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一節『呪い』

「……あっつ……」


 スマートフォンに初期搭載された気象アプリによれば、外気温は31℃。まだまだ去年のピークに比べればマシな方だが、それでも去年の同時期の気温に比べれば数℃は高い。

 地球温暖化の影響は日に日に増しているのか、過去最高の猛暑なんてワードはここ数年毎年のように聞いていた。


 大学から(つぐみ)の住むアパートまでは、さほど距離は離れていない。そのため基本的には体力づくりの為にも徒歩通学なのだが、夏場の酷暑の状況下だけは自転車通学に切り替えようかと毎年真剣に考えたくなる。

 加えて、この近辺は大阪でもそこそこ人の往来が激しい部類だ。気分的なところも多分に含まれているだろうが、正直暑苦しくてしょうがなかった。


「……そういや、飯の買い出しもしてなかったか。えーと、何が無かった……?」


 面倒な気持ちはありつつも、生憎と一人暮らしの鵺には代わってくれる人はいない。食事を抜く気もない以上は仕方ないと、事前に用意しておいたスマホのメモ帳に記された買出しリストを起動する。


 同時に、赤く危険を示していた信号機が青く灯って、あたりの人々が一斉に歩み出した。慌てて人の往来に従って、自身もまた足を進める。

――不意に。


「……っ、と。すいません」


「――あぁ、ごめんよ」


 横断歩道の只中で、正面から歩いてきていたのだろう女性と軽く接触してしまったらしかった。歩きスマホによる完全な不注意。これはまずいと慌てて謝ったが、幸いにも相手方の人物はさほど気にしてはいないらしい。

 黒く長い髪を靡かせたその女性は、大きな丸型サングラスの縁から覗く瞳でチラリと鵺を覗き見ると、そのまま特に気にした様子もなく何処かへと去っていく。


 別に、こちらから必要以上に引き留める理由もない。彼女が何も言ってこないのであればそれでいいか、と再び進み出したところで、ようやく鵺は自身の身に起きた異常を察知した。


「……は?」


 それはまるで、知らない場所に突如として放り出されたような違和感。つい数秒前まで視界を埋めていた日常が、あまりにも突然に変質する異物感。親しく触れていたものが、別の何かに変質してしまったような恐怖感。

 そこは慣れ親しんでいる場所によく似て、しかし悍ましいほどにありえない空間だった。


「なんだ、これ」


 辺りに居た筈の人々が、周囲を彩っていた喧騒が、まるで神隠しにでも遭ったみたいに消えている。歩行者信号から流れる通行可能を示す電子音だけが虚しく響いて、車の一つも無くなった車道が妙に広く感じられた。


 誰ひとり、生命の気配を感じられない静寂そのもの。自身の呼吸の音すらやけにうるさく聞こえるような、虚ろな街がそこにあったのだ。


「――!」


 慌てて振り返ってみるも、ぶつかった女の姿は既にそこにはない。正真正銘、今この空間に居るのは鵺、たったの一人だけだった。


「……なんの冗談だ、これは」


 街の風景自体はなんら変化が無いのが、逆に不気味さを感じさせる。神隠しにでもあったみたいどころか、本格的に神隠しの線が濃厚になってきた。

 しかし何故、このタイミング、こんな場所で、神隠しなどという事態が起こる?こんな街中の道端にまつわる神隠しのエピソードなど聞いたこともないし、ましてやあれ程の人の只中でピンポイントに神隠しを受けるなどあり得ない。


 いくら鵺に強固な霊感が備わっているとはいえ、流石にこれほどの事態は異常そのものだった。


「――そもそも、神隠しを起こすような(ふる)い神霊の気配が無い。だとしたら本格的にこれは何だ……?」


 例えば、有名な死後の世界を象った架空の駅に連れて行かれてしまう怪談のように、神隠し以外にもどこか別世界に連れて行かれてしまうといった顛末の怪談は多く存在する。

 とはいえ、こんな人も行き交う街のど真ん中だ。陰鬱とした空間に染みつく怨霊、呪いの類が棲みつくには、あまりにも条件的にかけ離れ過ぎていた。


 何にせよ、仮にこの現状が『よくないもの』を要因とする事態であったならば、混乱や焦燥はNG。取り繕ってでも平静を保ち続けなければ、恐怖の感情をタネに『よくないもの』は力を増す。

 まずは現状を正しく把握しなければ、と目を凝らしたところで、視界の端に動くものが映った。


「……いや、待て待て待て――!」


 焦りはNG、なんて言ったそばから、一瞬にして全身の血の気が引いたような錯覚に襲われた。

 後ろ姿だったが、白い装束の人影が建物の影に消えていくのが見えたのだ。一瞬はこの空間の要因となった霊の類かとも考えたが、長く付き合ってきた鵺の霊感が『それはない』と告げている。


 その人物は、紛れもない人間だった。だが、問題はそこじゃない。こうして鵺が巻き込まれている以上は、他にも巻き込まれている人物がいるという事も当然あり得る話で、何らおかしい事ではないからだ。

 問題は、一瞬垣間見たその人影。イマイチそれがどういった人物かの判別が付かなかったのは、別に距離があったからではない。その姿を覆い隠すように包む、ドス黒いノイズにも似た『それ』が在ったから。


「あれは、死ぬだろ……っ!!」


 怨嗟。

 垣間見ただけで寒気がするほどの怨恨の渦。呪いという呪いを煮詰めて混ぜ合わせたみたいな、恨みと怒りの坩堝。

 時折、奏に纏わり付くような小さなものとは比較にならない。正真正銘、ヒトを殺し得る程の膨大な悪意の塊。これまでに鵺が見てきたどんな悪意をも上回る、正真正銘、地獄からの呼び声。


 ただ呪い殺されるだけならばまだマシ。最悪の場合、死後の魂まで終わりのない苦しみに灼かれるよう呪われ続ける程の規模だ。

 一体何をすれば、あれほどまでの怨嗟を一身に浴びる事態になる?


「――っ!」


 咄嗟に駆け出していた。恐らくはこの現状と無関係ではないと感じたというのもあるが、流石にあんなものに呪われた人を見て見ぬふりも出来ない。

 今生きている事が奇跡に感じられる程の呪いだ。いくら鵺の特異体質があるとはいえどこまで干渉できるかは正直未知数だが、だからと言って何もしないで放置するよりは幾分かマシだろう。


 人影の後を追って、路地裏の細道に飛び込む。入り組んだ道のせいで既に姿は見えなかったが、その行き先は零れ出た呪いの残滓によってくっきりと示されていた。迷うこともなく跡を辿れば、あまりにも重厚な怨恨の層が姿を現す。


「……?」


 突然後ろにまで息を切らせて駆け寄ってきたのだ、流石にその人物も鵺の存在に気付いたのだろう。ドス黒い身を焦がす焔の中、僅かに白銀の髪の掛かった真紅の瞳が、鵺の姿を捉えていた。


「は……っ、はぁ……っ!っ、ぐ、ぁ」


「……どうしたの?」


 年若い少女だ。恐らく、年頃は17か18といったところだろうか。

 近くでいざ姿を捉えてみれば、随分と特徴的な姿をしていた。すっかり色が抜け落ちてしまったような真っ白な髪に、血の色みたいに紅い瞳。いわゆる、アルビノ体質というモノだろうか。


 髪色同様、病的なまでに白い肌の上からは、白黒をメインにした厚みのある和の装いを纏っている。足回りは動きやすいよう調整しているのか露わになっているが、反面、拘束具にも似た装束が両の脚を緩く繋いでいるように見えた。


「……なんとも、ないのか?」


「?」


 これほどの恨みの渦に囚われているのだ。最悪の場合、廃人化してしまっているくらいの事は覚悟していたが、想像に反して少女の様子はケロリとしたものだった。


 本当に『触れてはいけない呪い』に侵された人間というものを、昔の『バイト』の都合もあって、鵺自身も何度か見たことがある。

 気が触れて心を壊してしまった者、狂気に逃げる事すら叶わずに命を断った者――皆例外なく、得体の知れぬ『恐怖』に追い立てられ、絶望に沈み、生存に憔悴していた。だが、眼前の少女には少なくともそんな様子は感じられない。


「……ねぇ。どうやってここに来たの?」


 眼前の呪いから発される圧と、走ったことで僅かに荒くなった息を整える鵺の前で、少女がどこか警戒したような眼で彼を見つめていた。


「旭の人……じゃ、ないよね。夜ともまた違う」


「……、あさひ……よる……?」


「聞いた事、ない?」


「いや、ごめん……聞き覚えが、ない」


 言い方から察するに何らかの組織なのだろうが、生憎と鵺はそんな名に聞き覚えはない。呼吸を静めながらも正直にそう返せば、少女は僅かに安堵したように息を吐いて再び鵺へと険しい視線を向けた。


「……そっか、迷い込んじゃったんだね。外までは送ってあげるから、早くここから出た方が良い」


「ここは何なんだ……?」


「教えたら、またここに迷い込んでしまう。その様子なら多分、言ってる意味も分かるよね」


 そう言われれば、鵺としてもこれ以上は踏み込めない。怪談は、語り継がれるから力を保つ。怨霊は、存在を畏れられているからこそ存在し続けられる。

 この世に蔓延る、いわゆるオカルトや伝承といったものを含んだ『神秘』は、人の認知あってこそ存在できるモノだ。人の認識に比重が置かれている以上、『それ』を深く知っているか知らないかで、神秘に触れる機会は変わってくる。


 彼女の言う事は、鵺の経験則と照らし合わせても、極めて真っ当だった。


「……ん。それじゃあ、ついてきて。急ごう」


 こくりと頷いた鵺の様子に微かに微笑んだ少女は、これまで進んできた方角へと鵺の手を引いていく。わざわざ手を繋ぐ必要はあるのかとも考えたが、こんな非日常だらけの状況だ。ここについて彼女の方が詳しい以上は、鵺が余計な判断を下す訳にはいかない。

 手を包む暖かな温もりを頼りに、不気味なほどの静寂に包まれた細道を進んでいく。


「キミは、たくさんの呪いに触れてきたんだね」


「え……?」


 不意に、少女がぽつりとそんな声を漏らした。


「それも、興味本位の悪ふざけで関わった訳じゃない。誰かを助けるために、自分から呪いを肩代わりしてる」


「……え、っと」


「でも、程々にね。こっち側は、キミみたいな優しい人が踏み込むところじゃないから」


 何もかも、見透かされているみたいな気分だった。

 少女は目を丸くする鵺に構う素振りもなく、黙々とどこかへと手を引いていく。純粋に気遣ってくれているようには感じられたのだが、何せ彼女の纏う濃密な呪いの層が、鵺の気を休ませてはくれなかった。


 無辜の人間が、何らかのきっかけで理不尽な呪いのとばっちりを受けてしまう事態は、残念ながら珍しくない。

 特に人を殺し得る程の呪いなど、生きる人間が培える規模の悪意ではない。他者の命を奪うに至るほどの壮絶な恨み、怒りなど、それこそ命を対価にでも捧げねば生み出せる熱量ではないのだ。


 そして大概、それほどまでに育った憎しみは、もう何も見えなくなる。そんなになるまで憎み、恨んだ存在が誰であるのかも、分からなくなってしまう。


「……あぁ、分かってる」


「――そっか」


 鵺の淡々とした答えに一言だけ返した少女は、もう何も語らなかった。きっと彼女自身、自身の身を呪う巨大な悪意を知っているのだ。だから必要以上に関わらない、自身と他者との繋がりを生み出さないよう徹底する。

 分かったつもりの自惚れなのかもしれない。だがなんとなく、僅かでも少女の意図が見えた気がした。


 などと、考えている内にふと少女の歩みが止まる。気が付けば細い路地を抜けて、目の前には開けた大通りが広がっていた。

 ここまで来れば、鵺の眼でも感知できる。この先の通りはどこか空間が歪んで見えた、ここを出れば外に出られるというのも間違いなさそうだ。別に少女を疑っていた訳でもないが、改めて心から安堵する。


「……さ、ここまで来れば一人でも帰れる。ここから先はまっすぐ歩いて、進んだら振り返っちゃダメだよ」


 鵺の指先を包んでいた少女の手が離れて、ポンと背中を軽く叩かれる。改めて礼を言うべきだろうかと進み出す前に振り返ろうとするが、ぐいっと後ろから付きだされた指先が、鵺の頬を前へと押し戻した。


「元居た場所に戻る以上の事なんて、何もしないでいい。私に何かを言う必要もない。それがキミのするべき事」


「……分か、った」


「……絶対に、何があっても、振り返っちゃダメ。分かった?」


 念押しの忠告をする声には、どこか焦りが感じられた。その時点で既に察しは付いていたが、それに加えて鵺の肉体そのものが、数多の『よくないもの』に触れてきた危機意識が、大きく警鐘を鳴らしていたのだ。

 今の今まで気が付かなかったのは、彼女自身の周辺に渦巻く呪いの強大さ故か。或いは今の今まで息を潜めていたのか、それは分からない……だが。


「分かった」


 そんな約束を破った者の末路は、数多の怪談でお決まりの展開だ。

 背を押されるままに、脚を踏み出す。一歩一歩と歩みを進めていくたびに、遠くからじわりとこちらへと近づいてくる『何か』の気配が増していく。


 恐怖に駆られて後ろを振り向くのは最悪の愚行。少女が念押しした通りに、余計な事は何もせず進む。元居た場所に帰る以上の事は、何も考えない。これに関しては、かつて同じような事態に何度か遭遇した経験もある。

 故に、今更そんなバカなことをしでかす理由などない。

 ……はず、なのだ。


「ぁ、ぶ」


「……?」


 ほんの微か、高層ビル群を抜ける風の音にすらかき消されそうなほどの、少女の消え入るような声が耳に届いた。

 ただ、無論振り返るつもりはない。彼女自身から念を押して言われた事もあるが、仮にそうでなくともわざわざ虎の尾を踏むようなマネをするつもりはなかった。


 だというのに。


 ぽたり、ぽたりと雫の垂れるような音がする。僅かに風が弱まれば、ほんの微かにヒューヒューという、微かに空いた穴から空気が抜けるような音も重なった。それら一つ一つでは、何ら脚を止める理由になどならない些細なモノ。

 だが、一つ。たった一つの事実が、鵺の脳裏で警鐘を鳴らすのを止めないのだ。


「――ぁ」


 背後から迫り来ていた悍ましい気配が、ぴたりと静止していたのだ。肌に突き刺さるような怖気がその存在を力強く主張してこそいるが、それ以上こちらに踏み込んでくる事はない。

 だがその時点で、頭が一つの確信めいた可能性が頭をよぎる。


 この場所にいるのは、鵺を除けば先の少女だけ……そして当然、鵺の背後に居たのも、少女だけ。これ程の異常空間、何の危険性もないなどとは到底思っていない。


「……っ!!」


 煮え滾るような葛藤が、腹の中で暴れ回っていた。今すぐにこの場を立ち去れと叫ぶ理性が、今すぐにでも足を動かそうと吠えている。だがそれに対抗するように、救いの手を差し伸べてくれた少女への情が、胸の奥で必死に抗っていた。

 ――あの子を見捨てる気なのか、と。


「……っ、お、ぁ、あぁ……ッ!」


 自分でも愚かな選択であることは理解している。だが、それでも止めることは出来なかった。今ここで振り向かなければ、永遠に残る深い傷をどこか胸の深いところに刻まれてしまう、という確信じみた予感。


「……!!ば、か……っ!」


「――ッ!!」


 手だ。

 そこには、手が在った。それ以上でも、それ以下でもない、手が伸びていた。幾重にも折り重なる、無数の手。細道の奥から伸ばされて数えきれない程のそれらは、血が滲み出す程の万力で少女の肉体を締め上げている。


 喉を潰すほどに首へと爪を突き立てる手が、腕を捻じ切らんほどに肉を沈み込ませ握り締める手が、長く伸びた白銀の髪を千切りそうな程に引く手が、幾重にも少女の身に傷跡を刻んでいるのだ。


 そして何より、一際恨み(ちから)の込められたドス黒い腕が、少女の下腹部を背後から大きく貫いていた。


「く、そ……っ!」


 鵺の愚かとしか言えない行動に目を見開いた少女は、ごぼ、と洒落にならない量の吐血を伴って咳込む。その動作に反応したのか、さらに数を増やしたドス黒い腕が、今度は少女の足を破裂させんばかりの万力で握り潰そうとした。


「――だめ、こっちに、踏み込んだら……っ!」


「言ってる場合か……ッ!!」


 もはや、足は弾かれるみたいに動き出していた。

 全霊の拒絶の意志を込めて、右の掌で新たに迫る腕を払い除ける。とはいえ流石に、これまでの半端な木っ端の呪いとは次元が違うらしい。弾いた途端、尋常ではない痛みと痺れが右腕に現れた。


 だが、そんな事を鑑みていられる状況は既に過ぎている。続けざま、少女の肉体を蝕む呪いを祓うべく両の腕に意識を沿わせた。


「ぐ、が、ぁぁ……ッ!!」


 一つ、また一つと腕を弾き出していくたび、指先が焼け落ちていくみたいな錯覚に襲われる。

 腕の感覚が失われていく。爪の先から壊死でも起こしたみたいに肌はドス黒く染まって、プチっという音と共に、筋肉の繊維が弾けるような感覚があった。


「何、してるの……っ!早く、逃げて……!」


「バカ言うな……!」


 言うことを聞かない両の手に鞭打ち、絶え間ない苦痛は見ないフリをしながら、少女を捕える腕を引き剥がしていく。何度か強い呪いに直接触れた経験こそあるが、いくら何でもこのレベルのものは過去類を見ない。

 感謝すべきは、そんなものにすら僅かでも干渉しうるこの体質か。僅かに少女を圧迫する万力が緩んだ一瞬の隙を縫って、彼女を強引に手から引き剝がす。


『――――――――!!!!』


 実際に音がした訳ではなかった。

 だが、身を震わすほどの呪いの発露。『咆哮』としか形容のしようがないソレが、辺りの大気を歪ませた。


 比喩表現ではない。事実としてまるで陽炎を通して見た光景みたいに、周辺の空間が視覚上で歪んで映っていた。あまりに強烈な怨嗟の念が為せる業だろうか、邪魔に入った鵺に激昂したかのように、無数の手はより膨大な呪いをまき散らして迫ってくる。


「う、おぉ――ッ!?」


 慌てて、少女を抱きかかえながら飛び退いた。ロクな体勢ではなかったこともあって倒れ込みそうになってしまったが、そこは根性でなんとか踏みとどまる。

 当然、追撃は止まない。次々と迫ってくる新たな手から逃れるように、少女を背負いながら外へと繋がるはずだった道を駆けていく。だがどれだけ走っても、目の前に広がる光景は一向に変化の兆候を見せようとしない。


「くそ、約束を破った影響――いや、単に閉じ込められたのか……!?」


 最初、少女の案内で出ようとした際に見えた空間の揺らぎは、今や完全に姿を隠していた。走っても走っても出口には届かず、背後から迫る無数の手との距離はじわじわと迫るばかり。


「……あの子の、目的は、わ、たし……私は、大丈夫、だから……」


「腹に穴空いて、大丈夫な訳があるかっ!他の出口は知らないのか!?」


「今は、もう、閉じて……逃げられ、ない。あの子が、私を……一度殺せ、ば……もしかし、たら」


「却下だクソッ!」


 少女を背負った背中に、じわ、と生暖かい湿ったような感触が広がる。それが一体何なのかは無理矢理にでも考えないようにして、必死に対策を練らなければとパニックで反応の鈍い脳をフル回転させた。


「っ、がぁ!?」


 不意に、足首へと強烈な激痛が走る。同時に凄まじい力で引き寄せられ、踏み留まりきれずにバランスを崩してしまった。咄嗟に少女が地面へ投げ出されないよう庇おうとするが、二人の重みに十分な勢いが乗って、衝撃は相当なものだった。


「い、ってぇな……!」


 足首を掴む手を、再び拒絶の念を込めて強く振り払おうとする。が、相変わらずの激痛と痺れは返ってくるものの、悍ましい手は鵺の足を決して離そうとしない。指先がくるぶしの下に沈み込んで、あまりの圧に周囲が鬱血する。

 そうしている間にも、新たな『手』の襲来は止まない。少女を庇うように覆い被さる鵺を引き剥がそうとしているのか、次々とその指先が鵺の四肢を抉っていく。


「私は、だいじょうぶ、だって……いってる、のに……っ!」


 掠れた声で叫ぶ少女は僅かに視線を彷徨わせると、ぱん、と音を立てて両手のひらを重ね合わせる。

 僅かに暖かな感触が身を包んだかと思えば、四肢を抉る無数の手が瞬く間に灰にでもなったかのように崩れ落ちた。何事かと目を丸くする鵺の襟首を少女の手が掴むと、その細腕から想像も付かない万力で投げ飛ばされる。


「ん、な……っ!?」

 ぐるりと廻る視界の端で、微かにだが少女の姿が映り込む。全身が傷だらけ、腹に穴まで開けられていた少女の肉体は、何故か血の一滴すら付着してはいない程に綺麗なものだった。

 まるで何もなかったとでも主張しているかのように、彼女の姿は最初に出会った時と何ら遜色ない。一瞬の事だった事もあり、見間違いすら疑った程だ。

 投げられた衝撃もあって全身は痛むが、立ち上がれない程ではない。慌てて跳ね起きて視線を戻せば、やはり見間違いではなかったらしい。上体を起こした少女の体には、今や傷跡ひとつ残ってはいなかった。


「……何が、起きて」


「は……っ、はぁ……っ、お願い、だから……!せめて、ここから離れ――!」


 少女が言い切る寸前のタイミングで、再び無数の手が降り注ぐ。ひしゃげるみたいな勢いで地面へと叩きつけられた少女は、鮮血を撒き散らして血肉ごと一息に潰れた。

 先ほどとはわけが違う。脚もぺちゃんこになる程押し潰されて、右腕に至ってはあまりの万力に肘から先が捻じ切られていた。


「お、おい……!」


「いい、から……っ!!」


 少女が決死の形相を浮かべて、掠れた声を絞り出す。眼前で起きた現象にとてもじゃないが理解が追いつかず、混乱は加速するばかりだった。

 手を支えに立ち上がろうとするが、度重なる呪いへの干渉でダメージが蓄積していた両の腕は限界を迎えていた。微かに痙攣を起こして、ガクンと上体ごと崩れ落ちてしまう。

 だが、ここで倒れているわけにもいかない。何とか起きあがろうとコンクリートに額を擦り付けたところで、ふと全身の苦痛が抜けていくような感覚があった。


「――ぁ」


「……何、で。私は、ここに、いるのに」


 違う、これは。

 喉の奥に現れた異物感に堪らず咳き込めば、赤黒い吐瀉物が目の前にバシャリと撒き散らされる。次第に全身が冷えていくような感覚とともに、指先から感覚が遠くなっていった。


 ――一本の腕が、先の少女への仕打ちと同様に、鵺の胸を貫いていたのだ。

 急速に意識が遠くなっていく。瞼が重く、全身が怠い。胸の内を食い荒らす『呪い』が、魂を直接まさぐってくるようで気持ちが悪かった。


「やめて……!その人は、関係ない……っ!」


 意識が、泥沼の奥へと沈んでいくような心地だった。微かに聞こえてきた、少女の懇願するような声が遠く感じられる。

 『呪い』が、傷口から『暁月鵺』の深層へと染み込んでいく。膨大なまでの悪意が魂を浸して、一人の人間としての存在意識を抉り、削り取っていく。ぐず、ぐず、と傷口を嬲るみたいに広げていくソレは、止まる所を知らない。


「私なら、何回だって、殺していいから……っ!関係のない人を、巻き込まないで……!」


 少女の必死の懇願に、しかし怪物は応えない。まるでそんな少女の様子を嘲笑っているかのように、或いはその願いを足蹴にすることそのものを楽しんでいるかのように。


『――――!!』


 怪物は確かに、少女を嗤っていた。


「……〜〜っ!!」


 今にも泣き出しそうな顔で歯噛みした少女は、未だ辛うじて動く左腕を突き出した。微かにその手の中に光が集うと同時、即座に異変に気付いた魔手は、彼女の腕を押さえ込むべく一息に降り注ぐ。

 掲げられた腕は、何かを成す事もなく捩じ切られた。少女の口から苦悶の声が溢れると共に、魔手の纏う嘲笑の気が色濃く滲む。


 だが。


「――ぇ?」


 少女は、自身が幻覚を見ているのかと疑った。

 降り注ぐ『呪い』の狭間、垣間見た光景。普通に考えれば、そこにあり得るはずのない異常な光景。少年は少女とは違う、殺されれば死ぬ、ただの人間でしかない筈なのだ。だが、それでも。


 致命傷としか考えられない大きな傷を受けて尚、二本の足で立ち尽くす少年の姿が、そこにはあった。


『――?』


 事の異常に気づいたのか、無数の魔手が少年を標的に捉える。

 そうなってしまえば事は迅速だった。即座に伸びた無数の手は、沈黙を貫く少年の肉体を再び破壊するべく、その万力で四肢を締め上げた。だが先程とは打って変わって、四肢を抉るどころか血の一筋すら少年は見せない。


 魔手の力を、少年は歯牙にもかけていないかのようだった。


『――――――!!!!』


 そんな異常事態に恐怖したか、或いは侮辱と取ったのか。ソレは咆哮としか形容のしようがない『何か』を吐き出すと、全霊の力を束ねて少年に強襲する。

 先ほどとは込められた『呪い』の圧が違う、何とか干渉しなければと身を起こそうとする少女の懸念は、結論から言ってしまえば杞憂に終わった。


「『UI6D(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)W。K(⬛︎⬛︎⬛︎)』」


『――――!?』


 鵺の喉から、およそ意味をなさない何かの『音』が零れ落ちた。

 同時に、少年の腕が無造作に魔手を振り払う。同時に膨れ上がったあまりに膨大な『呪い』が、魔手ごと辺りの塗装された地面を数メートルに及ぶ深さまで抉り取っていた。


 呪いに込められた残滓が、削られた地面の表面を黒い炎となって燃やしている。焼失した魔手の残骸に残った同様の炎は、僅かな火種を消す事なくじわじわと燃え広がっていくのだ。


『――――、――――!!!!』


「……何が、起きて……」


 未だ燃え続ける炎を消そうとしているのか、魔手はがむしゃらに身を振って暴れている。だがいくら身を擦り付けようとも消えることがない炎に、ソレは絶叫して自らの腕を切り落とした。

 少年は、姿こそ何も変わっていないが、まるで別物に変わり果てているようだった。或いは、もはや『まるで』などではない。


 暁月鵺という人間は、何か別の悍ましい『呪い』に変わり果てていたのだ。


「『6J5(⬛︎⬛︎⬛︎)ZH@N I(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)ED@0(⬛︎⬛︎⬛︎)。DQ(⬛︎⬛︎⬛︎)』」


『――?』


「『DYD@75(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)』」


 少年の口から幾らかの音が零れ落ちたのを皮切りに、ふと乱雑に伸ばされた彼の右手が、突然の事に警戒しているのか距離を探る様子の魔手に翳される。


『――!』


 少年が(くう)を引っ張るような素振りを見せると共に、魔手は引き摺り込まれたかのようにその手元へと加速した。抗う暇すら与えられずにその手の内に収まったソレは、瞬きの内に先程も見たドス黒い炎で全焼させられる。


『――、――――!!――――!?!?』


 炎は腕を伝って、瞬時にその根本にまで燃え広がっていく。焼け焦げ、崩れ落ちながらも必死に魔手は炎から逃れようとするが、万力の如く魔手を締め上げる少年の手がソレを許さない。

 悶え苦しむ魔手の様子すら『呪い』の気には障ったのか、ソレは少年の身から光を飲み込むほどに真っ黒な何かを滲み出させると、荒れ狂う魔手をじわり、じわりと呑み込んでいく。


 それは、まるで捕食行為だった。漆黒のベールは消えない炎に焼かれた魔手を呑むと、端からじわりじわりと引き千切り、咀嚼する。


 魔手の核心、『呪い』としての中枢へ自身の存在という毒を送り込み、中からグズグズに溶かして削り取る。呪いが呪いであるために込められた怨嗟、そして積み重なった呪詛を冒涜する、最低最悪の捕食方法。


『――――!!――――――――!!!!』


 魔手の呪いが揺らぐ。自身が自身である意義を融解され、込められた悪意を奪われ、自身の存在の理由を奪われ、絶叫する。救いを求めて新たに伸ばそうとした手も、残らず炎に呑まれて潰えていく。

 逃げて、捕まり、溶かされ、また逃げ出して、絡め取られ、潰される。過剰な苦痛に絶叫しても、その声も呑まれて削られる。その連鎖。


 やがて魔手は、絶叫すら上げる事を諦めたように沈黙した。


「――ぅ、ぁ」


 微かに漏れた少女の畏怖の声は聞こえてはいないのか、ぐず、じゅく、と『呪いだったもの』を貪る少年の形をしたソレはやがて食事を終えると、ぐらりと揺れて生気のない瞳で天を仰ぐ。


 彼の身を包む真っ黒な何かは力を失ったように地面へと垂れると、やがて見境を無くしたかのようにじわじわと、辺りの舗装された地面を引き剥がし、片端から呑み込み始めた。


「『F(⬛︎)FFF(⬛︎⬛︎⬛︎)3FFFF(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)FFFFF(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)――!!』」


 少年の口から、高揚した様子の音が響く。少女にその『呪い』の話す音は分からなかったが、次第に少年の形をしたソレのボルテージが上がっていっている事は明らかだった。

 気分のままに振るわれる両の手が、感情に呼応して暴れ回る呪詛が、少年を取り巻く何もかもを崩し、壊していく。


 ソレは物理的なものだけに収まらない。あまりにも濃密に込められた呪詛に、この空間そのものが悲鳴を上げていた。


「だめ……!」


 空間が捻じ曲がる。虚空には呪いの圧力に耐えかねたように亀裂が走り、欠けた隙間からはここと異なる風景が垣間見えた。

 この空間そのものが、今にも押し潰されようとしているのだ。そうなってしまえばあの『呪い』は現世にまで侵攻し、そこに生きる沢山の人間に死に至る規模の呪詛を無差別に振り撒きかねない。


 ソレは、少女には看過できなかった。


「――。お願い、『黎明』」


 僅かな躊躇が少女に生まれるが、もはやそんな猶予は残されていなかった。

 少女が手を掲げると同時、その手の中に淡い光が収束する。が、それも一瞬のこと。瞬きの内に圧縮されたソレは、一振りの簡素な装飾の刀へと変じていた。


 スラリと抜き放たれた漆黒の刀身は、ソラの光を受けて鈍く輝く。ただそこに在るというだけで異様な存在感を放つその刀を、少女はどこか不慣れな手つきで両手に掲げてみせる。


「『――UYQ@(⬛︎⬛︎⬛︎)6J5(⬛︎⬛︎⬛︎)』」


「……っ!」


 突如として、少女の身を黒い炎が包む。少年の姿をした『呪い』が、少女の姿を一瞥した。ただそれだけの行為、見るというだけの行動にすら込められた呪詛が、少女の肉体を焼き焦がしたのだ。

 恐らくは、『呪い』には危害を加える意思すらなかった。ただそこに存在しているだけで、何もかもに絶大な呪詛を振り撒く災禍。


 だが、少女は構うことなく前進する。荒れ狂う呪いの嵐に耐えかね、飛び交う瓦礫の嵐が幾度にも少女の肉体を削り砕いても止まらない。欠損する側から再生して、フラフラとした足取りながらも確実に、『呪い』に近づいていく。


 ゆっくりと、不慣れな様子で持ち上げられた刀の切先が、少年の胸に突き付けられた。


「助けてくれて、ありがとう。でも、どうか、眠って」


「『――!UYW@6(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)J5T@(⬛︎⬛︎⬛︎)C;6M(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)ZW。(⬛︎⬛︎⬛︎)!』」


 鈍色の切先が、少年の胸へと沈み込んだ。

 瞬間、真っ黒な飛沫が傷口から噴き出す。ソレは少女の半身を瞬く間に濡らすと、じゅう、という音と共に彼女の肉を焼き焦がしていった。が、既に致死に至る傷を受け続けてきた少女が、今更そんな事で怯む訳もない。


「『……A5(⬛︎⬛︎)M4A9(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)ZSHOE(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)3CV@Q(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)TZQU(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)』」


「――ごめんね」


 少女を蝕む黒い炎が、撒き散らされた飛沫が、空間を侵食する呪いが、突き立てられた刀へと収束する。一瞬だけ『呪い』が溢した声に籠る怨嗟は強まったものの、それもすぐに勢いを弱めていった。


 事態が収まるまで、そう時間は掛からなかった。

 怨嗟の渦による嵐が完全に姿を消して、辺りに静寂が帰ってくる。少年の胸から刀を引き抜いた少女は、鞘に戻したソレを紐で厳重に縛って簡単には抜けないよう封をすると、やがて安堵したみたいにその場でぺたんと座り込んだ。


 じゅく、じゅく、と、全身の傷跡が少しずつ塞がっていく。消えない黒炎に焼かれ続けていた肌の組織は根本から再構成され、瓦礫に抉られた血肉は内側からぐずぐずと埋め立てられる。

 少女の体は、まるで時間を巻き戻したみたいに元通りになっていた。


「……はぁ、はぁ……っ」


 それでも、やはり精神的な消耗は避けられなかったのだろう。冷や汗で額を濡らした少女は荒い息を整えると、少女同様支えを失って倒れ込んでしまった鵺の顔に視線を落とす。

 先の『呪い』の貌は鳴りを潜めて、今やそこに在るのはただの年相応の少年の顔だった。


「……キミ、は」


 どこか困惑の混じった表情で、少女はぽつりと言葉を落とした。が、その先に言葉は続かず、黙り込んでしまった少女を不気味なまでの静寂が包む。


「――!」


 突然、弾かれたみたいに少女が顔を上げた。


「……もう、見つかった……?」


 彼女はそのまま明後日の方向に視線を向けて立ち上がると、両目を閉じて意識を深く集中させていく。が、数秒と経たずにぱちりと目を見開いた少女は、やがて焦りを含んだ顔で即座にその場を離れようとした。

 が、眼下で血だまりの中に倒れる鵺の姿を見て踏み留まる。彼の傷は決して浅くはない、どころか放置すれば確実に死に至る程のもの。


 当然の事ながら少年は、少女の様に不死身ではなかった。


「……っ、で、でも……こんな……!」


 少女に、そんな傷を今すぐどうにか出来るような手立てはない。とはいえ、この状態の彼に何もせず立ち去るという事も出来なかった。


「――、う、うぅ……っ!!」


 彼女は絞り出すような悲痛な声と共に、自身の身を包む和装の袖を引きちぎると、少年の胸に空いた大きな穴を塞ぐように、強く傷口を縛りつける。当然、そんな簡素な止血でどうにかなる範疇はとうに過ぎ去っていたが、それが少女に出来る精一杯の事だった。

 ほんのわずか、こぼれ落ちる血の勢いを僅かに弱めるだけ。後は、彼を救える誰かが――或いは、彼を救える者を呼び寄せられる誰かが、彼を見つけ出すことを祈るしかない。


「ごめん……ごめんね……」


 少女がその手に持った刀を抱え込むと、刀は光の粒子となってまるで沈み込んでいくみたいに少女の胸の中へと消えていく。謝罪の言葉を繰り返しながら立ち上がった彼女は、その場で踵を返して路地裏の奥に消えていった。

 鵺を残して、誰もいない空間に残されたひび割れが軋む。『呪い』の侵攻により限界を迎えかけていた空間が、遂に臨界に達したのだ。


 ぱきん、というガラスが砕けるみたいな音と一緒に、空間が崩壊する。辺りの変化のない景色は一変して、静寂に包まれていた世界に人々の喧騒が戻った。

 少年の体が現世に帰還する。空間が崩れる際に座標の相違が発生したのか、路地裏に転がり込むみたいに出現した鵺は、ガラガラと派手に荷物をなぎ倒して制止した。


「――おぉ?」


 ガヤガヤとひしめく雑踏の中。長身の男が物音に気が付いたのか、そんな声を漏らして脚を止める。彼は絶え間ない人の流れから道を外れると、路地裏に倒れ込んだ瀕死の鵺の横へと座り込んだ。


「……おいおい、マジかコイツ。かわいそうに、一般人だろ?『隠し』に入ったのか?」


 呆れた様子で呟いた男は、鵺の傷跡を縛る布に手をかざす。何かを確かめるように意識を研ぎ澄ませた彼はしばし沈黙したかと思えば、急に頬を引き攣らせてとんでもないモノを見るみたいな目で鵺を見下ろした。


 「はぁ」という大げさなため息を吐くと、『面倒なモノに関わってしまった』と顔に書いていそうなくらい露骨に眉をひそめる。


「……ま、流石に放置ってのも気が引けるわな。ったく、しょうがねぇ」


 ――嫌々、といった様子をわざとらしいくらいに言葉に滲ませながら、男は気だるげに笑っていた。


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