第五十六話「孤独な防衛線」
第二地区城塞都市スルイ、
スルイ駅にて
兵士たちが駅へ降り立つ。
大量の足跡が先行し、
駅を出て、町へと入っていく。
町は一端の都市と言った風体で
背の高い建物が敷き詰められ、
その前には車道が我が物顔で幅を取る
そんな町であった。
だが、
「・・・・・・・・・・・・・・・」
町は沈黙で覆われ
閑散としている。
誰一人として
外を歩くものはいないようだ。
兵士たちはそれを不気味に思いながらも
指示通りに、スルイの城塞へ行列を作り、練り歩いていく。
その後ろをルーカスたちは歩いていた。
「人居ないんだな」
「民間人は家で待機してもらってるわ。
兵士は城塞の中よ。
どんな様子かは・・・・・後でしっかり見てもらいましょう。」
ルーカスとカミラが前を行き、
サラとリリーが後ろからついてくる形で歩く四人。
何を喋るでもなく四人は進み、
城塞の中へと歩を進めていく。
四人と兵士たちがそうやって、
城塞の中へ入り、
最初に出会ったのは大きな噴水だった。
人のいない中、ただ水が上がり、落ちる音だけが響く。
そんな庭園がまず彼らと相対した。
嫌にもの寂しい出迎えをされながらも
兵士たちは奥へと進み、長い廊下を歩く。
カーペットの敷かれた床だが
廊下の隅には砂埃が目立ち、
手入れがされている様子はない。
豪華な廃墟といった様相を呈する城塞。
だが、そんな物静かな要塞の中を歩くルーカスの耳に
突如遠くから聞きなれた音が届いた。
「ん?」
地面を砕ける轟音。
その異音を感じた彼はその方へ走り出した。
「ちょ、ちょっと」
カミラの制止の声すら聞かず、庭園に戻るルーカス。
(戦いか?)
そこから勢い良く跳び上がって
この都市を囲む
城壁の上に乗った彼は辺りを見渡す。
目立つ光景はただ一つ。
穴ぼこだらけで焼けた大地、
数多の寝転がる銀色の身体。
数百人の騎士と、
それらに取り囲まれる一人の女。
そんな異質な光景がそこにはあった。
その女は黒く長い髪を腰を越えるぐらいまで伸ばし、
その毛先は鮮血のように赤い。
ルーカスに迫るぐらいに背が高く、
その背丈に匹敵するぐらいの長さを持つ、
両端に六角形の物体がついた棒を携えている。
また、その服装は奇怪な物であり、
短パンにトップスを着ていて、
下は黒色、上は白色なのだが、
肌が露出している部分の方が多い。
胸と腹を覆う布から首と腰に向かって
布が伸び、後ろで一周している。
それだけなのだ。
背中、肩、胸の谷間を覆うものは何もなく、
その細長い体の真っ白な肌がむき出しにされていた。
「放て!」
騎士たちが
その女に向かって一斉に魔法を放つ。
火や雷、風が一斉に飛んで来るが
それらが彼女を焦がすことはない。
大きく外へさらけ出された皮膚も
その頼りなさげな服も傷一つなく、
彼女の体に当たったとおぼしき
火は一瞬で掻き消え、雷は四方八方に散り、
風は髪を揺らすだけだ。
視界には
そういうやかましい物たちが飛び交うが
それらが功をなすことはなく、
彼女はゆっくりと前へ歩き出した。
散歩にでも行くみたいに。
何の妨害もないかのように。
「距離をとれ!」
その号令と共に
退く彼らだったが、
魔法が止んだその瞬間、
女は跳び上がり、彼らの頭上へ来ると
その棒を下に向けて、六角形に片足をかけて乗ると、
下へ降り注いだ。
まるで隕石でも降ったかのような
衝撃が走り、地面を砕き、轟音が響く。
そして、降り立った彼女は
目の前にいる騎士たちを一人一人
その棒で叩きのめしていった。
一気に跳び込んだ彼女がその棒を振るう。
横なぎにふるわれた棒は騎士の脇腹を捕らえ
その体をくの字に折られる。
「がぁ」
そして、後ろの仲間たちの方へ
バットに打たれたボールみたいに
成すすべなく吹き飛んだ。
「好き勝手しやがって!!」
それを見た騎士の一人、
きっと腕に覚えのある騎士なのだろう。
背の高い彼が勇敢にも女の前に立ち、
その巨大な剣を振るうが、
「・・・・」
そこへ棒が先に届く。
バキンッ!!
甲高い金属がぶつかる音と
へし折れる音。
菓子を砕くみたいにあっけなく
砕かれたその剣は刃を失う。
「くっ!」
刃の折れた騎士に向かい、
女は少し跳び上がると、棒を振り下ろす。
当然のように棒が兜を砕き、その頭蓋をたたき割り、
騎士は地へと叩き伏せられた。
「おぶえ」
ズドンッ!!!
と言う音が聞こえ、
大きなへこみができる。
その中心には
力なく倒れた騎士の体と
赤い液体と肉片が体に着いた女が立っていた。
「あれは・・・味方か?」
その服の奇妙さも
その戦いぶりを見れば何も気にならないその女、
戦場を見て、
彼の口元が緩む。
「けど、明確に騎士は敵だよなあ」
心臓が高鳴る。
気分が高揚する。
呼吸が、血流が、謎の黒い管の中を流れるナニカが
早く、早く、早く。
口角が吊り上がり、
全身に体に力が溢れる。
この瞬間だけは、
どこの誰にも奪われる気がしない。
「俺も混ぜろよ」
次の瞬間には、
彼は前へ跳びしていた。
高い城壁の上から
その女の元へと飛来し、
地面へと降り立つ。
「な、なんだ!?」
騎士たちから上がる驚嘆
土煙の中から現れたのは
黒い癖のある髪をした人間らしき男。
180cmほどの背丈で体格も良い。
黄色い光のラインが描かれた
謎の黒いズボンやジャケットを着たそいつは
体中に黒い血管のような管が浮き上がらせ、
ニヤニヤと笑顔を浮かべている。
「あ、あんた」
女から疲れのこもった声が漏れた。
「アンタがゼノか?」
「あ、ああ」
「じゃあ、味方ってことか」
白と黒の入れ替わった左目が彼らをとらえる。
全員がその気配と圧力に恐れを抱き、
「撤退、撤退」
退いていく。
秩序だった動きで
後ろの方から順番に逃げ、
前の方の騎士たちはルーカスとにらみ合いを続けていたが、
彼が追撃しないのを見て、
そのまま全員逃げていった。
「・・・・革命軍でいいんだよね?」
困惑しながらも女はルーカスに声をかける。
「ああ、そうだよ」
「・・よかった。応援来たの、ね」
その声を最後に、
女は前のめりに倒れてしまった。
次に女が目覚めたのは、
見慣れたベッドの上であった。
灰と黄の間みたいな色の
見慣れた天井が視界に広がり、その端に
黒と紫の混じった髪が見えた。
「ゼノさん? 目覚めましたか?」
あの女の声が聞こえ、
ゼノは体を起こす。
自分の体も服も
戦っている時から何も変わらない。
それにほっとして
大きなため息が漏れる。
「ああ、もう大丈夫だよ
心配かけたね」
ひとまずカミラに声をかけるゼノ。
そして、辺りを見渡すと
「ゼノさんお久りぶりっす」
「・・・・どうも」
ベッドの脇に
見知った顔が二人いた。
「おお、リリーちゃんにサラちゃん
アンタらが応援に来てくれたのかい?」
「ええ、そうっすよ」
「ははは、これで私もようやく休めそうだね」
そう言った瞬間、
彼女の体から一気に力が抜ける。
倦怠感が降りかかり、
腕も上げる気力が起こらなくなり、
「私も、結構、疲れて・・・・」
頭も下がっていく。
「そうですよね、大丈夫です。
応援も来ましたから
ゆっくり」
そうカミラが言いかかけた時、
ドアが開けられ、ブーツが床を踏む音が部屋に響いた。
その異質な気配に覚えがある
ゼノがまた顔を上げると
そこにはあの男がいた。
「・・・・・どうも」
ハンカチで手をぬぐいながら
そう声をかけてくる男。
「・・・さっきはありがとうな。
アンタのおかげで助かったよ
名前はなんていうんだい?」
「ルーカス」
「そうか、ありがとう。ルーカス。」
奇妙な目玉がたまにこちらを覗く
その男は、
「・・・・・邪魔か?」
そう言って
ゼノが笑ったまま、
何も言わないのを見ると、
踵を返して、そのまま外へと出ていった。
「ごめんなさい・・・・気が利かなくて」
「いやいや、そういうわけじゃ」
「じゃあ、我々も退散しましょう」
そして、カミラと二人も
部屋の外と出て、
ゼノは一人そのベッドで横になった。




