第3話 『スキル【脳内会議】、開催中』
ステータス画面が開いた。 そこには、あまりにも残酷な現実が刻まれていた。
【攻撃力:2(ミミズ以下)】
『ぶっははははは! なんだこれ! 「2」って! デコピンでも死ぬぞこれ!』
視界の左上に浮かぶウィンドウの中で、マッチョな半透明の男――ハッスルが腹を抱えて爆笑している。
『笑い事じゃねーよ!』
俺は心の中で絶叫した。 ミミズを食べたことでレベルが上がったはずなのに、このザマだ。
『静粛に。……解析を続けます』
視界の右上にいる白衣の男――ロジックが、眼鏡を押し上げながら冷静に数値を読み上げる。
『種族:スモール・グリーン・スネーク レベル:2 HP:15/15 MP:5/5 攻撃力:2 防御力:1 俊敏性:12 運:1』
『……』 『……』 『……』
脳内会議場に、奇妙な沈黙が流れた。
(おい。最後の項目、見間違いじゃないよな?)
俺が恐る恐る尋ねると、ハッスルが涙を拭きながら親指を立てた。
『安心しろ相棒! 俺たちの人生、ハードモード確定だ! 運「1」って! 道端の石ころにつまずいて死ぬレベルだぞ!』
『統計的に見ても異常値です。前世での不運がそのまま継承されている可能性が高い。まさに「呪われた人生」ですね』
(やかましいわ!)
俺は地面に頭を打ち付けたくなった。 異世界転生といえば、チート能力をもらって無双するのが相場だろう。 なんだよ「運:1」って。 宝くじを買ったら財布を落とすどころか、買いに行く途中で隕石が落ちてくるレベルじゃないか。
『まあ待てよ相棒。スキルを見てみろよ。そっちに逆転の一手があるかもしれねぇ!』
ハッスルの言葉に、俺は一縷の望みを託してスキルタブを開く。
【保有スキル一覧】
『悪食 Lv.1』:なんでも食べる。不味いものでもエネルギーにする。
『熱源感知 Lv.2』:サーモグラフィー視界。
『脱皮(未習得)』:成長の証。
『多重人格並列思考』:脳内会議を開催する。
以上。
(……これだけ?)
攻撃魔法は? 剣術は? 絶対防御は?
『ありませんね。現状、我々の戦力は「噛みつく(物理)」と「巻きつく(物理)」のみです。しかも攻撃力2の』
ロジックが非情な事実を突きつける。
『うおおおおい! マジかよ神様! 攻撃手段ゼロかよ! どうやって魔王倒すんだよ!』
『魔王どころか、ネズミに勝てるかも怪しいスペックです。……おや?』
ロジックが視界の一部をズームした。 スキル欄の一番下。 そこに、ノイズの走った文字化けした項目があった。
『■■■■(解析不能)』
(なんだこれ? バグか?)
俺が意識を向けると、頭の奥がチリッと焼けるような感覚に襲われた。 不快だ。 触れてはいけない何かに触れたような、生理的な拒絶反応。
『アクセス拒否されました。どうやら現在のレベルでは詳細不明のようです』
『なんだぁ? 「伝説の邪竜の力」とかじゃねぇのか? もったいぶるなぁ』
ハッスルがつまらなそうに鼻をほじる(半透明だが)。
その時だった。
ズズズ……ッ。
(ん?)
地面が、揺れた。 地震か?
いや、違う。 振動だ。 もっと巨大な、質量のある何かが、この洞窟の外を歩いている。
『警告。強力な音源反応を感知』
ロジックの声から感情が消えた。
次の瞬間。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
空気が、爆発した。
洞窟の入り口から、鼓膜を突き破るような轟音が叩きつけられた。 咆哮だ。 ただの声ではない。 殺意と魔力が込められた、衝撃波そのもの。
「ッ……!?」
俺の小さな体は、その音圧だけで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
『ぐあッ! なんだ今の! 耳ねぇのに鼓膜破れるかと思ったぞ!』
『ダメージ確認。HP減少なし。ですが……精神圧による「恐怖」状態が付与されました』
怖い。 寒い。 動けない。
ヘビの本能が、全身の鱗を逆立てて悲鳴を上げている。 「逃げろ」ではない。 「動くな」だ。 見つかれば終わる。 存在を知られただけで消し飛ぶ。
外の光が、巨大な影によって遮られた。
(……なんだ、あれ)
洞窟の入り口越しに、その「足」が見えた。 丸太のような太さではない。 巨木だ。 剛毛に覆われた、巨大な獣の足が、ドスンドスンと通り過ぎていく。
もしあれが、気まぐれにこの洞窟を覗き込んだら? もしあれが、ここで足踏みをしたら?
俺たち(攻撃力2)なんて、プチッという音すら立てずにミンチになる。
カチカチカチ……。 俺の歯が(牙はないが)鳴り止まない。
『……おい相棒。息しろ。死ぬぞ』
ハッスルの声が、今までになく低かった。
『ロジック。勝率は?』
『算出不能。万が一、戦闘になった場合の生存率は……0.00001%以下です』
『だよなぁ。……笑えねぇ』
さっきまで「運:1」を笑っていた俺たちは、理解した。 この数字は、ギャグではない。
俺たちは、猛獣の檻の中に放り込まれたハムスターですらない。 ライオンの群れの中を歩く、一匹のアリだ。 踏まれるかどうかも、ただの「運」次第。
巨大な足音が遠ざかっていく。 それでも、俺の体の震えは止まらなかった。
『マスター。方針を変更しましょう』
ロジックが、冷や汗を拭う仕草を見せながら言った。
『魔王討伐などという夢物語は一旦忘れてください。 今の我々の目標はただ一つ。「今日を生き延びること」。 それだけです』
(……ああ。異議なしだ)
俺は地面にへばりついたまま、深く同意した。
この世界は、クソゲーだ。 けれど、リセットボタンはない。
俺は震える尻尾を無理やり動かし、洞窟のさらに奥、暗闇の中へと身を潜めた。




