第4話 『初めての敵は、カエルでした』
結論から言おう。 異世界の森は美しかった。
そして、そこに住む住民は、挨拶代わりに俺の顔面を溶かそうとしてきた。
暗くてジメジメした洞窟を抜けた先。 そこには、前世の4Kテレビでも表現できないほどの「緑」が広がっていた。
木漏れ日が、宝石のように地面に降り注いでいる。 空気は甘く、風は優しく、鳥のさえずりがBGMのように流れている。
『うおおおお! 眩しい! これだよこれ! 俺たちが求めていたのは!』
脳内でハッスルが、半透明のタンクトップを引き裂いて喜んでいる。
『環境スキャン完了。気温24度、湿度50%。我々変温動物にとっては「天国」とも言えるコンディションです』
ロジックも、どこか声が弾んでいる気がする。
俺は感動に打ち震えながら、湿った土の上を這い進んだ。 久しぶりの日光浴。 冷え切った血が温まり、細胞の一つ一つが活性化していくのが分かる。
(……生きててよかった)
そう思った、その時だった。
目の前の巨大な葉っぱが、ガサリと揺れた。
『お? 第一村人発見か?』
ハッスルの能天気な声と共に、その「村人」が姿を現す。
ヌゥッ……。
現れたのは、緑色の球体。 いや、違う。
濡れた光沢を放つ皮膚。 アンバランスに巨大な後ろ足。 そして、何よりも目を引くのは、ギョロリとした黄金色の瞳。
カエルだ。 ただし、サイズがおかしい。
俺(30cm)に対して、相手は優に1メートルはある。 軽自動車みたいな質量のカエルが、そこに鎮座していた。
『…………』 『…………』 『…………』
脳内会議場が、一瞬で凍りついた。
相手の黄金の瞳が、ゆっくりと俺を捉える。 獲物を見る目じゃない。 「あ、グミ落ちてる」くらいの、軽い感覚の視線。
『け、警報! 警報! 敵性生物です! 推定ランクE「ジャイアント・フロッグ」!』
ロジックの声が裏返った。
『デカすぎんだろォォォ! なに食ったらそんなサイズになんだよ!』
(騒ぐな! どうする!?)
俺は硬直したまま脳内で叫ぶ。 蛇にとって、カエルは本来「エサ」だ。 だが、この体格差はどうだ? ハムスターがゴジラに挑むようなもんだぞ。
『将軍! 作戦を!』
ハッスルが敬礼ポーズで叫ぶ。
『選択肢は2つ! A:勇気を持って特攻(死亡率99%) B:恥を捨てて逃走(生存率30%)』
(Bだ! B一択だボケェ!!)
俺は即座に回頭を試みた。 Uターンだ。 今すぐあの薄暗い洞窟に戻りたい。あそこがマイホームだ。
だが、焦りが致命的なミスを招いた。
「シュルッ……!」
急激に体をひねったせいで、俺の長い胴体が、あろうことことか自分自身に絡まった。
え? 嘘でしょ?
『ああっ! 自爆! マスターが自爆しました! 固結びです!』
『バカ野郎! 右じゃなくて左に曲がれって言っただろ!』
(うるさい! お前らが同時に喋るからだろ!)
俺は森の中で、一人で勝手に絡まって団子状態になるという、生物として終わっている醜態を晒した。 解けない。 焦れば焦るほど、鱗と鱗が引っかかって締まっていく。
その隙を、カエルが見逃すはずがなかった。
「ケロ。」
気の抜けるような鳴き声。 だが、次の瞬間、世界がスローモーションになった。
カエルの口が、パカリと開く。 そこから射出されたのは、ピンク色の槍。
舌だ。 だが、俺の知っている可愛い舌じゃない。 筋肉の塊が、砲弾のような速度で飛んでくる。
『回避行動! 間に合いません!』
『ガードしろ! 腹筋に力入れろぉぉぉッ!』
ドォン!!
「グシャァッ!?」
衝撃。 俺の体は、絡まったままボーリングのピンのように弾き飛ばされた。
木の幹に激突し、地面に転がる。 世界が回る。 脳が揺れる。
(……い、てぇ……)
何が起きた? 生きてるか?
恐る恐る顔を上げると、右頬に激痛が走った。
『損傷甚大! 右頬部の鱗、剥離! 真皮層まで到達しています!』
ロジックの悲鳴のような報告。
痛い。 痛い痛い痛い痛い。
鏡を見るまでもない。 顔の右側の鱗がごっそりと削ぎ落とされ、生の肉が剥き出しになっている感覚。 そこに、カエルの舌についていた粘液が侵食してくる。
ジュウウウゥ……。
「ギッ……!?」
焼ける。 ただの唾液じゃない。 消化液だ。 傷口から直接、酸を流し込まれているような激痛。
さっきまでの浮かれた気分なんて、一瞬で消し飛んだ。 美しい森? ふざけるな。 ここは地獄の釜の底だ。
『マスター! 立て! 次が来るぞ!』
ハッスルの声に、俺は弾かれたように顔を上げた。
目の前には、悠然と構えるカエル。 その口元から、長い舌がズルリと収納されていくのが見えた。
美味い。 そう言いたげに、カエルが舌なめずりをする。
あいつにとって、俺は敵ですらない。 ただの、少し動きの悪いオヤツだ。
死の恐怖が、痛みを超えて背筋を駆け上がる。 震える体が、地面の土を掴もうと空回りする。
(動け……動けよ……!)
カエルの喉が、再び大きく膨らんだ。
「ケロ。」
二発目が、来る。
(第4話 終わり)




