剣神の旗印
戦場の空気が重い闇に包まれていた。異形の兵たちが進軍するアゼルド帝国の闇の軍勢は、疲れ知らずの冷徹さでミルニア軍を圧倒していた。
瘴気に侵された闇の呪兵や、狂気に支配された狂騎士団は、絶え間なくミルニア軍に襲いかかり、その異様な姿と恐怖を撒き散らしている。
ミルニア軍の兵士たちの表情には疲労と不安が色濃く現れ、陣形が少しずつ崩れていく様が明らかだった。
「後退するな! ミルニアを守り抜け!」レオン・ヴァルハルトの力強い声が戦場に響き渡り、兵士たちは再び士気を振り絞って耐えようとしたが、数に勝るアゼルド軍はどこまでも執拗に攻め込んでくる。
「このままでは…」レオンの横に立つ兵士が息を切らしながら呟いた。彼らの視線は互いに交錯し、苦しい現状を共有する無言の空気が流れた。アゼルド帝国の闇の兵士たちは疲労を知らず、いつまでも攻撃を続けているのだ。絶え間ない襲撃と殺意に、ミルニア軍の兵士たちは限界を迎えつつあった。
その時だった———丘の上に軍勢のようなものが現れた
セルスの強い声が戦場に響いた。
「旗を掲げろ!」
彼女の声に応じ、ミルニアの兵士たちは瞬時に顔を上げた。その言葉に込められた決意が、疲れた兵士たちに一筋の光をもたらしたかのようだった。
「旗が見えるぞ! エルスフィアの援軍が来た!」遠くの地平線から白銀の旗が舞い上がり、光を反射して輝いている。その旗にはエルスフィア王国の象徴が描かれ、さらにその下には特別な紋章——剣神エレンの部隊を象徴する伝説の旗印が風に翻っていた。
ミルニアの兵士たちはその旗が目に入るや否や歓声を上げ、戦意を取り戻した。
「剣神エレンが来たぞ!」兵士たちは口々に叫び、武器を握り直す。敵軍に対する恐怖は次第に消え、代わりに勇敢な光が宿り始めていた。
一方で、アゼルド帝国の兵たちにも動揺が走った。彼らもまた、剣神エレンの噂を恐れていた。
伝説の剣士と称されるその力は、数々の戦場で圧倒的な剣技と気迫を見せつけ、敵軍に絶望をもたらしてきた。エレンの名前を聞くだけで震え上がる兵士も少なくない。
旗を掲げる部隊を率いるのは、エレンの副長であるリリカだった。彼女は剣神エレンの片腕として数多くの戦場を駆け抜けてきた実力者であり、彼女自身もまた恐れられるほどの戦闘力を備えている。
リリカは冷静な表情で部隊を統率し、隊員たちの陣形を整えながら前進を続けた。
その時、彼女の耳元にクルスからの通信が届いた。「リリカ、三詠唱に再構築した強化魔法を送った。これを使えば君の力がさらに増幅され、敵に対して圧倒的な力を見せつけることができる」
「三詠唱…! 感謝するクルス」リリカは魔法を受け取り、身体全体に新たな力がみなぎるのを感じた。通常十二詠唱を要する「神剣の加護」が、クルスの魔法翻訳アプリによって三詠唱に再構築され、限界以上の力を発揮できるようになっていた。
クルスからの指示はこうだった。
「最初にリリカには剣神が戦場に現れたと思わせてほしい。それによってエルスフィアを狙う本軍の油断を誘う事ができる」
リリカは深く息を吸い込み、剣を構えて呪文を唱えた。剣に宿った「神剣の加護」がまるで炎のように燃え上がり、剣身からはまばゆい光が放たれた。
それはまるで剣神エレンがここにいるかのような圧倒的な威厳と力を感じさせ、敵軍の心に恐怖を植え付けた。
「ミルニア軍! この旗の下で我々の誇りを共に示す時だ! 我らは決して屈しない!」リリカの声が戦場全体に響き渡り、兵士たちの心に新たな勇気を吹き込んだ。その一言で、全員の士気が一気に高まり、彼らはまるで自らが剣神エレンの加護を受けているかのように奮起した。
リリカは剣を掲げ、力強く前進した。彼の姿はまるで伝説の剣神がここに降臨したかのように、アゼルドの兵たちはその威圧感に一歩後退し、畏怖に駆られていた。リリカの剣が振るわれるたびに、敵兵が次々と倒れ、彼の行く手を阻む者はいなかった。
ミルニア軍の兵士たちもその姿に触発され、再び前進を開始した。「この地を守るために! ミルニアを、我らの故郷を!」兵士たちは叫び声を上げ、士気を高めて敵軍に立ち向かっていった。
アゼルド帝国の兵たちは、再び陣形を整えようと試みたが、リリカの圧倒的な力の前にことごとく打ち砕かれていく。エルスフィア軍の援軍の到着により、ミルニア軍も全力で前線に進み、反撃を開始する準備が整った。
「剣神エレンの力、見せてやる!」リリカが声を張り上げると同時に、彼の剣から放たれる光が敵陣を照らし、次々に敵兵を薙ぎ払った。
闇の軍勢であっても、その強大な力の前には抗えない。剣を構え、剣神の力を信じて進むミルニア軍とエルスフィア軍の兵士たちは、剣神に続き、戦場を押し戻し始めた。
遠くからこの様子を見ていたローグは、アゼルド軍が徐々に押し返される姿に眉をひそめていた。
「やはり、エレンの部隊は侮れぬか……だが、次の手もある。アゼルド帝国の本来の目的は、この地で剣神を引きずり出すことにあるのだから。ではアゼルドに戻るとするか」
その影はひっそりと戦場を離れた。
戦場では依然として混戦が続いていたが、クルスの予測とリリカの力が生み出した伝説の力が、劣勢に喘ぐミルニアに再び希望をもたらした。




