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灰色の世界


「……何と、惨めな光景だ……」


ヘカティスが封印から解かれた瞬間、彼女の目に映ったのは、命の輝きを失い、ただ灰色に沈む世界だった。


光も闇も消え、すべてが均一な陰影に覆われたその光景は、かつて彼女が守ろうとした調和の欠片すら残していなかった。


ヘカティスは足元の土を静かに踏みしめた。かつて生命が息づいていた大地は干からび、風は無機質に吹き抜けるだけだった。空を覆う曇天は、彼女の胸の内を代弁するかのように鈍色に揺れていた。


「これが、私が命を捧げて守ろうとした世界だというのか……」


彼女の声には、悲しみと怒りが入り混じっていた。目を閉じ、かつての記憶を辿る。セリオンと共に築き上げた調和の世界――光が命を育み、闇が命を癒やす、その美しさはもうどこにも残っていなかった。


「セリオン……お前は、何をしていた?」


彼女の言葉には憎しみだけでなく、かつての友への深い失望が滲んでいた。ヘカティスは理解していた。セリオンが自らの役割を果たし続けていれば、世界がこれほどまでに壊れることはなかったはずだ。


だが、彼は人々の望みに振り回され、光を暴走させた挙句、最終的にはその力すら放棄し、この世界を無彩の灰色に染めた。


「お前は光の神として、この世界に何をもたらした? 人々に何を与えた? 希望か、それとも――絶望か?」


彼女の問いかけに答える者はいない。ただ、冷たい風が音もなく吹き抜けるだけだった。


ヘカティスは周囲を歩き回り、大地の声に耳を傾けた。かつて緑が茂り、命が宿ったこの土地には、もう何も残っていなかった。動物たちの足音も、風に揺れる葉の音もない。ただ虚無だけが存在していた。


「すべてが……枯れてしまった……」


彼女の黄金の瞳が悲しみに濡れた。かつては闇の静寂が生命に安らぎを与えていた。


夜の闇の中で、星明かりの下で、命たちは再び歩み出す力を蓄えていた。しかし、その闇が失われた今、世界はその再生の力さえも失い、ただ疲弊するだけの存在となってしまった。


「調和がなければ、命は続かない――それを分かっていながら、セリオン、お前は何故それを忘れた?」


ヘカティスは空を仰いだ。その視線の先には、かつて自分たちを生み出した調律者の姿を感じていた。彼女は低い声で問いかけた。


「調律者よ、これはお前が望んだ世界なのか? 私を封印することで、これが調和だとでも言うのか?」


返答はない。彼女はその沈黙に苦笑しながら、なおも言葉を続けた。


「お前も見ているのだろう。この世界が、いかに脆く、いかに無意味な存在になってしまったのかを。均衡を守るはずの光の神さえも、その役割を捨てた今、この世界には何の価値も残されていない」


しばらく黙り込んでいたヘカティスだったが、やがて深い呼吸をしてその視線を地に戻した。彼女の瞳に浮かぶのは、復讐の光ではなく、確固たる決意だった。


「私はこの世界を闇に染めるべきではない。だが、光にも委ねはしない。調和のために……もう一度、この世界を作り直す」


彼女の声は静かだったが、その響きにはかつての威厳と力強さが戻っていた。


「まずは、セリオンと向き合わなければならない。あの傲慢な光の神に、セリオンが忘れ去った調和の意味を思い出させるために」


ヘカティスは漆黒のローブを翻し、一歩を踏み出した。彼女の歩みは、世界に再び変化をもたらす序章となるだろう。かつての闇の神が、今再び均衡を取り戻すために動き始めた。


「灰色の時代を終わらせる。調和の時代を――再び」


こうして、ヘカティスの新たな旅が幕を開けた。彼女の行動が世界に何をもたらすのかは、まだ誰にも分からない。


ヘカティスは、自らを復活させたライオスを従え、かつてセリオンが世界を光で満たしたように、今度は自らの闇で世界を覆うことを決意した。灰色に沈んだこの世界を、完全なる漆黒の闇で塗り替え、再びセリオンを呼び覚ますために。


「まずは、この世界を闇に染める」


彼女の声が響くと同時に、闇が大地を包み込み始めた。空は光を失い、星の輝きすら飲み込む深い漆黒に変わった。木々の葉は黒く染まり、川は静まり返り、生命は闇の中に囚われた。かつての灰色の世界は完全なる夜へと変貌していった。


ライオスは恐れながらも、ヘカティスの指示に従った。彼女の力がもたらす変化は、ただ恐ろしくも絶対的であった。


「これでセリオンは現れるはずだ……あの怠惰な神を引きずり出すには、この方法しかない」


ヘカティスの計画通り、闇で染まった世界にセリオンが姿を現した。だが、彼の姿はかつてのような輝きを持たず、金色に輝く瞳は濁り、神々しい翼は折れたように垂れ下がっていた。


「セリオン……ようやく現れたか」


ヘカティスの声には期待と怒りが入り混じっていた。しかし、セリオンは彼女の言葉に何の反応も示さず、ただ一言だけ呟いた。


「もう、どうでもいい。私の全てはもう置いてきた」


その言葉にヘカティスは息を呑んだ。かつての友であり、調和を保つために共に戦った存在が、すべてを放棄したようなその態度を取るなど、思いもしなかった。


「どうでもいい……だと?」


彼女の声は怒りに震えていた。


「この世界をこうしたのはお前だというのに、今さらどうでもいいとは……お前は、自らの役割を放棄するつもりか!」


セリオンは答えなかった。ただ虚ろな瞳でヘカティスを見つめているだけだった。その無関心が、彼女の怒りを爆発させた。


「ならば、お前に存在する意味はない!」


怒りに駆られたヘカティスは、闇の力を解き放ち、セリオンに襲い掛かった。セリオンは抵抗せず、ただその場に立ち尽くしていた。かつては光の力をもって世界を照らした神が、闇の波に飲み込まれていく。


「セリオン……これが、お前の選んだ結末だ」


ヘカティスの声には、怒りと失望、そしてかすかな哀しみが交錯していた。そして、ついにセリオンは彼女の手によって討たれた。彼の身体は光の粒となって消え、世界からその存在が完全に失われた。


しかし、セリオンを討ち果たしたことで、ヘカティスの中の闇の力が暴走を始めた。彼女は次第に制御を失い、自らの存在すら闇に飲み込まれそうになった。


「これが……私の宿命というのか……!」


暴走する力の中で、彼女は自身の新たな名を口にした。


「私は……モルヴィナ。この世界を完全なる闇で覆い尽くす者だ!」


こうして、かつての調和を守る神ヘカティスは、その姿を変え、闇の魔女モルヴィナとして新たな存在となった。彼女の目標は変わらない――この世界を完全なる闇に染め、滅ぼし、すべてをやり直すこと。

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