秋波楓の述懐 1
降りそびれた。
まず最初に思ったのはそのことだった。
終電の電車の中に乗客は、私、秋波楓を含めて2,3人とまばらで、一様にばつが悪そうにしている。
居眠りをこいてしまい降りそびれ、目的の住居の最寄り駅を通り過ぎ、電車は一定のリズムを刻みながら、先へ先へと進んでいた。
終点の駅の近くにある漫画喫茶か24時間営業のファーストフード店あたりで夜を過ごし、明日の始発の便で家に帰るしかなさそうだ。
そう座席にもたれ脱力しながら、私は窓の外の景色を眺めることにした。
すると、違和感にすぐ気が付いた。窓の外では景色が流れていくが、その景色が見慣れないのだ。
窓の外に見えるのはうっそうと茂った木々。まるで森の中のようだ。というか、電車が走っているのはうっそうとした木々で周囲をおおわれたレール。
つまり、電車は森の中を走っているのだ。
それはおかしいことだった。何故なら、私が今乗っている電車の沿線に木々に囲まれられた森の中の地域など存在しない。
つまり今、私はどこか皆目見当もつかない場所に向かう電車に乗っているということだ。
「どこ行ってやがんだ…、駅員も車掌もいねえぞ」
そうこうしていると、他の乗客のうちの一人の、飲み会帰りのサラリーマンらしき人も気が付いたのか声を荒げて唾をとばしながら、車内をうろつきだし操舵室を覗き込んでいる。
どうやら、車掌が行方不明らしい。
「スマホも繋がらない。どんだけ田舎の山の中走ってるの、今」
最後の一人のキャバ嬢のような濃い化粧をした女性も手元のスマホをいじり、いらだしげにしている。
何かおかしなことが起こり、現在進行形でそれに巻き込まれている。
私はそう感じながら、過ぎゆく闇の中、電車内の明かりでうっすらと照らされている木々を眺めていた。
ガタンガタン、と一定のリズムとともに電車はレールを走っている。
レールが敷かれているということは人為的に決められたルートであるということだ。
電車は車のようにきまぐれにルート、道順を変えることなどはできない。
よって、今電車が記憶上の乗った電車の沿線上では住宅街ではなく、途中でルート変更し森の中のレールを走るなどありえないはずである。
自分の乗った電車は住宅街やその近郊しか走らない沿線である。
つまり、今山の中を走っているということは、自分は疲れていて普段乗っているのとは違う線の電車に乗ってしまったということだ。
そうだ。多分、そういうことなのだろう。
私、秋波楓はそう思おうとした。しかし、その期待は他の乗客の荒れた声音で打ち砕かれてしまう。
「車掌もいないし、なんだこの電車。車内広告が全然ねえし、電車の路線図とかまったく車内にない。まるで、オカルトじゃねえかよ。気味の悪ぃ」
「電波も一向に立たない。今時、アンテナが一本も立たないとかどんだけ山奥だよ。つーか、こんな山奥走る電車の線なんか乗ってないし」
他の乗客の会話が自分に現実を突きつけてくる。
そう、まず終電だろうが車掌が一人もいないというのはおかしい。そして、電車内が異様だ。田舎の沿線の電車ならまだしも、普段自分が乗っている電車内は車内広告の張り紙であふれかえっているものだし、乗っている線の駅の路線図などが載っているものだ。
それらがこの電車内にはない。
まっさらな新車のように。きれいさっぱり車内広告などの装飾がはぎとられている。
しかし、座席のくたびれた感じから、この電車がそれなりに使い込まれた電車であることは一目瞭然だった。
「ん、なんかみえるぞ…。駅だ!」
そうこうしていると、車両前方。電車のライトで照らし出されたレールにそうように駅の明かりで照らし出された無人駅が現れ、ゆっくりと、誰が操作したわけでもないのに電車は自然と徐々に減速し、無人駅に止まった。
起動音とともに、電車の扉が開き、静寂が周囲に訪れる。
私は、思わずとあるものを凝視していた。それは煌々と暗闇の中、駅の明かりに照らし出された駅名の書いた駅看板。そこには、こんな駅名が書いてあった。
「きらさぎ駅…」
それはネットで語られる都市伝説の駅の名前。この世には現実には存在しない、架空、または異世界に存在すると語られる駅。
「噓でしょ…」
どこかわからない。でも、どこに存在し、たどり着いた人がいて、ネットでまことしやかに語られる場所。
ネット怪談―ネットロア、『きさらぎ駅』。私、秋波楓は、それに遭遇した。




