だいぶハード
《GIRIRIRIRIRIRIRIRIRIRIRI》
思わず手で耳を塞ぎたくなるほどひどい騒音だ。
動揺する少年を尻目に、生徒会長は一目散に駆けだす。体育館の出入り口から彼は校舎へと
そのまま入っていこうとしたが、ふと気が付いたように少年へ声をかける。
「キミ、早くこっちに来て!」
片手をドアにかけながらも、少年に手招きをする。顔にこそ出さないが焦りを隠せない様子である。
「は、はい」
これが避難訓練でないのなら学校のどこかで火事が起こっているのかもしれない。
登校初日にえらいことになってしまったと、少年はどこか他人事のように招かれるまま、
会長の元へと走った。とその時、後ろから大音声が飛んできた。
「藤原ァ!」
会長と話していた教員である。体格に似合ったこれまたゴツイ声である。
その声を受けて会長は厳しい顔を作り、頷く。式では常に笑顔を絶やさなかった会長が、
こうまでして苦い顔をするのが不思議であったし、教員の険しい大声にも引っかかる。
「アレなら俺たちには止められん。頼めるか?」
本当に火災か?妙に状況にこなれていないか?
「ええ、もちろん生徒会を挙げて制圧します」
制圧?今、制圧って言った?制圧って何?
「さ、キミ早く」
「あ、は、はい……」
二人は体育館を後にし、少し離れた校舎へと駆け上がった。下駄箱で下足を履きかえていると、
少年は信じられないものを聞き、目にした。
パンパンパンという連続した発破音。そして死角から出てきたのは筋肉隆々のガラの悪い大男。
唖然とした。唐突に益体も無い考えが少年の頭の中を駆け巡ったからである。
――テロリストによる学校の占拠。
まてまて、あり得ない。あり得ないだろ?そんな暇を持て余した学童の夢物語じゃあるまいし。そりゃ、一度は校内めちゃくちゃになるような面白いことがおこったら…って思う時もあるけどさ。
それが現実に起こるってどうよ?
「テロリストによる学校の占拠か。少々厄介なシチュエーションだね」
「って、おおおおおいい!!」
「え、なに?」
今なんっつた!?この人、会長、いまなんつった!?
「おかしいでしょう!?テロリストが占拠って……んな馬鹿げたことが……」
「――しっ、静かに!」
見ると、大男は少年の大声に反応し、こちらへと確かな足取りで向かっていた。口の中でガムか何かをくちゃくちゃやっている。顔面には古傷があり、どう見ても既に人の命強奪済みですといった風貌である。
会長はこちらをちらと見やると、得心したように突然大きく頷き、そのまま男の前に躍り出た!
「待ちなさい!」
「ほほう!鼠がいるとはわかっていたが、こんなチンチクリンとはねえ…どうだ、ガキ、大人しく俺の前で3回まわってワンとでも言ったら、それなりに扱ってやるが……」
男の発言が終わる前に、会長は飛び出していた。全速力で接近の後、上段蹴り。そしてクリーンヒット。当り前と言えば当たり前か。男の躰の半分しかない体躯の会長が、こんな反撃を喰らわすとはさしもの巨漢も気付くまい。しかもかなり効いたらしく、その場で男は盛大によろけた。短く呻くと、今度は憤怒の表情で会長に掴みかかる。
が、会長はそれをひらりと避けた。全く超人的な反射神経である。
「早く、君、今のうちに逃げなさい」
応戦しながら会長は、少年に呼びかける。少年は冗談じゃないといった面持ちで会長を凝視した。
「そんなのできるわけないでしょう!」
「できるできないは置いといて、逃げなさい」
その時、なおも言い募ろうとした少年の肩をぽんと叩く者があった。
少年の肩がギクリと跳ねる。おそるおそる後ろを振り向く。
「おーう、面白そうなことやってんじゃねえか……おじさんも混ぜてくれよ、なあ?」
同じような巨漢がいた。しかも3人も。
「逃げろ!」
会長の掛け声をきっかけに、少年は無我夢中で走り出していた。――殺される。直感的にそう思った。
男たちの濁りきった野獣の眼と口元の嗤いを見ればなおさら。会長には対峙する勇気があっても、
少年にはない。それは仕方のないことであった。
* * *
金属を擦り合わすような、チャリチャリとした音を響かせながら、この場にそぐわぬ男が入室してくる。
「はーい、みんな手を挙げて」
類人猿のような巨漢が銃を見せびらかすように、己の頭上へと掲げてみせる。
今日は入学式。顔見せの為に担任教師が入室してくるとばかり思っていた新入生たちは、さすがに状況の理解ができなかったと見えて、皆一様にきょとんとした顔をしている。男は園児を宥める保育士のような口調であるが、あまりにドスの利いた声は、本人の意図と合致して浮ついた印象を与える。呆けていた生徒たちも、その小馬鹿にした態度に畏怖よりもまず怒りを抱いた。
「おい、おっさんふざけんな」
若干明るい色に髪を染め上げた少年が、つかつかと不審者に歩み寄り、まず銃を取り上げようとする。というのも少年は、男の持つそれを模造品の類であろうと踏んで、ド派手なパフォーマンスをするどこからどうみても学校に侵入してきた不審者であるおっさんの鼻っ柱をへし折ってやる勢いでいた。
――パコン、と音が。
本当に軽い音であった。だから、生徒たちはやはり模造銃であろうと――いや、空気銃であろうと思ったのだ。しかし天井にくっきりと空いた穴と僅かに立ち上る硝煙はそれが偽物ではないことを雄弁に物語っていた。
茶髪の少年はそろそろと視線を天井に持っていき、またそろそろと目の前の大男に視線を戻す。それで、全てを理解した。
けれども理解したときにはもう遅かったのだ。
「オラァ!こいつの頭吹き飛ばされたくなかったらそこに跪けやァ!」
額に銃口を当てられ、顔面蒼白になった少年と、その他大勢の生徒たち。
数の差があっても、結果はおのずと見えてくる。
* * *
「うわああああああああ!!!」
銃声が響き渡る。
うそだ。嘘だ。これは嘘だっ!
常識的に考えて、男子校で銃撃戦になろうはずもない。
だってここ日本だもの!銃とか撃ったことないしまして見たことないもの!
少年は頭を抱えて床に伏せ、忍び込んだ空き教室にある廊下側のドアガラスが、鉛玉によって粉々に砕け散るのに任せていた。やがて轟音が止み、屈強な男たちの下卑た嗤い声が無人の通路に響き渡った。
「そこにいるのはわかってんだぜボーズ」
「そうら、これでもくれてやるよ」
ピン、となにか細い微かな音がし、続いてコン、コンと転がり落ちる音がした。
次の瞬間、爆音とともに傍にあった教室のドアが粉微塵に吹き飛んだ。少年は堪らず吹き飛ばされ、
教室の端から端まですっ飛ぶ。全身を強く打ち付け、身動きが取れない。
「あっ……ぐっ……」
不思議と血は出ていなかった。けれども切り刻まれたような鋭い痛みと、全身に倦怠感が襲う。
無意識に逃げることを諦め、拒絶しているのだろうか。身体が全く動かない。
男たちは3人。視界の隅で微かに捉えたその姿は、どれもまごう事なき西洋人。
筋骨隆々とした偉丈夫たちである。
仮に学校を対象としたテロリズムが起こっていたとしても、外国人が出しゃばってくるのは
腑に落ちない。一番の疑問点は、どうして中学時代英語の成績が2~3の自分が、相手の発言を理解できるのか。奴ら日本語がよほど達者なのか……しかし、みんなが皆日本語ペラペラの外国人傭兵というのも、それはそれで釈然としない。
「こいつどうするかね」
「ただ殺すのもつまんねえ。存分にもてなしてやるのが人質への礼儀ってもんよ。このまま銃でドカン、なんてとんでもねぇや」
「流石ジョージの兄貴は違わあ。俺ァすぐにぶっ放しちまいそうでさあ」
言葉に嘲りを滲ませながら、暴漢らは無抵抗の少年に迫る。彼らの言うもてなしが
どのようなものなのか想像もできないが、碌でもないものであることだけは確かである。
逃げなければ!しかし、既に回り込まれている!
万事休すってこういうことなのかな、と少年は思った。よくわからん出来事に巻き込まれて、
よくわからん状況で瀕死になっている自分が嫌だ。
もういっそ殺してくれ。夢ならさっさと覚めたい。
ハードな展開に……はなりません。たぶん。