保護者のはずのエルフ王子に愛されすぎて公開婚約破棄が即終わりました
「ベルリリー! 今日はみんなの前で君について話がある!!」
指差して声を張り上げたのは、彼女の婚約者──伯爵令息ダニエルだった。
なぜ彼は王城での祝祭の舞台で人目を集めるのか。婚約者同士の二人が険悪に話をすれば注目を浴びるにもかかわらず。
「親に言われたから婚約をしてやってきたが……やはり無理だ。山育ちの青臭い娘なんて、俺の隣に立つ資格はない!」
ラベンダー色の髪先をきゅっと握りしめ、ベルリリーは喉の奥を震わせた。
周囲の視線が刺さる。今すぐ逃げ出したい……でも足が動かない。
見下ろすダニエルの声が、大広間に大きく響く。
「カンネル子爵令嬢というが、そもそも胡散臭かった。王都にタウンハウスも持たず『外れにある山中の屋敷でずっと育ちました』だと? 獣にマナーを教わったのか? 振る舞いも粗野。人前に出ることはなかったと、ダンスも会話もろくにできない。みなさん見てくださいよ! 彼女、否定もしないでしょう?」
ダニエルは大仰に手を広げて、観衆を話に引き込む。
「できないんですよこの『模造令嬢』は。どこかの山奥で削った粗雑な石っころを、宝石箱に詰めて取り繕ったんだ! みなさんの視線という光に当たれば耐えられないんです。ほうら、それが淑女の態度か、笑えるね」
「そんなことない」の言葉が出せなかった。
人前が怖い。視線に晒されながら発言するのは特に苦手で、あがってなにも言えない。
(ちがう! マナーも、ダンスも完璧に習得した。……私は、きちんと教育を受けてきた。山の離宮で育てられたけど、でも!!)
ベルリリーには両親がいない。小さい頃に他界した。
以降は養父に育てられた。
養父は「リリーはどこに出ても絶賛される淑女」だと、「自慢に思う」といつも胸を張って笑ってくれた。
練習が辛くて泣きそうになったとき、「リリーは王族だって敵わないくらい優雅になれる」と慰め、頭を撫でてくれた。
ずっと、手厚く育ててくれた養父の期待に応えたくて努力してきたのだ。
いまや立ち居振る舞いにおいて無様さはまったくない。
ダニエルはなにか理由があってベルリリーに不備があるように見せたいのだ。
ベルリリーが言い返せなくなると知っていて、こうして大勢の前に引きずり出し、一方的に罵る。
なんて悔しいことだろう。
なにより、養父に申し訳ない。
視界がぼんやり滲んできた。涙の合図だ。
ダニエルは、あとは畳み掛けるのみ、とばかりに流行りの定句を口にする。
「ベルリリー! 君との婚約は破棄──」
ところが、ダニエルは婚約破棄のセリフを最後まで言いきることができなかった。
破棄の「き」の音が発されるや否や、彼の頬に強烈な拳がめり込んだのである。
「ボキャッ!」
奇怪な重音と共に、ダニエルは横に吹っ飛ばされた。尻餅をついて目を見開いて頬を押さえている。
今の暴力はどんな狼藉者の所業か。
ベルリリーは狼藉者を確かめようとし──抱きよせられた。
「ちょ、ちょっと……!」
ベルリリーを抱えた人物は肩を上下させていた。怒りに震えているのだ。
「ぼ、僕の……リリーが! 婚約者に相応しくないなんてことあるかああああ!!!」
(フェーン!?)
叫びはベルリリーの養父、フェルフェーンのものであった。
ホール中が驚愕で水を打ったように静かになっている。
それもそのはず、さっきまで王族の席にいた王子が、一貴族への怒りに震え、拳を振るったのだから。
ベルリリーはフェルフェーンを見上げた。
はらりと頬にかかる金の前髪。
横顔を縁取るように編み込まれた三つ編みは、結い紐でまとまって後ろへ流れている。
筆で刷いたような凛とした眉、澄みきったホリゾンブルーの眼。
そのすべてに静謐な気品が宿っていて、間近で見るとドキリと胸が騒ぐ美貌だ。
特に目を引くのは、長く尖った耳。フェルフェーンの美が人間の範疇に収まらない理由──エルフであることを物語っている。
「僕が手塩にかけて育てた、美しさも品格も申し分ないリリーを!! よくも悪く言ったな!! この節穴! 節穴! 目玉が光を取り入れてないのだろう! 僕のリリーは最高に輝いた……光そのものだ! それが見えてないんだから!!」
このエルフ王子の養女であることは彼の意向により長く隠されてきた。ベルリリーが山の離宮で育ったのはそのためだ。
だというのに、彼は秘密を守ってきた努力をかなぐり捨てて激昂していた。
ホール内は途端に騒然となる。
こんな事態でも上昇志向の強い貴族たちがベルリリーとフェルフェーンを取り囲んだのだ。
「まさかフェルフェーン王子のお育てになったお嬢様とはつゆ知らず……どうですか? 婚約は破棄されたことですし次はうちの息子など……」
「いえ、歳周りから言ったらうちの子息が」
「以前からベルリリー嬢の持たれている雰囲気はただならないと思っておりました、私めと……」
王族と縁続きになりたい野心を持ち、次々と寄ってくる人波にベルリリーは目を泳がす。
弾劾されるのは過酷だったが、こういう注目も慣れない。苦手だ。
そのベルリリーを、視線から守るようにフェルフェーンの身体が包む。
養父の腕の中という、安全基地にいるはずなのに、ベルリリーの心臓はキュウっと縮み鼓動を速くした。
その戸惑いも知らず、フェルフェーンが喉の奥から這わせたように声を発する。
「いやだ…………気づいたんだ。こんなに素晴らしいリリーを誰かになんか、やれない……!」
何を言い出すのだろう!?
ベルリリーは養父の表情を伺おうとして、頤を彼の手にとられた。
顔を上向かされ、フェルフェーンの顔が近づいて──
ちゅ。
(え!? えっ!? フェーンとキ、キス……!!)
「僕がリリーと結婚する!!!」
(フェーンが変になっちゃった!!!)
公衆の面前、無数の視線に晒されながらの、父親がわりとのキス。
とどめの「結婚する」宣言に、ベルリリーの心の負荷は限界に達し──「きゅうぅ……」という頼りない声とともに、顔を真っ赤にして倒れてしまった。
·*✼*·
ベルリリーが物心ついた頃には両親はいなかった。
覚えているのはベルリリーに強い関心を抱いて瞬く水色の瞳。
やわらかな陽の光が入ってくる、午睡の合間。
長命、不老の種族である彼は今と全く変わらぬ白皙の青年姿でベルリリーの鼻先にツン、と触れ微笑んでいた。
「へるへーん」
「減らないし変でもないよ」
「えー」
「フェーンだけでいいから、ほら口を少しすぼめて」
舌っ足らずな発音に、フェルフェーンは手ほどきした。唇に指を添え、口の形を整える。
「フェーン」
「そう! よくできたよリリー! えらい子だ!」
抱きついてきたフェルフェーンからは、ベルリリーのために焼いてくれたビスケットと陽だまりの香りがした。
フェルフェーンはベルリリーに優しく手厚く向き合ってくれたが、幼子だからといって容赦はなかった。
それが、成長が早く老化が遅いエルフと人間との差からくるものだと理解できたのは、相当の年月が経ってからだったが。
ベルリリーはエルフの子どもと比べれば、出来の悪い養女だったはずだ。しかし、フェルフェーンはベルリリーの些細な成長も絶賛し、愛しんでくれた。
心の安全基地として、無償の愛情の源泉として、彼は親代わりの役割を十二分に果たしてくれたのだ。
そのフェルフェーンであるが、ベルリリーの父リンゼイの友人だった、と聞いている。
彼の当初の立場は、ベルリリーの出産で妻を喪ったリンゼイのサポートだったそうだ。
ところが、ベルリリーの父まで事故であえなく他界してしまった。
通常の流れなら、カンネル子爵家はそれで取り潰され、ベルリリーは孤児院で育つところだった。
だが、ここでフェルフェーンは「友人の遺志を継ぐ。リリーは僕が育てる」と強く主張した。それで少々……変わった事情が生まれることになった。
まず、ベルリリーはフェルフェーンの養女でありながら、その事実は隠されることになった。
疑問に思って訊ねれば、フェルフェーンは「リンゼイの意向を曲げないため」と答えた。
リンゼイがベルリリーのためにと、赤子のときに必死で取り付けた伯爵令息との婚約。リンゼイはそれを誇ってフェルフェーンに話していたらしい。
「僕の養女として公表すれば、もっと格上の縁談がいくらでもくるだろう。でも僕は……リンゼイが君のために必死にしたことを、なかったことにしたくないんだよ」
亡くなって十年が過ぎようとフェルフェーンはリンゼイとの友情と、尊重を忘れなかった。それが嬉しくて。
だからベルリリーはフェルフェーンの方針に従って、山の離宮に住み続けた。
フェルフェーンが離宮に住み込みで雇った侍女たちは優秀だった。
山の中でも必需品を不足なく用意して、ベルリリーが淑女としての品を保てるように尽くしてくれた。
学ぶ年齢になってからは教師が手配され、街の学校に通うのに劣らない……王侯貴族と同じ水準の嗜みを学べた。
もちろん、華やかな王都城下の生活に夢見る年頃になった時、抜け出して遊びに行こうかと考えたこともあった。
フェルフェーンはそれに先手を打って、馬車と護衛を遣わせて王都観光をさせてくれた。
いつも先回り、細心の注意を払った手回し。
フェルフェーンは、ベルリリーに必要なものを適切な量で全部くれる。
世界そのものみたいな存在。
結婚で終わりが来るけれど、してくれたことと関係性は変わらない──はずだった。
(あの触れ方と抱きしめる力の強さ……はじめてだった。あれは娘へのものじゃない、恋人──)
婚約破棄からの騒動で倒れて、ベルリリーは王城の貴賓室に運び入れられていた。
寝かされていたベッドから身を起こす。
関係を明かしてしまったから、ベルリリーをフェルフェーンの王族としての影響下に置いてもいいという判断か。
(……もう離宮には戻れないのかもしれない)
唇に触れて、倒れる直前のことを思い返す。
どうすればいいのだろうか。そして。
(あれで胸がドキドキしすぎて苦しかったなんて!! いけない、フェーンは親代わりでしょ……!)
·*✼*·
フェルフェーンが王子をしている王国は、エルフが玉座について治めるのどかな国である。
なにせ為政者が長命なので、ひとたび良い王にあたれば、その治世で潤った。
幸いなことにここ二代が特に優れていたので、王国は豊かに、戦を退けて発展した。
だから、第二王子のフェルフェーンといえば呑気なものだった。
王太子は兄。滅多なことが起こる確率は低い。「万が一のためのスペアでいい……なんなら第三王子も第四王子もいる」、とフェルフェーンは私的時間では次から次へと趣味に手を出した。
リンゼイと出会ったのは『星穂追い』でだった。
人造天馬に乗って空中に浮かべた星を穂で叩く競技で、フェルフェーンは身分を隠して小さなチームに所属した。そのリーダーがリンゼイだったのだ。
フェルフェーンにとってさしたる時間でもない日々が過ぎて──リンゼイは結婚し、そして彼の妻が赤子を残して他界した。
リンゼイは星穂追いの試合に参加する余裕を失い、スポーツという接点はなくなった。
それでもリンゼイは変わらずフェルフェーンの友であった。
父一人子一人となったリンゼイの様子を伺いに、フェルフェーンはよく彼を訪ねた。
「やあ、リリー今日も君はごきげんだね」
「たすかるよフェル。君が見ていてくれるとこの子は泣き止むんだ」
リンゼイの抱っこから床に下ろされても、ベルリリーは泣かない。
無垢な翡翠色の眼を大きく開いて、フェルフェーンを見ている。
「……リリーは、面食いなんだな」
リンゼイは肩をすくめてフェルフェーンに笑いかけた。
「そうなのか?」
「面食い赤ちゃんすら惹きつけるくらい、君が美貌を誇っているからかも」
「はっ……美貌。僕らの種族なら、あたりまえに備えているものだ」
「その中でも、君は特に優れていると思うよ。オレはエルフ含めて君の顔が一番好みだ」
「よしてくれ……、リンゼイ好みの顔だったとか、聞きたくもなかった」
「はっは!」
「面食いどうのより、単に容姿の好みが父親と同じということじゃないか?」
「そう? としたら嬉しいな。成長したリリーと話すのは楽しいだろうな」
「頼むから、親子で僕の容姿についてうんぬん話すようになるのはやめてくれよ……」
楽しそうに目尻を下げるリンゼイはもう放っておく。
フェルフェーンは熱心な視線を注いでくる赤子と目を合わせた。
ぷにぷにの頬をつついてみようとしたのに、逆にフェルフェーンが触れられてしまった。
紅葉の葉のように小さな手に、指を握り込まれる。
「リンゼイっ、これ……っ! 無理に指を開くと……よくないよな!?」
「飽きたら離すさ、待ってやってくれ」
「おい……」
上擦っているような、「あ」なのか「え」なのか判別できない声で、フェルフェーンの気を引こうとする赤子。
(なんて不遜。そして、面白いんだろう)
ベルリリーがまどろみはじめたので、フェルフェーンはパツパツの頬へ触れてみた。もにゅもにゅと口元ごと動かす。夢の中でミルクでも吸っているらしかった。
(可愛い……あどけない)
「うちのリリー、カワイイだろ〜」
「うん……」
リンゼイが身構えてベルリリーとの間に入る。
「……あげないからな?」
「いらないよ。リンゼイの子だから、きっとかわいく見えるんだろう」
「そうかそうか。かわいいもんなー! リリーは!」
フェルフェーンの人生に個別識別される人間が増えた。
特に輝くラベルを貼った存在。
リリー。
ぬるい水の中のような幸せに、フェルフェーンは戸惑いながら飲み込まれていった。
けれど運命はベルリリーに酷だった。
リンゼイも不慮の事故で他界したのだ。
参列者の喪服で黒くなった葬式の場に、ぽっかり白いベビーベッドに寝かされたベルリリー。
カンネル子爵家は取り潰しになるし、彼女の遠縁にあたる親族は養育を渋る。
言い争う声の恐ろしさに、ベルリリーが泣きだした。
「リリー!」
フェルフェーンは居ても立ってもおられず駆け寄っていた。
こんな時でも、フェルフェーンに抱かれればベルリリーはすぐに無邪気な笑顔を見せた。
それで、次の瞬間には突かれるように、フェルフェーンは宣言していた。
「あなたたちがいらないというなら、僕がリリーを育てる!」
(……なんだ、今回も同じだったな。僕はあの頃から変わっていないだけか)
エルフにとっては、十年二十年はたいした時間ではないから。内面外面両方で変化が見られなくても当然か。
(いらないというなら、僕がもらって何が悪い……か、今回のもらい方は……悪いだろうな)
少なくとも、ベルリリーにとってフェルフェーンは父親がわりの、あるいはずっと年上の結婚対象外の男だった。それに結婚宣言されて唇を奪われたら、ショックで倒れたくもなるだろう。
ただ、彼女にとって父親がわりとなってきたけれど、フェルフェーンは『娘』のつもりでベルリリーを育ててきたわけではなかった。
かといって、一部のエルフがやるように理想の女性を育て上げて恋を楽しむつもりも毛頭なかった。
フェルフェーンがベルリリーに抱いてきたのは、人間という種族への憧れの良い部分の粋であり、命そのものへの愛情であった。
ずっと、フェルフェーンは祈ってきたのだ。
君の幸せを願う。
君が幸せに生きることを。
君が、君を幸せにしてくれる人の元へ行くのを。
真摯な想いだった。しかし、彼女の父が用意していた『幸せ』が、向こうから破棄されたのなら?
考えてもみなかった事態と怒りに、フェルフェーンは動いてしまっていた。
ベルリリーを守るのは、自分だと。
なんなら、これからもそうであり続けると。
そしてその立場は──あの場では父親ではダメだった。夫になる者。それが最適で、気づいてみたらそれしか考えられなかった。
フェルフェーンは下唇を噛み締める。
先ほど、唇をベルリリーと重ねてしまった。
思い返し感触は、知らなかった熱を胸の中に広げていく。
·*✼*·
王城で湯殿を借りたあと、ベルリリーはドレッサー前で髪を梳かした。緩い癖のある髪は絡まりやすいのだが、今日はもう櫛が引っかからないくらい整っている。
心ここにあらずで、手だけ動かしていたせいか。
「まあ、リリー様。恋する乙女の顔になってらして」
「げぼっ、ま、マリエル! なんで……恋なんて!」
山中の屋敷から付き添いで来た侍女のマリエルは、ベルリリーにとって姉のような気安い位置の存在だ。
その彼女は養父のこともよく知っている。
その養父と恋仲になっているように言って……背徳的だとは思わないのだろうか。
「あの、昼のことは……とても動揺しているの。だってフェーンは育ての親で」
「でも血は繋がっていないではないですか。どんな生き物も血が近い者が番うのはダメです。でも、リリー様とフェーン様は違うのだから何も問題ありませんわ」
「でも、でも……小さい頃を見知った相手に恋心なんて」
「幼い頃を知っているから恋にならないなんてありえません。私の恋人はおむつが取れない頃からの幼馴染ですが、恋に発展しましたわよ」
「う……」
マリエルは年上の余裕たっぷりに微笑む。
「そこで、悩む様子を見せるのがフェーン様にただならぬ気持ちがある証拠なのでは? 『育ての親』というラベルを取ったらどう思うのです? フェーン様のこと」
ベルリリーは額まで蒸気を噴きそうな熱が上がるのを感じて言葉を詰まらせた。
それが問題なのだ。
フェルフェーンは、憧れの王子様だった。すぐ近くにいる、決して交わらない……それに恋人の触れ方をされてしまって、どうすればいい。あっさり受け入れるなんて、それも婚約を破棄されたからって、いいのだろうか。
「ちょっと、風に当たりたい」
立ち上がったベルリリーは、ベランダへと直行した。
「ふう……」
秋初めの夜風が頬と心を優しく冷やしてくれる。
その清涼さはフェルフェーンに似ている、とつい思ってしまって、ベルリリーはまた火照ってしまうと自らの頬を叩いた。
フェルフェーンと結婚を考える関係になるのは、やぶさかではないのだ。
なら、この踏み出せない気持ちの最後の壁はなんなのだろう。
王城庭園の闇に目を凝らして、ベルリリーはそこにホリゾンブルーの輝きを見た。
闇に紛れたその姿は。
「フェーン!」
ベルリリーの呼びかけに、暗がりの影は弾かれたように震え、身を翻す。
「待って! フェーン、私と話して!」
去ろうとした足が止まり、振り返った彼はベルリリーを見ないようにして手を振りかざす。
すると、フェーンのいる場所からベルリリーの元まで、光でできた花がポツポツと宙に開く。
エルフの使う魔法だ。
フェルフェーンはそれを足場に跳んで、ベランダの欄干手前の花の前に舞い降りると、優雅に一礼した。纏っている服のテールがふんわり降りて、妖精みたいだ。
「昼間はすまなかった。急にあんなことをして……話をするか迷ったけど、訪ねきれなくてでも君のことが頭を離れなくて、庭園から君の部屋を窺っていた。ベランダに出てこられてびっくりしたよ。もしこれで君に見つかったら──観念して話をしようとしたのに、逃げ出したくなるし」
「……ねえ、フェーン。私、昼間は嫌じゃなかったよ」
「──っ」
「ドキドキして……自分のこと、非道徳的だと思った。まだ責めてる気持ちがある。いいのかな……って」
「リリー! 君は……」
やっとベルリリーを見たフェルフェーンの顔にも、迷いがあった。
(私たち、きっと今同じ表情をしているんじゃないかしら)
精神的に、似ているのだ自分たちは。いや、彼に合わせて自分は育ったのか。
だから、ベルリリーは直裁にフェルフェーンに尋ねる。
「フェーン、教えて。あなたが私に求婚したのは私があなたの義娘で、可哀想だったから? 私を通して自分のプライドを傷つけられたから、ではない?」
ピン、とフェルフェーンの耳の端が動いた。
「そんなバカな! そんな勘違いだけは許せない」
「じゃあ……どうして、義娘の私に?」
フェーンは重ねて詫びの礼をとる。
「僕は、君を育ててきたけど……ごめん、娘だと思ったことは一度もないんだ」
「え……」
「だからって、恋人目当てで育てたわけでもない。最初は君のことは……面白い生命だと思っていて……しばらくはそんな気持ちで観察するように育てて……そして、ただ幸せになってほしい大切な命だと、思うようになっていた」
「う、うん」
娘と思ってもらっていなかったショックは、フェルフェーンの真摯な告白で戸惑いに変わる。
命として大切、とは規模が大きい。エルフ的な観念で見るとそうなるのだろうか。
「その君の幸せが脅かされたとき、自分が動くのを止められなかった……。『君は僕が幸せにする』って思って……淑女教育を頑張る君を見守っていたあたりから芽吹いていた気持ちが爆発したんだ」
顔を傾けたフェルフェーンの瞳に、魔法の花の燐光が揺れた。
「君を誰かに渡すのは嫌だ、と。……うん、そうだ。僕は健気に婚約者に嫁ぐ勉強を頑張る君を見て、自分のものにしたくなっていたんだ」
「フェーン……」
「リンゼイを亡くした君の、父親になりきれなくて……ごめん。君が僕を養父としてしか見れないなら、潔く別の幸せの手伝いをするから」
「だめっ、だめよ」
「リリー?」
身体を伸ばしベルリリーはフェルフェーンのシャツを掴む。
「私、あのキス……すごく胸が騒いだの。これでフェーンとの家族関係が終わらないって、思ってしまった。……私、フェーンがいい」
瞬きしたフェルフェーンは息を深く吸って肩を上下させ、満面の微笑みを浮かべた。
「また倒れたら困るから、今はこれくらいで」
そっと、鼻先と鼻先を合わせる触れ合い。
自分たちらしい恋人としての始まりの距離に、ベルリリーも笑みを返すのだった。
·*✼*·
婚約者で恋人期間の月日はあっという間に流れ、ベルリリーとフェルフェーンの挙式の日が来た。
当日の朝、ウェディングドレスを着たベルリリーであったが、新郎のフェルフェーンが現れない。
控え室へ様子を見に行けば、彼は鏡台に肘を立て、涙している。
「フェーン!?」
「……手紙が来たんだ」
星穂追いの様子を描いた封筒に『ベルリリーと結婚することがあれば』と一筆書かれている。
そこから取り出したらしい便箋を、彼は一振りした。
「リンゼイから……。彼は……こういう可能性も考えていたんだな」
内容はわからない。しかし、見なくても想像することができる。
こんなにも、フェルフェーンが感極まっているのだから。
「リンゼイ、リンゼイ……ありがとう」
ずっと、フェルフェーンの心につかえていただろう最後の一片を、父は溶かしてくれたのだ。
「……式に行こう。いっしょに、最高に幸せになろう」
エルフ王子の養父が、養い子かわいすぎて大暴走すると楽しいな♪ という気持ちから始まって書きました。
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