第四十四話「窮した猫は何を噛む」
五日後、イーズへ飢えた馬のような魔獣すら捨てて、
その足でやってきたカティア騎士団はそこでも、全く同じ光景を見た。
「こ、ここにもない・・・」
そこまでただでさえ尽きかけそうになっていた
食料を少しずつ食べ、飢えだけは凌いでいた
彼らが訪れたイーズへの道中、その人里らしきものも全て、もぬけの殻だ。
そして、藁にも縋る思いで訪れたイーズは
サウスボードと同じ、急に人がぱっと消えたようにおらず、
当然、食料は何一つもない。
水道も破壊され、水も出ない。
本来なら一日二日で着くはずだったここまでの道のりだが、
もう兵士たちへの食糧が薄くなり、
特に高クラスのものから機動が遅れだしていた。
「こ、ここにもなにもありません」
そんな兵士の悲痛な報告を聞く
金髪、碧眼の美麗な男の師団長、
彼もまたクラス4であり、
大量の食事と休息があってはじめて力を発揮できる。
その美麗な顔立ちも随分とげっそりし始めて
ピンク色の建造物を見ると
生の肉に見え始めていた。
「・・・・ああ、わかった」
立っているのがやっとで、
返事するのもしんどいらしい。
その横であの全身鎧を着た騎士が彼に話しかける。
「大丈夫?」
肩をすくめながら
平気な様子でそう言う騎士。
「・・・・君はいいな」
「生まれ持ったものはちゃんと使わないとね」
ケロッとした様子の騎士に、
彼は愚痴をこぼしながら話を続けた。
「・・・どうする。
このままだと全員飢え死にか
それぐらいを見計らって襲ってきたあいつらに負けて全滅か・・・・」
そう考え続ける彼が突然顔をあげて
その騎士の方を見た。
「君に頼みたいことがあるんだが」
「何?」
二人が話を始める。
その提案を笑いながらも受け入れた騎士は一人で外へと出ていった。
一方、その二人のはるか後方へ進むこと30kmほど
カラとメーガンと呼ばれる獣人の女、二人組が
兵士を連れて、森が剥げた部分を戻っていた。
早々に雨を降らしたおかげか
森の強さか
そこまで燃え広がることもなく
また、でこぼこではあるが、先の見える道が出来上がっており、
その道を、彼女らが戻ると
そこには魔獣に荷物を運ばせる車があった。
だが、そのほとんどが滅茶苦茶にされていた。
「な、なにこれ」
紫色の髪色で、緑色の目、
鎧は着ずに、大きな長ズボンと
肩を出したインナーのみを着た獣人の女。
背中に折りたたまれた状態で、
彼女の背丈ぐらいありそうな武器を背負う、
カラという女が、驚きをそのままに口を開いた。
真っ赤に染まった道と転がる無数の体。
引きちぎられ、捨てられたのであろう半身。
剣の突き刺さった胴。切り離された手足。
無造作に転がる頭。
そんな体の一部と、まだ人の形を保っている者もちらほら見かけるが
誰も彼も、赤くよごれながら、ぐったりとしていて動く気配がなかった。
辺りには車の破片と食材だったものが散り散りに
なっており、その地獄の道が、そこから100mは続いている。
「くっ!!」
カラの後ろにいる、槍を背負って軽装鎧を身にまとった
明るいオレンジ色の髪を獣人の女、
メーガンから大きな歯ぎしりの音が聞こえたかと思うと、
どこかへ走り出そうとしてしまう。
それを
「待ちなさい!!」
カラが大声で止めた。
「だって!!」
「むやみに走り回らないで!!
もう食料もないのよ!!」
二人のやり取りに、後ろの騎士たちは何も言えず、
黙って見ているしかない。
「み、みんなが・・・」
「誰だって気持ちは同じなの、だから堪えて」
そう言ってカラは目をつぶる。
「お願い、誰か」
そう呟きながら
感覚を研ぎ澄ませすると
「!」
何かを感じ取り、首を動かすと、
その方には薄く目を開けていた騎士がいた。
女の騎士で、欠損した部位もない。
だが、胸に黒い剣のようなものが刺さっていることを見るに
どう頑張っても助からないだろう。
二人と騎士たちは彼女に近づき、カラが彼女に話しかけた。
「何があったの?」
「ま、魔獣です」
カラが手を取り、声色をできるだけ優しくしながら
語り掛けると彼女はとぎれとぎれではあるもののどうにか口を開いてくれた。
「魔獣!?
一体何?ザーゲン?」
「わ、わかりません・・・・見たこと、あ、ありませ、んでした。
全身真っ黒で、触手だらけの
顔の無い、化け物が」
カラが周りを見る。
メーガンは
「し、知らない。なにそれ」
と答え、それ以外も知らない様子だった。
「わかりました。報告感謝します。」
「え、へへ、あ、ありが、とう、ございます。
お、先、に…失礼しま、す。」
女騎士の目から生気が抜け、体の力が抜け、
だらんと首が横に倒れる。
カラは
「おつかれさま」
と言って、その目を閉じさせた。
それ見て、メーガンの顔が怒りで歪む。
「あ、あいつら、正面から勝てないからってこんな・・・」
周りの空間すら捻じ曲げそうな魔力の圧が
周りに起こる。
それをまたカラが止めた。
「メーガン、落ち着いて」
「落ち着いてられないでしょ!誰のせいでこんなことに!」
怒りが収まらないメーガンにカラが視線を送る。
その視線は彼女と同じ、それかそれ以上の激情がのぞいていた。
「お願い。落ち着いて」
「カラちゃん…」
それを察してメーガンも少し冷静になる。
「私たちはやれることをやりましょう。」
カラの冷静ながら怒気のこもった声が静かにひびき、
メーガンは
「ごめん」
自身の昂ぶりを抑えることができたようだ。
「ここからは作戦二号に従って、
全員、必要で食べられそうなものを拾ってください。
集まり次第、それを消費しながら、中央政府へ帰還。
私たちが直接物資を輸送します。
ほんの少しの足しにしかならないでしょうが、彼女たちの犠牲を無駄にしないで」
慣れた様子で出された号令を聞いて、
騎士たちは動き始める。
つぶれた食料の中で、無事なものだけを選び、
自らが携帯すると、
「一気に進みますよ」
彼女たちは走り出した。
列車よりも速く騎士たちが前へ進む。
途中で鎧すら脱ぎ捨て、魔力にまかせ走る騎士たち。
この通り、テオたちがとった作戦は彼らに大打撃を与えていた。
全くもって成功であるといえるかもしれない。
しかし、そのテオは、膨大な数の不満と向き合っていた。
「俺たちの町へ帰せ!!」
町人たちは革命軍にそうプラカードを掲げて
デモ行進まで始めてしまう。
テオも直接、クリと言う都市まで出向いて、
そこで指揮を執っていた現地の騎士と話し合っていた。
「もう無理です!
これ以上、人は動かせません。
この都市の人口を丸々受け入れられる場所はもうないんです。」
中年の騎士が机をたたきながらそう訴える。
合理で言っているのか、感情で言っているのか
それもあいまいな彼の訴えに
「・・・・・・みたいだな」
彼は、外の様子と書類を見ながらそう答えた。
「ニコ区長もこのやり方に賛同なさらないのでは?」
「あのおっさんには口をはさむなと言ってある」
「しかし」
「わかってるよ。こいつはもう無理だ。
だからここに陣を張ったんだ。」
「私はあれも含めて」
途中までは理解を示していた様子だったテオだが
その言葉を聞いて途端に声色が変わり、
言い聞かせるように喋り始めた。
「カティアとうちの戦力差を見誤るな。
あの防御線は準聖騎士までな止められるはずだ
それを使わないで、正面からぶつかり合いたいなら兵力を別で用意してくれ
うちでそういうのはやってないんだ。」
「こ、こんな卑怯な」
「お前ら騎士のプライドを
考慮に入れられるような状況じゃない
そこは飲み込んでくれ」
なだめるようでいて冷静に言い放つテオと
それを不満そうに聞く騎士。
その二人の部屋にジジジというノイズ音が
響いた。
「総督!」
「レオーネは?」
「子供を食べました。」
「はいはい。なんだ?」
「カティア騎士団から全身鎧の騎士が一人
抜けていきました。」
「ああ?全身鎧・・・特徴あるか?」
「ありません!ただすごい魔力です!
それが・・・・今、走ってます!
どうなってんだあれ!?」
「待て、もっと詳しく」
「そいつがある方向に向かって走っていきます。
あっちは・・・も、森?でしょうか、
魔獣がいる森・・・ですね」
その瞬間、
「お前らで止められるか?!」
そうテオが叫ぶが
「え、いや、あれは無理です!
確実に聖騎士です!」
「ちっ」
その返答に思わず舌打ちが出てしまう。
「わかった。そのまま監視を続けてくれ」
「了解しました」
そう言ってトランシーバを切るテオは
すぐさまトランシーバーのダイアルをまわして、
声を出した。
「防衛線、展開準備
二日が目処だ。」
それだけ言うと、外では慌ただしく人が動き始めた。
「何が起きてるんですか?」
「一番原始的な方法で食料調達することにしたらしい。
クラス4の狩りだ。後処理が大変だな。
どこまで復活してくるか・・・」
彼がため息交じりにそう呟く。
時期に中年騎士も入ってきた兵士に呼ばれ
テオへもトランシーバーによる報告と彼の前に書類が積み重なる。
「ジジイが言ってたか、追い詰められた奴はどんな相手にも噛みつくって
・・・いよいよ来るか」
漂う戦いの香り、テオの胸に高鳴りが訪れ
それは森に潜むルーカスも感じていた。
「あれは・・・・」
補給路を突っ走るカラを見る彼。
横にいるサラに目をやるとその顔が引きつり、強張っていた。
「あいつは?」
奪ってきた大量の食料をむさぼりながら
ルーカスはサラを見るが、
「あ、あれは・・・」
そう言って固まっていた。
「なんだ?おーい、サラ隊長」
「あ、あれは深追いしないでください。
強敵です。」
「帰ってきそうだが」
「その食料だけ狙いましょう」
「なるほど、じゃあ、その時が」
その火ぶたが切られようとしていた。




