置き去りを選んだ者たち
石碑に触れて「ホーム」もしくは「ゼロ階」と言う。
ただそれだけで塔の中の何階からでも帰還できる。
それは唱えた瞬間に移動し瞬きも間に合わないほどの速さでいつもの見慣れた砂漠へ帰れる。
触れていた人間だけを運ぶ魔法。
つまり唱えた瞬間に手を離していれば当然、こちら側へ残されるのだ。
それがことの顛末。
避けようのない出来事だった。
――――――
「飛び込めっ!!」
と、俺の号令で全員が石碑にむけて走り出した。
それを見たライカンの一部がこちらに飛び掛かる、のを察知したツノの生えたウマが駆け出してライカンを襲う。
つまり状況は混沌誰にも制御不能になった。
「みんな!速く!」
位置が良かったのでノエルとシイナが最初に石碑にたどり着く。その後にすぐクラマーも無事辿り着いた。
「コイツを処理しないと後ろ向けねぇよ!」
ノツダと俺の二人がかりでようやく一体のライカンを凌ぐ。
「クソっおお!スキルが残ってれば!」
「ノツダ!お前は逃げろ!俺が引きつける!」
「ふざけんな!そんな情けないことできねぇよ!!」
「情けないとかそういう話じゃねぇよ!俺なら一人で離脱する策がある!!だから逃げろ!!」
「俺なら一人で逃げられるってホントかよ!あーー!!もうわかった!逃げる!!」
ノツダが背を向けるとライカンはそちらに飛び掛かる。
その瞬間に先ほどとは逆の脚で《バスターキャノン》をぶち込む!!
(ぐあっ!!)
さっきの一撃でどれほどダメージがコチラに返ってくるかはわかっていた。
わかっていたからと言って耐えられる訳じゃない。
俺以外の全員が石碑にたどり着く。
「アヤト!!早く!!」
ノエルの悲痛な叫びが聞こえるが脚が動かない。
「離して!」
シイナがコチラへ来ようとするのをクラマーが羽交締めにして止めている。
「おい!早くしろ!!ヤバいって!!」
相変わらずノツダは叫んでる。
(アイツなんかいつも叫んでるな。)
そう思うと笑えてきた。
何体かのライカンが動けなくなった俺に気づいたようでコチラへ来るのを感じる。
乱入してきたウマが撃ち漏らしたようだ。
(どうせなら全滅させてくれよ。)
と思わなくもない。
ライカンが来る前に伝える……。
「あー……クラマー、あとは頼む。」
「うん。」
クラマーは短くそう答えると「ゼロ階」と唱える。
と同時にシイナが叫んだ。
《ミッドナイトドア》!!!
クラマー、ノツダ、ノエルの3人は光に包まれて消えた。
シイナが倒れ込む俺の横に立っている。
「は??」
話してる暇はない。
ライカンは目の前だ。
シイナは周りを一切気にせず俺の足に回復魔法をかける。
「逃げろシイナ!間に合わない!」
過去の経験からシイナにはパーティ内で唯一中級の魔法石を持たせている。
それがこの回復魔法石だ。
当時のパーティが保有していた資産の半分以上の値段で取引した逸品だ。
しかしコレでも確実に間に合わない。
上半身はライカンによる傷で、下半身は自らのスキルの代償で。
俺の体はボロボロだ。
「撃てえええええええ!!!!!!」
そんな怒号と共に森の中から青く光る矢が飛んできてコチラへ襲い掛かろうとしていたライカンの身体を貫いた。
「撤退ぃぃぃぃ!!!」
「は??!」
その号令に併せて今度は人間が飛び出してきた。
そして俺とシイナを担ぐと一気に森に戻っていく。
なんらかのスキルを使っているようで人を担いでるとは思えないスピードで森の中を軽々と駆ける。
こうして乱戦の場からなんとか生還することができた。
――――――
いくらか走ったあと、追跡の気配が無くなったあたりで流れの落ち着いた川のほとりに着き、下ろしてもらった。
「助かったよ。」
「ギリギリだったけど間に合ったみたいだねー。良かった良かった。」
俺を担いで逃げてくれた巨漢がそう言ったのでシイナと二人でお礼をする。
「気にしなくていいよ!こういうのは餅つきもた……もた?」
「持ちつ持たれつっスよ!」
シイナを担いでいた小柄な女性が突っ込む。
「ブハハー!!それそれー!」
特徴的な笑い方で坊主頭の巨漢、小柄で髪の片方を刈り込んだ女性、そして……
「ルーキーが来るには早かったな。」
「エスメラルダ……だったっけ。」
「あぁ、クラマーに聞いたか?」
「あれ?知り合いだったっスか?」
刈り込みの女性は驚いたようだ。
「コイツが時期ハズレのルーキーだよ。」
「アヤトです。こっちはシイナ。よろしく。」
「シイナです、よろしくお願いします。」
「ボクはアンドレ!」
「私はドゥナっス!よろしくっス!」
全員で軽く挨拶を済ませたので気になったことを聞いてみた。
「エスメラルダがいるって事は討伐組の他のメンバーがどこかにいるのか?」
「あー……。」
と、言ったきりアンドレは気まずそうな表情を浮かべて何も言わない。
…………
「……チッ!私たちは討伐組に入っちゃいるけど扱いとしては下っぱなんだよ。」
エスメラルダはイライラした様子だ。
「討伐組は上から五人づつ割り当てられてて余ったのがボクたち三人ってわけ。」
「つまり、あまり物小隊っス!」
否定できるほどの関係がないので気まずい沈黙が流れる。
クラマーかノエルなら上手くフォローできただろうに……早く帰りたい。
「どんくらい時間経った?まだ早いか?!」
イライラしたエスメラルダがアンドレに尋ねる。
「まぁ……あの感じならちょっとして戻ればユニコーンが全部片付けてくれるか途中でライカンが逃げ出して終わるよー。」
「アンドレ、それは一体どう言う意味なんだ?俺たちは今日七階層に来たばかりでコチラのことは少し話で聞いたことあるぐらいなもんだから教えてもらえると助かる。」
「私も知りたいです。何が起きてるのかわからないままごちゃごちゃになって……。」
俺とシイナの問いにエスメラルダが答えた。
「あれは……ライカンは知ってるでしょ?」
黙って頷く。
「そう。ライカンとユニコーンは敵対し合ってるのよ。下の階層だとそんなにないけどココから上の階層はそういう事がよくある。」
「大型のモンスター同士の争いに巻き込まれて死にかけたなんて話聞いた事ないっスか?。」
「そうなのか、ローガンとかから特にそんな話は聞いた事なかったな。」
とシイナに言うと小さく頷いてみせた。
「そっスか……え?アンタたちってローガンの所と仲良いんスか?!」
「まぁあそこの人たちは本気で強い人しか居ないから、そういう話わざわざしないんでしょうね。」
「あそこホントヤバい人の巣窟っス!。バケモンばっか!」
思い返してみると俺がこの世界に来た初日からずっとあの大男には世話になりっぱなしだ。
まだ何か返せるような事はないが、受けた恩は返さなきゃ気持ち悪いな。
「うーん、戦闘音も聞こえないし、そろそろ戻ってみようかー?」
アンドレがいつのまにか少し離れていたようで森の方から出てきた。
?!!
シイナが心臓でも飛び出したかのように驚く。
「あーごめん驚かせるつもりはなかったんだよー。」
「アンドレはデカいんだからいきなり出てきたらびっくりするでしょ!もっと気をつけなきゃダメだよ!」
ドゥナの説教を受けるアンドレに
「なぁ、アンドレ、今いつの間にいなくなったんだ。」
と聞くと「そういうスキルなんだ。」
と答えた。
「わたしも!わたしも多分似たスキルです!」
「え?ホントにー?仲間だーー!瞬間移動系のスキル持ちって少ないから嬉しいーー!」
跳ねる巨漢。
地響きでも聞こえてきそうだ。
「そうか、シイナのスキルはあれ瞬間移動だったのか。」
迫るライカンと乱入してきてくれたコイツらに気を取られて忘れていた。
あとはクラマーのスキルがなんなのかまだわからないな。無事帰れたら聞いてみよう。
無事、帰れたら。
読んでいただきありがとうございます。
この章で4章目になりました。
キチンとプロットを用意してから書く事
文字数を2万字ほどにする事
を目標にこの章を書いてます。
このEPで19000文字でした。
長くてすみません。




