第四十六話「クリ平原の戦い:後編」
全身鎧の騎士が防衛陣を乗り越え、城壁へと迫る。
クラス4に重量など関係ないのだろうが
それにしてもあの鎧が弾かれた玉のように
凄まじい速度で進んでいるのはある種奇妙な光景にも映るだろう。
簡単に防衛陣を走り抜けるのは、
騎士が近寄った瞬間、誰もが道を開けるからだろう。
彼らは今、騎士を止められて
手が空いている人物にすべてを託したのだ。
「まあ想定内ではあるが・・・
はあ、あいつの相手は俺か」
城壁の上にいるテオが空中に浮かぶ。
ため息をつき、嫌そうな顔をしながら
銀色の長い棒を握り、戦場へとゆっくり降りていく。
ローブのようなジャケットのような
黒い衣をまとう彼がその裾を風に浮かべながら
壁から降り、壁の前方へと降りる。
そこへ
ドンドンドン
と足音を立て、地面を揺らして
騎士が迫ってきた。
騎士はテオの数十メートル手前で止まり、
テオと相対する。
張り詰めた空気が二人を包むが、
それを打ち破って、
「よお、久しぶりだな
マーガレット。」
そうテオがその騎士に声をかけた。
その平然とした声に
騎士は、
「確かに~
久しぶりね~
親戚の集まり以来かしら」
普通に返答してくれた。
手を振ったり、考える動作をしたりと
身振り手振りをやかましくする騎士。
可愛らしい声が
鎧の中で反響して、外へと漏れ出て、
聞こえる。
「こんなとこで会うなんてな
最近はご活躍なようだが
あの悪食癖は治ったのか?」
テオは騎士と雑談を始めた。
左手で銀の棒を持ち、
右の手のひらを後ろに向けながら
世間話を持ち掛ける。
「悪食って何よ
おじいさまたちとも、
同僚たちとも、先輩たちとも
ちょっと仲良くしてるだけじゃない
人聞き悪いわあ」
マーガレットと呼ばれた騎士は
そのまま立ち話に応じてしまう。
本当に数年ぶりの友人に会ったみたいな
雰囲気を漂わせながら話す騎士。
「おいおい、
28で副師団長って聞いた時は
まさかとは思ったが」
「いいじゃない。師団長だって36で最年少師団長だし、
私がそれよりしたくらいでちょうどいいでしょ。
別にちゃんと、こうして仕事もしてるし
皆と仲良くなって、楽しいこともして。
ほら、ノーランドのおじいさまも言ってたじゃない
こういうの『ウィンウィン』って言うんでしょ?」
テオは呆れるような様子を見せ、
騎士は完全に開き直っている。
「そんなこと言って・・・
あっ!もしかして、テオ君私の事狙ってたの?
ごめんね。気づいてあげられなくて
今度、牢獄の中で仲良ししましょ?
犯罪者の従弟とみんなに隠れて・・・
あぁ、結構よさそうだわあ」
なにやら一人で勝手に考えを膨らませ、
妄想に浸る騎士の提案に
テオは
「前も言ったろ」
隠していた
右の手のひらを前に出しながら答えた。
「先約がいるんだ」
手のひらのあるのはオレンジ色の球体二つ。
それが球を描くように円状を高速で動き回り、
そして、ぶつかった。
動き回る球体はぶつかり、
砕け散ると光を放つ。
青白い破滅的な光。
それが一瞬にして全身鎧の騎士を包み、
その後ろ数百メートルにわたって
光は広がる。
地面をえぐり、周りの温度が上昇し、
何もない場所からも煙が上がる。
やがてその光が収束し、
消えていくと
目の前に広がったのは
一面、ぐつぐつのドロドロに溶けたオレンジ色の沼だ。
ボコボコと気泡を放ちながらマグマのように煮えたぎり
深く抉りとられた地面はそのオレンジ色になったか空中へと消え去ったらしい。
しかし、その中から
ケラケラと笑う声が聞こえる。
銀色はどこにも見当たらないが
先ほどまであの騎士がいた場所に
一人の女がいた。
金の長い髪を背中と腰辺りまで垂らした人間の女。
その艶やかな髪は毛先までしっかりと整えられており、
金色はこの戦場において、尚更綺麗に映る。
その金の前髪から覗く
目は綺麗な赤色をしていた。
真珠のように美しい朱色の眼、
テオを見つめる眼光は、
殺意と戦意のやり取りの場所にしては
随分と穏やかに見える。
全身を軍服とドレスの間のような
赤い服で着飾っている。
彼女の美しいボディラインを
遺憾なく発揮し、強調する服装。
胸板は別の意味で分厚く、
臀部も違う意味で太くなっており、
腹回りに行ったっては
人前に立つ職業人の域で細い。
顔つきは
ケラケラと明るく笑っていても
妖艶さを失わず、
頭の先から顎のラインまで
すべてが美麗と言わざるを得ないだろう。
そして、全身に共通して言えることは
傷の一つもない、真っ新で綺麗ということだ。
服の下はもちろん見えないが
その顔にも、手にも、足にも
全くもって、戦い形跡らしきものは見当たらず、
その肉体が軍人のものとは思えない。
これが国一番の美人女優ですと
言われても全員が信じるだろう。
そんなある意味奇妙な存在がオレンジ色の
泥の中に両足を入れながら
笑っていた。
「あははは!!
ひどいわあ、
いきなり淑女の服を脱がせにかかるなんて
もう我慢できないの?」
スカートの先を持ちながら
ひらひらと引っ張り、
心底意地の悪い笑顔を浮かべるマーガレット。
慣れた手つきで、ギリギリ下着の見えない場所まで
スカートをまくり上げ、楽しそうにテオをからかうが
「・・・・隕石より丈夫な奴は淑女って言わないだろ」
テオは呆れたように笑いながら
そう冷たく返す。
「ひっどい、じゃあ、私は何なの?」
「・・・強敵」
その言葉で二人の顔つきが変わる。
テオから笑顔が消え去り、瞳孔が開く。
真剣な敵意がマーガレットに向けられる。
マーガレットは変わらず笑顔のままだが
さっきまでのふざけた様子はなくなっていた。
剣を片手で握り、ゆっくりと後ろへ引く。
次の瞬間、テオが消え、
マーガレットの前に現れる。
そして、
テオは、空中に現れるや否や
銀色の棒を思いっきり突き出した。
その先にぶつけるために
マーガレットが剣を突き出す。
突きと突きがぶつかり合い、
ガチィイン!!
と音が鳴ると、
周りに衝撃波がまき散らされた。
凄まじい衝撃が辺りに伝わり、
突風が起き、地面がえぐれ
周りのマグマが遠く彼方へ吹き飛んでいく。
マグマが飛んで
真っ黒で少しジメジメとした地面がのぞき、
その露出した岩も突風で吹き飛ぶ。
その突きの力は拮抗していたが
「ふふふ!!」
マーガレットが笑い、思いっ切りテオを後ろへ突き飛ばすと。
テオが数メートル後ろに吹き飛んだ。
「くっ!」
彼が後ろの地面に着地すると
そこへマーガレットが追撃の突きを浴びせに来る。
もう回避も間に合わないと思わせるぐらいの寸での距離。
もう頭を貫かれてしまうと傍から見れば
思ってしまうよう所で、テオがまた消える。
そして、マーガレットの後ろに現れると
手のひらから大量の火の粉をまいた。
それに気づかないマーガレットではなく、
すぐさま後ろを向いて
切りかかろうとするが、
彼女がその火の粉に跳び込んだ瞬間、
彼女の体を包むように小さな爆発が何度も起きた。
しかし、それがマーガレットの肌どころか服すら傷つけることはなかった。
爆炎は煙と共に彼女を包むが、
平然とした様子で顔を出すマーガレットはテオを追いかける。
「待って待ってえ~」
冗談めいたセリフを吐きながら
その綺麗な体からは想像できない豪脚を見せるマーガレット。
そこへ待っていたかのようにテオが手を広げる。
そこにはまたオレンジ色の玉があり、
一人でに破裂するとあの青白い光線が現れた。
さっきよりも細く短いが人一人を包むぐらいは十分すぎる
その光線がマーガレットに直撃する。
が、それでもマーガレットの直進は止まらない。
光の中を突き進みながら、禍々しい黒と紫の剣を右手で持ち、
切りかかった。
それを見たテオは、光線をやめて、
棒で剣を受け止めた。
「魔術師なのに、ホント運動得意よね」
「そりゃどうも」
そこから、
二人による打ち合いが始まる。
相手を捕らえようと振られた
互いの剣と棒が激しくぶつかり合い、
空ぶり、地面を砕いた。
テオは何度も瞬間移動を使って、距離をとりながら
銀色の棒をマーガレットに振り下ろす。
真後ろ、真横、頭上
そこら中から現れては棒を突き出すが
マーガットには通じない。
背中に目でもついているのかと言いたくなるほど、
どこから攻撃しても彼女は防御と回避を間に合わせてくる。
そうやって、軽々躱されて、その空ぶった棒は
地面を割き、穴をあけて、クレーターを作っていた。
一方、マーガレットの攻撃も
彼には当たらない。
棒でいなされ、はじかれ、
危なくなると、
どこかへ瞬間移動されてしまう。
マーガレット渾身の一刀が
完全にテオの頭上に降り注ごうと、
彼は消えていなくなった。
「ああ、もう」
剣は空を切り、
そのままの勢い地面を割く。
ズドォン!!
黒と紫の禍々しい色をした剣はいとも簡単に
地面を割り、断層でも起きたのかと思うような
綺麗な断面を作り上げた。
だが、狙ったはずの
テオは彼女の真上数メートル先にいる。
そのうざったさに
「ああ、もう!!
あんまりチョロチョロしないでよ!!」
マーガレットが少し苛立ちながら、剣に力を籠めだす。
それに応じて、黒と紫の剣に赤い光が浮かび上がるが
「ーーーー」
テオが目を見開いて、何かを唱えると
その光がどんどんと薄くなっていった。
「そっちばっかりずるくない?」
不満そうな顔で見上げるマーガレット。
そんなことはお構いなしに、
テオは左手を下へかざし、
「お前が言うな」
そう言うと、
マーガレットの周りにいつの間にか
散らばっていた青白い細かな光の粒たちが一斉に
その光を強め始めた。
それらは
数舜の間に一気に大きくなり
大きな爆発を呼ぶ。
その爆発に連鎖するように
隣の小粒たちが爆発を呼び、
あっという間にとてつもない数の連鎖爆発が起こり、
彼女とその周辺を爆破していった。
いくつもの爆発が彼女を巻き込み、
さっきの比にならないほどの煙が
大きく高く浮かび上がり、
辺り一帯を包む。
テオがそれを確認して、上を漂っているところで、
「・・・・・・!」
その大きな煙の中から切り込みが入り
それと同時にかまいたちのような風が上空へ飛んでいった。
「っ!」
それを棒で防ぐも、地面に回転しながら落下するテオ。
足で着地するが隙を晒した彼にまた風が飛ぶ。
銀色の棒を前に出しなるべく体を守った彼だったが
頬にざっくりと切り傷ができてしまう。
そして、
今度は巨大な獣が尻尾でも振り回したような
大きな風切り音が聞こえると、
煙が一気に消え、視界が晴れた。
一瞬、竜巻のようになった煙は方々へ散り散りとなり
隠れていたマーガレットの姿が顕になり、
「あら、やっと当たったのね」
そう口を開く。
「・・・・・」
テオはその言葉の真偽を確かめるように
頬を触った。
指に血が着き、
少しだけ頬から痛みらしきものが感じられる。
だが、戦いで興奮した体は、それぐらいの刺激では
あまり反応は示さないらしい。
「埒が明かないから
じっとしててくれない?
あと、魔法封じないで」
「だったら、
お前の異常な抵抗力も落としてくれないか?」
「いやよ」
我儘な言い分を述べるマーガレット
それに呆れたような顔で肩をすくめるテオ
黒く焦げて抉られた地面に、
深く大きな谷や巨大なクレーターが
いくつもある。
そんな、一見すると
地獄と見間違うようなその場所も
ついさっきまで背の低い草が生い茂る草原だったのだ。
それを作り上げた地獄の主たち、
二人を高揚感が包み、口角が少しずつ上がる。
また二人がぶつかろうとしていた。




