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カラスが鳴いている

作者: 怪力熊男
掲載日:2026/05/12

 陽が傾き、次第に暗くなり始めた山道を、焦った様子で駆け下りる者がいた。

 大学生くらいだろうか、4人ほどの集団を引き連れた女は、何度も振り返りながら後続の者たちを急かしている。


「早く! 日没までに山から降りないと!」

「大丈夫だって、まだもうちょいあるだろ?」


 額の汗を拭うのも忘れるほどに焦っている女は、この村の出身だ。

 大学のゼミのフィールドワークという名目で、同学年のゼミ生3人と指導役の准教授を連れて、久方ぶりの里帰りをしていた。

 

 山を訪れた目的は、山頂にある神社とその近辺にある史跡の調査である。

 元禄期に立てられたという山頂の神社は、もともとは砦の一部であったという伝承がある。

 大名同士の大規模な戦い、というものでもなかったが、地元の土豪同士の勢力争いで、この地域は一時期人口が完全にゼロになるほど凄惨な戦いが繰り広げられた、と伝わっている。

 その『凄惨な戦い』の際に山頂に立てこもった一団は、隣村の勢力により鏖殺の憂き目にあったとされている。後に移り住んできた隣村勢力の子孫が、元禄の世になってから鎮魂のために建てたのが山頂にある神社である、と伝えられてきた。


 女は幼少期から、村の祭のときなどに神社を管理している町内会の長老的な老人に、もう暗唱出来るくらい繰り返しこの話を聞かされていた。

 その時から、必ず長老が『だから、良いか』という枕詞のようなセリフの後に続けたのが、『山に入るのは、太陽が出ているときだけ。日没を過ぎて山に入ると連れて行かれるぞ』というものだった。

 子どもたちに分かるように覚えさせるためか、『カラスが鳴く前に山から降りろ』と、文字通り耳にタコが出来るくらい繰り返し聞かされていた。


「まぁ落ち着いて佐々木さん。その『日没をすぎると連れて行かれる』というのは、実例があるわけじゃないんでしょ?」

「あるんです。私が知ってるだけでも2人、山から出てきませんでした。だから早く! あと1時間もしない内に日が沈みます!」

「2人? それはまたどうして――」

「それは降りてから説明しますから! もっと急いでください!」


 助教授、町田和寿の専門は、室町後期から江戸初期にかけての庶民の生活の歴史の研究だ。

 ゼミ生の中で、唯一地方出身だった佐々木香奈の故郷に、ちょうどその時期にまつわる伝承や神社がある、ということで、ゼミ旅行も兼ねてこうして山を訪れていた。

 香奈の祖父母に迎えられた一行は、山に向かうと言った瞬間に祖父母の眼光が鋭くなったことに気付いていた。


『香奈がおるなら大丈夫と思うが、必ず日が暮れる前に山から降りんさいや。危ないけぇの』


 そう語った香奈の祖母の顔は真剣だった。

 そして今まさに先導して全員を必死で急かしている香奈も、真剣そのものだ。


 若者に限らず、誰かが必死になればなるほど、茶化したりフザケたりしたがる者はどこにでもいる。

 残念なことに、同期のゼミ生の内2人はそのタイプだった。


「あ、悪ぃ佐々木! 俺スマホどっかで落としたから探してくるわ」

「諦めて。まず降りて、明日になってからにして」

「いやいや、俺スマホ依存症でさぁ、無いとムリなんだ。先降りてて、この道真っ直ぐだろ?」

「それじゃ、あたしも一緒行ってくるね。一人じゃない方がいいっしょ? あたしスマホ持ってるし、何かあった連絡するからさ。ほら、ここちゃんと電波入るし?」

「ちょっと脇坂くん! 加藤さん!」


 香奈が止めるのも聞かず、脇坂と加藤は山道を走って登っていってしまった。


「香奈ちゃん、仕方ないよ。先に降りよ? 大丈夫だって、道もわかりにくいところなかったし」

「でも――」

「佐々木さん、とりあえず我々は先に降りましょう。下で待ちましょうか。大丈夫ですよ、彼らは後で僕から注意しますから」


 町田と香奈、そして最後の一人である女子大生、村岡瑞希の3人が山を降り、入口にある鳥居をくぐったときには、ほぼ日没に近い時刻だった。


「早く、早く、早く」


 香奈が怯えた様子でそう繰り返す。


「大丈夫だよ香奈ちゃん、あの2人付き合ってるからさ、ちょと2人きりになりたかっただけ――」


 瑞希がそう言いかけた時だった。

 山のあちこちで、一斉にカラスが鳴き始めた。

 その音はまるで、何らかの脅威を告げるサイレンのようでもある。東京で生まれ育った町田と瑞希の二人には、ホラー映画のシーンのように不安を掻き立てられる光景だ。


「か、香奈ちゃん? なに? 何これ!?」

「鴉様だよ……山で殺された昔の村人が山から出てこないように、鴉様が鳴き声で追い返してるの……だから、この辺りじゃ絶対に鴉を殺したりしないの」

「そう言えば、神社にも狛犬の他にカラスの像がありましたね……」

「カラスは、皆殺しにされた村の国衆だった『香良洲与一郎』の遣いって言われてて、村人は与一郎の言うことだけは聞いたんだって……カラスが鳴くのは、与一郎が村人の亡霊に『鎮まれ』って言ってるんだって――」


 不意に町田のスマホがけたたましい着信音を奏で始めた。


「あぁ、脇坂くんですね。スマホが見つかったんでしょう。――はい、町田です。スマホは見つかりま――え? 何ですか? どういうことです?」


 町田は眉間にシワを寄せて、山の入口である鳥居へと視線を向けた。


「道が別れてる? いえ、分かれ道なんてありませんでしたよ? 今どの辺に……神社の近くですか。神社の三の鳥居から出て――え? 鳥居が4つ? いや、三の鳥居はひとつだけだったはずです。……私たちですか? もう山を降りて、一の鳥居の近くにいますが」


 香奈の顔から血の気が引いていった。


「同じだ……お兄ちゃんのときと同じだ……」


 香奈の従兄の一人は、いわゆるヤンチャな男だった。

 村の老人たちの言い伝えも『そんなんあるわけ無いじゃろ』と聞く耳を持たず、スマホで生中継をしながら悪友と2人、なんと山の中で夜を明かそうとした。

 その従兄の最後の言葉は『何じゃ、鳥居がなんでこんなにあるんじゃ……おい、誰か来よる、誰や、ちょ、と、鳥居から、何じゃこいつら! 来んな! おい、ちょっと、助け――』というもので、この言葉は村の中の香奈と同世代の若者は大勢が聞いていた。

 翌朝、従兄を捜索にでた大人たちが見つけたのは、ズタズタになった片方のスニーカーと、スマホだけだった。


「だから言ったのに、だから早く出なきゃって言ったのに……」

「脇坂くん、加藤さんは一緒にいますね? 社殿正面の鳥居をくぐったら、そこからは一本道です。急いで降りて来――脇坂くん? 脇坂くんっ!?」

 

 不意に通話が途切れ、カラスの大合唱は太陽が隠れると同時に不自然なほど一斉にやんだ。


「カラスは暗くなると見えなくなる……与一郎の声が届くのは陽が出てる間だけ、夜になると香良洲与一郎の声も村人たちに届かなくなるって……そう言われてて……」

「だから、日が沈む前に山を降りろと……いや、こうしてる場合じゃない! 探しに行かないと!」

「もう遅いです……入ったら、生きて山を降りられませんよ。お兄ちゃんみたいに、山に囚われるんです」


 カラスが鳴き止んだ日没後の山は、不気味なほど静かだった。 

今回のショート・ショートは、現代が舞台のホラーになっています。

因習村のような要素も盛り込んでみました。

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