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evil tale  作者: 明間アキラ
第四章 「戦争」 ークリ平原の戦い編ー
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第四十九話「変身:前編」


「変身を・・・・許可します」


涙や嗚咽で汚れたその声が

ルーカスの耳に届くと


「了解」

彼からその言葉が発せられる。


そして、

その言葉と共に、

黒い何かが二人を包んだ。


「「!?」」


「何あれ!?」

「どういうこと!?」


奈落の底の暗さをそのまま

地上に持ってきたような

黒色の正体不明の何かが二人を覆う。


驚きと恐怖で

動けなくなる二人だったが、

その黒は案外すぐに明けた。


だが、そこにいたのは

そんなただ不気味なだけの黒よりも

遥かに恐ろしい怪物だ。


背中からは六本の大蛇のような触手が生えた

人間のようなナニカ。


前腕は黒く、石炭のように固い物へと変わり、

顔には、黒い血管のような管がくっきりと浮かび上がっている。


彼が着ていた服はそのままなのだが、

槍で貫かれた場所は、

触手と同じ材質の何かで覆われ、

いつの間にか修復されている。


それだけではなく、

その胸の部分と、裾や襟、袖の先は

怪しくうごめき、禍々しく、

一部は体と溶け合って、奇妙な物へとなっていた。


しかし、

カラが恐れをなし、

メーガンが動けないのは、


その姿、故ではない。


触手があるからではない。

その目の白と黒がたまに逆になるからではない。

彼の狂気的な笑顔からではない。


溢れる魔力と

おぞましいまでの圧力からだ。


(な、何あれ・・・)


カラ、メーガンの体に危険信号が走る。

今すぐ踵を返し、

友も、武器も、任務も、誇りも

何もかも捨てて、裸足で逃げ出せと

体が彼女らに伝える。


カティア騎士団のエリートである彼女らですら

怯えて縮み上がりそうなその圧力。


それを発しながらニヤニヤと笑うルーカスは

首を回しながら、準備運動でもするように

体を動かしていた。


「アア、やっと治せた。

息止めてるミタイで

クルシかった」


首から音が鳴る。

解放感が彼に笑みを浮かべさせ、

今すぐ暴れたくて仕方がないらしい。


その彼が二人と目を合わせていく。

メーガンと、カラと、

目が合うと、

彼女たちの体は動く気を無くした。


(か、体が重い!)

(動けない!!)


それは彼が魔法を使ったからではない。

彼はただ単純に見ただけだ。

だが、それすら今の彼女たちにとっては、

特に彼女たちの体は、生物としてもうその動きを止めようとしてしまっていた。



笑みをそのままに彼は動けないメーガンに歩み寄っていく。

ゆっくりと歩を進め、彼女に近寄る。


「死にかけなのが

ザンネンだなあ」


禍々しい煙のような

ナニカを纏う奇妙なブーツが

地面をへこませ、彼をメーガンの元へ運ぶ。


「はあ、はあ」


体は固まり動かない。

しかし、ここで黙って

殺されるわけにもいかない。

殺させるわけにはいかない。


そんなことは絶対に嫌だ。


「うわああああ!!!」


まず、その恐怖から抜け出せたのは、

カラだった。


必死の形相で引き絞った矢を彼に向かって放ったのだ。

心身を奮い立たせる雄たけびと共に放った矢は、

頭へと一直線に飛んでいき、確実に彼の頭を貫く。


貫いた、はずなのだ。

だが、彼の顔は崩れず、顔に開いた穴はたちまちふさがり

元通りになる。


「!?」

(ど、どういうこと?)


理解ができない。


(治癒も使った様子は・・・

いや、三賢者のハンナ様だってあんな芸当できない。

わからない。

あれは、何!?)


しかし、彼女にできることは一つしかない。

彼女は矢を放ち続ける。

自身の魔法と道具で生成する

矢を無限に、彼へ発射し続ける。


それしかできない。


例え、いくら矢をぶつけても

たちまち再生してしまう化け物が相手だったとしても、

友を逃がすため、任務を遂げるため

彼女は戦わなくてはならない。


「ジャマ」

そんな彼女を無情な触手が襲う。

半狂乱で周りが見えなくなっていた

彼女の腹に一本の触手が伸び、殴りつけたのだ。


「うごっ!!」

そのまま後方へと飛んでいくカラ。


「カラ!!」


メーガンはそこで硬直を脱した。

友の危機。

ここで動かなければ自分は何のために鍛えてきたのか

まるでわからない。


(大丈夫、大丈夫、カラはまだ)


死んではいない。

それだけ確認して、


「クソ!!」


決死の覚悟を胸に、前へ跳びだしていった。

メーガンが再びオレンジ色の靄を纏い、槍を突き出す。


切り傷からは大量に血があふれ出し、

今にも倒れてしまいそうだが

その生涯最後の突きはきっと彼女最高の完成度を誇っただろう。


無意味だったが。


その槍は彼の体には当たりはした。

彼が前に突き出した手に槍は貫通した。


が、それまでだった。


「ぐっ!!」

押しても引いても動かないその槍は

服の一部が伸びて絡みつき、

治りかけた手もそれを握る。


そして、

化け物は槍を横に思いっきり振った。


「ぐわぁっ!!」

持ち主であるはずのメーガンが投げ飛ばされる。


何とも不幸なことに、

彼女はすぐそこの木にぶつかって

地面へ倒れ込んだ。


せめて、はるか遠くへ飛ばされていれば逃げることもできただろう。


そんな可哀そうな彼女へ触手が迫る。

足に絡みついた触手は彼女をとてつもない力で引き戻していった。


「あっ、ああ!」


何かを掴もうと腕を回したり、

地面に爪を立てたりするが、

全て徒労に終わる。


力のない声が漏れ、気づけば

右足に絡みついた触手が彼女をつるし上げていた。


ルーカスの眼前、彼が逆さでよく見える位置に

持ち上げられた彼女がまず目に入ったのは

彼の笑顔だった。


「じゃあな」


サラは今、彼の後ろで震えている。

地面に座り込みながら、彼を見ている。

その目の前の光景を必死に、

考えないようにしながら。


(わ、私は何をしたの?)


魔導銃のスコープ越しに見た悲劇。

ラベンの守護者ともたたえられた

粛清騎士がボロ雑巾の様に殺されたアレが

メーガンを相手に、今目の前で起きようとしている。


(あ、死ぬ、メーガンが)


あの女が死ぬ。

そう思うと、目を開けられない。

顔を誰にも見せたくない。


彼女は地面にうずくまり、

誰にも、

その顔を、その目を、口元を、

見せないようにした。


そして、目をふさいだ。

その現実を見たくなかったから。


サラがその顔を体で覆った時、


「オツカレ」


宙づりにされたメーガンの体へ

ルーカスの拳が叩き込まれた。


彼女の抵抗力をものともせず、

メーガンの体に伸びていくルーカスの拳は

肉を砕き、骨を砕き、彼女の体を打ち砕く。


バァアアン!!!と

人を殴ったとは思えないような衝撃音が響き、


「ぐぇ」


抵抗する力もないメーガンから

声が漏れた。


もう苦悶の声を上げることもできないのだ。

されるがままにされるしかない、

ただ、自分が次の瞬間、生きていると信じて。


「フン!!」


その願いも

ルーカスの拳は無慈悲に打ち砕く。


とてつもない力で彼女を殴り飛ばすと

果てしなく遠くへ吹き飛ばした。


木々をなぎ倒し、

遠く遠くへと飛んで行ったメーガン、


その音が聞こえなくなった時、

メーガンから呼吸も鼓動もなくなった。


「アハハハハハ!!!!」


怪物の笑い声が森に響き、

サラはより体を縮こませていく。


「メ、メー、ガン?」


その笑い声と同時に友の気配が消え、

困惑が先にカラを襲う。


そして、その瞬間、抑えきれない感情が彼女の覆い尽くした。


「くっ!!!!!!!」


まず、カラはそこから距離をとった。

逃げるためではない。

ルーカスから一キロほどの距離を開け、

木の枝に飛び乗り、矢を放つ。


「アア?」

笑い続けていたルーカスだったが、

矢が飛んできた瞬間にそちらを見た。


見ただけで特に何もしない彼の顔に矢が当たり、

当たった瞬間に大きな爆発を呼ぶ。


爆炎が彼を包むが

それだけだった。


何度も飛んで来る爆発する矢だったが

彼の触手一つ傷つけることは叶わない。


「はあああ!!!!」


彼女の体からも紫色の靄が出始め、

その矢の速度も数も多くなっていくが、

結果は同じだった。


「走るのは・・・・メンドウだな

カラダが重い。触手のせいか?」


背中についている六本の触手を見る。

まるで自分の手足のように動くそれだが、

体の一部だろうと重いものは重い。


別に耐え切れないわけでも、

走れないわけでもないが、

どうにもやる気は出ないらしい。


「ジャア、こうしてみるか」


面倒臭く思った彼が最初にやったのは

触手を伸ばすことだった。


大蛇の尾のような触手が無限に伸び始め、

カラに伸びる。


細かく、幾本にも分岐した黒い触手が

森に広がり、カラの元へ伸びていく。


「!?」

カラは自身の元へやってきた

気味の悪い無数の触手に驚く間もなく、

襲われる。


だが、分散した触手では彼女の体を貫くことは叶わず、

太くまとまって貫こうとしても

それがカラに当たることはなかった。


(こんなもの!!)

剣を抜いて触手を切り払いながら

全てを躱し、弓矢で反撃をする。


今度は体を貫くための矢。

それを渾身の力で引き絞り、放つ。


亜音速にも達するような速度で飛来する

大きな矢は彼女の出せる最高速でルーカスを穿ち、

その頭を消し飛ばした。


貫通した衝撃の余波が顔に伝わり

顔が無くなるが、

その程度で倒れる怪物でもないらしい。


(おお、今のは死んだと思った。)


少しびっくりするぐらいで

すぐに顔が戻ってくる。


だが、


「埒が明かないなあ」


そう思った彼はまず、後ろでうずくまるサラに向かってこう言った。


「ナア、地面にもぐっててくんねえか?」


そう言って、彼は両手で球を作る。

手の指を合わせ、空の球体を形作ると、

その中に光が現れ始めた。



サラは体を起こし、彼を見る。

彼女の目が彼をとらえると、

その背中に目を奪われた。


触手がうごめく、気味の悪い背中であるはずだが、

彼女の目にはそう見えていなかった。


「お、お兄、様?」


彼女の頭の片隅にある

おぼろげな記憶と

目の前の光景が重なる。


だが、

「サラ?」

彼の振り返り様の横顔が見えた時、

彼女は現実に引き戻されて、理性を取り戻し、

一気に深い地面の底へと潜っていく。


「それじゃあ」

それを確認すると

ルーカスは手を開いた。


解き放たれた小さな光は

空へと飛んでいき、

あるところで止まり、


「コレでいいかな?」


次の瞬間、森を光が包んだ。

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