光と闇
突破口を駆け抜けたセルスの目の前に、瘴気の中心を覆う異様な存在が姿を現した。
闇そのものと同化しているかのような男――それがローグだった。ローグの全身からは禍々しい闇の力が溢れ出し、周囲の空間を歪めている。
「ほう……お前がこの軍を率いているのか?」
ローグの声は低く、不気味な響きを持っていた。彼の目には、セルスを試すような冷たい視線が宿っている。
セルスは剣を構え、冷静にアークリンク越しのクルスの声を待った。
「クルス、これが敵の指揮官だと確信していいのね?」
クルスの冷静な声がアークリンクを通じて響く。
「間違いない。ただ……この男にはどこかで感じたことのある違和感がある。まるでリアがリシアの地下で対峙した影の男――あの存在を思わせる。だが、今の奴はさらに力を増しているようだ。気を抜くな。」
セルスは一瞬身震いしたが、すぐに深呼吸をして覚悟を決めた。
「わかったわ。クルス、魔法構成の支援を頼む。私が前衛で押さえる!」
「任せろ。まずは防御を固める。」
クルスは即座に【アルケウス】を操作し、セルスが使える炎と聖属性を組み合わせた防御魔法を構成した。
「セルス、これを使え――”インフェルナ・シールド”。炎と聖属性の複合防御魔法だ。この防壁は闇属性の攻撃を大幅に軽減する。発動時は前方に剣を構え、その剣から炎を展開してバリアを作れ。」
セルスは剣を構え、クルスの指示通りに呪文を詠唱した。
「炎よ、浄化の光と共に盾となれ――”インフェルナ・シールド”!」
剣先から金色の炎が広がり、セルスの前方に防壁を作り出す。その直後、ローグが大剣を振り下ろし、闇の波動を叩きつけてきた。
「ふん、その程度の防御でこの闇を防げるか?」
だが、闇の波動はバリアに触れると浄化され、霧散した。
「効いてる……クルス、助かるわ!」
クルスはさらに【アルケウス】を操作し、攻撃用の魔法を構成する。
「次に使うのは”フレイム=クレスト”。剣に炎と聖属性を付与し、闇属性を打ち消す効果を高める。詠唱手順は短いが、炎の密度を上げるため、魔力の集中が必要だ。」
セルスの剣に紅蓮の光が宿り、同時に金色の輝きが纏わりついた。炎の揺らめきが周囲の闇を切り裂くかのように煌めく。
「これなら、あの防御も破れるかもしれない……行くわ!」
セルスはローグに向かって突進し、炎と聖の輝きを纏った剣を振り抜く。剣先がローグの防御をかすめ、闇の力を纏った鎧に傷をつけた。
「ほう……私の防御を破るとは。だが、それだけでは私を倒せない。」
ローグの声には余裕があり、次第にその力が増幅していく。大剣に纏う闇がさらに濃密になり、空間が軋むような音を立てた。
「セルス、奴の攻撃が強化されている。防御を怠るな。」
「わかってる!」
セルスはローグの一撃を防御魔法で受け流しつつ、攻撃の隙を探した。
しかしローグの動きは早く、その剣圧は容赦ない。闇の剣圧を防ぎきれない場面もあり、セルスの体力が次第に削られていく。
「クルス、次の手を頼むわ!」
「了解だ。敵の動きを一瞬封じるために、”フレア=ストライク”を構成する。聖炎の爆発で相手を怯ませる。剣を地面に突き立て、その場を中心に爆発を展開しろ。」
クルスの指示に従い、セルスは剣を地面に突き立てると詠唱を開始した。
「聖なる炎よ、怒りと共に広がれ――”フレア=ストライク”!」
突き立てた剣から眩い閃光が広がり、ローグを中心に爆発が発生した。闇の瘴気が一時的に晴れ、ローグの動きが鈍った。
「今だ!」
セルスは素早く間合いを詰め、ローグの懐に剣を叩き込む。しかし、その一撃は深くは届かず、ローグは再び闇の力でセルスを弾き飛ばした。
「ふふ、やるな。だが、この力はお前のような小娘ではどうにもできん。聖属性では私には通用しない。」
その時、セルスの背後から一陣の風が駆け抜けた。そこには、全てを失ったはずの剣神エレンが立っていた。彼女の目にはか迷いはなく、静かな闘志が宿っている。
「セルス、ここからは私が相手をする。」
セルスは驚きながらも、彼女の覚悟を感じ取った。
「エレン.....あなた......!」
エレンはセルスを見つめ、静かに言った。
「お前が作った隙を無駄にはしない。剣神としてではなく、一人の剣士として戦う。それで十分だ。」
ローグは嘲笑する。
「戻ってきたか、無力な剣神よ。だが、その剣では私に勝てない。」
エレンはゆっくりと剣を構え直し、答える。
「剣に頼るのではない。私の意志が、この剣を導くのだ。」
エレンはかつてのような派手な剣技を使うことはできなかったが、一撃一撃に凄まじい集中力を込め、ローグの攻撃を受け流していく。
その動きはまさに熟練の剣士そのものであり、セルスも見惚れるほどだった。
クルスは二人の動きをシェアビジョン越しに見守り、ストラテゴウスを稼働させながら状況に応じて的確な指示を送り続けた。
「エレン、右手の切り返しが甘い。そこを突かれるぞ。」
「セルス、エレンの隙をカバーしろ。今だ、側
面を狙え!」
セルスとエレンの連携は次第に息が合い始め、ローグを追い詰めていく。
「この程度か、ローグ!」エレンが剣を振るいながら叫ぶ。
ローグは焦りの色を見せ始めた。
「なぜだ......カを増したこの私が、なぜ押される.....?」
それはエレンとセルスの意志、そしてクルスの的確な指示が一体となり、ローグを上回っていたからだった。
「セルス、最後の魔法を構成する。『インフェルナ・スパイク』だ。この魔法は剣に炎と聖属性を纏わせ、一点集中の攻撃を可能にする。だが、これには全力が必要だ。」
セルスは静かに頷き、剣に全ての力を込めた。
「燃え盛る炎よ、浄化の光と共に一つとなり――悪しき闇を貫け!『インフェルナ・スパイク』!」
剣に紅蓮の炎と金色の光が纏い、その輝きが戦場全体を照らした。
「くっこんなもので私がやられるとでも思うなよ」
ローグはその攻撃すら受け止める。
しかし———
受け止めた瞬間の一瞬の隙がそこに生まれる。
そしてかつて剣神とまで呼ばれたエレンがその隙を見逃すわけがなかった。
エレンは迷いなく突き進み、セルスが作った隙を見逃さずにローグの胸元へ突撃する。
「これが……私の全てだ!」
エレンの剣が希望と勇気という光の輝きを纏う。その輝きは正に失われた光属性そのものだった。その光はローグの胸部を貫き、闇の核を砕いた。ローグの体が崩壊し、闇の波動が光に飲まれて消えていく。
ローグは最後の叫びを上げる。
「ぐああああ……!この私が……!」
「封印した光の力…またしても光に闇が飲み込まれるのか…」
その瞬間、瘴気に覆われていた戦場が一気に晴れ渡り、闇の軍勢が次々と消滅していく。
エレンは剣を支えにして立っていたが、その体は限界を迎えていた。剣を地面に突き刺すと、そのまま膝をつき、倒れ込んだ。
「エレン!」
セルスが駆け寄り、彼女の体を支える。エレンは微かな笑みを浮かべながら呟く。
「これで……終わったのか?」
セルスは頷き、彼女の手を握りしめた。
「ええ、あなたのおかげで終わったわ。ありがとう、エレン。」
クルスの声がアークリンク越しに届く。
「よくやった、セルス。そしてエレン……君たちの力がこの戦いを勝利へ導いた。」
戦場には静けさが戻り、エルスフィア軍の兵士たちは歓喜の声を上げる。闇の脅威は去り、希望の光が再び差し込んでいた。
セルスは決意を新たにし、疲れたエレンを抱えながら呟いた。
「この勝利を無駄にしないためにも、私たちは前に進む。」