第12話 諦観2 side:シェルダン
(こんな事になるなんて…)
帰りの馬車の中は、重い沈黙に包まれていた。
父は力なく俯き、母はまだ泣いている。
クロディーヌは、窓の外をただ眺めていた。
僕の頭の中は、後悔ばかりが駆け巡っている。
愛していた…アレットを心から…本当だ…っ
けど…打算的な考えがあった事も否めない。
僕は見目が良いからか、よく令嬢から誘いを受けた。
けれど、それはあくまで学生時代の思い出作りだ。
連れ回して、周りに自慢し、優越感に浸る。
しょせん子爵位の…次男の僕は、貴族令嬢の結婚相手になりゃしない。
学校の成績は、兄よりも良かった。
でも、次男というだけで爵位を持つ事ができない。
だからぼんやりと文官になろうかと考えていた。
そんな時、アレットに出会った。
彼女が落とした本の作者を、僕もファンだった事から意気投合した。
やわらかな琥珀色の髪、キラキラ輝くカーネリアンの瞳。
短い時間の中で、僕の心が君の物になるのに時間はかからなかった。
別れ際に互いの名前を伝え合った時に、君がアルブルグ侯爵家の一人娘のアレットだと知った。
相手にされるはずもない…そう諦めそうになった。
けれど…これは神様が与えてくれた好機ではないかと思った。
もし彼女が僕の事を好きになってくれたら…そうしたら…もしかして僕は侯爵家の人間になれるかもしれないと…!
そしてアレットが、僕の気持ちを受け入れてくれた時は夢のようだった。
婚約も決まり、高等学院を無事卒業し、あとは式を待つばかり。
なのに ―———
アルブルグ侯爵が亡くなった事で、僕の人生が変わる事になるとは…
侯爵の葬儀の際に、侯爵夫人が散々騒いだ後、突然倒れた。
アレットがその場を離れるわけにはいかない。
将来、義母になる彼女を僕が送っても問題ないだろう。
そう思ってアルブルグ家に戻った。
だが…まさかあんな事になるなんて。
「ああ…シェルダン…どうか私を支えて…っ ロシェルを亡くして不安なのよっ」
「こ、侯爵夫人……っ」
アレットと同じカーネリアンの濡れた瞳が僕を見つめる。
僕に縋りつく時に、彼女の唇が首に当たった。
妖艶な香りが鼻腔をくすぐる。
「お願い…寂しいの…」
そう言いながら、彼女の顔が近づくとやわらかな唇が僕の唇を塞いだ。
コンコンコン
ノックの音に慌てて身体を放す。
侍女が入って来た。
「ご、ご気分がすぐれないようですね、ゆっくりお休み下さい」
僕は急いでその場を離れ、部屋を出た。
何をやっているんだっ 僕は!
袖口で口を拭う。
侯爵の葬儀の日に! アレットの母親と!!
こんな事がアレットに知られたら、全て終わりだ!!
—————けれど……
侯爵夫人の甘い香りがいつまでもまとわりついて消えなかった―――――…
そんな時、侯爵夫人から一通の手紙が届いた。
ホテルの住所と部屋番号。
意味は分かった。
行くわけが…行くわけがない!
あの日は侯爵様が亡くなって、夫人は情緒不安定になっていたんだ。
僕も雰囲気に飲まれてしまって……っ
忘れろ! 忘れるんだ!!
でなければ……
コンコン
「待っていたわ、シェルダン」
「侯爵夫人…」
気が付けば、僕は手紙に書かれていたホテルの部屋の前にいた。
扉が開いた先には夫人が微笑みながら立っている。
僕は引き寄せられるように部屋へ入った。
もう後戻りはできなかった。
これが破滅への入口だとは知らずに……
◇
(あの時、扉をノックしなければ……)
今更後悔に喘いでも、全てが遅すぎる。
ガタガタ揺れる馬車に身を委ね、僕はゆっくりと目を閉じた。
クロディーヌを連れてアルブルグ侯爵家を出ると、両親とはパドリアス家で別れた。
その後、僕とクロディーヌは子爵領の外れにある小さく古い屋敷へと向かった。
クロディーヌにとっては、こんなみすぼらしい屋敷は見たことがないだろう。
使用人は元々ここの管理をしていた老夫婦のみ。
案の定、彼女はヒステリーを起こした。
宥めて屋敷に入れるのにどれだけ苦労したか…
この時からもう、僕たちの新しい生活は破綻していたのだろう。
それでも、アレットに突き付けられた条件を履行しなければならない。
婚約破棄から半年後、僕はクロディーヌと結婚した。
「また宝石を買ったのか!」
「私のお金で買ったものよっ あなたに文句を言われる筋合いはないわ!」
そう…元夫の遺産を相続していたクロディーヌには潤沢な資産があった。
それをアレットへの慰謝料に援助してくれればいいものを、毎日服や帽子や宝石やらに金を使っている。
そんなに買って、どこへ身に付けていくつもりなのか。
招待状さえ送られてこないというのに…
だがいくら金があっても、湯水のように使ってはすぐに底をつく事は目に見えていた。
けれど管理能力のないクロディーヌに、そんな事分かるはずもなかった。
文官の仕事に就けたけれど、醜聞はすぐに広がっていった。
白い目で見られ、嗤われ、蔑まれる日々。
それでも働かなければならない。
だが、働いても働いても慰謝料という借金と生活費にすぐ金は無くなる。
実家からの援助は僅かばかり。
僕のせいでパドリアス家は、貴族社会で醜聞の的となっていた。
離縁したくても離縁できない。
条件に反すれば、莫大な慰謝料を請求される。
減額されたとは言え、今の慰謝料もやっとの思いで支払っている状態だ。
こんな生活が続くのか。
……この先も……ずっと……




