第四十話「呼び出しはもっと突然に」
暗い部屋の中、ルーカスの目の前に
リリーが来た。
「起きて」
獣人特有の光る夜目で彼を照らしながら
ルーカスの服を掴み、持ち上げて揺らす。
「・・・・ああ」
しぶしぶルーカスは眠い目をこすりながらリリーに連れられて外へ出ると
そこには数十人入るであろう兵士たちとそれを仕切るサラとゴーギャンの姿があった。
「リリー、ルーカスは?」
「今連れて来た」
「じゃあ、行きましょうか」
そう言って、兵士一行は人っ子一人いない不気味な
夜道をぞろぞろと歩き、
ルーカスとリリーはその最後尾に着き、彼らの後ろをついていく。
「・・・なあ、急にどうしたんだこれ」
「呼び出しだって」
「誰が、何で?」
「テオからの呼び出し。
理由は・・私は知らない。」
まだ寝起きの頭を無理やり起こして
リリーにこうなった訳を聞くが、彼女もよく知らないらしい。
そんなこんなで歩いていると
駅の前へ着いた。
「乗りますよ」
次々と兵士が乗り込み
「ルーカスはさんはこっちっす」
リリー、ルーカス、サラ、ゴーギャンは別の車両に乗った。
「・・急にどうしたんだ」
「今から第一地区に戻ります。
ちょっとテオ兄様から呼び出しがありまして
後二人には上にいてもらいたいんですがいいっすか?」
「上?」
「上」
ルーカスの問いに答えながら、サラはギターケースから
魔導銃を取り出し、彼へ手渡す。
「この列車は超特急であっちに帰らないといけませんので、
多少の魔獣があっても止まりません。
ただ、さすがに警備なしは無理があるので
お二人は天井に乗ってここを守って下さい。」
「・・・その前に、何で急に帰るんだ?」
「カティア騎士団が動いたそうです。
それに備えて私たちを呼び戻して起きたいそうです。
あ、後、帰って早々、闘いになるかもしれないので
心づもりだけでもしておいてくださいね」
「・・・・・」
まだ眠気の残った体で
天井の蓋を開け、二人は外へ出た。
都市の建物が立ち並ぶ風景が高速で通り過ぎ、
冷たい夜風が彼らの肌へ、逆風となって突き刺さる。
(痛いし、寒いな)
そんなことを思っているとリリーがルーカスへ声をかけた。
「壁を張ってみて」
リリーが全身の抵抗力を強めて見せる。
それを見てルーカスも真似をしてみると
彼へと降りかかる風は体を避けるように通り過ぎていった。
「おお」
先ほどまでの冷たさと痛みを感じさせていた風を
感じなくなった彼は、その向かい風が消えても変わらない
凄まじい速度の列車にとてつもない違和感を覚えていた。
「いい感じ」
リリーはそれを見てご満悦のようだ。
余り表情の動かない彼女だが
その微妙な変化は慣れればすぐに察せられる。
教え子が優秀で鼻が高いのだろう。
「もう、それもいらないかも」
「そうか?」
リリーは魔導銃を指さしてそう言った。
「さっきの練習でルーカスは変身しなくても
結構戦えると思う。だから大丈夫。」
「・・・・まあ、まだ持っとくよ
遠距離でやらないといけない時だってあるだろ」
「・・・・・確かに」
そこから二人は列車の上に立ち続けた。
風邪が辛くない二人は何ともない様子でそこにいた。
周りに建物が無くなり、緑で溢れるようになっても
彼らはむしろよりくつろいでいた。
「暇だな」
「うん」
魔獣たちも今夜は来ないらしく
ルーカスたちの視界に入るとすぐさま遠くへと逃げていった。
だが、
「ん?」
寝ころんでいたリリーが突如立ち上がると、
「ここにいて」
そう言って跳んだ。
銀の弾丸が飛んでいき、
森の中へ入る。
ボールが地面についてバウンドするように
森の木々を跳びまわり、
その奥にいた鎧を着た男、数名の前へ立った。
「!?」
全員が驚く間もなく、彼らは
鎧の腹部に拳状のへこみが出来て、
意識を途切れさせた。
そのうち一人を連れて、リリーは列車へと戻ってくる。
音も少なく降り立ったリリーは
ルーカスの前に男を置き、
「尋問する」
と言った。
「・・・・・」
ルーカスはその男の顔を覗きこむと白目をむいて意識を失っていて、
口からは泡が出ようとしていた。
その彼をルーカスはビンタして起こそうとしてみる。
だが、起きそうにないので、天井の蓋を開け、その男を下へ叩き落とした。
「リリーが倒してきたから後は頼む」
そう言ってふたを閉め、ルーカスは天井に戻り、
元の場所でまた寝ころんだ。
「よくわかったな」
「こっち見てたから」
「それだけ?」
「?・・・ああ、そっか、ルーカスは超感覚も知らないんだ・・」
彼の疑問に不思議そうな顔でリリーは返してくるが
すぐに理解した。
「超感覚?」
「集中して五感を高めるの。
強めれば強めるほど敏感になり過ぎるけど
索敵とか、回避とかに便利。」
「へえ」
「今から教える」
「へ?」
ルーカスは胡坐で座らされた。
「壁はそのままでいいから、何もしないで」
するとリリーは構えを取って、
右ストレートを繰り出した。
「!?」
反射的に手が動きそうになるのを何とかこらえながら
拳の行方を待つと、それは鼻先で止まり、リリーは何食わぬ顔で口を開く。
「今、すごいゾワゾワしたでしょ?」
「・・・当たり前だろ」
「その感覚を大事にしてみて」
そこから二人はまた修業を始めてしまった。
一方、その天井の下でサラは、うっすらと目を開けた、
下着以外何も着させてもらっていない、手足を拘束された男の目の前に座っていた。
壁に寄りかかるように置かれた、視界がぼんやりしている男に
「やっと起きったすね」
明るい笑顔でそう語り掛け、
銃を向けた。
「喋れますか?」
「・・ああ?
!? な、なんだおま」
男が焦って口を開こうとすると
彼の額へ銃口が押し付けられた。
「喋れるならよかったっす。
でも、あなたの質問を聞く気はないんです。」
彼女がそう口を開くと
男は自分の立場を理解し、黙る。
恐怖と同様に満ちた顔でサラを見る彼に
彼女は高圧的な言葉を並べていった。
「あなたの所属は?」
「・・・・・」
「別に喋ってくれれば
あなたを傷つける必要はないんすよ。
ただ、そうだんまり決め込まれちゃうとこっちも色々いなきゃいけないんっすよ
こんな遅くまで仕事して、帰る家もあるんでしょう?」
「・・ああ」
「じゃあ、もう一回聞きますね
所属は?」
「地区外魔獣駆除第1-3班。」
「・・・・へえ」
その答えに機嫌を悪くした
サラが床に向かって引き金を引いた。
それで少しだけ男の体がびくつく。
「下手な嘘はやめてください。
第三地区、第一地区は私らの派閥です。
そこにいる騎士の把握が私らにできてないわけないでしょう?」
もう一度、額に銃口をつけてサラは言う。
「もう一度だけ聞きますよ、所属は?」
「・・・・カティア騎士団」
「ほお、それはわざわざ中央政府からご苦労様です。
目的は?」
その高圧的な態度に男はあまり怯えた様子を見せず
淡々と口を開いた。
「・・なあ、お前ら」
「目的はって聞いてるんですが?」
「お前らに勝算はあるのか?」
質問を遮るように男は口をはさむ。
「は?」
「ウチを敵に回して
あんたらに勝ち目はあるのか?」
その言葉にサラは閉口してしまう。
「・・・・・・」
「この国唯一にして最強の対人の兵力。
それを戦って勝てる見込みはあるのかって聞いてるんだ」
「・・・・・・」
「ないんだったら話せない。
裏切り者として処罰されるのはごめんだ。」
「・・・へえ、ここで死ぬことになっても?」
「家族はあっちでまともに生きられる」
「はぁ、勝算ねえ・・・・・」
ため息をつき、考えるサラは
「なきゃこんなことやってないんすよ」
そう答えた。
「・・・どうやって」
「そっちが質問できる立場ですか?」
そう言って男の額に銃口をぐりぐりと押し付けるサラは
少し呆れたように笑いながら
「なんならこっちは、
あなた達を落とす手段を
もう取り終えました。
後はそっちが崩れるのを待つだけっす。」
そう自信ありげに言葉を紡いていく。
「じゃあ、もう一回聞きますね
目的は?」
「・・・このあたりに通る列車を無作為に襲えと」
「ふ~ん。
普段は人々を守る騎士様が
無作為に人を襲うんすか?
何のために?」
「・・・・良いこと教えといてやるよ。お嬢さん
俺たちは宗教家でも哲学者でもない。
軍人がやることは良いことをするんじゃなくて
上からの命令を素直に従って実行することだ。
例えそれが、何のためにか知らなくてもな」
「要は、知らないってことっすね」
「・・・・・」
「まあ、ありがとうございました。
じゃあ、後は」
サラが持っていた銃の持ち手で男の首元を叩き
「寝といてください」
男の意識を絶った。
その言葉は冷たく、しかし、どこか必死さを感じさせるものだった。




