを置く音がする。

「場所と時間は?」

「場所は広東省だ。時間は一週間後の昼間。」

「そうか・・・」

 広東か・・・少し遠いな。昼間に決行って事は、出発は日の出前か・・・

「で、こいつはどういう敵なんだ?」

「ファミリーが覇を握るのを快く思っていない。それだけで敵だ。」

 それだけで敵、か・・・それだけの理由で敵にされたら、この中国国内だけで敵は億単位だな。と、内心自嘲しながら悪態をつく。

「必要なものがあれば、今の内に聞くが?」

「いいさ・・・また連絡する・・・」

「分かった・・・前日の夜、迎えに来る。」

 男はそれだけ言うと、扉を閉めて帰っていく。扉から漏れていた光が無くなり、部屋はほとんど真っ暗に。かすかに見える手元を、どれくらい眺めていたか・・・数分とも数秒とも思える時間の後、自分は部屋の明かりをつけ、男が置いて行った資料に目を通した。

「レスター・川村か・・・」

 写真には、黒縁メガネの男が写っていた。名前は本名か、それとも・・・

「まぁ、どっちでもいいか・・・」

 自分はそう呟くと、資料を机の上に放り投げ、自分の体もベッドに放り込む。

「父さん・・・ロウジー・・・」

 無意識の内に愛しの二人を呼んだかと思うと、自分はそのまま眠りについた。まるで、夢の中で会えるかも分からないその二人を、薄暗い記憶の水底へ、急いで探しに行くかのように・・・


 そして一週間後。広東省の郊外にある商店街の一角。自分はそこに身を潜め、ターゲットが現れるのを待っていた。右のポケットには、爆弾の起爆スイッチが入っている。ターゲットが視界に入るまでは、絶対にそのポケットには触れない。

『予定時刻までもうすぐだ。』

「分かってるよ・・・」

 手持無沙汰だからだって、そんなどうでもいい情報を無線するな・・・はっきり言って、気が散る。ファミリーの奴らの話だと、ターゲットは今日、ここで誰かと待ち合わせらしい。その相手ごと吹き飛ばせ、って言われたけど・・・

「その相手のことは、教えてくれなかったな・・・」

 知る必要のないことらしい、自分にとっては・・・初めてのケースだったけど、だからって意見をどうこういうつもりはない。どうせ何を言ったって、父さんの命を盾にされるだけだ。

『目標がマーケットの入り口を通過した・・・』

 見張りの一人から連絡が入る。入り口の方を見ると、人込みの中にあの男を見つけた。予定時刻には、あと三十分近くある。

「時間に律儀な男だ・・・」

 そのせいで、予定時刻きっかりに死ぬっていうのに・・・まぁ、遅れたからといって結果に変わりはないけど。

「あとはもう一人が現れるのを待つだけ、か・・・」

 あの男も、少し早く来すぎたのが分かっているんだろう。待ち合わせの相手を探す素振りは見せない。その時、反対側の入り口を張っていた奴から連絡が入った。

『もう一人のターゲット、今マーケットに入りました・・・』

 もう一人が来たらしい。どうやら、二人そろって早死にしたいらしい。

まぁ、いいさ・・・自分には、関係のないことだ・・・

『二人が接触するぞ。』

 その言葉を聞き、私は無意識にスイッチに手を伸ばした。初めは手が震えたこの瞬間も、今は無意識に押せる。慣れっていうのは、ここまでくるものなのかと、初めてその感覚になった時は久々に笑った。

『来るぞ。』

 あの男も相手に気づいたのか、手を振っている。それに反応して、反対側から一人の女が小走りするのが見えた。銀色の髪が綺麗な、少女と女の中間ぐらいの見た目年齢。男と比べても、背は決して低くない。欧州系の人間であることは一目で分かる。ファミリーは、とうとう世界まで相手にしだしたのか?

『あの女だ。やれ、鈴深。』

 どうやら、あの二人で間違いないらしい。自分は無線の言葉を聞き、スイッチを持つ手に少し力を込めた。その時、不意に男が背中をこっちへ向けた。

「!」

 言葉にならない衝撃が走った。スイッチを握っていた手を、無意識の内に解いた。正面から横から、写真を見たって何も感じなかったのに!

「あ・・・あ・・・・・」

 言葉が漏れ出る・・・いや、言葉と呼ぶにはあまりにお粗末な音だ。まるで本能が、なんでもいいから声を出せと、それが己を保つためだとでも訴えるように・・・

『鈴深!早くやれ!』

 そんな無線の声も、一瞬記憶に残るがすぐに吐き出される。自分の目も、耳も、意識の全てがその背中に焼き付いて離れない。それは、まるで・・・

「ロ、ロウジー・・・?」

 目の前で殺された、かつての恋人の背中。自分は、殺すべきはずの男に、その背中だけで、全てを奪われ、全てを忘れていた。そして、もっと背中をよく見ようと、立ち上がった瞬間だった。

『チュイン』

 足下でなにかが跳ねたと思った直後、

『パオン!』

 けたたましい銃声が鳴り響いた。意識の一部が、その音で引き戻され、狙撃されていると気づく。だがその時には、

「失礼。」

 さっきまであの男の隣にいた女が、自分の真横に立って、腰に手を回していた。

「へ?ってうわああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁ・・・・!」

 そこまで意識が追いつくと、最後に戻ってきた視界は、それまでの景色とはまるで違う世界を映し出していた。そこには、

「な、なんで!?」

 真っ青な空が映し出されていた。流れゆく空と雲を見ながら、自分は風の感触を感じた。同時に、体がどこかフワフワしている感覚。すぐ真横を見ると、

「暴れないでくださいまし。」

 さっき、私が爆殺しようとした女の顔が、すぐ間近にあった。風景の流れ方、風の感覚、信じたくないけど・・・自分は恐る恐る、足元を見た。

「と、飛んでる~!?」

 久々に目を丸くした。自分の体が、地面から数十センチほど上を、確かに飛んでいる。その向こうからは、ファミリーの奴らが自分達を追ってきているのが見える。

「なんで!?なんで飛んで!?」

「なぜと言われても・・・私が魔女であるからとしか・・・」

「魔女だと~!?」

 自分のリアクションに対しても、魔女と名乗った女はキョトンと首を傾げた。魔女ですがなにか?とでも言いたげだ。

「じゃあ、さっきから銃弾が自分達に届かないのも・・・?」

「物理障壁を張っていますから。」

 シレッと言ってのける自称魔女。どうやら、この点はいくらツッコんでも無駄らしい。そう判断した自分は、次の質問をぶつけた。

「自分を捕まえて、どうする気だ!?ファミリーとの交渉材料にでもする気か!?」

「おや?あなたは、それほどの立場にある人間なのですか?」

「え?まさか、自分がどこの誰だか分からず捕まえたのか?」

「えぇ。私はただ、私達を狙ったあなたに、お話を聞きたかっただけです。それに・・・」

「遅れてすみません!」

 魔女が話を続けようとした時、わき道から一人の女が合流してきた。やや青みがかった長い髪を半分ほど隠す、黒革の大きなケース。その背中に背負ったケースから、自分を狙ったスナイパーだとすぐに察しがついた。

「追いついたか、キリエル!?」

 自分達の前を走っていたあの男が、合流したスナイパーに声をかける。あのスナイパー、キリエルって名前なのか・・・ってそれより!

「お前か、自分を狙ったのは!?」

「え?」

 自分の声を聞いて、キリエルは目を少しだけ丸くして自分を見る。そして、後ろを振り返ってファミリーを見る。そしてもう一度自分を見た後、前を走る男にこう尋ねた。

「保護、ですか?」

「その必要もあるかも知れないな。」

 保護?保護って、自分をか?いやいや、それこそ待て待て!

「自分は、お前達の命を狙ったんだぞ!その相手を保護って、なに考えてんだ!?」

「では何故、あなたは命を狙われているのでしょう?」

「え?」

 自分を抱きかかえて飛ぶ魔女が、顔色一つ変えず自分にそう尋ねる。

「あなたが彼らとの交渉材料になり得るのであれば、向こうもそれ相応の対応をしてくるはずです。ですが、障壁に当たる銃弾の感じでは、まるで我々諸共、あなたを殺してしまってもよいかのよう・・・ならば、あなたを保護しようとレスター殿が考えられるのもまた道理なのです。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 魔女の言葉に、自分は言葉を失った。あいつらが、自分を殺そうとしている?確かに、あいつらの攻撃はさっきから容赦ない。だけど、それはいつもことであって・・・いや、でもこの前は・・・

「この角を曲がれば、アリーシャさんが待っている!キリエル、五秒の足止めを頼む!」

「分かりました!」

 レスターの指示に、キリエルは上着に手を突っ込みながら答えた。そして角を曲がると、そこにはなんとも無骨なジープが停まっていた。

「お待ちしてました~。」

 自分たちが乗り込むと、そこには、このジープにはおよそ似つかわしくない、ショートヘアーの美人が、既に運転席に座っていた。今までの奴らより、少し年も上だろう。

「ダッシュでキリエルの所へ!」

「りょ~かいです~。」

 間延びした声とは裏腹に、いきなりベタ踏みの急発進。体ごと、革張りのシートに押し付けられる。

『キキーッ!』

 と思ったら、さっきの曲がり角で急停止。今度は体を前に持って行かれそうになるけど、

「おっと。」

 横から、レスターの腕が伸びて、自分の額は助手席との衝突を免れた。

「あ、ありが・・・」

「アリーシャさん、出して!」

 自分がレスターに思わずお礼を言おうとした声は、キリエルの叫び声でかき消された。すぐさまジープは急発進し、細い路地の壁スレスレを猛スピードで抜けて行く。この運転手、とんでもないドライビングテクニックだ。

 やがて、ジープは大通りへ出た。ファミリーの奴らが車を停めていた場所からは、かなり遠い所まで逃げてきたのが瞬時に分かった。すぐに追手はかからないか・・・

「ご苦労さん、キリエル。アリーシャさん、このままルートCでお願いします。」

「は~い。」

 運転席の女が、ミラー越しにこっちを見てまたも間延びした声で答える。あのドライバー、アリーシャって言うのか。その横では、キリエルがサブマシンガンのマガジンを交換していた。

「キリエル、怪我はないか?」

「問題ありません。」

 キリエルが答えるのと、マガジンを交換し終えるのはほぼ同時だった。そして、キリエルのその返答に、レスターが心底ホッとしたような表情を見せたのを見て、自分もなぜだか肩の力が抜ける。

「そういえば、自己紹介がまだだったな?」

 ジープが信号待ちで停まったタイミングで、レスターが自分を見ながらそう言った。

「俺はレスター・川村。君の横にいるのが、魔女のリース・キーラ。」

「お初にお目にかかります。」

 リースはそう言って、軽く頭を下げる。リース、ね・・・

「助手席にいるのが、キリエル・コストロフィ。」

「どうも・・・」

 キリエルはこちらを振り返ることなく、短くそう言った。名前からして、こいつも欧州系か?

「で、運転してくれているのが、アリーシャ・ガストンさんだ。」

「よろしくね~。」

 アリーシャは、さっきと同じようにバックミラー越しに自分と目を合わせると、笑顔でそう言って会釈した。どうやら、このレスターって奴以外は欧州人っぽいな。

「で、君の名前は?」

「・・・宣鈴深・・・」

 先に名乗られちゃ仕方ない・・・それに、さっきはレスターに、その・・・

「宣?もしかして、(せん)柳生(りゅうしょう)教授の娘さん?」

「え!?」

 父さんの名前を口にしたレスターの襟首を、自分は思わず掴んだ。

「あんたらも父さんを狙ってるのか!?どうなんだ!?」

「ちょ、ちょっと待っ!」

「その手を放しなさい。」

 右耳の傍に、冷たい空気を感じた。目を向けると、キリエルが自分に銃口を向けていた。右手に握られていたのは、黒光りする四十五口径。その先にあるキリエルの目を見て、自分はすぐに分かった。こいつも、相当の死線を経験してきたんだって。

「ま~ま~、落ち着いてキリエルちゃん。どうやらその子、私達の捜していた人物の一人みたいだから。」

 運転席から左手だけを伸ばし、アリーシャがキリエルの銃を掴む。キリエルは数秒自分を睨んだ後、銃を内ポケットに戻した。それを見ていたからか、自分もレスターを掴んでいた手を放していた。

「で、父さんを何で知っているんだ?」

 自分は、握り拳を乗せた膝を見ながら尋ねた。

「俺達は、君のお父さんが見つけた物を調べているんだ。」

「父さんが見つけた物?」

 レスターの言葉に、自分は首を傾げるしかなかった。それじゃ、ファミリーの連中と同じだ。あいつらも、父さんが見つけた物がなんなのか、それを必死になって父さんから聞き出そうとしている。

「あんた達は、父さんが見つけた物を知っているのか?」

「え?」

 自分の言葉に、今度はレスターが目を丸くした。この反応・・・レスター達も、それが何かまでは知らないみたいだ。

「君は知っているんだろ?」

 レスターの言葉に、自分は首を振った。知っていたら、今頃自分はこんな目にあっていない。そう言いたいのを、どうにか喉の手前で食い止める。レスターに言うのは、お門違いもいい所だろう。

「では、知っているのはお父上だけなのですか?」

「今では、な・・・」

「今では?」

 リースの質問に対して、半ば無意識に呟いた答え・・・それに、レスターはしっかり反応した。

「父さんの助手をしていた、ロウジーって奴も知っていたはずなんだ・・・でも、あいつは目の前で殺された。父さんも、陳ファミリーに捕まっている。父さんを生かしておくには、自分がファミリーの仕事を手伝うこと。逆に父さんは、秘密を喋れば、自分を自由にするって条件出されてる。」

「・・・教授は、秘密を喋っていないのね。」

 キリエルの言葉に、自分はすぐさま反論した。

「自分はそれで構わない!父さんを生かすためなら、なんだってやるさ!父さんが隠している秘密だって、死んでも守らなきゃいけないくらいの秘密なんだ!そうに違いない!」

 そうさ、父さんが生きていてさえくれれば、いくらでもチャンスはある。自分は、そう信じて今までやってきた。このやり方を否定されるのは、自分をすべて否定されるに等しい。

「だとすれば、ますます解せません・・・」

「え?・・・」

 まっすぐ前を見ながら、呟いたリース。

「解せないって、なにがだ?」

「先ほどの、彼らの攻撃です。貴女のお話を聞く限りでは、貴女が死んでしまえば、お父上は決してその口を割ることはないでしょう。だとすれば、彼らにとって、貴女は生かしておくべき存在のはず・・・にもかかわらず、我々諸共殺そうとし、先ほどの銃撃戦より早十数分経った今になっても、追手一つ寄越さないのはどういうことでしょう?いずれ来るかと思い、こうして待っているというのに・・・」

「え?」

 リースの言葉に、自分は顔を上げ、ジープの窓から辺りを見渡す。すると、さっきレスターが自己紹介した場所から、全く動いていないことに気づいた。

「君のお仲間の待機場所から、確かに多少遠くへは逃げた。でも、こんな分かりやすい車両で、長時間同じ場所に留まっているっていうのに、追手の素振りすらない。おまけに、君の生死も問わないというのであれば・・・言いたくはないが、どうやら君は、陳ファミリーにとってはその程度の存在だったということなのかもな・・・」

「そ、そんな・・・じゃ、じゃあ父さんは?」

「・・・それは分からない。生きているかも知れないし、死んでいるかも知れない。いずれにせよ、教授が知り得た秘密は、既に陳ファミリーの手の中にあり、君に殺しをさせるために、そのことを隠しているのは間違いない。情報が手元にある以上、君の生死は問わない・・・ということなのかも知れないな・・・」

 レスターの言葉に、自分は頭が真っ白になった。なんでか、涙が溢れてくる。そこに感情が追いつくまでに、数秒の時間を要し、追いついた時には・・・

「う!・・・ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!」

 様々な感情を全て吐き出すかのように、喉の奥底から声を上げて泣いた。


「落ち着いたかい?」

「あぁ・・・」

 自分にコーヒーを渡してくれたレスターに、言葉短く答えた。場所は、武骨なジープから事務的な室内へと移っていた。どうやら、こいつらのアジトみたいだ。泣いている間に着いたから、場所は分からない。

「アジトっていうのは、埃っぽい所ばかりだと思ってた・・・」

 近くの机をスッとなぞって、そんな感想がこぼれる。一目で地下と分かるこの室内も、よく掃除が行き届いているからか、澄んだ空気が包んでいた。

「ハハ、俺もそう思っている時期があったよ。ただ、ウチは女性メンバーが多いから、埃っぽいとよく怒られるんだ・・・」

 そう言って、レスターはまた苦笑する。釣られて、自分の口元に笑みが浮かぶのが分かる。アリーシャの話によると、自分は車中で泣いている間、ずっとレスターにしがみ付いていたらしい。そのせいか、レスターのシャツは自分の涙でグショグショになり、洗濯機の中で回っている。

「替えのシャツを用意しておいて正解でしたね、レスターさん?」

 そう言って、レスターに優しく微笑みかけるアリーシャ。コーヒーを淹れてくれたのも彼女だ。自分と違っていい女だなって、思わず感じてしまう。

「ところで、レスターさん?彼女をどうするつもりですか?」

 コーヒーを一口飲んで、キリエルが質問する。自分としても、それは気になっていた。

「それなんだが・・・俺は、このまま鈴深を中国にいさせるのは危険だと思う。陳ファミリーは、影響力が中国全土に及ぶ巨大マフィアだ。中国にいる限り、鈴深の安全は保障できない。だから、このまま俺達と行動を共にしてもらおうと思う。」

「え?」

 レスターの言葉に、自分は耳を疑い、

「そうですか。」

「承知しました。」

「では、そういうことで。」

 それをあっさり承諾した三人に、目を疑った。

「いやいやちょっと待て!そんなあっさり決めていいのか!?自分は、さっきも言ったけど、お前達の命を狙ったんだぞ!?」

「それは、組織に命令されたからでしょ?あなたの意思じゃないわ。」

 キリエルはコーヒーのお替りを淹れながら、表情一つ変えずそう言った。次いでリースも、

「レスターさんがそうお決めになったのですから、私はそれに従うまでです。」

 と、これまた表情一つ変えずに言い切った。アリーシャにいたっては、

「それじゃ、夕飯の準備をしちゃいますね。」

 と言って、冷蔵庫から食材を取り出し始める。どうやらこの三人、自分が仲間になることになんの抵抗も無いみたいだ。

「でも・・・」

「鈴深は、俺達と一緒にいるのは嫌かな?」

「あ、いや、そんなんじゃ!・・・」

「なら、良いのではないですか?」

 レスターの言葉を思わず否定した自分に、そう言ってリースが少し微笑む。レスターも笑顔だし、キリエルもさっきまでより心なしか表情が柔らかく見える。アリーシャに至っては、鼻歌交じりに料理中だ。そんなみんなを見た自分が出した答えは、

「・・・なら、いいのか・・・?」

 なんとも気の抜けた、そんな答えだった。


「・・・ってわけでさ、みんなとなら仲良くやっていけるって思って、自分はアゲロスに入ったんだ。」

 自身の入隊の経緯を語った鈴深。私達三人は、途中から食い入るようにその話を聞いていた。同世代の女の子が体験したとは思えないような、でも今の私達の状況を考えれば、どこか身近にも感じる不思議な話。

「それで、お父さんの件はどうなったの?」

 質問したのは瑠璃。その目は、いつもと違って真剣だった。

「時間を見つけて調べてる。とりあえず、死んだとは聞いてないから、生きてるって思うしかない。」

「ま、それで正解だと思うよ。」

 鈴深の横に座りながら、絵里がそう言った。途端に、鈴深がキョトンとした顔をする。

「なんで、そう思うんだ?」

「だって、あの陳ファミリーがそこまでして得たかった情報だよ?掴んだんなら、とっくに力が巨大化しているはずだって。でも、チャイナマフィアの世界図は、依然として三強が拮抗した状態。陳ファミリーも、情報の真相を掴めないでいる証拠だって。」

「・・・そっか、そうだよな。」

 絵里の言葉に、鈴深がまたニッコリと笑う。その笑顔は、銀ちゃんやミキティーと変わらない、普通の十代の少女の笑顔。ただ、私にはすぐ次の疑問が浮かんだ。

「絵里は、どうしてそこまで詳しいの?」

「ん?・・・どうしてって言われても、私も裏の人間だったからとしか言えないよ。こんな夜遅くに、二本続けて裏の話なんて、乙女のすることじゃないと思うな。」

「え?・・・あ、うん・・・」

 答えてくれた絵里は笑顔だった。ただ、私はその笑顔を見て、少しだけ怖かった。まるで絵里が、その笑顔の奥で、その話を聞くなとプレッシャーをかけてきたような気がしたから。ダンス部で踊っている時、輝美や空と話している時の笑顔とは違う、貼り付けられた笑顔のように感じたから。だから私は、それについてはそれ以上聞けなかった。

「さて、ちょっと話が長くなっちゃったな。明日は早いから、そろそろ寝るか。」

 鈴深のその言葉で、私達はそれぞれのベッドに入り眠りについた。絵里の笑顔のことが少し気になったけど、疲れもあったのか、私はそのまますぐに眠ってしまった。


 翌朝。朝食を済ませた私達は、昨晩、今回の作戦に全員で参加すると決めたあの会議室にいた。昨日と違うのは、アゲロスの皆さんがいることと、部屋の中央、机に囲まれた位置になにやら装置があること。どうやら、昨日は床下に収納されていたみたい。

「それじゃ、レスター前線指揮官救出作戦並びに、ウェザーコック壊滅作戦立案会議を始めます。」

 正面モニター前に座るクラインさんの開始宣言と共に、部屋の明かりが落とされる。ほぼ同時に、中央の装置になにやら建造物の立体映像が映し出された。

「これが、ウェザーコックのアジトであり、レスターって人が捕らえられている場所ってわけですね?」

「さっすが隊長。理解が速くて助かるわ。カリナ、例の場所を。」

「は、はい。」

 クラインさんの指示を受け、カリナさんが手元のキーボードみたいな物を操作すると、建物の一部分が拡大され赤色に光る。私達の視線が集まったのを見て、クラインさんが説明を始めた。

「ここが、レスターが軟禁されている部屋よ。彼には、複数の発信機を持たせてあるから、場所に間違いはないわ。」

「向こうがそれに気づいて、罠を張っている可能性は?」

 即座に飛ぶ弥生の反論。それに答えたのは、クラインさんではなくカリナさんだった。

「それはないと思います。他の発信機は見つかっても、ペケちゃんを見つけるのは、実質不可能だと思いますから。」

「ペケちゃん?」

 なんとも雰囲気に似つかわしくない可愛らしい名前に、輝美が反応する。カリナさんはキーボードを操作しながら、話を続けた。

「ペケちゃんは、私が開発した体内循環型発信機の事です。人体に無害な特殊な電波を体内から発信し、各地にあるアゲロスの主要アジトのアンテナのみがその電波を受信できます。レントゲンやCTなどでの撮影も不可能なので、敵にこの発信機の存在を知られることはまずありません。」

「体内循環型ってことは、血液の流れに乗って体内を移動しているってことっすか?」

 カリナさんが説明している間に、正面のモニターに出てきたペケちゃんであろう物体の3D映像を見ながら、入沢君が質問する。するとカリナさんは、

「あ、は、はい!そ、そうです!」

 途端に一オクターブ上の声で答えた。その声に、少し睨みつけるように返す入沢君。その視線に、カリナさんは肩をビクッと震わせ、キーボードを操作する手を止めてしまった。

「あぁ、ごめんね。」

 その様子を見てか、すぐさま後ろから、クリスさんが顔を見せて割って入った。

「カリナ、実は男性恐怖症なんだ。だから、今みたいに急に男の声が聞こえたりすると、こうなっちゃうんだ。」

「あぁ、そうなんっすか。」

「あう~、ごめんなさい~・・・」

 すっかりシュンとしてしまったカリナさん。すると、

「要するに、あんたが開発した発信機は、発見することも、その電波を他人が傍受したり悪用したりすることもできないから、だから信用していいってことなんでしょ?」

 カリナさんのペースを強引に引き戻すかのように、安奈が少し語気を強めに言い切った。それを聞いてカリナさんも、

「あ、はい、そういうことです。」

 少し前の状態に戻ったみたい。このあたりも、やっぱり経験の差なの?

「場所は二階の西側。建物は三階建て。単純に、上下の侵入口から最も遠い所がゴール地点ってわけか・・・タフなレースだな。」

 そう言って、小野君がヘヘヘッと笑う。

「裏から回り込むことはできないんですか?」

 ジッと立体映像を見ていた蘭花が、カリナさんに質問する。その目は、普段の蘭花とはまるで違うものだった。

「そこらへんは、事前偵察組?」

『アイアイサー!』

 クラインさんの呼びかけに答えたのは、あの双子だった。えっと、どっちがココちゃんでどっちがナナちゃんだっけ?

「私とナナが現地を調べた結果、この建物の裏っ側は崖になってた。ロープを使えば下りられない事はないけど、向こうさんもそれ警戒してか、赤外線に自動迎撃システムと、中々堅かったね~。」

 と、話してくれたのがココちゃん。私と同じ方に髪を留めているのがココちゃんで、反対側がナナちゃんか。よし、これで覚えた。

「ほな、どっから入るん?なんや、秘密の通路でもあるん?」

 一葉の言葉に、ココちゃんがあればいいんだけどと言いながら答えた。

「突入口は、この正面玄関だけ。もち、見張りはいるよ。」

「するとなにか?のっけから強行突破ってわけか?」

「いいえ、それだとレスターが危険に晒されるわ。そこで、リースの魔法を使った偽装作戦でここを突破しようと思うの。」

 七条君の問いに答えたクラインさん。それを見て、カリナさんがまた手元のキーボードを操作する。すると、立体映像は消え、代わりにスクリーンに明かりが灯る。そこに歩み寄ったのは、少し眠そうなナタリーさんだった。

「ナタリー、救出までの手順を説明して。」

「ふぁ~い・・・」

 あくび交じりに返事をするナタリーさん。モニター前にある机の所に立つと、彼女の手元が動いた。あっちは、モニター用のキーボードかな?

「ココ達の報告によると、あの基地には三日に一回、物資運搬のトラックが出入りしているの。そこで、基地に向かう途中のトラックを強襲。物資と乗組員に紛れて、基地内に潜入。ここで潜入するメンバーが、レスターを助けに行く部隊なの。で、レスターの安全を確保した後、近くに待機している本隊で基地を制圧。最後は鈴深に爆破してもらうの。」

「お、今回は爆破アリか?腕が鳴るぞ~。」

 と、鈴深はどこか嬉しそう。

「救出部隊は、基地に潜入した後、三班に分かれるの。一つは、レスターの救出部隊。二つ目は、鈴深率いる爆弾設置部隊。残りの一班は、基地二階にあるコンピュータ制御室から、相手がこれまでに集めたデータを奪うの。」

「頂けるものは、全て頂いちまおうってわけですか?」

 杉山君の問いに、ナタリーさんは満面の笑みで頷いた。

「ということは、先行する三班に鈴深、リースさん、ナタリーの三人は確定なんだ?」

 一宮さんが、その三人を目で追いながら確認するように質問する。ナタリーさんは、そうだねと言ってからこう続けた。

「あとは、それぞれの班の班員なんだけど・・・爆破班には鈴深とリース、救出班はココとナナ、データ班は私とサラは決定ね。で、残りの一人は、そっちから適任を選んでほしいんだけど?」

 ナタリーさんはそう言うと、視線を本村君に向ける。

「ふむ、そうですね・・・」

 本村君は、私達をグルッと見渡して数秒目をつむると、少し口元に笑みを浮かべてこう答えた。

「それじゃ、爆破班には足利、救出班には押川、データ班には竜堂、それぞれ忍者を一人ずつ同行させます。先行部隊は、どうやら隠密かつ迅速な行動が求められるようですから、その三人が適任でしょう。頼めるか、三人とも?」

「まっかしといてよ、智!」

 輝美が、そう言って力強く拳を握る。直江と蘭花も、どうやら異論はないみたい。

「あと、これは俺からの提案なんですが・・・」

「なに?」

 本村君の言葉に、興味を示すナタリーさん。私達も、本村君の次の言葉に備えて少し身構える。

「素人考えであれなんですけど、制圧作戦時には、東山に外からセキュリティを解除してもらおうと思うんです。必要とあれば、ナタリーさんのデータ収集のお手伝いもさせていただければと。」

「あら、私にドンパチさせる気はないってわけね。」

 本村君の提案を聞いて、弥生は端っこの方からそう言って微笑を浮かべた。そんな弥生を見ながら、ナタリーさんはこう言った。

「あなたが、東山・・・さん?」

「えぇ。もっとも、あなたにとっては『赤毛のアン』、と言った方が聞こえはいいかもね。そうでしょ、『金獅子』さん?」

「!?」

 弥生の言葉を聞いて、ナタリーさんの・・・ううん、向こうの全員の表情が変わった。

「ねぇ、弥生?」

 一変した空気に圧倒されかけた私は、思わず弥生の名前を呼んだ。

「なに?」

「さっきの、『赤毛のアン』って?」

「あぁ、あれ?」

 弥生はそう言うと、髪を一撫でかき上げ、目を閉じたままこう答えた。

「ハッカーとしての私の名前よ。『金獅子』は、そこのナタリーのハッカーネーム。合ってるわよね?」

「あ、うん、合ってるけど・・・なんで分かったの?私が『金獅子』だって・・・」

「あなたの素顔を見たことがあるからよ。もう二年も前の話だけど。」

 二年前・・・そのワードに、ナタリーさんの表情がまた曇った。そしてその表情のまま、

「あの時、『赤毛』はいなかったはずだけど?」

 と、弥生をまっすぐに見つめてそう言った。

「参加していなかっただけよ。その場にはいたわ。」

 対して弥生は、涼しい表情のまま。少なからず因縁はあるみたいだけど、聞いていいのかな?

「で、どうするの?こっちとしては、あんた達の因縁はどうでもいいんだけど?」

 流れを一瞬で止めたのは、またも安奈だった。さっきより、少しだけ表情が苛立っているのが分かる。

「・・・そうだね・・・確かに、『赤毛』になら任せてもいいかもね。じゃあ、『赤毛』は専用車両からセキュリティの解除お願いね。」

「分かったわ。」

 本村君の提案は通った。だけど、弥生とナタリーさんの二人は最後、一切目を合わせることはなかった。


「じゃあ、作戦内容は以上で決定。決行は、来週土曜の夜よ。そっちは、所定時間までにA地点に集合しておいて。武装はこっちで準備するから、あなた達はマニュアルに目を通しておいてね。」

 会議終了をクラインさんが告げると、少し緊張の糸が解けた。もっとも、それはほんの一瞬で、手渡されたマニュアルの重さに、まるで両手に現実の重さが圧し掛かって来たような感覚になる。

「クラインさん、俺達はこの後どうすれば?」

「一時間後に、ここを出るわ。来た時と同じ方法で送るけど、行先は変わるわよ?」

「その場所は、教えてはもらえないんでしょうね?」

 本村君の二度目の問いに、クラインさんはニッコリと笑顔を返した。本村君はそれで全てを悟ったのか、

「じゃ、この一時間は、メンバーさんとの語らいの場にでもさせてもらいますよ。」

 そう言うと、クラインさんに背を向けた。その視線の先では、既に胡桃達が、一宮さんと談笑している。他のみんなも、各々グループを作っていた。いろんな意味で、改めてみんなを凄いと思った。この状況で、普通に会話ができるみんなを・・・

「なに、ボーっとしてんの?」

「え?」

 声のした方を見る。そこには、思った以上に近い距離に、藤越君の顔があった。

「あ、わ!?」

 急なことに焦った私は、マニュアルを持つ手に思わず力を込めてしまった。手元で、書類が『クシャ』っと潰れる音がする。それを見て彼は、

「やっぱ・・・緊張するよな。」

 と、独り言のように呟いた。その口調から、彼も緊張しているんだと感じた。

「どうした、陽?」

「え?」

 反対側から、鈴深が声をかけてきた。

「なんか、すげー怖い顔してたぞ?」

「え?そ、そう?」

 思わず左手で、顔全体をペチペチと触る。彼の前で、そんな顔はできないから。

「あんたは確か・・・宣、だっけ?」

 私越しに、彼が鈴深を見る。鈴深はその視線に気づくと、ニカッと笑って答えた。

「鈴深でいいぞ。そういうお前は、藤越衆だな?」

「うん・・・」

「次の作戦、よろしくな。」

 鈴深はそう言うと、彼の背中をバシバシと叩く。細い腕からは想像もつかない、なんとも痛々しい音を数回鳴らした後、鈴深は少し真顔で言葉を続けた。

「自分が言う事じゃないかも知んないけど、陽のこと、頼んだぞ。」

「分かってるよ。」

 藤越君は表情を変えることなく、鈴深を真っ直ぐに見てそう言った。鈴深はその言葉に満足したのか、またニカッと笑った。

「そっちこそ、頼むよ。俺達、なんだかんだいって本格的な戦闘は、これが初めてに近いんだからさ。」

「あぁ。こっちだって、レスターの命が懸かってるんだ。手抜きも妥協も油断も、全部なしでやってやる。」

 鈴深はそう言うと、力強く拳を握る。昨晩の話を加味すると、鈴深のレスターさんに対する信頼や絆は、かなり固いものだと分かる。そしてそれは、他のアゲロスの人達も一緒なんだと思う。これ程までに信頼を集めているレスターさんという人に、私は少し興味がわいてきていた。まだ出発までに時間もあるし、少し聞いてみようかな?

「ねぇ、鈴深。レスターさんって、どんな人なの?」

「レスター?そりゃ、もちろんいい奴さ!」

「鈴深、それでは少し大雑把すぎるのでは?」

 鈴深の後ろから声をかけてきたのは、リースさんだった。横には次山君、そして薫と直江がいる。次山君とリースさんが知り合いと分かった昨日から、二人のライバル心が少し表立ってきているみたい。二人としても、あまりライバルが増えるのは嬉しくないだろうし、仕方ないかも。

「なんだよ~。リースだって、レスターはいい人だって言ってたじゃんか?」

「それはそうですが・・・」

 少し膨れる鈴深に、困ったような笑顔を浮かべるリースさん。

「リースさんは、レスターさんと知り合われてから長いんですか?」

「えぇ。かれこれ、五年ほどになるでしょうか・・・幾度となく、共に命を預け合ったものです。」

 遠い目をしながら、さらっと凄いことを言ってのけるリースさん。

「次山から聞いたけど、あんた、凄腕の魔女なんだって?確か、七人の女王だとかなんとか・・・」

「おや、マコちゃんから既にそのような情報を・・・」

「マコちゃんはやめてくださいよ~・・・」

 恥ずかしがる次山君を見て、リースさんはいたずらっぽい笑みを浮かべる。あぁ~・・・こういうことをけっこう面白がる人なんだ・・・

「いかにも。私は、西洋魔女協会に所属する者。そして畏れ多くも、デウザ様から七人の女王の称号を頂いた者です。」

「デウザ様?」

 誰なんだろう?リースさんの言い方と表情から、かなり凄そうな人みたいだけど。

「デウザとは、ポルトガル語で『女神』を意味する言葉です。西洋魔女協会の会長であり、全ての魔女を総べる者。そういった意味で、『女神』とも呼ばれています。もっとも、毎回デウザというわけではありませんけど。」

 私の心の疑問に答えた次山君は、そう言ってハハハっと苦笑いする。

「どういう意味?女神さんがいない時期があるってこと?」

 後ろから質問してきた薫を見て、次山君は話を続けた。

「いえ、女神は定期的に交代しますけど、いなくなることはありません。呼び方が変わるという意味です。」

「呼び方?」

 首を傾げた私に、次山君はややこしいんですがと前置きしてから話を続けた。

「女神に就かれた方の国の言葉で、呼び方が変わってくるんです。英語圏の方が就かれれば『ゴッデス』、ドイツの方が就かれれば『ゲッティン』というように。日本語にしてしまえば、どんな時でも『女神』ですから。」

「じゃあ、今はポルトガルの人が女神さんってこと?」

 薫の言葉に、次山君はコクリと頷く。

「その方は、七人の女王の中から選ばれるんですか?」

 直江が、リースさんを見ながら質問する。

「そうなります。そして、空いた一枠に、新たな女王が選出されるのです。女王の決定権は、デウザ様にしかございません。かれこれ、四百年ほど続く様式です。」

 四百年。リースさんはサラッと言ってくれたけど、こうもサラッと言われると驚くタイミングがない。

「じゃあ、それほどの魔女さんが、この部隊にいる理由は?しかも五年もね。」

 藤越君の質問に、穏やかだったリースさんの表情が少し曇る。

「もしかして、私達には言えない事ですか?」

「いえ、そうではありません。思っていた以上に、核心をついてこられたものですから・・・実は、ある人物の行方を追うためなのです。」

「ある人物?」

 直江が首を傾げる。これ程の組織で、それだけ長い年月をかけないと見つからない程の人って、どんな人なんだろう?

「その者は、いくつもの名と顔を持ち、どれが真実やも分からぬ者です。私は、その者に裁きを下さねばならぬ故、レスター殿に協力していただいているというわけです。」

「裁きってことは、協会の裏切り者とかそんな感じですか?」

 直江の問いに、リースさんはコクッと頷いた。

「裏切りは、デウス様への忠誠に背く大罪。他の女王達が方々で使命を果たしている現状では、私以外にこの役目を全うできる者はいないのです。」

「でも、リースさん一人の手には負えない。そうですよね?」

 次山君の言葉に、ハッとした表情を見せるリースさん。次山君は、体ごとリースさんに向き直り、言葉を続けた。

「僕の知っているリースさんは、だいたいの問題は自分一人でなんとかできるし、なんとかしようとする人です。そのリースさんが、自らレスターさんの手を借りている。これだけで、追っている人物がどれ程の人物かの察しはつきます。」

 次山君はそこまで言うと、少し思い出すかのように目を閉じて言葉を続けた。

「ジュレ・ファルミーナ・・・罪名は、女王殺し。」

 リースさんは、次山君が告げた名前と罪名に、見た事ものない程の険しい表情を見せる。

「あなたは、今でも彼女を追っているんですね?」

「えぇ、その通りです。」

 リースさんはそう言うと、険しい表情のまま、拳を握り、唇をキュッと噛み締める。ジュレ・ファルミーナ。その名前は、リースさんにとって、相当重要な事だと強く感じる。

「ですが、先刻申し上げた通り、彼女は自らを偽ることに長けています。また、協会にいた頃より、裏との繋がりも深いと目されていました。おそらく、そのあたりのネットワークを使って、今は身を隠しているのでしょう。」

「で、レスターに協力を依頼したってわけか。確かに、レスターはなにかと裏にも詳しいもんな。」

 そう言って、鈴深はまたニヘヘっと笑う。

「彼女のことは、東洋魔術会(ぼくら)の方でも噂は聞いています。ですが・・・」

「大丈夫ですよ、マコちゃん。そのお気持ちだけ、受け取っておきます。」

 なにかを言いかけた真君の口に右手の人差し指を当てると、リースさんは表情を崩し、笑顔でそう言った。ただ、私としては、笑顔のままその様子を見ている直江が怖い。まだ、眉をピクピクさせて、幾分か表情の出ている薫の方が、こっちが見ていてホッとする。

「みんな、そろそろ出発だって。」

 私の後ろから、そんな歩の声が聞こえた。私達は鈴深達に別れを告げ、来た時と同じくトラックに乗り込む。同じような場所に座り、同じように揺れる荷台・・・でも、結局誰一人として、姫の家の庭に着くまで、言葉を発することはなかった。



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