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「恋」ショートストーリー集

雨が降るならざっと降れよ

 やっちまった、スマホ間違えて持ってきてしまった。

 同じ機種で透明のなんの変哲もない同じケース。

 隣の席で妙に馴れ馴れしい花川明美、名前通りの陽キャ女子。ギャルというか体育会系の明るい子だ。鞄には手作りのバレーボールのマスコットや人気のキャラクターをじゃらじゃらつけているのに、スマホだけはシンプルだ。


 雨が降っている。僕は傘を忘れた。

 困っているときに限って雨って降ってるものだ。

 花川もスマホ間違ったことに気づいて連絡してくるだろう。

 僕は下足室で雨宿りすることにした。


「あのさぁ、早川。あたしの代わりにガチャ回してくれない? どーしても欲しいキャラでなくてさぁ」

「早川、今日も菓子パンかよ。栄養偏るぜぇ」

「早川、早川、このTikTokみてよ、爆笑」


 このように花川はクラスの端っこで静かにしていたいんです、という陰キャの僕に話しかけてくる。本を読んでいようが宿題していようがお構いなしだ。


「ガチャ、嫌だよ。めんどい」

「人の昼飯に口出しすんな。夜はしっかり食べてる」

「それ、面白くない。うるさいだけだ」


 僕は花川の言葉にすべて冷たく返す。

 なのにあいつは執拗に話しかけてくる。

 通学が面倒臭いからって、そこそこの高校にするんじゃなかった。担任教師はもっといいところを受験しろと最後まで説得してきたけど、僕は根っからの気だるい少年なんです。

 ほどほどで生きていたい。


 はぁ、どうするか。

 僕はとりあえず、花川のスマホを緊急モードにして電話した。

 出ない。花川のスマホの待ち受け、黒と白のハチワレの猫だ。可愛い。僕のスマホの待ち受け、花川に見られているな。僕の待ち受けの猫、うちの家の子猫の茶トラのマフィーちゃん。

 マフィーちゃんに早く会いたい。


「よう、早川。お困りのようですね」


 声をかけて来たのは、背が高くて見てると首が疲れる、クラスメイトの森田だ。こいつは顔がよくてバスケ部のエースでモテる。


「雨かあ、梅雨だな。こういう時はバスケ部でよかったと思う。雨でもバスケできるからな。でも大雨の中でバスケやったらどうなるだろう」


 僕は森田の言葉に反応しない。


「びしょ濡れでダンク決める俺もカッコイイと思わない?」


「思わない」


 僕は即答する。森田は頭の方はからっきしダメだ。


「ふっ、早川はやはりクール様だな。おまえ、傘忘れたの? それとも誰か待ってんの? もしかて俺のこと待ってくれてたとか…………」


「おまえを待っていた訳ねーだろ。雨宿り。花川、知らない? スマホ、お互いに間違って持ってきてしまった」


 僕が言うと、森田はニヤリと笑った。


「それは恋のビックチャンスです」


 森田がビシッと僕を指していう。


「何言ってんの? バカを極めてるの?」


「うん、そうだな。俺はバカの方角だ」


「方角ってなんだ。いいからあのうざいクラスメイトライングループに、花川に携帯間違って送ってくんない?」


「ごめん、俺、今日スマホ家に置いてきた」


「じゃうもう帰っていいよ、うざいから」


「そーゆーとこなんだよねぇ。早川さ、おまえ女子にクールイケメンって言われるの知ってる。男の俺から見ても、おまえってイケてるぜ」


「はぁ? 何それ」


「まあ、見ててよ」


 森田がいうと、僕の前でビニール傘を広げた。

 その傘にはQRコードのシールが貼ってある。


「このQRコード、読み取ってみ?」


「なんだよ」


「いいからいいから」


 森田が僕の手からスマホをとると、カメラを起動させてQRコードを読み取った。


「読んでみて」


 森田から手渡されたスマホを僕はじっと見る。

 薄いピンク色、手書きの文字。


 ――――早川、あたしは君のことが好き。付き合ってよ。楽しい思い出いっぱい作ってあげる。あたしが早川の好きなとこは無頓着そうに見えて実はクラスメイトの名前覚えているとこ。クラスのライングループで、返信こない子にそっとぐっとボタンで反応返して上げてるとこ。無視してるかと思いきや、あたしの話をちゃんと聞いくれている。ねぇ、付き合うよ――――


  それは、花川からのラブレターだった。

  僕はばっと森田にスマホを渡して顔を隠した。

 え、こんなに顔が熱くなるのっ初めてだ。

 そりゃあ…………話は聞いてるよ。

 クリクリした目でで楽しそうに話す花川が、可愛いから。


 スマホの着信音が鳴った。森田が出る。


「あー、うん。大成功。照れ早川とか初めて見たわー。おー、そうだな。うん、わかった」


 森田が電話をきる。


「花川、傘持って迎えに来るってさ。じゃ、恋のキューピッドはここで退散」


 森田が手を銃の形にして、バキューンと声に出して言って、さっていく。アホかあいつは。


 僕はうずくまる。

 こんな形で告白なんてある?

  斬新すぎて頭が追いつかないよ。

 僕の手のなかにあるスマホが特別でこの世に一台しかない宝物に思える、悪いことだけど中身を見てみたいと思ったから。


 どんな顔して花川に会えばいいんだ。

 雨はポツポツ降っている。

 ざっと降ってやんでくれたらいいのに、雨の中の告白じゃなくて雨上がりがいい。

 僕は意外とロマンチックなんだよ。


 花川、僕も君と付き合いたいです、よろしくね。


 心の中で何度も言葉を繰り返す。

 好きってまだ、恥ずかくして言えそうにない。                    


 

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