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男子高校生がモウソウ!  作者: 大岡 志
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色ボケ少年と美少女会長

道々の両側には桃色の可愛らしい花をつけた木々が等間隔で並んでいる。そよ風が吹いただけで小花はふんわりと柔らかく散っていく。

春。春。誰もが浮かれたつような春。

世ではそろそろ厚手の衣服をまといながら、その鮮烈な肢体を惜しげもなく他人に見せつける人が出てきてもおかしくないくらいの陽気である。


しかし無条件に人の心を楽しくさせるこの季節も、全身から暗黒オーラを放ちながら桜並木の坂道を登る少年にとっては道を行きかう二人連れの男女が放つ熱視線にも似て、軽い憎しみを覚える始末。

これから死地へと、男の園へと足を踏み入れる少年にとってはそれも仕方の無いことか。先ほどは二人連れの男女、といったがこれはあくまで例えとして出しただけであって、眼前に見えるのは男と男と男と男と男と男と男と男と……

「もういいよ!こんな花だらけなのにここまで華のない風景をなんで見続けなきゃならんのだ!」

思わず突っ込んだ。

行きかう男の大半が黒髪に濃紺のブレザーとまるで味気のない格好をしているのが輪をかけてパッとしない。ちらほら茶髪が見えるくらいで、後はまるで事前に統一されたようである。

同じ黒髪でもぬばたまのような、と形容されるくらいのロング黒髪乙女がよろしい。だのに、見えるのは刈上げだの丸刈りだの襟足伸ばしすぎだのリーゼントだの……

「リ、リーぜント!?」

平成の世に酔狂な人もいたものである。まあともかくも、個性はあるものの、性別は代わり映えのしない人たちが行きかう通学路を歩きながら校門まで向かう。


入学式で、俺にチェックメイトが打たれてしまうのだ。

今更あがいても仕様がない。

それでも少年は諦めきれない態で、ちらりと後ろを振り返った。

嗚呼、なんという運命のいたずらだろうか、少年が通うことを熱望した男女共学の高等学校は、男子校の目と鼻の先――少年の真後ろに鎮座しているのである。


*    *     *


入学式はいつもの如く退屈であった。小学生の頃は流石に目を輝かせながら、緊張の面持ちで臨んだものだが、中学高校ともなるとその初心は薄れてくる。そろそろ後頭部が寂しくなってきた中年男性をぼうっとした顔で見ながら、「へーこの人が校長か」と特に感慨も無く聞いていた。祝辞も定型文で心に響かない。


式も半ばに差し掛かり、今度は《生徒会長あいさつ》になった。

男子校で生徒会長を引き受けるとはなかなかの剛の者じゃないのか、と少年はなんとなく密かに期待した。内進とかいうやつを上げたいがために引き受けたガリ勉が出てくるのか。運動部のキャプテンっぽいガタイの良い奴が出てくるのか。少年の他にも気になる生徒はいるようで、寝ぼけ眼のままパイプ椅子から身を少し乗り出す者や、舞台袖をちらちらと横目で確認している者が何名か。

地味で退屈な式典を少しでも映えさせてくれればそれでいい。しかし、新入生たちの期待は別の方向で叶えられた。

しゃなり、という歩き方が似合う、貞淑さを感じる動作。

栗色の長髪は、体育館のライトに照らされて煌々と光り輝く。

平靴であるローファーを履いているにも関わらず、まるで高いヒール靴を履いて歩いているような錯覚を抱かせるリズミカルな靴音。

マイクを調節し、その背の低さに合わせる。

「こんにちは、生徒会長の藤原飛鳥です!みんなよろしくねっ」

可憐な声であった。

嘘だ。

「う、うそ……だ」


少年だけでなくとも、この場の誰もが思ったであろう。

生徒会長?男子校(おとこのその)の生徒会長?この可憐な――美少女が?

興奮した様子でパイプ椅子から半ば立ち上がりかける者や、顔を上気させる者が数人。絵面から見るとただの変態の集会であるが、自分たちの眼前に燦然と輝くこの美少女が実は美少年ということになると、また違った意味での変態集会となってしまう。


会場のざわめきを見て満足したように会長は柔らかな笑みを漏らす。

そうして、マイクの縁をトントンと叩いて一息入れた。

途端に静まり返った場内で、会長はこう続けた。

「えー、皆さんは県立安栖(あすみ)高等学校に晴れて入学されました。本当におめでとう」

そこでまたニコリとやる。隣の男子が吐息を漏らすのが聞こえた。

「私たち先輩は新入生を歓迎します。これから皆さんは勉学に部活動と実に多岐に渡ってご活躍されると思いますが、三年間というものは実にあっという間です。是非とも悔いの残らない学校生活にしてくださいね」

改めてじっくりと声を聞いてみるが、どこをどう聞いても女性の声にしか聞こえない。もしかしなくても第二次性徴来てないんじゃないか。その後も少しだけ会長のあいさつは続いたが、声に集中していたせいで内容は全く頭に入ってこなかった。


式典は何事も無かったかのように終了し、新入生は割り当てられたクラスに向かい始めた。無駄話の内容で巻き起こるのは無論会長の容姿についての話題だ。気味が悪いと切って捨てたり、可愛かったなあと好奇心丸出しの顔で語ったり、生徒たちはそれぞれ感想を言い合う。少年も中学時代からの付き合いの同級生と二言三言話し合ったが、気分は完全に上の空であった。

少年は心ここに非ず、と無意識にポケットに手を伸ばし、あ、と短く叫んでしまった。

入学式では付けていたはずの胸ポケットの校章バッジがなくなっているのだ。着脱可能の簡単な作りの奴だから、何かのはずみで落ちてしまったようだ。慌てて少年は、友人に言付けを頼むと、今来た道を引き返し始めた。


走って体育館に到着すると既に片付け作業が始まっていた。教員らが機材を運び出す中、何事か指示を聞いている栗色の頭が見えた。会長だ。

会長は背の高いゴツい教員と向かい合っていた。少年に気付いたのか、その教員はその姿を認めて不審そうな顔をする。会長はくるりと後ろを向いた。そうして、またあの人懐こそうな笑顔でこちらに歩み寄ってきた。

「どうしたの?何か用事?」

少年より会長は背が低い。見上げるようにして見つめられて、少年は目に見えるほど狼狽えた。

「えと……校章、落としちゃったみたいで……探してるんですけど」

校章……と呟くと会長は踵を返し、先ほどの教員に駆け寄っていった。そうして、すぐに少年の元へと戻ってくる。

「もしかして、これ?A-202の辺りにあったみたいなんだけど」

会長の掌には鈍く金色に輝く校章が置かれていた。席番号から言って間違いないだろう。

「多分これです。俺その辺座ってたんで――ありがとうございます」

はい、と会長は少年が差し出した両手にバッジを落とす。明らかに緊張している少年に、会長は朗らかに話しかける。

「そんなに固くならなくていいよ。上級生とか会長とか関係ないから、ね」

固くなっているのはあなたの容姿が原因です、とは口が裂けても言えやしない。もしかしたら会長はわかっているのかもしれないが、それでも自分から不躾にそんなことをいうほど俺はアホではない。


《GIRIRIRIRIRIRIRIRIRIRIRI》

けたたましく非常ベルが鳴った。

同時に会長がその小さく整った顔に一瞬で緊張の色を走らせたのを認められるほど、少年は鋭敏にできてはいなかった。


まだまだ序章です

会長せっかく名乗ったのに文中に名前が出てこない(´・ω・`)

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