21話 見いだしてしまった
帝都魔導研究所に隣接されている、帝都大学。
魔力研究部門に特化した樹冠都市の大学と比較すれば、魔力運用の技術開発において一歩だけ遅れるも、それ以外の学部を含めれば、総じて大陸一を自他ともに認めるもっとも誉れ高い大学である。
種族問わず、多くの人であふれかえる学舎にあるひとつの教室。ひな壇状の席に座るフロムは、シンシアやミレイといっしょに講義を受けていた。
「……最後に、ちょっとした雑談を交えましょうか」
大黒板のまえを悠然と歩く、鹿の男性ビースト。講師の彼は、眼鏡の位置を片手でなおしながら室内を見まわす。ほぼ満席の状況に、どこかうれしそうな様子だ。
「魔力には、地、水、風、火、光、闇。六つの基礎属性が存在していることはご存じですね。エンカブリッジ教団の象徴。六角形に中心点を打ったあれは、この基礎属性に橋渡しをして、星属性を真ん中に据えたものだと伝えられています。ですが、一部の団体ではあの形だと派生属性の者たちに疎外感を与えてしまうとして、新しい象徴を募集しているようです」
フロムは、サントファル大聖堂で目にした象徴を思い出す。なるほど、あれはそういう意味だったのか。
「あぁ、思い違いをしてはいけませんよ。かの象徴の意図として、各基礎属性には派生属性も含まれているのだと、教団の初期から語られているのです。というのは、派生属性が基礎属性に融解する現象、属食反応があるために、派生属性は基礎属性に帰属するのだという考えがあったためです。仲間外れにしているわけではありません。この講義室内にいらっしゃる、派生属性の方々には強く主張したい。われわれは、あの象徴の下で平等であり、公平であり、そして同胞なのです」
聴衆の一部が感じ入るように頷くなかで、講師の鹿ビーストは、「おっと。少しきょうの講義内容からずれてしまいました」と、照れくさそうに微笑む。
「ただ、この属食反応というのは、魔導機器の運用においてなかなか厄介なものです。水属性から派生した霧属性や氷属性。あるいは火属性から派生した爆属性に風属性から派生した雷属性。世間一般の生活の質をおおきく高めてくれる、じつに有用なこれら派生属性も、その元となった基礎属性に接触すると、魔力や意味といった属性そのものが少なからず食べられてしまうため、ちょっとした故障や機能不全の原因になるという問題があります」
フロムもこれは良く知っている。技術運用以上に、戦闘では命に直結する重要な現象であるため、竜の里での戦闘訓練でしっかりと学んでいるつもりだ。
「ちなみに、私は闇属性なのですが」講師が愉快そうに自分を指さす。「世間で話題になっていた安眠枕を、商業区まで購入しにいったのですよ。よし、これで私も睡眠の質が向上だって喜んでいたのですが、なんとその枕、夢属性を使用した商品だったのです! 私の闇属性が夢属性を食べてしまい、魔導機器としてはなんにも機能してくれなかった!」
彼の失敗エピソードに、教室内で小さな笑いが散発した。隣のシンシアも、「あちゃあ、けっこう良いお値段だったでしょうに」と苦笑い。
「ですが」講師は愉快そうに続ける。「それに気が付いたのは一か月もしてからです。枕そのものが良かったので、実際のところはよく眠れました。いまでも愛用していますよ」
さきほどよりも大きな笑い声が教室内を満たす。ミレイも小さく笑いながら、「なんだ、よかったじゃん」とつぶやいた。
そこで講師の鹿ビーストは、ここが本題だというように小さく咳ばらいをした。
「私のような幸運な例は稀で、そうではない例は数多いでしょう。いえ、ご安心をっ! この帝都大学で学んだ学徒たちが、研究者、技術者となり、そのような問題を解決するために、日夜研究を重ね、改善への道を模索する日々を送っています。……本日の帝都大学、公開授業に参加してくださった皆様のなかに、このような究明の生活を志す方がいらっしゃれば、年齢も性別も、属性も種族も、出身地や実家なぞいっさい関係ない。ただひとえに熱意があるならば、ぜひとも入学試験へ挑戦していただきたい。われわれ帝都大学は、入学志望者を広く募集しています」
フロムが、ほほぉと顎に手を添えていると、後ろの席のほうから「倍率がなあ」「大陸一の大学だしねえ」「ウチの子もがんばれば……」といった小さな声が漏れ聞こえてきた。聴衆のこのような反応を見た講師は、「大学への寄付金も募っております。額によっては大学パンフレットにもお名前を掲載させていただいたり、返礼品や公開研究資料にも──」と続ける。
時計に目を向けると、講義が終わる五分前であった。彼は公開授業の最後に、大学への勧誘なんかを任されていたのだろう。
「さて、講義はここまでになりますが、質問なんかがあれば受け付けます。どうぞご遠慮なく」
フロムはすぐに手をあげる。
この勢いが強かったのか、周囲で同時にあがった手よりも目立ったらしい。「それでは、そちらの美しい金髪のドラホーンさん」と、彼は自分に微笑みかけてきた。
「あっ、その」注目されて、少しだけ緊張するなかで質問する。「派生した属性のなかに、砂を操る……砂属性? なんてのは存在するだろうか」
「砂……です、か」眼鏡の奥で目を丸くする、鹿ビーストの彼。「いいえ、聞いたことがありませんね。たとえば地から風に近付いたものは花属性。逆に、風から地に近付いたものは翼属性だと確認されています。まだ地属性には未判明の派生属性はありますが、少なくとも砂というのは……なにか、心当たりでも?」
「そ、そうか。すまない、じゃあ私の勘違いかなにかだ」
教室内に戸惑いの空気が流れるも、続けて質問する熱意ある聴衆に打ち消された。
隣のシンシアは、自分の質問に少しだけ驚いた様子だった。ミレイも何かを考え込むように瞼を閉じる。
どこか不安を覚えながら思い出す。ドゥム・アストラのアンミット。彼女の属性は、金色の砂は、いったいなんだったのだろうか。
「先生、質問です!」次に選ばれたドワーフの少女が、勢いよく尋ねる。「派生属性が、基礎属性に食べられてしまうことはわかりました。では、その基礎属性が属食反応を示すことはあるのでしょうか?」
「なるほど、いい質問ですね」口元を緩める鹿ビースト。「答えとしては、いいえ、です。派生属性が、魔力としてより本質的な基礎属性に融解する現象が、属食反応なのです。だから基礎属性が、同じ程度の本質をもつ別の基礎属性とぶつかったとしても、ふつうに混ざりあったりするだけです。そもそも属食反応自体が、わざとそういう術式を組まない限りは、激しい反応とならないのですがね」
= = = = =
「あんたの星属性は、基礎属性に対して属食反応を示しているわ」
帝都魔導研究所。いつもの見慣れた研究室で、自分の魔術師匠トゥール・セイメスはそういった。
ユーリスは彼女の言葉を聞きながら、目の前の石板に穿たれた穴を見つめる。これは純粋な地属性である師匠が、魔術でつくった石板だ。自分が物質化させた星属性の結晶を押し当てた跡が残っている。
師匠のいうとおりであれば、地属性を食った星属性の痕跡ということになる。
「ユーリス。この前、レイディアントコールへ出発するときにも聞いたけれど──」
「師匠のいう可愛いストーンアームとやらが、後ろでたくさん待ち構えていた拷問……もとい修行ですよね。ええ、はっきりと覚えていますよ」
帝都に来たばかりで、まだ魔力の物質化がうまくできなかったころを思い出す。
身体を動かしながら魔力を結晶化させるため、師匠が生成した動く岩の足場のうえを必死に走りながら、前方の石板に物質化させた魔力をあてるよう指示されていた修行だ。いや、修行だったのだろうか。
「あんたのうつくしい思い出になってくれて嬉しいわ」
見守ってくれていたフロムの助言により、自分は石板に向けて星属性の結晶をあてることに成功できた。
そういえば、あのとき師匠は石板の痕跡を目にして、不思議なことをつぶやいていた。
──………………これが、星属性? でもこれだと……いいえ、だからこそ星属性……星の、属性。
頭をひねっていると、トゥールがどこかもったいつけるように室内をゆっくりと歩く。
「圧倒的なちからを持つ星属性は、はるか昔から研究され続けていた。幸運にも星の英雄たちに協力してもらえた機関もあれば、彼らのいない時代に自力で研究をした組織もある」
「はい。……よく知っている、つもりです」
そうだ。自分は星属性について、よく学んだものだった。
どうやっても術式を発動することができず、魔物に傷ひとつ負わせることもできない、何も意味がない属性。そんな状態を脱却するために、グリュークでは星や属性に関した書物、あるいは研究資料はいくらでも読み込んだ。そして、何も得られなかった。
俯いて黙り込む自分の肩に、そっと手が載せられる。振り返ると、トゥールが慰めるような微笑みを見せていた。めずらしい表情に少しばかり驚いていると、「彼らが残した、星属性の研究ではね」と、彼女はふたたび歩きながら続ける。
「属食反応なんて記述は見当たらなかった。だから、あの星の結晶による痕跡を見たときは正直かなり驚いたの。衝撃でくぼんだものじゃない。明らかに属性魔力が削り取られたもの。あんたの目の前にある石板と同じ、やわらかいものを匙ですくい取った感じのね」
過去の星属性が操った魔力は、一貫してほかの属性を断ち、砕き、防ぎ切る存在であった。冷酷といえるほどに。
他者に星の力を貸し与えることは可能だが、逆に別の属性からは補助魔術や治療魔術といったものを受け取ることはできない。星の力そのものに怪我や病気を癒す権能があったので困ることはないが、数少ない欠点のひとつとされている。
つまり本来の星属性とは、ほかの属性からの干渉をけっして許すことはしなかったのだ。
「……まっ、今さら属食反応を示したところで不思議じゃありません。俺の星属性はいろんなところがおかしい。シンシアさんに命属性で治療してもらえてたり、別の属性に溶けてしまったりですね」
「溶けてなかった」トゥールが、鋭くいい放つ。「違ったのよ、ユーリス。その銀色の輝きはむしろ基礎属性を、魔力を一方的に捕食していた。だからスライムなんて魔力生物を倒すことができたのよ」
魔力を一方的に捕食する。その言葉を聞いて、ユーリスは思いだす。
「……そう、いえば。竜眠館の前で、師匠と再会したときのことです。俺が魔術のツタに囚われたあの瞬間、必死に自分の全身へ魔力を巡らせたことで、ツタの地属性に溶けてしまった星属性を、俺自身の魔力として掌握することができていました」
そうだ。全身に魔力を走らせ、瞳に強烈な熱を感じたあの瞬間からだ。
確信するようにいい放った自分の言葉を、トゥールは不機嫌そうに眉をひそめて聞いている。いったいどうしたのかと目で問うと、「私は間違っていた」と、彼女はため息交じりにいう。
「あんたの真価を発揮させるには、もうひとつ。周囲に存在するありとあらゆる魔力を意識し、つないで、使用する修行が必要だった。方針としては、結界魔術みたいに魔力を広げたりね。それこそ、あんたが自力でたどりついた流星剣こそが、探求しながら進むべき道だった……」
そして「師匠の面目、丸つぶれよ」と、心の底から悔しさをにじませるトゥールの様子に既視感を覚えた。いつの日か、グリュークから去っていくあの背中姿と同じものを。
彼女にもう二度としてほしくない、哀しみにゆがんだあの目となるまえに、ユーリスは声を大きくしていう。
「師匠のおかげで、地下水道ではシンシアさんたちを救うことができました」胸を張って、せいいっぱい伝える。「平原ではミレイを護剣から守ることもできたし、このあいだはゴミーという魔族の摩天空間を破壊することができました。あなたが修行をつけてくれたから、俺はみんなの力になれたんです」
本当に、ありがとうございます。ユーリスは本心からの言葉を伝える。
トゥールはわずかに目を見開くと、「子どものころと違って、あんたも気遣いできるようになったのね」と小さく笑った。
「ほんと、子どものあんたが懐かしい。ほら、あったじゃない。私の誕生日を知ったあんたがさ、わざわざ羽鞴山の麓まで走っては崖をのぼって、プレゼントのために目当ての花を手に入れたはいいものの、崖をおりられなくなって──」
「あ~~はいはいはいはい。けっきょくプレゼントを渡す相手に助けてもらって、泣き顔のまま花を押し付けるように差し出した、情けない星属性の少年の話ですね。……師匠? それ、フロムやシンシアさん、あとミレイには話してませんよね」
悪戯っぽく微笑むエルフの女性は、「さて、どうだったかしら」と、その血の濃さがわかる長い耳にかかった長髪を、絹のような薄い紫色の髪の毛を手で払った。目は、暗い赤みがかった紫色の瞳は、愉快そうに細めている。
もう、哀しみなんかはそこにない。
「……ユーリス。きょう伝えたかったことをまとめるわよ。あんたの星は、基礎属性を取り込めることを確信でき……もとい判明した。これからの修行方針を根本的に変更する。星属性を別の属性から区別するのではなく、むしろ積極的につないで、自身の魔力として使用することを前提に考えるわ」
「へっ?」素っ頓狂な声をあげてしまった。「あの、俺の魔術修行はひと段落ついて、遺星錬器を探す旅に──」
「はぁあ? その程度で双極の教えを修めたつもりだったのかしら、この子は。帝都を中心に各地へ行ったり来たりする予定なんでしょ? だったら、旅と旅のあいだに修行できるじゃないの」
「えぇ……いや、それは旅の疲れを取るための休憩期間であって」
「四の五のいわないの。あきらめなさい。私はもう決めたんだから」
なにを?
表情でそう問いかけると、トゥールはどこか吹っ切れたような、爽やかな笑顔で応じた。
「さいごまで、あんたの旅路を見届けるってね。……今度こそは、必ず」
「…………わかりました」自分の頬が緩んでいると、自覚しながら口を動かす。「俺も、トゥール師匠にお願いしたい。あなたにこそ、見届けてほしい」
「ふふん、よろしい」と発言した後で、トゥールは思い出したように続ける。「あっ、そうそう、ザウルにも伝えてちょうだいね。これはあんたがこれから行う、すべての魔力運用における話よ。だから──」
= = = = =
「だから、わしの魔技修行でも自然魔力を考慮したものにしなければいけない……トゥール嬢、無茶振りじゃの~~~」
竜眠館の近くには、美しい花畑のほかにも広い草地が存在している。
気温が厳しくなる昼下がりとなっても、この丘上の平原には心地よい風が吹いているため、体感温度はそれほど高くならないのがすばらしい。館や花畑を管理する小屋からも離れているため、最近では戦闘訓練の場として使わせてもらっている。
ユーリスの眼前にそんな爽やかな風景が広がっているのだが、魔技師範ザウルのつるつる頭が日差しを反射し、やけにまぶしく反射している。暑そう、というより熱そう。彼は腕を組んで困ったような表情を浮かべていたのだが、「じゃがっ!」威勢よく叫んでは、もじゃもじゃひげに覆われた口元を緩める。
「こと周囲へ魔力を広げる技術においては、人類でもっとも秀でた種族に特別講師として来ていただいた。ユーリスや、おぬしに協力してくださるこちらの方に、あいさつをしなさい!」
「わかったよ、師範」ユーリスは、指示を飛ばした筋骨隆々男の隣にいる、上級魔術師の恰好をした小柄な少女に目を向ける。「どうぞ、よろしくお願いいたします。魔王様」
「まっかせなさい」
ザウルの真似をするように、偉そうな表情で腕を組むミレイがそこにいた。
自分が研究所で師匠と話をしている間、彼女はフロムとシンシアの三人で、大学の公開授業に参加していたらしい。そして竜眠館に戻ってきてからは文字通りにゴロゴロと転がっていた。退屈していたのだろう。ザウルからの協力してほしいという呼びかけに、ふたつ返事で了承してくれた。
「星属性くんには、キーリンチュア遺跡の見学ツアーで借りがあるからね。これぐらいならいくらでも付き合ってあげるわ」
「それについてはエイラートさんのおかげなんだけれどさ。ともかく、魔王さまから直々にご教授を願えるとは幸運だ」
「わかってるじゃないの。光栄に思いなさい」
こちらの様子を愉快そうに見るザウルが、「わし、もしかしてとんでもない会話きいちゃってる?」と、笑いながらいった。星と魔王の関係は、おとぎ話などで子どもたちもよく知っているものだ。自分たち当代のふたりがこんな会話をしているだなんて、一般的には誰ひとり想像すらしないだろう。
「まずはじめに確認よ」ミレイが自分に向けて指を一本たててみせる。「ユーリス。あんたの星は基礎属性だろうが関係なく、ほかの魔力を取り込むことができるのね。それは、魔力の意味を封じる私の月属性ですら?」
「どうかな……試してみよう」
頷いたミレイは、宙に月の魔力を結晶化させる。いつ見ても上質な物質化魔力だ。これをつくることができる彼女ですら、魔界ではハリボテ魔王だと自虐することが今でも信じられない。
ユーリスは自分の手に星属性をまとわせる。彼女から差し出されたように近づいてくる、群青色の結晶を銀色に輝く手でつかみとる。すると、朝日に溶ける夜空がごとく、月の魔力は霧散していった。結晶質の感触がわずかにあったものの、すぐに消失してしまって触れたとはいえないほどに。
「う~わっ。ほんとに打ち消したってだけでも怖いのに、消えていく速度もヤッバ。今さらだけれど、星属性って不気味ね~」
歯に衣着せぬ魔王に、ユーリスとザウルはいっしょに苦笑いを浮かべあう。
しかし、いま消失した月の魔力は空中で霧散しただけで、自分がどうこうできるものではなかった。「魔力を取り込む……どうやって? う~ん、目には見えてるんだけどなあ」と、首をひねってしまった。魔力の流れは認識できている。だがそれは、霞をつかめぬように掌握できるものではなかった。
近づいてきたザウルは、「わしのような火属性の場合はじゃな」といいながら、平原に向かって手をさしのべる。
「太陽の熱や自然の炎といった、温度の高いなにかしらから魔力を得ることができる。熱源。周囲よりも温度がとても高いなにかのそばで、自然魔力が火属性に変質するからじゃ。こうして……自分の魔力をつなぐ感じでな。あとは勝手に取り込まれていく」
師範の手に火属性が集約していくのが、この星の目であればよく見えた。
「じゃが、戦闘中のような激しい状況ではなかなかにむずかしい。日常生活ではまず使用しない技術じゃろう。冒険者たちが出先で魔力を節約したり、背に腹を変えられん状況なんかで使う程度……そう、われわれ大陸の一般人であれば、な」
にやりと笑う師範が振り返ると、魔王が得意気な表情を見せた。
「魔族だと積極的に鍛える技術ね。なぜなら、自分の世界を広げるために必要なんだもの」
「……自分の、世界?」
「よ~く聞きなさい。いまから魔族の摩天空間について説明するわ」
魔王は魔族特有の能力について語りはじめた。
この世界では、魔力を操作することはエルフ。魔力を凝縮させることはドラホーン。そして、魔力を広げることは魔族がもっとも秀でている。
生体機能として、エルフの脳は魔力を操作する機能が発達しているために、その証として耳が長くなるといわれている。だが、耳そのものに特別な機能はない。ドラホーンも脳機能の一部が発達していることの影響で、角が生えているのだとか。こちらも、角そのものになにかあるという話ではない。
「だけれど魔族は違う。わたしの頭に生えている、この黒く巻いた角。そしてカナンやほかの護剣なんかにあった、頭の環。これらは意味があるものなの」
「外部魔力錬成器官だね」ユーリスは、ミレイの黒い角を見つめる。「ドラホーンとは違って、魔族の角は生まれたときには存在していない。成長するにつれて魔力の……澱? のようなものが、体外に排出される際に溜まっていき、頭のあたりで物質化して角の形となる。だから厳密にいえば、魔族の角は、角のようでそうではない、一種の自然に生まれた魔力の結晶……だったっけ」
「やるじゃない。おおむねその認識で正しいわ」ミレイは応じながら、彼女自身の角に触れる。「角の段階では何も機能していない。いわば羽化する前の蛹ね。成長した魔族の角は、乳歯が抜けるみたいに自然に、あるいはなにかをキッカケにして砕ける。すると、砕けた魔力の破片は魔力の環となって頭に取り巻く。その人だけの魔力を展開する器官となる」
「その人だけの魔力、とな?」
ザウルの不思議そうにする問いかけに、ミレイはゆっくりと頷いて見せた。
「魔力の環の色はね。その魔族の体内でつくられた魔力だけ、少しずつ少しずつ、薄い絵具を重ね塗りして濃くするように、長い時間をかけて描き出した、その人だけの色なの。ここまでくると、もはや属性だけじゃない意味をもつことになる。いち個人だけの魔力で輝くその器官によって、本質的な力を行使することができるの」
ミレイは、自然界で動植物があつかう術式に近いものだと、最初にいった。
隠密魔術といえる術式を放つ草食動物もいれば、それらを捕食するために力づくで打ち破る、あるいは探知魔術といえる術式で仕留める肉食動物もいる。自身の残像をつくっては逃げる魚。魔力の杭を高速で射出する大型魚類。獲物を逃さぬように、魔力を封じる罠を巡らせる昆虫。自身の種子を極小の魔力防壁で護る草花。攻撃する。防御する。看破する。欺瞞する。封じる。ばらまく。移動する。吹き飛ばす。
それぞれの動植物が、それぞれの動植物であるがゆえの術式。属性に囚われない、本質的な魔力の術式。
「まっ、私たち魔族は動物に草花、虫や菌類と違って、属性そのものの特徴からは脱却できないんだけれどさ。闇属性のシリウスが影の動物を操ったり、地属性のゴミーが物理的な城をつくりあげたみたいにね」
ちなみに、環の形状も個々人ひとりひとりによって異なるらしく、魔界の貴族や豪族は、初代の頭にあった環の形を家紋にするのが一般的なのだとか。
そんな頭の環を使用することで、その人自身を表現する特別な術式を周囲に展開することができるとのこと。
「自分だけの魔力を通してつくる、自分だけの術式を広げたそこは、自分だけの世界。誰にも……大地、海、空……星にだって否定させない、天にも届かせる空間」
摩天空間。
「っとと、長くなっちゃった。摩天空間を広げる際に、魔族はこの頭の環を触媒にして、属性を問わず周囲に存在する魔力を燃料とすることができるの。あっ、さっきユーリスがみせた、劇的な属食反応とはまったく違うから。ザウルがしたようにほんのりと取り込みながら、かつできるだけ広く色を塗る感覚ね」
「よくわかったよ。ありがとう、ミレイ。……自分の世界、か」
魔術の修行中に、自分はトゥールから教わっている。魔技や魔術といった魔力の行使において、なにか主題を定めることでよりいっそう効果を強めることができる。
教団の神官や聖女候補たちがあつかう魔術防壁は、教団に伝わる伝説、永遠なる故郷の土台石を想像した術式だ。春大会の予選でミレイが相手にしたエルフの魔導士も、動物の形をした火属性魔術を操っていた。ドラホーンの竜体化だって、いわば種族全体で決めた共通の主題だと考えていい。
ミレイから教わった摩天空間とは、その作用の究極形態なのだろう。
「俺の世界……」
ザウルとミレイのそばからゆっくりと、草原の中央部に向かってユーリスは歩きだす。
ふたりから少し離れたところで、いちどだけ深呼吸をしてから、星の魔力を周囲に広げる。すると、子どものころからそうであったように、星属性は自然魔力に溶けていく。しかし、昔と違って溶けた星の魔力を認識できている。
「ユーリス」おだやかに、しかしはっきりとした魔王の声。「広がる星の魔力は、あんた自身よ。溶けて消えたと思い込んで手放してはだめ。繋いで、感じとって」
目をつむって、両腕を広げて、集中して、感じとる。
瞼を通して見える太陽の光。全身を暖める夏の熱。草花の匂いを運んでくる風。
「もっとよ。私とザウルの場所よりも、もっと遠くまで意識して。魔力を通して見て、聴いて、嗅いで、味わって、触れなさい」
耳を澄まして、意識を広げて、思考して、感じとる。
ふたりの向こうにある、竜眠館を囲む丘上の森林。陽射しをさえぎる樹々の陰の暗さ。冷やされた土壌。じんわりと湿り気を帯びた草木。
もともと知っていたはずなのに、今までちっとも知らなかった。繋がる星の輝きが、耳元でささやいて教えてくれる。導いては触れさせてくれる。呼吸する鼻腔に運んで香っては、吐息に混ざって味わえる。この世の魔力。
そこで、ユーリスはゆっくりと目を開く。するとここに。
「…………世界って」自分の周囲に、透けるような。「こんなにも鮮やかで、広かったんだ」銀色の輝きが、消失せずに漂っていた。
「その調子。さすがね」嬉しそうな魔王の声。「いいなあ。私、まだ角があるからそこまではできないの。……さて、今のあんたの前には基礎がある。絵を描くための、白紙がある。ユーリス、そこになにを描くの?」
頭に浮かんだのは、夜空の星々。
帝都の地下水道で蜘蛛の魔物を倒したときのような、ゴミーの黄金城とやらを崩したときのような、天蓋の星々を思い浮かべる。自分の周囲に星の粒が現れた瞬間。「違うぞ、ユーリス」と、ザウルが鋭い声を発した。
「おぬしもよく知っているはず。星とは、天体とはそれだけなのか? わしたちが地上から見上げる夜空の光だけが星の姿なのか? そうではないじゃろう」
そうだ、師範のいうとおりだ。
ユーリスは視線をあげる。青空の向こう、いまは太陽の光に隠れて見えない、はるか彼方へと目を向ける。ずっとずっと、深くまで星の瞳で見通す。そこには存在していた。見いだすことができた。
周囲の煌めきを引き込む渦が見える。輝きが輝きを食べているのが見える、馬の頭のようなもやが見える。向こう側を隠すような暗いとばりが見える。お互い離れようとしない仲良しな連星。たくさんの星を連れている渦状腕。ひとりでお気楽な旅をしている流星。すべてを呑みこむとてもおそろしい光なき場所。そして、にょきにょきと伸びている柱のような星雲。
まばたきすると目に見える、赤色よりも深い色。まばたきすると目に見える、紫色よりも深い色。
なによりも、星と星のあいだに密集している言葉では表現できない…………これは?
「──ーリス。どうしたの? ユーリス」
ミレイの声に、ハッとして視線をさげる。
心配そうに眉をひそめる魔王が、「だいじょうぶ? 魔力に酔ってしまった?」といいながら歩み寄ってきていた。
「ちょっと休憩しましょう。力を抜いて、ゆっくり腰をおろしない。……ザウル。お願い、彼に飲み物を」
「あい、わかった。……さあユーリス、落ち着いて飲むんじゃぞ」
草地にゆっくりと腰を下ろして、ザウルから手渡された金属製の水筒を受け取る。すでに蓋は外されていたので、ユーリスはゆっくりと水を口に含んでは飲み下す。
すると、なぜだか突然、あの日の光景が頭に思い浮かんだ。
「なんだか懐かしいね。師範」ザウルと久しぶりに再会した日を思い出した。「そっか。俺、もう水筒で攻撃を防がなくてもいいんだ。……って、どうして急にこんなことを……あれ? ここ、竜眠館?」
時間の感覚がおかしい。
たったいま、途方もない時間を旅したような気分に陥ってしまっている。そのためか、いっしゅんだけ記憶喪失となり、無理やりすべての記憶を思い出したような混乱に満たされている。いったい、どうしたというのだろう。
「こんなときに、困った子じゃのう、おぬしは」
目を細める師範と笑いあっていると、「も~、ふたりしてなにをのんきに!」と、ご立腹な魔王。
「私のせいだわ。そうよ、魔族が頭の環の補助あって広げる技術を、星属性とはいえヒューマンに急に実行させるだなんて、考え足らずもいいところ。双極が同じことをさせなかった理由が、やっと理解できた……無理させてごめんね」
「謝らないでくれ。なんだか、君には情けないところばかり見せてる気がするよ。っと、それはそれとして俺から感謝を伝えたい。……ようやく、わかった気がするんだ」
ユーリスはもう一度、水筒に口をつけてから続きを待つふたりに語る。
「本当に情けない。俺さ、いままで基礎属性と星属性は、まったく別物なんだと考えていた。属性理論とか魔力運用技術とか、そういう意味じゃない。俺たちの生きるこの大地には、まぶしい光があって、暖かい熱を感じ、のどを潤してくれる水が流れて、背中を押す風が吹き、自然の香りが豊かで、安らかな闇に抱かれる……そのなかに、俺の居場所はなかった」
いまにして思えば、自分から世界を遠ざけていたのかもしれない。
子どものころから感じとれていた、周囲の魔力。師範のふるう火炎の刀に、台所で使用されていた日常の火。幼い妹が紙のおもちゃを飛ばしていた魔力と、家路につくなかで吹かれた風。同じ年ごろの第二王女が地面に花を咲かせ、戦闘訓練で走った山の樹々は色鮮やかであった。周囲の人々と世界には繋がりが存在していたのだ。
しかし、自分の属性。この銀色の光は地上には存在していない。この事実は子ども心に、とても、とてもさみしかった。特別だと驕るには、あまりにも孤独過ぎた。
「自然魔力に溶ける俺の星属性は、この世界に拒絶されているのだと思っていた。でも、本当は違ったんだ。俺の星が懸命に手を伸ばしていたにもかかわらず、俺のほうから放していたんだ」
「いまは、どう感じる?」ミレイの声は、月明かりのようにやさしい。「まだユーリスは、孤独のなかにいる?」
その問いかけに、ゆっくりと首を横に振った。
属食反応。星属性は、基礎属性を食べている。この解釈に、少しだけ別のものを加えたいと考えた。
「受け入れてくれている。繋がっている。……昔は理解できなかったことを、今ならわかる」
心のなかで見る目が、そう教えてくれるから。
「……あんたの役に立てて、よかった」
「君はいつだって、俺やみんなを助けてくれているよ。こちらのほうこそ恩返しだ。この感覚があれば、ティティルンという女性魔族の摩天空間にも、対抗できそうな気がする。次こそは、もう簡単には防がれないという確信があるんだ」
そして、あのヴィクセンの神域武装にも。
自分の顔を見つめるミレイに、ユーリスは自信をもって見つめ返した。
直後、グスっと鼻をすする音が耳に届く。音源はザウルだ。ミレイといっしょに彼に顔を向けると、筋骨隆々男性ヒューマンは、目元をぬぐっていた。こちらの視線に、「いやはや」と、言い訳するように照れ笑いを浮かべる。
「子どものころのおぬしを思い出してのう……大人の身勝手な期待を背負わされた、小さな背中。どこか周囲から距離を感じさせたあの少年が、こうして……うぅっ!」
幼いころから面倒を見てくれていた師範に、ユーリスも目頭が熱くなりつつも、「ったく。師範は涙もろいなあ」と、わざとらしいのは承知で、声を大きくしていった。
ミレイは暖かい目で自分たちを見守っている。
「ほんと、懐かしいわい。おぬしがトゥール嬢の誕生日に、彼女に似合うだろうからとめずらしい花を山の麓まで取りにいっては、のぼった崖からおりられなく──」
「ちょちょちょちょちょちょ」なんてこった。師匠じゃなくて師範の口からもれるのか。「待った待った。その話は待った」
しかし、時すでに遅し。
ミレイが瞳に興味の星をかがやかせながら、「なになになに? それからどうなったの? もう隠すのは無理よ、あきらめなさい」と前のめりに訊いてくる。
「いや、ちょっとした俺の失敗談っていうか!」
「じつはの~」
= = = = =
竜眠館の外。花畑の向こうから笑い声が聞こえてくる。ミレイのものだ。続けて、ユーリスとザウルの大きな声。
「魔技修行とは聞いていたけれど、なんだか盛り上がっているね。フロムさん」
フロムはクライドの言葉に頷いた。本当は自分も見学したかったのだが、こうして多忙な身である竜の青年が、自分の竜体化について相談の時間をつくってくれたのだ。優先順位を間違えてはいけない。
「まったく。私の里では戦闘訓練中にふざけていると、よく叱られたものだったのに。クライド、おまえの谷でもそうだっただろう?」
「うん。話に聞く限り、みんなそうだったようだね」
彼の不可解な物言いに眉をひそめていると、「私は、谷の里ではみんなといっしょに、戦闘訓練をすることができなかった」と、どこか切なげに口元を緩めた。
竜眠館の談話室。
兄のルーフェンが冷やしてくれた紅茶を準備したフロムは、クライドを迎えてひとつの席で向かい合っていた。まもなくマヤも帰ってくる予定である。今晩はクライドも館で食事をする予定なので、はりきっている様子だ。ほほえましい限りである。
シンシアは、エンカブリッジ教団の運営管理局に出向いている。浄罪の山プルガトリオで見つけた箱舟。あれの詳細な報告をしてほしいと、冒険者ギルドの幹部や教団責任者から頼まれたらしい。ユーオン・トポッシュに関わりあいがあり、かつ伝説の存在である遺物。世間では、慎重にことを進めているようだ。
アナヤとルーフェンも、中央区でパームから交易授業を受けている。現在、この館には自分とクライドしかいない。館内はとても静かゆえに、外の三人の騒ぎはよく聞こえてくる。
「ふむ、なるほど。竜体化を四か所も顕現できるのだから、個別に特別な修行が必要となるのだろう」
クライドは、小さく首を振った。
「残念ながら、そうではなかった。私は、竜体化をただの一か所も顕現することができなかったんだよ。訓練に参加することを許されなかった」
驚きのあまり目を見開く自分に、彼は窓の外、高い青空に目を向けながら語りはじめる。
魔力の物質化には、各属性に向き不向きの傾向がある。地属性がもっとも物質化に向いており、風属性がもっとも不向きだ。
一般的なドラホーンのあいだでも、風属性に生まれた者は竜体化の顕現が遅れてしまうことがわかっている。だから幼少のころのクライドも、なかなか上手くいかない竜体化に小さな焦燥感を覚えつつ、まだ心には余裕があった。
身体が成長すれば、魔力の操作を熟達させていけば、きっとみんなといっしょに、あの空を飛ぶことができる。そう信じていたと、彼はいう。
「同じ風属性の幼馴染が空を飛べたとき、私は地上から拍手を送ることしかできなかったよ」
高まる焦燥感は閾値を超えて絶望に様変わりし、心の底に溜まった絶望は、諦観の礎となっていく。
腕の竜体化ができなければ、谷の財源である竜人武具の製造に従事することができない。背中に竜体化ができなければ、崖で栽培する風属性の薬草を生育することができない。そんな彼を指さす者はいなかったが、しかし、竜体化を前提にした遊びに参加することもできなかったクライドに、友人らしい友人はできなかったようだ。
「私のそばにマヤという幼馴染がいてくれなければ、きっと……いや、やめておこう。そんなある日、私に幸運な出会いが訪れた」
竜の谷は外との交流に寛容である。フロムも、羽鞴山で耳にしたことがあったので知っている。
谷には竜人武具を仕入れに訪れる商人以外にも、特別な紹介と料金で専用の武具を拵える客人もいた。
「そんな客人のひとり。帝都出身であるビーストの彼は、谷の外れでひとりさびしく歩いてる竜の子どもを発見する」
──少年。ちょっとついてこい。
偉そうなビーストの言葉に、少年クライドは頷いてしまった。その男のいう“ちょっと”という言葉が、まさか魔導列車に揺らされて帝都に連れられるまでとは知らずに。
「……いやいや、ふつうに誘拐じゃないか」
「あ~うん、それはそう。まあ谷とはゆかりの深い人物でね。事後承諾とはいえ、私の両親なんかから許可をもらったらしい。ともかく、連れていかれた先は帝都魔導研究所だった。そこで私は、自分自身の属性をやっと知ることができた」
「ん? もしかして、派生していたのか」
「逆、といっていいのかな。私の風属性は、完全に風属性だと判明した」
通常、人と人の魔力は違う。同じ属性同士であっても、励起している内訳が微妙に違うからだ。これは帝都に訪れた初日、魔導研究所で魔力励起情報を測定した日に学んでいる。フロムも、自分は火属性だが、励起している魔力には風属性へやや偏りがあることを覚えている。
クライドの魔力は、そんな個々人によって異なるはずの励起属性が、たったひとつだけなのだという。
「魔力の物質化にもっとも不向きな風属性。それ一色の魔力。聞かされたときは笑ってしまったよ。おいおい、勘弁してくれって。しかし、単一の属性だからこそできることもあった。晶析武装の術式だよ」
「晶析武装?」
「そうだよ、フロムさん。告白してしまうと、私の竜体化は晶析武装との合わせ技なのさ」
物質化には届かない属性の魔力だが、しかし、竜人としての高い出力は可能だった。
ドラホーンのなかに存在する竜体化という設計図に、晶析武装の術式で無理やり補強する。単一の属性だからこそ、簡単な術式で補強することができた。もしも、これが通常に励起している属性であれば、けっしてうまくはいかない。
「結果。私はみんなとは違うやり方で竜体化を実現させた。……じつは私の翼は、竜としての力ではなく、風の術式で無理やり飛んでいるんだよね」
クライドは、自身の弱みを強みに昇華させた。
竜体化の設計図で出力された武装は頑強で鋭く、術式を編み込まれた竜体化は通常ではありえない軌道で動くことができる。四か所の顕現もそうだし、一般的に燃費が悪いとされる竜体化を、術式を調節することで必要最低限の顕現に抑えることができるのだとか。
あの細く尖った骨のような翼と、小ぶりな竜の爪。骨翼の正体を、フロムは理解することができた。
「四か所の竜体化、その経緯はよくわかった。話してくれて感謝する、クライド。だが……」
「うん。これは私が単一属性であったゆえの苦難であり、そして単一属性であったゆえの解決法なんだ。フロムさんが晶析武装の術式で竜体化しようとしても、術式のほうがもたない」
「そう、だな」
そもそも、自分の竜体化が二か所しか顕現できない要因と、彼が竜体化を顕現できなかった要因はまったく違うはず。別の問題に同じ答えで無理やり解決しようものなら、そこに待っているのは取返しのつかない悲劇だ。
細く、長いため息とついていると、「それにしても、”竜体化”ねえ」と、クライドは困ったような笑みを天井に向けていた。
「ひとりのドラホーンとして持っている疑問だけれどさ。私たち竜人は、どうして竜にこだわっているのだろう」
「どうしてって……原初ドラホーン。竜と交わったことで生まれたという、始祖様たちから引き継いだ力だからであって……」
「加えて、私たちが完全に竜体化したときの姿は、まるでおとぎ話に出てくるような翼が生えた竜のそれ。生物としての竜種よりも、よほど竜らしい見た目になる」
フロムは実際に目にしている。自分の兄が暴走し、顕現させてしまった氷属性の完全竜体化。青い竜を。
天井を見上げていたクライドは、その向こう、空に向けるように手を伸ばす。
「私は竜の姿をいびつな方法で獲得した。そんな骨の竜から発言するのは筋違いだが、あえてフロムさんに聞いてほしい。私たちは、竜の姿かたちに囚われる必要なんてない。もっと自由で、もっと自分らしい、自分だけの道を進んで良いはずだよ」
「…………クライド。それは、どういう?」
「私が術式の調節をしているときに、ふと思ったんだ。もっと強固な竜体化が可能であれば、こんな形の腕がつくれるのに。こんな形の尾が可能なのに。こんな方法で、こんな手段で、こんな動作で、なんてさ」
「あっ」
フロムは、兄のルーフェンと戦闘したときを思いだした。
兄は竜の腕から刃を伸ばしていた。自分は自分で、半晶析武装ともいえる魔力の鎖をつないでいた。しかし、竜の部位を一部だけ変形させることは、ドラホーンのあいだではあまり推奨されてはいない。竜の姿を強く意識することで、武装の強度が高まり、竜の術式が力強くなるためだ。しかし、それはいってしまえば意識の問題でしかない。
もしも、自分の意識を変えることができれば。もしも、竜に囚われる心から脱却できれば。もしも、その道を進むという決意を固めることができたならば。
──私はユーリスと共に星の旅に出る。誰にも邪魔はさせない。あいつと私が進む道を、誰にもふさがせはしない。立ちはだかる者がいるのなら。
「クライド」
──全部、まとめて、吹き飛ばす!!
「ありがとう。今、おまえが聞かせてくれた言葉のおかげで、思い出したことがある。……思い出すことが、できた」
「……私のこんな考えが、ほんのわずかでも、あなたの力になれたなら幸いだ」
手を下ろした竜の青年のほほえみに、竜の少女は力強く頷き返す。
ちょうどそのとき、館の玄関のほうでベルの音とともに、「ただいま~! クライド、ちょっと荷物を運ぶの手伝って~!」と、マヤの声が聞こえてきた。
苦笑いを自分に一瞬向けた彼は、「マヤ。そこに置いててほしい。すぐにいくよ」と大声で応えながら席をたつ。談話室を出ていく背中を見送って、フロムは窓の外に視線を移した。花畑の向こうから、ユーリス、ミレイ、ザウルの三人が、会話しながら館に歩いてくる姿がそこにあった。
「そうだな」星属性の男。ユーリスを視界に収めながら、小さくつぶやく。「うん、やってやろうじゃないか」
= = = = =
「もう、や~です。やってられません!」頬を膨らませる星命の聖女候補。「何回も何回もおんなじ質問ばっかり! あるっつってんだからさっさと確認しにいけばいいのですよ! レイディアントコールにいた冒険者のみなさんを見習ってほしい!」
竜眠館の食堂には、マヤの想いが込められた美味しい夕餉の香りが残っている。
長机の席につき、食後のコーヒーを味わいながらユーリスは、向かいの席でぷんぷんと怒っているシンシアへ眉をさげた笑みを送る。
「カナンさんが討伐した、あの巨大な甲羅の持ち主。アレがこれまでの飛行船墜落の原因だとしたら、もうリビング・グレイシャの上を通過する障害はない。大規模なものじゃなくても、小さな飛行船で氷河を越えたり、あるいは風属性の術者に飛翔してもらってもいいね。確認しにいく難度はだいぶさがっているはずだ」
「たしかユーリスが探査した限りでは、同じような魔物は付近に存在していなかったんだよな」隣の席でフロムは、桃を凍らせてつくった菓子をスプーンですくっていた。「まあ現地発生の魔物であれば、同じようなのが今ごろ生まれている可能性もあるが」
「う~ん。俺が探査した範囲でしかいえないけれど、あの甲羅の持ち主は、もっと別のところから移動してきたんじゃないかなって印象だよ」
魔物は基本的に現地の物質と魔力を血肉にして発生する。
そこを考慮すると、あの甲羅にある魔力とプルガトリオ奥部の魔力。このふたつは地域がまったく異なるといえるほど違っていた。
「いまユーリスさんが仰った内容も含めて、きょうしっかりと報告書を書きました」シンシア、疲れを滲ませた声色。「教団クエストの後にはいつもしていることなので、そこは別によかったんですよ。でも、書類を見た教団やギルドの方たちから、ここが本当なのかどうかとか、これが信じられないだのなんだのと……ほかにも、箱舟発見の報せをレイディアントコールから受けた記者の方たちに待ち伏せされてて……もうしばらく、管理局には近づきたくありません」
「シンシア、お疲れさま」冷たい紅茶を片手にするミレイが、聖女候補から隣の席でいう。「そして、ごめんなさい。苦労する役目を押し付けちゃった」
「ふぇっ。その、いえ、こちらこそ愚痴っちゃってすみません。というか、気にしないでください。みなさんにはすべきことがあったのですから」
ユーリスはフロムを見て、「今度、シンシアさんを労う美味しいデザートでも買いにいこうか」と提案すると、「アナヤからオススメの場所を聞いているぞ。ぜひそうしよう」と輝く笑顔が帰ってきた。もちろん、館のみんなで味わう分を購入するつもりだ。
するとフロムの向かいの席でミレイが、「は~あ。はやく調査に動いてくれないかな~」と、机に両肘をたてて顎を手で支えながらこぼす。
「あの伝説の箱舟よ? ユーリスが飛ばした探査魔術で、箱舟の残光らしき財宝も遺されているのは確認済み。当時の箱舟上で過ごした生活の痕跡や、本当にユーオン・トポッシュが現地にいたのかどうかの記録もあるはず。伝説を裏付ける、あるいは否定する証拠の塊ね。考古学の歴史に新たな一頁……それも分厚く綴じられる章の表紙が刻まれること間違いなし。まとまった報告書を目にするのが待ち遠しい~」
「報告書もそうですけれど」シンシアは、指を一本たててみせた。「報酬の支払い明細も大事です! 今回の北での騒動では、レイディアントコール都市長官の裏切り、そして兵器を鎮圧したとして宮殿から報酬をいただけます。きちんと受け取りましょう。さらに伝説の箱舟が学会に認められたなら、発見者の私たちに発見報酬が支払われます。本来であれば、そこにある金銀財宝の一部も受け取る権利があるのですけれど……ね」
シンシアの緩める口元に、「同意してくれたみんなに感謝するよ」と、ユーリスはお礼をする。
「ミレイがいったように、あの船に遺されたものは、そのすべてが当時の記録そのものだよ。宝石どころか、錆びた道具の破片ひとつだって持ち出してはいけない。……フロムとシンシアさんには、俺が必ず穴埋めする。本当は受け取れたはずの報酬を準備しておくよ」
そこで魔王が「ちょっと星属性く~ん? 私の名前が聞こえなかったんだけれど?」とかわいい睨みを利かせてきた。
だって君も同意見だったじゃないか、と微笑みながら答えると、「あのとき船上にのぼりたい気持ちをすっごい我慢したんだから、なんか代わりのちょうだい!」と抗議を続ける。このやりとりを見るシンシアが意味深に目を細めている。
「穴埋めか」椅子の背もたれに体重をかけるフロムは、食堂の天井を見上げている。「そうだな……箱舟……あっ、船だ! すっかり忘れていた。カーゼルーンで海そのものは楽しんだが、まだ船に乗ったことないぞ!」
そこでユーリスは、シンシアと視線をあわせてニヤリと片頬をあげる。
自分たちに向けて、いったい何を笑っていると不思議そうにする竜の少女と魔王に、聖女候補が「じつはですね」と口を動かす。
「ユーリスさんにはすでに伝えたのですけれどね。管理局で会ったギルドや教団の方から、こんなことをいわれちゃいました。……伝説の箱舟を発見できたのならば、あるいは世界樹の鉢をも攻略できるかもしれないね、と。冗談交じりの口調で」
「世界樹」フロム。
「の、鉢」ミレイ。
そう、世界樹の鉢。アストロラーベに残された、遺星錬器の光がある場所のひとつ。
ユーリスは聖女候補に頷いて後を引き継ぐ。
「まだ君たちに相談もしていないし、宮殿にも具申していないんだけれどさ。次の目的地としてはかなり良いんじゃないかなって、俺は思ってるんだ。向かうとすれば帝都の港から樹冠都市に近い港まで、船で移動することになる。途中はちょっとした船旅に──」
ガタン。
大きな音を立てながらフロムとミレイが席を立つ。彼女たちの反応に驚いていると、ふたりが輝く笑顔を見せては。
「いきたい、いきたい、いきたーーーい!!」
と、きれいに声を重ねて叫んだ。
= = = = =
クライドは今朝、ユーリスたちから次の目的地として樹冠都市アーボラム、そして世界樹を希望したいと聞かされていた。
「ウィル。私もいいんじゃないかなって思ってる。っていうか、彼らに気を遣わせているんじゃないかなって不安を覚えるほどだ」
帝都中央区は天翼宮殿の皇帝執務室。
最上級の質を隠さぬ厚い天板の机は、窓からの陽射しを反射し、皇帝の認可を待つ書類が行儀よく整列していた。机の向こうで白狼のビースト、バルジ帝国の現皇帝であるウィリアムは、身体と椅子の向きを部屋の奥、大きな窓に向けている。その後頭部に、クライドは意見を続けた。
「世界樹ではいくつかの伝説が語られていて、そのひとつには天開風槍にまつわるものがある。あの天を衝く大樹をスペクトラム、ルクバーといっしょに護ったという信じがたい伝説がね」
天開風槍ルクバー・クレスト。
嵐壁のスペクトラム、ルクバーの名を冠した遺星錬器は、いくつかの伝説に登場している。それらは一貫して都市、人々をありとあらゆる侵攻や災害から護りぬいた守護の逸話だ。もっとも知れ渡っている伝説は、地域一帯を焼き尽くさんとする劫火のスペクトラムから世界樹を護ったものとなる。
「ああ、おれも知っている」窓の青空から視線を動かさず、皇帝が応じる。「ルクバーとともに劫火から世界樹を護りぬき、そして役目を終えた槍は世界樹の中心に奉納されたという伝説。もともとは星吹く槍アロークレストという名称であったが、世界樹を護った際のすさまじい戦いぶりから、ルクバー・クレストという別名が与えられ、いまではその名で呼ばれるようになったとな」
「みんな、覚えてくれていたんだ。ほら、きみがはじめて彼らとあったときにいっただろう? 防衛に向いた遺星錬器、ルクバー・クレストを帝国に持ち帰ってほしいとさ。まだ正式には未確認だけれど、彼らが伝説の箱舟を発見したという実績もあってか、元老院から堕ちた星屑への不信が薄れつつある。そんなところでこの槍を見つけたらだよ? ユーリスさんへの暗い印象は完全に払しょくされるはずだ。となれば、晴れてきみが望んでいたように、帝国全体がもろ手をあげて星属性を応援することができる。う~ん、良いことずくめだ」
というわけで、さっそく彼らの希望を許可し、樹冠都市行きの手配を進めようと、クライドは締めくくる。
すると、ゆっくりと椅子から立ち上がったウィリアムは、窓に近付いて物思いに耽る。その態度の意味を自分は知っている。窓の外に広がる宮殿の庭。美しい緑の風景を見つめる彼の心境を把握している。
予想通り、「クライド」振り返った彼の表情は、不満一色であった。
「時期が悪い! 急ぎの案件がまだ残っている。彼らにはもう少しだけ帝都に滞在してもらうか、あるいはどこか別の場所へ向かってもらえ」
「きみもよ~~~く理解してると信じている。箱舟発見の熱が冷めないうちに、本命である遺星錬器を発見してもらうべきだと。元老院からの信頼を得ることは、早ければ早いほど意味があるとね」
「やだ! おれも彼らといっしょにいきたい!」
この白ワンコ皇帝は。
頭痛を覚えるクライドに、白いワンコは続けざまに吠えたてる。
「それにほら、ラーン家のクソば……頑固なおばあさまからユーリス殿たちを護ってやらんとな。うん!」
「バルジ帝国の皇帝自らが、エルフ御三家の御膝下に出向くにはそれなりの理由が必要。伝説の星属性に付き添ってフレイヤ家、あるいはヘル家に紹介するといった名目がないと近づけない。その事情は私だってわかっているが、ウィル。ことは魔界との戦争にかかわる重要な話なんだよ?」
「だっ、だからこそだろうが! 帝国が彼らの後ろ盾になってるんだぞって、このおれ自身が見せつけることができれば、あの排他的な連中も協力せざるを得ないだろ。この目が黒いうちは変な真似は許さんぞってな」
「きみの! その黒い目に映っているのは! 最新の園芸用魔導機器じゃないか!!」
樹冠都市アーボラムには地属性だけでなく、派生の花属性をもふんだんに使用した園芸用の魔導機器が、最新の性能で数多くならんでいる。園芸家や庭師といった者たち憧れの都市だ。この白いワンコは最近、宮殿の庭で使用されている機器を一新したいとよくこぼしていた。この機会を逃したくはないという気持ちがありありと伝わってくる。
だが、皇帝である身分をやっと思い出したのか「ったく。わかった、わ~かった」と、ぶっきらぼうに口を尖らせる。
「本当はこの手で直接、道具の手触りを確かめたかったんだがな。しかたない。悪いが、おれの代わりに現地で調達してくれないか。クライド」
今回の旅から、自分は星の一行に可能な限り力になることが決まっている。同行することもあれば、旅先の手配に現地の要人との仲介、場合によっては折衝なんかを請け負う。樹冠都市には宮殿からの使者として彼らに同行する予定だ。
安堵の吐息をこっそりはきながら、クライドは頷いた。
「ん、了解したよ。ウィル。出発のときまでに、カタログなんかを見てチェックを付けておいてくれ……ふふっ」
つい思い出し笑いがこぼれてしまった。
怪訝な表情を浮かべる皇帝に、「すまない。きみとはじめて出会ったときを思い出したんだ」と、懐かしさに浸りながら続ける。
「竜の谷では竜人武具ではなく、崖で生育する貴重な薬草に興味津々だった皇子さまをね」
「……ふんっ。さてはおまえ。骨翼の所以を最近、誰かに話したな?」
するどい。こういうところは本当に彼らしい。だが、この勘の良さのおかげで救われたのだ。
自分が子どものころに、竜の谷を訪れたウィリアム。当時はまだ皇子だった彼が、里の外れでひとり歩く自分に声をかけてきた。この谷での薬草はどのように育てているのかと。その質問に対してそんなの知らない、見たことがないと不愛想に答えると、彼はこういった。
──見たことがない、だと? ……わかった。少年。ちょっとついてこい。おまえの竜体化について力になろう。
列車に連れ込まれ、研究所へ放り込まれ、宮殿で寝泊まりさせられ、嵐のような日々を過ごした後に、生まれてはじめて空を飛んだ。
心を震わせたのは、上空から見渡す光景にではない。地上から見上げてくる白ワンコ皇子の放った言葉にであった。
──これでもう、ひとりで俯いて歩くことはないな。
「話したよ。フロムさんに、私のたいせつな思い出をさ」
ほんの一瞬だけ、やさしいまなざしを浮かべた皇帝だが、「クライド。向こうでは気を付けろよ」すぐに表情を引き締めた。
「宰相派魔族からの接触を懸念するのは、なにも黄金都市に限った話じゃない。魔界が一丸となってこちらに侵攻するとなれば、大陸各地の重要な都市に潜入工作を企むことは間違いない。あの希望岬だとしても、さすがに隠密魔術を施した小さな船であれば、残念だが見逃すこともあるだろう」
「うん。それとこれは誓って、種族差別のつもりでいうわけじゃないけれど、エルフ……しかも魔力の研究に特化した樹冠都市であればこそ、魔族からの誘惑はとても大きいと思う」
厳密には、魔界の誘惑といえるだろう。大陸には存在しない数多くの魔力素材。生物や魔物の素材。草花ひとつとっても、その価値は計り知れないのだから。
ウィリアムはふたたび、窓の外へ目を向ける。
「くれぐれも星の一行……とくに魔王殿には気を遣ってやってくれ。北部から帰ってきて、なにやら吹っ切れた様子だからな。彼女の明るい表情を、すぐまた暗いものとはさせたくない」
「承知いたしました、皇帝陛下。彼らに這い寄る危険はすべて、この骨の翼が吹き飛ばしてみせましょう」
= = = = =
なにやら、シンシアが思いつめたような表情をしていたので、ユーリスは「どうしたの?」と声をかける。
顎のあたりで切り揃えた艶のある黒い髪を、潮風に揺らされる星命の聖女候補は、「あのゴーレム騒動の日。ハーティちゃんがここで、帝都の人々を護っていたんだなって、こっそり感動しちゃってました」と、薄紫の瞳を細める。
その言葉に納得するように頷きながら、自分も周囲を見まわした。
グランシオネ港は、朝日に照らされながら活気に満ち溢れている。
エブロヒア内海から授かった恵みを、さっそく競売にかける声。世界の中心で水揚げされた荷物を各所、適切な場所へ移すよう指示を飛ばす声。そして、いままさに自分たちが乗船する予定の帆船から、整備の状況を確認しあう声が交わされていた。
また、ユーリスの視界の端では、少し朱を垂らしたような金髪と、朝日の黄色い光をそのまま照り返す銀髪。異なる種類の輝きが潮風に吹かれていた。
「私の故郷にもね。すぐ近くに港町があったの」銀髪の少女は、深紅の瞳に郷愁をたたえながらいう。「街部分と港町とをあわせて、ヒライス・トゥパンって呼ばれていたんだ。こんなふうに、とっても活気がある港だったの」
「とても美しく、そして心に残る景色だったのだろう」金髪の少女は、碧眼に慈しむ光を宿していう。「カナンがいっていたな。今回の騒動をすべて解決したら、おまえの故郷を復興することができると。堂々と胸を張って大陸と魔界をつなぐ、希望の街として」
「……うん。復権したらいのいちばんに実行する、魔王事業なんだから」
その故郷は現在、戦火によって廃墟となっている話は竜眠館にかかわる全員、元住民である魔王本人の口から聞いている。
「おそれながら、魔王様」
沈黙に包まれる自分たちに、女性の声がかかる。振り返ると、そこにグリューク第二王女、パームステンが厳粛な表情で背筋を伸ばしていた。
「あなたさまの未来は、わがグリューク希望の星、ユーリス・パス・オービターが必ずや斬り開いてみせます。そして、グリュークは大陸北西部の田舎な国ではありますが、それでも自慢できる品を多少なりともご用意できます。魔界と大陸の交流が実現したならば必ず、あなたさまの故郷がふたたび彩り豊かとなるために、わずかであれご助力さしあげることを、星に誓います」
春の時期から少し髪型を変えたらしい、青みがかった黒い直毛を肩口まで伸ばした彼女が、「だからこそ~?」と、自分のほうへ視線を移しながらひと息でまくし立てる。
「ユーリス、あんた今回も頼りにしてるわよ! レイディアントコールで竜人武具にかんする犯罪が根こそぎ摘発された。となれば、わがグリュークと竜の里の需要がね、もうね、言葉にできないぐらい爆発したのよね~これ! さらにさらに、あの長角牛ルクバーがふさいでいた交易ルートね。あれ、黄金都市につながる道だったんだけれど、いまは都市の交易がいったん中止になってるでしょ!? 一時しのぎに開拓した別の隊商ルートがいまじゃ主流ルートに早変わり! 先に抑えていたわた……もといグリュークの大勝利ってワケ! ふへへ! 感謝のルクバー饅頭、本当につくっちゃうかも! 樹冠都市でもなんかデッカいことやらかしてちょうだいね!」
「もうちょっとさあ、隠す努力とかさあ!」ユーリス。幼馴染王女に呆れ声をあげる。「パーム。その胸元に抱く息子に恥ずかしくないのかい!? ジョシュアくんの顔みて! 母親を見上げるその顔みて!!」
グリューク待望の幼い王子は、その利発そうな顔付きをポカンとさせながら母親に向けている。金貨を瞳に宿した母親を見て、彼は何を想うのか。
妹のアナヤが苦笑いを浮かべながら「ごめんね、ミレイちゃん。その、うちの王女さま最近ね、けっこう忙しい日々でちょっと気分がね」と弁明する。
「それはそれとして、お兄ちゃん。レイディアントコールから持ち帰ってくれたユーオンピーチ。とっても美味しかったけれど、次は食べ物以外だとうれしいな~。ねっ、マヤさん」
「いやそんな、とんでもないことです」パームの手前、グリューク貴族に対して口調を改めているマヤ。「無事にお戻りいただければ、それ以上に望むことなどございません」
「ありがとう、マヤさん」竜眠館の女主人にいった後、妹のほうへ顔を向ける。「まったく、昔みたいなわがままいいだしたな? 樹冠都市で食べ物以外、か。う~ん……まあ、なにか良さげなの探しておくよ」
「私もこの男に助言してやろう」フロムがふふんと胸を張る。「アナヤ、楽しみに待っているといい」
竜の少女に頷いた妹だが、朝日に照らされる顔に不安の陰りを宿した。
「ありがと、フロムちゃん。……お兄ちゃん、シンシアちゃん、ミレイちゃん。本当に気を付けてね。クライドさん、みんなをよろしくお願いします」
「うん、微力なりにがんばるよ。アナヤさん」
旅装をしっかり整えたあの骨翼が、自分たちの隣に立っていた。いつか魔導列車で出会ったように、商人風の恰好をした彼は帽子を目深くかぶっている。
クライドは見送ってくれるアナヤ、パーム、ジョシュア、そしてマヤを見つめて口を動かす。
「宮殿の者として、なんだか申し訳ないなあ。今朝早く、レイディアントコールから帰ってきたレガトスによって、ルーフェンさんもザウルさんも宮殿に召集されている。都市長官の反乱鎮圧に貢献してくれた分の報酬を渡すためなんだが……折り悪く、こちらの予定と重なってしまった」
「たいへんだった」フロムがため息交じりに首を横に振る。「自分も港でユーリスを見送るんだと、宮殿の報酬なんかいらないと騒ぎ立てて……あの馬鹿兄貴」
ユーリスも覚えている。なので今朝、先に宮殿に出向くルーフェンからたっぷり旅の無事を祈られた。
さすがにパームからも、「将来、本当に族長を引き継ぐつもりなら大人になりなさい」なんてお叱りを受けてしまったので、しぶしぶザウルといっしょに館を出たのだった。
思い出していると、船のほうで人の動く気配を察する。
「たいへん長らくお待たせしましたぁ!」腹に力のはいった、船員ビーストの大声。「西部行きの客船、準備が整いました! 出航の時間までに、ご乗船ください!!」
「いよいよ、だね」
小さくつぶやいたクライドは、マヤに視線を送る。マヤも、熱を込めた視線を返す。言葉以上に意味を伝えあうまなざしに、幼馴染同士は祈りを交わしたことがよくわかる。
具体的には、自分以外の女性陣が頬を染めて口元を緩めるほどに。お熱いことだ。
「っとと」竜の幼馴染、ふたりの熱が伝わるなかでユーリスは周囲を見渡す。「ったくも~。あの人、むかしもそうだったけれど待ち合わせ時間にずぼらなんだからさ」
フロム、シンシア、ミレイも周囲を見まわしては、お互いに苦笑いを浮かべあっている。
しかし、予想外な表情を浮かべるクライドが、「ん、なんの話かな? ユーリスさん」と訊いてきた。
「あっ、すまない。すっかり伝えそびれていた。じつは──」
「ごめんごめん、待たせちゃったわね」
その女性の声を耳が耳に届き、その場の全員が都市部のほうへ視線を向ける。ひとりのエルフが、こちらに急ぎ足で向かって来ていた。
「研究所の連中、ふだんは私のこと避けてるくせして、いざしばらく外出ってなったとたん、あ~だこ~だ引き留めてくれちゃってさ。いろいろと引き継ぎしてたらもうこんな時間よ……ちょっと、ユーリス? 謝ってるのに、そんなじっと睨んじゃってひどくない?」
「いや、違います。師匠」あわてて口元を緩めて、両手を振るユーリス。「旅支度を整えた師匠の恰好が、なんだか新鮮で驚いちゃってですね。ほら、グリュークでも帝都でも、ずっと研究所の制服だったじゃないですか。だからその、あははっ」
「あら、見惚れちゃってたわけね」
つばの広いとんがり帽子は黒に近い紺色。同色のローブもあいまって、童話にでてくる意地悪な魔女そのもの、といった服装ではなかった。
ふだんは下ろしている薄い紫色の長髪を、片方の肩へ流すよう一括りにしており、どこか幼さを感じさせる雰囲気だ。帽子がないため、朝日がまともに当たる暗い赤みがかった紫色の瞳が、どこか爽やかな光が灯されているように思える。
黒に近い紺色から一転、白い生地の品のよい女性服に上質な明るい灰色のケープマント。どこか良家のお嬢様がこっそり旅にでるといった風情だ。ただし、皮のブーツは冒険者よろしく質実剛健で魔石装飾も施されている。知らぬ者が彼女へ不用意に手を出せば、ブーツの触媒によって生じる岩の杭に身を貫かれるだろう。
後ろから、フロムのほほぉ! という明るい驚きに、ふぇ~と見惚れるシンシアの声。首をひねって顔を向けると、ミレイが口元を緩めながら品定めする視線を師匠に向け、クライドが息を呑んでいた。
うんうん、自分の驚きはみんなも同様であったらしい。
今回の旅に同行してくれる、もうひとりの人物。
自分の魔術師匠であり、帝都魔導研究所の後天的属性変化第二研究室、その室長。双極の名を冠するトゥール・セイメス。
「世界樹の鉢を攻略する、となったら私も力になれるわ」いつもの気怠い雰囲気が隠れた、快活な師匠の顔。「御三家の馬鹿どもがちょっかいかけてくるかもしれないし、困ったことがあれば遠慮せずいいなさい。とりあえず、ぶっ飛ばすから」
「物騒だなあ……でも、師匠がいれば百人力です。これほんと文字通り。さらにさらに、あの骨翼様もいっしょだ。たとえ護剣が襲撃してきたところで、不安なんて微塵も覚えないよ。今回の旅、よろしくおねがいします」
師匠に一礼したユーリスは、「クライドさんも、よろ──」振り返っては言葉を失った。
朝の日差しがまぶしく、潮風は香り高く、すずしい。人々の活気あふれる声が飛び交うグランシオネ港。
そのメイン通り。街の区画へ向かって、クライドが走っている。背筋はまっすぐ、顎を引いた前傾姿勢。腕は肘をやや後ろに引くことを意識しつつ、肩を基点に振っている。胸を張って太ももを高くあげた、速度と走行距離の両方を考慮する理想的な走行姿勢であった。
あまりにも清々しい走りっぷりに、周囲の港湾作業員たちが明るい声で「おうっ! にいちゃん朝から元気だねえ!」と応援を送るほどだ。つまるところ。
「…………へっ」
クライドが自分たちのもとから逃走していた。それはもう全力で。
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