試練の果てに
ディブロスとの激戦が終わり、大広間には静寂が訪れた。瓦礫の中で剣を支えに立つリアは、肩で息をしながら共鳴越しにクルスの声を待っていた。
その声が彼女にとってどれだけ特別か――言葉では説明できないほど、深く心に染みていた。
「リア、大丈夫か?」
耳に届いたその声は、いつも以上に穏やかで優しい。リアは小さく微笑み、剣を鞘に納めると、震える声で答えた。
「ええ、クルス。あなたがいなければ、この試練は乗り越えられなかったわ」
クルスは少し間を置いて笑った。「いや、リアがすごいんだよ。俺はただサポートしていただけだし。でも……リアと一緒に戦ってる気分だったよ」
「一緒に戦っていたわ。あなたがそばにいてくれるから、最後まで諦めないでいられた」
リアの声が震えたのを感じたのか、クルスはしばらく黙った。そしてぽつりと、自分の心の中に秘めていた本音を漏らすように言った。
「リア……俺さ、本当はもっと君の役に立ちたいって思ってるんだ。でも今の俺じゃ、結局声だけで……直接君を守ることなんてできない」
リアの胸がぎゅっと締め付けられる。彼の声に滲む無力感が、彼女の中の感情を大きく揺さぶった。
「そんなことないわ。クルスがいたから、私はここまで来られたのよ。あなたの声があるだけで、私には十分だわ」
そう言いながらも、リア自身もまた、彼と直接会えない現実に小さな苛立ちを感じていた。これほどまでに自分を支えてくれる存在がいるのに、その手に触れることも、直接笑い合うこともできない。彼がいなければ成し遂げられなかった試練の果てにいるのに、彼と共有できるのは声だけだという事実が、胸を締め付けた。
(会いたい……)
その想いが胸の中で自然に芽生えたとき、リアは思わず自分の感情に戸惑った。彼と直接会ったこともないのに、こんなにも強く「会いたい」と願うなんて――自分らしくない。
それでも、否定することができなかった。共鳴越しに聞こえるクルスの声は、リアにとっていつの間にか心の支えそのものになっていた。
「クルス……私は、いつかあなたに直接会いたいわ」
思わず口をついて出たその言葉に、リアはハッとして胸が高鳴るのを感じた。どうしてそんなことを言ってしまったのか、自分でもわからなかった。ただ、その言葉が本心であることだけは確かだった。
クルスも少し驚いたように沈黙したが、やがて静かに答えた。「リア……俺も同じだよ。直接会って話したいし、君をちゃんとこの目で見て、守りたいって思ってる。でも……」
彼の声が曇る。互いにわかっているのだ。この世界と現実世界の間には越えられない壁があることを。
「でも、俺たちは今はこうして声でしかつながれない。それでも、俺は君を守りたいって思ってる。どんなに遠くにいても、リアのそばにいるつもりだよ」
リアはその言葉に胸が熱くなり、小さく微笑みながら答えた。「ありがとう、クルス。声だけでも、私は十分よ。でも……会えたら、どんなに良いだろうって思ってしまうの」
その告白は、リア自身の心の奥底を暴くようで少し怖かった。それでも、伝えたいと思った。クルスに、この不思議な感情を知ってほしいと思った。
クルスもまた、リアの言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。直接触れることができないもどかしさが、彼の心の中に静かに広がっていく。
「俺も……リアに会いたいよ。でも、だからこそ、こうしてつながっていられることを大事にしたい。直接会えなくても、俺たちはこうして支え合ってる。それが俺にとって、すごく大きなことなんだ」
リアはその言葉に少しだけ救われた気持ちになったが、胸の奥にはまだ消えない想いがあった。
(会えないってわかっているのに、どうしてこんなにも会いたいと思うの?)
彼女は心の中でそう問いかけた。剣士として、これまで何度も孤独を感じてきた。仲間がいても、戦いにおいては一人で立たなければならない瞬間がある。それが当然だと思っていたのに、クルスと共鳴するようになってから、その孤独が和らいでいくのを感じていた。
しかし、それが声だけで終わる関係だという現実が、彼女の中に新たな苦しみを生んでいた。
リアはそっと目を閉じ、心の中で誓った。「クルス、たとえ直接会えなくても……私はあなたの声を信じて進む。いつか、この距離を越えられる日を信じて」
クルスはその誓いに応えるように、力強く「もちろんだ」と答えた。その声にリアはほっとしたが、同時にまた会いたいという気持ちが胸の奥で燃えるように疼いた。
二人は、それぞれに会いたいという願いを抱えながらも、会えない現実の中で互いを信じ続ける。
まだ何も成し遂げていない。けれど、彼らの絆は確かに強く、深くなっていく。直接会える日は遠いかもしれない…でもいつか会えるその可能性を少しでも信じたかった。