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ロード・トゥ~星属性の不運~  作者: スミだまり
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6話 思い出してしまった


 甲高(かんだか)い金属音と共に、暗黒の空間に光が差す。

 さび付いた扉から現れた男は、魔導機器の照明ランタンを片手に下げ、ゆっくりとなかへ歩み入る。石畳の通路がずっと奥まで続き、壁には控えめながらも装飾文様が描かれていた。

 まるで迷宮のようだなと、男は周囲を見回してから小さく頷く。それもそのはず。この隧道路線(ずいどうろせん)は、もともとここにあった遺跡を改築してできたのだから当然だ。奥へ進む途中で薄暗い通路の壁に近づいた。この壁の様式から、ここはまだ新しい時代に造られた遺跡であったことがわかる。おおよそ四代前の魔王のころだろうか。


「魔王? ふははっ……魔王だって?」


 かぶりを振る男は、自分の頭に魔王という単語が現れたことに、思わず笑いをこぼしてしまった。

 遺物、遺跡、太古の痕跡を研究していた若いころ、巨大な存在に希望を抱いていたころであればともかく、今の自分には似つかわしくない単語である。あの連中にかかわってからは、こんなことばかりだ。


「おとぎ話のなかに生きているみたいだな」


 とはいえ、実際のところ似たようなものだろうと考えなおし、顔を引き締める。

 時代が変わる。いや、変えるのだ。その手段は着実に完成しつつある。まだ奴らには察知されていない。世界を変える切り札が、もうまもなく手に入る。


「遠い未来で私は、どんなふうに語られるだろう」


 平和を崩壊させた破壊者か、人々を恐怖におとしいれた罪人か。もっと時代が下れば、あるいは世界を壊し、再生させた救世主となっているか。


「楽しみではあるな」


「たしかにね~」おどけたような少女の声が聞こえる。「自分もとっても楽しみ。もうかなりの段階まで進んでいるんだって?」


 立ち止まった男が振り返ると、別の通路の暗闇から、灰色のローブを身にまとった小柄な人物が現れた。

 フードから波打つ白百合色の髪を覗かせ、褐色肌に金色(こんじき)の瞳を光らせる彼女は、にたりと笑みを浮かべて続ける。


「さすが、かつてその筋の研究者として名を()せただけはあるね~。あそこまでとんとん拍子に事が進むだなんて、予想外だった」


「苦労は多かった」男は、身に着けた衣服に汚れがついていないか確認してからいう。「完成まで七割か八割まではたいした問題などなかったが、そこからが難しかった。なにを試しても属性因子がまとまらない。結合の鍵がどうしても見つからなかった」


「あぁ、そっちの話? そうだね~。過去にも同じ研究や実験がいくつもあったけれど、結局それらすべて机上の空論として捨て置かれちゃった。おまえのいうところが問題だったんだろうね」


 灰色ローブの少女は、男の横を通り過ぎてから振り返って笑う。


「まっ、とはいえそこは時間が解決するでしょ~。なんたって、私たちにはお星さまが味方してくれてるんだから」


「あの黒い光か。ふむ、星といわれてみれば、星のように見えるかもしれない」


 男はあの特異魔力を思い出した。極小の光を暗黒のもやにちりばめた、銀河のような黒い光。

 あれのおかげで研究は一気に前進したが、同時に研究員の多くが心を病んでしまった。あの光に耐えられるものは、世界でもほんの一握りだろう。そのなかに、自分もいる。

 少女は男の言葉を聞くと、「……あっははは!」と不意に笑い声をあげた。眉をひそめて目を向けると、彼女は気にするなというように手を振る。


「そ、れ、よ、り~? 自分は、もうひとつのほうに興味があるな~。ねえねえ、本番用の数はいつ揃うのかな?」


「まもなくだ」男は数秒だけ目を閉じる。瞼の裏には、数多くの完成品が立ちならんだ光景が映っている。「それにしても、あれだけの数が必要なのか? ふつうに戦闘要員を増やせばいいだろう」


「だめだ」少女の表情から、笑みが消える。「必要だよ。闇から派生したあの属性は本当に厄介だ。自分は問題なかったけれど、一定の実力に達していないものたちは例外なくやられてしまった」


「雑兵を増やしたところで意味はない、か。君がいうのだ。そこに疑いをもつつもりはない。いわれたとおりにしよう」


「へ~?」一転、また緩んだ表情になった少女が、男を下から覗き込みながらいう。「真面目そうな口ぶりだけどさ~? ここでこんな派手な問題が起きてるんだよ? なんか信じられないな~」


 舌打ちをしたい衝動をなんとか抑えた。男も予想外だった。まさかこんなところで、こんな事態になるとは予想できなかった。

 冷静を装いつつ、男は少女の目を見つめ返す。


「注文されていた起動条件を設定していただけだ。まあ動力部に意味もなく、魔石を入れていたのは失態だがな。とはいえ、その者をこのポートメリオン付近まで追い込んだ、君たちにも責任の一端があるのでは?」


「ほっほ~そんなこというんだ。まっ、あのケダモノ女だからしかたないよ。考える頭なんて……余裕なんてないのさ。自分もほかの同僚のお仕事見学で調整できなかったし、しょ~がない! だからこうして、自分も解決のお手伝いに来たんだから許してね~」


 少女が得意げに、魔石を先端に根付かせた木製の杖を振るう。小さく深呼吸したかと思えば、金色の瞳に影が差し、通路の先を見据えていう。


「何体?」


「三体。そのうち一体は装備している」


「わかった」


 前へ進みだそうとする少女から、手で触れられそうなほどに濃密な、死の気配が漂った。かつて最前線を走りまわった日々を想起させるほどの、流血の残滓(ざんし)。男は思わず問いただした。


「アンミットくん。君は……最近、誰かを?」


「……あっは」アンミットと呼ばれた彼女は、振り返ってにこりと口角をあげる。その目は、いっさい笑っていない。「自分も人気者でね。昨日、故郷から追いかけてきたのを二人、相手してあげたんだよね~」


 男は黙って、両手を胸のまえで握りあわせた。それを見たアンミットは、またおかしそうにいう。


「さっさと仕事にいってくるよ。愛しの魔王様が、自分たちを待ってるだろうからね~」


 魔王。


「そうだな」


 魔王。魔王か。もしかしたら自分は遠い未来で、ある意味では魔王のように語られるのだろうか。

 去り行く灰色のローブを見つめながら、想像する。光の世界を築いた魔王と、語られる自分の功績を。




   =   =   =   =   =  




 今ごろ、あの事務室のなかで彼女は、聖女候補詐欺師として語られているのだろうか。

 ユーリスは、とぼとぼと肩を落として歩くシンシアの背中を見ながらそう思った。フロムが元気づけるように、彼女の肩に手をのせる。


「シンシア。そう気を落とすな。この教会には、もしかしたら程度で訪ねただけだったのだ」


 シンシアが振り向いて、先ほどまでいたポートメリオン教会を見上げる。瞳がきらきらと潤んでいた。つられて、ユーリスも顔を後ろに向ける。

 港町ポートメリオンの教会はとても立派なもので、グリュークの修繕されたばかりのそれよりも美麗で格式が高く見える。きっと歴史があるからだろう。大陸北西部の玄関口として有名な、この港町なのだから当然といえば当然だった。

 天を突く尖塔(せんとう)が四つそびえたつ教会を見上げていると、フロムが不満そうに鼻息を鳴らしていう。


「それにしてもあんな態度はないだろう! たしかに、その教団証明書とやらは持ってないし、神殿騎士ではない旅人二人を連れているだけだ。でも、だからって疑いを隠さぬ目で露骨にじろじろと!」


「フロムの気持ちはよくわかるよ」ユーリスも、観察するように見られていい気はしなかった。「でもまあ、あちらさんの姿勢もしかたないんだ。俺は本のなかでしか知らないけれど、悪質な聖女候補詐欺が驚くぐらい横行した時期が、昔あったんだ。そのときに教団が被った経済的被害は……いや、聖女候補に対する信用への被害は、想像すらできないほど大きかったんだってね」


 小さなため息をついたシンシアが、「そのとおりです」といって、気を取り直すように背筋を伸ばす。


「ユーリスさんが仰るように、本当に酷い被害だったのです。裁縫技術が発展したうえに、教会内の協力者が衣装を横流しして、一般の方にはまず見分けがつかない偽物衣装がたくさん裏市場に流れました。あの厳しい対応は、哀しいですが正しいものなのです」


 厳しい、というより相手にすらされない対応だったことについては、ユーリスもフロムも言及しなかった。

 続けてシンシアは、「今さらですけれど、このあいだ港町に到着したときに訪ねていれば……」と、後悔の色を滲ませる。なんでも本来であれば、行く先々の教会にはあいさつに訪ねることが慣例であるはずなのだが、同伴していた例の神殿騎士ふたりが面倒くさがったことで省かれてしまったらしい。


「シンシアさん、だいじょうぶ」(つと)めて、明るい口調を心がける。「さっきフロムがいったように、ここにはだめもとで寄っただけだよ。このまま一緒に魔導列車にのって、帝都の大聖堂までしっかり付き合うからね」


 フロムもうんうんと頷く。その様子に、シンシアも少しは元気を取り戻したようだ。ほんのり小さく微笑んで、「お世話になります」と頭を下げる。

 そこでユーリスはあたりを見回した。さっきからこの教会を出入りする人がやたらと多い。さらに、ほとんどの人は苛立たしさを隠さない歩き方である。


「……なんだか雰囲気が悪いね。怖い顔をしてる人がずいぶんと多いし、ここに来るまでもこの町全体が、なんとなく活気を失ったような感じがしていた」


「あっ、じつは私も同じことを考えていました」シンシアも、心配そうな表情で見回す。「前回ここを訪ねたときは、時間に追われてはいても、充実した表情の人たちでいっぱいでした。でも、少なくとも今は……」


 グリュークと同様に、この教会も大通りに面した場所に建っている。

 しかし、港から魔導鉄道の駅舎まで続いているこの幅広い道には、荷馬車も魔導車も見当たらず、退屈な表情で出歩く人が目立った。本来であればこの道は、荷物、人、情報を、港や鉄道に向かって運ぶ作業員で混雑しているはずだろうに。


「……ユーリス、シンシア」フロムが不安そうにいう。「その駅舎とやらに向かわないか? あまり、ここには長居したくない」


 彼女の表情は、港町の門をくぐったときには輝かしい期待感にあふれていたのに、今では見る影もない。少し可哀想な気がした。

 ユーリスは、「そうしようか」といって一歩前に進み、向かう先を見つめる。


「ねえ、ふたりとも。あの駅舎は有名なだけあって、すごく目立っているよね。この教会と比べたら高さはそれほどでもないけれど、横幅はとんでもない。さすがは魔導鉄道の北西部ターミナル駅。建物の中が楽しみだ」


 雰囲気をなんとか明るくしようとするユーリスの態度に、フロムとシンシアは顔を見合わせて困ったような笑みを浮かべあい、一緒に駅舎に向かって歩きだす。

 三人とも、駅舎に近づけば近づくほど、怒りと苛立ちを示す人が増えていくことに嫌でも気がついた。




   =   =   =   =   = 




 メリオン・ゲトリーブ駅。

 ポートメリオンにある大駅舎。大陸を横断する魔導鉄道のなかでも指折りの重要な駅。大陸北西部の玄関口でもあり、他方へ向かうための出発地点でもある。港と同じ街にあるためか貨物列車も多数運航される路線であり、この町が北西部の台所とされる理由のひとつだ。

 そんな駅は台地の崖を削って建てられてある。この場所に埋もれるように存在した遺跡を利用して、台地の向こうまで地中の路線を延ばしているからだ。(いち)から隧道を通すよりも、魔物や危険生物を排除して、まだ新しい時代の丈夫な遺跡を使ったほうが効率が良いと判断されたようだ。

 帝国の都へ向かうのならば航路よりも早く、確実で、安全。一年を通してこの駅には、多くの人であふれかえっている、はずだった。


「……そういうことだったんだね」ユーリスは視線の先にある看板をみてつぶやく。「どうりで町の人たちが怖い顔をしてるはずだよ。この駅が機能停止してるだなんて大事件じゃないか」


 メリオン・ゲトリーブ駅のエントランスホールはとても広大で、たいていの豪邸なら入るかもしれないというおそれおののくような空間であった。

 視界の端では、商人らしい服装のビーストやヒューマンが大声で駅員に向かって文句をぶつけている。ほかにも、途方に暮れたような表情をしたエルフやドワーフも目立った。彼らの中心に、その大きな看板が鎮座している。

 フロムがそれに書かれた文章の一部を読み上げた。


「隧道路線内にて、魔導兵器ゴーレムの存在が確認されています。そのため安全を考慮して、列車の運行を取り止めております。再開の目途(めど)は、現在のところたっておりません……か」


 ヨーコン村からポートメリオンに近づくほど、街道には行商人や荷馬車が目に見えて増えていた。このあたりではそういうものだと思っていたが、じつはこんな事情があったようだ。鉄道が使えないので、別の陸路を選択したのだろう。急ぐ彼らは付近の村などから馬や荷車を借りる、あるいは買い取ったに違いない。足元を見られた値段で。

 シンシアが看板の端のほうに張られた紙を見つめる。


「あのあの。帝都に向かう船や馬車は、予約ですっかり埋まってるみたいです。いまでは申し込みすら禁止されてる状態だと、この紙に書いてありますよ」


 どうやら自分たちが、グリュークからこのポートメリオンに移動する途中で起きた事件らしい。もう少し出発が早ければ列車に間にあったか、出発が遅ければ別の道で帝都に向かっていただろう。

 ユーリスは、どこか安心したような吐息の後でいう。


「そっかそっか。受付に向かったところで意味がないからだろう。いやあ困ったね。いっそみんなで南区へ観光にでもいってみようか?」


「馬鹿者」フロムの呆れたような声色。「看板の下のほうを見ろ、ユーリス。すでにこの町のギルドでは、件のゴーレムを討伐するクエストが発注されているようだぞ。受注するつもりなら……エキイン? とやらに申し出れば良いらしい。こういう問題を解決するために、いまこの場所で困っている人たちのために、私たちは旅に出たのではなかったのか」


 その困っている人のなかに、シンシアも含まれていることにユーリスは気がついた。

 一刻もはやく教団に戻りたい彼女の横で、なんとまあ浮かれた発言をしてしまったのか。ばつが悪そうに頬を掻いて謝罪する。


「……すまない。フロムのいうとおりだ。シンシアさん、申し訳ない」


「いえいえいえ!」シンシアがあわてて両手を振る。「ただでさえ命を救ってもらっているのに、そんな、その、だいじょうぶですよ。……あのあの、おふたりは、そのクエストに参加されるのでしょうか?」


 尋ねられたユーリスは、フロムへと目を向ける。竜の少女はこちらに向かって片眉をあげて、にやりと笑った。

 その表情につい微笑んでしまいつつ、シンシアに視線を移して答える。


「そのつもりだよ。とりあえず現在の状況や、ほかのクエスト参加者のことを駅員さんから聞いておきたい。このあと宿を取っておくから、シンシアさんは宿で──」


「でしたら、私も連れていってください」


 思わずフロムと顔を見合わせた。聖女候補は続ける。


「あの夜では情けない姿しかお見せできませんでしたが、これでも教団が請け負うクエストを達成してきた経験があります。必ず、おふたりの力になると約束します」


 どう返事をしたらいいものかと戸惑(とまど)っていると、近くをとおりかかった制服姿の男性が、「おそれいりますが、もしやクエストの受注を検討されていらっしゃるのでしょうか?」と声をかけてきた。先ほどまで商人たちの相手をしていた駅員だった。

 シンシアがこちらに小さく頷くと、駅員に歩み寄って「はい。ぜひとも状況を詳しくうかがいたいのですが……」と応じる。


「ユーリス」フロムがシンシアの背中を見つめながらいう。「ああしていってくれているんだ。無下に断ることもないだろう。それにシンシアのいうことが本当なら、経験豊富な彼女から学ぶことも多いはず。そうは思わないか?」


 駅員から手慣れた様子で事情を聞きとる聖女候補を見ながら、ユーリスはフロムの意見に同意する。

 自分がこれまでに受注した討伐クエストなんて、グリュークの地下水道に現れるスライム系統の掃除といった程度のもの。フロムも里での実戦経験は、森林で相手にした魔物や、ちょっとした危険な生物程度だったらしい。

 他者と足並みをそろえて挑む本格的なクエストは、ふたりとも今回が初めてだ。であれば、彼女という経験者が協力してくれる意味はとても大きい。

 シンシアが振り向く。


「ユーリスさん、フロムちゃん。お昼過ぎに車庫のほうで、討伐クエストに参加する人たちで作戦の打ち合わせをするみたいです。それまでに宿を確保しましょう。クエスト参加者であれば、優先して泊まれる部屋を紹介してもらえました。かりに首尾よく解決できたとしても、今日中の運行は厳しいみたいですし、先にそちらへ向かいましょう」


 彼女は駅員から受け取った地図のメモを小さく掲げて、駅舎の出口に向かいはじめる。

 てきぱきと動くシンシアに、ユーリスとフロムはあわてて後についていった。


 宿で荷物を整理し、昼食をすませて身軽に動ける装備を整えた三人は、ふたたび駅を訪れる。

 駅員に誘導されて向かう先は、大駅舎のよこにある広大な魔導列車の車庫区画。静まり返る空間には、多くの流線型の車体が死んだように(たたず)んでおり、昼下がりの明るい日差しのなかにあっても、どこか物悲しい雰囲気を漂わせていた。

 隧道路線の点検作業や、内部に入り込んだ魔物や危険生物の駆除をするための出入り口がそこにある。横に開く大きな金属扉のまえには、これから討伐に動くのであろう装備を整えた冒険者の集団のほかに、あきらかに戦闘を終えたばかりとわかる別の集団がいた。

 傷だらけの彼らは、これから隧道路線にはいる者たちに状況を報告しているらしい。ユーリスたち三人が近づくと、その会話が耳に届きはじめる。


「……から、本当だっていってるだろう! 魔技も魔術も、よくわからねえ光で打ち消されたんだ!」


 傷ついた集団のうち、彼らのなかでも体格がいっとう屈強な虎の男性ビーストが叫んでいる。まだ装備が整っている長槍を持った男性ヒューマンが、困ったように応じていた。


「向かってくる魔力を逸らせる風属性や、魔力の励起を封じる闇属性の妨害魔術でもなけりゃ、地属性や光属性の防壁魔術でもない。そんな聞いたこともない謎の光だなんていわれてもなあ……。いや、おまえさんたちのいうことを信じないってわけじゃないんだが」


「俺だって自分でいっててばかばかしいとは思うぜ。だが、ここにいる俺たち全員がその光でこんなありさまだ。俺たちが失敗をごまかしていると思うのなら、この流している血がただのまぬけな結果だって考えるのなら、これ以上はいわない」


「待ってくれ、そういうつもりでいっているんじゃない。それに、まだ遺跡部分に取り残されている者がいるんだろう? 落ち着いて、もう少し詳しく聞かせてくれないか」


 どうやら状況は芳しくないようだ。

 シンシアが駅員から聞き取ったとおり、討伐隊は編成を午前の部と午後の部に分けて構成されている。魔導列車が通行する線路は、北西部ターミナル駅の根本とあって数が多く、隧道に入ってすぐの場所は下手な闘技場よりも幅広いという。しかし、そこから枝分かれしているもとの遺跡部分はそれほど広くはない。互いの攻撃が邪魔しあわないように、五人程度の少数編成をいくつかつくって動いているようだ。

 長槍を持った男性ヒューマンが周囲を見渡す。自分たち三人以外にも、このタイミングにあわせていくつかの冒険者パーティが集まっていた。


「……見ない顔も多い。駅員たちも焦っているのか、いろんなやつに声をかけているようだな」


 彼はその事実に、どこか悔しさを滲ませながら声をあげる。


「ゴーレム討伐にあつまった者のなかで、死ぬつもりのないやつは俺の話を聞いてくれ! どうやら、ただのゴーレムではないみたいだぞ」


 ゴーレム。地属性の魔力を基礎につくられる魔導兵器。

 多くの場合は頑強な装甲をまとい、近距離から中距離の兵装で最前線での戦闘を担う戦人形である。かつて五大種族同士で戦争を繰り返していた時代に、エルフが考案してドワーフが技術体系を完成させた。戦場での人的被害を抑えるために製造されたそれらは、当時の大陸中に散らばるように配備され、とてもその全数を把握することなどできないほどに存在した。

 あまりにも丈夫に造られてしまったせいか、いまでも古代のゴーレムが各地の遺跡を中心に動いている。すでに主を(うしな)ったそれら戦人形は、忠実に任務を遂行して近づくものを攻撃する。魔物や危険生物とならんで、ギルドの討伐対象としてよく()げられる顔なじみであった。

 

「確認されたゴーレムは三体だ」男性ヒューマンが声高に続ける。「二体が模倣型(もほうがた)。もう一体は上半身が同じく模倣型だが、下半身が馬のような四足歩行の形状をしている。二体の模倣型は、風属性をまとう槍と盾を装備したよそでも見られる護衛仕様で、おそらく特別でもなんでもない。残るもう一体……便宜上(べんぎじょう)、騎士型と名づけられたそれは、火属性魔術を放射する兵装に、同じく火属性を付与した大振りの斧を備えているらしい。そんな三体のゴーレムは、このなかの遺跡内を巡回して動いている。ときどき不意打ちのように進路を変えやがるせいで、動きを予測しての奇襲は難しい」


「模倣型?」と、小さく疑問を抱くフロムに、ユーリスが小声で「俺たち、人と同じような形のことだよ」と応じる。

 竜の少女は、その答えを聞いてますます困惑した表情を浮かべた。

 大きな声量で男性ヒューマンは続ける。


「とはいえ、俺たちだって何もできなかったわけじゃない。いまこの内部で動くゴーレム三体は、それぞれが個別に動いている。当初はかたまって動いていたが、なんとか迎撃を繰り返すことで分断させることに成功した。どんな指令を設定されたのかは知らないが、合流を優先する様子もないらしい。だったらあとは各個撃破を目指せば良い……と、昨日までは考えられていた」

 

 彼がそこで振り返る。

 先ほどまで話していた虎の男性ビーストが応じるように頷き、男性ヒューマンの横にならんだ。あたりによくとおる獣のような声色で、吠えるようにいう。


「われわれ午前の討伐隊が、先ほどその騎士型を追い詰めたときだ。遠くにいたはずの模倣型が一体、急にその場に現れて混戦状態になってしまった。なんとか片方だけでも破壊して撤退できると判断し、戦闘を継続した。するとまもなく、騎士型が見たこともない光を身にまといはじめたんだ。……黒い光。たくさんの小さな光を内包した、黒いもやのような輝きだった。それはわれわれの魔技や魔術をものともしない、圧倒的な力をもっていた。攻撃はそれ以降いっさい通じず、情けなく敗走しちまった……まだ、遺跡のなかには帰還できていない仲間がいる。すまないが、今回は討伐よりも彼らの救助を優先してやってほしい」


 話の途中から、ユーリスは驚きのあまり目を見開いていた。

 フロムが自分の肘をつかんで「なあ、その光って……!」と、うろたえながら揺らす。なんとか頷き返すだけで、まだ思考は追いつかない。

 いったいどうしたのかと、シンシアからも目で尋ねられていると「話はおおよそ理解したわ!」という、元気な少女の声があたりに響きわたる。声の聞こえたほうへと目を向けると同時に、シンシアが「ふぇっ……」と小さく声をこぼした。


「任せなさいっ! その黒い光ってのはきっと、一般には知られていない闇属性の強化魔術かなにかね。だったら、あたしたちの持っている魔道具でなんとか対処できるはずよ!」


 そこには二人のヒューマンと、一人のビーストがいた。

 男性ヒューマン。大陸南部の出身だと思われるオリーヴ色の地肌に、くすんだ群青色の瞳が印象的な、黒い短髪をした背の高い青年だ。彼は神殿騎士の鎧を身にまとい、柄のながい大きな戦斧を背負っている。

 女性ヒューマン。白い肌にいくつかの切り傷が薄くのこっている年若い彼女は、意思の強そうな赤銅色の瞳を開き、同じ色の長髪を後ろでまとめている。神殿騎士用の装飾が施された軽い防具を身に着け、二振りの長剣を腰にベルトで下げている。

 そして、女性ビースト。猫耳を震わせ、猫の尾をくるんと機嫌よさそうにまわす彼女が続ける。


「あなたたち、運が良かったわね! あたしたちが来たからにはもうだいじょうぶ。この神殿騎士テオフェンドスと、神殿騎士エルダ。そして……」


 猫のビーストである少女は、明るい陽射しを思わせる山吹色の髪の毛が肩まで伸び、元気そうに外側へくるんと跳ねている。しみひとつない白い肌。髪とあわさって輝く明るい黄色の瞳は宝石のようで、快活な印象はまぶしいほどであった。

 そしてなによりも目を引いたのは、その恰好だ。どこかの家の紋章が刺繍された上質なケープマントのしたには、肌に張り付くようなつくりの、白色を基調とした衣装が見える。彼女は。


「このあたし。ハーティ・ヴェーラが、そのゴーレムたちを打ち倒してあげる!」


 シンシアと同じ、聖女候補であった。




   =   =   =   =   = 




 もうまもなく、午後の討伐隊がこの遺跡内部にはいってくるのだろう。

 アンミットがそれを察知できたのは、遺跡に設置されている魔導照明が起動したからだ。ふだんは人の入らない区域に設置されたそれらは、整備の怠りを怒り訴えるように、不安定に明滅していてなんとも頼りない。いつ故障してしまうのかわからないので、討伐隊が動く時間にだけ作動させているそうだ。そのおかげで、討伐隊の出入りがよくわかった。


「どうしようかな~。自分は楽をしてもいいんだけれど、あとであいつから文句をいわれるのも嫌だな~」

 

 隧道路線につながる遺跡は複雑に広がっている。一部は水路がとおっており、アンミットが探索で疲れた足を流れる水に浸して冷やしていた。

 ひとりでつぶやく彼女は、足を交互に水面へ叩きつける。水しぶきをたてる音が通路内に反響していく。


「まったく……面倒くさい指令を組み込んじゃってさ。そりゃあ、さっさとぶっ壊さなかった自分が悪いのかもしれないけれど」


 あの男から依頼された内容は、予定外に起動してしまった戦人形の破壊であった。

 港町が編成した討伐隊は実力不足もいいところで、護衛の個体すらも破壊できずに手をこまねいていた。その事実自体はとても良い。それぐらい強くなければ奴を追い込めない。だから、それに気をよくしてしまった自分も、ものは試しと戦人形の実力を測るように戦ってしまった。


「勝てない相手とわかったとたん、びっくりするぐらいあっという間に逃げちゃった。こっちはこんなに可愛らしい女の子なのに? ざけんなっつうの」


 魔術で装甲を軽くなでてやっただけで、三体とも目のまえから高速で走り去った。間違いなく逃さないはずのこの足で追いかけても、なぜか取り逃してしまった。

 それ以降は全滅を回避するためか、戦人形どもは別行動をとるようになり、各個体の損傷がひどくなった場合にのみ、別の個体が救援に向かうような動きに固定されてしまった。

 接触した直後に、いつもどおりの魔力出力で攻撃すれば終わっていた話だったのに。


「も~やだ~。ゴーレムなんて戦闘で壊れてなんぼじゃん、どうして逃げるのさ。しかも冒険者の連中は雑魚ばっか。あいつのいう聖女候補とやらは、いったいいつになったらここに来るの?」


 とりあえず討伐隊の動きにあわせて、一体だけでも自分が倒しておこうと考える。それすらもできかねるならば、最終手段だ。

 ため息をつきながら、彼女は水路から足をあげる。


「万が一の場合は……ちょっとぐらい遺跡がなくなってもしかたないよね~」




   =   =   =   =   = 




 あの大きな金属製の扉から少しばかり進むと、この広大な空間に立ち入ることができた。

 ユーリスは、興奮する自分の心臓の高鳴りに気がついた。子どものころに他国へ招かれたこともあったが、そのときは馬車の移動だけで魔導列車に乗ることはなかった。本で知った内容を想像することしかできなかった。

 目のまえの光景は、そんな想像をたやすく上回るものだった。


「なんで、こんなにもわくわくしてしまうんだろう……!」


 ポートメリオン隧道路線は、十本の線路が延びる広大な複合トンネルだ。

 港町から延びてくる各路線は太い列柱によって二本ずつ区分けされており、それぞれのうち途中から上にのぼる線路もあれば下におりる線路もある。さらに左右に曲がったりして、この広大な空間から別々の方向へと延びていた。まだ入り口付近であるここには、港町の方面から午後の日差しが入り込んでいる。逆に、隧道のなかを進む方向は緩やかに曲がっていき、魔導機器の照明で照らされているその先は見えない。日差しや照明によってつくられる列柱の影が煉瓦と切り石を彩っており、まるで大規模な古代地下神殿、あるいは立体大迷宮の様相である。

 ユーリス以外にも、この場所に初めて踏み込んだらしいほかのクエスト参加者たちが、感嘆の声をもらしていた。


「ユーリス! ユーリス!」フロムの声もおおいに弾んでいる。「ここ、私の翼で飛んだら絶対たのしいぞ! 絶対!」


 そのすばらしい提案に、ユーリスもおもわず「ねえフロム。俺をつかんで飛んでもだいじょうぶそう?」と訊いてしまった。まかせろ! と目で応じるフロムと笑いあっていると、後ろから咳払(せきばら)いが聞こえてくる。おそるおそる一緒に振り返ると、シンシアがそれはもう輝く笑顔で、「楽しそうなお話の途中にすみませんが」といって話しはじめる。こわい。


「私たちはいま、気を抜けば簡単に迷子になるでしょう広大で複雑なこの路線内で、命の危機にひんしている午前の討伐隊の方々を救助しなければいけません。ゴーレム以外にも、この騒動のなかで入り込んでしまった魔物も少なくはないようです。むやみに刺激してはいけません。よろしいでしょうか?」


「はい……」と、フロムと一緒に反省の姿勢を見せる。

 続けてシンシアは、「私も、こんな場所で飛べたらと思うと、すごくおもしろそうだと思いますけれどね」と、苦笑いを浮かながら見上げる。この空間を支える柱は、午前中に訪ねたポートメリオン教会ほどの高さがあった。


「緊張感がないのね」


 棘のある少女の声が聞こえる。

 振り返ると、ハーティと名乗った聖女候補が眉をひそめて自分たちを見ていた。周囲を警戒して見回す神殿騎士ふたりのそばから、彼女がこちらに歩み寄る。どこか(あき)れているような表情だ。


「本当に聖女候補詐欺の一行じゃないのなら、もう少し真面目に取り組んでほしいところなんだけれど?」


 先ほど、隧道路線の入口前でシンシアが光魔術を行使していると、彼女から声をかけられた。

 はじめは仲間を見つけて目を輝かせていたハーティだったが、シンシアのそばには神殿騎士ではなく旅人が二人いることに気がつき、徐々に怪訝(けげん)な顔つきに変わっていった。そして互いの自己紹介も兼ねて、教団証明書を見せ合わないかと提案されるも、シンシアがそれに応じられるはずはなかった。

 疑いのまなざしを向けてくる彼女にユーリス、フロム、シンシアは必死に説明をして、なんとか詐欺師扱いされることだけは(まぬが)れたのだった。


 ユーリスが一歩前に踏み出す。


「ハーティさん、すまない。けっして悪ふざけのつもりじゃなかったんだ。ちゃんと打ち合わせどおりに役割を果たす所存だから、信じてほしい」


「そうね。そっちの小さな竜人ちゃんならしかたないけれど、あなたはいい年した男性なのだからしっかりしなさい」


 返す言葉もない。「あはは……」と愛想笑いを浮かべていると、後ろからフロムの不機嫌そうなうなり声が聞こえてくる。小さいといわれて不満に感じたのだろう。

 シンシアがとりなすように、あいだにはいる。


「あのあの。ハーティさん、ご安心を。こちらのおふたりは、私なんかのために強盗たちへと切り込み、さらに殺傷させるまでもなくあっという間に制圧した頼りになる方々です。本当の本当に実力のある、私の命の恩人なのですよ」


「えぇ、もちろん頼りにするわよ」あきらかに信じていなさそうなそぶりのハーティは、「その話が嘘でなければ、ね」と続けて、神殿騎士のもとに戻っていく。

 フロムから放たれる火花のような怒気を、背中に感じるユーリスとシンシアは頷きあって、作戦で決められた救助活動に移ることにした。この広大な空間から、冒険者パーティがそれぞれの役割を果たすために移動しはじめた。


 ユーリスたち三人の請け負った役割は、シンシアが先ほど注意したとおり要救助者の確保だ。

 自分の得意分野は魔力反応の探知であると、属性そのものはあいまいにしつつ打ち合わせのなかで説明した。そして仲間には、光派生の命属性は間違いない自称聖女候補。晶析武装で空を飛べるドラホーン。戦人形の討伐や足止めよりも、救助活動に向いた組み合わせだと判断された。


「……うんうん。安心したよ」


 広大な空間から延びる線路のうち、上にのぼる方向の線路を歩きながらユーリスはいう。


「さっき探知した魔力反応の場所に、ほかの冒険者たちがちゃんと向かってくれている。俺の話に対して半信半疑な様子だったけれど、ほかには手がかりがないし、とりあえず最初だけは信じてやろうって考えてくれたのかな」


「すごいですね」シンシアは目を丸くしている。「こんなにも広大な範囲を、しかも探査がとおりにくいはずの遺跡内で、そこまで正確に把握できるだなんて。私はこれまで聞いたこともありません」


「少し前の俺だったら、さすがにここまでの芸当は無理だったよ。最近になってやっとできるようになったんだ」


 あの青い竜と戦ったときから、ユーリスの魔力探査能力は劇的に向上している。星属性英雄図鑑に記載されている、過去の英雄たちが遺した逸話のような規模であった。この調子なら、遺跡内の救助活動は滞りなく完遂(かんすい)できるだろう。あとはゴーレムの居場所であったが、こちらは少し不穏な状況だった。


「それでも、目標のゴーレムの位置に関してはすこし自信がない。というのは、この遺跡内には移動している強い魔力反応が三つあるんだけれど、それぞれを隠すように魔力の妨害術式が(はっ)されている。おおよその位置ならわかるんだけれど、ぼんやりとしか感じとれないね」


「もともと種族同士の戦争のために造られた兵器です。探知を妨害する機能をもったゴーレムは多いですよ。私も、そんなゴーレムを知っています。……知りたくはなかったのですけれど」


 ときどき開けた空間にでたり、底が見えない崖沿いの路線となったり、存外いろんな顔を見せてくれる隧道路線を進んでいると、少し先を歩いているフロムが顔だけ振り返る。怒りはすでに収まっているようだ。


「なあ、ふたりに聞きたいことがあるんだ。ヒューマンの男がいっていたゴーレムの模倣型? という言葉の意味についてだ。ユーリスのいうとおり、私たちに似た形をそうだというのなら、それは人型と呼称するべきじゃないのか?」


「あ~それね~」ユーリス。


「あ~そこですね~」シンシア。


 どこか嬉しそうに反応する自分たちに、フロムは不可解そうに眉をひそめる。

 ユーリスは人差し指をたてて話しはじめた。


「フロムのいうとおりだよ。ぶっちゃけていうと、人型といったほうが伝わりやすいし間違っていない。いないんだけれど、それは正確ないい方ではないと、昔から学者さんたちが認めないのさ」


「どういうことだ?」


「巨人は知っているよね? ゴーレムは、巨人を模倣して造られた兵器なんだよ」


 この世の中には五大種族である人類のほかにも、亜人に類される人型の生物が存在している。彼らの生活圏は水中であったり、雪深い山奥であったり、砂漠のまっただなかであったり、熱帯雨林の奥部であったりとさまざま。文明はそこまで発展しなかったものの、人の原初時代と似たような水準で生活している。そんな亜人のうち、巨人族と類される者たちが、かつて地上に存在していた。

 フロムが、なにかを思い出そうとするように天井を仰ぐ。


「えっと……地名は忘れてしまったけれど、大陸の東部では有名な巨人の(むくろ)を見学できるんだよな」


「そうですよ、フロムちゃん」シンシアが応じる。「聖都からは遠くない場所なので、私も見たことがありますよ。アレの全身が立って歩いていただなんて、とても信じられません」


 誰がどう見ても、人の頭蓋骨としか思えない形のそれは、一般的な小屋と変わらない大きさをしていた。

 聖都の近くにある乾燥地帯では、崖にもたれかかるように埋もれた巨人の全身骨格や、あばら骨が洞窟になっているうつ伏せのもの、偶然にも渓谷を渡す橋のようになってしまった腕の骨など、何体かの骸を散見することができた。

 歴史上、彼らが生きて動いている姿を確認できたことはない。近年になってそれらの骨は、人の原初時代よりもさらに古い時代のものであったと、その筋の学会が世間に向けて発表した。

 ユーリスは周辺の魔力反応に警戒しつつ、話を続ける。


「種族戦争時代のドワーフたちが巨人の力を想像して、あるいは追い求めて初期のゴーレムを開発した。だから、そんなゴーレムの形をもとの意義にあわせていうのなら、巨人型ってことになる。とはいえ巨人といえるようなゴーレムは、星属性の英雄の一人であるリュッポルドが操った一体だけ。ふつうはせいぜい成人男性エルフよりひとまわり大きいか、二倍か三倍……特別なものでも四倍まではいかない。巨人型というにはおおげさ過ぎるんだよね。だからといって人型とすると、正確な表現を重視する学者さんたちが許さない。そこで、巨人の模倣って意味で模倣型だなんて呼び方が定着しちゃった」


 竜の少女が呆れたように「面倒くさいな~」とため息まじりにこぼす。

 ユーリスは彼女に、この呼称ひとつで刃傷沙汰(にんじょうざた)が起きたこともあったんだよ、とまではいえなかった。


「ほかにもさまざまな形のゴーレムが存在します」シンシアは苦虫を嚙み潰したような顔になる。「四足歩行の動物だったり、壺に車輪のような脚部をつけたり、珍しいものだと蛇の形や実際に飛ぶ鳥型なんてのもあります。……そういう特殊な形のゴーレムは、ほんっっっとうに厄介で、教団のあいだでは嫌われている討伐クエストの筆頭ですよ」


 なんとも実感がこめられた言葉に、ユーリスとフロムは困ったように微笑みあった。

 シンシアはさらに続ける。


「今回もそうです。騎士型ゴーレムとやらは、黒い光なんて力を使うみたいですね。討伐に向かった方々が……ハーティさんたちが心配です。何事もなければいいのですが」


 黒い光。その言葉を耳にしたユーリスは口元を引き締める。フロムからも微笑みが消え、厳しい顔つきとなった。

 シンシアはそんな自分たちを見て、「あっ。あのあのあの、前言撤回です! きっとだいじょうぶですよ。ハーティさんお付きの神殿騎士の方々も優秀そうでしたし、なんたって聖女候補は光属性の実力者なんですから! ……私は、えっと、はい」と、一人であわてて一人で落ち込んだ。


「……向こうの心配のまえに、まずは自分たちの仕事だね」


 足を止めたユーリスが、前方を見据える。フロムとシンシアがこの目線の先をたどると、線路が通路の先までまっすぐ延びているだけであった。

 どうしたのかと聖女候補が首をかしげるそばで、竜の少女が紅い竜の腕を顕現させて、星属性の男も剣を抜いた。


「シンシア、くるぞ」


 フロムが構えるときには、シンシアもすでに察して短杖を構えていた。


「何体ですか?」


「二体」ユーリスは、シンシアを護るように剣をよこに構える。「腐狼(ふろう)ロッテンファングだ!」


 線路が延びる通路。不安定に明滅する明かりのなか、横の通路からぬるりと滑るように、それは現れた。

 狼の身体を無理やり人間のスケールに引き伸ばしたかのような、不気味に細長い手足と身体。腐った死体に爪を立て、口吻(こうふん)を差し込み、腐肉を(すす)って食いあさる半人半狼。その牙と爪は、地属性から派生する(しょく)属性と呼ばれる魔力を帯びていた。その黄緑色の魔力で傷つけられた生物は、物質は、その毒性に蝕まれて腐敗し、病を発症し、溶かされ、崩壊へと導かれる。

 四足歩行で現れた二体の人狼は、思い出したかのように二本の後ろ脚で立ち上がり、空気中の匂いを嗅ぐように鼻を動かす。そして二体とも、どろりと濁った褐色の瞳をこちらに向けた。若干、口がヒトのように(わら)ったのは気のせいだろうか。


「ご安心を」


 シンシアが短杖に命属性の魔力を込めた、その直後。ユーリスたち三人は清浄な気配の青い霧に包まれる。

 ユーリスとフロムの問いかける視線に、シンシアが自信ありげに笑った。 


「状態異常への耐性を付与しました。腐狼程度の蝕属性なんて、問題にはなりませんよ!」


「こりゃいいね。必要以上にあいつらの牙や爪を警戒せずにすむ……とはいっても!」


「あぁ、だからって無茶して余計な怪我なんてするなよ! シンシア、周囲を警戒しておいてくれ! ユーリス、いくぞ!」


 こちらに駆け寄ってきたロッテンファング二体を迎撃するために、フロムと共に走り出した。




   =   =   =   =   = 




 今回のクエストも(つつが)なく達成できるだろう。ハーティは周囲を見渡してそのように判断した。

 腐狼ロッテンファング。毒蜘蛛ファルマケポジ。このあたりの地域でよく見かける地属性、あるいは派生の蝕属性の魔物。それに遺跡や都市部の水道でよくみる魔法生物アクアスライム。そんな魔物どもの死骸が倒れている。

 新人冒険者ならともかく、この港町に集った冒険者たちと、自分の護衛であるテオとエルダがいれば、遺跡内に侵入した魔物程度であれば問題はない。


「聖女候補様……ありがとうございます!」


 今しがた治療を終えたドワーフの男が、目に涙を浮かべながらそういった。話に聞いていた、取り残された午前の討伐隊のひとりであった。

 問題なく歩けそうになった彼に、つくり慣れた笑顔で話しかける。


「くれぐれも無理はしないで」立ち上がったハーティは、その身にまとう白い衣装の汚れを払ってからいう。「あたしたちはこのまま騎士型ゴーレムを討伐するから、あなたはそこの救助組についていってね」


 重ねてお礼をいう彼を見送る。すると、周囲の冒険者たちから自分に対する会話が聞こえてきた。

「さすが聖女候補様だぜ」「さっきも俺が腐狼に攻撃されたら、あっという間に解毒してくれたんだ」「やっぱり光属性はすごいわね。安心感が全然ちがうもん」

 それらの言葉が聞こえるたびに、ハーティの心には暖かな光が灯った。光は、見たくもないそれを覆い隠してくれた。


「ハーティ様」毒蜘蛛を水属性の魔技で斬り流したテオが歩み寄る。「今ので最後です。腐狼が少し厄介でしたが、ひとまず周囲の安全は確保されました。……確認しますが、この場所で騎士型ゴーレムと戦うのですね」


 テオの言葉に頷く。

 水属性の神殿騎士は、自分の首肯(しゅこう)を確認してから背後に振り返る。そこには両手に持つ長剣に火属性を付与したエルダが、周囲を見回して警戒していた。その剣がまとう炎は、一般の冒険者が付与するような揺らめく炎ではなく、噴出しつづける烈火のような鋭く力強い魔力武装であった。

 視線に気がついた彼女が、武装を解除した剣を鞘に納めてこちらに近づいてくる。


「ハーティ。ここの道幅はかなり広いけれど、本当に良いの?」 


 彼女のいい方にテオが、「おい、エルダ」と注意するようにいう。自分としては別にかまわないのだが、彼はまわりの目を気にしたのだろう。

 騎士型ゴーレムの討伐組は周囲に散らばっている。この会話が聞こえているとは思えないから、気にする必要もない。それを確認したテオが、ため息をついてから口を開く。


「……まったく。まあエルダのいいたいこともわかる。ハーティ、ここをふさぐ防壁魔術となると、かなりの魔力出力になるぞ。それ自体ができないとは思わんが、術に専念しなければいつもの壁より強度が下がるかもしれない。万が一、騎士型とやらの一撃に耐えられなかったらと思うと、俺は不安を覚える」


「そのための協力者でしょ」


 そういって、ハーティは周囲の地形を確認する。

 ずいぶんとひらけた空間であった。水路にかかった長くて広い橋の上に三人は立っている。川のように幅のある水路は、橋を過ぎたすこし先で途切れており、ほの暗い底まで落ちる滝となっていた。

 この橋で騎士型ゴーレムを討伐する。光魔術の防壁で騎士型を橋の中央に足止めし、仕掛けておいた魔道具を作動させて身動きと黒い光とやらを封じ、橋の反対側で潜んでいたテオやエルダが攻めこむ作戦だ。


「防壁魔術を行使するまでのあいだは、ほかのみんながあたしを護ってくれる。……そんなに心配しなくても平気よ。こうしてしっかり周囲の魔物は駆除してくれたし、騎士型ではないほかの二体は、ほかでもよく見かける模倣型の護衛ゴーレム。彼らの実力なら安心できるわ」


 ともにクエストを受けた者たちは、さすがに信頼のおける一流冒険者とまではいえないが、少なくとも素人ではないことだけはたしかだ。


「そうだといいが……」それでもテオは、どこか不安そうな表情を見せながらいう。「その、ふたりさえ良ければ、あの聖女候補を名乗った少女たちにも、こっち側に協力してもらったらどうだ?」


「あの怪しい人たち? 教団証明書をもっていない自称聖女候補だなんて──」


「それだけなら俺も頼りになんてしないさ。でもハーティ。おまえだってあの子は、詐欺師なんかじゃないって考えているんじゃないのか?」


 ハーティは、その言葉にいい返せなかった。

 隧道路線の入口で、あのシンシアというエルフの少女は作戦の打ち合わせに参加するまえに、午前の討伐隊の負傷した者たちを積極的に治療していた。自分も彼女を手伝うために近づいて声をかけたのだが、その無駄のない手慣れた治療作業を見て、むしろ邪魔にならないかと危惧(きぐ)してしまったほどだ。さらにその表情は、使命に燃える神官というよりも、彼女自身のなかにある当然を実行しているようなものであった。あれを見たあとで、彼女を光属性を使った詐欺師だと指をさすには、少しばかり躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

 テオは隧道路線から脱出する救助組たちの、その背中に目を向けて続ける。


「それにあの子と一緒にいた珍しい髪色の男性ヒューマン。彼のおかげで、こうして救助作業を短時間で完了することができた。ここまですれ違った救助組のみなが、彼に指示された場所に向かうと要救助者か、そうでなくとも魔力反応のある魔石や魔物を発見したといっていた。あの言葉に偽りはなかったんだ」


 その事実にはハーティやほかの冒険者たちも驚いていた。探査系の冒険者、あるいは魔術師は世の中に多くいるが、この規模の遺跡を探査するとなると、場所を絞ってやっと数か所でも探査できたら上等。だのにあの男性ヒューマンは、まるでこの遺跡全体を数秒で探査できたかのような物言いをしていた。そのまま素直に聞き入れるほうがおかしいほどの(はな)(わざ)だ。


「私も賛成」


 そう発言するエルダに、ハーティとテオは目を向ける。


「勘だけれどね。あの人たちは隠し事をしていないわけではないけれど、悪い感じはしなかったよ」


「いつもの勘か」テオが困ったように笑うも、「そいつは無視できないな。だろ? ハーティ」と続ける。エルダのそれは的中率の高いものであった。

 しかし、「なんたってあのドラホーンの女の子! すっごく可愛かったしね」とニヤつく女性神殿騎士の発言に、少し不安を覚えてしまった。テオも心の底から呆れたような顔をしたあと、なにかを感じとったように橋のたもとへ目を向ける。


「……くそっ。どうやら彼らに助力を願う時間はないようだ」


 彼の目線の先を追う。

 あの男性とは違う、別の探査系技能を使うビーストの冒険者が手を振って「魔力の圧が大きくなってきた!」と叫んでいた。正確にいつ、何体が、どれほどの速度で、などの情報はなかったが、目標が近づいてきたことがわかるだけでも文句はいえないだろう。


「あららっ。はやいじゃん」エルダが笑みを消して、深呼吸する。「よし、あっちにいるエルフのお兄さんに、隠密魔術かけてもらいましょうか」


 防壁を張るハーティの護衛組。隠密魔術で潜んでゴーレムに戦闘をしかける組。橋を隔ててこの二組に分かれなければいけない。

 彼女は、「それじゃ防壁は頼んだからね。私のたいせつな、聖女候補様」と微笑んで片手をあげ、攻撃する側のほうへ歩いていった。気負いの感じない自然な足どりには、彼女から自分に向けての信頼が感じとれた。

 テオは打って変わって、心配そうにハーティの顔を見つめる。何がいいたいのかはわかっている。彼が自分の名を口にする寸前に、いい放った。


「だから心配いらないって。絶対に無茶はしない。いのち大事に動くわよ」


「しつこくて悪いな。だが忘れないでくれ。聖女候補だからではない。おまえの、ハーティ・ヴェーラの命の重さを」


 そういって彼もエルダの後を追う。その足どりは、軽くはなかった。


「……わかってるわよ、テオ」


 長く、広い橋の上で一人、ハーティはつぶやく。わかっている。

 自分はけっして無茶をしてはいけない。家の、あの島の未来を考えるのならば、そもそもこんなところにいること自体がおかしいのだ。


「わかってる……」


 この橋に設置された魔導機器の照明が、頼りなく明滅している。

 先ほど、男性ドワーフを治療したあとに灯った心の光は、周囲から自分に向けられた言葉で生まれた暖かい光は、今ではすでに消えていた。心の底にあるそれを、もう光は隠してはくれていない。

 聖女候補という逃げ道は、いつまでも自分を匿ってはくれないのだ。




   =   =   =   =   = 




「わかってはいたんですけれど……」


 シンシアが、どこか呆然としながらつぶやく。

 自分のそばには、遺跡のなかに取り残されていた者が三人たっている。彼らもぽかんと口を開いて、その光景を見つめていた。


「ユーリスさん……フロムちゃん……こんなにも強かったのですね」


 銀の剣閃が輝いたと思えば、数体の魔物がその場に崩れ落ちては動かなくなり、紅い竜の尾が振り上げられれば、それらの魔物は炎に呑まれて一掃された。魔物たちから魔術が飛んできたかと思えば、二人とも事前にわかっていたように避け、属性をともなった近接攻撃に対しても、かすりもしないまま反撃する。いってしまえばこれの繰り返しであった。


 敵の不意打ちなぞ、彼らにとって起こるべくもないのだろう。シンシアやほかの救助されたものたちが、誰ひとり気がつかなかった擬態魔物すらも「あっ。フロムあそこ」といったユーリスが銀の剣閃を斬り飛ばし、銀色に輝くその魔物を、「うわっ。すごい隠れ方するんだなこいつ。壁そのものじゃないか」と、感心するフロムが紅い竜の腕で殴り飛ばした。それは壁の素材を身にまとう軟体の魔物で、その存在を見抜いてやっと、一流の探査魔術行使者とされる種類であった。

 そんなふうに魔物を薙ぎ払いながら、危ない場面など予感すらさせないまま、救助者との合流が完了というところである。


「よし」周囲に魔物が見当たらなくなったあたりで、ユーリスがシンシアたちに振り返る。「みんな、あともう少しだよ。この先を少し進むと、孤立している最後の魔力反応と出会える。人が歩くような速度で、ふたつの魔力反応が重なっていて……ひとりが、もうひとりの肩をかついでいる可能性もあるね。シンシアさん」


「はい」その状況を聞いて、気を引き締める。「まかせてください。全力を尽くします」


 後ろから救助された者たちが、「だいじょうぶだあ、兄ちゃん。この嬢ちゃんの治療魔術は間違いねえや」「そうですね、僕もここまでのものは初めてですよ」「おうおう。なんなら、俺たちが代わりに救助に動いてもいいぜ!」と元気そうに騒いだ。

 身動きがほとんどとれなかった状態の彼らであったが、なんとか自分の魔術によって、歩けるまでには回復することができていた。間にあって本当によかった。

 その様子に苦笑いを浮かべる星属性の男と、口元を緩めている竜の少女と共に先へ急ぐ。


 六人で足音を響かせて移動するなかで、ユーリスが「ん?」と首をかしげ、「んんん?」と奇妙なうなり声をあげる。

「どうした? ユーリス」というフロムの怪訝な顔に、彼は「いやあこれ、道具や武器だったのかな。それにしたって別のを使うかなあ」と、意味がよくわからない返事をした。

 彼以外の全員が不可解な表情を浮かべていると、通路の先にある曲がり角から、小柄な人影が現れた。


「あっ、そこの君!」ユーリスの声に、その人物は足を止めた。「君も、遺跡に取り残されてしまったのかい?」


 シンシアは、なぜだかよくわからないが、その人物をみて心に寒気を感じた。

 灰色のローブをまとったその人物は、頭に被るフードのなかで金色の瞳が輝き、波打つような白百合色の髪が見え、顔や丈の短いショートパンツから延びる太ももは、きめ細かくて艶のある褐色の肌をした少女だった。

 驚くことに、彼女が履いている黒い靴には帝都や聖都ですらなかなか見かけない、上等な魔石細工が施されていた。さらに、あの杖だ。拳大の魔石が根づくように固定されている、柄の長い木製の杖。一見、質素で簡潔、悪くいえばみすぼらしいともいえるあの杖。しかし、それから感じ取れる魔力の許容量。これほどの行使触媒なんて、聖都のアレ以外に見たことなんてなかった。


「……自分も幸運だね~」


 彼女の声を耳にして、シンシアはやっと自分の身体が硬直していたのだと気がついた。

 灰色ローブの少女は、間違いなく美しいといえる顔の造形であるにもかかわらず、すべてへの興味を喪ったかのような、すべて燃え尽きてしまったかのような瞳のせいで、その整った顔に陰りをつくっていた。


「もう自分には助けがこないのかと、絶望しちゃってたところですよ~」


「……こ、こうして出会えてよかったよ」


 ユーリスも自分とそう変わらない印象を覚えたのだろう。どこか戸惑っている声色だ。


「あっ、そうだ! さっきまでここに、もうひとり誰かいなかった? たしかに魔力反応がふたつあったのを探知できたんだけれど」


 灰色ローブの少女は、彼の言葉に少し驚いたように目を見開いた。しかしそれも一瞬。もとの虚無めいた表情に戻ると、なにか納得してみせるように、顎を引いた。


「あぁ、すみませんね~。それ、自分の魔道具ですよ」少女は身に着ける小さな鞄を見せる。「お兄さんの探知できた属性は、地属性ですよね? このあたりの区画には、壁に擬態する厄介な魔物がいるんですよ。そんな奴からの不意打ちがおそろしくておそろしくて、ずっとこの魔道具を使用して、地属性の防壁を展開していたんですよね~」


 少女が鞄から取り出したのは、青色と黄金色の装飾が(きら)びやかな金属輪であった。地属性だとわかる、黄色い魔力の残滓が残るそれを見て、シンシアは納得した。なるほど、これがユーリスの探査に引っかかっていたのだろう。

 星属性の男も「あぁ。だから属性が違ってたんだね」と、納得した様子で頷いた。魔道具は、事前に適切な魔力を込めてさえいれば、たとえ行使する人物と道具の属性が違っていても作動する。


「お嬢さん?」救助された者の一人が訊いた。「とてつもない魔道具ですね。あっ、変ないい方ですみません。それほどまですごいのを、今まで見たことがなくてですね」


 彼のいうとおり、灰色ローブの少女は杖といい金属輪といい、もしかしなくともそこらの国の宮廷魔術師以上のものを持っている。よく見れば、紫色の宝石があしらわれた銀の腕輪もしていた。

 おもしろそうに口を歪める彼女は、「自分にはもったいない、立派な実家のおかげですよ~。いやあ、実力に分不相応でお恥ずかしい」といってから、金属輪を鞄に入れなおす。


「……ユーリス」フロムが、どこか硬い声を発する。「もうこの周囲には、人らしい魔力反応はないのだろう? はやく出口に向かうぞ」


 警戒心をあらわにする竜の少女が、来た道へ戻りはじめた直後、「あっ、そっちはやめたほうがいいですよ~?」と、灰色ローブの少女が声をかけた。振り返ったフロムに彼女は続ける。


「今この遺跡内で走りまわっている三体のゴーレム。そのうちの槍と盾をもった一体が、もうすぐそっちの先にある線路に侵入するんですよ~。戦闘を避けて彼らの救助を優先するなら、別の道をおすすめしますね」


 彼女自身が救助される者の一人であるのに妙ないい方をするものだと、シンシアは怪訝に思った。

 その言葉を聞いたユーリスが、フロムが進もうとした道の先をじっと見据える。すると「これは……!」と焦りを見せて、急いで小さな冒険者用の鞄から、この隧道路線と遺跡内の地図を取り出した。確認した彼は小さく頷く。


「彼女のいうとおり、うっすら見える大きな魔力がその線路に近づいている。そして、その線路内ではいくつかの魔力反応があった。速度から考えて魔物とは思えない。……別の救助組だ! 彼らにゴーレムが接近している!」


「ほぉ……」と、灰色ローブの少女が小さな声をこぼした。いま見せたユーリスの魔力探査能力は、実力のある魔術師であればこそ、驚くに値するものだろう。

 彼の言葉にフロムが「わかった!」と声をあげる。


「いくぞ、ユーリ……!」


 そこでフロムは足を止めて、振り返った。シンシアも彼女に続こうと駆けだそうとした直後に、思い出した。

 自分たちは四人の要救助者を抱えている。まだ歩けるようになったばかりの彼らをおいて、走るわけにはいかない。そのように躊躇していると、救助された者の一人が「いってくれ!」と叫ぶ。


「こっちのことは心配いらねえ! エルフの嬢ちゃんのおかげで、少しばかりなら走れるぜ!」


 ほかの者も、「動けなかった先ほどとは状況が違います。これでも、この遺跡内はそれなりに歩きまわった経験がありますから、比較的安全な道はわかりますよ」といい放ち、「俺たちのせいで、そいつらになにかあったら悔やんでも悔やみきれねえ。助けにいってやってくれないか!?」といって頷く。


 三人の言葉に続けて、「たぶん、これならだいじょうぶかな~」と、灰色ローブの少女がつぶやいた。

 見れば彼女は、自分の鞄から道具をひとつ取り出したようだ。細長い黄金色の棒で、両端には魔石が据えられている。魔石は本来であれば黒い結晶のはずだが、それは白い輝きに満ちていた。道具を救助された者の一人に「はいこれ」といって手渡した。

 受け取ってきょとんとするその顔のまえで、彼女は黄金色の棒に指をさす。


「それは光属性の隠密魔術を周囲に展開できる、けっこう良いお値段な魔道具ですよ~。道がわかるのなら、それ使えば出口までは問題ないでしょ」


 灰色ローブの少女は、呆気にとられる彼らからこちらに目を移す。

 そしてシンシア、フロム、ユーリスの顔を順に見まわしてから、にこりと口角をあげた。


「それじゃ、その線路まで急ぎましょうか。自分も少しならお手伝いできますよ~。あっ、申し遅れました。私の名前は……アンと申します。どうぞよろしく」


 その目は、いっさい笑っていない。




   =   =   =   =   = 




 アンミットが走りながら意外だと感じていたことは、前を走る星属性の力であった。

 グリュークでも聞いたとおり、この哀れな男にはそれなりの魔力探査能力があると知っていた。だが、それはできるとしても、せいぜいこの世界の最上級のものであり、人に許される力を超えたようなものではないと、そう考えていた。しかし先ほどの探査は、とてもそんな程度の話ではなかった。

 正直いって、興味が湧いた。この星属性の男にはいったいなにが、どこまでのことができるのか。それを観察したいと思った。


「もうすぐだよ!」


 星属性の男が振り返る。意図せず目が合ったので、とりあえず殊勝に頷いて見せた。

 いま走っている通路の先から、叫び声と戦闘音が響いている。まもなく幅広い線路にでるみたいだ。自分がここまで接近しても戦人形が逃げないということは、この魔道具はきちんと機能しているようで安心した。


「──えんはまだかあ!」


 幅広い線路区画にでて、激しい戦闘音が聞こえるほうへと目を向ける。そこには戦人形の背中と、その向こうで武器を構える三人の冒険者に、二人の要救助者が見えた。苦戦しているのはあきらかだ。武器を構える者たちの魔力武装は、この瞬間にも消えてしまいそうに弱々しく揺らめいている。

 四人でその場に急行すると、こちらに気がついた戦人形が振り向いた。アンミットは心の中で、やっと逃げないでくれたね、と声をかける。


 模倣型の護衛個体は、全身がさび色の装甲で覆われており、着ぶくれした重装騎士のような見た目をしている。

 どこかしら愛嬌のある丸みを帯びた全体の造形からは、あるいは親しみを覚えるかもしれないが、目の前のこれは一般男性の二倍以上はある高さをしていた。そんな戦人形は、けっして生身の人が持てそうにない肉厚な長槍と、奇妙な膨らみのある盾を装備している。


「ここは俺たちにまかせてくれ!」


 星属性の男と竜の少女が前に立ち、聖女候補とアンミットが後ろで杖を構える。

 戦っていた者たちはどうやら力尽きる寸前だったらしい。自分たちが現れたとたん、救われた表情でその場に崩れ落ちた。みっともないものだ。この戦人形は、たいした損傷など負ってはいない。

 こんな程度のやつらが、陽のあたる世界で大手を振って生きている。


「……なんだ?」


 星属性の男の声に、アンミットはハッとする。集中できていなかった。

 戦人形は盾を頭上に掲げると、妨害魔術によく似た魔力を周囲に放った。思わずそれに眉をひそめる。

 ほかの三人も顔をしかめて呻き声をもらした。視覚でも聴覚でもない、別の感覚器官が刺激されたような不快感であった。


「その盾を、そんなふうに使うのか!」星属性の男が厄介そうにいう。「あいつ、周囲の魔力を乱す魔術を使用した!」


 魔風地帯(まふうちたい)、あるいはスタイファ・ヴィンド。

 アンミットがよく知る風属性の妨害魔術であった。直接的な害があるわけではないが、まるで放たれた弓矢を風で逸らされるように、遠くから与える魔技や魔術の邪魔をする。

 そしてあの戦人形は、こちらの遠距離、あるいは中距離攻撃を阻害しつつ、敵に近づいては自身の振るう長槍で攻撃するのだろう。たったいまその長槍に、緑色に輝く旋風が巻きついた。あの男の性格がよくわかる、いやらしい指令が組み込まれたものだ。


「シンシアさん、アンさん」星属性の男が、こちらに目を向ける。「あいつの背後にまわって、彼らの安全を確保してくれ。周囲の魔物が、この騒ぎに反応しているようだから注意してね。……フロム、いくよ!」


「あぁ。さっさと終わらせるぞ!」


 少しだけ、アンミットは不満を覚えた。

 どうやら彼は、この自分の魔術が妨害されると考えて、いまのような指示をだしたのだろう。たしかに間違ってはいない。この魔力の風はなかなかに力強く、並みの魔術師であれば魔術を放ったところで無駄撃ちになる可能性が高い。

 さらにいえば、実際のところ魔物の気配をまわりから感じるので、この聖女候補と一緒に足手まといどもの子守をするのが妥当だろう。

 この程度の妨害であれば、自分にとっては何も問題はないのだが。


「んじゃ、ここはじっくり観察させてもらおうかな」


 この小さなつぶやきは、急ぐ聖女候補には聞こえなかったようだ。決意をかためた表情の彼女とともに、戦人形を迂回して移動する。

 注意を引くためなのか、星属性の男と竜の少女は逆側から近づいて接近戦をしかけていた。


「……聞いていたとおり、動きは悪くない」


 危なげなく冒険者どもの場所にたどりついた。聖女候補が急いで短杖に魔力を込めて、周囲に光属性の防壁を展開する。少し頼りないその魔術防壁を見て、アンミットは彼女が純粋な光属性ではないことを察した。わかってはいたが、彼女はあの男がいっていた聖女候補ではないようだ。

 魔物はまだ近づいていない。とりあえず彼らを保護するような姿勢をとりつつ、戦人形と戦う二人を見学することにした。


「ふ~ん? 目ってそういうことだったんだ。言葉、足りなさ過ぎるだろ。あいつ」


 星属性の男は、相手が次にどんな行動をするのかを知っているように動いている。どうやら魔力を正確に感じとるだけではなく、文字どおり目にすることができるらしい。答えを見ながら問題を解くように戦うことができる。

 とはいえ、何がくるのかわかっていても、まともな対処ができない三流はとても多い。探知系の技能をあのように実戦的に運用できている動きは、あの男の涙ぐましい努力の成果なのは間違いない。いじらしい、とすらいえる。

 この調子であれば、そこまで苦労せずともこの戦闘を終えられるだろう。


「……まっ、予想の範疇(はんちゅう)だけれどね~」


 星の力。伝説に語られる輝き。世界を救う、否、変える魔力。

 そんな属性であったのに、今この場で目にする銀の光のなんと情けないことだろうか。銀の剣閃は、戦人形が振るう槍の風属性を削り取りつつ、その躯体(くたい)の動きを鈍らせている。しかし、損傷そのものは与えてはいない。先ほどからさび色の装甲にひびを生じさせている攻撃は、竜の少女の晶析武装であった。

 役立たずどもがつぶやく声が、背後から聞こえてくる。


「すげえ。紅い腕で圧倒してるぜ。あの女の子」男性ヒューマン。「ドラホーンの戦闘なんてはじめて見たわ。あんなにも華麗に、力強く戦うのね」女性ビースト。「弱体攻撃……か? あの男も悪くない思うが、この魔力の風にも負けない火属性は見事なもんだ」男性ドワーフ。


 こいつらからみてもこんなものだ。やはり目を取り戻したところであの男は、しょせん自分たちの敵にはならない。

 そう結論付けて、アンミットは小さなため息をついた。この事実を確認できたという意味で、ここに来たのは時間の無駄ではなかったが、拍子抜けしたというのも否めない。今後は魔力探査への対策を意識する。それでよい。


 まもなく、全身に亀裂が走った戦人形が逃げ出そうとしたところを、動きを察知した星属性の男がその脚部に向かって銀色の剣閃を斬り飛ばす。魔風地帯の効果をものともしないそれは、さび色の躯体を銀色に輝かせて動きを止めた。

 そこに竜の少女が、紅い竜の腕を振りかざして突撃し、この線路区画に大きな爆炎を巻き起こす。決着がついた。


「こんなものか」


 アンミットは振り向いて、杖を振るう。

 いつもの使い方ではない雑な風の魔術でも、この騒ぎを聞きつけて忍び寄っていた魔物を一掃することができた。

 驚いたように振り返る聖女候補と、冒険者たち。彼らは背後の存在に気がつかなかったようだ。自分が放った風の刃によって、身を斬り刻まれた数体の魔物を見て絶句している。

 戦人形を倒してからこちらに駆け寄ってきた星属性の男と竜の少女も、目を見開いていた。たかがこの程度の魔術で。


「いや~お兄さんと竜のお嬢さん。お強いですね~」笑みと受け取られるように、顔に力を込める。「妨害魔術によって何もできなかった自分も、少しはお役に立てたようで、面目を保てました、かな?」


「……みんなが無事で安心したよ」


 自分に向けて硬い笑みを浮かべる星属性の男。眉をひそめる竜の少女。

 その二人に冒険者どもが感謝の言葉をならべはじめた。ありがとう、美しい竜の娘よ。助かったわ、ヒューマンのお兄さんも良く戦ってくれたね。あんたたちは命の恩人だ。エルフの姉ちゃん、防壁を展開してくれたときは救われた思いだったぜ。

 そんな弱者の感謝。アンミットにとってはそれらを耳にするほうが、先ほどの妨害魔術よりもよっぽど不快であった。頭痛を覚える。

 冒険者のひとりがなお続ける。


「ヒューマンさんもエルフさんもがんばってくれたし、風の魔術師さんも魔物を撃退してくれたけれど、あれに強力な攻撃をしてくれた竜人のあなたがいなければ、なんて思うとぞっとするわね」


 竜の少女はその言葉に、「いや、この男だって本当は……」と、星属性の男を見て何かをいいたげにしたが、彼は微笑んで首を振った。


「それよりも聞いてほしい」星属性の男が顔を引き締める。「この隧道路線内に発せられていた妨害魔術は、さっきのゴーレムが持つ盾が発信源だったらしい。ほかのゴーレムには探査を妨害する機能がないみたいだね。徐々にだけれど魔術が消失していってる。これなら追い込むのだって容易になるだろうし、一度みんなで脱出して、しっかりと態勢を整えよう」


 思わず顔をゆがめてしまった。なんという安上がりな設計だ。あの男、報告するときになんといってやろうか。

 星属性の男がそういうと、冒険者どものうちの一人である男性ドワーフが声をあげた。


「残っているうち、騎士型ゴーレムのほうは心配いらないぜ。ハーティ様とお付きの神殿騎士たちが、そいつを仕留める作戦を実行している最中だ。俺を治療してくれたあとで、この先──」男性ドワーフが、線路の先を指さす。「ここから少しいったところにある橋で、戦っているはずだ」


 それならば残りは一体。この男が探知できるのなら問題はない。やっと薄暗い遺跡から、この隧道路線からでられそうだ。

 アンミットやほかの者のあいだに弛緩した空気が流れた、その直後。星属性の男が慌てたように地図を取り出す。そして険しい顔つきで男性ドワーフに問いかけた。


「……その作戦って、どんなの?」


「あ? えっと、簡単にいやあその橋で待ち伏せるんだよ。騎士型が橋を渡っているときに、ハーティ様の防壁魔術で足止めする。そこへ反対側から神殿騎士たちと討伐組が突っ込むんだ。対策の魔道具を使われて、黒い光とやらが使えない騎士型は逃げ場のないそこで終わりさ」


「橋の下にはどの程度の人がいた? 騎士型が下に逃げる可能性はあるよね」


「……はっはっは! なんだそんなことか。心配ねえよ、兄ちゃん。橋の下は水量のある水路で、橋を越えてすぐのところで滝になってる。落ちてくれたなら、むしろ手間が省けるってもんだ」


「まずい! これ、水路なのか!」星属性の男が急いで地図を鞄にしまった。「いまやっと妨害魔術が消えて、残りの奴らの場所が判明した! 一体はその橋の上でとどまっているけれど、もう一体がそこに高速で近づいている!」


 その言葉に、彼と自分以外の者が驚きの表情を浮かべる。


「だ、だいじょうぶだろう。橋の両側には、横やりを警戒しているほかの連中が──」


「水路だ! 最後の一体は、その水路をとおって橋に近づいている。地図で確認したけれど、そいつは水路のなかでも力強く曲がって進んでいた……水の流れに負けていない動きだ!」


 アンミットは、なるほどなと納得した。自分の足が逃げる戦人形たちに追いつけなかったのは、そういう裏道があったからなのか。

 言葉を失う男性ドワーフを置いて、星属性の男は「アンさん、彼らを出口まで連れていってくれ! シンシアさんも……って!?」といいながらあわてて振り返った。

 すでに聖女候補は、その橋に向かって走り出していたのだ。そして竜の少女も紅い翼を顕現している。出遅れた星属性の男はこちらを見て「君たちはそのまま出口へ!」と指示を飛ばしてから、走り出す。走りながら叫んでいる。


「待ってくれフロム、シンシアさん! 午前の討伐隊は勘違いをしていた! 例のゴーレムは……──!」


 呆然とする冒険者たちに囲まれながら、アンミットは小さなため息をつく。

 とりあえずこいつらを出口まで連れていったあとで、その橋まで様子を確認しにいかなければいけないようだ。願わくば自分の仕事を、彼らが代わりに終わらせておいてほしい。

 そのように、星に願った。




   =   =   =   =   = 




 さほど遠くはないどこかから、ハーティの耳に爆発するような音が届いた。

 音の聞こえたほうは、最後の救助隊がここから離れていった方角に思えてならない。先ほど自分が治療した、男性ドワーフの顔が脳裏に浮かんだ。


「……だいじょうぶかしら」


 ハーティを護るため、この橋のたもとでは冒険者たちが周囲を警戒していた。彼らにも今の爆発音が聞こえたらしい。皆が不安そうにあたりを見回している。しかし、もうここから動くことはできない。通路の先から高速で駆けてくる騎士型の個体を、橋の向こうにいる者が視認したようだ。こちらに向かって合図を送っている。

 さっきの音は、味方の誰かによる魔技か魔術であると信じて、願って、ハーティは目の前の作戦に集中することに決めた。


 すぐ近くから聞こえる滝の音に混じって、馬の駆けるようなリズムの、しかし重厚な金属製の音が、段々と大きくなって聞こえてきた。

 その音量に比例するように、自分の心臓の音がうるさくなってきたことに気がつく。だいじょうぶだ。おそらく問題はない。


 橋の中央に仕掛けられた魔道具は、あらかじめ地面に設置してから発動させる罠型魔道具、その名は雷鳴樹(らいめいじゅ)幻視(げんし)という。

 それに内蔵されている光属性の術式は、地面から複数の光の槍を突き出して攻撃し、刺さった対象の魔力循環を無理やり阻害する拘束兼封印魔術である。闇属性の封印とは違って、力技といっていい理屈のものであった。

 例の黒い光とやらでこちらの魔技と魔術が防がれるならば、先にその黒い光を出せなくすればいい。それ自体が対処できないのなら、それそのものを先手で抑えればいいと考えた。


「いける……いけるはず……」


 この魔道具は信頼性が高い。聖女候補のあいだでも、とくに討伐系の教団クエストを受注する者がよく在庫から持っていく。ハーティも、最近やっとひとつだけ確保することができた貴重品だった。


「……また、どこかの教会で申請しないと」


 ハーティがそんな魔道具を手に入れることができたのは、自分の父、もっといえば家のおかげであると知っている。

 魔道具だけではない。テオという優秀な神殿騎士も、そもそもこの聖女候補の衣装すらも、もしかしたら家から与えられたものなのだろうか。最近になって、こんな考えをすることが増えていた。


「だめ、だめ。いまは目の前に集中して」


 目を瞑って、肩の力を抜いて、深呼吸する。

 もう音で理解している。目を開くと橋のすぐ向こうから、魔導機器の照明を反射させる黒い大きな塊が、ここに向かって駆け寄ってくるのが見える。騎士型だ。


 まさに馬としかいえない四本足の脚部。今まで目にした戦人形とは比べようもないほどに早く、大きい。

 右腕の肘から先が斧になっている。形状が独特で、斧ともいえるし剣ともいえるような刃は長くて分厚かった。

 左腕も同様に、肘から先が兵器になっている。あの角ばった装備から延びる筒、そこから内部で圧縮した魔術の炎を噴出させるのだろう。鮮血道主シテンの時代から、よく見られるようになったと聞く武装だ。

 そんな見た目のせいなのか、馬の上に生えたような上半身はわりとよく見る模倣型なのに、なんだか頭が馬面のように思えてきた。


「さあ……」


 橋の中央からたもとまでのあいだで、ハーティは胸を張って立っている。その馬面に光る戦人形の目が、自分を捉えたように輝いた。


「来なさい!」


 騎士型が橋に侵入し、駆けながらその巨大な斧を振り上げる。


「永遠なるわれらの故郷。聖なる第二の土台石──」


 短杖に魔力を込めて、光魔術を行使する。


「──ザフィーリ・ティーフォス!」


 騎士型とのあいだに、蒼玉でつくられたかのような壁が現れた。光属性の防壁魔術。十二種類あるうちのひとつ。その硬度は、勢いをじゅうぶんにつけた騎士型の斧を。


「……ぐぅうっ!」


 これまで感じたことのない大きな衝撃を受けつつも、なんとか防ぐことができた。騎士型は、攻撃を弾かれた衝撃によっておおきく後退している。万が一の場合に備えてそばに立っていた冒険者たちが、自分にかまわず大きな安堵の吐息をしたのも無理はない。正直、かなり怖かった。

 直後、橋の向こうから「いくぞっ!」テオの大声が響きわたる。自分につく神殿騎士の二人が、橋の向こうの横道から駆け出した。騎士型が彼らに相対するために、その場で身体の向きを変えようとする。


「いまよ!」


 ハーティの声に頷いた男性エルフが地面に手を触れると、そこから橋の側面を伝って黄色い光が走っていく。光が橋の中央に届くと、騎士型の足元に大きな紋様が出現し、木の枝にも見える刺々しい光の槍がいくつも突き上がった。

 槍は、貫いた戦人形の移動を止めた。


「やったぞ!」「よしっ、成功だ!」


 後ろから喜ぶ声が聞こえるが、まだ油断してはいけない。ハーティは騎士型に近づくテオとエルダに叫ぶ。


「ふたりとも、ゴーレムの両腕はまだ動いているわ! 攻撃に注意して!」


 その巨体と重量に耐えられなかったらしい。槍は数本だけ折れてしまっている。

 騎士型は槍が刺さっていない左腕を動かし、筒の照準をエルダにあわせた。筒を向けられた彼女は、片眉をあげて笑った。


「おそいなあ」


 エルダの足元に小さな爆炎が起きたかと思えば、飛ぶように高速で駆ける彼女が騎士型の左腕に接近し、筒から噴出する炎をかいくぐった直後に跳躍する。


「なあに? そのトロ火は」


 空中に炎の剣閃による十字が描かれたかと思えば、騎士型の左腕が滝に向かって飛んでいった。

 生物であれば、その斬撃によって多少の硬直が生まれるはずであったが、魔導兵器である騎士型は瞬時に反撃へと動く。彼女が地面に着地する直前にあわせるように、右腕の巨大な斧を振りかぶった。


「エルダのいうとおりだ、遅いぞ」


 すでに騎士型に肉薄していたテオが、その柄の長い大斧を振り上げる。

 彼の頭上で、ふたつの斧が火花を散らしてぶつかると、テオが振るう斧の刃が青く輝いた。


「良い武器だな。申しわけない!」


 青い輝きが回転するように明滅した直後、円を描く水の回転がテオの斧に(あらわ)れた。

 見た目からは想像できないほどに硬い水による回転は、戦人形の斧から連続する甲高い金属音を響かせると、瞬く間に刀身に多くのひび割れを生じさせて、「はぁっ!」その斧を綺麗に粉砕した。

 テオとエルダはその一合だけで、騎士型の武装をふたつとも無力化することができた。


 ふたりの神殿騎士は、攻撃を加えながらすれ違ってハーティの近くで立ち止まると、自分たちの聖女候補を見つめてにこりと笑う。

 数秒の静寂(せいじゃく)の後に橋を包むような歓声が沸いた。


「神殿騎士ってあんなにすごいの!?」「あっというまじゃねえか!」「はっはっはっ! 俺たちにはなんにもさせないってか!」


 ハーティもここでやっと一呼吸できた。さすがに、ここからなにかできることなんてないはずだ。あの巨体と四つ足の駆動はじゅうぶん脅威ではあるが、テオとエルダに続くように向こうの冒険者たちも橋に入り込んでいる。

 いまの状況を手前から見ると、目の前には光属性の防壁。テオとエルダ。罠に拘束された両腕のない騎士型。そして冒険者たちの順で橋の上に存在している。


「みんな、まだ注意してよ」というハーティだが、その声色はまるで戦闘が終わった後のようにやわらかい。「そのお馬さんが自由になったら、武器がなくってもそれなりに厄介なんだからねー!」


 この言葉に周囲から控えめながらも笑い声があがる。

 テオも、エルダに向かって「おまえ、騎士なんだから馬が欲しいとかいってたよな。アレ、どうだ?」と笑いかけ、彼女は「あら? この私に魔導兵器を扱えって本気でいってるわけ?」と笑い返す。

 二人の会話にハーティは、この三人で旅をはじめた三日目の時点で、エルダには魔導機器や魔道具といった(たぐい)は絶対に触らせないというルールを決めた日を思い出した。


「はじめて見る形だからな」テオが困ったようにこめかみを掻く。「いったいどこが中枢部なのか見当もつかん。こういうときに、あの珍しい髪色の彼がいてくれたら助かるんだが」


 エルダも改めて両手の剣に烈火を宿す。周囲の緩んだ空気と違い、その表情から油断は感じられない。


「とりあえず、私たちでいう心臓のある場所を潰しましょう」


「わかった。上半身である模倣型のほうは頼んだ。馬っぽいほうは俺が切り崩──」


 爆音と共に、水路から水柱が立った。

 ハーティの目が空中のそれを捉える。


「………………えっ」


 水しぶきのなかに見えるさび色の戦人形。一般的な成人男性の倍以上に大きい、模倣型と呼ばれる人のようなカタチ。重厚な槍と盾を装備しているはずのそれは、水路のなかから冗談としか思えない高さまで跳躍している。

 瞬時に反応できたテオとエルダが、橋の中央に向かって飛び込んだ直後、戦人形は轟音を響かせながら着地した。ふたりが反応できていなければ、あの足の下で潰れた肉塊に変わっていただろう。


「ハーティ! 落ち着いて、そのまま防壁を維持していろ!」


 テオの怒声でわれに返る。

 自分の作った蒼玉の壁の向こうで、模倣型が奇妙な膨らみのある盾を頭上に掲げていた。改めて神殿騎士のふたりが姿勢を整える。


「問題ない。こいつの不意打ちには驚かされたが、それまでだ。……エルダ、やるぞ」


「待って、テオ。様子がおかしい。このゴーレム、さっきからいったい何をしているの?」


 エルダの言葉どおり、模倣型は先ほどから自分たちへ攻撃することもなく、盾を掲げていた。

 よく見るとその盾からは煙のような、もやのようなものが現れはじめる。ハーティはそれを見ていると、なぜだか心がざわついてしまった。


「……ちょっと待ってよ」察して、思わずつぶやいた。「アレ、話に聞いていた……黒い光?」


 その疑問に答えるように、模倣型の盾から爆発するように黒い輝きがあふれ出た。小さな無数の光を内包する夜空を切り取ったかのような光。

 自身の躯体に浴びせるように、頭上の盾をくるりと回した模倣型は、光の槍に封じられた騎士型に向かってそれを振りおろす。すると、黒い光の塊が騎士型まで飛んでいき、その躯体を包みはじめた。


 周囲の者はすでに理解していた。騎士型ではなかったのだ。黒い光を操り、仲間に付与し、討伐隊の魔技や魔術を圧倒する謎の力を扱う戦人形とは、模倣型のほうであった。 

 輝きに包まれた騎士型は身を震わせ、身を貫く数本の槍を砕いた後、その両前脚を高く振り上げては地面にたたきつける。あたりに黄金色の細かい破片が舞い散った。騎士型が解放されてしまった。


「……テオ! エルダ!」


 二人は騎士型と模倣型に挟まれている。

 橋の向こうでは、冒険者たちが解放されてしまった騎士型に魔術を飛ばして攻撃するも、そのすべてが黒い光に打ち消されてしまっていた。何も影響を与えられてはいない。

 彼らが武器を構えなおす一方で、しかし、模倣型は目の前の神殿騎士を無視するように、こちらへと振り向いた。


「しまった、ハーティ……!」テオと、「逃げてっ!!」エルダ。


 二人の声を耳にしながら、模倣型が槍を振り上げる姿が防壁のすぐ向こうに見える。槍がまとう風は緑色ではなく、黒い色をしていた。


「あっ……」


 午前の討伐隊がいっていたとおり、その黒い光は圧倒的な力をもっていた。

 視界の端からその槍は、蒼玉の防壁を容易に切り裂きながらこちらに向かってきている。なぜかそれが、とてもゆっくりと動いているように見えた。


「…………おとうさん」


 漠然(ばくぜん)とした死の予感に包まれながら、父の顔を脳裏に浮かべていると、自分のすぐ横を銀色の流星が走った。

   



   =   =   =   =   = 




 ──私たちにはそれぞれ、私たちにしかできない役割をもって生まれてくるのです。


 そんな台詞を哀しそうにいっていた彼女のことを、どうしていま思い出したのだろう。シンシアは不思議な気持ちに包まれていた。


 模倣型の戦人形が振るう黒い風の槍。それは防壁を切り裂きながら、ハーティやほかの冒険者たちに届く直前、ユーリスが遠くから斬り放った銀色の剣閃に阻まれた。

 躯体を痺れ震わせる模倣型の槍は、その勢いのまま地面に叩きつけられ、橋のたもとまでひびが生じる。


 切り裂かれた蒼玉の壁が周囲に溶けていくなかで、飛翔するフロムが走る自分を追い抜き、橋の上で翼を解除する。彼女は速度を維持したまま、模倣型に向かって墜落するなかで、銀色に輝く竜の腕を顕現させた。ユーリスの属性と同じ色の魔力武装だ。身動きできない模倣型の上から、その拳で殴りつける。

 二人の攻撃は黒い光を、その輝きを貫いていた。


 後ろからユーリスが叫ぶ。橋の中央で跳ね暴れていた両腕のない騎士型が、こちら側に向かっておおきく跳躍していた。


 ──光属性は、そのなかでも特別な役割を担うものなのです。


 騎士型は、模倣型を飛び越えてフロムを踏みつぶそうとしたらしい。ユーリスの声によって反応できた彼女は、危なげなく避けることができた。

 しかしその馬脚は、ひびが生じている橋のたもとに多大な衝撃を与えてしまった。ハーティは腰が抜けてしまっている。とても動けそうには見えない。


 ──忘れないでください。


 橋の一部が崩壊しはじめた。

 フロムは、騎士型から逃げる冒険者たちを(かば)っている。ユーリスは橋へと急ぎながら、剣閃を斬り飛ばして竜の少女を援護している。


 ──私たちが、人々を救うのです。世界の架け橋になるのです。


 二人の神殿騎士は、身を震わせながらもふたたび槍を振るう模倣型に、進路を阻まれていた。


 ──それが、私たちの役割……いいえ。


 シンシアは、記憶のなかの彼女と口を合わせてつぶやいた。


「きっと、運命なのでしょうね」


 橋の崩落に巻き込まれるハーティに向かって飛び込む。抱きかかえる彼女とともに水路に落ちた。

 水面の衝撃。この身を押し流す水流。そして、浮遊感。


 話に聞いていたとおり、水路のすぐ先は滝となっていた。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次週以降も木曜日、あるいは金曜日の夜ごろに更新の予定です。

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