第七十話「試練:前編」
建物の上を駆ける三人。
最初は誰も屋上まで出てこず、
自由に走ることができたのだが、
「もうか」
彼らの行く手に
目が赤く染まった人々があふれ出し、
その歩みを阻んだ。
生気のない、だらんと体を下げ、
手足や胴体を振り回すように移動する彼らだが、
突如としてその両手を全員で前に出してくる。
そして、彼らの前に大きな火の玉が現れた。
「なに!?」
それを見て、一気に方向を変える
テオと彼に続く二人。
ただ、その火の玉がテオたちに飛んで来ることはなく、
彼らの頭上で轟音を立て、爆発した。
爆発で起きた音は彼らの肉が飛び散る音をかき消し、
建物が砕ける音を紛らせていたが、
やがて、それらはテオたちにも届いたようだ。
「そこまでさせられるのか・・・・」
その自爆に驚きを隠せず、声を漏らすテオの前には
また赤い目の人々が溢れている。
「私がやる」
そう言って今度はゼノが前に出た。
さっきと同じように手を前に出す彼らを
その目でとらえると、何かを呟く。
すると、
バタバタバタと音をたてて、
赤い目の人たちは膝から崩れ落ち、
ドミノ倒しのように倒れていった。
「これで大丈夫なはず・・・・」
「あんまり無理はすんなよ」
その倒れた人の上を乗り越えて、
歩く三人はそのまま先へ進んでいく。
だが、そのまま行かしてくれるほど
甘くはないらしい。
「ん?」
その異変はこの中でも
一番鈍感なルーカスですら感じられた。
「上?」
空は曇天の曇り空で
太陽も何もかも見えたものではない。
しかし、その雲の中、上から
大量の何かが彼らへ近寄っていた。
「あいつ、そんなことまで・・」
テオが上を見、立ち止まると、
彼らが向かう先に黒い物体がいくつも降り注いだ。
「あれは」
ルーカスには見覚えがあったそれは
全員は黒く、体長は2m弱、
大きな羽を持った、鳥とも言えそうな外見の魔獣だった。
(カラスみたいな魔獣・・)
頭と羽の付け根を外骨格で覆っている
幼少の彼を襲った魔獣。
(たしか、カーブラスだったか)
それが今、三人の目の前に
何十羽と並んでいる。
「本当に惜しいな。
アイツ一体何なんだ・・・」
当然のように、この魔獣たちの目は赤い。
テオは、魔獣ですら支配する
カミラの能力にある意味感心しているようで、
「・・・・・」
ゼノはそんなテオを少し不満げに睨んでいた。
一方、カーブラスたちは首をかしげながら
彼らを見つめ、一斉に鳴き始め、
『ガアアアア』
飛びかかった。
広げた翼は人間の背丈の何倍にもなるだろう。
そんな巨鳥たちが彼らへ口ばしを向け、
一斉に突っ込んでくる。
だが、ルーカスの力は
もうあの時とは違う。
彼を啄もうと迫ったくちばしは
難なく受け止められた。
「・・・・・・・」
(軽いな)
黒い管すら浮かび上がらせないまま
彼はカーブラスを受け止めたルーカスは、
(この外骨格も)
カーブラスの顔をその固い外骨格ごと潰した。
頭を潰された魔獣は
動かなくなり、地面へ落ちる。
他の二人でも
カーブラスたちは同じ末路をたどった。
テオは正面から頭をたたき割り、
ゼノは羽ばたいて突風を巻き起こした後、
動きの止まったカーブラスたちの喉をえぐり、
引きちぎっていく。
「ハハハ
もうコイツも大したことないなア」
彼らが通り過ぎた後には
いくつもの羽毛と殻と黄色に戻った目玉が転がり、
赤色で塗られた黒色が散らかっている。
ルーカスは自身の成長と
その力に酔いしれながら
ゼノたちの後ろをついて行っていた。
(アア、楽しい
やっぱ楽しい)
足取りが軽くなり、
心臓が高鳴る。
自然と口元が緩み、
また上を見上げて望んでしまう。
(次はまだか?)
そんなルーカスの期待に応えるように
また空から雲を割って現れるものがいた。
「おいおい」
どこか呆れたような、不満げな声を上げるテオの前に現れるもの、
それもまた巨大な鳥の形をしていた。
二つの羽、二つの足、一つの頭、長い、何本にも分かれた尾羽、
体中は燃え盛るような赤色を纏う、
美しい綺麗な鳥。
絵で見れば、その姿をどこか遠くで見れば
人は息をのみ、その美しさに感嘆の息を漏らすだろう。
ただその規格外の大きさとその強烈な魔力、
そして、それが及ぼすであろう破壊の規模を考慮しなければ
広げた羽は数十メートルにも及ぶそれは
雲の真下に頭があり、
せいぜい十数メートルもあるかないかといった
建物の屋上にその長い尾羽が垂れ落ち、先が付いている。
目も、かぎ爪も、口ばしも、羽毛一つ一つも
きっとそれだけで巨人より大きい。
「あれは?」
「フェーニスだ」
「不死だったりするのか?」
「そんな魔獣いるか
ただデカくて危険なだけだ」
当然のように
目を赤く染められたソレは
その大きな口ばしを開け、
火炎を吹き出して来た。
テオは二人に触れ、
別の建物へと瞬間移動する。
さっきまで彼らがいた建物は
簡単に溶かされ、
夏場の溶けかけたチョコレートのように
ドロドロになっていく。
「これって、普通に出会うもんなのか?」
「普通は降りちゃ来ないさ
よっぽど飢えてるか
変に突っついたりしなきゃな」
フェーニスは自身の攻撃が避けられたことを理解し、
周りをゆっくりと見渡し、
やがて彼らを見つけた。
そして、また炎を吐き出そうとその口を開けようとする。
そこへ
「ーーーーーーー!!」
ゼノが翼を広げ、
その足に渾身の力を込めて跳び上がった。
翼は空を裂き、
更に上空へと彼女を押し上げながら
一直線にフェーニスの喉元まで突き進む。
近づくにつれ、彼女の腕が変化し、
右手が手ではなくなり、骨格が伸び、
剣のようになっていく。
フェーニスの体躯からすれば点にしか過ぎないゼノは線になる。
この化け物は、迫りくる線をその目に納め、
一刻も早くその火炎で消し飛ばそうとしたのだが、
そうするよりも先に、フェーニスの頭は首から離れていた。
巨大な頭がゆっくりと落ちる。
その巨体も力を失い、その大きな体躯で
建物を押しつぶしながら
地面へと落下していった。
ゼノは弾丸のように過ぎ去った後、
空中で綺麗に止まり、空に漂い、
魔獣が地上へ落ちていく様を見つめている。
「これで死んだのか?」
「いや」
「やっぱ不死身じゃねえか」
「つっても、二日ぐらいで
子供サイズに戻るだけだから問題ねえよ。
そうなりゃ、兵士たちでも殺せる。
先急ぐぞ」
テオの声にゼノは小さくうなずき、上空を飛ぶ。
「へえ、これ以上の魔獣は?」
「いる。フェーニスが操れるとなると
もっと危険な奴も降って来るかもな」
テオはきっぱりと、当然のこととして
そう答え、ゼノに手で合図を送りながら
走り出した。
走り、走り、走り
走り続ける。
その距離はたかが4キロメートル弱で
彼らの足ならば数分、数十秒、いや十数秒でつくことすら出来るだろう。
そんな彼らを足止めできるのはやはり
彼らを止めようと立ちふさがる敵だった。
「まだいたのか!」
カーブラスたちはまだまだ彼らへ降り注ぎ、
民間人たちは輪になって赤く燃えていく。
しかも、出てきたのはそれだけではない。
地下よりはい出て来た
人の太ももぐらいの大きさから
アパートにまとわりつくまで
大小さまざまのムカデのような魔獣、
カーブラスよりも大きい
タカのような外見をした鳥の魔獣
高速で動く羽、
大きな鎌の両腕、
頭と胴体、腹に分かれた
人の顔ほどの大きさをもった
まさに虫といった風体の魔獣。
それらが群れを成し、
何十、何百と集まり
彼らを取り囲んでいた。
四面楚歌
魑魅魍魎が押し寄せる地獄絵図
「えらくキモイ奴も来たな」
「都市周辺にいる魔獣が勢ぞろいって感じだな
ルーカス、お前これ見たことなかったのか?」
「ああ、幸運なことにな」
だが、依然として、
彼らにとって、それらは大した障害ではない。
空ではゼノが飛び回り、
羽ばたく魔獣たちを右手の剣で両断していく。
どの鳥も虫も、彼女には追い付けず、
しかも急旋回、急停止に急発射を
繰り返す彼女は確実に魔獣を切り倒し、
町に死骸の雨を降らせている。
一方、ルーカスは巨大なムカデを掴むと思いっ切り振り回し、
他の魔獣たちをなぎ倒しながら
その巨体を放り投げた。
ビルは崩れ、道にはムカデの穴が開く。
「これ大丈夫なのか?」
「何が?」
テオはなるべく動かないように
ルーカスの側に居ながら
向かって来る魔獣たちを
踏みつぶし、叩き潰し、焼き殺していた。
「町、無茶苦茶にしちまって大丈夫なのかって」
「事が終わって、誰かがこの死骸と
数を見たらむしろ感謝してくれるさ」
テオは半分やけくそ気味にそう笑う。
一方、ルーカスは
「そうか?なら」
思いっ切り口角を上げ、
心底楽しそうにしながら跳び上がった。
ビルの側面を這い、
迫っていた巨大ムカデの頭に降り立ち、
脳天に手を突っ込む。
「本気で暴れていいんだな」
緑色の液体と共に、
何かがムカデの頭から引きずり出されると、
ムカデは力を失う。
ルーカスはその死体の顎を掴み、
空中で振り回した。
辺りの魔獣たちはそれに巻き込まれ、
次々と叩き落とされ、潰される。
ムカデを床に敷いて
その上に立ったルーカスは
黒い管を全身に浮かび上がらせて、
そこから辺りを見渡す。
「タノシイなあ
ぶっ潰すのはタノシイ」
彼の周りを取り囲む魔獣たちは
どこか後ろへ引き気味だ。
「・・・・ほんと、
こっちに引き入れといて良かった」
テオはどこか安心した様子で
ビルから彼を見下ろし、そう呟いた。




