偽りの聖女
イルシアの大聖堂。荘厳な装飾と高い天井に降り注ぐ淡い光が、聖なる地としての威厳を保っている。だが、その光景は今、緊張感と戦意に満ちた空気によって支配されていた。
聖女ミリアナが祈りを捧げるその場に、一人の戦士が足を踏み入れる。剣神エレンだ。彼女は大剣を腰に据え、静かに祭壇へと歩み寄った。
「侵入者……いえ、剣神エレン、と呼ぶべきかしら?」
ミリアナは静かに顔を上げ、エレンを見据えた。その瞳には冷静さと苛立ちが混じっていた。
「だが、私は異教徒を許すわけにはいかない」
エレンは剣をゆっくりと抜き、その刃をミリアナに向ける。剣は微かに光を放ち、彼女の意思に応えるように震えている。
「何を言っている。許すも許さないも関係ない。お前の嘘と支配はここで終わりだ」
その言葉にミリアナは微笑む。だが、その笑みの裏には怒りが宿っていた。
「愚か者。信仰なくしてこの国は成り立たない。その理解もなく剣を振るうのか?」
「お前は馬鹿なのか? 信仰とは真実を土台に築くものだ。お前のように、偽りと闇で塗り固めたものじゃない」
ミリアナはフッと笑い聖騎士団長グレイヴを呼ぶ。
「減らず口を。グレイヴ。どうやら地下にも虫が紛れ込んだようね。排除しなさい」
「はっ!」
命じられたグレイヴは急ぎ地下に向かう。
ミリアナが両手を広げ、聖なる光が彼女を包み込む。その輝きは一見すると清らかだが、エレンはそれを見て鼻で笑った。
「その偽物の聖属性で私を止められると思うのか?私には通用しない。お前のご自慢の聖騎士団長も地下のゴキブリは排除できない」
アークリンクを通して聞こえた悪口にセルスは抗議する。
「ゴ、ゴキブリ?!ちょっとエレンどう言う事?」
ミリアナは冷たい笑みを浮かべる。
「聖属性が通じない?どうかしら?試してみるといいわ」
その瞬間、彼女の手から光の矢が放たれる。その矢は大気を切り裂くような音を立てながら、エレンに向かって飛んでいった。
ミリアナの周囲に聖なる光が立ち上り、無数の光剣が空中に現れた。その一斉攻撃がエレンを襲う。
「聖属性無効、効果あり」
クルスの冷静な声が共鳴を通じて届いた。エレンは剣を構えたまま、一切の怯みもなく光剣を受け流す。
「なるほど、聖属性が通じないとなると……やはり面倒ね」
ミリアナの声が僅かに低くなった。
エレンは剣を構え直し、挑発するように言い放つ。
「お前の偽物の聖属性など、私には通じない。見せかけの力では、この剣神エレンを止められないぞ」
ミリアナの顔に怒りが浮かぶ。
「見せかけ……ですって? 愚かな異教徒が!」
怒声とともに、彼女はさらに強力な光の魔法を発動した。だが、その攻撃もすべて無効化され、エレンには一切の傷を与えることができない。
「異教徒とか言って、いつまで聖女になりきってる? 恥ずかしくないのか? それとも聖女に憧れてるのか?」
エレンは剣を一閃させ、霊気を纏った新たな技を解き放った。剣の軌跡が炎のように広がり、ミリアナの周囲を焼き尽くす。
「紅蓮刃閃!」
「くっ……!」
ミリアナは動揺しながら後退を続けるが、エレンの剣技はさらに磨きがかかり、奥義を閃くたびに力強さを増していった。
「無限に進化する剣……これが私の力だ!」
エレンの剣が輝きを放ち、周囲に雷のような斬撃が走る。その一撃がミリアナの防壁を打ち破り、彼女を吹き飛ばした。
「……この剣、ただの剣ではないわね……」
立ち上がったミリアナが苦々しい表情で呟く。
ミリアナの周囲には薄い闇が漂い始め、ステンドグラスの光が薄暗くなる。
ミリアナは手を掲げ、禍々しい力をその手に集め始めた。それは因果を逆転させる魔女の刻印――かつてローグが使用した力だ。
「邪魔な剣だ……その進化する力、消し去ってやる」
ミリアナは手を掲げ、因果を逆転させる魔女の刻印を空中に描き始めた。
クルスの声が鋭くエレンの耳に響く。
「来るぞ!ミリアナは魔女の刻印を使うつもりだ!」
エレンは剣を構え直し、冷静な声で答えた。
「分かってる。だが、クルス、お前の準備があるんだろう?」
「もちろんだ。その刻印はもう無効化できる」
エレンの体が再び淡い光に包まれた。セルスが付与した魔法が、ミリアナの刻印を完全に弾き返した。
クルスは自信ありげに伝える。
「何度も同じ手が通用すると思うなよ」
ミリアナの瞳が驚きと怒りに染まる。
「何!?刻印が……効かないだと?」
エレンはその隙を逃さず、再び攻撃を仕掛けた。剣の進化はさらに加速し、新たな奥義を次々と生み出していく。
「光速刃旋!」
エレンの剣が光の軌跡を描きながら、ミリアナの防御を切り裂いていく。
追い詰められたミリアナは、ついにその本性を露わにした。彼女は冷たい笑みを浮かべると、禍々しい闇の力をその身に纏い始めた。
「いいでしょう……ここまで追い詰めたあなたに、本当の私を見せてあげる」
その瞬間、大聖堂全体が闇に包まれるような圧倒的な気配が広がった。ミリアナの身体から溢れ出す闇の力が形を変え、彼女自身を異形の存在へと変貌させていく。
◇
地下の封印の間には、重い静寂が漂っていた。聖騎士団長グレイヴ・フォルティアが巨大なハルバードを構えてセルスの前に現れた。その鎧は戦いの歴史を物語るように傷だらけだったが、鋭い目は揺るぎない決意を宿していた。
「王女セルスよ。ここを通るというのならば、私を倒してみせるがいい」
低く響く声には、国を守る者としての覚悟が込められていた。彼の背後には光の封印があり、それを守り抜くことが彼の使命であることが明白だった。
セルスは剣を構え、冷静な瞳で彼を見据えた。
「グレイヴ団長、あなたもまた偽りの信仰に囚われている。あなたの忠誠は、この国を支配する闇に利用されているだけよ」
「偽りの信仰だと?」グレイヴの声が低くなる。「たとえそれが真実だとしても、信仰を失ったこの国は崩壊するだろう。私は国を守るために戦う。それが私の全てだ!」
その言葉にセルスは一瞬眉をひそめたが、すぐに剣を握り直し、決意を新たにした。
「だったら、私の剣で真実を証明してみせる!」
グレイヴが巨大なハルバードを振り下ろすと、空気が裂けるような轟音が地下の回廊に響き渡る。その一撃は凄まじい威力を誇り、地面に深い亀裂を刻んだ。
セルスはその攻撃を紙一重でかわしながら、クルスの指示を受けて反撃の隙をうかがう。
「セルス、そいつの動きは直線的だ!次の攻撃を誘ってカウンターを狙え!」
「分かったわ!」セルスは鋭い目つきでグレイヴを睨みつけながら、相手の一撃を誘い込むような動きを見せた。
グレイヴは容赦なく次の攻撃を仕掛けてくる。その動きは鈍重ではなく、洗練された技術が込められていた。巨大な武器を扱いながらも、その動きには一切の無駄がない。
「お前はこの国の信仰を語るな!」グレイヴの叫びとともに、ハルバードがセルスに迫る。
しかし、セルスはその一撃をかわし、鋭い剣撃を放つ。剣がグレイヴの鎧をかすめ、彼の動きを一瞬止めた。
「その信念は立派だわ。でも、あなたの戦いは本当にこの国を救うためのものなの?」
セルスの問いに、グレイヴはわずかに眉をひそめる。その隙を突き、セルスは一気に攻勢をかける。
グレイヴはセルスの攻撃を防ぎながら、低い声で呟いた。
「私はこの国が闇に飲まれるのを防ぐために剣を振るう。それがたとえ偽りの信仰に基づいていたとしても、民を守るためには必要なことだ!」
その言葉にセルスは激しく反論する。
「民を守るためなら、偽りを許していいというの?それこそ、闇に飲まれる道じゃない!」
グレイヴの瞳が揺れた。その一瞬の迷いを見逃さず、セルスは彼のハルバードを剣で弾き飛ばした。
「終わりよ!」セルスが叫び、最後の一撃を放とうとする。
しかし、グレイヴはその刃を受け止めるように手を広げた。その目には覚悟と、わずかな悔悟が宿っていた。
「ならば、王女よ……その剣で私の信念を断ち切れ」
セルスは剣を振り下ろし、グレイヴの鎧を砕く寸前でその動きを止めた。その剣先が彼の胸元に触れる。
「断ち切るべきは、あなたの命じゃない。その偽りの信仰よ」
その言葉に、グレイヴは目を見開いた。そして、膝をつき、荒い息をつきながらその場に沈み込む。
「私の信仰が偽りだったのなら……私は何のために戦ってきたのだ?」
グレイヴはセルスの言葉に迷いが生じた。
◇
ミリアナの闇への変化。その瞬間を、クルスは見逃さなかった。彼はヴィジョンミラーリングを起動し、ミリアナが闇の力を纏った姿を聖教国中に映し出した。
「エレン、時間稼ぎを頼む。その間に、この映像を民衆に伝える」
ヴィジョンミラーリングを通じて、ミリアナが禍々しい力を放ちながらエレンを攻撃する姿が街中のスクリーンに映し出された。
クルスはさらにアークリンクを使い、セルスに語りかける。
「セルス、君の声で真実を伝えるんだ!」
その時、セルスはグレイヴにも伝える。
「貴方もこの映像を見て考えなさい。」
グレイヴも聖女ミリアナの禍々しい闇の姿を見て言葉を失った。
「これは…!?」
そして、クルスの指示を受け、セルスは強い決意を込めてイルシア国民に語り始める。
「イルシアの皆さん、私の声を聞いてください!」
彼女の声はアークリンクを通じて街全体に響き渡った。
クルスは確信して呟く。
「この二度目のセルスの民衆への呼びかけが奇跡を産む」
「エルスフィア王国のセルスト・エルスフィアです。これを見てください。私の言葉に嘘はありませんでした。ミリアナは黄昏の契約者であり、闇の魔女の力を使い、偽りの信仰で皆さんを騙していたのです!」
民衆はヴィジョンミラーリングに映し出されたミリアナの姿を目の当たりにし、騒然とし始めた。
「嘘だ……!」
「聖女様が闇の力を使うなんて……!」
「イルシア国民よ。貴方達が本当に信仰する神は闇の魔女ですか?聖教国イルシアの尊厳が傷つけられているのです」
その瞬間、信仰の力が急速に弱まり、大聖堂の地下にある封印も同時に力を失い始めていた。
クルスは共鳴を通じてセルスに指示を送る。
「セルス、今がチャンスだ。封印を解く魔法を構成したこれを使うんだ!」
セルスはクルスの指示を受け、祭壇の中心で聖属性魔法を発動した。結界が破れ、眩い光が地下に灯る。
その光は収束し、祭壇の中心を照らし出す。そして、そこには光り輝くロッドが浮かび上がった。
「これが……光の力……!」
セルスはロッドを手に取った。その瞬間、クルスのアプリに通知が届く。
———光属性魔法が開放されました————
クルスは微笑みながらセルスに伝える。
「セルス、これで光の力を操れる。エレンの元へ急いでくれ!」
セルスはグレイヴに声をかける。
「貴方はどうするの? ここで腐っているだけ?」
グレイヴは下を向き震えていたが、力強く前を向く。
「私もこの国を闇の魔女から救う責任がある。民衆と騎士団は私に任せてくれ」
セルスは光のロッドを手に、地上へと駆け戻る。その瞳には新たな覚悟が宿っていた。彼女とエレンはついにミリアナとの最終決戦に挑む――真実の光を手に、偽りの闇を打ち砕くために。
エレンもまた、ミリアナを睨みつけながら微笑む。
「さて、この偽りの聖女を終わらせる時だ」
光と闇の最終決戦が、いよいよ幕を開ける――!




