第七十話「試練:後編」
駅に入ると、
そこに人はいなかった。
彼らを襲撃するために外へ出てきた人たちの中には、
駅員や乗客が大勢いたのだろうか。
清掃がきちんと済まされているだけに
人っ子一人いないのは本当に不気味に映るものだが、
テオは淡々と足を進め、
3番線と書かれたホームへと入っていく。
「丁度いいな」
入ってみるとそこには、スルイ駅行き、さっきまでいた場所へ戻れる列車が
丁度止まっていて、ドアも何もかも開け放たれていた。
「俺はどうにかコイツを動かすから
二人は見張りをやっといてくれ」
そう言って、テオは列車の一番先にある
操縦室に入る。
二人は駅のホームに残って周りを見渡し、
気配を探るが、
敵らしき気配や音、影は何も現れない。
二人はただ駅のホームをぐるぐる回りながら
巡回を続けることになった。
特に何か起こるわけでもなく、
テオの声が二人に届く。
「もう問題ない
こっちに来てくれ」
けたたましい音を鳴らし、
列車がゆっくりと揺れ始める。
ルーカスとゼノは一番前の一号車に乗り、
後ろを切り離す。
「これでいいのか?」
「ああ、短い方がいい」
車輪の音が耳障りな社内の中で
ルーカスとテオがそう大声で
話し合う。
「経験は数える程度しかないから
脱線しそうになったら頼むぞ」
列車は前へと進み始め、
駅の外へと出ていった。
後ろの列車を引っ張ることをしていないため
いくらか速く進む。
平らな地平から
少しずつと起伏が大きくなっていき、
緑色の山々が現れていく。
その隣を通り抜けて列車は進む。
順調には進んでいるようで
ゼノとルーカスは
たまに大きく揺れる列車の中で
座席に腰を下ろしていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
漂う沈黙
気まずそうなゼノ
一方、ルーカスは何も気にしていなさそうだ。
「な、なあ」
依然として話しづらそうではあるものの
ゼノは口を開き、彼へ声をかける。
「ありがとうな」
「?」
ルーカスはそれに不思議そうな顔で返した。
「いや、アンタが居なかったら
私は今頃死んでたよ」
「ああ、そういうことか」
そこで彼の言葉は止まった。
何かが口から漏れだそうとするが、
それはただの虚無で、
空気が出入りするだけの穴が開いただけだった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
それを仕切り直すように
ゼノがまた口を開く。
「あ、アンタって
ずっとそうなのかい?
というか、そもそも魔人なのかい?」
「魔人がどういうのかは知らないが
少なくともあんたとは違って
俺がこうなったのはほんのちょっと前なんだ」
彼女は、彼の言葉を聞いて
目を丸くする。
「そ、そうなのかい?」
「ああ」
「どうやって?」
「いらねえって言ってたやつがいたから
俺にくれって言ったんだ
俺には何にもなかったから
そしたら、くれたんだよ」
そう言って彼は手を
黒い液体のような形状に変えた見せた。
「まあ、くれたらしいってのが正しいが」
「どういうこと?」
「直接、見てるわけじゃないんだよ。
意識を失って、目が覚めて、こうなってたんだ。
だから、くれたってのも本当かはわからん。
けど、それ以外、心当たりがないんだ」
何のためらいもなく、
楽しげに彼はそう話す。
「・・・・アンタは、その、
元は普通の人だったの?」
ゼノは終始
話しづらそうにしながらも
好奇心に勝てないのか
次の質問をし始めた。
「ああ、人間だった。クラス0だったから
普通かどうかは知らんが」
「・・・・・・」
が、それを聞いて
言葉を失ってしまう。
「魔人ってのは生まれつきなのか?」
今度はルーカスが聞く番だと
彼女に疑問をぶつけ始めた。
「あ、ああ」
「親は?」
「エルフの夫婦だった」
「へえ、そういうのは関係ないんだな」
「そう。調査も研究もされてないから
なんでこうなるかもわかってない。」
悲し気にそう呟き
遠くを見つめるゼノ。
途切れ途切れの会話は
まだまだ続くようで
「・・・・アンタは嫌じゃないのかい?」
また彼女はルーカスへ話を振った。
「何が? この体が?」
ゆっくりと、俯きながら、
彼女は頷く。
ルーカスは前を向き、
とびきりの笑顔で答えてみせた。
「嫌なわけないだろ」
楽しそうに、
口角を上げて、
ケタケタと笑いながら
彼は言う。
「これは俺の体だ、俺の力だ。
誰かがくれたものかもしれないし、
どんなものかもわかったもんじゃない。
でも、今は、これが俺なんだよ」
力強く、そう言い切った。
自分の手が、
うねり、変形し、黒く蠢く
とても人とは言えない物であっても、
彼はそう言い切った。
「・・・・・」
その狂気じみた光景を前にして
ゼノはそれ以上何かを言うことはできないようだ。
「あんたは嫌なのか?」
そして、彼の問いが来る。
「え?」
余りに、それが予想外だったのか
気の抜けた返事だけが彼へと飛んでいってしまった。
「いや、あんたはその体、嫌なのか?」
再び飛んで来る彼の
何の配慮もないその言葉に
「ああ」
ゼノは同意する。
当然だと。
嫌に決まってると。
それが今にも
口からこぼれそうなほど
はっきりと彼女もそう言い切った。
「・・・・・こんな固い手、私には必要なかった」
「へえ」
ゼノはそう言いながら、
恨めし気に自分の手を見つめる。
ルーカスは
興味なさげに返事をしながら
自分の体を変形させて遊んでいた。
そんな時、突如として
列車が大きく揺れ、傾いていく。
咄嗟の判断でゼノは窓ガラスを突き破り
傾いた側に立つと、
その両腕で列車を支えた。
ガンッ
と強い衝撃が一度走って以降、
列車が動くことは無くなり
ゼノは徐々に元の態勢へ列車を押し戻す。
だが、
そんなことにルーカスの興味はなく、気づけば、
彼は列車の前方にまで出て
あるモノを見ていた。
列車が行く先の
線路のあたりに
腕をだらんと垂れ下げながらも
彼を睨み付け、仁王立ちする存在がいる。
赤い二本の角
大きな一対の翼
鱗と外骨格に覆われた黒い体
大きな両腕とかぎ爪を持ち、
二足で立つのが特徴的な、
そいつの顔は
(あれは、ドラゴンか!?)
どうみても、彼がドラゴンと聞いて
思い浮かぶ顔つきをしていた。
隣にある山と並び立つような大きさのドラゴン。
それから感じ取れる圧や魔力は
さっきのでかい鳥がただの無抵抗な家畜に思えてしまうほど
強大で、狂暴で、敵意に満ちている。
「あ?」
ルーカスが睨みあう
その竜の目は黄色だ。
テオやリリーと同じような
彼が思った通りに言うなら
猛獣のような眼。
全くもって赤みは感じられない。
その間に列車を立て直した二人は
ルーカスの元まで来て、
そいつを見た。
「ザーゲア・・・」
テオの見開かれた目が
ザーゲアと呼ばれた竜を見つめる。
珍しく彼の顔が強張り、
口角が震えている。
「何だあれ?」
「ザーゲア、この星で頂点に立つ竜種、その一種だ。」
その巨大な竜は、自身と比べれば
矮小にすぎないその三人をじっと見つめ、
その方へ口を開けた。
青い光がそこかれ漏れ出て、
周りの地面が溶け出す。
「すごい機嫌が悪そうなんだが
操られてないよな」
「みたいだな」
「じゃあ、なんで俺らに向かって大口空けてるんだ?」
「相当に運が悪いか
カミラがなんかしたか、どっちかだな」
いつもより
どこか腹の底に響くような声で話すテオ
彼の言葉を聞きながらも
ルーカスは歩いていった。
光が強まり、大口が待つ
その方向へ
「ちょ、アンタ」
咄嗟に彼へ声をかけてしまうゼノ。
ルーカスは意にも介さず
歩いていく。
「オレがやった方がいい。」
「私も手伝った方が」
「休んでた方がイイ」
そうゼノに吐き捨てながら
彼はずんずんとザーゲアに向かう。
「おい!」
二人が話している間に
ザーゲアが態勢を低くし、
口を彼らの正面に来るように向けていた。
そして、
そこから紫がかった青色が、
鉄で出来た線路など軽く消し去る高温が、
口から放たれ、巨光となって押し寄せてくる。
その真正面に立ったルーカスは
不敵に笑うと
巨大な黒いドームを作った。
彼から溢れ出す黒い液体のようなモノが
その巨光でも足らないほどの
大きな半球となり、
青い光を受け止める。
「す、すごい」
光を受けたドームは少し
形を崩し、溶けだしながらも
しっかりと光をそこで受け止めきった。
その光もいつしか止み、
崩れた半球と
ドロドロに溶けた大地が広がっている。
「オワッタカナ?」
ドームの中から声が聞こえ、
黒い液体が中心へ集まっていく。
「やっぱオレがやった方がいい
お二人さんはゆっくりしておいてくれ」
そのドームが開けた中にいたのは
暗く、光沢のない、黒色の腕に、
背中から六本の触手を生やし、
黒い管を体中に浮き上がらせた
笑顔のルーカスだった。
「な、なんでそんなに」
ゼノは
そうやって自ら好んで死地に向かう
彼が理解できないらしい。
それは彼自身が語ってくれた。
「俺はさあ、結構感謝してるんだ、テオ」
前へと歩く怪物は
ザーゲアと見合いながら
口を開く。
「・・・・・・・」
「最初は、
行く当てもないし、
どうでもいいから
あんたに従ってたが、
今、俺はケッコウ楽しい」
ザーゲアを睨み付けながら
黙ってそれを聞いていたテオは
「・・・・そうかい」
彼の言葉に少しだけ
顔を緩ませた。
「強いってのは良い。
力を使うのは楽しい。
それを知れたのはあんたのおかげだ
ありがとうな」
力が溢れる。
体の内側から爆発してしまいそうなほど
高鳴りが止まらない、収まらない。
ルーカスは首を少し後ろに向けて
そう言った。
「全く、とんでもないのを部下にしちまったよ」
流石のテオも呆れた様子で笑う。
「ははは、後ろで奥さんと休んでてくれよ、ボス
俺が片付けてやる!」
ルーカスは喜び勇み、
跳びだして行った。




