第六十五話「助けて」
「ぐっ!?」
カミラの顔に拳がめり込み
吹き飛んでいく。
その勢いのまま
彼女は壁へ突っ込み、破壊し、突き刺さった。
「ハア、ハア、ハア、ハア」
その場所に残っていたのは
荒い呼吸で前を見る
手の焦げたゼノと思わしき女と、
息も絶え絶えで頭から
血を流したままのルーカスだ。
「も、もう動けねえぞ」
両腕をだらんと下げ、
今にも前へ倒れそうな彼は
全身に黒い管を浮き上がらせている。
「おい!
どうにかできるんだろ!?」
ルーカスの声に
ハッとした彼女は
残った服のベルトに付けてあった
トランシーバーを取り出し、起動した。
ジジ、ジジというノイズが聞こえ、
何か声がした時、
部屋に突風が吹く。
「クソ」
ルーカスの視線の先で
先ほど彼が殴りつけたはずのカミラが
その翼をはためかせていたのだ。
明らかに異常な強さの風が
部屋中に吹き荒れる。
ルーカスは腕で顔を守りながら
両足を維持し、その場に立って耐えることしかできない。
「ああ!!」
強風で
トランシーバーは吹き飛ばされて、
彼女の手から離れ、後ろへ飛んでいく。
彼女も吹き飛ばされそうになるが、
どうにか耐えて
「ま、待って」
後ろに行ったトランシーバーを取りに行こうとした。
しかし、その瞬間、風が止む。
それと同時に、、誰かが彼女の後ろへ立ち、
グサリと先の尖った物が
背中から彼女の胸を貫いた。
「あがっ!?」
「調子に乗らないで」
深々と胸に突き刺さった
かぎ爪がゆっくりと引き抜かれて、
彼女は背中から蹴り飛ばされて、
彼女はそのまま地面へ転がる。
まだ浅く呼吸をしてはいるが
地面には彼女の赤い血が滴り、広がっていった。
「もう終わりね
後は」
そう呟きながらカミラは
彼女を見下した後、
ゆっくりとルーカスの方を向き、
「あなただけね」
「ふぅー、すぅ、ふぅー・・・・」
声をかけた。
カミラの目から嫌悪が引いていく。
意地の悪い笑みを浮かべているが、
先ほどまで彼女に向けていたような嫌悪は見られない。
「うふふふ、やっぱりあなたもそうなのね?
魔人もやっぱり色々あるのね~」
「はぁ、はぁ、あぁ?」
「隠さなくてもいいのよ
私だって、ほら、これが正体だし」
どこか嬉しそうな様子の彼女は
ルーカスの反応も見ずに話を続ける。
「私の目を見て?
私と一緒に来て?
大丈夫、政府の人たちと話はつけてるから
あの人には劣るかもしれないけど
あなたも愛してあげる。
私、あなたのこと、結構気に入ってるのよ?」
狂気的な語り口でまくしたてるカミラ。
ルーカスはそれを疲労で
話を聞くどころではないようだが、
彼女には関係ないらしい。
「ね?」
彼女の怪しく光る赤い目が
ルーカスを見つめ、その目に照準を合わせる。
その瞬間、
「・・・・・・・・・」
彼の目を通して
頭へ直接何かが通った感触がした。
(な、何だ?今の・・・・)
「私の所まで来て?」
彼女がその言葉を発した途端、
ルーカスの足が勝手に動く。
彼が意識せずとも
ゆっくりと力のない足取りは
「うふふふふ」
うっとりとした様子で
笑みを絶やさない
カミラの元へ彼を運んでいた。
(な、るほど
そういう、ことだったのか)
薄れゆく意識の中、
彼は気づく。
(糸、じゃなくて、
催眠?洗脳?だったのか・・・
ハハハ、やられたな)
自分の体が勝手に動くのを
見ていることしかできないということに。
(アイツは何なんだ
あのゼノってのも誰なんだ
まあ、俺にはもう関係ないか・・・)
彼の目が赤く染まる。
手を彼の方へ向ける彼女の方へ歩が進み、
カミラが近くなっていく。
(俺はこの後どうなるんだ?
一生、コイツの奴隷か?)
体の疲労すら
どこかに預けてしまったのか
段々と感じなくなる。
『それもありじゃないか』
(・・・そうか、はは、確かに
あんな美人に気に入られてるみたいだし
案外いい生活が待ってるかも・・・・)
残った意識すら
弱気になって抵抗することを諦めそうになっていた。
だが、
「ハハハ」
「?」
カミラが不思議そうな視線を向ける中、
突如、ルーカスの口から声が漏れる。
「キニ、イラネエ」
「へ?」
背中から出た触手が
地面に突き刺さり、歩みを止める。
「オレハ、オレ
オマエノ、イイナリハ、イヤダ」
「な、なんで
効いてるはずなのに」
「オマエ、キニイラナイ」
カミラは動揺し、
何度も彼と目を合わせるが、
ルーカスに何かが起きている様子はない。
「ハハハ」
ルーカスは力の入らない体を
触手で立て直しながら、
気味の悪い笑みを浮かべ、
不気味に赤黒く染められた目で
カミラを睨み付けていた。
例え、ルーカスは彼女の干渉がなくとも
そもそも疲労と傷で
指一本動かせなくなっているはずだ。
実際、彼は背中の触手以外、
全くもって力が入っていない様で、
脱力した体をどうにか触手が支えていた。
「な、なに、あなた・・・」
だが、その不気味な姿、有様は
彼女を気味悪がらせ、恐怖させるには
十分すぎる。
「あ、ああ、そう」
少し冷や汗を流しながらも
カミラは彼を見つめ、
「じゃあ、死ね」
その前へ瞬間移動する。
そして、
酷く冷めきった冷徹な目を向け、爪を振り下ろした。
それは当然、ルーカスの体を引き裂く。
バターでも切るように、肩と胸が分かれ、
腰元まで二つは裂けた。
「ハハハ!!」
だが、切られても、
彼は動き続ける。
裂けた部位はそのまま揺らめき、動き続ける。
彼に苦しそうな様子は少しも見当たらない。
「こ、この化け物!」
動揺したらしいカミラは
爪を振りまわり、ルーカスを切り刻む。
小さく、小さく、
細かく、細かく、
切られていく彼だったが
「アアアアア」
その断面はすぐに元通りになろうとし、
黒い液体上のものを伸ばしていた。
「く、気色悪いんだよ!」
そこへ更にカミラの爪が襲い、
再生も間に合わないほどの
それは彼を確実に切り分ける。
しかし、
それでも、彼はタール状の体を蠢かしながら
笑い声にも似た声をあげるだけで、
死ぬ素振りすら見せなかった。
「く、あ、あんた一体・・・」
そのあまりに異様な姿に
恐怖し、動揺したカミラは狼狽し、
思わず後ずさりしてしまう。
「も、もういいわ、
元々私はこういうの柄じゃないもの」
周りを見ながら
苛立ち交じりに彼女が手を挙げると
「ちょうどいいわね」
カジノの入り口が勢いよく開かれた。
ドアが吹き飛ばされ、会場内に入ってくる。
それは赤い目のリリーだった。
彼女は
床にぐちゃぐちゃに散らばった、
邪魔な物を蹴り飛ばし、
動かなくなったゼノと思わしき女の横を通って、
カミラの元までやって来る。
その足取りはとても人的で、
力のない様子で町を練り歩いていた人々
とは違うようだ。
リリーはカミラの方を向き、
片膝をついて、跪く。
「あなたがアイツをやりなさい」
カミラがルーカスの方を指さし、
彼女にそう命ずる。
その高圧的な命令に従い、
リリーは立ち上がった。
その十数秒の間で
どうにか人の形までは戻っていた彼だったが
動けないのは相変わらずで、
リリーが自分の方へ近づいてくるのを
眺めているしかない。
「アア、アア」
ルーカスの口からは
金属がきしむような不気味な音が
漏れている。
リリーはそれを無機質な視線で
見つめていた。
「・・・・・」
「アアアアア」
そこからは二人は微動だにせず、
動こうとしなかったが、
「早くしなさい」
カミラに急かされて、リリーは動いた。
きっと動かざるを得なかったのだろう。
右拳を振り上げ、
周りの空間を白く歪ませ、
黒い稲妻を迸らせる。
顔に大量の汗を流す彼女の手は震えていたが、
彼の顔に向かって拳が打ち出された。
しかし、
それが彼に当たることはなかったようだ。
彼の眼前で拳が止まり、
白い歪みが彼のおでこに触れる。
「な、何してんのよ!」
それを見て、激昂するカミラ。
「さっさとやりなさい!」
彼女の赤い目が一瞬光り、
リリーに光の波が放たれる。
その光を浴びると、
またリリーは少しずつ動き出した。
右拳がゆっくりと振り上げられ、
また止まる。
彼女の目から涙がこぼれ
口が少し動き出した。
「ま、ま、に、あ、」
「ア・・・・ア?」
互いに言葉にならない言葉を発し、
何も起きない時間が続く。
それに痺れを切らしたカミラが
リリーに近づこうとした時、
遠くの方で声がした。
「助、けて」




