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evil tale  作者: 明間アキラ
第一章 「弱き人」 ー幼少期編ー
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第七話「侵入者」

ルーカスが次の朝目覚めるとそこは室内だった。

自分以外に人もいない。狭苦しい似たような団地の一室


だが、自分の部屋でないことはわかった。

コツコツ買ってあった雑誌の山もストレスのはけ口にしていた日記もない。

壁のシミも違う。


そして、何より匂いが違った。いつも過ごしている部屋なら匂いが鼻を刺激することはない。

今は、自分が寝ていた布団はもちろん、部屋中から強烈な違和感があった。

花のような香りの中に生臭さが混じったような匂いがしている。

彼の部屋に生臭さはあれど、それ以外はないはずだ。


(どこだここ)


もう一度辺りを見回し、ポケットの中身を確認する。


(盗られてない?)

どこをどう触ってもそこに財布はあるし、

出して中身を確認しても現金はちゃんとそのまま入っていた。



(とりあえず外に出よう)


立ち上がり、外に出ようとドアノブに手をかけた時、


ガチャリ


とドアが勝手に開いた。


思わず後ずさりして、こけてしまうルーカスの前に

扉の向こうから獣人の女が現れた。


「あら、起きてたんだ・・・」


あちらもびっくりしたのか

驚いた様子でオロオロしながら

「大丈夫?」

と声をかけ、差し伸べようとする彼女の手を

彼はとることができず、ただ見ていた。


(こいつは・・・)



「?」

彼が手を取らないのを不思議そうな顔をする女の手を取らず、

ルーカスは後ろに下がって立ち上がる。


彼はその女と向かい合って、

睨み付けるような視線を送った。


藍色の髪を首元で切ったショートカットの女

獣人であるため猫のような耳が人間の耳とは別に頭についている。

体格は平均的だが、スタイルはよく、顔立ちも非常に良い。

小汚い長そでのポロシャツを肘までまくり、足にぴったりと合った

土色で汚れ、色も落ちてきたジーンズを着ている。

ポロシャツの前のボタンを留めていないため

彼女の胸の谷間は大っぴらに開かれている。


「ちょちょちょ、ちょっと

助けてもらってそれはないでしょお」


睨むようなルーカスの視線に怯えて、

女は手を前に出して、手と首を振りながら

そう抗議してくる。


「・・・・あんたは・・・マリか」


「えっ、なんであたしの名前知ってんの?」


「俺もあんたと同じ仕事場だ。名前くらい覚える」


「あははは、あれ? そうだったっけ・・・・・」


誤魔化すように、笑う彼女はまだ怯えているようで

顔をルーカスから離して、背けながら、手だけを前に伸ばしている。


「あ、あの・・・・・すいません、すいません!」


彼が何も言わないでいるとマリという女は取り合えず謝りだした。


「・・・・・・」


それを受けて、ルーカスも眼差しを弱め、

話を聞くことにした。


「なんで俺はここにいるんだ?」


「わ、私が連れてきたの

そのゴミ箱に捨てられてたし、寒そうだったから・・・・」


髪をいじくり、誤魔化すように眼をそらしながらながらマリはそう口にした。


「・・・・それだけか?」


「あはは・・・」


「・・・まあ、いいよ

ありがとう。」


そう言って彼は財布から紙幣を取り出し、

マリのポケットに突っ込み、彼女の横を通り、ドアを開けて外へ出た。


「ちょ、ちょっとまって」

そんなルーカスを外まで追いかけてマリは引き留めてきた。


「い、いらないから」


彼の手を取り、金を返してくる。


「・・・貸し借りはなしにしたいんだが」


手で札をひらひらと揺らし、マリの方に差し出す。


「受け取ってくれないか」


「い、要らない 貸しだなんて思ってないから」



「・・・・・・・」

(これ以上押し付けるても、それはそれで面倒になりそうだな)



彼女の断固とした姿勢を見て、ルーカスも

「わかった、ありがとう。」

とだけ言い、再び一人で歩いていこうとすると


「待ってって」


マリはルーカスの手を取り、引き留めた。


「どうかしたのか?」


「あ、朝ごはん一緒に食べない?」


「はあ?」


「い、嫌だったらいいんだよ?」


そう言いつつ彼女の手を握る力は強くなっていく。


「・・・・・・今何時だっけ」


「7:00ぐらいだよ」


「そうか」


ルーカスは虚空を見つめながら固まった。

(こういう時どうすればいいんだ・・・)


突然現れた美女にご飯を誘われている。

そもそも、誰かと一緒にご飯を食べる経験が彼にはない。

というか、こちらに来てから誰かと向かい合って喋ったこともほとんどない気がする。

そういった色々な懸念が頭をよぎるが、

結局ルーカスはマリを連れて食堂に行くことにした。



「いっつも、ここで食べてんの?」

食堂に着き、料理を机に並べ、隣り合って二人で座る。

前にあるのは固い肉の何かととぬるく湿った野菜のスープだ


「そうだよ」


「ええ、まずくない? ここのご飯」


「まあ、そうだな」


「・・・・・あ、ちょっと待ってて」


そう言ってマリは外へと駆け出していった。

数分後肩で息をしながらマリは帰ってきた。

手には駅前の店の袋を下げ、そこからいろいろと取り出し始める。


「お肉とか味かえられるのかなあ・・・」


そういってマヨネーズのようなものをかける。


「あ、ましになった。えっと、あ、そういえば名前何だっけ?」


「ルーカス」


「ファミリーネームは?」


「・・・・・悪い、ルーカスだけで」


「あ、その、ごめんね。なんかダメだったかな

ほらお詫びに調味料何でも使っていからさ ほら」


マリは絵にかいたような明るい笑顔で

色々な調味料を試しては大げさに反応して見せる。


「これおいしい」「これはちょっと」

「スープは救いようないなあ」


と試行錯誤を繰り返している。

ルーカスにはその成果を勧め、

「これおいしいよ」

と差し出してくる。


ルーカスはそれを受け取って何も言わずに食べる。


「おいしい?」


としきりに聞くので、


「おいしい」


と返すと、マリはほっとした様子で自分の様々な調味料で汚れた

料理をちまちまと食べ進めていった。


いつもと違う騒がしい朝食を終えて、

二人は外へ出る。



「この後どうすんの?」


「どうするって・・・作業じゃないのか」


「えっ!? あれ真面目にやってんの?」


やけに驚いた様子で、耳元により小声で話しかけるマリ

「こんなとこまじめにやってたら早死にするよ?」


実際、こんな土煙が舞い、非常に熱く、たまに有毒ガスがたまっていることもあるような

この鉱脈の掘削作業は大いに危険が伴う。

真面目にやらずとも、大概がここの空気の悪さによって肺を悪くして早死にする。

だから長生きしたいならうまくさぼることは必須だろう。


「かもな」


「さぼんないと、肺炎かかって死んじゃうって」


「そうかもな」


「ねえ、一緒にさぼらない」


「・・・・・・」


「大丈夫、さぼる方法知ってるから」


マリはルーカスの体を掴んで

やたらと体を密着させ、彼を上目遣いで見上げるような姿勢で話す。

おもちゃをねだる駄々っ子のようでもあるが、

おひねりをねだる娼婦のようでもある。


ルーカスは彼女と目を合わせず、横目で見ながら話をつづけた。


(・・・・・・付き合っておくか)


「バレたらどうするんだ?」


「大丈夫、大丈夫

私に任せてよ」


そう自信満々に話す彼女は始業の合図が始まって早々、

マリはルーカスの手を引き、監督官の元まで走り出した。


「駄目だ お前のとこずっと進んでないだろ」

「ええ~ お願いだって 」


何やら怪しげな会話を続ける二人


マリが体を近づけ、監督官に密着していく。

大きな胸を押し付け、煽情的な口ぶりで話し始めた。


「おねが~い」

「週末は」

「空いてるよ」

「わかった」


彼女の仕草に魅入られてしまった監督官は

緩んだ顔でマリを見つめている。


「ああ、それと後ろの人も一緒ね?」

「わかった」


監査員にあっさりと許された二人は、

作業場から外れた林の中に入っていった。

獣道を通って、作業場からは見えない場所にくる。


「着いた~」

そこは木々が切り倒されている場所で、

周りには草木が生い茂っているが、

人が何度も使ったのであろう痕跡があった。


火を起こしたであろう黒くなった木の束を中心に

大きな切り株が並び、雑貨店で売ってる缶詰のごみが

まとめておいてある。


その場所にルーカスとマリは二人きりとなった。


「ねえ、大丈夫だったでしょ?」

そう言って、マリは切り株に座り、体を伸ばす。

ルーカスもそこらの地面に座った。


「・・・・・」

「・・・・・」


無言で見つめあう二人。

マリの方を凝視し、微動だにしないルーカスに

不安を覚えたマリはその沈黙を破ろうとあたふたし始めた。



「ええっと、その、あの

な、何か私の顔についてる?」


「いや」


「せ、せっかく二人なんだし、何か喋んない?

出身とかどこなの?」


「第五地区」


「へえ、あのお金持ち多いところよね?」


「ああ」


「ええと・・・その・・・・あの・・・」


会話が詰まった。

マリは明らかに焦り始め、

挙動不審に口を開いて何か話そうとしては閉じるを繰り返している。


そんな姿を見て、いたたまれなくなったのか


「無理して話さなくてもいいんじゃないか?」


とルーカスは言う。


だが、そうは言うもののどうにも落ち着かない様子で

余計にソワソワとし始めてしまった。


「あ、そ、そうだ。缶詰とか買いだめてあるんだよ」


そういって彼女は切り株の後ろから袋を持ってきて、

中からいろいろな味の濃い保存食を取り出し始めた。


「お昼に帰って、騎士に見つかると厄介だから

ここに貯めてるんだよね 何が良い?」


震える声で、ルーカスに選ばせようとしてくる。


「なあ」


「は、はい」


マリの顔がルーカスの方を向き、

二人の目が合う。


何かに怯えている顔、今にも泣きだしてしまいそうな顔

それが見えてしまったルーカスは思わず聞いてしまった。


「そんなに俺に気を使って何がしたいんだ?」







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