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治癒魔法の奇跡

 セルスはクルスが刺された瞬間、胸の奥に何かが抜け落ちるような感覚を覚えた。共鳴の力が微かに揺らぎ、これまで感じたことのない不安が広がる。


「…この感覚は…クルス……どうしたの?」

共鳴を通じて繋がっていた彼の存在が、今はぼんやりと薄まっている。それはまるで、霧の中に隠れてしまったような曖昧な感覚だった。


セルスの顔が曇り、セルスの脳裏には、過去の戦いの中で共鳴の力を通じて何度も支え合った記憶が蘇る。彼の声が聞こえない今、この異変がただの錯覚ではないことを本能で理解していた。


「これは……ただの疲れとか、そんなものじゃないわ」

彼女は立ち上がり、深く息を吸い込んだ。


「クルスに何か起きてる。まずい……!」


すぐにセルスはクルスのスマホに共鳴をした。焦燥感が募る中、呼び出し音が響くたびに胸が締め付けられる。


その頃、公園の片隅でミキはクルスを抱きかかえたまま、震える手で彼のスマホを見つめていた。突然鳴り出した見知らぬ番号の表示に、彼女の混乱はさらに深まる。


「……誰なの……?」

涙で滲む視界の中、躊躇しながらも通話ボタンを押した。


「もしもし?」

恐る恐る声を発したミキに、スマホの向こうから聞こえてきたのは落ち着いた女性の声だった。


「あなたは……クルスの側にいる人ね?何が起こったの?」

その声には不安と焦りが混じっていたが、優しさが滲み出ていた。


「私はミキ、クルスの幼馴染です。クルスが……刺されて……血が……!」

ミキの声は震え、涙が止めどなく溢れた。


「ミキ、落ち着いて、大丈夫よ」

クルスが刺された。その事実に焦りを感じる。しかしセルスはミキの不安を払うように、できるだけ穏やかな声で語りかける。


「私はセルス。クルスとは違う世界の人間よ。ミキ、何があったのか教えてくれる?」


ミキは涙を流しながら、自分がクルスを刺してしまったこと、どうしてそんなことをしたのか分からないことを語った。その声は震え、途切れ途切れだった。


セルスは彼女の話を聞きながら、冷静さを保って言葉を選んだ。「分かったわ、ミキ。これは闇の力の影響よ。貴女が悪いわけじゃない。今はクルスを救うことに集中しましょう」


セルスはすぐに指示を出した。「まず、クルスのスマホにあるアプリ『ヴィジョンミラーリング』を起動して。私が状況を確認できるようにするわ。」


ミキは震える手でスマホを操作し、指示通りにアプリを開いた。「これでいいんですか……?」


「よくやったわ。その画面をこちらに向けて」

セルスの指示に従い、ミキはカメラをクルスの方に向けた。


セルスの目の前に現れた画面には、青白い顔をしたクルスの姿が映し出された。出血が止まらず、呼吸は浅い。その光景にセルスの胸が強く締め付けられる。


「……こんなに……!」

セルスの声には動揺が滲んでいたが、すぐにセルスフィア王国の医者を呼び出し、映像を見せながら助言を求めた。


「これは…ひどい。セルス様、止血が最優先です。そして、生命力を維持するために治癒魔法が必要です。」

医者の言葉を聞き、セルスは即座にミキに指示を出した。


「クルスのスマホにあるアプリ『アルケウス』を開いて、治癒魔法を合成しましょう。私が画面越しに指示を出すわ」


ミキは再び震える手でアルケウスを操作し始めた。画面越しにセルスが初めて見るアプリケーションをクルスとの共鳴の記憶を頼りに一つ一つ丁寧に指示を出し、ようやく10詠唱の治癒魔法の合成が完了する。


「光の道よ、癒しの力となれ――『ルミナス・サンクト』!」

その魔法の短縮詠唱が表示されると同時に、魔力のコントロール方法も画面に示された。


「ミキ、これからこの魔法を発動するわ。私の魔力を送るから、それを借りて詠唱して」


「えっ……そんなこと、私にできるの……?」

ミキの声には不安が滲んでいたが、セルスの言葉は力強かった。


「きっとできるわ。あなたはもう、クルスを救いたいと強く願っている。それが一番の力になるのよ」


セルスは目を閉じ、共鳴の力を通じて魔力を送り出す準備を整えた。


「お願い、クルスを救うために――!」

セルスの声が震える。共鳴者ではないミキに魔力を送ることができるかどうか分からなかったが、彼女の中にはただ一つの信念があった。


(絶対に救う。クルスは私の支えであり、私の……信じる人よ!)


「どうして……どうして何も動かないの……!?」

ミキは涙をこぼしながら震える手でスマホを握りしめた。画面には「魔力が不足しています」という冷たいエラーメッセージが浮かび上がっている。クルスの血の気が引いていくのが目の前で分かるほどで、絶望がミキの胸を支配していた。


「お願い……クルスを救いたい……どうか……!」

ミキは嗚咽を漏らしながらも必死に祈るような気持ちでスマホを握りしめていた。その姿を見つめるセルスもまた、目の奥に涙を溜め、強く両手を握りしめていた。


「クルス……お願い、もう少し耐えて……!」

セルスの声も震えている。その焦燥感は、共鳴を通じてこれまで幾度となく彼と力を合わせてきた彼女だからこそ理解できるものであり、何もできない現状が胸を締め付けていた。


その瞬間だった。


ミキの手に握られたスマホが、淡い光を放ち始めた。その光は次第に強さを増し、まるで周囲の暗闇を切り裂くように神々しい輝きとなって広がっていく。


「これは……?」

ミキは目を見開きながらその光を見つめた。そして、セルスもまた画面越しにその光景を目撃し、息を呑んだ。


その光にはどこか既視感があった。そう、それは聖教国で民衆たちが祈りによって引き起こした奇跡――純粋な祈りの力が現実を変えた、あの光そのものだった。


「この光……!」

セルスの声が震える。彼女の脳裏には、戦場で民衆の祈りが結集して光となり、絶望的な状況を打開したあの瞬間が蘇った。


ミキの胸の奥から溢れる願い――それは、自分が犯してしまった過ちへの贖罪しょくざいと、ただクルスを救いたいという純粋な思いだった。そんな彼女の祈りが、スマホを通じて奇跡を呼び起こしていた。


セルスはその光の中で、ミキの心の奥底から沸き起こる強い感情を感じ取っていた。それは、聖教国の民衆が見せた純粋な祈りと全く同じものだった。


「ミキ、あなたの祈りが……奇跡を起こしたのよ。あなたもクルスの事を大切に想う同士って証拠よ」

セルスの声が震える中にも感動が混じっていた。彼女はヴィジョンミラーリングを通して画面に表示された詠唱と魔力のコントロール方法を確認し、静かにミキに語りかけた。


「ミキ、今こそ発動する時よ。私の魔力を信じて、クルスを救うために……!」


ミキは涙を拭い、決意を込めた声で詠唱を始めた。


「光よ、癒しの道となりて――『ルミナス・サンクト』!」


その声と共に、スマホの画面から放たれた光がクルスの体を包み込む。眩い輝きが公園全体を満たし、その中心に横たわるクルスの体が少しずつ動き始めた。


「クルス……!」

ミキの声には期待と恐れが混じっていた。しかし、次第に彼の顔に血の気が戻り始め、傷口が少しずつ塞がっていくのが見えた。


セルスも画面越しにその様子を見て、深く息を吐いた。目には安堵の涙が溢れている。


「クルス……よかった…助かった」

その言葉は、彼女の心からの本音だった。


クルスの体が治癒魔法によって癒され、傷口からの出血がようやく止まった。その場に崩れ落ちていたミキが顔を上げると、クルスの瞼がかすかに動くのが見えた。


「クルス……!」

ミキは驚きと安堵が入り混じった声を上げる。彼の瞳が微かに開き、焦点を合わせるように動いた。


「ミキ……セルス……助けてくれて……ありがとう……」

弱々しい声ながらも、クルスは微笑んで感謝を伝えた。その言葉に、ミキの目には再び涙が浮かんだ。


「クルス……私……私が……」

ミキは嗚咽を漏らしながら言葉を詰まらせた。罪悪感が胸を締めつけていた。


「違う……ミキのせいじゃない。これは……闇の影響だ……」

クルスは苦しい息の合間に、優しく彼女を諭すように言った。その瞳には、責めるどころか彼女を守りたいという思いが宿っていた。


「でも……私が……!」

ミキは顔を伏せて涙をこぼすが、クルスはその手を掴み、静かに続けた。


「ミキ、お前がいなかったら……俺は今ここにいなかった……ありがとう……」


セルスも画面越しにその様子を見ていたが、彼女の胸には複雑な感情が渦巻いていた。だが、今はクルスの命が繋がったことにほっとする思いが勝っていた。


「クルス、よく耐えてくれた……無事で本当に良かったわ……」

セルスは共鳴越しにそう呟いた。


クルスはセルスにも微笑みを向け、「セルス……セルスの助けがなかったら……本当に危なかった……感謝してる……」と弱々しくも心からの感謝を伝えた。


クルスは疲れた声でミキに頼んだ。「スマホを……取ってくれ。グループ通話を起動して……アキラに伝えてくれ……」


ミキは震える手でスマホを拾い上げ、操作しながら通話アプリを立ち上げた。通話が繋がり、画面越しにアキラの焦った声が響いた。


「これはクルスの電話だろ?君は誰だ?もしかしてクルスに何かあったのか?」

アキラの声には明らかな緊張が滲んでいた。


ミキは動揺で声が出せず、スマホを手に震えていた。セルスが優しく声をかける。「落ち着いて、ミキ。深呼吸して、ゆっくり話せばいいのよ。」


ミキは震える息を整えながら、小さな声で答えた。「私は……ミキです……私が……クルスを刺してしまいました……」


「刺した……だと?」

アキラの声には驚愕と怒りが混ざり合っていた。


リアもすぐに声を上げた。「どうして……!?一体何があったの!?」


ミキは再び震えながら言葉を紡ごうとしたが、セルスが間に入り、冷静な声で説明を始めた。


「待って、アキラ、リア。ミキは操られていただけよ。彼女自身の意思ではないわ。」


「操られていた……?」

アキラの疑念に満ちた声が続く。


セルスはさらに続ける。「そう。闇の影響によって、彼女の中の負の感情が利用されたの。だから、彼女を責めるのは間違いよ。」


セルスの説明に、アキラは一瞬沈黙し、深呼吸をして冷静さを取り戻した。「……わかった。ミキを責めるつもりはない。でも、クルスの状態が心配だ。すぐに向かう。場所を教えてくれ」


アキラは急いで駆けつけ、公園の片隅に倒れているクルスと、彼を必死に支える見知らぬ少女を見つけた。


「クルス!」

アキラは駆け寄り、クルスの状態を確認する。傷口は治癒魔法で塞がれているが、彼の顔にはまだ疲労と痛みの色が濃く残っている。


「アキラ……来てくれたか……すまない……巻き込んで……」

クルスは力なく呟きながらも、アキラに謝罪の言葉を口にした。


「何言ってるんだよ、バカ。謝るな」

アキラは歯を食いしばりながらクルスを支えた。しかしその時、クルスの表情が急に曇り、再び意識を失いかける。


「クルス!?しっかりしろ!」

アキラが声を上げるが、クルスの体は力を失い、ぐったりと倒れ込んでしまう。


「どうして……治癒魔法を使ったのに……!」

ミキは泣きながら問いかける。


アキラは冷静さを取り戻しながら、クルスの倒れている横に落ちる黒いナイフの痕を見つけた。「このナイフの影響か……ただの傷じゃない。きっと闇の力が混じってる……」


アキラは焦燥感に駆られながら彼を抱えた。「セルス、俺がクルスを連れて帰る。病院に運んだらミキが疑われる可能性もあるだろ?俺の家は病院なんだ」


「お願い……アキラ、クルスを守って……!」

セルスの声には深い切実さがこもっていた。


アキラはその言葉に応えるように、強い声で言った。「任せろ、絶対に助ける!」


ミキもアキラを見上げて伝える。

「アキラさん…私も連れていってください。何ができるか分からないけど…クルスの…そばに居させてください」


アキラは一瞬迷いを見せるがミキに答える。

「…わかった。ではついてきてくれ」


クルスを守るための戦いはまだ終わっていない。しかし、その光の中で新たな絆が生まれようとしていた――。

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