第七十三話「知恵比べ」
城壁の上。
亡者のような人々が銃を持ち、
そこらをうろつくその場所で、
自分よりもはるかに大きく、
重苦しい金属を横に携える女がいた。
短い金髪に
白い肌
青かったはずの目は真っ赤に染められてしまった。
その女はサラだ。
彼女は赤く染められた目で正面に広がる
自然の中をぼんやりと眺めている。
「・・・・・・・・・」
(私、何してるんすか・・・・・)
思考がまとまらない。
何をしているのかわからない。
なぜここにいて
引き金に手をかけているのかすら
彼女は覚えていない。
ぼんやりと頭に霧がかかったように
何も考えることができない。
だが、やることだけは決まっていた。
(そうだ、敵を、敵を倒さないと・・・早く・・・)
そう言って、前方に広がる森に目を向け、
自身が撃ち落とした黒い点の方を見る。
(超感覚)
研ぎ澄まされたその感覚によって出来るのは
見えない場所、見えない敵を把握するだけでは
もちろんない。
視界がある一転に向かって縮んでいき、
望遠鏡で夜空を覗くように
森の中の木々の一つ一つ、
草花や、そこに止まる小さな魔獣すら
見通していく。
(・・・・いない・・・っす)
今度は耳を澄ませ、
木々の揺らめき、風の通り過ぎる音、
魔獣の羽音、足音、咀嚼音、
それらすべてを頭が割れそうなほど
かき集める。
そして、気づいた。
(地下で動いている・・・・穴が開いてる)
何者かが、
いつの間にか開いていた
いくつもある細い穴の一つを通って
地下を動いているということに。
(浅い、魔獣じゃない・・・・)
知っている知識が条件反射的に湧き出てきて、
彼女の次の行動を決定していく。
彼女がやったのは
自分が目星をつけた場所に銃を向けて
「・・・・・・」
火弾を放つことだった。
「・・・・当たったっす」
何かが爆破された。
敏感に拡大された五感で
かき集めた情報からそれを感じ取り、
一息をつく。
しかし、
その当たったところから何かが飛び立った。
「!?」
一直線上に、上へ向かって飛び立つソレは
上空に向かう。
上へ行く黒い点はある高度で
上昇を止めると、
そこで一旦停止し、
突如、方向転換して、彼女の方へ突っ込んできた。
「・・・・・」
その黒点に再び照準を定め、
火弾を放つ。
それを分かっていたのか、
一瞬で見切ったのか、
その黒点はまた急速な方向転換をして、
横に曲がり、その火弾を回避した。
雲を作りながら
ソイツはとてつもない速度で飛び回る。
(さっきよりも反応良いっすね)
それを見て、サラはまた狙いを定めた。
(あのままどこかへ・・・・・・・行ってくれるなら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・放っておいていい)
今にも停止しそうな思考を
どうにか働かせて、
次の一手を決め、動く。
彼女は待った。
数舜だけ待った。
無闇に撃つのではなく、
照準をざっくりと決め、視界に納めたまま
その飛翔体を観察する。
そうすると、そいつは必然的にまた
彼女の方へ曲がろうとした。
曲がるために
急停止し、急発射しようとした。
その瞬間、彼女は動いた。
いくら速く動こうと、
そうやって方向を変えるなら
瞬間的に遅くなってしまう。
その一瞬に向かって
ほとんど未来予知にも等しいような
先読みの射撃をそこに放った。
飛翔体が止まる
その時に向かって
「くっ」
その一発は的確に翼を射抜き、
黒点は見るからにバランスを失っていった。
よろよろと落下していく。
(あれは・・・ルーカスさん、
あれは敵、敵?あれ?そうだっけ。
・・・・違う気がする。
あれ?でも、今私は、何を・・・・・)
その落ちていく最中、
「まだイケル!」
翼が再構築される。
ルーカスは翼をどうにか修復し、
また飛び立つ準備を整えつつあった。
そのはずだったが、
ドオン!!!
引き金はもうすでに引かれていて、
再構築しかけていた翼も
もう片方の翼も壊される。
「ああクソ!!」
最後に彼へ直接
着弾し、表面で爆発が起きると、
彼はそのまま地面へ落下していってしまった。
(敵、殲滅、完了・・・・)
難なくやったようにも思えるが
実際、一ミリでも手元がぶれていれば
サラの元までルーカスが来ていただろう。
近づかれれば
彼女に勝ち目はない。
「ふぅ」
安堵の時間。
一瞬の休息。
だが、敵がそれ以上悠長に
暇を彼女に与えるわけはない。
突如、彼女の正面の森から轟音が響く。
巨大な樹木がなぎ倒され、
その姿が露になる
「ゼノ・・・さん・・・・」
「ーーーーーーーーーー!!!!!」
竜のような声で叫びながら
彼女はその大木を持ち上げ、
片手でボールでも投げるように投げ飛ばす。
その速度は、サラが標準を定め、
撃ち落とすのに十分な時間はあったものの、
ゼノはそれを何度も続けた。
小石を拾うかのように大木を引っこ抜き、
壁の方へ投げ込んでいく。
狙いはまばらだが
壁の下の方へ飛んでいってしまった
一発目以外は
おおよそサラの方向へ飛んで来る。
それを次々と撃ち落とすサラだったが、
(多い・・・)
迎撃で手一杯だった。
いつの間にかほんの数キロ先まで
近寄っていた彼女から飛んで来る木を撃ち落とすには
それなりに早く反応しなければならない。
しかし、近寄っているなら
別の方法も取れる。
サラは横にいる亡者たちに合図を送りだした。
目で彼らに何かを訴えかけ、頭と顎、視線で
ゼノの方を示す。
そこらをうろついたり、
彼女をぼんやりと眺めていただけの
赤い目の人のうち一人が
その指示を受け取り
魔導銃を構える。
すると、一人、また一人と
壁中にいる赤い目の兵士たちに伝わり、
向けられる銃口の数はどんどんと増加していく。
「撃って」
その彼女の声と共に
一斉に火弾が発射された。
彼らの持つ携帯用のアサルトライフルのような
魔導銃でも数人が一斉に狙えば
大木ぐらいは数秒で消し炭にできる。
それが何十名ともなれば
馬鹿力のゼノがいくら木を投げ込んで来ようと
対処可能だった。
「これで・・・・やっと狙えるっす」
火弾の雨あられがゼノへと向いていく。
サラの対巨大魔獣用魔導銃の
一般人の手なら突っ込めそうなほど大きな銃口が
彼女へ向き、その火が放たれようとする。
「これで」
引き金に指がかかり、
魔術が作動しようとしたその時、
その雨は一瞬にして止んだ。
「おお、本当に阻害で落ち着くのか」
聞き慣れた声が
サラの耳に届き、
彼女も咄嗟にそちらへ向く。
「らしくないな
こういう知恵比べで、
俺に負けるなんて」
しかし、向いた時にはもう遅かった。
「まあ、今は本来のお前じゃないか」
声の主の人差し指が彼女の額に当たり、
次の瞬間、
「っ!!」
彼女の頭へ何かが流れて行った。
今まで霞がかっていた頭が晴れたかわりに
どんどんと眠気が彼女を襲う。
「て、おにい、さま」
その男の名を呼びながら
サラは倒れていく。
「今は休んでろ
すぐに取り返してくる」
彼女の体を支えて
ゆっくりと地面へ下すと、
彼は城壁を見渡した。




