第九話「新しい日常」
1920年 5月5日
マリと行動を共にするようになって三日たった。
あの日から俺の部屋にあいつが押しかけてきて、
一緒に寝泊まりすることになってしまった。
こんな狭い部屋で二人は狭いんだが・・・・
1920年 5月10日
ここの暦はイーサ教の聖人にちなんでいるらしい。
まあ、向こうでいうキ〇スト教みたいなものだろう。
一神教だし、信仰の対象が神とか、その預言を受けた聖人とかだったはずだし、
世界は違えど、人なら考えることは同じなのかもしれない。
???
1920年 5月12日
マリは仕事場に来ない代わりに
監督官と色々やっているらしい。
そのために今日は自分の部屋に戻っている。
一人はだいぶ広いな
1920年 5月15日
普通のトラブルが発生マリが絡まれた。
何とかできたが、次からは一発も殴られないようにしたい。
1920年 5月18日
酒を買ってもいいかと言ってきたので、許可すると
雑貨店からいろいろ買ってきて飲み始めた。
結構強いらしく飲んでもケロッとしている。
1920年 5月20日
冗談交じりに
マリから体の関係を迫られた。
最初からあいつと何かそういう関係になると
最悪刃傷沙汰になる可能性があると思ったのでやめた。
マリは意外そうにしてたが俺としてもあまり人と接触したいわけではない。
同じ部屋で寝るのが今はせいぜいだ。
1920年 5月21日
またトラブルだ。
増えたな
今一番調子に乗ってるグループが
マリに絡んできた。
「ヒーロー気取り」と言われたが
多分人の目玉を二回もえぐるヒーローはこの世にいないだろう。
今日は部屋に立てこもってみたが門限前に帰っていった。
次の日からいろいろ危なそうだな
1920年 5月23日
昨日は大変だった。
アイツらは基本夜の自由時間しか手だししてこない
仕事は別だし、朝も昼もそんなに時間がない。
だから、仕事が終わって二人ですぐに部屋に戻って立てこもった。
門限を過ぎてもそこにいたが、
そいつらの悲鳴がしたと思うと、すぐに静かになった
今日確認すると全員、歯が二三本しか残ってなかった。
怖え
アイツも怖かったようで
昨日、初めて抱き合って寝た。
我ながら大分攻めたことをしていると思う。
1920年 5月24日
あれ以降、あちらからの接触はやんだ。
俺たちは夜さえどうにかすればいいということを学んだ。
念のため、朝の食堂もお互いに気を付けることにした。
1920年 6月1日
マリと話す時間が増えた。
あまり部屋でも話したりしなかったのだが
最近は
何があったか言いあったり、
ボードゲームをしたり、
とルームメイトっぽいことをしている。
日記を書く時間もあんまりない。
1920年 6月7日
トランプはトランプなんだ
他のはそれっぽい名前に変わってたのに
これも異世界人が広めたのか?
1920年 6月10日
また体の関係を迫られたが、
そう言う時、あいつの顔は死んでいる。
なんか目とか顔が暗くなる。
だから断った。
こんな狭いところで一緒に過ごしてるのに
恨まれたらひとたまりもない。
そういうことをしたいかと聞かれれば、
したい、、、のだろうか
どうにもここに来た時のアレがちらつく。
1920年 6月18日
マリがまた明るくなったというか
気を使わなくなったというか
雑になったというか
あれが素なのか?
1920年 6月27日
最近、マリの態度がでかくなってきた。
真っ先に部屋に帰ったと思ったら、買ってきた酒で酔っ払い始める。
絡み酒らしく、呂律の回ってない口で意味の分からんことを言ってくる。
酔うのはいいがゲロは床じゃなくてトイレで吐いてほしい。
掃除するのは俺なんだから
ごめん
1920年 7月1日
この世界にも春夏秋冬っぽいものがある。
季節は、四月から九月にかけて暖かい時期が続き、
十月から三月にかけて寒い時期が続くという二つに分かれていて、
ピークはそれぞれ七、八月と十二月あたりになる。
つまり、七月という、このクソ熱い時期に
俺は狭苦しい一人用の部屋で、汗だくのアイツと一緒に過ごすことになるのだ。
尻尾やら耳やらがついている以外にも若干の体の違いがあるせいか
獣人は体に熱がこもりやすいらしい。
「熱い~」
と馬鹿みたいに唱え続けている。
だったら、自分の部屋に帰れば少しはましだと思うのだが、
「熱い~」とぶー垂れつつも
ここにいるつもりのようだ。
守るとはいったが、なぜアイツもそこまで・・・
べー
1920年 9月20
仕事はきついし、家に帰っても熱いしで
日記なんて書いてなかったが、少しずつ暑さも落ち着いてきたので、
久々に書く気になった。
先日わかったのは案外騎士が働いているということだ。
麻薬売ってるやつもいるが消灯とかルールには厳しく、
前に消灯時間を過ぎて外に出ていた奴がドアの外で
ボコボコにされてたのは騎士がやってくれたらしい。
騎士も消灯以外はざるのくせに消灯と仕事の納期だけはきっちり守らせる。
まあ何から何まで雑だと立ち行かないからありがたいが
多分、憂さ晴らしとかゲーム感覚で殴ったんだろう。
騎士と他の奴らとの闘いは戦いにすらならない。
第一、クラス0の奴では、最低クラス2はある騎士に
殴りかかってもそれがあいつらの体に触れることがない。
この世界の人間は、外から刺激があり、それを有害と認識すると
魔力抵抗というバリアみたいなものを肌に限りなく近い場所で発生させるらしい。
それを意識的に使いこなすと魔力障壁として完全なバリアにできるのだとか
またこっちが攻撃するときにもそれが展開されるようで、
体や武器の強度はクラスが高ければ高いほど基本的には高い。
俺にはそれが皆無で、クラス0は、殴った時にそれを感じたことがあるが
餃子の皮ぐらい薄く柔らかかった。
逆に騎士は素手の状態でも、俺たちを捕まえようと今、扉を蹴り続けている
連中を一人で制圧したらしい。5人ぐらいはいたはずなんだが、
外で骨の折れる音と男どもの悲鳴が聞こえる。
騎士に喧嘩を売るのは無謀ということだろう
日記書いてないで私に構え
1920年 9月24日
最近、さぼりの多いアイツが作業場に出てくるようになった。
その上、監督官の奴にマリとつないでくれと何度も頼まれたのだが何があったのだろう。
まあ大方、マリが体の関係を切り、それに監督が未練たらたらという
ところだろう。
他にもそういった連中はいたらしく、それ関連でまたトラブルが増えた。
勘弁してほしいが、あいつはもう体を売りたくないらしい。
何の心変わりか知らないが、アイツは必要最低限しか部屋を出なくなった。
それ以外は部屋(厳密には■の部屋だが)にいる。
私たち
危機の予防にはなるだろうが、これから忙しくなりそうだ
1920年 9月26日
ごめんなさい。
わたしのせいです。
ごめんなさい。
でもはなれたくないです。
わがままでごめんなさい
1920年 9月30日
まだ、腕は痛むが、どうにか乗り切ったので、ここに書こう。
マリが体の関係を全員と突然切ったことで、
思わぬトラブルに巻き込まれた。
俺があいつを囲って売りをさせていると勘違いされて、
「いくらならいいんだ」
と複数人に話を持ち掛けられた。
マリの大ファンであるあいつ等には悪いが、
「もう売りはやめたらしい」と伝えると、
憤慨した彼らから嫌がらせが始まり、とうとう俺が奇襲される羽目になった。
そこまで重症にはならなかったが、
迂闊だったというべきだろう。
どうにか返しを済ませ、「もうしない」とは言わせてきた。
安心するべきではないが、ここでこの問題はひと段落しただろう。
何かヤクザみたいになってきたな、俺
ありがとうございました。
1920年 10月3日
最初に会った時みたいに、マリの距離が近くなった気がする。
また金が足りなくなったのかと聞いたらどうやら違うらしい。
何がしたいんだと聞いても、
「別に?」としか返ってこない。
部屋でべったりと張り付いてくるが用があるわけではないのだと
まあ、ほっといて大丈夫か
ほっとくな!
受け止めろ!
1920年10月12日
以前、毎日日記を書いていたのは本当にやることがなかったんだとつくづく思う。
鉱石の運搬、食堂や仕事中は周りに気を配り、マリのパシリ
それで疲れて部屋に戻ると、■■■■の相手
愛しのマリちゃん
忙しい
まあ、日記なんて別に書かなくてもいいものだから別にいいが
今日は飲まずに大人しかったのでこれを書いているが
肩から顔を覗かせて、ずっと書く内容を見つめてくる。
何をする気だ?
グヘへへへ
1920年 10月13日
日記を見返してみると色々改変されていたことに気づいた。
コメントまで付いてる
愛しのマリちゃんってなんだ
1920年 10月25日
トラブルがあったわけでもないが書かなかった。
特段書くネタもなければ
そもそも、俺自身が毎日書くほどまめではないし、
マリに「今日は日記書かないの?」
と言われて書き始めると、全部アイツにのぞかれるため
やりづらい。
なんかこの生活にも慣れてきた
いい傾向です
このまま続けていきましょう
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「なあ」
ルーカスは日記を閉じ、マリに語り掛けた。
十月の二十六日、夜、消灯前の時間
今日も書こうかとルーカスが日記を開くと
マリはさっそく、彼の背中に乗り上げて、
何食わぬ顔でそこにいる。
「交換日記がしたいのか?」
その問いかけにマリはそのまま答えた。
「う~ん・・・・
いやあ、私もそんなにまめじゃないしなあ
今の感じのままでいいや」
「あっそう・・・・
俺の日記なんて覗いて何が楽しいんだ?」
「楽しいよ?」
「だから何が」
「んん~ わかんない」
「そうかい」
二人が他愛もない話をしていると
部屋の電気が突然落ちる。
消灯の時間だ。
「寝るか」
二人は一緒の布団で寝る。
ルーカスはそのままストンと眠りに落ちる。
そして、ルーカスは初めて、夢を見た。
『これはいいんじゃないか』
『いやまだだろう』
誰かが話しあう声、夢で覚えているのはそれだけだったが
次起きた時、目の前にはマリがいた。
部屋で向かい合って座っている。
(寝ぼけてたか?)
頭をひねるが起きた記憶がなく、いつもなら食堂で朝食をとるはずが
部屋に売店で買った物が広がっている。
「ん? どうしたの?」
彼が悩む表情を見せるとマリはすぐに近くに寄ってきた
少し深刻そうな顔で、額に手を当て、自分のものと比べている。
「熱じゃないみたいだけど・・・・・何か悩みとかあるの?」
「別に何でもない。ちょっと寝ぼけてたらしい」
「えっ、そうなの?」
「どうかしたか?」
「ん~ まあいいや さ、食べよう?」
いつもなら夕食とかで食べるもの、
念のため外の景色を見るがいつも通り、朝の風景だ。
(たまには・・・いいか)
少し変わった朝だが、
そこからはいつも通り、
仕事に行き、昼食を二人でとる。
向かい合わせではなく、
同じテーブルの両角に座り、お互いの後ろを確認しあう。
それが彼らが編み出した自衛手段の一つだ。
そのまま仕事に戻って、終わると買い出しに行くか、夕食を食べに
部屋に戻るかだ。
「あんな味気ない物を三食も食べたくない」
というマリの要望により夕食は必ずこうしていた。
それが終わり、日記を書くか、二人で、ボードゲームをすると
消灯時間が来る。
それが彼らの日常だった。
ここ4、5ヶ月、特に何もないとこういう日々を送っていた。
約束通りルーカスは彼女の身を守っている。
マリが実際に傷つくことは意外にもなかった。
できるだけ二人で動き、部屋からもできるだけ出ない。
その生活に二人とも順応していた。
閉塞感も煩わしさもない。
これ以上のものを望むこともなく、
ただ二人で現状を楽しむようになっていった。