第七十話「試練:中編」
周囲をすべて魔獣たちに囲まれても
ルーカスにとっては何も問題ではなかった。
「ハハハハハ!!!」
羽虫のような魔獣は拳で撃ち落とし、
カーブラスは掴んで投げ、
ムカデのような魔獣は踏みつぶす。
降りて来たタカのような
魔獣も蹴り飛ばして、
ビルに埋めた。
テオも地上に降りてきて、
魔獣を一匹一匹叩き潰している。
「タノシイな!!
全く減る気がシネエ!!」
「ああ、全くだな!!」
額に少し汗を流しながら
棒でたたき落としたり、
手から炎を出して、
魔獣たちを焼き殺したりするテオ。
その一方、
ルーカスは生き生きとした様子で
蹂躙を続けていた。
さっきまでの疲労からは
完全に立ち直ったようで、
徐々に速度を速めながら
その体一つで敵を打倒していく
(なんか、赤い残像が・・・)
敵が動く前に、
その拳で殴りつけ、
足で踏みつけ、蹴り込み、
打ち殺す。
ルーカスの目からは
敵がまるで止まっているかのようにも思えるだろう。
実際は彼が異様なほど速いだけであり、
魔獣たちからすれば
彼の姿がモザイクでもかかったように崩れ、
突風が吹くといつの間にか
自分の体が引きちぎれているのだから
恐ろしくてたまらない。
どれだけ強く命令されようと、
高速で動く車輪の中に手は突っ込めない。
魔獣たちの目からは赤みが薄れ、
足は後ろへと進んでしまう。
そこへ、駄目押しと言わんばかりに
上空から降り落ちるものがあった。
黒く、固く、ごつごつとしていて、
尖った体の人。
魔獣の姿に限りなく近くて、禍々しい上に
気配は魔獣そのものだ。
そして、その強さは言うまでもない。
いつの間にか上空にいたはずの
羽虫も鳥たちも、消えていなくなり
代わりに地上にはちぎられた肉塊が横たわっている。
大きすぎる魔獣というのは
強さを見抜くという点において、
鈍感になりがちだが
こいつらは違う。
魔獣の中では小型の
これらは、どれだけ支配されようと
頭は告げていた。
『目の前の怪物、二匹から逃げなくてはならない』
その彼らの生存本能は
カミラの支配を打ち破ったようだ。
ゼノが下りてきた瞬間、
魔獣たちは弾かれたように散り散りになり、
思い思いに飛んでいく。
自分たちの血肉となりえる
肉塊がそこら中に転がっているにもかかわらず、
目もくれずに飛び立つ。
ムカデたちも地面へ潜り、
二度とその姿を見せようとはしなかった。
「お利口な奴らだ」
誰もいない町には魔獣の死体だけが転がり、
背の高いマンションたちもボロボロ、
中からは気を失った人々がちらほら見え、
中には瓦礫で体を赤く染めてしまった者も居るようだ。
「あ・・・・」
「・・・・・・行くぞ」
ふと声が漏れてしまうゼノに
テオはそう声をかける。
「・・・・・うん」
少し立ち止まった後、
先に行っていた二人の後ろを彼女は歩いていった。
そこからの道には障害と呼べるものはほとんどなく、
いてもまばらに目の赤い人々がいるだけだ。
それらも
ゼノがすべて無力化し、
何事もなく歩を進めることができた。
「列車っつっても誰が動かすんダ?」
「俺が何とかする。」
「へえ、そんなことも出来んのか」
「やれるだけやってみるさ
想定外の事が起きたら、
まあ、何とかする」
テオが後ろに下がり、
ゼノとルーカスが前に出る形で進む三人。
とうとう駅が見え、そのレンガの赤色が彼らにちらついた時、
何やら銀色も共に視界の端で光っていた。
「あれは・・・・」
彼らの視線の先にいたのは、
金色の短い髪に赤い目をした
エルフの男だ。
体のラインがよくわかる
スタイリッシュな騎士の鎧を身にまとう彼は
兜をかぶり、全身を銀色に包んだ
騎士たちを後ろに連れて、駅に立ちはだかっている。
剣を床に突き刺し、その上に手を置いて、
テオたちの方を見据えていた。
「今度はダレだ?」
そのルーカスの問いに
ゼノが答えた。
「ミゲル、ミゲル・トライゲート、
第二地区襲撃時に革命軍に寝返った騎士で
一回無茶苦茶になったこの都市を立て直してもらってた。」
「ツヨイのか?」
「クラス4だし、
守護者ほどじゃないにしろ実績ある。
油断はできないよ」
「あそこまで何でもありだと
なぜ俺たちが無事なのか
疑問に思えてくるな」
三人が話していても、
騎士たちは微動だにしない。
綺麗に陣形を組む彼らからは
尋常ならざる圧力が発され、
まだ数十メートルは間の空いている
両者に緊張感が走る。
互いの制空権が触れ合い、
一触即発と言った雰囲気だ。
しかし、それをものともせず、
ルーカスは前へ歩きだした。
「オレがやらせてもらうぞ」
笑い声を漏らしながら
彼は前へ進む。
悠然と、散歩にでも行くかのように
闊歩する彼を二人は止めなかった。
テオもゼノもただ見ているだけだ。
「い、行かなくていいの?」
ゼノはテオが動かないのを見て
そう彼に問うが、
「問題ないだろ
それに見ろ」
テオが顎で示した彼の姿は、
後ろからでもその高揚が伝わってくる。
「楽しみを奪っちゃ可哀そうだ。」
「でも、一緒に戦った方が」
「やらせてやれ
それに俺も直接見たいんだ。
報告書の上じゃなく
現実でアイツが戦うところを」
ルーカスが歩みを進めてミゲルに近寄ると、
初めて彼は動いた。
間合いに入ったのか、何かに触れたのか。
ともかく剣を地面から引き抜くと、
それを前に突き出した。
すると、彼の後ろにいた騎士たち10名が
一斉にルーカスの方へ突っ込んでいく。
(おお、結構速いな)
まるで止まった時の中にいるみたいに感じられた
さっきの戦いとは違い、
今度は、ちゃんと動きのある映像が
彼の目には映っているようだ
遠くからは弓を引き、
剣士は最も近づき、槍使いは剣士たちの間から槍を通す。
何方向からも一斉に攻撃が飛んで来る。
が、次の瞬間、それらは全て空を切った。
槍は空を突き、
矢は地に刺さり、
剣は砕かれる。
赤い残像が彼らを通り過ぎ、
いつの間にか、ルーカスは彼らの向こう側に現れた。
同時に銀色の欠片が辺りに転がり、
いつの間にか騎士たちは床に臥し、
誰も彼も頭や顔から血を流し、
兜は粉々に砕け散っている。
その中をルーカスは変わらない様子で
散歩を続けていた。
「でも、オレの方が速い」
拳には血が滴り、
体中には黒い管がくっきりと浮かび上がっている。
そのまま彼はまっすぐとミゲルの前へ進む。
「・・・・・・・」
ミゲルは何も発さず、何も動じることもなく
ルーカスを見ていたが、
彼は自ら敵を迎えに行くように足を前へ進めた。
二人の距離は縮まり、
やがてそれは互いに手を伸ばせば
触れられるところまで近くなっていく。
そうなった瞬間、二人は動いた。
ミゲルは剣を
ルーカスは拳を
互いに突き立てようと差し向ける。
剣の横なぎと拳の殴打が相重なり、
衝撃は風圧と音をまき散らした。
「・・・・・・・」
「ハハ」
力で押そうとするも両者動かず、
互いの刃に傷ができることもない。
単純な力での押し合いに意味はなく、
二人は必然的に次の攻撃にでた。
ルーカスはもう一方の拳で、
ミゲルはもう一度剣を引き、振り、切りつける。
そこから
音と風圧は止むこと無く、
鳴り続けた。
ただ、押しているのはルーカスのようだ。
ミゲルの斬撃を
ルーカスは拳で受け止めて、
その身に一撃を浴びせようとじりじり押していく。
右手の素早い殴打を
ミゲルは剣を使い受け流す。
しかし、当然左手は残っているため、
次は左拳が彼へ飛んでいく。
それを弾き飛ばしても
ルーカスには右手も足も残っている。
相手がたとえ剣を持とうと、
彼が攻めの手を休める様子はない。
絶対守る自負があるわけでもない。
ただ彼取ってそれが最良であると
そう思ったからそうしているだけだ。
リリーの様とまではいかないまでも
細かく、鋭く、狙いの定まった
隙の少ない殴打を次々と敵の防御も
構わず叩きつける。
その速度は先の騎士たちは目にも
残らないほどではあった
が、仮にも今の相手はクラス4。
当然、対応し、適応してくる。
ミゲルは突き出された彼の左拳に合わせて、
その外側に回り込む。
一足で拳をよけ、
それと同時に彼の左手に向かって
剣を振り上げた。
拳は剣と叩き合いになろうと
びくともしなかったが、
ぽとりと、ある意味当然の末路として、
左手は地面へ落ちていく。
だが、地に体をつけて、
動かなくなったのはミゲルの方だった。
「ッッ!!!?」
彼の顔にめり込む右拳。
それは変わらず思いっ切り叩きこまれ、
彼は宙へ浮き、背中から着陸すると
白目をむいて、そのまま動かなくなった。
「終わりカナ?」
それを見ると
彼は何事もなかったように
左手を拾い、自分にくっつける。
そして、テオたちの方へと戻っていった。
「変身しなかったら
常識的に戦うと聞いたんだが?」
テオが意地悪な笑顔で
そう彼に話しかける。
「ん?なんかおかしかったか?」
「左手落とされて、身じろぎ一つもせず、
そのまま殴りに行くのは、十二分におかしい気がするぜ?」
「どうせ治るんだからこれでいい」
ルーカスは特に気にも留めていないようだ。
「まあ、そりゃそうだが」
テオはルーカスの肩を叩きながら
横を通り抜ける。
「・・・・・・」
ゼノはその場から動かず、喋らず、
歩き出すテオの後ろへついて行く。
その後ろをテオは歩き、
三人は騎士の転がる道を通って、
駅へと入っていった。




