第三十九話「出会いは唐突に:後編」
夕食会場の人気のない一角で、顔を突き合わせる二人。
震えて縮こまるゴーギャンと彼を睨むルーカス。
ルーカスは何の恐れも、迷いもなく彼の顔だけを見ていた。
(こんだけ身長差があっても怖いくないのは、
俺が化け物になったからか、コイツがビクビク震えてるからか・・・)
「え、えっと、すいません!! 何か気に障るようなことでも
あ、もうサラさんには話しかけません。すいません!!」
そう言って何度も
直角に腰を曲げ、頭を下げながら謝る
ゴーギャンを見て疑念は増してしまい、
更にルーカスの目が鋭くなる。
(・・・なんかまた勘違いされた気がするが)
「・・あんたに質問したいんだけど、いいか?」
「は、はい、なんでもどうぞ」
ルーカスはそこから怯えた様子のゴーギャンへ次々に質問を浴びせていった。
「アンタはどこ出身なんだ?」
「第四地区です」
「・・・じゃあ、次に、『いただきます』って言ってたけどそれの意味は何だ?」
「え!? ああ、あれですかあれは作ってくれた方とか食材になった
命に感謝とかそういうものをですね」
「・・・・・・・・わかった。」
少し雪桜の事を思い出し、考え、また続ける。
「じゃあ、次良いか?」
「はい!」
「スナイパーライフル、アサルトライフル、ショットガン、ハンドガン
って単語の意味わかるか?」
「へ?」
ゴーギャンの顔が恐怖ではなく、驚きで固まる。
その様子をルーカスは見逃さない。
(いただきますの意味を雪桜は知らないみたいだったし、
ライフルなんて単語、ここにはないはずだ。)
「え、ええ、私は魔導銃をそういう風に分けてますから」
顔を取り繕ってそう答えるが
最後の質問で完全に動きを止めた。
「・・・・それじゃあ、最後」
(確証はないが・・・・もうじれったいな
黒っぽいし、直接聞いてやる)
「日本って知ってるか?」
その言葉が聞こえた瞬間、彼の体が一切動かなくなり、
目だけが動いて、ルーカスと合う。
「え、ええ!?」
予想外の言葉が飛び出して、
ゴーギャンの表情が驚きで染まる。
「えと、あの、その・・つまり、」
動揺でうまく言葉が出てこない彼から出てきたのは
「そ、そういうことでしょうか」
だった。
ルーカスに両手の平を向け、彼がそういうことなのかと
ジェスチャーで伝えることが精いっぱいのようだが、
十分ルーカスには伝わっていた。
「・・・まあ、俺も多分そうなんだ」
「え!? ほ、本当なんですか!?
ま、まじか、ほんと?」
突然の出来事に更なる動揺が重なるが、
「・・・・ああ」
「じゃ、じゃあ、あなたもそういうことなんですか・・・」
それにルーカスがうなずくと
ゴーギャンは落ち着きを取り戻し、少しずつ顔が緩んでいった。
「悪いな、前世があると、あんたがどうにも変に見えて気になって仕方なかったんだ」
「いや、ははは、そりゃ、気になりますよ。
でも、本当にそうなのか・・・」
感慨深そうにそう呟きながら
目を潤ませてゴーギャンはルーカスを見る。
ルーカスはいつも通りだが、
顔つきは優しいものに変わっていた。
「え、ええと、じゃあ、あなたも日本から?」
「多分な」
「多分?」
「悪いけど、具体的な記憶はないんだ。
ただ、断片的にはあっちの知識や記憶が残ってるってだけで」
「そ、そうなんですか、それは何というか」
悲しそうな顔をするゴーギャンにルーカスは問いを続ける。
「別に俺のことはいいんだ。他には会ったことなかったのか?」
「怪しそうな人はいますけど、実際にどうかは・・」
「へえ、誰なんだそれ」
「ええと、ルーカスさんはカティア騎士団の師団長はご存知でしょうか」
「知らないな」
「まあ、今の私たちなら会うこともあるでしょう。
その師団長が怪しいと思ってます。」
「なんでだ?」
「いや、私は武器屋、鍛冶屋なもんで
そういう人たちとは度々会うんですが、あの人はなんだかそれっぽいと言うか
すいません、言葉では表せないんですけど、」
怯えた様子は無くなっていくゴーギャン。
ルーカスに話が通じたことに安心したのか、
同じ境遇の人物がいたのことに昂っているのか、
さっきまで恐れていたはずの相手と、
まるで古くからの知り合いのように、
体躯に似合わない早口で並べ立てるように話すゴーギャン。
その話をルーカスはただ相槌を打ちながら聞く。
自分にしかわからないかもしれないこの世界での違和感、
それをわかる相手がいたことで主にゴーギャンの熱は収まらず
次々とその大きな口から言葉が紡がれ続けていた。
「ルーカスさんは私以外にはあったことあるんですか?」
「いや、ないはずだ。その名残みたいなのはいっぱい見たけどな
あんたもわかるだろ?」
「ええ、ええ、いますねえ
海守組の創始者、ジロウ・イイジマ。
かつ丼とか普通に料理として名前事伝わってますし、
銃だって、この世界にもただの火縄銃があったんですよ?」
「へえ・・・・まあ、一人いるとしたら」
考え込んでルーカスは
「テオだな。」
彼を挙げた。
「何で坊ちゃんなんです?」
「いや、なんかありそうだと思っただけだ。」
皆が望むような人生を送ると人は、特にルーカスがいた国の人々はこう言う。
一体、人生何週してきたんだ。
前世で何をしてきた。
きっと転生してきたんだろう。
そういう前世では普通の感覚のままルーカスはそう口にした。
しかし、ゴーギャンは少し考えた後、
「・・・多分ですけど、あの人は違うと思います。」
そう答えた。
「そう言えば、アンタはテオと付き合いがあるんだよな?
何でそう思うんだ?」
「あの人にラムネも銃も軍隊も、話して聞かせたのは私です。
その時の彼は本当に純粋に面白がって聞いてたんです。
あれが演技にはとてもじゃありませんが見えませんでした。」
「へえ、そうかい」
「ええ、それに、自分の恵まれた立場で得たすべてを
こんなギャンブルにベットするような人が前世の記憶を持ってるようには見えないんです。
自身の幸福を得るならこんなこと全く必要ないはずですから」
「あんたもそのギャンブルに乗ってんだろう?
それはなんでなんだ?」
「私は、その・・・しゅ、趣味がこうじてしまったというか、
なんというか」
「趣味って?」
「ぷ、プラモとミリタリー、です。」
「それでこんな目に合ってるアンタもあんただがな
まあ、でも、転生かどうかなんて、本人以外にはわからん。
それに、どうでもいいしな」
彼も当然知っている。
転生だからうまくいくわけでもなし、
転生じゃないからうまくいかないわけでもない。
「そうですね。」
「まあ、でも、負けたら最悪の犯罪者になる賭けに出たったことだろ?
少なくとも正気じゃないな」
「ええ、全くですよ。」
「あんたが言えんのか?」
「あっ、確かに、そうかもしれません」
ハハハと笑い声が響く。
いつの間にか笑顔での談笑となっていた二人。
「いや、それにしてもこんなところに連れ出されるなんて、
どうなるかと」
「悪かったな。そんなに怖かったか?」
「まあ、クラスが低く生まれると上位に睨まれただけで震えが止まりませんよ」
「それは・・・・・そうかもな」
在りし日のことを思いだしながら、彼らの熱もそのうち冷めていく。
だが、その後、食卓に気まずい雰囲気が流れることはなかった。




