13話 立ち上がってしまった
いったい、なんのために祈っているのだろう。午前の陽射しがあたたかいトポッシュ広場で、そんな疑問が頭に浮かんだ。
世界のため? なるほど、立派な祈りだ。すべての誰かへと届かせるものであり、そして誰にも届かないものである。この目に映る世界は、すでに色彩を欠いた存在となっていた。
家族のため? なるほど、おもいやりのある祈りだ。自分にとって家族とは、自由を奪い、選択肢をなくし、期待という名の重りを課して、容赦のない言葉で追い詰める存在だ。彼らを想って両手を握りあわせようものならば、それは呪いとなってしまう。
自分のため? なるほど、あたりまえな祈りだ。健康を。成功を。安全を。幸運を。報酬を。平穏を。大なり小なり、人々は毎日祈っている。しかし、もはやその祈りに意味はない。未来があってこそのものなのだから。
では、友のため?
「…………また、会いたいです」
あの朝日を思い出した。これならいい。これなら納得できる。これなら祈ることができる。心にほのかな光が灯ると、わずかな温もりが感じられ、影をはらってくれた。
しかし、それは同時に道をも照らしてしまう。見たくもない、途切れてしまっている自分の道を。眉をひそめ、目を開いて視線をあげる。かつて世界のために身を捧げた聖女の石像が、自分を黙って見下ろしていた。心がざわつく。周囲から呼びかけられる、あの名が頭に浮かんだことで唇を噛む。そばに置いてある短杖を使ってと、手を伸ばしはしたが考え直す。もはや無理なことなのだから。無力感という影が、心の光を消し去った。
代わりのように現れたのは、自分を燃やし尽くすための、暗い怒りの炎。
「…………──」
会話が聞こえる。観光客だろうか、この広場について話しているようだ。石像をはさんでいるため、声はよく聞こえない。
「……──、──」
この時間から観光客が増えてくる。もうそろそろ大聖堂に戻ろうか。そう考えて立ち上がったときだ。
「だったらきっと、わるいせきぞうだ。このわたしがふんさいしてやろう」
そんな少女の声が聞こえてきた。続けて男性のあわてるような大声に、女性の必死な声。騒がしい。立場上、こういった人たちにはよく注意しなければいけない。毅然とした態度をとるため、大きく息を吸ってから口を開く。
「いったいどなたですか!? 先ほどからこの広場で騒いでいる方たちは!」
石像の陰から歩みでると、紅玉でつくられたかのような竜の腕が視界に飛び込んでくる。その瞬間、止めなくてもよかったのではないか、なんて気持ちが沸きあがった。
自分の代わりに、この石像を砕いてくれたら良かったのに、と。
= = = = =
水流の音が静かに響く地下水道。
銀に輝く星竜の腕が砕いた戦人形の残骸、その反対側にある存在を見たユーリスは、「いやいや、とんでもないな」とあきれてしまった。
「例の黒い光。俺も隧道路線ではそれなりに探査していたんだよ。星属性以外の魔力でアレを貫こうものなら、魔術の経験が豊富な十人のエルフが、時間をかけて丁寧に組み上げた術式を、一体に向かって集中砲火して、やっと攻撃の一部が届くかどうかって話だ。……そんなことを、ひとりで?」
それは頭と胴体部分が吹き飛び、素材となる一部を残しながら少しずつ霧散している巨大蜘蛛、だったもの。蝕属性と思われる黄緑色の魔力にを、黒い気配を混ぜながら周囲にただよわせている。
ベリーヌという名を紹介された、ドワーフの聖女候補に視線を移す。ユーリスの目に映る彼女の魔力は、あまりにも濃度が高すぎてなんだかよくわからないモノに見える。フロムにも負けていないほど美しい少女のなかには、たぶんエルフが五人ぐらい隠れているに違いない。あるいは、白磁のようなきめ細かい肌に見える魔導兵器の可能性も。
「よくいうわ」ベリーヌが不機嫌そうに片眉をあげて、その宝石のような深緑の瞳で見つめてくる。「あなたが見せた、その星属性魔術。黒い光なんか何も問題にしないで攻撃できていた。ふ~ん。シンシアから聞いていたけれど、本当に実在していたのね」
そのまま睨まれてしまう。なにか、彼女を怒らせるような真似をしてしまったのだろうか。不安に駆られながらヨルクと名乗った神殿騎士とシンシアに、助けを求めるように目を向ける。
すっかり顔色が良くなったヨルクが、「ユーリスさん。気にしないでください」と苦笑いを向けてきた。
「ベリーヌ様には、興味がわいた対象をじっと見つめる習性があります。睨んでいるわけではありません。おそらく。だからまあ、急に目の前に手をだしたりなんかしなければ、別に噛みつかれたりはしませんのでご安心を」
なんだか動物の説明をされた気分だ。うなり声をあげるベリーヌが、今度は明確にヨルクを睨みあげる。なんだか動物の威嚇を見ている気分だ。
「それにしても、キーリンチュアの遺跡探し……ですか」
フロムによってあけられた、地下水道の大きな穴を見つめるシンシアがいう。
「その宮殿クエストを、おふたりが引き受けてくれたおかげで助かりました。えっと、神殿遺跡の地下を探査していたら、戦っている私たちの魔力をユーリスさんが探知できた、でしたっけ?」
「うん、そのとおりだ」フロムがシンシアの隣にならぶ。「ここには探査妨害の術式が施されていたようだが、この男はそんなことも関係なく探知できていた。帝都の設備にしては、なにやら厳重に隠されていたとか。そうして疑念が生じていたところに魔力反応。それも、あの黒い光……だったな? ユーリス」
振り返る竜の少女に頷いた。
神殿遺跡群でキーリンチュアの隠された研究室を捜索していると、隧道路線で遭遇したあの異質な魔力を感じとれた。戦人形と、蜘蛛のような不気味な形で。さらに、すぐそばには人らしき魔力反応が三つ。その事実を伝えてから、ちょうどこの空間と接する地下まで急いでおりて、フロムに壁を砕いてもらったのだった。いっしょに戦人形も粉砕したのは予想外だったが。
「神殿遺跡ね。幸運」ベリーヌが一度、ゆっくり深呼吸をしてからユーリスを見つめる。「……あらためて、ユーリスさん。フロムさん。危ないところを救っていただき、心から感謝するわ。本当はきちんとお礼をしたいのだけれど、ごめんなさい。ちょっと今から急がないといけない」
彼女はそういって、砕けた戦人形に視線を向ける。
「そのゴーレムの破片のなかにある部品。活動が停止したことをどこかに知らせるためのものよ。きっと、このゴーレムや不気味な魔物をつくりだした者に異常が伝わったはず。私たちは絶対に、そいつを逃すわけにはいかないの。だから……お願い。シンシアを連れて、宮殿までこの場所を伝えにいって。そして安全な場所まで避難してほしい」
「ちょっと、ベリーヌさん!?」シンシアが驚いた声で応じる。「あんまりですよ! こ、ここまで連れてきて今さら仲間外れだなんて!」
「昨晩、あなたを護るだなんていったくせに、この体たらく。情けないったらありゃしない。さらに恥の上塗りだけれど、ここから先は潜入だの抜きにした正面突破になる。少しでも証拠が持ち出されるまえに、隠滅されるまえに突き進むつもり。それなら私とヨルクだけでじゅうぶん。だから──」
「ベリーヌさん」シンシアから伝わってくる、おそろしい怒気。「私がその言葉に、ええわかりましたなんて答えると、本気でお考えで?」
ドワーフの聖女候補は、彼女の怒気を困ったように、あるいは申し訳なさそうに微笑んで受け止める。その背後では神殿騎士も苦笑いを浮かべていた。
ユーリスがフロムに目を向けると、彼女がこちらに向かって頷いた。自分も頷き返して、シンシアたちに「俺たちも協力させてほしい」と声をかける。顔を向けてきた三人に続けていう。
「この黒い光。きっと俺たちも無関係じゃない。過去、星属性の英雄たちは、その時代ごとに現れた脅威に立ち向かっていった。この特異魔力が世界に危機を及ぼしているというのなら、今、ここに俺がいることには意味があるはず。……まだまだ胸を張れるような魔術は使えないけれど、それでも頼れる仲間がいる」
隣のフロムが、自信あり気にふふんと腕を組む。その態度に教団の三人が口元を緩めた。ユーリスも同じようにしつつ、地下水道の先を見つめる。
「どうか、君たちが向かうこの先。このうす暗い道を少しでも照らす光に、力になりたい」
自分のこの言葉に、ヨルクがベリーヌの肩に手を置き、自身の肩に置かれた手を一瞥した彼女が、深く息をはいた。
どうやら折れてくれたらしい。安心したユーリスは、地下水道に開けられた穴の向こう、神殿遺跡の地下空間へ一瞬だけ視線を投げかけた。
= = = = =
地下水道からは大きな横道が続いていた。
ユーリスは曲がった先から、複数の人間の反応を感じとることができた。おそらくエンカブリッジ教団を母体にした怪しい集団。彼女たちのいう怪しい組織の者たちだろう。だがしかし、それらの反応からあわてるような、何かを急ぐような動きは見受けられない。音属性というヨルクも同じように、奥から騒がしい音なんかは聞こえないという。ベリーヌの考えすぎだったのだろうか。
正面突破のつもりだったらしいドワーフの少女。正面突破のつもりだったらしいドラホーンの少女。ふたりの残念そうな表情に、そばに立つシンシアは苦笑いを浮かべている。少女ふたりは、どうやら似たような思考パターンらしい。
「宮殿も、この事態に感付いていたのでしょう」打って変わって、ヨルクは冷静な声。「ユーリスさんとフロムさんに遺跡探しを依頼をしたのは、おそらくこの怪しい集団のアジト、もといゴーレム製造工場を間接的に捜索させるつもりだったのでしょうね」
彼が使用した音属性の隠密魔術のなかで、フロムが応じる。
「そのピッテンとかいう男。怪しいというのなら宮殿もおまえたちも、正面からさっさと捕まえにいけばいいと思うのだが、なにか事情が?」
「証拠が足りない」ベリーヌが、悔しそうな顔をフロムに向ける。「決定的なのは私とヨルクの目撃証言だけれど、それだけじゃ宮殿や聖都は動いてくれない。帝都教区長はそれだけ大きい存在なの。それに上手くいったとして、頭を失った残党がゴーレムを使ってなにをしでかすかも怖い。煮え切らない行動ばっかりなのは認める。でもここには、世界からたくさんの人が集まっている。フロムさん、私たちが慎重に動いていたワケを理解してほしい。…………そうよね? とりあえずピッテンをとっ捕まえて、経過観察しようだなんていってた騎士さま?」
あははと、汗を垂らして応じるヨルクを見たフロムは口を閉じる。
地下水道から続く道は、帝都の各区画をつなぐように延びて複雑であったが、広範囲を瞬時に探査できるユーリスには関係ない。また、この地下道には探査妨害の術式が施されているがために、むしろ星属性の力に反応するきっかけとなってしまっている。道に迷うことはないだろう。五人はそれらの秘密通路が集約している場所、港の近くにある小さな丘の地下に向かっていく。
しばらく進んだ先で、それは見えてきた。
地下岩盤を掘りぬいただけの周囲から、浮かび上がるように存在する荘厳で巨大な二枚の石扉。片側が開いており、難なくなかへと進めそうに見える。そして閉じているもう片側の表面にある、浮き彫りにされたエンカブリッジ教団を示す紋章。
「うそうそうそ。えっ、本当に?」ユーリス、おもわず興奮。「ま、まさかキーリンチュアの遺跡!? そうか、教団ぐるみでの話だったんだ。当時の彼は中級神官。今でいう上級神官に近い権限を持っていた。教団が管理して保護する地下墓地から、こうしてつないで隠蔽した空間を……魔力の、属性の研究を好き放題できる隠れ家を地下に造ったんだ! さらに隠密魔術を施して……すごい、これ以上ないってぐらいの術式だよ」
この星属性の目ですら魔力反応が霞んで見える。物理的に掘りぬかない限りは、魔力的な要因で見つけることは不可能だろう。惜しむらくは、ここへつながる地下道はたったひとつを除いて、ほかのすべてが数段劣る隠密魔術であること。後年、ほかの者によって増築された道に違いない。せっかく丁寧に隠されたこの場所への、愚かな道しるべとなってしまっている。
「おまえ……目がきらきらと輝いているぞ……」
ユーリスを見上げるフロムの呆れた表情。そして同じベリーヌの顔に、眉を下げて小さく微笑むシンシア。
ヨルクだけは、「ボクも気持ちはわかりますよ」と共感を示してくれた。なんだか恥ずかしくなって顔を伏せてしまった、そのときだ。
「──ぅぅうううあああああ!!!」
叫び声。
全員、戦闘態勢をかまえる。しかし石扉のなかから現れたのは、頭を抱えながら、振り乱しながら走り出てきた男性ヒューマン。彼は魔導研究所で目にしたような、研究者のローブを身に着けている。そんな男が、「ぐぅうう! ちが、違う! あれは、違うんだ!」と、苦しみながら石扉の前で倒れた。
ユーリスの予想どおり、「──っ!」すぐにシンシアが、倒れた男に向かって駆け寄る。あわせてユーリスも彼女を護るために駆け出した。
「問題ない。すぐ近くに敵はいないよ」
この言葉に彼女は頷いて、「だいじょうぶですか!?」と、倒れた男に呼びかけた。そのままどこかに傷がないか目で探しはじめる。
振り向くと、フロムは来た道の方向を、ベリーヌとヨルクは石扉のあたりで警戒してくれていた。周囲に危険はないことを確認した三人が、ゆっくりとこちらに歩み寄る。
「残念。シンシア」ベリーヌの声は暗い。「その症状に治療魔術は効果がないの」
シンシアは、頭を抱えて地面で悶える男から、そんなことをいった彼女に視線を移す。彼女の疑問を浮かべた目に、ベリーヌはすぐに応えた。
「昨晩もあなたにいった、ゴーレムの被害があった土地の話。そこでは、この人のように外傷も見当たらなければ、毒や病気でもない謎の症状に苦しむ人々がいた。安心して。その人たちの症状は、しばらくしたら治まったみたい。……でも」ベリーヌは、男性ヒューマンを見下ろして首を振る。「ここまで重篤なものは聞いたことがない。この人が治るかどうかは……」
表情を歪めるシンシア。目の前で苦しんでいる男に命属性の輝きをあてるも、効果がないことを察したようだ。
「ベリーヌさん。原因はわからないのでしょうか」
「……不明。私だって、悔しくないわけじゃない」
ここまでの道中で、ユーリスもベリーヌから話を聞いていた。教団のゴーレム。各地のゴーレム被害。隧道路線で目にした、黒い光の力。そして唐突に頭に浮かんだのは、フロムの兄であるルーフェンだ。
隣にいるフロムも同じことを考えたらしく、こちらに向かって「ユーリス」と声をかけてきた。その声に頷く。
「シンシアさん、ちょっと離れてくれ」
怪訝な表情のシンシアが、倒れる男から身を離したのを確認し、ユーリスは男に向けて手をかざす。そして術式でもなんでもない、ただの星属性の魔力を、銀の弾を放った。すると、「ぎゃあっ!」という男の悲鳴とともに、まるで空間に亀裂が走ったかのような、細かい銀色の閃光がその身体を包む。
「あのあの、ユーリスさん!?」「あなた、なにをっ!」「えぇ……」
シンシア、ベリーヌ、ヨルクから向けられる非難の目。
苦しんでいる人に追い打ちをしかけた極悪人、という視線にユーリスはあわてながら、「ち、違うんだ。ほら、彼を見てくれ!」と必死に手を向けた。男は一瞬だけ気を失っていたようだが、うめき声をあげながらゆっくりと起き上がる。
「ん……私は、いったい?」そして、自身がユーリスたち五人に囲まれていることに気がついたようだ。「……あんたたち、だれ? あれ、ここ地下の出口で…………あぁっ! し、侵入しゃ──」
ふたたび銀に輝く男性。次は悲鳴もあがらなかった。申し訳ないという気持ちはあったが、今度はしっかりと気絶させる魔力量をあてた。
そして確信する。やはりそうだ。ユーリスは自信をもって、シンシアたちに何を考えていたのかを話す。
「原因はきっと黒い光だよ。フロムのお兄さんも、それによって正気を失っていたけれど、星属性の力で解放されたんだ」自分の視線に、竜の少女は同意するように頷く。「ベリーヌさんのいう人たちの症状は、あの光を操るゴーレムによって引き起こされたのだろう。そして元凶と推測される場所から同じ、しかも重い症状の者が飛び出してきた。……これはたしかに、急いだほうがいいかもしれないね」
「そういうことでしたか」ヨルクの安心したような声。「そして、やはり心強い。ユーリスさんは今回の事態を解決する鍵となってくれるでしょう。……正直ちょっと、うわマジかぁって思っちゃいましたけれどね、いまの」
「いや、うん。説明もなしに実行した俺の不手際だよ。驚かせてすまない」
「ほんとうですよ」「まったくね」と、小さなため息をつく聖女候補ふたり。フロムといえば、にやにやとした笑みを浮かべている。
気絶させた男を通路の目につきにくい場所まで移動して、ユーリスたちは石扉のなかへと向かった。
内部を目にした瞬間、ユーリスは既視感を覚えた。ほかの全員も似たような表情を浮かべる。
シンシアがどこか呆然とした声色でつぶやいた。
「サントファル……大聖堂?」
どこに目を向けても、植物や花弁。人や動物。あるいは風や炎といった自然現象のような意匠。自然の息吹を感じさせる曲線。石造りであるにもかかわらず強い生命力を伝えてくる。あのサントファル大聖堂の内装と同じ光景が広がっていた。ここは大きな石扉をくぐってすぐの、エントランスホールと思しき場所。高い天井と広い空間には、上階へと曲がりながら伸びる美しい石の階段が右手に見え、この階層の奥まで幅広い廊下が延びていた。
「設計者が、同じ人物……?」ユーリスは、脳内で年表を広げる。「いやいや、そんなわけないか。帝都の大聖堂だって歴史ある建物だけれど、さすがに第二防壁以前なんて古代といえる時代じゃない。きっと、この意匠を設計した資料なんかが石工ギルド、あるいは連綿と続く師弟関係で継承された……んじゃないかな」
「気にはなるが、今はそれどころじゃないぞ。ユーリス」フロムが奥を見つめながら、鋭くいい放つ。「さっきの男だけじゃなかった」
その言葉に、ユーリスやほかの者も彼女の視線の先を見つめる。その光景にシンシアが「なんてこと……」と、険しい表情でつぶやいた。
フロムのいうとおり、廊下では研究者の服装をした者たちが点々と倒れている。異常事態が起きていることは明らかだ。ヨルクが目のまえの惨状に眉をひそめつつ、口を動かす。
「みなさん。ここはあえて非情な発言をしますが、これは好都合です。なにか事故が起きた可能性がある。彼らが動けないうちに証拠となるものを抑えて、その後で宮殿へと通報しにいきましょう。まっさきに見つけるべきものは、ピッテン・ザイオニールを特定する痕跡です」
「注意」ベリーヌが補足するように続く。「私たちだって、この事故らしきものの影響を受ける可能性はとても高い。どうやって防ぐことができるのかなんてわからないけれど、黒い光や、それに類するような怪しいものには近づかないことね。……じゃないと、ユーリスさんからキツい治療を受けるハメになるわよ」
その言葉を耳にし、少しだけ肩の力を抜いたシンシアが、「彼らを救うためという意味でも、急いでその証拠を探しましょう」といって、力強く前進する。その足どりにユーリスたちも続いた。
まずは同じ階層の廊下へ全員いっしょに向かった。動いている人物は見当たらなくとも、先ほどの戦人形や巨大蜘蛛といった存在と会敵する可能性もあるためだ。手始めに廊下の途中にあった一室に侵入する。
そこは研究室だった。魔導研究所で目にしたような機材が、規則ただしく並べられた机のうえに数多く備え付けられている。「トゥールのところでも、似たようなものがあったな」というフロムの言葉どおり、属性研究に使うための魔導機器や資料サンプルがあった。ユーリスはこの事実に違和感を覚える。少なくとも、魔導兵器を製造する目的にこれらは必要ないはずだ。戦人形に与える属性や術式といった装備は、魔導工学の分野におけるものであって、このような研究室は不要だろう。
同じことを考えたのか、ベリーヌも「なんで?」と声をあげる。
「疑問。ここはゴーレム工場のはずでしょ? 付与する属性の調整だとしても、それはこんな、机の上で実験器具を傾けるようなものじゃない。ここはいったい何を目的にした場所なのよ」
足を止める自分たちと違い、なかに進み入るヨルクが机の上に放置された書類へ鋭く視線を移動させ、次々と机の引き出しを開けてまわっては首を振った。どうやら、ここには目的のものは存在していないようだ。気を取り直すように、指を一本たてて見せるベリーヌが振り返る。
「目的の部屋は、責任者……偉ぶった奴が座ってそうな部屋よ。みんな、いきましょう。ヨルク、ユーリスさん。悪いけれど、周囲への魔力探査を怠らないでね」
彼女の注意を聞いたユーリスは、念のためにもう一度、魔力を意識して周囲を見まわす。視界に映った魔力反応は複数あった。とくに大きなものが整然と並べられた場所もある。おそらく、この場所がゴーレムを製造している部屋だろう。このことを全員に伝えると、フロムが「急に動きだしたら不気味だな。少し様子を見ておきたい」と意見する。ほかの者が賛成の意を示し、その場所に向かうことにした。
ユーリスは部屋から出る直前。顔だけ振り向いて研究室を見まわす。魔術修行の休憩中に、トゥールから研究機材のいくつかを教わっていた。いずれも、後天的に属性を変化させるためのもの。
「……そんなのばっかりだ。まるで、キーリンチュアの研究を引き継いでいるみたいだな」
みんなに遅れまいと、後ろ手で扉を閉める。
ユーリスたちは問題なく、魔導兵器ゴーレムの製造現場を確認することができた。予想どおり大きな魔力反応があった場所であった。
上階の回廊から見下ろすとても広い空間には、いくつもの戦人形が作りかけの状態で放置されている。隧道路線で見たような、着ぶくれした重装騎士のようなもの。はりがねのように細くも強靭な躯体をしたもの。地下水道を探査したときに確認できた上半身に腕が四つあるもの。奥には騎士型と名づけられたあの特殊な形、その下半身部分。ほかの見慣れぬ形状の個体も含めたそれらは、中途半端なカタチのままで静かに佇んでいた。
そして廊下と同じように、戦人形のそばには倒れている作業員らしき者たち。シンシアは無力感にさいなまれるように、回廊の手すりをつかむ手に力を込めていた。
「どうして、ここでなにが……あの黒い光は何なのでしょう」
「あの症状を診た医者や神官の話だけれどね」ベリーヌが戦人形を注視しながら応じる。「シンシアでも治療できなかったように、外傷や毒、病気なんかが原因じゃない。なんていうか、精神的? な部分で苦しんでいるように見受けられた。苦しむ人々は過去にあった嫌なこと、忘れたいこと、おそれていたこと。そんなことをうめくことしかできず、身動きが取れなかったらしい」
彼女の話に、ユーリスは深いため息をついた。
その苦しみは、痛いほどよく知っている。過去に負った心の傷跡によって力を増すものであれば、自分に対してこのうえないほど効果的に違いない。もしも自分があの状態となれば、自力では一生、克服することはできないはずだ。寒気を伴う確信がある。想像するだけで手が震える。
「……──?」
ふわりと、回廊の手すりに置く自分の手に、暖かい感触が灯る。見れば、小さな手が重ねられていた。
「……ありがとう。だいじょうだよ」小さな手を置いた存在に、目を細める。「いまの俺には、とても頼りになる味方がいるからね。フロム」
「おまえが、あの不愉快な力に蝕まれたとしても、私がその身体の中から思いっきり吹き飛ばしてやる。安心しろ、ユーリス」
「えっと、もっと優しい方法がいいかな~?」
自分たちのやりとりに口元を緩めるシンシアとベリーヌ。ヨルクも小さく微笑んだ後で、「んっん」と、わざとらしくかわいい咳払いをする。
「ボク、ちょっと気になったんですけれどね。ここには、あのへんな形をした盾が見当たりません。さっきのゴーレムも持っていた盾。たしかシンシア様たちは、あの盾から黒い光が現れたの目撃したのですよね?」
首肯する自分たちを確認したヨルクは、「どういうことだろう。ここでつくられているはずだよな……」と、顎に手を添えて考え込む。
しかし彼の隣でベリーヌが、「すべてはピッテンを捕まえて吐かせたらわかること。急ぎましょう。この集団の全員が全員、倒れているわけじゃないかも。無事な者が今まさに、証拠を持ち出して逃げだそうとしている可能性がある」と、足早にこの場から離れていく。たしかに彼女のいうとおりだ。
これら戦人形は、とても動きだせる状態には思えない。それを確認できただけでも大きい。この場から離れるベリーヌの背に、全員が続いた。
= = = = =
入口でわかっていたことだが、この遺跡には高度な隠密魔術と探査妨害の術式が施されている。詳細に探査できたのは、全体のおおよそ七割ほどだろうと、ユーリスはぼんやりと探知できた情報から推測する。重要そうな資料室や責任者の執務室といった部屋は、探知できた範囲からは確認できなかった。
「……これ見よがしにご立派な大扉」ベリーヌの挑むような口調。「この先は、ヨルクはともかくユーリスさんですら探査魔術が届かないのね。でも本命はきっと、ここから進んだところにある」
石造りの遺跡のなかでいっそう目につく、ツタが這ったような金属で装飾された扉。
この豪奢な扉の向こうから地上までのあいだは、霧やもやで包まれたかのようになっており、判別することができない。半永久的に付与された太古の術式だけではない。この瑞々しく稼働する魔力の流れは、いま現在も動き続けている魔導機器によるものだ。この先の状況は不明である。
「ベリーヌ様。メルクイーナを」ヨルクは腰から二本の曲剣を抜いた。「ボクが前に。もうこれ以上、みなさんに見っともない姿をさらすつもりはありませんよ」
地下水道で停止したゴーレムからの信号を、この遺跡に巣食う者が受け取ったのであれば、外部から探査されないこの扉から先に潜んでいるはずだ。
ベリーヌの頭上に白い輪があらわれる。ふざけているとしかいえない魔力圧の、固まった炎のような晶析武装だ。ヨルクの構える曲剣には、灰色に近い色の魔力が輝く。シンシアはやわらかい白色の光を短杖に込め、紅玉でつくられたかのような竜の腕をフロムが顕現させた。ユーリスも、テオから受け取った剣に銀色の光を走らせる。全員で頷いて、ユーリスとヨルクがいっしょに扉を押し開いた。
すぐに目に飛び込んできた光景に、「……えっ」全員が硬直する。
天井も見えない、薄暗く広大な空間。どこぞの城にある大広間のように、真っ赤な絨毯が敷かれた床の中央で人が倒れている。
その腰まで届くであろう紺碧色の髪は、絨毯のうえでゆるく波打ちながら広がっている。エルフという種族の血の濃さがよくわかる長くてとがった耳が、その紺碧のあいだから目に映る。こちらに背を向ける身体には、肌に貼りつくような白い衣装に、エルトライダー家の紋章が刺繍された灰色のケープマントが重なっていた。
ユーリスもよく知っているこの姿は。
「ル、ルミナさん!!」シンシア。
「ルミナ、どうして!?」ベリーヌ。
倒れている人物に向かって、全力で走りだしたふたりの聖女候補。違う。これは。
「罠だっ!!!」
ユーリスの警告に足を止めるふたり。彼女たちの目前で、倒れている人物を中心に床から紋様が現れる。それは瞬間的に輝くと同時に、紋様全体から木の枝にも見える刺々しい光の槍がいくつも突き上がった。
光の槍は倒れている人物を貫いている。否、通り抜けているように見える。
「なっ、雷鳴樹の幻視!?」
ヨルクの声と同時に、倒れている人物は霧散していく。
その存在は、やはり魔力によってつくられたまぼろしであった。広間を視界にいれた直後、ユーリスの目は床に仕込まれた魔道具も、倒れているモノが人ではない、魔術によるものであることも見破った。が、この力がなければ看破することはできなかったほど、とても精巧なまぼろしであった。
呆然と立ち尽くすシンシアとベリーヌのそばまで、ユーリス、フロム、ヨルクが急いで駆け寄る。すると、いま入ってきた豪奢な扉が大きな音をたてながら閉じる。
「しまっ!」
まずい。扉に振り返ると、あのやけに目についたツタのような装飾が、左右から伸びて絡みあい、皮肉なほど美しく扉を封じてしまった。
即時、フロムが風のように走りだし、全力で振りかぶった竜の拳を扉に向かって殴りつけるも、「……くっ」装飾の表面に亀裂を生じさせただけに留まる。時間をかければ突破できるかもしれないが、状況がそれを許しはしないだろう。
ユーリスの星属性が、この場にふたりの人物が現れたことを知らせる。
この場所をじゅうぶんに明るくする、魔導機器の照明が灯された。
円形の大広間は、たったいま閉じた箇所を含めて十字の方角に大きな扉が存在している。それらすべてがあの装飾、おそらく地属性魔術でつくられた、魔力金属のツタで封じられていた。石造りの壁には等間隔にカーテンが引かれており、不穏な気配を奥から漂わせている。そして床の紋様から出現した光の槍は、対象を捕らえられなかった失敗を恥じるように、まもなくこの空間に黄金色の破片となって散りばめられた。
そんな美しい煌めきの向こう。ユーリスたちが入った扉の反対側上部。大広間を見下ろすように突きでたテラスには、自分の知っている美しいエルフの少女と、見覚えのない初老の男性ヒューマンが立っていた。
「ピッテン!」ヨルクの悔しそうな声と同時に。
「……ルミナさん。なぜ、そこに……そのひとの、となりに?」シンシアの困惑と。
「…………──っ!」まるで知っていたかのように、諦観と絶望の沈黙を叫ぶベリーヌ。
冷ややかな印象を与える顔つき。引き締まった身体に神官として最上位を示す白い服装をまとっている。帝都教区長ピッテン・ザイオニールが、その手に持つ大振りな錫杖をテラスの床で鳴らす。
「星属性とは面倒なものだな」ユーリスに向けられた張りのある声色。「ポートメリオンでも探知能力に優れているとは耳にしたが、そうも一瞬で看破できるほどか。まったく、星の光というのはどれも忌々しい」
「……ベリーヌさんから聞いたとおりだね。あの隧道路線で暴れていたゴーレムは、港町を危機におとしいれたのはおまえの仕業か!」
「誤解なきよう。起動は私にとっても誤算だったのだよ。まあ、動作確認ができたことは助かったがな。アレらを処分してくれた諸君にもお礼をいおう。おかげで、今日のゴーレムは効率よく動いてくれるはずだ」
今日のゴーレム。その言葉に身構える自分たちに対して、ピッテンは愉快そうに、「ああ、違う違う。ここじゃない……いや、ここだけじゃない」と笑いながら手を振る。
「まもなく執り行われる、騎士団総長とわれらが聖女の結婚式典。延期となったことで、むしろさらに多くの人々が集まったこの帝都。大陸が……いや、魔界を含めた世界中が注視するこの都市で、今日! 光属性の時代が始まるのだよ!」
この物言い。この言動。この不気味な熱情。ユーリスの頭にふと浮かんだ光景は、魔導列車の食堂車で襲撃してきたアルコニア傭兵団、牙弾セネルの演説だ。フロムも同じことを考えたのか、「山の外はこんなのばっかりなのか」と呆れたふうに頭を振る。
しかし、シンシアはピッテンなど眼中にないように、「ルミナさん! 答えてください、その人に捕まった……いえ、脅迫を受けて!?」と悲痛な叫び声をあげる。自身を無視されて不服そうな教区長とならぶように、星継ぎの聖女候補が一歩だけ前に進みでる。
「シンシアさんと、ベリーヌさん。そしてほかの方も。よかった。ここまでたどりついてくれて安心しました」どこまでも穏やかに聞こえる声。「昨日はシンシアさんをここへお連れするために、ゴーレムを向かわせたのですがあっけなく全滅。ベリーヌさんはあれからまた実力を付けられて、お供の騎士も信頼のおける腕をしてらっしゃる。とても喜ばしい。ただ残念だったのは、古教会からではなく地下墓地から来られたことです。地下水道経由の場合、途中でゴーレムと合成魔物の余計な迎撃があったでしょう。心配しておりました……ユーリス様、フロミシア様。この架け橋の祝福に、感謝いたします」
「……昨日のおかしな教団クエスト。ルミナさん、あなたから紹介されたものでした。そして、この下級神官服もあなたから受け取ったもの。あのゴーレムたちが、風属性が通じにくい場所でも私を追跡できたのは……もしかして、この服にあなたが魔術的な細工をしていた、から?」
気持ちが伝わったと、そんなふうに微笑むルミナ。彼女の表情を目にして、シンシアは声にださず、「────!」しかしこれ以上なく伝わってくる慟哭をあげる。
今のやりとりからわかるとおり、ルミナは自身の意思で、自身の目的があってあの場所に立っているようだ。彼女はシンシアへ哀しそうに眉を下げては、続けてベリーヌに向かって、「お久しぶりです、ベリーヌさん。さびしかったですよ? ゴーレムを運び出した線路で、私にあいさつを送ってくれなかったことが、とても」と、口元に手を添える。
その言葉を贈られたベリーヌは、「あのとき、私とヨルクに気づいていたのね」と、顔を伏せたまま拳を握りしめた。
「……知っていたのですか? ルミナさんが、彼らの仲間だと……」
シンシアのどこか非難するような声色に、ベリーヌは答えない。その代わりというように、ルミナが「ゴーレムを運び出す路線区画では、ピッテン様と一緒に私もいました」と応じる。
「ルミナくんには困ったものだよ」ピッテンの声は大きい。「ドワーフの聖女候補のことを昨日まで黙っておきながら、次はふたりの聖女候補を地下施設で保護したいと……わがままばかりだ。まあ結果論ではあるが、こうして天譴輪をこの場所に誘い込めた事実はとても大きい。それに星属性か。すでに奴らを裏切ったあとだが、ルミナくんのためにも、この男を使って研究を続けることには意味がある」
ユーリスは先ほどの研究室を思い出した。やはりあの部屋には、ゴーレムとは別の目的があったのだ。
そして今の言葉。自分たちの疑問をシンシアが代弁した。
「ルミナさんの……ため?」
「そのとおりです、シンシアさん」ルミナの声が、大声で泣き叫ぶよりもずっと悲痛に聞こえる。「ピッテン様は、どこにもいけなくなってしまった私に希望を与えてくれました。それはとてもか細いものだとしても、すがらずにはいられない唯一の光なのです」
黙り込む自分たちに向かって、ルミナは声色をそのままに、しかしどこまでも軽やかに笑いながらいった。
「私の属性が、派生してしまいました。虹属性。命属性とならんで……いいえ。神官としてなら、それ以上に目立たない光属性からの派生。私はもはや、星継ぎの聖女候補なんかではありません。ルミナ・パス・エルトライダーは、候補のなかで間違いなく、聖女からもっとも遠い存在になったのです」
= = = = =
聖女候補が請け負う教団クエスト。これには、ある不文律があった。
より困難な内容を。より遠くまで移動することを。より深刻な状況に踏み込むことを。なによりも失敗は許さないこと。そんな聖女選定の評価に組み込まれるという暗黙の了解。ほかの一般的な神官よりも手厚い支援を受けるがゆえに、しぜんと生まれた評価基準。
ゆえにルミナも、強力な存在に立ち向かう討伐クエストを率先して受注することは、当然の流れであった。
神殿から卒業してまもなく、ベリーヌができるようになったと聞いた晶析武装を、ルミナもなんとか会得できていた。
より効率的に教団クエストをこなしていき、世界への見識を広め、実家から期待という重圧を受けとる日々。そんなころに目にした教団クエスト。なんでも、山岳奥地に現れた危険生物に、付近の村が大きな被害を受けているのだとか。
もう自分は、自分の望む先へと進める。そんな自信ができはじめていたルミナは、すぐにその依頼を請け負った。そして、世界の広さを身をもって知ることになる。
魔物や戦人形、さらに自然現象すらも凌駕する被害を、周囲に与えるものが存在している。
太古の神話。伝説。英雄譚。被害記録。そして絵や文字に言葉だけでなく、この大地への悲惨な爪痕によって。後世に語り継がれるそれらに必ずといっていいほど登場する生物。付けられた名は、現れるものを意味する言葉。スペクトラム。
ドラホーンではない生物としての竜。存在そのものは公に認められているものの、その全容はいまだに判明していない世界魚。過去、多くの痕跡が存在を示唆しているのだが、学会では未発見とされている巨鳥など。なんとか対処できるものから、民が国の都を捨ててまで避難せざるを得ないものまで幅広い。
ルミナが邂逅した馬も、そんなスペクトラムの一種であった。
傷ひとつ、与えられなかった。なにひとつ、防ぐことはできなかった。どこまで逃げても、すぐに追いつかれた。
青白い炎を身にまとう濃紫の皮膚は艶があり、美麗なたてがみは目を見張る白さ。落ち着いた色彩へ差すように輝く、紅い瞳がいっそう目立つ美しい馬。
本命聖女候補であるルミナには、神殿騎士のなかでも特に精鋭の三人が護衛に付いていたが、彼らをして攻撃をしかけるも、ほこりを払うように魔力の波動で弾かれてしまった。通常、動物や植物といった魔力を使う生物は、属性に術式を付与するものだが、この馬はそんなそぶりも見せず、あくびをするように攻撃を防いだ。
自分たちでは相手にすらならない。すぐに判断したルミナと騎士たちは、しかし、付近の村ではない方角に誘いながら退避した。討伐することはできなくとも、せめてこの馬の危険から村を遠ざけるために。
そんな最期の矜持すら踏みつぶすように、馬の攻勢は激しく、ひとり、またひとりと騎士が倒れていく。唯一の救いは、馬は彼らへとどめを刺すことよりも、動いている者を優先して攻撃してきたことだ。そして自分と最後に残った騎士が追い詰められたとき、刺し違えても一矢報いようとした騎士の前に飛び出して、自分たちを救うためにも、ルミナは残りわずかな魔力を振り絞る。すると馬は、見当違いの方向へ爆炎を飛ばし、身体を震わせてからどこかへと去っていった。あのときの騎士の顔。騎士の瞳に映った、自分の顔。ルミナは今でもよく覚えている。
光から水に近づいた派生属性、虹。おもに幻影やまぼろしをつくりだす術式に長けた属性だが、活用できる場面は非常に限られており、少なくとも人々を導いて、最前線で平和を築いていくことなどできない力。派生してしまった。純粋な光属性ではなくなってしまった。なんとか倒れていた騎士たちの命を救うことはできたが、以前のような治療魔術は、もうその時点で行使できなくなっていた。
経緯を知った実家からの罵倒、叱責、失望。まもなく、この身体と魔力、それにエルトライダー家の紋章が描かれたケープマント以外には、血縁関係といえる要素はすべて排除された。騎士団総長と聖女の式典で行うはずだった、祝辞を述べる役目から降ろされた。聖女選定機関をとおしてのそれは、自分が選定対象外だと通告されたも同然である。
自由の身となった。生まれ持った役割から解放された。そして同時に、どこかへといくための足も翼も失った。
そうして流れ着いた先は、帝都のサントファル大聖堂でエイラートに保護されながら、都市で簡単な治療クエストをこなす日々。死んでいないだけで生きていない。そんな目で生活するルミナに声をかけたのが、ピッテンだった。
= = = = =
「属性研究。かつてキーリンチュアが実現した以上の、派生属性の補完。いいえ、純粋な属性への復元。とても信じられる話ではありません。ですが」
ルミナがピッテンに視線を送る。応じるように片頬を吊り上げた男は、その手に持つ錫杖を高くかかげた。すると、この大広間の天井近くで空間がゆがみ、ねじれ、集い、その中心点から銀河の星火がこぼれはじめる。空間から現れたのは、あの黒い輝き。戦人形や魔物が身にまとっていたものとは威圧感がまるで違う。かつて羽鞴山でルーフェンの身体から出現したものと同じ、命に警鐘を鳴らす戦慄の源泉だ。
魅入られるように、ルミナが頭上の黒い光を見上げる。
「この輝きが、私の考えを改めさせました。ありとあらゆる属性を打ち消す力とは、それすなわち、ありとあらゆる属性の要素を含むもの。魔力を封じる闇属性とは話が違います。この力を目にした私は、ピッテン様からの交換条件である、ゴーレム製造計画に協力することを受け入れました。たとえ虹属性になったとしても、この練り上げる魔力の質はゴーレム製造に有用であったようです。この黒い光に耐えられる魔力回路の製造に。……人々を苦しめる魔導兵器の材料に」
「わからない」ユーリスは、虹の聖女候補を見つめる。「その黒い光に、そんな希望を見いだせるとはとても思えない。今この瞬間にもぶつけてくる絶対的な敵意。俺たちが生きる世の中にあってはいけない輝きだ。たとえどんなに強い力をもっていたとしても、君や、君がたいせつに想っている人たちのためには、断じてならないはずだよ」
「ええ、そうでしょうね」すぐにそのように答えたルミナ。「きっとそうでしょう。もとの純粋な属性へと戻れるなんて話も、そう都合の良いものではありません。私自身、自暴自棄になっているのかすらも判別がつかない。それでもあなたなら、決断そのものは別として、この気持ちが少しぐらいわかっていただけるのではないでしょうか。イドラ神殿で教わりましたよ。十数年前、世界に知れ渡ったお話。グリュークの星は虚構の輝きだったというお話。ねえ? 堕ちた星屑のユーリス様」
ユーリスは、ルミナの放った言葉ではなく、彼女の目を見たことで口を閉じた。知っている。ルミナのあの目を知っている。
ずっと鏡のなかに存在していた。家を出て、好奇と蔑みと無感情の視線にさらされながら住みはじめた、あの狭い部屋での毎朝、毎晩に見た。その日その日を生きるためだけに生きていた日々を、塗りかさね続けた希望なき瞳の色。
自分は自分だからこそ、いまのルミナを否定するような発言はできない。できるわけがない。
「いいや。この男には、わからないだろう!」
広い空間に轟く、竜の少女の否定。
「正確にいえば、もはやわからなくなっただろう! もう二度とそんな気持ちを、思いを! 私がこの男に、抱かせたりはしないからなっ!!」
テラスに向かって力強く踏み出すフロムの言葉を聞いて、ルミナは祝福するように「…………それは、すばらしい」あるいは泣きだしそうに微笑んだ。自分も、フロムの背中に一瞬だけ思いを馳せたが、深呼吸をひとつしてから彼女の隣にならぶ。
「くだらん」うんざりというようなピッテンの声。「星の光? 本物であるわれら光属性と比べたら、虚構の輝きであることは今でも変わらん……。あぁ! 虚構……嘘、偽り、真似事! キーリンチュアはなんと愚かな発明をしでかしたのか!」
情緒が安定しないピッテンの様子に、ユーリスたちは眉をひそめて言葉を失う。教区長は頭をおおきく横に振り、黒い光を仰ぐように両手をあげた。
「昨今、光属性を模倣した魔道具が世間にあふれかえっている……治療魔道具!? そんな模造品を頼りにした愚かな紛争が、この瞬間にも繰り返されている! 教団が長年、築いてきた光属性の独占が、平和維持の力が揺らいでいるのだ。教団の力を取り戻さなければいけない……!」
「ピッテン・ザイオニール」メルクイーナをかまえるベリーヌがいう。「その不気味な光ごと、木っ端みじんにされたくなければ答えなさい。あなたは今日、ゴーレムを使ってなにをするつもりなのかしら?」
やっと聞いてくれた。その思いを満面の笑顔で表現するピッテンが、「聖女候補による救いだ!」と、自分たちを見下ろした。
「この後、まもなく地上に大量のゴーレムがあらわれる。この輝きをまとって暴れまわるのだ。建物は崩れ、人々は傷つき、救いを求めるだろう。ほどなく帝国騎士団に鎮圧されるだろうが、急襲によって流れる都市の血は、オルコン川を深紅に染めるはずだ。……ははっ! 安心するといい。この都市には聖女候補が集っている。彼女たちによって、救済の光によって人々は救われる……光属性の威光を、ふたたび世界に刻み込むのだ!!」
絶句するユーリスたち。
牙弾セネルと同じく、あるいはそれ以上の狂乱。ピッテンの様相に沈黙するしかない自分たちのなかで、ベリーヌだけは小さく頭をふって、「わかった、もういい」とつぶやいて腕を振り下ろそうとする、直前。
その影が目に映ったユーリスは、反射的にベリーヌの前へ飛び出した。
「ちょぉぁあぶないっ!」
叫ぶ彼女がメルクイーナを緊急停止させる気配を背にしつつ、ユーリスは広間の壁、カーテンの向こうから射出されてきた黒い糸の塊を斬り払った。さらに別方向から飛んできた同様のそれをフロム、ヨルクがいっしょに防ぎきる。
「……あ、ありがと」
ユーリスは、ベリーヌの感謝に視線だけで応じて、そのままフロムに目を向ける。
「また、あの魔物だ。いけるかい?」
竜の少女が頷いた。彼女の竜の腕に星の力を送ると同時に、カーテンが奥からめくり上がって巨大蜘蛛、そして数種類の戦人形が続々と現れはじめる。やはり戦力を待ち伏せていた。カーテンは布地の形をした隠密装備といっていいもので、その効力で奥の存在を隠していたようだ。
そして、気がついたユーリスは天井を見上げる。アレはなんだ。黒い光の源から戦人形に向かって細い光が、道が延びてつながっている。さらに戦人形からは、同じく魔物に向かって黒い光がつなげている。
まるで光と光に線を結ぶ、暗黒の星座のように。
戦闘態勢をとる自分たちに、「残念です」ルミナの声が耳によく聞こえる。
「雷鳴樹の幻視に捕らわれていたら、余計な怪我などされないまま、この地下施設で保護さしあげられたのに……。私たちは、みなさまをけっして軽視してはいません。ここにはじゅうぶんな戦力を残してあります。ピッテン様と私はこのまま地上へ向かいますが、追いかけてきてはいけませんよ。どうか、ここでおとなしく──」
「待ちなさい、ルミナ!!」ベリーヌ。
「話を! 私たちと、話をしてください!」シンシア。
ピッテンが、黒い光の源を伴ってテラスの奥に見える扉を開いた。去り行く男と光にルミナも続く。こちらを見ることなく、否、目をあわせぬようにして。
「みなさん、来ますよ!」
ヨルクが二回ほど、戦人形や巨大蜘蛛に向かってけん制の斬撃を飛ばした。その美麗な音で目を覚ましたかのように、ベリーヌがメルクイーナを輝かせては、圧倒的な魔力量の光魔術で、近づいてくる敵を薙ぎ払う。たとえ黒い光に防がれたとしても、それらの前進を押し返すほどの威力だ。ユーリスも、腹に魔力を溜めはじめた巨大蜘蛛に、銀の剣閃を飛ばして動きを止めた。
しかし「数が、多いな……!」と、フロムがいうように、最初にどこから切り崩せばいいのか判断がつかない。せめて退路を確保しながら戦いたい。ユーリスはそう考えて、背後の閉じた扉へ魔力探査を飛ばした。すると。
「……へ?」
その反応に、おもわず敵から目をそらして振り返った。ユーリスは目をおおきく見開く。扉の封印がすでに解かれていたからだ。
いつのまに開いていたのかと困惑していると、さらに扉が勢いよく開かれる。ほかの仲間たちも、びくりと身体を震わせながら後ろに構える。
「君は!」
背後から敵の奇襲、ではなかった。帝国騎士団の所属を示す鎧。それを身にまとった者たちとともに、現れた人物。
「すまない、ユーリスさん。遅刻した!」
背中から生やすは、濃い緑色に輝く、骨のように細く尖った翼。その両手には同じ色をした鋭利な竜の爪。それぞれ細く小さいにもかかわらず、圧縮された魔力量に目を奪われてしまう竜体化。顕現させる男性ドラホーンは。
「クライドさんっ! 待ってたよ!」
ユーリスの声に一瞬、微笑みを向けた彼は、姿が消えたかと思わせる速度で大広間に飛び立ち、烈風をまとわせた竜爪で魔物と戦人形に次々と切り込む。あまりにも速すぎて視界に緑閃の残像だけを残す姿は、まさに竜の力。
そしてフロムが「よ、四か所だとぉ!!?」と驚き叫ぶように、彼は背中の両翼と両手に竜体化を顕現させてる。ユーリスが羽鞴山で目にした竜の戦士たちは、三か所までが限界だったのに。
風の竜に目を奪われていると、「あのあの!」シンシアが自分に向かって声をあげた。
「ユーリスさん。待ってた、とは?」
「黙っていてすまない。じつは、神殿遺跡にはフロムのほかに彼、クライドさんというドラホーンと一緒に探索してたんだ。星の探査能力を見学したいといわれてね。地下に黒い光の反応を探知できた俺は、彼に騎士団への通報を依頼して、フロムといっしょに君たちのところまで走ったんだ」
「え~! 黙っていたなんて人が悪いなあ!」ヨルクは軽口を叩きながら、しかし魔物へ攻撃する手を休めない。「でも、助かりました。これならピッテンたちを追いかけられる!」
「ピッテン!?」大広間に駆ける緑の閃光が叫ぶ。「おいおい、教区長が一連の騒動の黒幕かい! そりゃ私たちも苦労したはずだよ」
私たち?
「クライド様!」続々と広間に切り込む騎士のひとりが叫ぶ。「たったいま別動隊から連絡が入りました。地上でゴーレムが、例の光を扱う魔導兵器が大量に出現したとのことです!」
様?
そばのベリーヌが、「ふん、あいつが骨翼ってやつね……」となにかに納得して頷いていた。なんの話かはわからないが、しかし、重要なことが別にある。ユーリスの頭のなかにはひとつの考えが浮かんでいた。
「みんな、聞いてくれ! さっきピッテンが出現させた黒い光の源から、それぞれゴーレムに向かって光がつながっていたよね? 血液をとおすように脈動していたあの道を断てば! 大元の供給を断てばきっと、奴の管理下にある魔導兵器からあの力を消すことができるはずだ!」
「えっと、ボクにはその道は見えませんでしたけれど、ユーリスさんだからこそ見えたものでしょう」ヨルクが大広間向こうの扉へ目を向ける。「目標が単純で助かりますね! ですが、ピッテンが向かった先へ続く扉は閉じたままです!」
彼のいうとおり、この広間で開いた扉は自分たちが背にした箇所だけのようだ。
その事実にフロムが、「わかった、増援がきたなら遠慮はしない!」と銀に輝く竜の巨腕を振りかぶる。クライドと騎士団の者たちによって、すでに戦人形と魔物の隊列は乱れている。目的の扉まで、道が開いている。
竜の少女がそれらのあいだを疾風のように駆け抜けては、扉の手前で跳ねると。
「二星降着──」
あの日、青い竜との決着をつけた一撃を、銀に輝く竜の巨腕を金属のツタで覆われた扉に叩きこんだ。
「──リカレント・ノヴァ!!」
竜の腕が砕けると同時に、幾度もの小さな爆発が銀色に炸裂して金属のツタを砕いては、分厚く頑丈な両開きの扉を奥に向かって吹き飛ばした。
その爆音に、騎士たちは一瞬だけ戦闘の手を止めて二度見した。
「ユーリスさん、フロムさん!」クライドだけは油断なく動きまわっている。「そして教団の方々! どうやら今回こそが、星属性の力に頼るべき状況らしい! ここは私たちにまかせて、その原因とやらを追ってくれ!」
壁のカーテンはすでに破れ落ち、奥に見える通路からはまだ追加戦力の気配を感じさせている。この広間の大きさにあわせているのか、あるいは自分たちを捕らえるために調整されているのか、広間には制御された数が送り込まれているようだ。
フロムのところに移動しながら声をあげる。
「クライドさん、頼んだ! みんな、いこう!」
ユーリス、フロム、シンシア、ベリーヌ、ヨルクは広間を出て突き進む。すぐに目に映った階段を駆けのぼりはじめた。途中、先ほど見上げたテラスへつながる道を確認できた。ピッテンとルミナはこの階段の先にいるはずだ。
まもなくたどりついた場所は、こぢんまりとした教会の身廊と思しき場所。「ここ、丘の教会です!」とシンシアがいうように、例の丘にでられたらしい。視界の向こうに開かれた教会の扉から、夕日の光がまぶしく映り込んでいる。
五人は互いに頷きあい、決意を固めてその紅い光に向かった。
= = = = =
小高い丘の上から見渡す光景。沈む直前の夕日がひときわ輝き、帝都の各地から煙が立ち昇る様子を照らしつけている。
心をかき乱す焦げ付いた匂い。精神を揺さぶる爆音と悲鳴。魂を突き刺す死の気配。教区長の言葉どおり、帝都を流れるオルコン川は今この瞬間、都市に流れている鮮血の色となっていた。河口には船が集う港。川をかける橋のたもとには商業区画にいた人々。この場所からは各所の混乱がよく観察することができていた。
この惨事の元凶が、シンシアの視界に入り込む。
「みなさん、あそこです!」
この丘には、植えられた樹木や大きな建物といったものは見当たらない。地属性が使用される工事によって、地下の存在が露見しないようにするためだろう。背の低い灌木と花畑、軽食や休憩所がちらほらと散見できる程度の、視界が広く解放された見晴らしの良すぎる空間。シンシアの記憶から変わらぬ場所。
その中央の大きな広場に、教区長と聖女候補の真っ白な衣装がやけに目立っていた。そしてふたりの頭上に輝く、黒い光。
もうユーリスもためらうことはしないようだ。
五人でいっせいにピッテンとルミナのもとへ駆けつけながら、彼は銀の剣閃をピッテンの背中に向かって切り飛ばす。しかし、「……くそっ。そう上手くはいかないか」不意打ちの剣閃は途中でゆがみ、消失する。弾かれた、打ち消された、防がれたという印象ではなく、どこか遠くに飛ばされたように。
ベリーヌも天譴輪を維持しているが、教区長のすぐ隣にはルミナがいる。その手が振り下ろされることはなかった。
「……ほう?」意外そうに、しかし、焦燥感なぞ欠片もない余裕の表情で振り返るピッテン。「ずいぶんと早かったな。あの量のゴーレムと魔物をもう切り抜けるとは。ふむ、ルミナくんのいうとおり、この輝きを伴っておいて正解だった。私は君を過小評価していたらしい。星属性よ」
「帝都教区長に一目おかれて気分は悪くないが、俺の力じゃない」ユーリスは改めて剣を構える。「この都市の騎士団は優秀だよ。あの広間を閉ざしていた扉をあっというまに解錠し、俺たちの援護をしてくれたんだからね。おまえの計画はここまでだ、ピッテン。ここでその黒い光を消し去れば、すぐにでも都市で暴れるゴーレムたちは鎮圧されるだろう」
「騎士団が、あの扉を……? 解せんな」教区長は眉をひそめるが、すぐに小さく頭を振った。「いや、たいした問題にはならん。それに星属性。ひとつ勘違いをしている。私は君よりもずっと、この都市の騎士団が優秀であることを承知しているつもりだ。当然、対策を準備しておいたのだよ。そら、見たまえ」
ピッテンが腕を指し示す場所に、大きな土煙が天へと昇る。遠目にも映るほどの、背の高いおおきな戦人形。夕日色に輝く巨大な鎌を振りかざすさび色の鋼鉄が、煙のなかからゆっくりと現れた。それは港に向かって歩みを進める。
「船に乗り込んで逃げようとする人は、とても多い。騎士どもは避難する彼らの誘導だけでも苦労するだろうに、あの闇属性の鎌だ。混乱にさらなる混乱を重ねる。対処するのはとても難儀なこととなる……あぁ。きっとそうなるはずだ。各地の紛争ではよく目にした光景であった」
シンシアのそばで息を呑むフロムとヨルク。しかし、「まだだ」教区長は反対側に顔を向ける。
オルコン川にかかる橋のたもとでは、巨大の猪に見える鋼鉄の躯体が暴れていた。鋼鉄の猪に向けられた魔力の攻撃がかすかに光るも、その黒い光をまとう躯体には効果が薄いようだ。あるいは、まったく効果がないのかもしれない。
「あの二体は特別でね。もともと別の目的で製造したものなのだが、今日のすばらしい日に活用させてもらうことにした」
この光景にベリーヌはとっさに腕を振り上げるが、ずっと黙っているルミナの背中を見て、「……っ!」その腕は、動かない。
「ユ、ユーリス!」竜の少女が、星属性の男を見上げる。「あの厄介そうなゴーレムは、私が飛んでいって相手を──!」
「いや、だいじょうぶだよ」
彼の発言に自分やフロム、ベリーヌとヨルクが怪訝な表情となった。
さすがに教区長も、彼に向かって不可解そうに片眉を上げて見せる。自分たちの問いかける顔を向けられたユーリスは、強い確信を持った瞳でこちらに微笑んだ。
「この周辺一帯に魔力探査を飛ばしたんだ。まったく、本当に彼女の勘ってやつは信用できるじゃないか。メリオン・ゲトリーブ駅が懐かしくなってくるよ。それに、ゴーレムなんかよりもよっぽど危険な人が動いている。この騒動が終わった後はきっと、帝都の地図を更新しなければいけないね」
シンシアは、ユーリスの発する言葉の意味がどうにもわかりかねて首をひねる。
ただルミナだけが、静かに帝都の惨状を眺めていた。
= = = = =
近づいてくるグランシオネ港は、周囲の人々の避難先となっていた。
われ先にと帆船や魔導船に乗り込もうとする人々の混乱により、帝国騎士団、また治安維持警備隊の面々は誘導に苦労しているようだ。
「次の、次の帆船をお待ちください! もうまもなく、あの船がここへ停泊します!」
警備隊の必死な誘導が、男性の怒声、女性の悲鳴、子どもの泣き声といった、人々の恐怖する声色でかき消えている。
去り行く帆船に向かって戻ってこいと叫ぶ彼らの背後には、あの鎌を背負った大きな戦人形がゆっくりと迫っていた。実力があると聞く騎士団が対処するも、情報の連携が行き届かなかったのだろうか、港に避難してくる者は途絶えない。護るべき対象がどんどん増えていく。ふだんであれば避けるだけですむ攻撃も、地属性をあつかう者が防壁をつくりあげ、風属性の者が攻撃を逸らせることへ注力し、防戦一方となってしまっている。
「はやく……はやく!」「お願いこの子を、私はいいから先にこの子だけでも!」「それ以上押すな! だれか海に落ちちまうぞ!」
帆船がやっと停まった。しかし、押し寄せる混乱で船と岸をつなぐ階段状の桟橋、ギャングウェイをうまく設置できない。さらに追い打ちをかけるように、鎌の戦人形がこちらにむかって凶刃を振りかぶる。騎士や警備隊の魔術が間にあわない。
戦人形は、船に集中する人々へ暗黒の斬撃を飛ばしてきた。
「永遠なるわれらの故郷。聖なる第二の土台石──」
宝物となったこの短杖に魔力を込めて、光魔術を行使する。
「──ザフィーリ・ティーフォス!」
聖女候補ハーティは防壁魔術を展開した。この船上から眼下に見える人々の向こうへ、蒼玉でつくられたかのような防壁を走らせる。それは多少のひびを生じさせながらも、戦人形の攻撃から彼らを救うことができた。
「ハーティ、つかまれ」
ハーティは自分を護衛する神殿騎士、テオの首に腕をまわす。
彼といっしょに船のへりに足をかけ、そのまま勢いよく跳躍した。人々の唖然とする顔を飛び越えて着地すると、久しぶりに味わう大地の感触に足が感動してしまった。次はこちらから攻めるために防壁魔術を解除すると、同時にテオが振り返った。
「いくぞ、エル……って、おい!!」
自分たちの後に着地する音。
もうひとりの護衛である神殿騎士エルダが、後ろにまとめた赤銅色の長髪を揺らしながら、足元に小さな炎を爆ぜさせて飛ぶように戦人形に向かっていく。彼女を迎撃するために、戦人形が鎌を振り下ろすも。
「このあいだのゴーレムのほうがまだマシよっ!」
鎌をかいくぐり、飛翔するように戦人形の腕へ跳躍する。彼女が炎の剣閃で十字を描くも、「ありゃっ!?」戦人形の腕にまとう黒い光でほとんど防がれてしまった。衝撃によって鎌は手落としたようだが、まだ動くその腕がおおきく振りかぶられる。宙で防御姿勢をとるエルダだったが、しかし、戦人形はひざから崩れ落ちた。
着地したエルダは、自身を救った存在に「テオ、いつもありがとね!」と声をかける。彼女に続いて走り出していたテオが、戦人形の脚部に向かって水の円刃を飛ばしていたのだ。
「礼はいらん! それよりも、おまえの勘ってやつは本当にすばらしい!」うんざりしたような表情を見せる神殿騎士の男性ヒューマン。「な~にが、ちょうどいい、だ。もっと良い意味での勘を働かせてほしいものだな!」
ポートメリオンにて。シンシアたちを見送るときに発言したエルダの言葉だ。
「なによ。あの人たちの危機を救えたんだからよかったじゃない。ね? 私の聖女候補さま」
ふたりに駆け寄ったところで、自分へと振り返るエルダの微笑み。自分へ同意を求めるテオの苦り切った顔。
ハーティは心の底から信頼する神殿騎士たちに、苦笑いを見せつつ魔導兵器に向かって指をさす。
「ほらほら、あたしたちはもう二度と油断しないって決めたでしょ!? ここでヘマしたら、今度こそシンシアたちに失望されちゃうわ!」
この言葉に頷いたふたりが、改めて戦人形に武器を構える。
そして周囲にいた帝国騎士団や警備隊が、聖女候補である自分に対して騒めきはじめる。そんな彼らに向かって注意を飛ばすことにした。
「悪いけれどっ! さっきも見たとおり、防壁にひびがはいってしまう程度の候補なの! あたしの神殿騎士は頼りにしていいけれど、あたしの光魔術は過信しないで!」この物言いにきょとんとする彼らにハーティは続ける。「力を貸してちょうだい! あの船が出発したとしても、この港を頼りにする人々がまだまだ集まってくるはず。絶対に、このゴーレムを自由にさせてはいけない。あたしたちと一緒にこの港を、この帝都の人々を護ってほしいの!」
周囲にいたものたちが、それぞれ互いに力強く頷いては魔力武装を行使しつつ、テオとエルダの横に参列しはじめる。
そんな自分たちに対して、鎌を拾って構えなおす戦人形。
「さて。この規模の騒動だとユーリス殿も、きっとどこかであの剣を振るっているのだろう」斧を水属性の輝きに染めるテオ。「彼と戦果報告を交わすのが楽しみだ」
「それなら私は、フロムちゃんに褒めてもらうためにも、ちょっとはがんばろうかしら」火属性を噴出させる双剣を振りかざすエルダ。「……いくよ、みんな!」
ふたりの意気込みを耳にしつつ、ハーティもあの聖女候補から受け取った短杖を握りしめては。
「お願い、シンシア……あたしに力を貸して!」
仲間たちとともに、闇の鎌を振り上げる戦人形に挑んだ。
= = = = =
帝都グランシオネ商業区画。ここでは帝国史上はじめて、防災訓練でしか使用されなかった警報が周囲に響きわたっていた。
第一級緊急警報。魔導機器をとおした担当者の声が、人々を安全な場所へ誘導するための指示を繰り返す。最寄りの避難先は宮殿だ。いまは皇帝のおわす場所が、付近区画の人々が集う緊急避難先となっている。先代や先々代の皇帝ならありえない判断だ。あの白いワンコは柔軟な思考をしているようで安心した。
「……うん、でもあれは、いったいどういうことだったのかしら?」
図体だけはある猪のような見た目の戦人形。おもちゃみたいな魔導兵器。アレが出現したときは第二級緊急警報だった。しかし、たまたま通りかかった自分が、あの戦人形を相手にしはじめた直後だ。
人々へ避難指示を飛ばす魔導機器音声から漏れ聞こえた、「えっ……うそでしょ。トゥールって、あの双極のトゥール……バケモノトゥール?」「マジだよマジ。宮殿を言葉どおりに揺らした、あのトゥールが戦いはじめた!」「まってまって、いま宮殿から……第一級に変更って指示きた!」という会話。するとまもなく、警報の音が第二級から第一級に切り替わったのだ。
トゥールはこの流れに軽くため息をつく。
「ま、いっか。あとで宮殿にはちょ~~~っとだけ文句つけにいくけれど、周囲からひとっ子ひとり消え失せたのは好都合」
高級な物品が捨て置かれた帝都の商業区画。第一級の緊急警報となれば、ふだん盗みを働く者ですら裸になって逃げ出すだろう。周囲に遠慮なんて必要ない。そのように判断したトゥールは目の前に両手をかざす。辺りを強く照らしつける地属性の黄色い閃光。圧縮していく魔力。この武装顕現が原因なのか、猪の戦人形は脚部に誤作動を起こしたように震えている。だが、もう遅い。
このあいだ、弟子に砕かれてしまったくろがねの槍。そして、あのときは顕現させることはなかった、しろがねの槍。黒い槍を自分の両手で持ち、宙に浮いている白い槍を自分に従わせる。
「さて、このおもちゃを片づけたら、ほかの場所で暴れている別のおもちゃも掃除しましょうか」トゥールが黒い槍をかまえると、白い槍も戦人形に狙いを定めた。「こうなったら、帝都全域に第一級の警報を響かせてやる」
弟子と竜の少女は心配いらないだろう。あのふたりが一緒なら、この程度の障害であればなんの危険もなく排除できるはずだ。
ユーリス・パス・オービターと、フロミシア・ケンタウリ。それぞれの顔を頭に思い浮かべたときに思い出した。ユーリスと再会した日。あのふたりを初めて魔導研究所に招いた日。星属性のサンプルを採取して竜眠館に帰したら、あわてた様子でユーリスだけが研究室に戻ってきた。そして、あの弟子は自分に訊いたのだ。
──それじゃ、星属性は仲間に力を貸し与えることができるんですね。仲間を、星属性なんかに引き込むことはしないのですね。
「……馬鹿弟子」
こちらに突撃してきた猪の戦人形。黒い光とやらは地面ごと突き上げれば関係ない。黒い槍の先を軽く振っては出現させた、道路を巻き込む巨大な鋼鉄の拳で、戦人形を上空に吹き飛ばすトゥールがつぶやく。
「本当に、あの子は……」
──良かった。それならフロムは、きっとだいじょうぶだ。
地面に墜落し、次は間違いなく躯体内に異常を起こした猪の戦人形が、起き上がれないまま意味もなく暴れている。
適当に粉砕しおえたら、さっさとほかの区画に向かうことにしよう。そう決めたトゥールがしろがねの槍を意識した。直後、その白い切っ先から猪の戦人形に向かって地属性の魔力が高速で射出され、その躯体をオルコン川まで吹き飛ばした。黒い光なぞなかったかのように。
「さっさとこの騒動を終わらせて、あの子の修行を見てあげないと……今度こそ──」
静かになった無人の商業区画から、くろがねとしろがね、二種の晶析武装を顕現させる女性エルフが去っていく。
= = = = =
シンシアは、ユーリスの話を聞いて安堵するように息をはく。
「なるほど。君の知り合いかね?」ピッテンは薄く笑いながら振り返った。「港の個体が歩みを止めた。あの到着した船から行使された術は、光属性の防壁か。すばらしい、そうでなくてはならない。そして……ふむ。運が悪かったな。商業区画には双極がいたのか。であれば、先ほどのふざけた光景も、さもありなん」
双極のトゥール。その名はシンシアもよく知っている。噂どおりの実力であれば、四つ足の大きな獣型戦人形が、ぽーんと商業区画の上空に打ち上げられたかと思えば、同様の軽やかさで、しかし躯体をひしゃげながらオルコン川にふたたび飛翔し、川底へと不法投棄されたのも納得だ。
しかし、ピッテンが余裕の態度を変えていないように、状況はいまだに厳しい。各区画から昇る黒煙は数を増している。ほかの戦人形は今この瞬間にも被害を広げているはずだ。
「ねえ、ルミナ」ベリーヌは、とうとう腕も上げられなくなった様子で声を絞りだす。「懇願……答えてよ。この光景を、どうしてそんな静かに見てられるのよ。悲鳴が聞こえない? 焦げ付いた匂いがしない? 燃え盛る炎と煙が見えない? 懸命に生きようとする魔力を肌に感じない? 答えて……答えてよ!」
ベリーヌの悲痛な叫びにやっと、ゆっくりとルミナが振り返る。
シンシアは呼吸が止まった。彼女の瞳は、すでに失意の影で覆いつくされていた。虹の聖女候補が、ひと雫だけ哀しみを垂らしたように眉をひそめる。
「私はもう、助けを求める声に応じることはできません」ルミナは、黒い光を見上げる。「純粋な光属性ではなくなった。どこにもいけなくなってしまった。そして、この黒い輝きに心を呑みこまれた、こんな私のなかには──」
彼女にあわせて、ピッテンも錫杖を掲げる。
「──道を照らす光なんて、もうどこにも見えないのです!!!」
黒い光がいっそう輝きを増した瞬間、あたり一帯に爆発するような黒い閃光が解き放たれた。ルミナを中心に広場から、この周囲から、さらにこの丘全体を超える範囲から白い輝きが集いはじめる。渦巻く流星群の輝きは光属性。ピッテンを巻き込みながら、ふたりの身体は光属性の魔力で包まれはじめた。これはただの魔力ではない。シンシアは知っている。直接、これを身体にとおしたことがある。
「どういうことだ、これ!」ユーリスが戸惑いながら周囲を見まわす。「この光属性の魔力。意味不明だ! 物質化していないのに、こんなにも圧縮されているものは見たことも聞いたこともない!」
いつの日か、防壁要塞の屋上でつないだ、あの光。
「みなさん、下がって! 晶析武装が……?」ヨルクが、絶望の声色で見上げる。「……どころじゃない。なんだ、いったいあれは!?」
三人でいっしょに、戦い抜いたあの時間。
「ユーリス。隧道路線で、おまえはいっていたな」フロムが、後ずさりながら声を震わせる。「魔導兵器ゴーレムとは、もともとその存在を目指したものだと……あれこそが、まさにそうじゃないか」
はげましあって、ささえあって。そうして浴びることができた、まばゆい朝日。
「ルミナ。その光は、その魔力は、ルミナ……っ!!」昂る感情のあまり、ベリーヌの瞳から零れおちる大粒の涙。「あのとき、私たちが紡いだ……!」
友達と、手をつないで響かせた笑い声。
「……ルミナさん」
自分の声は、もう彼女には届かないだろう。
夕日は沈んだ。夜のとばりを背にしたことで、わずかに虹色を織り交ぜる白い身体が、浮かび上がるようにいっそう輝いて見える。遠くの港で視認できた大きな戦人形すら、比較対象にすらならない巨躯。低くとも帝都を見下ろすことのできるこの丘ですら、あっという間に駆け抜けることができるであろう長い脚。その届く範囲であれば、翼でもなければ逃げおおせないだろう長い腕。細身の胴体には、胸のあたりに透けて見えるルミナの身体。その首には頭の代わりに、教区長の上半身が突き出ていた。
「ふはっ……ははっ……はははは!! やはりそうだ。このエルフの魔力であれば、可能だったのだ!」
頭が叫ぶ。光属性である男性ヒューマンの声となって、丘に響きわたる。
「巨人、巨人だっ! この目線が、光景が、次元が、かつて存在した巨いなる人々の視座。人類史上、あの輝石要塞リュッポルド・ハルメックでしか成しえなかった偉業を、星属性ではない私が、成し遂げたのだぁあああ!!」
光属性の物質化魔力によってできた、巨人。同質の杖を手に持つそれは、シンシアたちへ。
「……この都市を崩す。光属性の、われわれの、救済の時代を築くために」
もはや手段が目的となってしまった、破壊の意思を向けてきた。
「くるぞっ!」
叫ぶユーリスが、剣を持つ腕のほうでフロムを脇に抱え、逆側の手でシンシアの腰を抱えては弾けるように跳ぶ。同時にヨルクも、片方の剣を放り投げては、ベリーヌの小さな身体を空いた手で抱えつかみ、爆音とともに跳躍する。直後。自分の視界に、先ほどまで居た場所へ光の杖が叩き込まれる風景が映っていた。悪夢でしかない地割れが丘全体へと走る。
着地すると同時に自分の身体が手放せられる。あまりにも現実離れした状況でも、しかしこの足はきちんと立ってくれた。星属性の男は竜の少女に目を向ける。
「こいつをここから、この丘から外にだしちゃだめだ! この場所で決着をつけよう! ……フロム、いけるかい!?」
「す、すまない、ユーリス。あまりに驚きすぎて、腰が抜けてしまっていた」竜の少女は、紅い腕を顕現させては身構えた。「だが、もうだいじょうぶだ。あの青い竜と比べれば、大きさそのものはたいして変わらん。やってやるぞ!」
ふたたび紅い腕に銀の輝きが満ちはじめる。だが、「くそぅ!」フロムが悔しげに見下ろすように、その腕はかなり小さくなっていた。どうやら、先ほどの地下で扉を砕いた際に、彼女自身の魔力をおおきく消耗してしまったようだ。
そしてそれは、「……いける、いけるさ。みんなで力をあわせて!」苦し気に表情をゆがめるユーリスも同様らしい。彼自身も魔力を消耗している。
シンシアはこの状況に既視感を覚えつつ、ベリーヌとヨルクへと目を向ける。そしてほっと胸を撫でおろした。ふたりは無事だった。さらに天譴輪の聖女候補は、いま加えられた攻撃によって吹っ切れた様子だ。
「わかった、ルミナ。そんなところから引きずり出して、たっぷり説教を喰らわせてやるんだから!」天譴輪メルクイーナの輝きは、力強い。「みんな! さっきのピッテンの言葉は聞いたわね!? このエルフの魔力であれば可能だった……つまりあいつは、ルミナの魔力がないとあの巨体を造れないってことよ!」
「それじゃあ……!」シンシアも、その言葉に希望を見いだす。「ルミナさんを開放することができれば!」
「間違いないよ!」銀の剣を構えるユーリスが同意する。「俺の目には、あの胸にいるルミナさんから巨人の全身に、絶えず魔力が走っているのが見えている。彼女はまさに、巨人の心臓そのものとなっているんだ!」
「それは、良いことを聞きました」ヨルクは、一本になった曲剣に魔力を集中させた。「とはいえ、その役目はみなさんに任せるしかない。ボクは、あの喚いている教区長の注意を逸らしましょう!」
「私は青い竜で学んでいるぞ。この手の相手に有効なのは」最初に巨人へと切り込んだのは、フロムだ。「脚だとな!」
すでに夜闇に沈みはじめている丘で、フロムが銀の流星となって巨人に向かっていく。
その脅威の位置を見定めようとしたピッテンだったが、「ぐあぁあっ!」錫杖を手放しては両耳をふさぐ。ヨルクが斬り飛ばした爆音をまともに受けたらしい。どうやら、彼の音属性はこの状況下であれば、存外に有効な攻撃手段であるようだ。
魔術の行使触媒を失い、憤怒の色に染まったピッテンの目が、音を響かせる神殿騎士を捉えた。
「この……やかましく吠えたてる犬がぁああ!」
巨人の腕がヨルクに向かって振りかざされるも、横から飛来してきた銀の剣閃によってわずかに切り裂かれ、その衝撃に上体を揺らしては光の杖を手放した。
攻撃を阻害し、巨大な武器を落とすことができたユーリスだが、しかし悔しそうに巨人の腕を見上げた。
「なんで!? 星属性に耐えられるって、わけがわかんないよ。この魔力!!」
あのルミナの魔力だ。彼にとっては納得できなくとも、シンシアにとっては不思議ではなかった。
そして音属性の騎士と星属性の男によって、巨人の足元に近づけたフロムが、「はぁあああっ!」巨人の左足に竜の拳を叩きつける。シンシアの目にもわかるほどの大きな亀裂が、その足首を中心にひざまで走った。そこへ。
「フロムさん、離れて!」
竜の少女が離脱した直後に、ベリーヌが頭上の輪を輝かせる。
「かの地の獣。光の咆哮。彼方まで轟け。──アレリー・クラ!!」
天譴を下す光輪から輝く奔流が放たれた。シンシアは目を見開く。地下水道や遺跡大広間では、ベリーヌは全力をだせなかったのだろう。天井の崩落を危険視していたのだ。もはやそんな心配は不要なこの場所で、彼女の二つ名にふさわしい苛烈な閃光が巨人の足へと突き刺さる。「……やぁあああ!!」巨人の足を吹き飛ばす光魔術は、そのままの勢いでピッテンのいる頭まで薙ぎ払われた。
「……もうっ!」だがさすがに、巨人の腕によってピッテンの身体は護られてしまった。「でも、今が好機よ。みんな!」
彼女がいうように、片足を失った巨人が体勢を崩してうずくまる。片腕で身体を支えては、もう片方の腕はピッテン自身を護っている。巨人の両腕がふさがった。
ユーリスが、フロムが、ヨルクが武器をかまえて巨人の胸元へと走り、ベリーヌもふたたび天譴輪を輝かせる。決着がつくかと思われたその瞬間。シンシアは、巨人の腕、手、指のあいだから、「──っ!!」満面の笑みを浮かべるピッテンを目にして直感する。短杖に全力で魔力を込めながら走りだし、「みなさん、これは」防壁魔術を展開するも、「罠です!!」間にあわなかった。
教区長が彼自身の両腕を高くかかげると。
「かつて救済のために戦場を巡った私が、触媒がなければ、すぐには魔術を使えないと思ったかあ!」
全身だ。巨人の全身から全方位に向かって、圧倒的な光の衝撃が放たれた。
シンシアは自分の身体が吹き飛ばされるさなかに、ユーリスがとっさにフロムを庇う姿。ヨルクがその身を犠牲にしてでも切りかかろうとするが、わずかに届かなかった姿。ベリーヌが天譴輪を盾にするも砕かれ、その小さな身体が地面に叩きつけられる姿。仲間たちの惨状を目にしつつ、自分も全身に耐えがたい衝撃を受けながら地面を転がる。
「はっ……ははっはははは!」
教区長の、勝利を確信した高笑いが頭に響く。
「光だ。光属性だ! 人々を照らし、人々を導き、人々を救う。この属性こそがっ!」
どうやら、攻撃に参加できなかったシンシアだけが、なんとか身体を動かせるようだ。うつぶせの状態から顔だけを動かし、状況を確認する。
自分の周囲にユーリスが、フロムが、ベリーヌが、ヨルクが倒れていた。大切な仲間たちの身体からは、生存を示す魔力を、命属性が手をつなげられる魔力反応を感じとることができた。
「みな……さん……!」
シンシアは手をのばす。治療魔術を、命の属性を彼らへと必死に飛ばす。こんな自分でも、少しだけ彼らを癒すことができたらしい。治療魔術とは、自身と相手の状態を同調させる魔術から発展させたもの。治療すると同時に相手の状態を把握することができる。ユーリスたちの命を危険な状態から持ち直せたが、しかし、これ以上は無理だ。自分の今の身体では。
「良いぞ。それでいい、聖女候補よ! その治療魔術こそが救いの力、光属性魔術!」
この耳に届く、ピッテンの言葉。これは、かつて先生から教わった魔術。誰かを救うための力。
「生まれる者が少ない貴重な属性! 唯一、他者を治療できる属性! 選ばれし者の、選ばれし者だけに許された救済!」
シンシアの脳裏に浮かぶ、かつての自分の声。
──先生!
「特別な力だ。あぁ、これこそが、世界を救うのだ。もう、あんな目は誰にもさせない!」
自分の今までを思い出す。自分の出発点を思い出す。
──ねえ、先生!
「人を救う力とは、この特別な属性以外にはないのだろう!」
ここまで歩いてきた道を、シンシアは思い出す。
──先生ったら!
「光属性だけが、人々を救えるのだ!!!」
= = = = =
イドラ神殿へと出発する朝。モリバス村の小さな教会で、シンシアは男性エルフへと問いかける。
「先生! 今日こそは教えてくださいよ。どうして先生は風属性なのに、中級神官にまでなれたのですか?」
神官服ではなく、古びたレンジャー装備を身に着ける壮年の男性エルフが振り返り、眼鏡の奥で目を細めた。
「シンシア。出発の直前に訊くことが、よりによってそれかい?」
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シンシアは、ピッテンの言葉に強い怒りを覚えながら立ち上がった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回のお話と同日中に次回を投稿予定なので、引き続きお読みいただけたら幸いです。




