闇の力の解放
翌朝、クルスは昨夜の戦闘データをストラテゴウスに入力し、解析を開始した。画面に進行状況を示すバーが現れ、それが少しずつ進んでいくのを見つめながら、クルスは固く拳を握った。
「イシュレッド……あいつを倒す方法があるはずだ」
やがて解析が完了すると、画面に新たなメッセージが表示される。
「分析結果:黄昏の領域を攻略するためには、まず『闇の領域』を打破する必要があります」
その一文を目にしたクルスは、眉間に皺を寄せた。
「やっぱり領域そのものが問題か……。次に、どうやって打ち破るのかを調べる必要があるな」
クルスはストラテゴウスにさらに詳細な分析を指示する。
「闇の領域を破るための手段を解析してくれ」
数分後、画面に再び結果が表示される。
「分析結果:闇の領域を打破するためには、『光属性』と『闇属性』を融合した特殊な魔法が必要です」
その言葉を見た瞬間、クルスは画面を見つめながら息を呑んだ。
「光と闇の融合……?」
さらにスクロールすると、続く説明が記載されていた。
「注意:闇属性魔法の解放には強い意志が必要です。意志が弱い者が解放した場合、闇に飲まれる危険があります」
クルスの目は鋭くなり、彼の中で複雑な思いが交錯する。
「闇に飲まれる……。リスクが高いな。でも、これを乗り越えないとイシュレッドには勝てない」
そのとき、アルケウスが新たな通知を表示した。
「闇属性を解放しますか?」
その文字が画面に現れると同時に、クルスの心臓が大きく鼓動を打った。
(闇属性を解放しなければ、突破口はない。でも、闇に飲まれる可能性もある……。)
クルスは少しの間、スマホを握りしめて考え込んだ。そして、意を決して画面を閉じた。
「一人で決めるには重すぎる。みんなに相談しよう」
クルスは、先の戦闘での連携不足の反省から開発したグループ通話アプリを起動した。アキラ、セルス、リアが次々に接続され、画面にそれぞれのアイコンが表示される。
「クルス、何かあったのか?」
アキラの声が最初に響いた。
クルスは大きく息を吐いて、画面を見つめながら話し始めた。
「ストラテゴウスの分析で分かったことがある。黄昏の領域を破るには、闇の領域を打破する必要がある。そして、そのためには光属性と闇属性を融合した魔法が必要らしい」
「光と闇の融合……?」
リアの声には驚きと不安が滲んでいた。
「そう。そして、アルケウスに“闇属性を解放するか?”って表示が出てる。だけど、注意書きがあったんだ。意志が弱いと闇に飲まれる危険があるって」
その言葉に、まずアキラが声を荒げた。
「それ、危険すぎるだろ! 闇に飲まれるって、そんなリスク……やめとけ!」
リアもすぐに続けた。
「そうよ、クルス。あなたにそんなことさせたくない」
しかし、黙っていたセルスが静かに口を開いた。
「…私はそうは思わない」
全員が一瞬、言葉を止めてセルスの声に耳を傾けた。
「クルスが闇に飲まれることはない。共鳴を通して、私はクルスの強さを知っている。彼はどんな困難でも必ず乗り越えられる人よ」
その言葉にリアは表情を曇らせた。セルスの言葉には揺るぎない信頼が感じられ、自分以上にクルスを理解しているように思えて胸が痛んだ。
(私たちも、かつてはこんな信頼関係を築いていたのに……)
リアは視線を落としながらも、声を振り絞るように言った。
「……セルスがそう言うなら、私も信じるわ。クルスを」
クルスは全員の声を受け止め、画面越しに視線を向ける。
「ありがとう。みんながそう言ってくれるなら……俺はこの力を解放する」
クルスがアルケウスの「闇属性を解放しますか?」の表示を見つめる。その指が、画面に触れる直前で一瞬だけ止まる。仲間たちの言葉、セルスの確信に満ちた信頼、リアの複雑な感情――それらが脳裏を駆け巡る中で、彼は決意を固めた。
「解放する」
指先が画面に触れると、アルケウス全体が暗い光に包まれた。直後、冷たい感覚がクルスの全身を襲う。それはただ冷たいだけではない、心の奥深くまで食い込んでくるような、凍てつく闇の力だった。
「うっ……ぐっ……!」
クルスはその場に膝をつき、額に手を当てた。意識が奪われるような感覚と共に、黒い影が視界を覆っていく。胸の奥から湧き上がる圧倒的な重圧――それはまるで、底の見えない深い穴に落とされるような恐怖だった。
「これが……闇の力……か……!」
黒い霧がクルスの周りを包み込み、その中から低く耳をつんざくような声が聞こえ始める。
「お前の弱さを知っている……。希望などない。全てを諦めろ……」
その声は、クルス自身の心の中から響いているようだった。幻影のように浮かび上がる過去の失敗、闇の魔女の封印を解いてしまった罪悪感、そして自分が負けるかもしれないという恐れ。それらがクルスの心をえぐり続ける。
「違う……俺は……!」
クルスは叫びながら必死に立ち上がろうとするが、膝が震え、何度も崩れ落ちる。
「クルス!」
共鳴を通じてセルスの声が鋭く響いた。彼女の声には焦りが混じっていた。
「闇に飲み込まれないで! あなたはそんな弱い人間じゃない!」
しかし、クルスは返事をすることができなかった。黒い霧がさらに濃くなり、彼の体を締め付ける。視界はほとんど閉ざされ、ただ暗闇と耳鳴りの中に囚われる。
「弱さを受け入れろ……。それが闇だ……」
低く囁く声に、クルスの心が引き裂かれる。指先が震え、力が抜けていく感覚が広がる。
「……もう、だめなのか……?」
そう呟きかけた瞬間、再びセルスの声が強く響いた。
「クルス! あなたは一人じゃない! 私がいる!エレンもみんなあなたを信じてる!」
その言葉と共に、暖かな光が心の奥に差し込んだ。セルスとの共鳴――その絆が、深い闇を引き裂くように広がっていく。
「セルス……ありがとう……!」
クルスは歯を食いしばり、全身の力を振り絞った。
「俺は……俺は闇になんか負けない!」
全身を覆っていた黒い霧が、徐々に消え始める。重圧も薄れていき、クルスの体が再び自由を取り戻していく感覚が戻ってきた。
アルケウスの画面が再び明るく輝き、「闇属性解放完了」の文字が表示される。同時に、新たな魔法のリストがクルスの目の前に現れた。
「……やったのか……?」
息を切らしながら、クルスは画面を見つめる。その目には、新たな力を手に入れた実感と決意が宿っていた。
「クルス、無事……?」
セルスの声が震えているのが分かった。それは、彼女がどれだけこの瞬間を気にかけていたかを如実に表していた。
「……大丈夫だ、セルス」
クルスは笑みを浮かべながら答えたが、体中を覆う汗がその過酷さを物語っていた。視線をスマホに落とし、新たに表示された「闇属性解放完了」の文字を確認する。
「本当に、無事で良かった……」
セルスの声がかすかに震えたが、そこには深い安堵と信頼が滲んでいた。彼女は自分の共鳴の力がクルスを救ったことに、胸をなで下ろしていた。
アキラも声をかける。
「さすがだよ、クルス。でも、お前一人で無茶するのはやめろよな」
その言葉にクルスは軽く息を吐き、穏やかに微笑む。
「ありがとう、みんなのおかげだ。本当に……ありがとう」
リアの声がアキラ越しに伝わる。
「本当に……よくやったわ、クルス。でも……」
その声はどこか曇っていた。アキラがその変化に気づき、スマホの画面をちらりと見る。リアの声にはわずかな影が差しているのが分かった。
リアはスマホ越しに会話を聞きながら、セルスが共鳴の力でクルスを救った瞬間を思い返していた。クルスの危機に、自分が何もできなかった――その事実が彼女の心に突き刺さる。
「(あのとき、私は……ただ見ていただけ)」
リアは自分の無力さに胸が締め付けられる思いだった。かつて共鳴を通じてクルスと深い信頼関係を築き、一緒に戦い抜いてきた自分。それなのに、今では彼の危機を救うどころか、声を届けることすら自分ではできない。
「……セルスの力がクルスを救った。彼女は今でもクルスを支えている。それなのに私は……」
リアの心は次第に沈んでいく。彼女の視線は自然と下を向き、思考の中で自らを責め続ける。
「リア」
優しく響くアキラの声が、リアの思考を遮る。
「何?」
リアは努めて平静を装いながら応えるが、その声には微かな震えが混じっていた。
「気にするなよ。お前が何もできなかったわけじゃない」
アキラは、画面越しのリアの表情を見ながら言葉を続けた。
「クルスが闇に飲まれそうだったとき、俺も何もできなかった。でも、だからって俺たちが無力ってわけじゃない。次の戦いで、俺たちの役割を果たせばいい。それだけだろ?」
リアはアキラの言葉に驚き、画面をじっと見つめた。
「……でも、セルスみたいにクルスを支えることができなかった。私は、ただ見ているだけで……」
「お前がいることが、クルスの支えになってる。それは俺も、セルスも同じだ。リア、お前は一人じゃない。俺たち、みんなでクルスを支えればいいんだ」
アキラの声は優しく、それでいてどこか強い決意を含んでいた。
リアはその言葉に胸を打たれ、画面の向こうにいるアキラを見つめる。
「……ありがとう、アキラ」
彼女の声は小さく、だがその瞳には新たな決意が宿っていた。
「次は……私がクルスを助ける。必ず……」
その言葉を聞いて、アキラは柔らかな笑みを浮かべた。
「それでいい。俺たちは、次の戦いでやれることをやるだけだ」
クルスは画面越しの会話を聞きながら、胸にこみ上げる感情を押し殺すように息を吐いた。セルスも、アキラも、リアも――それぞれが自分を支えようとしてくれている。彼らの思いに応えるためにも、次の戦いでは絶対に負けられない。
「みんな、ありがとう」
クルスはスマホを見つめながら静かに言葉を紡いだ。
セルスの声が柔らかく響く。
「クルス、あなたが頑張ったからこそ、私たちはここにいるのよ」
アキラが笑みを浮かべながら続けた。
「そうだ。お前が頑張ってるから、俺たちもついていけるんだ」
リアも声を乗せる。
「……クルス、次は絶対に勝ちましょう。一緒に……」
クルスは仲間たちの声を胸に刻み、画面を閉じた。新たに解放された闇属性魔法――その力を手に、次の戦いに挑む覚悟を決めた。




