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evil tale  作者: 明間アキラ
第四章 「戦争」 ークリ平原の戦い編ー
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第五十四話「忙しさは大事なものを紛らわす」


ルーカスとサラは

朝食を食べにいった。


何が起きたのか

さっぱりわからないルーカスを

戸惑いが支配していたが、

彼はサラの後ろをついて行く。


二日酔いで千鳥足の酔っ払いの横を通り、

朝から開いている飲食店の中に入った二人。


彼らはオムレツやサンドイッチを注文し、

それぞれ食事を進めた。


サラの食事は随分と控えめだ。

昨日のテオやリリーと比べれば誰であろうと小食に映るが、

それでもこの世界の人にしては随分と量は少ない。


だが、そんなことよりも

ルーカスはサラの落ち着きぶりに驚いていた。


(昨日のあの様子はどこ行ったんだ?

俺はあの後何を・・・・・)


穏やかな顔で

サンドイッチをちびちびと食べるサラ。


彼女のルーカスを見る視線が少し柔らかくなり、

優しい笑顔が彼へ向けられる。


「・・・・・」


あまり食べる気になれない彼は

目の前にある大きなオムレツを放置して、

サラを見ながら散らかる思考を整理しようと必死だった。


(落ち着け、何が起きてる・・・・・

あの後、気絶したのか?

いや、だったら何で俺は屋上にいたんだよ!)


寝ぼけた?思考が起き上がるほどに

顔には汗がにじみ、目つきは鋭くなってしまう。


「どうしかしたんすか?」


それを見たサラが顔を近づけ、

彼の額に手をおく。


「熱は、ないっすけど

体調悪そうっすよ?

大丈夫っすか?」


心底心配そうな顔、声。

真正面に座っていたサラは席を離れ

彼の真横に座った。


「・・・・心配し過ぎだ」

「無理っす、心配させてください」


本当に彼を案じてくれたのだろうその態度も

今の彼には不気味に思える。


「・・・・・」


「食欲ないなら

後は私が食べますよ?」


「・・・俺が食べるよ」

「・・・・・」


不安の抜けきらない彼女は

彼の食事と顔を見つめ続けた。


本来ならば、

二人で朝食を共にするだけでの

平凡で、平穏な朝で、

和やかで、何の波乱もない

過ごしやすい時間のはずだ。


だが、それはルーカスにとってだけ

不気味で、恐ろしいものであった。


「・・・・あ、リリー来てる。」


そう彼女が言った瞬間、

扉が開き、呼びベルのなる音が店内に響き、

ガラガラの店、その木の床を踏みしめる音が

ゆっくりと二人に近づく。


「おはようっす。リリー」

「・・・・おはよ」


リリーの顔は少し暗い。

声にも元気がなく

眠れていないのか、目の下は薄っすらクマが浮かび上がってる。


「・・・・おはよう」


ルーカスも挨拶を返し、食卓につく三人。


少し前から始まった

ルーカスにとっての普通。


(・・・・わからないことだらけだ。本当に)


「・・・これからどうするの?」

「今日は予定ありませんが、明日には事務所に帰ります。

そっからも別に予定はないっすね、待機です。」

「・・・・そう」


そこからは何もなかった。

何の問題もなく食事は終わり、

三人は部屋へと戻った。


サラがルーカスの側から離れなかったので

それについてきたリリーと

三人でルーカスの部屋へと帰る。


リビングの暖炉の前にある

ふかふかの椅子とソファ。


そこに三人とも座った。


リリーとルーカスが向かい合うように

椅子に座り、サラがその間にいる。


そこまでもずっと彼は考え続け、

まとまらなかったが、


(・・・考えても仕方ない。)

その結論にたどり着いた。


(俺はこの体のことについて無知だ。

そもそも、どうやってなったのかもわからん。

あの子供が関連してることしかわからん。)


テオもこの件に触れなかった。

食事会でも一切話さなかった。


まず、ルーカスに話すことではないと思っていたのかもしれない。

彼が何か革命軍にとって不都合な存在であるなら

それをわざわざ伝える意味はなく、むしろ不利益しか被らない。


ただ、今回の場合、伝えるような情報がなかったのがそれ以上の理由だった。


以前、サラがあのアダムや子供たちのことを報告したことがあったが、

返答は「そうなのか」、進捗は「進展なし」であった。


事例が確認できた。

でも、裏取りも、情報収集も

何もかもできていない。


彼らとルーカスが同じなのか否か、

どこか来たのか、元からいる人なのか


その情報は誰の目にも入っておらず

当然ルーカスも知らなかった。


(気にしないようにするしかない・・・のか?

そういうものと受け入れるしかないのか・・・・)


自身の体を見る。

浮かび上がる黒い管。

異質な化け物の証拠。


だが、もうそれは彼にとって

自然であり、それが目に入ると安心すらもたらしてくれる。


(コレが俺の体・・・

受け入れて・・・全部受け入れて)


そう思い、柔らかい椅子でゆっくりとする。

サラは濡れたタオルだのを持ち出そうとしたが


「いい」


ルーカスが制止した。


自身の腕を見て落ち着いてきた彼は

「大丈夫だ」

と言い、元気そうな姿を見せようとした。

が、

「安静にしてましょ?」

と言うサラには従うしかない。

向かいでぼけっと天井を眺めるリリーと同じように

天井を見つめていた。


結局、その日は、二人とも部屋でそうやって過ごし、

サラが買ってきてくれた食べ物を食べて、

何もしないまま、床に就く。


食事も久々の風呂も済ませて、

ルーカスは寝床に入った。


今日は夢を見たらしい彼はその悪夢にうなされ、

誰かに怒鳴られるような

そんなよくある情景が彼を襲ったらしい。


そんな悪夢にうなされ、

ルーカスは次の日を迎えた。


頭には脂汗が滲み、

眠ったのに疲れが取れない。


「・・・・・・はあ」


こんな時はいつも通り

すとんと眠って欲しかったようだが、

そう都合良くはいかないらしい。


「大丈夫っすか?」

それを見てサラがまた心配そうにしているが


「ああ、多分もう大丈夫だ」

ルーカスは虚勢を張った。


とてもではないが、拭い去れる不安ではない。


だが、一々心配をかけたくもなかった。

なので、彼は

「今日は大丈夫そうだよ」

カラ元気を見せて、サラを安心させる。


「・・・・本当に大丈夫?」

余り通じていないようだったが


「まあ、じゃあ、出発しますけど

辛かったら言ってくださいね?」


とりあえず出発はするようだ。


リリーは本当に元気になっていて

体調不良はなさそうだ。


「・・大丈夫?」

彼女もルーカスを見て、声をかける。

「大丈夫だよ」

「・・・・・・そう」

彼の誤魔化しも余り通じていないらしいが、

三人は列車に乗り込み、

彼らが元居た事務所がある

第一地区の首都へと帰っていった。


変わり映えのしない

風景を眺めるだけでただ退屈な時間が過ぎ、

駅へ着く。


どうやら

この都市の雰囲気もあまり変わらないもので、

祝勝気分はここにも蔓延していた。


「おお、リリーだ!」


リリーを見るなり人がわらわらと集まり、

ルーカスとサラもそれに取り囲まれる。


「戦場で聖騎士とやりあったらしいぞ」

「しかも何人にも勝っちまったんだってよ」

「話聞かせて~」

「俺も」「私も」


老若男女問わず

人が群がり、リリーを囲んだ。


「・・・・」

対して彼女はいつもと変わらない

鉄仮面のような無表情で彼らを眺めている。


サラとルーカスに声がかかることはなかったが

事務所に入るには極めて邪魔な上に

じっくりとルーカスの姿を見られると

少しまずい。


「・・・・・・ルーカス」


リリーは後ろを軽く首を傾け、

ルーカスへ声をかける。


「なんだ?」

「サラを持って」


それを聞いたサラとルーカスはすぐに動く。

彼女は彼の首に手をかけ、

すぐさま体勢を整える。


「・・・ああ」

ルーカスは背中に手を置き、足を持ち上げた。


「じゃあ」


リリーがそれを待って、跳び上がる。


群衆の肩を踏みながら前へ跳ぶリリー。

ルーカスもそれに続く。


踏み台にされた人から苦悶の声が上がるが、

それを無視して、群衆を抜けると

そのまま二人は走り去っていった。


(・・・・・・・・)

自分の斜め横から突き刺さる視線を

無視しながらルーカスは走り、

時には屋上へ飛び移ったりしながら

事務所へと着いた。


「・・・いつまで持ち上げてるの?」


ぼけっとサラを抱えたままのルーカスにリリーが

不思議そうに話しかける。


「悪い」


ばつが悪そうにサラを地面に降ろすルーカス。

サラは彼の側から離れない。


「・・・・・・・仲いいね」

「・・・・そうか?」

「うん。前より」


「前からこんな感じでしたよ?」

「・・・そうだっけ」


色々と疑心暗鬼なルーカスと

穏やかなサラ、

少し自信なさげになってきたリリー。


三人は事務所に入る。

少しの休息。彼らの


特別な用事もなく、疲れとか色んなものが抜けた後、

リリーはルーカスを稽古に連れ出し、戦い方を叩き込まれる。


サラは兵たちと仕事をする時間が増え、

ルーカスたちとはあまり一緒にいなくなった。


が、それでも間の時間は一緒に居たり、

夜は食事を共にしたりと、なるべく一緒に居ようとはしているらしい。


そんな日々が4日ほど続いた。


その間も、

彼の視点の切り替わりはたびたび起きたようだ。


リリーとの訓練が終わって

夕食を全員で食べ始めた

その次の瞬間、ベッドの上で眠っていたり、

普通に過ごしていたと思ったら

何度も細かい時間が飛ばされていたり、


その時間が飛ばされてる現象は彼に

何度も起きていた。


ルーカスはリリーに夕食の時の自分がどうだったかを

聞いてみたのだが、


「別に、普通だったよ?」


そう言われただけだった。


ルーカスに、サラとの記憶が残っていない。

ルーカスの視界に彼女がうつった時間は極小だった。


なぜなら

(多分、アイツと二人きりになったり

距離が近くなると・・・あれが起きる)


そうとしか取れないような事態が続いたからだ。


リリーとの訓練も昼食も

時間が飛ばされることはない。


しかし、サラが近くにいる、もしくは

関わると彼の視界は次のシーンへとカットされる。


一度、落ち着けた頭も

また混乱の渦へと巻きこまれ、

それが四日間にわたることで

彼の思考はどんどんと追い詰められていった。


(・・・・どうなってんだ、本当に

アイツに何かされてる?

それとも・・・・)


思い当たるのはやはり自分の体。

何の確証もないが

人が化け物へと変わるとき、

代償がつきものだ。


(よくある話だ。

化け物になる度に意識を化け物に乗っ取られていって

最終的にはそいつが・・・・)


言い知れぬ恐怖が彼を支配する。

手が震え、自らが明日には

もういなくなってしまうのではないかと不安が渦巻く。


(化け物にナラナイ?

それがいいのか?・・・・・)


この現象を収めるために

やれることと言えばそれぐらいしかない。

無意味かもしれないが、それ以外にやれることはない。


(再生しない。

怪物に変身しない。

・・・・・戦わない。)


すなわち、

(あの力を使わない?)

それを意味する。


だが、

(嫌だ)

目の白と黒が入れ替わり、

体中に黒い管が浮かび上がる。


(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)


彼の心はそれを拒否する。

ジャンキーたちが麻薬のない未来を想像した時のような

猛烈な嫌悪感が彼の頭を駆け巡る。


息が上がり

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」

肩が上下し、彼の心臓が脈打つ。


(あれがないと、俺は・・・・)


思い浮かぶのはあの狭い部屋、まずい飯、

そして、あの化け物に襲われた時の絶望感だ。


(今はそんなこと言ってられる状態じゃない。

立場上あれは使わないと・・・・)


そう自身に言い聞かせるが

それだけではない、

それだけではないのだ。


あの圧倒的な力は彼を惹きつけていた。

彼に降りかかり続けていた不幸、

それらはすべて


(これさえあれば)


今の彼にとっては取るに足らないものでしかない。


それを可能にする力。


黒い管の浮かび上がる手を見る。


安堵感が彼を包み、

彼の荒くなっていった呼吸が収まっていく。


「はあ、はあ」


そんな彼の元へ

トランシーバーから指令が下る。


聞きなれたサラの声で

響く声が彼に響いた。


「至急、駅まで来てください!

準備は必要ないっす!

今すぐです!」


「・・・・行かないと」


彼は席を立ち、歩み始める。

不安から目を背け、

次なる死地に少しだけ期待を寄せながら。

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