表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/91

漆黒の影、現代社会への降臨

 廃工場の薄暗い闇の中に立つイシュレッド。彼の周囲には冷たい風が吹き抜けるが、その黒い外套は微動だにしない。目を閉じたまま、彼はこの世界に満ちる闇の気配を静かに探っていた。


「……なるほど、この世界の闇はルーセリアとは次元が違うな」


彼は低く呟き、口元に冷たい笑みを浮かべる。


人間たちの心の奥底に巣食う闇――それは異世界で見てきた単純な光と闇の対立ではなく、もっと根源的で複雑なものだ。


恐怖、嫉妬、憎悪、自己否定……彼にはそのすべてが、濃密な魔力となって感じ取れた。


「ルーセリアでは光と闇がはっきりしていて均衡を保っていた。だが、ここでは悪意が圧倒的に強い。どの人間も、例外なく悪意を抱えている。これは面白い」


イシュレッドは足元の影に手を差し伸べた。彼の指先が影を撫でると、それは生き物のようにうごめき始める。


「この世界の悪意は、私の力を補うだけでなく、さらに増幅させる。人間たちが心の奥底で抱える疑念や恐怖――それらを煽り、私の意のままに操るのは容易い。これこそ私が追い求める真の闇」


そう呟いた彼は、外套を翻しながら工場を出て、街の方へと歩き出す。


夜の街並みはネオンの明かりで照らされているが、その灯りの一つ一つが、イシュレッドには歪んだ闇の波動を放っているように見えた。


すれ違う人々の表情には、隠しきれない不安や苛立ちが滲んでいる。


子供を叱る母親、スマホを握り締めながら苛立つサラリーマン、疲れ切った表情で立ち尽くす学生――どの顔にも、闇の影が差している。


「簡単だ。この街全体を覆う不和を増幅させれば、自然と悪意は広がる。私はただ、その波を利用するだけでいい」


彼は満足げに微笑むと、影を操って夜の街へと溶け込んでいった。


翌朝、クルスの学校では、普段とは明らかに違う空気が流れていた。廊下を歩く生徒たちは無言で、お互いの表情を見ようともせず、何かを避けるように動いている。教室に入った瞬間、クルスはその異様な雰囲気を肌で感じ取った。


「なんか今日、変じゃない?」

隣の席のクラスメートが、小声でクルスに話しかけてきた。


「ああ、何か重苦しいな」

クルスは辺りを見回しながら答えた。その直感は警鐘を鳴らしている。


授業が始まっても奇妙なことが続く。教師が突如怒り出したり、些細なことで生徒同士が口論になったり――普段は平穏な教室が、小さな争いで騒然となっている。


「最近、暗闇に引きずり込まれる夢を見るんだよな……」

後ろの席の友人が震える声で呟いた。


(……この空気。黄昏の契約者が既に影響を及ぼしているのか?)


クルスの頭には昨夜のストラテゴウスからの通知が浮かんでいた。「黄昏の契約者に似た魔力反応を検知」――その言葉の意味が、ここにきて現実味を帯び始めている。


幼馴染のミキもどこか不安げな表情を浮かべてクルスに話しかけてきた。

「クルス、最近変なことが起きてない?」

彼女は真剣な目で問いかけた。


「何かあったのか?」

クルスは読んでいた本を閉じて、ミキの話を聞く体勢を取る。


「昨日の夜、公園を通ったときに、奇妙な影を見たの。普通の影じゃなかった。なんていうか……形が歪んでて、動きもおかしかったのよ」


クルスの表情が僅かに硬くなる。それが、彼の直感に訴える何かを感じさせた。


「…その影に近づいたのか?」

クルスは冷静な口調で尋ねる。


「近づいてないよ。ただ、あの影の正体が分かったら、クルスの役に立つかもしれないって……そう思ったの」

ミキは自分の考えを口にし、クルスをじっと見つめた。


クルスは少し考え込み、真剣な表情で言葉を返した。

「ミキ、変なものを見かけても絶対に近づくな。特に、今回の件はミキが手を出すべきものじゃない」


ミキは驚いた表情を見せたが、クルスの真剣な眼差しに押され、口を閉じた。


「クルス、もしかしてその正体を知っているの?」


クルスはミキを真っ直ぐ見つめ伝える。

「もちろん俺もわからない。でも絶対に危険な事に違いない。ミキは関わらない方がいい」


(最近、クルスが悩んでいるのは、この闇のことなんじゃないかって気がする。普段のクルスなら、こんなふうに曖昧に話を切り上げたりしないし……)


「うんわかった。心配してくれてありがとう」

と言ってミキは自分の席に戻る。


ミキは一人、席に戻りクルスの方に目を向ける。その表情は真剣そのものだった。


「クルスはきっと、何か大きな問題を抱えている。でも、それを私に話せないのはきっと理由があるんだ」

ミキはそう思いながら、公園で見た奇妙な影の記憶を頭の中で反芻はんすうする。


「あの影がなんなのか分かれば、クルスの力になれるかもしれない」

そう呟いたミキの目には、強い意志が宿っていた。


「私にできることは少ないかもしれないけど、これだけははっきりしてる。クルスが悩んでいる理由がこの闇なら、私はそれを突き止めてみせる」


ミキの眼には、自分にできることを全力でやろうとする決意が滲んでいる事にクルスは気付かなかった。


その夜、クルスは帰宅後にスマホを確認すると、アキラからの連絡が入っていた。通話を繋ぐと、アキラの声が焦りを含んで響く。


「クルス、今日また変なことがあった。学校でクラスメートが急に怒り出して、些細なことで喧嘩を始めたんだ。普段はそんなことない連中なのに」


「俺の学校でも似たようなことが起きてる。木から謎の黒い液体が落ちたり、見たことのない影が見えたり……」

クルスは今日あった出来事を簡潔に説明した。


「黄昏の契約者の影響か……?」

アキラは冷静に問いかけた。


「可能性は高いな。でも、まだ確証がない。今の段階では、異変の範囲を特定する必要がある」

クルスの声には慎重さが滲んでいた。


「分かった。俺も周囲を調べてみる。何か分かったらまた連絡するよ」

アキラはそう言って通話を切った。


アキラとの通話後、クルスはスマホを操作し、ストラテゴウスを起動する。画面には複数の地点で検出された魔力反応の分布が表示されていた。


「黄昏の契約者……間違いない」

クルスは深く息を吐き、画面を見つめながら新たな指示を入力する。


「ストラテゴウス、魔力反応が最も濃い地点を優先的に特定してくれ」


画面に「指示を受け付けました」というメッセージが表示され、解析が開始される。クルスは画面を閉じると、窓の外に目をやった。漆黒の夜が広がっているが、その奥には確実に何かが潜んでいる。


「異世界とは違う。この現実の闇は、人間そのものが生み出している。これが敵にとっての最大の武器になるとしたら……」


クルスは拳を握りしめた。静けさの中にも、次の戦いへの不安と決意が交錯する。


「最も濃い闇がどこなのか分かったら、すぐに動くしかない」


夜の闇はただ深まっていく。その中で、クルスは確実に迫る脅威を感じ取っていた。



夜の街を歩きながら、イシュレッドはすれ違う人々を見つめていた。彼には、彼らの心の奥底にある「闇」が見える。それは、苛立ちや絶望、嫉妬といった感情が生み出す、濃密な暗黒のエネルギーだった。


だが、その中で、彼の目に一際強い「光と闇」の入り混じった存在が映り込む。それが、クルスの幼馴染であるミキだった。彼女は一人、自転車を押しながら、何か考え込んでいるように歩いていた。


「……妙な存在だ」

イシュレッドは立ち止まり、じっと彼女を見つめた。他の人間と違い、ミキの心には明るい輝きがある。それは彼女が持つ強い意志――誰かを助けたい、支えたいという純粋な想いの光だった。しかし、その光の下には、クルスへの焦りや不安、無力感が暗い影となって潜んでいる。


「光と闇が、これほど密接に交錯しているとは……面白い」

イシュレッドの目に興味の色が宿る。彼女はまるで、現代社会に生きる人間の矛盾そのもののようだった。彼は影を操り、少しだけ彼女の感情を煽ることで試してみることにした。


ミキは足元を見つめながら歩いていた。昨晩の奇妙な影の記憶が頭から離れない。そして、クルスの不自然な態度も気になって仕方がない。


「クルスは、絶対に何か悩んでいる……でも、それが何なのか私には分からない。影の正体が分かれば、クルスを助けられるかもしれないのに」

そう呟いた瞬間、ミキの周囲に突然冷たい風が吹き抜けた。彼女はハッとして顔を上げる。すると、街灯の明かりが作り出す影が、奇妙に揺れ動いているのが見えた。


「……何、これ?」

心臓が高鳴る。影はまるで生き物のように歪み、彼女の周囲を取り囲むように動いている。ミキは一歩後ずさりした。


その時、彼女の中に何かが囁く声が響くような感覚が走った。「何を求めている?」「助けたいのか?」「無力だと思っているのか?」――それは彼女の不安を掘り起こし、彼女の心に闇を引きずり込むような囁きだった。


「違う、私は……!」

ミキは強く首を振り、その感覚を振り払おうとした。その時、不意に影が静止し、何事もなかったかのように消え去った。


遠くからその様子を見ていたイシュレッドは、再び冷笑を浮かべた。

「面白い。光が強い分、闇も深い……しかもこれは共鳴者の関係者か…彼女を利用すれば、より効果的に共鳴者へ揺さぶりをかけられるかもしれない。」

イシュレッドはその場を立ち去りながら、次の策を練り始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ