表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
evil tale  作者: 明間アキラ
第三章 「順応」 ー第三地区編ー
48/239

第三十六話「箸下手」


ルーカスが目を覚ますと

部屋には誰もいなかった。


いつのまにか頭を地面の間に挟まれていた枕から頭を上げ、

体を起こして、周りを見る。


(・・・・体は)


ルーカスが手を握る。開く。伸ばす。

すべて思い通り。

彼はいつも通りの体へ戻っていた。


(・・・・あれはいったい何だったんだ

化け物の副作用?性欲まで化け物になんのか?)


そんなことを思っていると、和室の襖が開けられ、

雪桜が顔を出す。


「飯出来たで、アンタも食うか?」


何とも普通の声でそういう彼女。


(さっきまでのは夢だったか?)


そう思いつつ、

「ああ、ご馳走になる」

問いかけにこたえる。


「おお、そうか

やったら、はよおいで」


雪桜がそう言った後、

「アンタも隅に置けんなあ」

とからかうように言い残していった。


(・・・・・・・)

彼の淡い期待のようなものは瞬時に打ち砕かれ、

うなだれた。あれが夢でないことは彼女の反応から見れば明らかだ。


「・・・・はぁ」

また不可解な出来事が彼を襲ったこともそうだが、

今回は別の問題も発生しそうなことに少し不安を覚えるが


(まあいいか、どうでも)

全てを失った男に失う恥も外聞もない。


そういつも通り開き直って彼は

立ち上がり、廊下を歩いていった。


木の板がきしむ音が響き、

彼は思う。

(・・・・飯食うのどこだよ)


雪桜には何にも言われていないのだ。


(ええと・・・どうすれば・・・ん?)


少し広い屋敷の中で迷子になりかけたが、

遠くの方でリリーとサラの声が聞こえる。


それを頼りに歩いていくと

畳の大広間に着いた。


彼女らの前には小さな台座のようなものと

その上に料理が乗っている。


(本当に旅館だな。)


お膳に乗せられた料理を地面に座って食べるその有様はまさに和食。

高い旅館の夕食ででてくるような魚や汁物。

違うのは量が多いことや

あきらかにルーカスが見たことのない魚らしき魔獣の肉があることぐらいだろう。


リリーとサラは先にそれを食べていて、

その部屋に入った時、彼女らはルーカスに自然と目が行った。


「あっ」

リリーはちらりと見た後、すぐに食事戻ったが、

サラはそう声を漏らし、彼を見た後、すぐに目をそらした。

そして、髪をいじりながら、

「あははは」

と恥ずかしそうに笑った。


(・・・・・・やりづらいな)


空いているお膳の前に座り、食事をはじめたルーカス。

食べていると彼にちらちらと横から視線が刺さった。


「・・・・・すまんかった。のぼせてて、倒れたらしい」

「そ、そうっすよね。私ものぼせて頭変になってたみたいっす・・・・」


彼が咄嗟に思いついたごまかしに

彼女は少し寂しそうにしながらも合わせてくれたらしい。


だが、その後は気まずい沈黙が場を包んでしまった。

(・・・・・味しないんだが)

無心で食べていたおかげで

いつの間にか食べ終わってしまったルーカスはふと彼女の方を見る。


彼女は今、左手で箸を掴んでいた。持ててはいない。掴んでいた。

きっと箸にも慣れていないし、そもそも利き手ですらないのだろう。

彼女は右手でいつもものを食べていたことは彼でも知っている。


カチャカチャと食器の音がなり、

少しだけかじられた物とと

ぐちゃぐちゃになった物の二つが彼女のお膳に並び、

サラはそれを不安定な箸の握り方で音を立てながらあちこちへ滑らせていた。


「・・・・・食べれんのか?」


思わずそれを見てルーカスが声をかけてしまう。


「・・・・」

頑張って食べ物を持ち上げたものの

ポトン

と足に落ちた。


「・・・無理っす」


「ユキザクラは?」

「なんか奥に戻っていきました」


「・・・・・」

(・・・・仕方ないか)


すっと立ち上がり、サラの前までくるルーカス。

「俺がやろうか?」

「・・・・」

サラは少し黙った後、

彼の呼びかけに対して首を縦に振った。


「お、お願いします」

随分としおらしい態度のサラへ

ルーカス慣れた手つきで箸を持ち、

食べ物をつまんで、運ぶ。


「なんでそんなにうまいんすか?」

「・・・・さあ?」

「なんすかそれ」

「リリーを見てみろよ」


リリーは恐らく触るのは初めてであろう箸を使い、

器用に白米をかき込んでいる。


まるで日本生まれ日本育ちの学生が部活帰りの夕食で

どんぶりを掻きこむように自然な動作で口にものを運び続けていた。


「ハシ使いの才能ってのがあるんすかね」

「そういうわけだ。ほら口開けろ」


呆れるようにリリーを見つめるサラの口へ

彼が平静を装って食べ物を送っていく。


(・・・・・ほんとうに朝から調子狂うことばっかりだ)


魚魔獣の切り身、てんぷらっぽいやつ、

野菜の漬物、豆腐?

を次々と食べさせていき、サラも

「おいしい」

と言いながらそれを頬張っていた。


「ありがとうございます。」


ひとしきり食べ終わり、サラが頭を下げる。


「ルーカスさんは?」

「もう食い終わってる。」

「早いっすね」

「ハシ下手じゃないんでね」

「・・・・今度練習しましょうかね」

「フォーク使えばいいだろ

っていうか、なんで今回はないんだ?」

「さあ、わかんないっす。

ユキザクラさんもどこに・・・・あっ」


彼女が気配を探ると雪桜は

「・・・見てるんなら助けて欲しかったんすけど」

ニヤニヤとした笑顔を浮かべ、

扉で体を隠しながら彼らの方を見ていた。


「いえいえ、お邪魔でしょうからごゆっくり~」

「もう食べ終わったすよ!!」


三人は食事を終えた。

雪桜がお膳を下げ、

「自由にしといてええで」

と言ったので、

三人は、屋敷を回ることにしたらしい。


「変な屋敷っすよねえ」

屋敷を歩きながらそうサラが呟く。


ルーカスから見れば見慣れているわけではないにしろ

行ったことがあるような記憶があるので、変とは思わないが


「確かに変だよな」


こんな場所に日本風の町が広がっていることは

とても奇妙に思っていた。


「他の町とはだいぶ雰囲気違うし、どうしてこうなんだ?」


「まあ、多分ここに外国人が来るらしいのと、

後は海守組の初代が原因でしょうね。

ジロウ・イイジマ?だったかな

なんかそんな変な名前の人がこの海守組を作ったらしいっす。」


「・・・へえ、そうなのか」

「ええ、んで、その人が好んだのがこういう建築らしいっす」


「外国人てのは?」

「海を伝って来る人たちがちらほらいるらしいっすね

まあ、陸路は魔獣がきついんで、なかなか国の遣いとか商人が来ることはないっすけど

海は頑張ればいける?らしいんすよ。

それでも大変で、すぐに死者も出るんすけどそれを守るのも

確か個々の仕事だった気がするっす。」


「よく知ってるな」

「まあ、それなりの学院も出ましたし、多少の学はありますよ。」


そんな風に二人が話をしていると

突然後ろにいたリリーが口を開いた。


「二人とも仲いいね」

「へ?」

サラが驚いて後ろを向く。

本当に意表を突かれたと言った顔で

「そ、そうっすか?リリー」

リリーにそう問いかけるが


「うん。前よりも距離が近い。」

きっぱりとした口調でにリリーはそう告げた。


「あと、サラの顔が緩んでる」

「え、嘘、ホントっすか?!」


更なる指摘に

サラは慌てて頬を触り、つまむ。


「嫌?」

「え!?

いや、べ、別に、嫌とかじゃないっすけど」


リリーは彼女の慌てぶりに首を傾げて、

不思議そうな顔でサラを見ていた。

まるで純真無垢な子供のようだ。


「なんでそんなに慌ててるの?」

「え!?いや、その・・」


サラもサラで、自分の感情に振り回され

挙動がおかしくなってしまったらしく、

目をぐるぐるとまわして、リリーを見ることしかできない。


そのリリーは

「?」

子供のような顔をしてサラと目を合わせたが、

急にルーカスの方を向いて

「なんで?」

と言ってきた。


「知らん」

「そう」



「ま、まあ、仲良いのは悪いことじゃないっすから!!」

ああだこうだと理屈をつぶやきながら

そんな風に一人で納得し、自らを納得させるサラ。


「誰も悪いなんて言ってない」

「う、うるさいっす!」

リリーに一撃で粉砕されて、騒ぐことしかできなくってしまった。


その後はリリーがそれを追求することもなく

ルーカスが言及することもない。

(・・・・俺からは何も言わないでおこう)


一方、サラはしきりに距離を気にしたり、色々していたが

(変わんないだろ)

(変わってない)

二人からはそう思われていたらしい。


何だかんだで三人は屋敷を見て、旅館を満喫する。

見回りが終われば、ボードゲームをやったりした。


圧倒的な勘と読みの良さでとてつもない強さを誇るリリーに

二人はボコボコにされながらも束の間の休暇を楽しみ、

「ご飯やで~~」

夕食の時間になると

「また、お願いします」

と今度はサラからルーカスに頼んできた。


(なんか、こうしてみると燕のひなみたいだな)


そんなことを思いながらサラにご飯を食べさせるルーカス。

またもや無心無言でただ食い続けるリリー。


それが終わると三人は寝室に通された。


「じゃあお二人で~~」


雪桜は布団が一組しか敷かれていない部屋に二人を通す。


「な、なんすかこれ!!」

「遠慮すんなや、嫌やったらウチは外行くから」

「別にいらないっすよ!!」


何とも言えないお節介。

傍から見えればそう見えたのかもしれないが、

サラは憤慨した。

「大体私たちそういうのじゃないんすけど!!?」


ギャーギャーと顔を真っ赤にして騒ぎ立てている。


そんな彼女に雪桜は笑いがこらえ切れなくなったらしい。


「ぷっ、あはははは!!」


腹を抱えて手を叩いて笑い始めた。

「ごめんて、冗談やん。もっと冷たくあしらわれるんかと思ったんやけど、

こんなに反応するなんて、逆に気あるとちゃうん?」


またギャーギャーと騒ぐサラ。


すると今度はルーカスが奇妙なことを言い始めた。

「俺は一人でいいよ」


「へ? いや、まあそこで寝てもいいけど、ええの?」

「普通分けるだろこういう時」

「いや、アンタら仲良さそうやったし、

うるさくせえへんのやったら

別にやっても」


今度はサラから殺意にも似た視線が彼女を突き刺した。


「ごめん、ごめんて!!

サラはんからかうおもろいから調子乗っただけやから

銃はやめ、ぎゃー」


ルーカスが部屋を閉めて、布団にもぐろうとしていると

外では小さな爆発音と雪桜の悲鳴が聞こえる。


それを無視してルーカスは布団に入った。

「・・・・あれは無視でいいか」


外の雑音があっても

あの労働員時代があるルーカスには問題ない。

上で乱痴気騒ぎがあっても眠れていたのだ。


彼はあっさりと眠りに落ちる。

今日も意識を失ったように眠るのかと思っていると

なんと少しだけ夢を見た。


男と女の声と聞こえる。

「ーーーーーーーーーー」

何を言っているのかはわからない。

ただ言い合っているような気もする。

それに不気味さを覚える前、彼は目を覚ます。


起き上がったと同時に昨日のようなことはないかと思い、

周りを見渡すルーカスだが、


「良かった」

その結果に胸をなでおろす。

彼の望み通り、部屋にいたのは一人だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ