光の結晶
シグルの闇は深く、重く、神殿全体を覆い尽くしていた。
その暗闇は、物理的な光だけでなく、心までも飲み込むような絶望そのものだった。リアは剣を構え、立ち向かおうとするが、その力は彼の前では無力に等しい。
シグルは冷たく笑いながら言った。
「お前にわかるか、この闇の深さが。この闇を抱える者がどれほどの苦痛を味わったか。そして、その闇を生んだのは――お前たちが信じる光だ。」
リアは反論しようとしたが、彼の言葉の重さに押し込まれる。
「光は闇を生む。」
シグルは低く呟く。
「ノベルバの光――それは俺たちのような弱者を犠牲にして成り立っていた。そんな光が、正義だとでも言うのか?」
リアはその言葉を噛み締めた。彼女の脳裏には、ノベルバの光と闇の対比が浮かび上がる。
ノベルバの西側――華やかな光に包まれた貴族の街。その裏で搾取され、焼き尽くされた東側の人々。
シグルが「光」と呼ぶものは、果たして本当に光だったのだろうか。光は人々に希望や勇気を与える。闇は人々を苦しめ絶望を与える。
「だとしたらそんなものが光のわけがない……。それは闇だわ。」リアは心の中で呟いた。
だが、では本当の光とは何なのか?彼女はその答えを探し、己の使命と向き合った。
リアの心には、エルフとしての使命が刻まれている。エルフ――古より光を信じて闇と向き合い、闇を晴らす種族。その役割を果たす時が今なのではないか、と彼女は思い始めた。
「闇を消すだけでは、また新たな闇が生まれる。この人は闇をもっと深い闇で覆い隠そうとしているだけ。それでは何も解決しない。さらなる悲劇を生み出すだけだわ。」
リアは剣を見つめ、静かに気づく。
「闇を包み、その中にある痛みと絶望を癒す――それが光の本質なのかもしれない。」
「お前の迷いが手に取るように分かるぞ。」
シグルの声がリアを現実に引き戻す。
「お前の信じる光ごと消し去ってやる」
彼は闇の大剣を振り上げ、一閃を放った。
その一撃は、実体すら飲み込む闇そのものだった。リアは必死に防御するが、剣ごと吹き飛ばされ、壁際に叩きつけられる。
「リア!」アキラの叫びが共鳴を通じて響く。
リアは痛みに顔を歪めながら立ち上がった。シグルは一歩一歩近づき、その目には冷たくも激しい感情が揺れていた。
「俺は、あの時から何も信じられない。ただ、この闇だけが俺を包み込み、俺を救った。光が再び俺を裏切ることはない。」
リアは必死に言葉を絞り出した。
「あなたが憎むその光は、確かに偽りだった。でも――」
リアが言葉を紡ぎ続けると、神殿の壁面に刻まれた光の文様が微かに輝き始めた。それはまるで、彼女の言葉に応えるようだった。
「本当の光は、闇を消し去るものじゃない。」
リアは剣を握り直し、シグルを見据えた。
「闇を包み、その痛みを癒す。それが本当の光なのよ。」
シグルはその光景を見つめ、一瞬だけ眉をひそめた。だが、すぐに冷たく笑い、闇の力をさらに強める。
「そんな言葉遊びで、この闇が晴れると思うな!」
彼は大剣を振り下ろし、闇をさらに広げようとする。
その時、神殿の光が再び強く輝き始めた。
リアの心にある決意が、神殿の光に呼応しているかのようだった。その光は闇を切り裂くものではなく、闇の中に小さな温かさを与える光。リアはその感覚に確信を得た。
「これが――光の本質……。」リアは静かに呟きながら剣を構えた。
だが、シグルの闇は依然として濃く、強い。彼を包み込む闇の深さは、光の文様が灯るだけでは到底晴らすことができない。
「でも、まだ足りない……。」リアはそのことを悟りながらも、次の一手を模索していた。
カイラはその様子を見つめ、深く息を吸い込むとシグルに向かって叫んだ。
「お前が光を憎む気持ちは分かる。だが――お前は今、光を名乗る奴らと同じことをしている!」
シグルの目がカイラに向けられる。その瞳には怒りと混乱が入り混じっていた。
「……何を言っている?」
カイラは一歩踏み出し、シグルを睨みつけるように続けた。
「私は、お前たち黄昏の契約者に同じことをされた。光の痕跡に関わりがあるというだけで、私の村は滅ぼされた。無抵抗の人々を焼き払い、絶望を与えたのはお前たちだ!」
シグルの表情が一瞬硬直する。その言葉が彼の中に揺らぎを与えたのだ。
「お前が憎んでいる貴族どもが、自分たちを守るために犠牲を強いたように――お前たち黄昏の契約者も、闇を広げるために弱き者たちを踏みにじっている。それがどれほど矛盾しているか、分かっているのか?」
シグルは唇を噛みしめた。
「……俺はただ、光を消したいだけだ。俺が憎む光を――」
「違う!」カイラは強い声で遮った。「お前が憎んでいるのは光じゃない。偽りの光だ。そして、そんな偽りを憎むあまりに、お前は闇に堕ちた。お前は――弱い。弱いから闇を選んだんだ!」
シグルの顔に怒りが浮かび、闇の力が激しく渦巻く。しかし、カイラは怯まず続けた。
「そんなお前に、私たちは絶対に負けない!私たちは、真の光を知っているからだ!」
リアはカイラの言葉を聞きながら、シグルの闇の力をどうにかして打破する方法を探していた。しかし、光の欠片を用いても、彼の抱える深い闇には通じなかった。
その時、カイラがリアに近寄り、低い声で言った。
「リア、聞いて。アキラからアイテムを転送できるのなら、逆にリアからアキラへも転送できるはずよ。」
「え?」リアは驚いた表情を見せた。
「光の欠片をアキラに送るのよ。そして――」カイラはアキラに向かって声を張り上げた。「アキラ、光の欠片の力を増幅するアイテムを生成して!あなただけがそれをできる!」
共鳴越しにアキラが答えた。「光の欠片を……増幅するアイテム?分かった、試してみる!」
リアはカイラの提案に一瞬迷いを見せたが、すぐに頷いた。「分かった。アキラ、準備して!」
リアは光の欠片を手に取り、共鳴を通じてアキラへ意識を集中させた。「これを……受け取って!」
リアが光の欠片を転送すると、アキラのスマホが光り、画面に「光の欠片を受信しました」というメッセージが表示された。アキラは素早く「クリエイトキャプチャ」を起動し、光の欠片を組み込んだアイテムの生成を開始する。
「よし、素材を揃えるぞ!」アキラは机の上にあった光を反射する鏡、LEDライト、そして日頃から大事にしていた母からもらったチタンの時計を手に取った。
「光の欠片を最大限に引き出すアイテムを――作る!」彼は操作を進め、画面に新たなアイテムのシルエットが浮かび上がった。
「光の結晶――完成だ!」アキラが生成したアイテムは、リアの手元へと転送される。その結晶は小さな光の欠片をさらに輝かせ、強大な光の力を宿していた。
「リア、これで行ける!」アキラの声が力強く響く。
リアは転送された光の結晶を剣に嵌め込むと、その剣が眩い光を放ち始めた。その光は、神殿全体に広がる闇を一瞬だけ振り払う。
「これが……真の光。」リアは剣を構え直し、シグルに向き合った。
シグルはその光景を見て、微かに怯んだように見えたが、すぐに闇の力をさらに強めた。「そんな光では、俺の闇は晴らせない!」
リアは決意を胸に、光の剣を構え直した。
「それでも……私は闇を晴らす!」
「シグル……もう一度言うわ。」
リアは剣を構え、決意を込めた瞳で彼を見据える。
「光は闇を消し去るものじゃない。闇を包み、その痛みを癒す力よ。」
その言葉に、シグルの剣が一瞬だけ揺れたように見えた。しかし、彼はすぐに闇の力を高め、大剣を振り下ろした。
リアは光の剣を掲げ、シグルの闇に立ち向かう。その光と闇の激突が神殿全体を震わせる中、リアの覚悟は一層強くなっていった。