第四十八話「爆発」
ルーカスはメーガンと戦っていた。
木々が倒れ、地面が裂け、火花が散る。
踏み足が地面をえぐり、
その穴が数秒のうちに何個も作られていく。
木々が生い茂る森のはずが
木々はいつの間にか地に倒れ、
森の中にぽっかりと開いたその穴には日が差し込んでいる。
そのほぼ互角の攻防は一向に進まず、
ただお互いの体力を消耗させるに過ぎなかった。
だが、それはすなわち
ルーカスの勝利が近づいていることを示していた。
「はあ、はあ、」
見るからにやつれて、疲れが見えだすメーガン。
オレンジ色の靄は依然として体を覆い、
その圧力は決して生易しいものではない。
だが、彼女の息は乱れ、額には汗がにじんでいた。
たかが、数分、されど、数分。
その時間は彼女にとって、あまりに長すぎた。
あの靄は限界を超えて戦っている証拠なのだ。
本来なら、自分の実力が伴わない、
格上相手に自らの体力と魔力を大きく消耗させながら
戦う捨て身の戦法。
使いすぎれば、
最悪の場合、そのまま倒れて動けなくなってしまう。
そんな賭けにでて、ようやっと互角の彼女は、
どんどんと消耗していった。
動きも鋭さを無くし、
戦い始めた時のような切れやスピードは失われていく。
一方、ルーカスから疲れは全く感じられない。
最初から何の変化もない顔には汗一つない。
それどころか、彼の動きは少しづつ切れも精度も上がっているように見えた。
お互いに外傷はないが
消耗戦となればルーカスが圧倒的に有利。
それは明白だ。
メーガンが繰り出した突き、
それが彼をとらえ損ねる
それを引き戻して再び突こうとするが
(体、が、重い…)
引き手が思うように動かない。
何百、何千、何万と繰り返してきた動きだが
疲労はそれすら曇らせる。
鋭さが無くなったその動きは
とうとう、ルーカスに大きな隙を晒すこととなってしまった。
そして、左に半身になって
その突きを避けていたルーカスは
横振りでも、引き戻して再び突くための前動作でもない、
そのただ前に槍を突き出して体軸を崩した彼女の一瞬の隙を見逃さなかった。
ザクッ!!
次の瞬間、肉が裂ける。
彼のナイフが彼女を捕らえたのだ。
素早く、逆手へと持ち替えられ、
振り上げられた逆袈裟の切り上げがメーガンを襲い、
「ぐはぁッ!」
切られた彼女は力なく地に膝をついてしまった。
ざっくりと入った切り傷は
彼女の腹部から肩にかけて大きく直線を描き、
中から鮮血がこぼれ出ている。
軽装鎧も意味をなさず、
それも共に切られてしまっていたが、
魔力抵抗はまだ活きているのか
どうやらルーカスの思った通りには行かなかったらしい。
(真っ二つにできると思ったんだが、まだまだってことか)
最後の最後まで、
意地は見せたが、メーガンはもう動けない。
放っておけば、傷から血を垂れ流し続け、
そのまま失血死してしまうだろう。
ルーカスを睨むことしかできないメーガンは、
呼吸を荒くしながら、口や体から垂れ流される血を手で
どうにかせき止めている。
そんな彼女にルーカスが何もしないはずがない。
ナイフを持ち直して、
ゆっくりとメーガンに歩み寄るルーカス。
少しつまらなそうな顔で
メーガンの顔を覗きながら近づき、
彼女の顔にナイフを突き立てようとする。
その時、
彼の視界の外から声がした。
「動くな!!」
唐突に聞こえたその声は、
あの紫髪の女の声だった。
それを聞いて、彼がそちらの方を見ると、
「あ?」
つい驚きの声が漏れてしまう。
なぜなら、
そこには人質にされたサラとそれを拘束し、
剣を首にあてるカラの姿があったからだ。
メーガンが怒りをむき出しにして
ルーカスへ跳びかかった時、
カラは別の方向へ駆けていた。
もちろんそれは、サラがいる方向だ。
距離をとって援護に回ろうと動いてた彼女を
カラはその俊足と器用な体捌きであっけなく捕らえてしまう。
サラも抵抗しようとしたが
少し前の追いかけっこを
焼き直したにすぎなかった。
あの時は助けがあったから逃れられたものの、
今は、彼女一人でカラの相手をしなくてはならない。
それは彼女には荷が重かったようで
「いい加減大人しくして!!」
そう言いながら前へ回り、
投降を呼びかけるカラに
サラは魔導銃を向けて引き金を引くが
彼女の体が傷つくことはなく、
「ふん!」
まず、魔導銃を握り潰された。
サラも後ろに飛びのいて
別の魔導銃を何度も浴びせるが
そこから放たれた火も爆発も
カラの体に届く前に掻き消え、
爆炎も彼女を燃やすことはない。
ナイフを振るい、切りかかるが、
そのナイフも届かず、刃の方が砕け散る。
「わかってるでしょ、あなたじゃ私に勝てない」
一切の抵抗も許さないカラから
その言葉と共に腹へ一撃が加えられ、
サラはあっけなくやられてしまった。
「おえ゛」
体が、くの字に曲がり、
痛みが全身を駆け抜ける。
(ここでも負けるんだ・・・)
衝撃はサラの体を浮かし、
足が一瞬、地から離れた。
(・・・まあ、そうっすよね)
浮いた体を掴まれ、
地面へ叩きつけられると
サラは無力に、されるがままに、
拘束されてしまう。
そんな数分、数十秒のやり取りの間、
怒りにまかせて後先考えず
全力を超えて戦ったメーガンは、あっという間に弱っていっていき、
それを感じたカラは急いで、サラを抱えて、メーガンの元へ帰り、
サラの意識が少し戻った時には、ルーカスたちの前へ来ていたのだ。
「動かないで!!」
カラの少し震えた必死な声が響き
二人の動きを止める。
「少しでも動いたらこの人を殺します」
それを聞いてルーカスは悩んでいた。
(せめて、立場が逆なら、どうとでもなったんだが・・・
俺は、どうする? アイツが死なないように動くべきなのか?)
サラは力のない眼でルーカスをぼんやり見つめてくる。
その姿が目に入って、彼はナイフを床に落とした。
「手も上げた方がいいか?」
彼はそう言って軽く片手を上げ、
カラの方を見ていた。
すると、彼の体に衝撃が走る。
「ぐっ」
そちらに気を取られ、警戒を解いてしまった瞬間、
槍が体に刺さっていたのだ。
グサリと
突き刺さった赤い槍には赤い血が滴り落ちる。
「はあ、はあ、」
もう余力のないメーガンに彼を投げ飛ばす力はないらしく
胸に刺さった槍はルーカスからゆっくりと引き抜かれていった。
「ちょ、ちょっと、いくらなんでも」
「こ、この人の気が変わったら、死ぬのは私たち。
こうするしかない」
満身創痍のメーガンはその一撃に全ての魔力と力を使い切ったようで
そこから一歩も動かなくなった。
槍を支えに今にも倒れそうになりながら
震える足で必死に立つ。
一方、ルーカスは穴をあけたまま
突っ立ていたが、
(えっと、治すのはダメなんだよな)
胸にぽっかりと空いた穴を治さないまま放置すると
ルーカスの体から力が抜けていった。
(へえ、普通はこうやって死ぬのか、
いや、俺もこうしてたら死ぬのかな?)
立っていられず、膝から崩れ落ち、
倒れてしまう。
それを見届けると
カラはサラをそこへ放り投げた。
サラも足腰が立たず、抵抗ができないため
そのまま血濡れたルーカスの上へ力なく覆いかぶさる。
二人の体はゴミのように重ねられた。
それを見下ろすカラの視線はひどく冷たいものだ。
少しためらいや迷いも見えるが、
根底にある冷たさ、敵意は変わらない。
その迷いも相手へのものというよりは
自分へ向けたものなのだろう。
こんなことをしてもいいのか
自分以外が彼らをこうするのは
どうとでもとらえられるが、
いざ自分がするのは何かが引っ掛かる。
しかし、しなくてはいけない。
だから、彼女はメーガンに肩を貸して、少し離れた場所に置くと、
もう一度、木の枝の上に乗り、矢をつがえた。
ゆっくりと動かない標的に狙いを定め、
矢を引いていく。
その一連の動きの間、
ルーカスはサラへ語り掛けていた。
「おい、サラ」
かすれた、小さな声。
それがサラに届き、
わずかに体が動く。
「る、ルーカスさん?」
「こういうの『追い詰められてる』
って言うんじゃないか?」
「え、ええと」
彼女の声も力が抜けていて、
思考もあまり回らない。
「変身は?」
彼が発したその言葉。
それが意味するのは、殲滅である。
化け物と変わらない彼の姿を
誰かに見られれば、
大きな混乱は避けられない。
だから、彼がそれを見せる時と言うのは
敵をすべて殺すと決めた時なのだ。
しかもその判断は
彼がするのではない。
サラがするのだ。
「どうする?
このままじゃ死ぬぞ」
「・・・」
サラの思考が混乱していく。
(ええと、私は、ええと)
ようやく起きてきた頭に
なだれ込んできた情報が
あまりに多すぎる。
(殺す?殺すんすか?
カラとメーガンを?
・・・あれは・・)
彼女の視界の端に
大きな傷を負ったメーガンがうつった。
(ルーカスさんにやられてる・・・
あのメーガンが、
私よりも強くて、成績も良くて
正義感の強かったあの人が
ボロ雑巾みたいに・・)
彼女の脳裏によぎるのは壊れる前の
あくる日の思い出。
(カラ、強かったなあ
私じゃ、やっぱり駄目だったなあ)
彼女らと過ごした、
振り返る彼女らの後ろを歩いて、
共に笑った学生時代。
(私も何かが違ったら
あっちにいたのかな)
そして、それが壊れたあの日、あの場所。
「どうする?」
自分以外、
誰もいなくなった家。
床に散らばる自分の血。
二人の怒号と震える男。
自分が壊した。
「た、」
「あ?」
「た、助けて、ルーカスさん」
自然とサラから涙がこぼれる。
どうすればいいのかわからなくなってしまった。
(殺したい?
殺したくない?)
感情が混乱する。
(殺すべきなんすか?)
思考が混乱する。
(わかんないすよ・・・・
どうすれば)
その声はカラとメーガンの二人にも届いていた。
「ま、また、男に、頼るの?
今度は誰も庇って、くれないわよ」
彼女の悲痛な声を聴いて、
清々したともいわんばかりに
メーガンがそう冷たく言い放つ。
もう手足もろくに動かない彼女だが
まだ口は聞けるらしい。
少し嘲笑うようでもある
その言葉はサラの心に深く突き刺さった。
「くっ!!」
(黙れ!)
その瞬間、押し殺していた
どす黒いものが溢れ、
綺麗に補完されていたはずの思い出が
元の黒く、暗い色に戻ってしまう。
(うるさい、うるさい、うるさい)
サラが顔を落とし、
血濡れたルーカスの胸に額をつけ、
顔をうずめていく。
(好きでこうなったんじゃない!)
そうやって囲われた場所からは
何やら歯を噛み締めるような音がした後、
「ふぅー、ふぅー」
という荒れる呼吸とともに、
サラの背中が上下に揺れ始めた。
「カラ!これは任務よ!
誰も責めたりしないから!」
そう急かされカラが引き絞った矢を放とうとしたその時、
サラが口を開いた。
掻き消えそうな声だが、
一度耳に入れば二度と頭から離れることはないだろう。
怒り、悲しみ、焦り、諦め
あらゆる感情が混ざり合い、出た言葉。
「・・・ルーカスさん」
また壊すのだろう。
「変身を許可します」
彼女が全部。台無しに。
そして、その言葉を聞いた瞬間、
「・・了解」
口角の上がったルーカスから溢れた
黒いモノが二人を包んだ。




